7 / 47
第6話
しおりを挟む
10月にしては暖かすぎる平日の昼。
雲ひとつなくなく、絶好の秋晴が天一面に広がっている。
ただでさえ気温が安定しないこの季節はは、食品を扱うお店にとってはもっとも嫌な季節だ。
暑いなら暑いな、寒いなら寒いで、売れる商品の予測は立てやすい。
しかしこうも一日ごとに気温のバラつきがあると、そうはいかない。
俺は休憩室で昼食をとりながら、本日の夕方のタイムセールに何を提案するか思案している。一方で昨日の夜の出来事を改めて思い出していた。
柴犬のロコの生まれ変わりだと名乗る、大志葉加那という女子高生。
今となっては俺しか知る者はいない、ロコとの思い出の日々を、彼女は知っていた。
自分でも驚くほど、昨日の俺は彼女の言葉をすんなり受け入れ、久しぶりの再会に喜び、懐かしんだ。
だが、あれは本当に現実だったのか? ひょっとしたらアレは全部、俺の夢ではないのか?
あの後、部屋に戻ってきた俺は、寝間着にも着替えず、そのままベッドの上で眠ってしまった。
何度考えても犬が人間に転生して、昔の飼い主に会いにくるなんてありえない。
「どうしたんスか、剣さん? なんかボーっとしちゃって」
食事をする手が止まっているのを不審に思ったのか、少し離れた席でパートさん達と昼飯をとっていた鷹丸が声をかけてきた。
鷹丸は同じグロッサリー部門で働くアルバイトで、恩人の岡さんの息子だ。
坊主頭で背は男の中でも低い方。しかし脱ぐとかなりのマッチョ体型でパワーと体力があり、働かない上司を一人抱える当部門にとっては貴重な戦力だ。
「......その『剣さん』っていう呼び方、恥ずかしいからいい加減やめろ」
「いいじゃないっスか。男前で『昭和の大スター!』ってみたいな感じで」
お前と一緒で俺も平成生まれなんだが。
鷹丸はその若さで昭和の文化が大好きという、少し変わった趣味を持っている。
坊主頭なのも某・昭和の有名任侠映画の主人公をリスペクトしているからだと、以前熱く語っていた。
「俺は一応、お前の上司でもあるんだが......で、何だ?」
「何だ? じゃないっスよ。カップメン、もうとっくに三分以上経ってますけど」
「あぁ......そうだな......」
そう言われて、お湯を入れたカップ麺のフタを開けてみると、湯気がほとんど出てこないどころか、麺も伸びきって完全に温くなっていた。
「――ひょっとして恋の悩みっスか? 駄目っスよ! 副店長は俺が狙ってるんっスから!」
「これが恋に悩んでいる顔に見えるか? それにいつも言ってるが、お前が福店長を狙うなんて10年早い」
「それはやってみなきゃ分からないじゃないっスか!? 福店長、ああ見えて案外年下好きかもしれないし」
テーブルに手をどん! と置き、少々興奮気味に語る鷹丸。
周りで昼食や談笑しているパートさん達の視線が一気にこちらに集中して恥ずかしい。
「分かったから、そう興奮するな......。俺が悩んでいることはそれじゃない」
「やっぱりなんかあったんスね? 矢代のことっスか?」
俺が小声で話すよう促すと、鷹丸も小声で話しかけてくる。
「いや。それでもない」
「じゃあいったい......」
「――あのさ、昔飼っていた柴犬が、JKになって自分の前に現れたらどう思う?」
鷹丸の顔が一瞬硬直し、その後、嘆息して俺の肩に手を置き哀れみの視線を送る。
「......剣さん、頭大丈夫っスか?」
「......ヤバイかもしれん。今日はもう帰っていいか?」
肩に乗った鷹丸の手を軽く振り払いながら
訴える。
「駄目っスよ。剣さんがいなかったら、誰が矢代の相手するんスか? 今日はお袋もいないんっスから勘弁して下さいよ~」
「......確かに。俺と岡さんもいないとなると、あの三元豚、多分お前に絡んでくるな」
「でしょー? だから今日のところは頑張ってお仕事しましょう? 明日だったら別にお休みしてもかまわないんで」
こいつ、明日は自分が休みだからって勝手なことを。
「......分かったよ。可愛い岡さんの息子の為だ。時間まではいてやる」
「そうこなくっちゃ! 流石はグロッサリー部門の未来のエース!」
「エースも何も、俺以外の部門の社員、三元豚しかいないんだが......ていうかお前、絶対俺のことバカにしてるだろ?」
「ハハッ。それじゃ俺、そろそろ戻りますね。早く食べないと、休憩時間終わっちゃいますよー?」
俺より一足早く休憩に入った鷹丸は、売り場に戻る時も騒々しかった。
そうだよな。
そんなことはありえないよな。
やっぱり昨日の出来事は、天涯孤独になってしまったストレスからくる、幻覚か何かだったのかもしれない。
鷹丸との会話のせいで完全に冷めてしまったカップ麺を、俺はできるだけ急いで口の中に流し込んだ。
