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第6話

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 10月にしては暖かすぎる平日の昼。

 雲ひとつなくなく、絶好の秋晴が天一面てんいちめんに広がっている。
 ただでさえ気温が安定しないこの季節はは、食品を扱うお店にとってはもっとも嫌な季節だ。
 暑いなら暑いな、寒いなら寒いで、売れる商品の予測は立てやすい。
しかしこうも一日ごとに気温のバラつきがあると、そうはいかない。

 俺は休憩室で昼食をとりながら、本日の夕方のタイムセールに何を提案するか思案している。一方で昨日の夜の出来事を改めて思い出していた。

 柴犬のロコの生まれ変わりだと名乗る、大志葉加那おおしばかなという女子高生。

 今となっては俺しか知る者はいない、ロコとの思い出の日々を、彼女は知っていた。
 自分でも驚くほど、昨日の俺は彼女の言葉をすんなり受け入れ、久しぶりの再会に喜び、懐かしんだ。

 だが、あれは本当に現実だったのか? ひょっとしたらアレは全部、俺の夢ではないのか?

 あの後、部屋に戻ってきた俺は、寝間着にも着替えず、そのままベッドの上で眠ってしまった。
 何度考えても犬が人間に転生して、昔の飼い主に会いにくるなんてありえない。

「どうしたんスか、剣さん? なんかボーっとしちゃって」

 食事をする手が止まっているのを不審に思ったのか、少し離れた席でパートさん達と昼飯をとっていた鷹丸たかまるが声をかけてきた。

 鷹丸は同じグロッサリー部門で働くアルバイトで、恩人の岡さんの息子だ。
 坊主頭で背は男の中でも低い方。しかし脱ぐとかなりのマッチョ体型でパワーと体力があり、働かない上司を一人抱える当部門にとっては貴重な戦力だ。

「......その『剣さん』っていう呼び方、恥ずかしいからいい加減やめろ」
「いいじゃないっスか。男前で『昭和の大スター!』ってみたいな感じで」

 お前と一緒で俺も平成生まれなんだが。

 鷹丸はその若さで昭和の文化が大好きという、少し変わった趣味を持っている。
 坊主頭なのも某・昭和の有名任侠映画の主人公をリスペクトしているからだと、以前熱く語っていた。

「俺は一応、お前の上司でもあるんだが......で、何だ?」
「何だ? じゃないっスよ。カップメン、もうとっくに三分以上経ってますけど」
「あぁ......そうだな......」

 そう言われて、お湯を入れたカップ麺のフタを開けてみると、湯気がほとんど出てこないどころか、麺も伸びきって完全にぬるくなっていた。

「――ひょっとして恋の悩みっスか? 駄目っスよ! 副店長は俺が狙ってるんっスから!」
「これが恋に悩んでいる顔に見えるか? それにいつも言ってるが、お前が福店長を狙うなんて10年早い」
「それはやってみなきゃ分からないじゃないっスか!? 福店長、ああ見えて案外年下好きかもしれないし」

 テーブルに手をどん! と置き、少々興奮気味に語る鷹丸。
 周りで昼食や談笑しているパートさん達の視線が一気にこちらに集中して恥ずかしい。

「分かったから、そう興奮するな......。俺が悩んでいることはそれじゃない」
「やっぱりなんかあったんスね? 矢代のことっスか?」

 俺が小声で話すよううながすと、鷹丸も小声で話しかけてくる。

「いや。それでもない」
「じゃあいったい......」
「――あのさ、昔飼っていた柴犬が、JKになって自分の前に現れたらどう思う?」

 鷹丸の顔が一瞬硬直し、その後、嘆息たんそくして俺の肩に手を置き哀れみの視線を送る。

「......剣さん、頭大丈夫っスか?」
「......ヤバイかもしれん。今日はもう帰っていいか?」

 肩に乗った鷹丸の手を軽く振り払いながら
訴える。

「駄目っスよ。剣さんがいなかったら、誰が矢代の相手するんスか? 今日はお袋もいないんっスから勘弁して下さいよ~」
「......確かに。俺と岡さんもいないとなると、あの三元豚、多分お前に絡んでくるな」
「でしょー? だから今日のところは頑張ってお仕事しましょう? 明日だったら別にお休みしてもかまわないんで」

 こいつ、明日は自分が休みだからって勝手なことを。

「......分かったよ。可愛い岡さんの息子の為だ。時間まではいてやる」
「そうこなくっちゃ! 流石はグロッサリー部門の未来のエース!」
「エースも何も、俺以外の部門の社員、三元豚しかいないんだが......ていうかお前、絶対俺のことバカにしてるだろ?」
「ハハッ。それじゃ俺、そろそろ戻りますね。早く食べないと、休憩時間終わっちゃいますよー?」

 俺より一足早く休憩に入った鷹丸は、売り場に戻る時も騒々しかった。

 そうだよな。

 そんなことはありえないよな。

 やっぱり昨日の出来事は、天涯孤独になってしまったストレスからくる、幻覚か何かだったのかもしれない。

 鷹丸との会話のせいで完全に冷めてしまったカップ麺を、俺はできるだけ急いで口の中に流し込んだ。



「――あ! 剣真ー! お帰りー!!」

 夕方6時に仕事を終え、家の最寄り駅の改札前までやってきて、自分の目を疑った。
 ロコ、改め「大志葉加那」が、こちらに大きく手を振ってそこにいた。
 まるで飼い主の帰りを待ちわびた、渋谷駅の忠犬のように......。
 そんな彼女の姿を見て、初秋しょしゅうの夜の寒さなんか一気に吹き飛んだ。

 どうやら昨日の『非現実的』な出来事は、『現実ほんとう』のことで間違いないようで。
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