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第23話
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「――どうだ? 少しは落ち着いたか?」
エレベーターから降りてすぐ、俺はロコを休ませるべく、近くの休憩スペースへと彼女を連れて行った。
中に閉じ込められていた時に比べて顔色は良くなったものの、まだ辛そうな表情には変わりなかった。
「......うん。さっきよりかはだいぶ楽になったよ」
力の無い笑顔を浮かべ、俺から手渡された温かいペットボトルのお茶をこきゅこきゅと飲む。
ロコの小さな溜息が、俺にはとても大きく聴こえた。
「今日はもう帰るか?」
ロコは顔を横に振った。
「大丈夫。ちょっと休めば、元に戻ると思うし」
「ならいいけど......無理すんなよ?」
「剣真は心配症だねぇ。お姉ちゃんの言うことを信じなさい」
俺が隣にそっと座ると、当たり前のようにロコは俺の手の甲を握ってきた。
口では強がっているけど、内心はまだ回復していないロコが愛おしく感じ、俺は手の平が重なるように握り返した。
お互い暫くの沈黙の後、ロコが口を開いた。
「......エレベーターが止まった瞬間、昔の......前世の時の嫌な記憶がよみがえってさ......こんなこと初めてで、ちょっと驚いちゃった」
その嫌な記憶に、俺は察しが付いてしまい、まるで頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
前世で俺と母さんから引き離されたロコは、その後、保健所に連れていかれた。
そして............処分された。
おそらくその時の記憶が、エレベーターが急に止まったことがきっかけでフラッシュバックしたのかもしれない。
「ごめんね......せっかくの剣真との楽しいデートの時間を台無しにしちゃって」
「..........謝るのは俺の方だ」
「え?」
「お前は俺を助けようとして相手に噛みついた。立派な正当防衛じゃないか。なのに俺は......」
俺を守ってくれた家族を守ることができなかった。見殺しにしてしまった。
「仕方が無いよ。剣真はあの時、まだ小学生だったじゃん。それにどっちみち、家族以外の人間に噛みついた時点で、私の運命は決まっちゃってたんだよね」
遠くを眺めながら、淡々と現実を語り出す。
やめてくれ......。
「悪いのは全部私。これも私の自業自得。剣真は何も悪くは――」
「んなわけねぇだろ!」
大勢の買い物客で賑わっていた俺達の周辺が、一瞬、静まり返った。
「いいことした方がなんでこんなトラウマ背負わなきゃいけねぇんだよ! おかしいだろ!」
ロコと再会してから、心の奥底にずっと抱えていた不安が爆発した。
俺と母さんはこいつに酷いことをしてしまった。
なのにロコは、また俺に会いに来てくれた。
柴犬の時と変わらぬ、無防備な笑顔と快活さを携えて。
「お前と再会して、毎日家に来るようになってから俺......救われたんだよ。まだ一人じゃない、家族がいたんだって......でも心の奥では、いつその時のことを言われるのか、ずっと怖かった」
「なのにお前は、俺と母さんのこと恨んでいるどころか、母さんが亡くなったことを知って、あんなに泣いてくれた。お前が死ぬ原因を作ってしまった俺を家族と言ってくれて、変わらず優しく接してくれた.........もう分かんねぇよ.........」
俺の芯から溢れ出る心の叫びを、ロコはただ静かに、優しい表情を浮かべながら聞いてくれている。
ロコの姿に俺は、母さんの姿が重なって映った。
俺が小学生、ロコがまだ家にいた時の、若くて綺麗な、笑顔が素敵だった母さん。
「......バカだなぁ、剣真は。そんなこと思ってたの?」
小さく鼻を鳴らして、言った。
「恨んでたら、またこうして会いに来たりなんかしないよ。それにさ――」
俺の手を握るロコの手に、力が入る。
「私は大好きな家族を、剣真を守れたんだよ? そのことに悔いがあるわけないじゃん」
真っすぐ俺の瞳を見据え、にへらと微笑んだ。
「短い時間だったけど、剣真とママさんは私にいろんな思い出をくれた。楽しいことも、時には悲しいことも......でも全部ひっくるめて、私は二人が大好き」
先程まで不安や怒りでいっぱいだった胸が、ロコの言葉によって浄化されていくのが分かる。
本人の口から初めて明確な意思が確認でき、俺は心から安堵した。
「......ったく、ロコは優し過ぎるんだよ」
「剣真のお姉ちゃんですから」
「......俺より全然年下のくせに......生意気なんだよな......」
ホント、俺って昔からロコに助けられてばかりのダメダメな弟だ。
ロコに表情を見られないよう、俺は顔を逸らしてうつむき、何度も鼻をすすった。
エレベーターから降りてすぐ、俺はロコを休ませるべく、近くの休憩スペースへと彼女を連れて行った。
中に閉じ込められていた時に比べて顔色は良くなったものの、まだ辛そうな表情には変わりなかった。
「......うん。さっきよりかはだいぶ楽になったよ」
力の無い笑顔を浮かべ、俺から手渡された温かいペットボトルのお茶をこきゅこきゅと飲む。
ロコの小さな溜息が、俺にはとても大きく聴こえた。
「今日はもう帰るか?」
ロコは顔を横に振った。
「大丈夫。ちょっと休めば、元に戻ると思うし」
「ならいいけど......無理すんなよ?」
「剣真は心配症だねぇ。お姉ちゃんの言うことを信じなさい」
俺が隣にそっと座ると、当たり前のようにロコは俺の手の甲を握ってきた。
口では強がっているけど、内心はまだ回復していないロコが愛おしく感じ、俺は手の平が重なるように握り返した。
お互い暫くの沈黙の後、ロコが口を開いた。
「......エレベーターが止まった瞬間、昔の......前世の時の嫌な記憶がよみがえってさ......こんなこと初めてで、ちょっと驚いちゃった」
その嫌な記憶に、俺は察しが付いてしまい、まるで頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
前世で俺と母さんから引き離されたロコは、その後、保健所に連れていかれた。
そして............処分された。
おそらくその時の記憶が、エレベーターが急に止まったことがきっかけでフラッシュバックしたのかもしれない。
「ごめんね......せっかくの剣真との楽しいデートの時間を台無しにしちゃって」
「..........謝るのは俺の方だ」
「え?」
「お前は俺を助けようとして相手に噛みついた。立派な正当防衛じゃないか。なのに俺は......」
俺を守ってくれた家族を守ることができなかった。見殺しにしてしまった。
「仕方が無いよ。剣真はあの時、まだ小学生だったじゃん。それにどっちみち、家族以外の人間に噛みついた時点で、私の運命は決まっちゃってたんだよね」
遠くを眺めながら、淡々と現実を語り出す。
やめてくれ......。
「悪いのは全部私。これも私の自業自得。剣真は何も悪くは――」
「んなわけねぇだろ!」
大勢の買い物客で賑わっていた俺達の周辺が、一瞬、静まり返った。
「いいことした方がなんでこんなトラウマ背負わなきゃいけねぇんだよ! おかしいだろ!」
ロコと再会してから、心の奥底にずっと抱えていた不安が爆発した。
俺と母さんはこいつに酷いことをしてしまった。
なのにロコは、また俺に会いに来てくれた。
柴犬の時と変わらぬ、無防備な笑顔と快活さを携えて。
「お前と再会して、毎日家に来るようになってから俺......救われたんだよ。まだ一人じゃない、家族がいたんだって......でも心の奥では、いつその時のことを言われるのか、ずっと怖かった」
「なのにお前は、俺と母さんのこと恨んでいるどころか、母さんが亡くなったことを知って、あんなに泣いてくれた。お前が死ぬ原因を作ってしまった俺を家族と言ってくれて、変わらず優しく接してくれた.........もう分かんねぇよ.........」
俺の芯から溢れ出る心の叫びを、ロコはただ静かに、優しい表情を浮かべながら聞いてくれている。
ロコの姿に俺は、母さんの姿が重なって映った。
俺が小学生、ロコがまだ家にいた時の、若くて綺麗な、笑顔が素敵だった母さん。
「......バカだなぁ、剣真は。そんなこと思ってたの?」
小さく鼻を鳴らして、言った。
「恨んでたら、またこうして会いに来たりなんかしないよ。それにさ――」
俺の手を握るロコの手に、力が入る。
「私は大好きな家族を、剣真を守れたんだよ? そのことに悔いがあるわけないじゃん」
真っすぐ俺の瞳を見据え、にへらと微笑んだ。
「短い時間だったけど、剣真とママさんは私にいろんな思い出をくれた。楽しいことも、時には悲しいことも......でも全部ひっくるめて、私は二人が大好き」
先程まで不安や怒りでいっぱいだった胸が、ロコの言葉によって浄化されていくのが分かる。
本人の口から初めて明確な意思が確認でき、俺は心から安堵した。
「......ったく、ロコは優し過ぎるんだよ」
「剣真のお姉ちゃんですから」
「......俺より全然年下のくせに......生意気なんだよな......」
ホント、俺って昔からロコに助けられてばかりのダメダメな弟だ。
ロコに表情を見られないよう、俺は顔を逸らしてうつむき、何度も鼻をすすった。
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