冴えないリーマンがイケメン社長に狙われて腹と尻がヤバイ

鳳梨

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第1章.俺が社長の相談役に!?

3.過去と限界【☆】

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「……ん……」

 俺が重い瞼を擦りながら目を覚まして最初に気付いたのは、良い匂いがする、ということだった。
 何か特別な香りがあるわけではない、ただ清潔で整った空気と風景は、ホテルだ。スイートまではいかないが、ちょっと広めの2人部屋。セミダブルのベッドの片方に俺は寝ている。

「あ、起きました?」
「社長……えっと……此処は……?」
「お店の近くのホテルですよ。もう終電も無いし、今の状態の神河さんを帰らせたら危なさそうなので、取っちゃいました。……大丈夫ですか?」
「……あんまり」
「でしょうね」

 冷蔵庫からペットボトルを取り出した社長がこちらに歩んで来て苦笑を浮かべる。
 頭が重い。身体が怠い。腹が重い。吐き気がしないのだけは幸運だが、まずいなと自分でわかる。
 酔い潰れたのなど何年振りだろう。紹介された日本酒が美味しすぎて飲みすぎた。

「気分が悪いとか無いですか?」
「今のところは……」
「これ、胃腸薬ですけど念の為飲んどいた方がいいですよ。あとお水、いっぱい飲んでくださいね」
「すいません……」

 無理矢理上体を起こすと社長が差し出す錠剤を水で流し込む。喉が渇いたと改めて実感し、何度かに分けて飲む内に500mlのペットボトルがすぐ空になった。
 2本目に手を掛けると、ベッドの縁に座った社長がこちらを見て微笑んでいる。何だか気まずい。

「……俺、最後の方の記憶あんまり無いんですけど。何もしませんでしたか?」
「ええ、大丈夫でしたよ。真っ赤になってヘロヘロの神河さん、可愛かったです。……あ、僕のこと好きとは言ってました」
「はぁ!? いや違うんです、それは……」
「違うんですか?」

 酔いだけではない理由で顔がまた熱くなり、思わず大きめの声が出てしまう。
 これまで相談役に指名してくれて嬉しいとか嫌いじゃないとかは言ったことがあるが、明確にそんなことを口にはしていなかった。
 確かに彼を気に入ってはいたが、そう告げるのは何か気持ち悪いだろう、男同士だし。なのに酔った勢いとは恐ろしいもので、俺が反射的に否定すると社長は露骨に眼を丸くする。
 演技だ。向こうもそれなりに酔ってはいるんだろうか、面倒臭い。半分は嘘。半分は楽しい。

「ち、違くはないです……」
「本当ですか? どんなところが好きなんです?」
「……そういうところ以外です」
「はっはっは! 良い返答ですねぇ。本当にもう大丈夫みたいです」

 何だこれ、俺更に恥を上書きされてないか。
 俺が熱でシューシューと音が立ちそうな頭を抱えている間、酒が入っていつも以上に大きな声で、手を叩いてまで社長は笑った。まあ部屋を見る限りかなりちゃんとしてるから深夜でも騒音の文句は出ない、と信じたい。

「その調子なら僕はシャワーを浴びてきますね。……あ、今更ですけど2人で泊まりは嫌だとかあります?」
「……あるって言ったらどうします?」
「僕が泣きながら帰って相談役という役職を抹消します」
「じゃあ無いって言います」
「それは良かった」

 何処まで軽口で何処までか本心かわからない応酬をしながら社長は風呂場と思しきドアの向こうへ消えていった。実際この状況下で部屋を共にすることを意識するわけがない。
 俺はどっと疲労を感じて半分程減ったペットボトルをベッドサイドのテーブルに置き、再びシーツに倒れ込む。
 先にシャワーを浴びていてもよかったのにと思考する途中で、俺が意識の無い間に吐いて呼吸ができなくなったりしないか見ていてくれていたのだと気付く。
 元々アルコールだけでなく胃腸は丈夫な方だが、そういえば社会人になりたての頃は飲み会の度に吐くまで飲まされたっけと思い出す。寧ろあれがあったからこそ強くなったのかもしれない。今思えば完全にパワハラで、胸の奥の更に奥が軽く引っ掛かれる。

