304 / 337
第114話 赫赫! 在りし日々の過去と重なる少女の未来 (Cパート)
しおりを挟む
電話を受けた来葉はすぐに病院に駆け込んだ。
あみのつわりが始まったそうで、彼方は「来葉にも連絡するべきだ」と判断して電話で一報入れてくれたそうだ。
(これは運命ね)
来葉はそう悟った。
あるみから赤い影の報告を受けた直後に、あみのつわりの連絡。
もし、神様が現実にいるのなら、この巡り合せを選んでくれたことに感謝したい。
いや、もしかしたら、あみの想いがこの未来を手繰り寄せてくれたのかもしれない。
来葉は病院に辿り着いて真っ先に院長室へ行った。
「私も阿方あみの手術室に入らせてください」
話はある程度、あるみや鯖戸が通してくれている。
院長も赤い影の噂を聞き及んでいるどころか実際に被害に遭っていた。
曰く「手術中に赤い影が見えたと思ったら、突然執刀医や助手達が昏倒し、気づいた時には患者の心肺は停止していた」
このような不可解な事件は、警察に行ってもお手上げの状態で、あるみのような魔法少女に頼るしかなかった。
「赤い影――クリムゾンをなんとかして欲しい。これ以上、事件が起きたら病院は終わってしまう」
院長からそう懇願されるように言われた。
「お引き受けました。全力を尽くします」
来葉は一礼して、手術室へ向かう。
執刀医や助手からしたら、一介の占い師が何故手術室に? と、疑問符を浮かべるところだけど、幸いなことに赤い影の襲撃を経験しているので祈祷の意味合いで同行しているのだろう、と解釈してくれた。
「これより、手術を開始します」
執刀医は宣言する。
出産は、病気で衰弱したあみの身体には厳しく緊急帝王切開をすることになった。
(お願い、上手くいって……)
来葉は両手を合わせて祈った。
こうしていると、ローブを羽織った自分は本当に祈祷しているように見える、と自嘲する。
手術開始からしばらく経った。
あみの腹は切開され、いよいよ子宮から赤ん坊を取り出す段階に入った。
ここまでは順調、と、来葉の目に映った。
このまま何もかも上手くいって、無事赤ん坊を産めて、あみも生きて……。
来葉はこの手術の間に、何度も何度も未来を視た。
結末は五分五分。
あみの病状を考えれば、これでも奇跡的だといえた。
だけど、人間は欲張りだからどうしてもそれ以上の奇跡を望んでしまう。
「――!」
異変は唐突に起こった。
照明が点滅を始めた。
「……ん?」
いや、照明ではなく視界が明滅していたのだ。
身体にも違和感が出てきた。
手術室の命を取り扱う極限の緊張感のせいかと思ったけど違った。明らかに身体が重い。
明滅とともに視界が赤く染まる。
言うまでもなくこれは怪人の襲撃だった。
「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」
クルハは即座にゴシックな黒衣装の魔法少女に変身する。
そこまで広くない手術室。いつの間に忍び込んできたのかわからない。
しかし、それは確かにわずかな隙間を縫って、やってきた。
「そこ!」
クルハはクギを壁に突き刺した。
バタン!
