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第44話
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午後三時過ぎ。
ほとんどのスタッフはお昼休みを終えてそれぞれの持ち場に戻り、誰もいなくなった2階の休憩室。
俺は遅い昼食を軽めにとってからは、一人机の上で頬づえをついてたそがれていた。
彼女が真実を話してくれた次の日。
何事もなかったかのように、彼女は普通に家にやってきた。
いつものように夕飯を作ってくれて、他愛もない会話をして、彼女の家の近所まで送る。
そんな日々を繰り返す。
一見何の変哲もない日常に感じるが、確実に別れの時は刻一刻と近づいてきている。
俺は内心焦っていた。
どうにかしたいと気持ちは思っていても、具体的にどうしていいか分からなかった。
その影響がもろに仕事に出てしまい、最悪なことにポテトチップスをエンド展開用に10ケースとるつもりが、桁を一つ間違えて100ケースと大量に誤発注をしてしまった。
矢代からはまるで鬼の首を獲ったかのように怒られ、食品部門をまとめる副店長からは静かにそして冷たくお叱りを受けた。
幸運にも、朝からパートさん達がSNSでの宣伝に協力してくれたおかげで、呟きサイト
でバズることができ、凄まじい勢いでポテトチップスは売れていっている。
この調子ならどうにか数日のうちに許容範囲の在庫までは減ってくれるだろう。
「――あいつがいなくなるって考えただけで動揺して、仕事でもみんなに迷惑かけて......情けねぇな、俺」
力の無い愚痴が零れ、そのまま机に突っ伏してしまおうと顔から手を放すと。
「浅田さん、やっぱりここにいましたね。あの、ご一緒してもよろしいしょうか?」
休憩室の戸が開けられ、現れたのは副店長の天条さん。
俺は慌てて姿勢を起こした。
先程まで俺を注意していた時のきりっとした表情と違い、今は慈愛に満ちた表情をしている。
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとうございます......あとこれ、よかったらどうぞ。私の今のお気に入りのお茶なんです」
そう言って渡してきたのは、コンビニ限定で販売されている、ルイボスティーのホットのペットボトル飲料。
「いいんですか? すいません、なんかいろいろと」
買ってきたばかりなのか、受け取ったペットボトルは丁度良い感じの熱加減。
店舗の目の前にあるコンビニでわざわざ買ってきてくれたのだろうか。
だとしたら、自分みたいな下っ端の社員に変な気を遣わせてしまって申しわけない気持ちになる。
「......もしかして、妹さんと何かありました?」
「どうしてそれを?」
「やっぱり......見てればなんとなく分かります」
驚いて目を丸くして副店長に視線を送ると、嘆息交じりにそう答えた。
「差支えなければ、妹さんと何があったのか話して頂いてもよろしいでしょうか? こうい
うことは、誰かに話したほうが気が楽になりますよ?」
母親が子供をあやすよな雰囲気で語りかける。
偶然にも今日の副店長からは、母さんがつけていた化粧と同じ匂いがしていた。
俺は事柄の核心には触れないよう、慎重に話した。
「実は......来月、妹が急に遠くへ引っ越すことになりまして」
「そうだったんですね。久しぶりに再会できたのに、それは残念ですね」
「......問題なのは、その引っ越し先なんです。あいつ、引っ越し先の叔母さんと今はあまり仲が良くなくて。一度大喧嘩して見捨てられているんですよ」
黙って『うんうん』と頷いて副店長は聞いてくれている。
「だから、あいつが今の生活を続けられるように助けてやりたいんですが......周りの環境がそれを許してくれなくて......」
「――浅田さんは、どうしたいんですか?」
「俺、ですか? ......それは、離れたくないに決まってるじゃないですか。でも周りの環境が――」
「本当にそうでしょうか?」
「え?」
俺の言葉を遮って疑問を口にした。
その眼には強い意志を感じる。
「環境なんて、大抵のことはどうにかしようと思えばどうにかなるものです。解決しようと具体的に行動は起こしましたか?」
「あ、いえ.........何も」
副店長はため息をついて、たしなめるように。
「浅田さんは妹さんを助けられないのを周りの環境のせいにして、ただ逃げているだけに思えます。本当に助けたい・一緒にいたいと願うなら、そんなこと気にせず行動に出るはずです」
そこまで言われて、俺ははっとした。
あの時は自分でも気づかないうちに”子供だから”と言い訳をして、ロコを失ったことに蓋をした。
また俺は、同じ過ちを犯してしまうところだった。
「手が届く時に手を伸ばさないで、後々後悔する思いを浅田さんにはしてほしくないんです」
過去に何かあったのだろうか。
見据える副店長の瞳は、どこか悲しみを帯びていた。
「......そう、ですね。副店長の言う通り、俺は自分の気持ちに嘘をついて、言い訳をして、逃げようとしていた最低な兄です。だから俺、自分の気持ちに正面から向き合いま
す。で、悔いのないように全力で妹を助けます」
宣言すると、副店長は嘆息して嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。やっといつもの浅田さんに戻りましたね。それでこそ私が見込んだプロデューサー仲間です」
「見込んだっていうか、無理矢理俺を引きずり込んだだけじゃないですか」
「何か言いました?」
「いえ、別に」
ここ数日間、副店長とアイドルゲームトークできていなかったことに今気づいた。
早く問題を解決して、またいつもの日常に戻って、こうして休憩時間に気楽に雑談をしたいなぁ。
彼女と再会し、同じ時を過ごして四ヶ月。
柴犬だった頃の昔と大分姿は変わったけど、与えてくれる温もりは同じ。いやそれ以上だった。
彼女のいない生活を想像するだけで、全身が不安に襲われてゾッとする。
俺にとって彼女は、ロコだろうと・加那だろうと大切な存在には変わりないんだ。
だったらやるべきことはただ一つ。
俺はスマホのメッセージアプリを開くと、彼女にメッセージを送った。
ほとんどのスタッフはお昼休みを終えてそれぞれの持ち場に戻り、誰もいなくなった2階の休憩室。
俺は遅い昼食を軽めにとってからは、一人机の上で頬づえをついてたそがれていた。
彼女が真実を話してくれた次の日。
何事もなかったかのように、彼女は普通に家にやってきた。
いつものように夕飯を作ってくれて、他愛もない会話をして、彼女の家の近所まで送る。
そんな日々を繰り返す。
一見何の変哲もない日常に感じるが、確実に別れの時は刻一刻と近づいてきている。
俺は内心焦っていた。
どうにかしたいと気持ちは思っていても、具体的にどうしていいか分からなかった。
その影響がもろに仕事に出てしまい、最悪なことにポテトチップスをエンド展開用に10ケースとるつもりが、桁を一つ間違えて100ケースと大量に誤発注をしてしまった。
矢代からはまるで鬼の首を獲ったかのように怒られ、食品部門をまとめる副店長からは静かにそして冷たくお叱りを受けた。
幸運にも、朝からパートさん達がSNSでの宣伝に協力してくれたおかげで、呟きサイト
でバズることができ、凄まじい勢いでポテトチップスは売れていっている。
この調子ならどうにか数日のうちに許容範囲の在庫までは減ってくれるだろう。
「――あいつがいなくなるって考えただけで動揺して、仕事でもみんなに迷惑かけて......情けねぇな、俺」
力の無い愚痴が零れ、そのまま机に突っ伏してしまおうと顔から手を放すと。
「浅田さん、やっぱりここにいましたね。あの、ご一緒してもよろしいしょうか?」
休憩室の戸が開けられ、現れたのは副店長の天条さん。
俺は慌てて姿勢を起こした。
先程まで俺を注意していた時のきりっとした表情と違い、今は慈愛に満ちた表情をしている。
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとうございます......あとこれ、よかったらどうぞ。私の今のお気に入りのお茶なんです」