 ——重い。

 いけないとわかっていても、アルコールに浸された脳は勝手に記憶を引っ張り出す。
 転職前の会社はそれはそれはブラックだった。俺はSEで会社は俺達を道具としか思っていなかった。納品時に動くものを収めればいい、その為に死ぬ気で働け、お前達はその為だけに存在していると半ば洗脳していた。
 その時はそうするしかないと思っていた。此処で折れたら他の何処にも雇ってもらえないぞと決まり切った脅し文句を若い頃の俺は信じてしまったし、なまじ仕事ができる分他の人より長持ちしてしまった。
 壊れた人から戦場を去り、また新しい人が連れて来られた。俺が環境整備をした為か、人員変更対応はスムーズに行えるようになっていた。
 会社にいる時間がそれ以外の時間より長いのが当たり前の中、俺は最前線から指揮をする場に移り、そこで無理だと気付いた。それまで俺は同僚を仕事のできない無能ばかりだと内心見下し、その状況をよく確認していなかった。だが実際には違った。できなくて当たり前の仕事が割り振られていたのだ。
 俺はどうにか調整しようとしたが、それには人員が足りなかった。俺達の更に上流の時点で根本的な無理があっても「どうにかしろ」と言われ、それに従ってきたのだ。上申してもこれ以上コストは割けない、寧ろ人の入れ替えが激しすぎると文句を言われた。

 ——苦しい。

 それでも俺は働いた。
 もう納期も限界で、他に頼れるモノが何も無かった俺は、俺自身が何とかすることを選んだ。俺は最前線で戦いながら指揮をした。
 もう会社以外にいる時間は無くなった。そうするしかなかった。そう思っていた。
 栄養ドリンクの瓶やエナジードリンクの缶がデスクに並んでも何とも思わなかった。薄暗かったので夕方かと思ったら朝だったことが何回かあった。
 途中で何人かのSEが来なくなり更に俺の仕事が増えたが俺はキーボードを叩き続けた。数日後、新たに補充された人員は現場を見て露骨に顔を顰めたが怒鳴り付けて作業をさせた。

 ——痛い。

 そんな日が暫く続き、何回かの期限延長を経て何とか納品を終は終わった。明け方疲弊しきった顔のSE達が安堵しながら帰路に着いたのを見て俺は清々しい気分だった。
 俺はやった。何はともあれやり遂げたのだ。
 俺も久々に自宅に帰ったが、後の記憶は断片的だ。
 上司の怒鳴り声。バキバキに画面が割れて電源が入らなくなったスマートフォン。空っぽの冷蔵庫。カーテンの隙間から入る日差し。泣いているお袋。「神河さん」と優しい声で呼ぶ男。桁が2つ増えた通帳。新しいスーツ。
 気付いた時には俺は前の会社を辞め、ヤシマテックに入社していた。
 うって変わって良い会社だったが、それが逆に生温くもあった。誰もが優しかったが、俺は仕事に関すること以上の関心が持てなかった。表面上だけ繕って俺に近付くのは利用する為で、どうせいつか使い捨てる気なんだろうと常に腹の奥底で思っていた。
 俺の人生は平凡に凪のまま終わる、それもいいかとその時は思っていた。退屈も人を殺すのだと気付いていなかった。
 彼に会うまでは。
 俺を都合のいい遊び相手として利用しながら、何を企んでいるかわからなくて、それでいて心底無邪気に笑う男、八嶋瑛鷹。彼もまた必要が無くなったら俺を切り捨てるのだろう。
 それでいい。それでいい、はずなのに。

 ——痛い。痛い痛い痛い。

 何かがおかしい、と我に返った。
 気付けば横向きになって身体を丸め、シーツを握り締めていた。は、は、と短い息を繰り返し吐く。
 ゴロゴロ、キュルキュルと身体の深い部分で微かに不吉な音がする。最初は細い糸のようだった痛みが次第に明確になってくる。
 ベッドサイドの時計を見ればまだ5分程しか経っていない。遠くからはシャワーの音も微かに聞こえる。まだ社長は出て来ていない。
 此処はホテルだ。今日は社長と楽しい食事をしたのだから、数年前の辛い記憶や役目を終える日のことなど気にしなくていい。そう自分に言い聞かせたが異常は止まらない。

ギュルルルル……ゴロゴロゴロッ!
「……っ……くぅっ……!」

 一際決定的な差し込むような痛みが腹を襲い、他人にもはっきりと聞こえるレベルで腸が鳴った。
 酒もそうだが料理もとても美味い店だった。俺も社長も歳の割に相当食べる方だし、しかもアルコールがあればいくらでも入るとあってどれだけ注文したか定かでない。実際腹が膨らんでいて苦しいが、となればより事態は悲惨になる。

 トイレに行きたい。

 俺の意識は一気にそれで塗り潰された。
 重い身体を何とか動かして起き上がり、必死に尻に力を入れながらよたよたと1歩進む毎にふらつきながら部屋の入り口の方へ向かう。
 だが俺は非常に嫌な予感がしていた。
 改めて確認するまでもなく、廊下に出るドアがひとつ。その横にドアがもうひとつあり、その向こうからシャワー音がしている。後は背後にクローゼットがあるだけ。
 つまりこの部屋は多くのホテルがそうであるように、トイレと風呂場が同一になっており、今その風呂場は使われている。社長が上がるまでトイレには入れないのだ。

ギュゥゥグルグルグルッ、ギュリュリュリュッ!
「はぁっ、ぁっ、っ、ぁ……!」

 絶望のあまり俺はその場で腹を抱えてへたり込んだ。
 蠕動音がするということはそれだけ激しく腸が動いているということだ。腹の中は全体がグツグツに煮えたっているようで、それが次々と下っては尻に殺到してくる。すぐにそこがパンパンになるのがわかるが決して力を緩めてはいけない。
 三十路にもなって漏らすなどあってはいけない。出したくて出したくて堪らなくても我慢しなければならない。
 部屋の外にもトイレはあるだろうが、ドアの内側に掲示してある避難経路を示した地図を見る為に立ち上がることすら今の俺には難しかった。更にそこまで歩くなど不可能に近い。

ギュルルルル! ゴロロロロ!
「う、ぐぅっ……! しゃ、ちょぉ……!」

 腹が痛い。尻が熱い。出したい。出したい出したい出したい。社長、早く出て。
 苦痛と惨めさで涙が滲む。こんなことなら食べすぎなければよかったと思うがもう遅い。俺の腹は唸りを上げ続け尻の我慢も限界に近付きつつあった。
 どれ程時間が経ったろう、数分のような数時間のような、半分意識すら遠のく中でシャワーの音が止まった。
 俺は何とか立ち上がろうとするが、足が痺れている上に下手に下半身に力を入れると尻が崩壊してしまいそうだ。慎重に慎重に、クローゼットのドアに寄り掛かりながら時間を掛けて身体を持ち上げる。
 もう少し、あともう少し我慢するだけだ。苦しい中にも希望が見えてきた。幸いにも少しだけ欲求の波は収まっており、この距離ならば何とかなりそうだ。きっと今にもこの扉が開き、俺は然るべき場所で事を済ませられるはずだった。

 だが待っても待っても様子は変わらない。
 代わりに俺の耳に飛び込んで来たのは、非情な機械音。
 ドライヤーの音だった。

「……社長!!」
ドンドンドンッ!
ゴロゴロゴロ……ギュゥ~グルルルッ……!

 最早恥も外聞も無かった。幾ら社長が短髪とは言え髪を乾かすには数分を要するだろう。それが今の俺にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
 ドライヤーの音に負けないように声を上げながらドアを拳で叩く。ほぼ同時に再び腹が唸りを上げ、中身全てが出口に殺到した。思わず尻を手で押さえる。あまりに恥ずかしい格好だが漏らすよりはいい。

「社長、社長、早くっ……出て、もらえませんか……!」
「…………神河さん?」

 涙声で訴え続けているとようやく気付いたか、ドライヤーの音が止まり遂にドアが開いた。
 その向こうに立つ社長は白いバスローブを身に纏い、まだ濡れている髪や湿って上気した肌が艶やかだ。しかし今の俺はそんなものを気にする余裕は無く、震える足で1歩を踏み出す。
 彼の向こうにある白い陶器、あそこまで辿り着けばいいだけなのだ。

「……神河さん、もしかして……」
「んっ……あっあっ……!」
ゴポゴポゴポ……ギュルルルルッ!

 俺のポーズや行動から即座に全てを察したらしい社長が身体を支えてくれるのがありがたい。不気味に唸る腹の音も全部聞かれてしまい、酷く恥ずかしいがとやかく言ってられなかった。
 残り3歩、2歩、1歩……俺は何とかそこまで歩み蓋を開ける。
 向きを変え、後はベルトを外し服を下ろして座る、残るはそれだけだ。
 だがそれはこれまで側にいてくれた社長と向き合うということでもある。心配そうな表情でこちらを見詰める彼の双眸と視線が重なった。
 彼に出て行ってもらわなくてはいけない、このままでは見られてしまう。

「——社長」

 その瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。
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