その直後に、執刀医と助手は倒れた。
「しまった!」
「クククククク」
クギが刺さった壁から赤く染まっていく。
噂に聞く赤い影――クリムゾンが不気味に笑い出す。
「魔法少女がいたとはな。いや、かえって好都合か!」
「何が好都合よ!」
クルハは怒りを顕にする。
「あなたの目的はわかってるわ」
クルハはあるみから聞いた説明を思い出す。
『赤い影の怪人――クリムゾンは病院の患者――特に手術中の患者ばかりを標的にしているわ。目的は患者の生気を奪い取ることよ。生きようとする意志が強ければ強いほどその生気も大量に溢れ出る。手術室の患者っていうのまさにうってつけみたいね。問題は生気を奪われた患者は生きる意志を失って死ぬしかない。私の知る限り最悪の部類の怪人よ』
最悪の部類の怪人。
それは、クルハの見解とも一致していた。
なんとしてでも、これ以上の犠牲者を出さないために、ここで倒さなければならない。何よりも、あみとその赤ん坊の命を守るために。
「絶対にあみの生気は奪わせない」
「いや、吸うぜえ! その患者からはこれまで感じたことのないほどの生気を感じるぜえ!」
「それはそうよ、あみの生きようとする意志と赤ちゃんを産む意志、二人分の意志があるのだから!」
「なるほどな! そいつは是が非でもいただきたくなったぜえ!」
赤い影は壁ごと突き刺していたクギを引き抜いて床に降り立つ。
「そうはさせないわ! ボルトフィクス!」
クルハは即座にクギを飛ばす。
クリムゾンはクギに突き刺さる。
「ぐう! 動けない!!」
「私のクギであなたの動きを固定したわ。これで動けないはずよ」
クルハは銀色に輝く長いクギを生成する。
このクギで一気にトドメをさす。
「だが、俺は動けなくても、生気を吸うことができるんだ!」
「なッ!?」
急に足の力が抜けて、崩れ落ちそうになる。
「当然、お前もだ! そこの患者ほどじゃねえがお前も相当、生《い》きがいいな! ハハハハハ!!」
クリムゾンは高笑いし、赤い影は天井にまで伸びる。
「不愉快ね、その笑い」
クルハは足をドンと踏み入れて、影の頭へクギを突き刺す。
「グギャアアアアアアッ!?」
クリムゾンは悲鳴を上げる。
「あなたは形の無い影のように見えるけど、実体はちゃんとある。そこに存在している。伸縮自在、影のように薄く伸びる身体も私のクギで固定することができるわ!」
「見抜かれていた、だと!?」
「ええ、そうよ。見抜いたわよ。この目で! あなたの能力を!!」
クルハの目が虹色に輝く。
この目は未来の情報を得ることができる。
クリムゾンと幾度となく戦い、その中でクリムゾンは能力を駆使してクルハの攻撃をかいくぐって、あみにその手をかける。
クリムゾンは強敵だった。
スキあらばクルハやあみの生気を抜き取ろうとする。
それにこちらではクリムゾンを倒す決定打がない。クギでいくら突き刺してもダメージは与えることは出来ても、倒し切ることが出来ない。
「くッ!」
視界が赤く染まる。
「ほら、お前の生気をどんどんいただいていくぞ! レッドアウトしてきただろ!?」
(レッドアウト……この状態だと未来が視えない……なんてこと!?)
まだクリムゾンへの有効打が視えてない。
「ネイルアロー!!」
クルハは銀のクイを放ち、クリムゾンへ突き刺す
「いてええええええ! クソ、串刺しとはいい趣味してるじゃねえかああああッ!?」
「串刺し…そうね、あなたは煮ても焼いても食べられ無さそうだけど……」
「俺は生モノが嫌いなんだがなあああああッ!!」
クリムゾンは吼える。
それとともに、クルハの生気が吸いつくされていく。
手術室は狭く、影を根こそぎ吹き飛ばす魔法を使おうものなら、あみや赤ん坊の生死にも関わってくるのも、有効打に欠けている状況に拍車がかかっている。
「俺は絞り尽くすのが先か、お前が私を倒すのが先か!」
「根比べをするつもりもないわね」
クルハとクリムゾンは睨みあいを続ける。
そうしている間にも、生気はどんどん吸われていく。
視界がレッドアウトしているせいで、未来を視ることができない。
赤い影の情報が少なかったのはそのせいだった。
「だったら、どうするんだ!? このままじゃジリ貧じゃねえかあ!?」
「くッ!」
「だが、お前の生気はまだ生きがいい! わかるぜえ! まだ諦めてねえってことがな!! 何をしてきやがるんだ!? あがいてみせろよ!!」
クリムゾンが煽ってくる。
「言われなくても!」
クルハは巨大な杭を生成する。
その巨大な杭でクリムゾンを射抜く。
今までの戦いでわかったことは、クリムゾンの身体は恐ろしく柔軟に出来ている。クギを突き刺してもすぐ抜け出されてしまう。
しかし、そんな怪人にもその身体を形成するために機能している核があるはず。この巨大な杭でその核を貫くつもりで放つ。
それでも薄く伸びる赤い影には都合よく核を貫けるとは思えない。
クリムゾンにとって核は心臓にあたるものの、人間のように一定の位置にあるとも限らない。
この一撃は、しとめるための攻撃でもあり、核を見定めるための攻撃でもあった。
「トールスクリューブラスト」
手術室を壊してしまわないよう、極力威力を抑えてクリムゾンへ突き刺した。
「がああああああッ!?」
突き刺されたクリムゾンは悲鳴をあげる。
しかし、それは彼の断末魔ではなかった。
「まだよ、ネイルアロー」
杭で潰され、残った影を潰す。
(これで核を貫けたはず……もし、ダメだったら……)
クルハが最悪の想定を頭に描いていた時、視界が赤くどころか黒くなる。
かなりの生気が奪い取られている。
「どちくしょおおおおおおッ!? なんて容赦ない攻撃をするんだ!? めちゃくちゃ痛いじゃねえかああああッ!!」
クリムゾンは激怒して、杭やクギをかいくぐって人の形成して、立ち上がる。
「く、力が……!」
クルハは力が抜けて、とうとう片膝をついてしまう。
急速に生気が抜けていく。
「あなた、ダメージを回復するために……!」
「おお、そうだあ! このダメージから回復するためには、ちょっとやそっとの生気じゃ足りねえ!! 思いっきり吸い取ってやるぞ!!」
「思いっきり、吸い取ったのね……!」
意識が失いかけるほどの生気の急激な吸収だった。
「ああ、そうだ! 素晴らしい生気だ! だが、まだまだ足りねえ!! そこにいる患者の生気ももらうぞ! メインディッシュにとっておいたがそうもいってられねえダメージだからなあ!!」
クリムゾンは手術台へ歩み寄る。
「そうはさせないわ!
クルハは立ち上がる。
「それだけの生気を吸い尽くしたっていうのに、まだ立てるのか!? 大したもんだなあ!! こんなにも回復したっていうのになあ!!」
「そう、随分回復したのね……身体中に吸い尽くした生気でみなぎっているのがわかるわ」
クルハは目を凝らす。
視界が赤く染まっているけど、吸い取った生気が魔力に変換されているのはちゃんと見える。核は人間の心臓と同じように魔力を身体中に張り巡らされていく。
ダメージを受けた身体を回復させようと、猛烈な勢いで魔力が血管のように伝わっていく。
核はその魔力の中心にある。クルハはそれを見定める。
これを外したら、自分だけではなく、あみやその赤ん坊の生死はどうなるか。
――絶対に外せない!
その想いが極限の集中力を生み、魔力の中心を捉える。
「そこよ!」
クルハはその魔力の中心に向けて、杭を放つ。
「がッ!?」
クルハが今出し得る最速の投擲で見事クリムゾンの核をピンポイントに撃ち抜いた。
「お、俺の核が見抜かれるなんて……! 大したもんだぜ……!」
クリムゾンの身体は崩れ落ちていく。
「核の位置さえわかっていたら、もっと簡単に倒せてたでしょうね」
汗が滴り落ちる額を拭って、笑みを浮かべる。
「――最高だぜ、あんたぁ……」
クリムゾンはそう言い残して、跡形もなく消えた。
「あなたは最悪だけどね」
ピーーーーー
アラートが鳴り出す。
「あみさん!?」
クルハは思わず声を上げて駆け寄る。
母子ともに危険な状態だった。
このままでは……!