「――あ! 剣真ー! お帰りー!!」
夕方6時に仕事を終え、家の最寄り駅の改札前までやってきて、自分の目を疑った。
ロコ、改め「大志葉加那」が、こちらに大きく手を振ってそこにいた。
まるで飼い主の帰りを待ちわびた、渋谷駅の忠犬のように......。
そんな彼女の姿を見て、初秋の夜の寒さなんか一気に吹き飛んだ。
どうやら昨日の『非現実的』な出来事は、『現実』のことで間違いないようで。
雲ひとつなくなく、絶好の秋晴が天一面に広がっている。
ただでさえ気温が安定しないこの季節はは、食品を扱うお店にとってはもっとも嫌な季節だ。
暑いなら暑いな、寒いなら寒いで、売れる商品の予測は立てやすい。
しかしこうも一日ごとに気温のバラつきがあると、そうはいかない。
俺は休憩室で昼食をとりながら、本日の夕方のタイムセールに何を提案するか思案している。一方で昨日の夜の出来事を改めて思い出していた。
柴犬のロコの生まれ変わりだと名乗る、大志葉加那という女子高生。
今となっては俺しか知る者はいない、ロコとの思い出の日々を、彼女は知っていた。
自分でも驚くほど、昨日の俺は彼女の言葉をすんなり受け入れ、久しぶりの再会に喜び、懐かしんだ。
だが、あれは本当に現実だったのか? ひょっとしたらアレは全部、俺の夢ではないのか?
あの後、部屋に戻ってきた俺は、寝間着にも着替えず、そのままベッドの上で眠ってしまった。
何度考えても犬が人間に転生して、昔の飼い主に会いにくるなんてありえない。
「どうしたんスか、剣さん? なんかボーっとしちゃって」
食事をする手が止まっているのを不審に思ったのか、少し離れた席でパートさん達と昼飯をとっていた鷹丸が声をかけてきた。
鷹丸は同じグロッサリー部門で働くアルバイトで、恩人の岡さんの息子だ。
坊主頭で背は男の中でも低い方。しかし脱ぐとかなりのマッチョ体型でパワーと体力があり、働かない上司を一人抱える当部門にとっては貴重な戦力だ。
「......その『剣さん』っていう呼び方、恥ずかしいからいい加減やめろ」
「いいじゃないっスか。男前で『昭和の大スター!』ってみたいな感じで」
お前と一緒で俺も平成生まれなんだが。
鷹丸はその若さで昭和の文化が大好きという、少し変わった趣味を持っている。
坊主頭なのも某・昭和の有名任侠映画の主人公をリスペクトしているからだと、以前熱く語っていた。
「俺は一応、お前の上司でもあるんだが......で、何だ?」
「何だ? じゃないっスよ。カップメン、もうとっくに三分以上経ってますけど」
「あぁ......そうだな......」
そう言われて、お湯を入れたカップ麺のフタを開けてみると、湯気がほとんど出てこないどころか、麺も伸びきって完全に温くなっていた。
「――ひょっとして恋の悩みっスか? 駄目っスよ! 副店長は俺が狙ってるんっスから!」
「これが恋に悩んでいる顔に見えるか? それにいつも言ってるが、お前が福店長を狙うなんて10年早い」
「それはやってみなきゃ分からないじゃないっスか!? 福店長、ああ見えて案外年下好きかもしれないし」
テーブルに手をどん! と置き、少々興奮気味に語る鷹丸。
周りで昼食や談笑しているパートさん達の視線が一気にこちらに集中して恥ずかしい。
「分かったから、そう興奮するな......。俺が悩んでいることはそれじゃない」
「やっぱりなんかあったんスね? 矢代のことっスか?」
俺が小声で話すよう促すと、鷹丸も小声で話しかけてくる。
「いや。それでもない」
「じゃあいったい......」
「――あのさ、昔飼っていた柴犬が、JKになって自分の前に現れたらどう思う?」
鷹丸の顔が一瞬硬直し、その後、嘆息して俺の肩に手を置き哀れみの視線を送る。
「......剣さん、頭大丈夫っスか?」
「......ヤバイかもしれん。今日はもう帰っていいか?」
肩に乗った鷹丸の手を軽く振り払いながら
訴える。
「駄目っスよ。剣さんがいなかったら、誰が矢代の相手するんスか? 今日はお袋もいないんっスから勘弁して下さいよ~」
「......確かに。俺と岡さんもいないとなると、あの三元豚、多分お前に絡んでくるな」
「でしょー? だから今日のところは頑張ってお仕事しましょう? 明日だったら別にお休みしてもかまわないんで」
こいつ、明日は自分が休みだからって勝手なことを。
「......分かったよ。可愛い岡さんの息子の為だ。時間まではいてやる」
「そうこなくっちゃ! 流石はグロッサリー部門の未来のエース!」
「エースも何も、俺以外の部門の社員、三元豚しかいないんだが......ていうかお前、絶対俺のことバカにしてるだろ?」
