上 下
18 / 47

第17話

しおりを挟む
「――はい。スコーンやチュロスなんかもいいですけど、私は単純にこのホットケーキ
粉にみりんと溶かしバターを入れて焼くのが超オススメですね☆」 
「あら~、溶かしバターは分かるけど、みりんなんか入れて大丈夫なの?」
「全然問題ありません。この二つを入れて焼くと、喫茶店で出てくるようなふわっふわのホットケーキになるので、是非一度お試し下さい♪」
「それじゃあ、そのホットケーキ粉、一つ頂こうかしら?」
「ありがとうございます!」

 夕方5時を回り、店内が再びお客さんで混雑してきた頃。
 ロコの試食販売の仕事も忙しさのピークを迎えようとしていた。
 もう完全に仕事に慣れたのか、お昼に比べてホットケーキ粉を買ってくれるお客さんが明らかに増えていた。 

「おね~ちゃ~ん、ホットーケーキもういっこちょ~だ~い」
「コラ! 一人一個なんだからダメよ!」
「だって......」
「いいよ~☆ でも、あんまり食べ過ぎると、お母さんの美味しいご飯食べられなくなっちゃうけど、いいの~?」
「う~うん~。いやだ~」
「いやだよね~。じゃ~あ~、今は我慢しないとね~」
「うん。わかった~」
 
 子供との接客もバッチリこなし、俺の知らないロコの新たな一面も垣間見れて、なんだか家族として嬉しかった。

「妹さん、初めてのアルバイトなのに凄い接客力ですね」
「えぇ......本当に」  

 つい先程までレジ応援をしていた副店長が、俺の横にやってきた。
 一番疲れが顔に現れやすい時間帯だというのに、相変わらず副店長は涼しい顔をしている。

「妹さんさえ良ければ、是非こちらでアルバイトをお願いしたいくらいです」
「......それはあとで本人に伝えておきます」

 おそらくロコは断るとは思うが。
 仮にアルバイトすることになっても、土日限定のシフトになるだろう。
 あくまで今日はロコの気まぐれ。俺はそんな気がした。

「浅田さんは、今日は6時上がりですよね?」
「はい。本当は矢代やしろさんが帰ってしまったので、閉店までいるつもりだったのですが......あとは夕方のアルバイトの子に任せて、予定通り6時上りで」
「そうですか。妹さん、初めてのアルバイトで想像以上に疲れていると思いますので、いっぱい褒めて、優しくしてあげて下さいね」

 副店長は俺に軽く微笑んで、優しい口調で言った。
 こういう部分が、副店長の人気が高い要素の一つなのだろう。

「もちろんです。それが兄として、家族としての勤めですから」
「ふふっ。よろしくお願いします。では......」

 そう言って副店長はこの場を後にし、サービスカウンターの方へ向かっていった。
 普段から俺はロコのお世話になっているうえに、本人の望んだことではあるが、今日はロコに大きな借りができてしまった。
 再会してからこれまでの感謝を込めて、何かあいつにしてやりたい......。
 そんなことを俺は、ふと思い立った。  

         ※※※

 約一時間後。
 お互い仕事を終えた俺達は、店内で夕飯の買い出しをしていた。
 いつも使う近所のスーパーの数倍大きい店内に、ロコはいささか興奮しているようで。

「凄いね剣真けんま! 調味料だけでこんなにいっぱい種類があるんだー☆」
「......この野菜、初めて見たけど......どうやって調理するのかな?」
「これだけ入ってこのお値段なんて......近所のスーパーじゃまずありえないよね!」

 と、まるで新しい玩具おもちゃを次々に見つけた犬のようだった。
 柴犬の時みたいにハーネスを付けていたら、間違いなく凄い勢いで引っ張られていただろ
う。
 俺はそんなロコに半ば呆れながら、自分の職場でここまで楽しんでくれていることに、胸の奥がポカポカとした気分になる。

 結局30分以上店内を見て回り、電車を乗った時には、もうすぐ夜7時になろうとしていた


 日曜日ということもあって、下り方面でも電車の中は余裕で座れるほどに空いている。
 俺達は扉の近くに座ると談笑を始めた。

「ふぁぁぁぁぁぁっ、と......今日は疲れたけど面白かったなぁ......」

 ロコは胸を反ると、首を左右に軽く振った。

「お疲れ様。それは何よりで」
「剣真が普段どんな職場で仕事してるか分かったし、副店長さんの顔も見れたし。とても大きな収穫でした」

 どうして副店長の名前が出てきたのか謎だが、ロコが満足していて俺は安心した。

「あんな綺麗な副店長さんと一緒に仕事できるんだから、剣真はいいね」
「確かに副店長は綺麗だけど......よく喋るようになったのは最近なんだよな」
「そうなの?」
「あぁ。ロコと再会してから辺りだったと思う」
「......ふ~ん」
「......なんだよ」
「いえ~。剣真モテモテだなぁ~と思って.....」

 ニヤニヤと、含みのある笑みを浮かべているロコ。
 副店長、誰にでもあんな感じだと思うけどな?
 
「.........ねぇ、剣真。同じ場所で働いて、一緒にお昼ご飯食べて、こうして二人で家に帰るのっていいね。家族みたいで」

 ロコはゆっくりと俺の肩に頭を乗せて、言った。
 栗色#__くりいろ__#に近い、茶色く長い髪が俺の頬に触れ、少しくすぐったい。
 
「......そうだな......」

 窓に映る俺達の姿は、少し歳の離れた兄と妹のように見えた。
 周りの人からは、いったいどんな関係に俺達は見えるのだろう。

 そんなことを考えていたら、横から『.....スゥ......スゥ.........』と、寝息が聴こえてきた。
 ロコは俺と会話しながら、いつの間にか船を漕いでいた。

 そりゃあ急に初めてのアルバイトを経験したんだ。
 その上、夕飯の買い出しであれだけはしゃいでは無理もない。
 とりあえず家の最寄り駅に着くまで、このまま寝かせておくか......。

 気持ち良さそうな寝顔を見せて眠るロコを横目に、俺は何とも言えない幸福感を感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

先生と僕

真白 悟
ライト文芸
 高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。  少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

処理中です...