「いえ、そんなことはさせない! 絶対に!!」
クルハはあみを見つめる。
視界はまだレッドアウトしたままだ。だけど、今ここで視なければならない。
「あみさん! あみさん!! 戻ってきて!! 生きて! 生きて生きて!!」
クルハは必死に呼びかける。
『阿方あみさん、あなたは一年後に――死にます』
あみに残酷な未来を告げてから、もう少しで一年になる。
それから、あみとは良き友人になった。
まるで何年も前から仲良くしていた友人のように距離はあっという間に埋まった。
距離を埋めてくれる、そんな女性だからそうなれた。
生きて欲しい、心からそう思える人だ。
『あみさんがもう半年生きられるような未来もあった』
その未来を選択する魔法が、クルハにはあった。
しかし、そうしなかった。
『――でも、それは出産を諦めてもらう方法なのよ』
その未来はあみが流産して、病状の悪化が遅滞し、もう半年分生きられるようになる。そんな未来だった。
だから、できなかった。
『あの子供達のように、自分の子供が楽しそうに歌えたら……それは、私にとっての生きた証になるわ』
そう言ったあみの笑顔が浮かぶ。
今ならまだ間に合う。
奇跡が起きる未来を必ず手繰り寄せてみせる。
このまま心肺停止する未来。
あみだけが助かる未来。
赤ん坊だけが助かる未来。
二人とも助からない未来。
そんな未来はあってはならない。
必ず、必ずあるはずだから、視つけなければならない!
暗闇の中にいた。
そこに立っているというより、浮かんでいるというような感覚で、動けなかった。
動けないまま、このまま流れて身を任せてみようかと思った。
「あみさん!」
そこへ自分を呼びかける声がした。
「あみさん! あみさん!」
あまりにも必死で、思わず流されかけたこの身体が戻された。
それだけの力を受け取った。それだけの想いを感じた。
「生きて! 生きて!」
その必死の呼びかけとともに、自分の中で沈みかけていた想いが呼び起こされる。
「私は生きたい」
たった一言のその想い。
病気がわかって、長くは生きられないと告げられた時、そこまで現実感がわかなかった。
どこか他人事というか、夢の中の出来事のように感じた。
それから身体が思うように動かないことが増えていって、だんだん実感がこみ上げてきた。
けれども、決定的にはあの日の出来事だった。
『阿方あみさん、あなたは一年後に――死にます』
その一言で、あみは一年後に自分は生きてはいないと確信した。
その時に出会ったばかりの黒野来葉の一言はどんな医者の言葉よりも鮮明で真摯だったからかもしれない。
未来を知ってしまったからこその絶望を。
告げなければならない使命感。告げたくない気持ち
その狭間で揺れ動き、苦しむ感情がおぼろげながらも感じ取った。
だからこそ、信じられた。
それと同時に実感がこみ上げてきた。
でも、不思議と未練とか後悔とか、そういったものはなかった。
十分に生きてきて、阿方彼方という運命の人と巡り逢えて、幸せに満ち足りていたからかもしれない。
それでも、ただ一つ心残りはあった。
だた一つ、たった一つだけでもいい。
何か残したい。自分が生きた証を。
阿方彼方と巡り逢い、幸せになれた、その証をどうしても残したい。
そう思い、気づいたときには、この子を宿していた。
嬉しかった。
たとえ自分がいなくなっても、この子がいれば彼方は一人じゃなくなる。
そうなれば自分は安心して逝ける。
だからこそどうしても産まなければならなかった。
この子を産めば、自分はどうなってもいい。
そう思っていた。
きらきらひかーる♪
おそらのほしよー♪
歌が聞こえた。