「ハハッ。それじゃ俺、そろそろ戻りますね。早く食べないと、休憩時間終わっちゃいますよー?」
俺より一足早く休憩に入った鷹丸は、売り場に戻る時も騒々しかった。
そうだよな。
そんなことはありえないよな。
やっぱり昨日の出来事は、天涯孤独になってしまったストレスからくる、幻覚か何かだったのかもしれない。
鷹丸との会話のせいで完全に冷めてしまったカップ麺を、俺はできるだけ急いで口の中に流し込んだ。
「――あ! 剣真ー! お帰りー!!」
夕方6時に仕事を終え、家の最寄り駅の改札前までやってきて、自分の目を疑った。
ロコ、改め「大志葉加那」が、こちらに大きく手を振ってそこにいた。
まるで飼い主の帰りを待ちわびた、渋谷駅の忠犬のように......。
そんな彼女の姿を見て、初秋の夜の寒さなんか一気に吹き飛んだ。
どうやら昨日の『非現実的』な出来事は、『現実』のことで間違いないようで。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!
坪庭 芝特訓
恋愛
女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。
零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。
接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。
零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。
ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。
それに気付き、零児の元から走り去った響季。
そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。
プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。
一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。
夜の街で、大人相手に育った少年。
危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。
その少女達は今や心が離れていた。
ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!
そうだVogue対決だ!
勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!
ひゃだ!それってとってもいいアイデア!
そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。
R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。
読み飛ばしてもらっても大丈夫です。
検索用キーワード
百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
先生と僕
真白 悟
ライト文芸
高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。
少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。
ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語
花閂
ライト文芸
人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。
鬼と怖れられモンスターだと自覚しながらも、恋して焦がれて愛さずにはいられない。
恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女・禮と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。
名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて最悪の不良校に入学。女子生徒数はわずか1%という特異な環境のなか、入学早々にクラスの不良に目をつけられたり暴走族にさらわれたり、学園生活は前途多難。
周囲に鬼や暴君やと恐れられる強面の彼氏は禮を溺愛して守ろうとするが、心配が絶えない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる