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第37話

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「――良かったら今の加那かなのこと、教えてくれないかな? キミの知っている範囲でかまわないから」
「.......えっと......」

 彼女は戸惑いの表情を浮かべ、言っていいものかどうか思案し、そして。 
 
「......ごめんなさい。言えません」

 下を向いたまま、小さくこぼした。

「どうして?」
「お兄さんに事情を説明していないっていうことは、お兄さんには知られたくないってことですよね? 私が加那ちゃんの意思を無視して伝えるのは、何か違うと思うんです」

 そこまで言われて俺はふと我に返った。

 いくら加那、ロコのことが心配でも彼女から聞くのは完全にマナー違反だ。
 仮に事情を知った場合、喋ってしまった彼女がロコから責められるのは確実。 
 ヒビの入ってしまった二人の関係を更に拡大させてしまう。

「......だよな。ごめん、危うくキミに悪いことをしてしまうところだった」
「謝らないでください。お兄さんが加那ちゃんのことを大事にしている気持ちは充分伝わりましたから」

 申し訳なさそうな表情で、両手を俺の前にちょこんと着き出して左右に小刻みに振る。

「加那ちゃん、きっとその内話してくれますよ」
「......だといいんだけどな」 

 ロコが最近ぼーっとしていた理由は、このことを俺に打ち明けようか迷っていたからではないのだろうか。

 誰かに愛の告白をすると思い込んで一人で焦っていた俺は、情けなくて哀れなとんでもない大バカ野郎だ。

 深夜に近い、2月の夜の凍てつくような寒さが骨身に染みた。
 






 東草条ひがしそうじょうの駅に到着。

 彼女の乗る予定の電車が来るにはまだ少々時間があり、待っているまで間、改札付近で話すことに。

 俺は今のうちにと、彼女とスマホで連絡先の交換をしておいた。

 今後ロコのことで何かと相談に乗ってもらうことがあるかもしれない。
 ロコの加那としての歴史を知っている人間と繋がりを持てるのは俺としても心強い。

「そういえば、まだちゃんと自己紹介してませんでしたね。私は大原兎苺おおはらうい。大草原のウサギとイチゴと書いて大原兎苺です」
「面白い自己紹介だね」
「苦心の末に編み出した自己紹介ですので」
「そっか。俺は浅田剣真。見ての通り、スーパー勤務の冴えないサラリーマンだ」
「スーパー勤務の冴えないサラリーマン......なんか強そうな職業ですね」

 くすりと微笑む彼女。ピンク色のマフラーが童顔気味の彼女をより若く見せている。

 そんな風に暫し彼女と改札付近で談笑していると、電車到着を知らせる無機質な場内アナウンスが。続けて彼女が乗る予定の電車がホームにやってくる音が聞こえてきた。

「加那ちゃんのこと、どうかよろしくお願いします!」
「こちらこそ、何かあったらすぐスマホのメッセージで連絡するよ!」

 彼女は俺に勢いよく深々と頭を下げると、改札を抜けてダッシュで下りの電車のホームへと降りて行った。

 彼女の姿が見えなくなるまで見送り、ロコから返事が返ってきたか確認する為にスマホを上着のポケットから取り出す。

 返事はあった。

『さっきはごめん』

 の、ただ一言。俺はすぐに。

『大丈夫。俺は気にしてないから』

 とだけ打って送信。するとすぐに返事が返ってくる。
 
『兎苺から私のこと、何か聞いた?』

 俺がロコの家の事情を知ってしまったか気になっているような文面。
  
『何も聞いてないよ。心配するな。だから今日は薬飲んで、もう寝ろ』

 某ロー〇ルヒーローの決めゼリフみたいなメッセージを送った数秒後。

『うん。ありがとう。おやすみなさい』

 その日のロコのメッセージはこれが最後だった。  
 一晩経てばロコも少しは気持ちが落ち着くだろう。
 改札側に背を向け、俺は帰途についた。







 次の日の朝。
 目覚ましアラームの鳴る一時間前に、自然と目が覚めてしまった。
 外はまだ夜の闇が抜けきれていない。
 昨夜はあの出来事がどうしても頭から離れなくて、なかなか寝つけなかった。

 ロコはちゃんと眠れたであろうか?

 リビングでコーヒーを飲みながらふと騒動の原因のJKのことを思っていると、そのJKからたった今スマホにメッセージが届いた。
 ロコも俺と同じ状況に陥っているのであろう。

 スマホを開き、メッセージを確認する。

『おはよう。朝早くにごめんなさい。いつでもいいんだけど、剣真にどうしても直接聞いてもらいたい話があるんだ......いいかな?』

 どうやらロコは話す決心がついたようだ。

 だったら俺も、その覚悟に応えるまで......。  







「私のせいでごめんね。お仕事おやすみさせちゃって」
 
 午前10時。
 見慣れた制服姿のロコが家にやってきた。

 とてもじゃないが仕事に行ける気分ではなかったので、今日は体調不良という理由で仕事を急遽休むことにした。

 連絡を入れると上司の矢代やしろは予想通りブーブーと文句を言ってきたが、最終的には変わりにどこか休みの日に出勤するというカタチで収まった。

「だから気にすんな。それに高校の時を思い出してちょっと懐かしかったよ」
「剣真、よく学校サボって昼間のテレビの再放送のドラマ見てたんだっけ」

 コートをハンガーにかけ、ロコはリビングでの自分の定位置に座る。

「よく知ってるな」
「前に言ってたし」
「俺そんなことも喋ってたのか? 恥ずかしいなぁ」

 平静をよそおっているが、クスりと笑うロコの目の下には大きなクマ。
 声もいつもと比べて幾分おとなしい。

 というより、雰囲気そのものに微かに違和感を覚えた。
 何、とは具体的に答えられないが。

「......で、俺に聞いてほしい話って......何だ?」

 できるだけ優しく、俺はロコに訊ねた。

「――今の私、加那とロコのこと......」

 ロコは決意の眼差しをこちらに向け、静かに現実を語り始めた。
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