あの日、来葉が連れて行ってくれた幼稚園のおゆうぎ会での歌だった。
「私って、欲張りだったのね……」
この子を産めれば、あとは自分がどうなってもいいと思っていた。
でも、来葉が未来を見せてくれた。
この子があの壇上に立って、元気に歌う姿を。
「みたい、どうしても、みたい……!」
そのために何が何でも生きたい。
生きて、この子が産まれて、生きていく未来を見届けたい。
「――あ!」
視つけた。
その瞬間に、クルハは思わず声が漏れたけど、即座にクイを撃ち込み、未来を確定させる。
この未来を、ほんの一瞬だけ視えたその未来を逃すわけにはいかなかったからだ。
「おぎゃあーおぎゃあー」
赤ん坊の元気な泣き声が響き渡る。
あみのつわりが始まったそうで、彼方は「来葉にも連絡するべきだ」と判断して電話で一報入れてくれたそうだ。
(これは運命ね)
来葉はそう悟った。
あるみから赤い影の報告を受けた直後に、あみのつわりの連絡。
もし、神様が現実にいるのなら、この巡り合せを選んでくれたことに感謝したい。
いや、もしかしたら、あみの想いがこの未来を手繰り寄せてくれたのかもしれない。
来葉は病院に辿り着いて真っ先に院長室へ行った。
「私も阿方あみの手術室に入らせてください」
話はある程度、あるみや鯖戸が通してくれている。
院長も赤い影の噂を聞き及んでいるどころか実際に被害に遭っていた。
曰く「手術中に赤い影が見えたと思ったら、突然執刀医や助手達が昏倒し、気づいた時には患者の心肺は停止していた」
このような不可解な事件は、警察に行ってもお手上げの状態で、あるみのような魔法少女に頼るしかなかった。
「赤い影――クリムゾンをなんとかして欲しい。これ以上、事件が起きたら病院は終わってしまう」
院長からそう懇願されるように言われた。
「お引き受けました。全力を尽くします」
来葉は一礼して、手術室へ向かう。
執刀医や助手からしたら、一介の占い師が何故手術室に? と、疑問符を浮かべるところだけど、幸いなことに赤い影の襲撃を経験しているので祈祷の意味合いで同行しているのだろう、と解釈してくれた。
「これより、手術を開始します」
執刀医は宣言する。
出産は、病気で衰弱したあみの身体には厳しく緊急帝王切開をすることになった。
(お願い、上手くいって……)
来葉は両手を合わせて祈った。
こうしていると、ローブを羽織った自分は本当に祈祷しているように見える、と自嘲する。
手術開始からしばらく経った。
あみの腹は切開され、いよいよ子宮から赤ん坊を取り出す段階に入った。
ここまでは順調、と、来葉の目に映った。
このまま何もかも上手くいって、無事赤ん坊を産めて、あみも生きて……。
来葉はこの手術の間に、何度も何度も未来を視た。
結末は五分五分。
あみの病状を考えれば、これでも奇跡的だといえた。
だけど、人間は欲張りだからどうしてもそれ以上の奇跡を望んでしまう。
「――!」
異変は唐突に起こった。
照明が点滅を始めた。
「……ん?」
いや、照明ではなく視界が明滅していたのだ。
身体にも違和感が出てきた。
手術室の命を取り扱う極限の緊張感のせいかと思ったけど違った。明らかに身体が重い。
明滅とともに視界が赤く染まる。
言うまでもなくこれは怪人の襲撃だった。
「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」
クルハは即座にゴシックな黒衣装の魔法少女に変身する。
そこまで広くない手術室。いつの間に忍び込んできたのかわからない。
しかし、それは確かにわずかな隙間を縫って、やってきた。
「そこ!」
クルハはクギを壁に突き刺した。
バタン!