そう言って渡してきたのは、コンビニ限定で販売されている、ルイボスティーのホットのペットボトル飲料。
「いいんですか? すいません、なんかいろいろと」
買ってきたばかりなのか、受け取ったペットボトルは丁度良い感じの熱加減。
店舗の目の前にあるコンビニでわざわざ買ってきてくれたのだろうか。
だとしたら、自分みたいな下っ端の社員に変な気を遣わせてしまって申しわけない気持ちになる。
「......もしかして、妹さんと何かありました?」
「どうしてそれを?」
「やっぱり......見てればなんとなく分かります」
驚いて目を丸くして副店長に視線を送ると、嘆息交じりにそう答えた。
「差支えなければ、妹さんと何があったのか話して頂いてもよろしいでしょうか? こうい
うことは、誰かに話したほうが気が楽になりますよ?」
母親が子供をあやすよな雰囲気で語りかける。
偶然にも今日の副店長からは、母さんがつけていた化粧と同じ匂いがしていた。
俺は事柄の核心には触れないよう、慎重に話した。
「実は......来月、妹が急に遠くへ引っ越すことになりまして」
「そうだったんですね。久しぶりに再会できたのに、それは残念ですね」
「......問題なのは、その引っ越し先なんです。あいつ、引っ越し先の叔母さんと今はあまり仲が良くなくて。一度大喧嘩して見捨てられているんですよ」
黙って『うんうん』と頷いて副店長は聞いてくれている。
「だから、あいつが今の生活を続けられるように助けてやりたいんですが......周りの環境がそれを許してくれなくて......」
「――浅田さんは、どうしたいんですか?」
「俺、ですか? ......それは、離れたくないに決まってるじゃないですか。でも周りの環境が――」
「本当にそうでしょうか?」
「え?」
俺の言葉を遮って疑問を口にした。
その眼には強い意志を感じる。
「環境なんて、大抵のことはどうにかしようと思えばどうにかなるものです。解決しようと具体的に行動は起こしましたか?」
「あ、いえ.........何も」
副店長はため息をついて、たしなめるように。
「浅田さんは妹さんを助けられないのを周りの環境のせいにして、ただ逃げているだけに思えます。本当に助けたい・一緒にいたいと願うなら、そんなこと気にせず行動に出るはずです」
そこまで言われて、俺ははっとした。
あの時は自分でも気づかないうちに”子供だから”と言い訳をして、ロコを失ったことに蓋をした。
また俺は、同じ過ちを犯してしまうところだった。
「手が届く時に手を伸ばさないで、後々後悔する思いを浅田さんにはしてほしくないんです」
過去に何かあったのだろうか。
見据える副店長の瞳は、どこか悲しみを帯びていた。
「......そう、ですね。副店長の言う通り、俺は自分の気持ちに嘘をついて、言い訳をして、逃げようとしていた最低な兄です。だから俺、自分の気持ちに正面から向き合いま
す。で、悔いのないように全力で妹を助けます」
宣言すると、副店長は嘆息して嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。やっといつもの浅田さんに戻りましたね。それでこそ私が見込んだプロデューサー仲間です」
「見込んだっていうか、無理矢理俺を引きずり込んだだけじゃないですか」
「何か言いました?」
「いえ、別に」
ここ数日間、副店長とアイドルゲームトークできていなかったことに今気づいた。
早く問題を解決して、またいつもの日常に戻って、こうして休憩時間に気楽に雑談をしたいなぁ。
彼女と再会し、同じ時を過ごして四ヶ月。
柴犬だった頃の昔と大分姿は変わったけど、与えてくれる温もりは同じ。いやそれ以上だった。
彼女のいない生活を想像するだけで、全身が不安に襲われてゾッとする。
俺にとって彼女は、ロコだろうと・加那だろうと大切な存在には変わりないんだ。
だったらやるべきことはただ一つ。
俺はスマホのメッセージアプリを開くと、彼女にメッセージを送った。
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