その直後に、執刀医と助手は倒れた。
「しまった!」
「クククククク」
クギが刺さった壁から赤く染まっていく。
噂に聞く赤い影――クリムゾンが不気味に笑い出す。
「魔法少女がいたとはな。いや、かえって好都合か!」
「何が好都合よ!」
クルハは怒りを顕にする。
「あなたの目的はわかってるわ」
クルハはあるみから聞いた説明を思い出す。
『赤い影の怪人――クリムゾンは病院の患者――特に手術中の患者ばかりを標的にしているわ。目的は患者の生気を奪い取ることよ。生きようとする意志が強ければ強いほどその生気も大量に溢れ出る。手術室の患者っていうのまさにうってつけみたいね。問題は生気を奪われた患者は生きる意志を失って死ぬしかない。私の知る限り最悪の部類の怪人よ』
最悪の部類の怪人。
それは、クルハの見解とも一致していた。
なんとしてでも、これ以上の犠牲者を出さないために、ここで倒さなければならない。何よりも、あみとその赤ん坊の命を守るために。
「絶対にあみの生気は奪わせない」
「いや、吸うぜえ! その患者からはこれまで感じたことのないほどの生気を感じるぜえ!」
「それはそうよ、あみの生きようとする意志と赤ちゃんを産む意志、二人分の意志があるのだから!」
「なるほどな! そいつは是が非でもいただきたくなったぜえ!」
赤い影は壁ごと突き刺していたクギを引き抜いて床に降り立つ。
「そうはさせないわ! ボルトフィクス!」
クルハは即座にクギを飛ばす。
クリムゾンはクギに突き刺さる。
「ぐう! 動けない!!」
「私のクギであなたの動きを固定したわ。これで動けないはずよ」
クルハは銀色に輝く長いクギを生成する。
このクギで一気にトドメをさす。
「だが、俺は動けなくても、生気を吸うことができるんだ!」
「なッ!?」
急に足の力が抜けて、崩れ落ちそうになる。
「当然、お前もだ! そこの患者ほどじゃねえがお前も相当、生《い》きがいいな! ハハハハハ!!」
クリムゾンは高笑いし、赤い影は天井にまで伸びる。
「不愉快ね、その笑い」
クルハは足をドンと踏み入れて、影の頭へクギを突き刺す。
「グギャアアアアアアッ!?」
クリムゾンは悲鳴を上げる。
「あなたは形の無い影のように見えるけど、実体はちゃんとある。そこに存在している。伸縮自在、影のように薄く伸びる身体も私のクギで固定することができるわ!」
「見抜かれていた、だと!?」
「ええ、そうよ。見抜いたわよ。この目で! あなたの能力を!!」
クルハの目が虹色に輝く。
この目は未来の情報を得ることができる。
クリムゾンと幾度となく戦い、その中でクリムゾンは能力を駆使してクルハの攻撃をかいくぐって、あみにその手をかける。
クリムゾンは強敵だった。
スキあらばクルハやあみの生気を抜き取ろうとする。
それにこちらではクリムゾンを倒す決定打がない。クギでいくら突き刺してもダメージは与えることは出来ても、倒し切ることが出来ない。
「くッ!」
視界が赤く染まる。
「ほら、お前の生気をどんどんいただいていくぞ! レッドアウトしてきただろ!?」
(レッドアウト……この状態だと未来が視えない……なんてこと!?)
まだクリムゾンへの有効打が視えてない。
「ネイルアロー!!」
クルハは銀のクイを放ち、クリムゾンへ突き刺す
「いてええええええ! クソ、串刺しとはいい趣味してるじゃねえかああああッ!?」
「串刺し…そうね、あなたは煮ても焼いても食べられ無さそうだけど……」
「俺は生モノが嫌いなんだがなあああああッ!!」
クリムゾンは吼える。
それとともに、クルハの生気が吸いつくされていく。
手術室は狭く、影を根こそぎ吹き飛ばす魔法を使おうものなら、あみや赤ん坊の生死にも関わってくるのも、有効打に欠けている状況に拍車がかかっている。
「俺は絞り尽くすのが先か、お前が私を倒すのが先か!」
「根比べをするつもりもないわね」
クルハとクリムゾンは睨みあいを続ける。
そうしている間にも、生気はどんどん吸われていく。
視界がレッドアウトしているせいで、未来を視ることができない。
赤い影の情報が少なかったのはそのせいだった。
「だったら、どうするんだ!? このままじゃジリ貧じゃねえかあ!?」
「くッ!」
「だが、お前の生気はまだ生きがいい! わかるぜえ! まだ諦めてねえってことがな!! 何をしてきやがるんだ!? あがいてみせろよ!!」
クリムゾンが煽ってくる。
「言われなくても!」
クルハは巨大な杭を生成する。
その巨大な杭でクリムゾンを射抜く。
今までの戦いでわかったことは、クリムゾンの身体は恐ろしく柔軟に出来ている。クギを突き刺してもすぐ抜け出されてしまう。
しかし、そんな怪人にもその身体を形成するために機能している核があるはず。この巨大な杭でその核を貫くつもりで放つ。
それでも薄く伸びる赤い影には都合よく核を貫けるとは思えない。
クリムゾンにとって核は心臓にあたるものの、人間のように一定の位置にあるとも限らない。
この一撃は、しとめるための攻撃でもあり、核を見定めるための攻撃でもあった。
「トールスクリューブラスト」
手術室を壊してしまわないよう、極力威力を抑えてクリムゾンへ突き刺した。
「がああああああッ!?」
突き刺されたクリムゾンは悲鳴をあげる。
しかし、それは彼の断末魔ではなかった。
「まだよ、ネイルアロー」
杭で潰され、残った影を潰す。
(これで核を貫けたはず……もし、ダメだったら……)
クルハが最悪の想定を頭に描いていた時、視界が赤くどころか黒くなる。
かなりの生気が奪い取られている。
「どちくしょおおおおおおッ!? なんて容赦ない攻撃をするんだ!? めちゃくちゃ痛いじゃねえかああああッ!!」
クリムゾンは激怒して、杭やクギをかいくぐって人の形成して、立ち上がる。
「く、力が……!」
クルハは力が抜けて、とうとう片膝をついてしまう。
急速に生気が抜けていく。
「あなた、ダメージを回復するために……!」
「おお、そうだあ! このダメージから回復するためには、ちょっとやそっとの生気じゃ足りねえ!! 思いっきり吸い取ってやるぞ!!」
「思いっきり、吸い取ったのね……!」
意識が失いかけるほどの生気の急激な吸収だった。
「ああ、そうだ! 素晴らしい生気だ! だが、まだまだ足りねえ!! そこにいる患者の生気ももらうぞ! メインディッシュにとっておいたがそうもいってられねえダメージだからなあ!!」
クリムゾンは手術台へ歩み寄る。
「そうはさせないわ!
クルハは立ち上がる。
「それだけの生気を吸い尽くしたっていうのに、まだ立てるのか!? 大したもんだなあ!! こんなにも回復したっていうのになあ!!」
「そう、随分回復したのね……身体中に吸い尽くした生気でみなぎっているのがわかるわ」
クルハは目を凝らす。
視界が赤く染まっているけど、吸い取った生気が魔力に変換されているのはちゃんと見える。核は人間の心臓と同じように魔力を身体中に張り巡らされていく。
ダメージを受けた身体を回復させようと、猛烈な勢いで魔力が血管のように伝わっていく。
核はその魔力の中心にある。クルハはそれを見定める。
これを外したら、自分だけではなく、あみやその赤ん坊の生死はどうなるか。
――絶対に外せない!
その想いが極限の集中力を生み、魔力の中心を捉える。
「そこよ!」
クルハはその魔力の中心に向けて、杭を放つ。
「がッ!?」
クルハが今出し得る最速の投擲で見事クリムゾンの核をピンポイントに撃ち抜いた。
「お、俺の核が見抜かれるなんて……! 大したもんだぜ……!」
クリムゾンの身体は崩れ落ちていく。
「核の位置さえわかっていたら、もっと簡単に倒せてたでしょうね」
汗が滴り落ちる額を拭って、笑みを浮かべる。
「――最高だぜ、あんたぁ……」
クリムゾンはそう言い残して、跡形もなく消えた。
「あなたは最悪だけどね」
ピーーーーー
アラートが鳴り出す。
「あみさん!?」
クルハは思わず声を上げて駆け寄る。
母子ともに危険な状態だった。
このままでは……!
「いえ、そんなことはさせない! 絶対に!!」
クルハはあみを見つめる。
視界はまだレッドアウトしたままだ。だけど、今ここで視なければならない。
「あみさん! あみさん!! 戻ってきて!! 生きて! 生きて生きて!!」
クルハは必死に呼びかける。
『阿方あみさん、あなたは一年後に――死にます』
あみに残酷な未来を告げてから、もう少しで一年になる。
それから、あみとは良き友人になった。
まるで何年も前から仲良くしていた友人のように距離はあっという間に埋まった。
距離を埋めてくれる、そんな女性だからそうなれた。
生きて欲しい、心からそう思える人だ。
『あみさんがもう半年生きられるような未来もあった』
その未来を選択する魔法が、クルハにはあった。
しかし、そうしなかった。
『――でも、それは出産を諦めてもらう方法なのよ』
その未来はあみが流産して、病状の悪化が遅滞し、もう半年分生きられるようになる。そんな未来だった。
だから、できなかった。
『あの子供達のように、自分の子供が楽しそうに歌えたら……それは、私にとっての生きた証になるわ』
そう言ったあみの笑顔が浮かぶ。
今ならまだ間に合う。
奇跡が起きる未来を必ず手繰り寄せてみせる。
このまま心肺停止する未来。
あみだけが助かる未来。
赤ん坊だけが助かる未来。
二人とも助からない未来。
そんな未来はあってはならない。
必ず、必ずあるはずだから、視つけなければならない!
暗闇の中にいた。
そこに立っているというより、浮かんでいるというような感覚で、動けなかった。
動けないまま、このまま流れて身を任せてみようかと思った。
「あみさん!」
そこへ自分を呼びかける声がした。
「あみさん! あみさん!」
あまりにも必死で、思わず流されかけたこの身体が戻された。
それだけの力を受け取った。それだけの想いを感じた。
「生きて! 生きて!」
その必死の呼びかけとともに、自分の中で沈みかけていた想いが呼び起こされる。
「私は生きたい」
たった一言のその想い。
病気がわかって、長くは生きられないと告げられた時、そこまで現実感がわかなかった。
どこか他人事というか、夢の中の出来事のように感じた。
それから身体が思うように動かないことが増えていって、だんだん実感がこみ上げてきた。
けれども、決定的にはあの日の出来事だった。
『阿方あみさん、あなたは一年後に――死にます』
その一言で、あみは一年後に自分は生きてはいないと確信した。
その時に出会ったばかりの黒野来葉の一言はどんな医者の言葉よりも鮮明で真摯だったからかもしれない。
未来を知ってしまったからこその絶望を。
告げなければならない使命感。告げたくない気持ち
その狭間で揺れ動き、苦しむ感情がおぼろげながらも感じ取った。
だからこそ、信じられた。
それと同時に実感がこみ上げてきた。
でも、不思議と未練とか後悔とか、そういったものはなかった。
十分に生きてきて、阿方彼方という運命の人と巡り逢えて、幸せに満ち足りていたからかもしれない。
それでも、ただ一つ心残りはあった。
だた一つ、たった一つだけでもいい。
何か残したい。自分が生きた証を。
阿方彼方と巡り逢い、幸せになれた、その証をどうしても残したい。
そう思い、気づいたときには、この子を宿していた。
嬉しかった。
たとえ自分がいなくなっても、この子がいれば彼方は一人じゃなくなる。
そうなれば自分は安心して逝ける。
だからこそどうしても産まなければならなかった。
この子を産めば、自分はどうなってもいい。
そう思っていた。
きらきらひかーる♪
おそらのほしよー♪
歌が聞こえた。
あの日、来葉が連れて行ってくれた幼稚園のおゆうぎ会での歌だった。
「私って、欲張りだったのね……」
この子を産めれば、あとは自分がどうなってもいいと思っていた。
でも、来葉が未来を見せてくれた。
この子があの壇上に立って、元気に歌う姿を。
「みたい、どうしても、みたい……!」
そのために何が何でも生きたい。
生きて、この子が産まれて、生きていく未来を見届けたい。
「――あ!」
視つけた。
その瞬間に、クルハは思わず声が漏れたけど、即座にクイを撃ち込み、未来を確定させる。
この未来を、ほんの一瞬だけ視えたその未来を逃すわけにはいかなかったからだ。
「おぎゃあーおぎゃあー」
赤ん坊の元気な泣き声が響き渡る。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる