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第111話 暗影! 少女と怪人と影の攻城戦! (Dパート)
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「うくく……!」
意識はあるものの、立ち上がる力は残っていない。
「しぶといですね。ではトドメをさす前に一ついいものをお見せしましょうか?」
影鉄の背後からカナミの影が現れる。
「私の影……!」
カナミはそれを見て察した。
神殺砲を撃ち込んできたのは、自分の影だった。
自分で自分を傷つけたような感覚がして酷く違和感を感じた。
「この影、中々便利ですね。敵を確実に倒してくれます」
カナミの影からさらにカナミの姿をしたドッペルが現れる。
気を失っている。それを両腕の鎖で無理やり立たされるように見えてその姿は痛々しい。
「ドッペル……!」
「いい光景でしょ。自分がこうして囚われの身になるのを眺めるなんて中々できることじゃありませんから!」
「なんてことさせるのよ!?」
「いやはや、このドッペルゲンガーはあなたの敵ですよ。むしろ感謝してもらいたいくらいですよ。――とはいえ、今は協力関係にあるのでしたね。あなたから魔力を奪い取ってその力で戦っていたのでしたからあなたの消耗はかなり激しくて戦いづらかったでしょう。あら、感謝するのは私の方でしたか、ハハハ!」
「く……!」
影鉄の嘲笑に苛立たせられる。
しかし、ダメージが大きすぎて腕や足に力を入れるだけで激痛が走り、立ち上がることさえ出来ない。
「そして、私が作った影は自分の本体も倒すことにも何の躊躇いもありません」
「――!」
カナミの影にカナミはステッキを向けられる。
「なんてことをさせるのよ……!」
「愉快でしょう。こうして自分の影で自分の本体を倒させるのはいつ見てもいい光景です」
「悪趣味……!」
「そうそう、その顔です。怒りにまみれながらも何も出来ない悔しさで歯噛みして歪む顔! 見るに堪えない顔ですが、鑑賞に値しますよ」
「あんたの言ってることを理解できないし、理解したくない!」
「それがあなたの最期の言葉ですか。覚えましたよ」
「覚えておく必要はないわ!」
スイカは影鉄の懐まで踏み込む。
「おや、速いですね」
「カナミさんはやらせないわ!」
スイカはレイピアを突く。
影鉄はヒョイヒョイと身体をくねらせて避けていく。
「くッ!」
「危ないですね」
(一歩も動かないで、私の攻撃を! いや、一歩も動かないというより――!)
「――私にばかり気を取られていいのですか?」
「え!?」
影鉄にそう言われて、カナミの方を見る。
カナミの影がまさにカナミにトドメをさそうとステッキを向けている。
それに気を取られてしまった。
ゴツン!
影の腕が伸びてきてスイカは殴り飛ばされた。
「余所見は厳禁ですよ。まあ、ここまできたらどうしようもありませんが」
バァン!
影の砲弾が再び撃ち出される。
カナミの影は一切の容赦も躊躇いもなく本体を倒さんと撃っていく。
カナミはダメージが大きく、まだ立ち上がることさえ出来ず、砲弾は避けようがない。
「カナミは倒させない!」
そこへメンコ姫が立ち塞がる。
巨大棍棒で砲弾を真芯で捉えて打つ。
「くううううッ!!」
砲弾の重みに負けそうになりつつも、渾身の力を込めて撃ち返す。
「カアアアアアァッ!」
裂帛の気合とともに、砲弾を撃ち返す。
バァァァァァァン!!
「ハァハァ……」
撃った砲弾は天井の方へ爆発する。
「ありがとう、メンコちゃん……」
「気にするな、友達はやらせない……!」
メンコ姫は息をからして、腕を振るわせながらも、力強く答える。その強さを頼もしく思う。
「いやはや、美しい友情ですね。人間と怪人の友情というのは珍しいですから、引き裂くたくなりますね」
「そんなことにはならない!」
メンコ姫は棍棒を向ける。
「そして、オラとカナミの影を取り戻す!」
「そうですか」
メンコ姫の宣言に、影鉄は一笑に付すかのように受け流す。
「この状況でまだ取り戻せると思っているおめでたいあなたに失笑を禁じ得ません」
「何故笑えるのかあわからないが、おめぇが笑っているとオラは不愉快だ」
メンコ姫は一足飛びで影鉄へと跳び込む。。
「豪雷仙波!!」
棍棒による渾身の一撃を影鉄へ放つ。
ドォォォン!!
轟音を立てて、爆煙が巻き上がる。
「一つ覚えですね」
「――!」
しかし、影鉄は平然と巨大棍棒を両腕で受け止めている。
「おめぇ、その力は――!」
「ええ、影の力ですよ。支部長の一撃をそのまま受けるほど私は間抜けじゃありませんので!」
パリリリリリン!!
影鉄の腕から棍棒にヒビが入ってそれが棍棒全体に伝播して砕け散る。
「くッ!」
メンコ姫は跳んで、カナミの隣まで後退する。
「メンコちゃん、大丈夫?」
「ああ、しかし、あの力は厄介だ。オラの一撃をまともに受けても平気でいられるとなると……」
「――平気を装ってるだけもしれないわ」
スイカがふらつきながらもメンコ姫とカナミへ歩み寄って言う。
「平気を装っている?」
「さっきからあいつは私達の攻撃をまともに受けている。私にしてもメンコちゃんにしても必殺の一撃だったわ。まともに受けてダメージがないなんてありえないし、避けようともしないのは不自然よ」
「それだけ奴は強いということか?」
「いいえ、強いのは間違いないけど、私の一撃にしてもダメージを与えた手応えは確実にあったわ。この手がそう感じている」
「なるほど……確かにな、ダメージが与えた手応えならオラにもあった。あまりにも奴が平然としているから気を取られてしまった」
「それはそうね、あまりにも平気でいるから気づかない」
カナミは影鉄を見る。
スイカやメンコ姫がそう言っても、ダメージを負っているように全く見えない。
「あの……本当にダメージを受けてるんでしょうか?」
カナミはスイカへ不安げに訊く。
「それは間違いないだろう」
ヨロズがやってくる。
「奴の影は俺の攻撃を受けて、一度ボロボロになっていた。影は本体と同じ能力をもっていると言っていた。それはつまり影に通じた攻撃は本体にも通じているということだ」
「ヨロズ、結構見てるのね」
カナミは感心する。
「おやおや、バレてしまいましたか。思ったより早かったですね。バレずに勝ちきる自信もあったのですけどね」
影鉄はそれでも余裕の嘲笑を崩さない。
「確かに私はあなた方の攻撃を何度も受けてダメージを受けています。正直立っているのもつらいです」
「さすがにそれは信じられないが、俺の全力が通じるなら勝機はある」
ヨロズは拳を握りしめる。
その目には戦意が満ちている。
「いやはや、まだまだ戦う気でいるのは厄介ですね。まがりなりにも支部長というわけですか。――うざったいことこの上ないですね」
カナミの影がトントンと歩いて影鉄の傍らにやってくる。
「私の影に何をするつもり!?」
「こうするつもりです」
影鉄はカナミの影の頭を掴み上げて、身体にはりつけていく。
足に腕に背中に、とまるでシールをはりつけるようにあっさりカナミの影をまとう。
「カナミさんの影を取り込んだ!?」
「また威圧感が増したな。影とはいえ、カナミを取り込んだからそれも当然か」
「私の影……!」
カナミは悔しげに影鉄を見る。
自分の影を言いように使われて、悔しさがこみあげる。
「さて、魔法少女カナミの影……便利に使わせてもらいますよ」
影鉄はカナミと同じステッキを生成する。ただし、そのステッキは影が持っていたモノと同じ真っ黒だった。
「私のステッキ!」
「いいえ、私のステッキです!」
悔しげに影のステッキを眺めるカナミへ影鉄は嘲笑する。
バァン!
その直後に、魔法弾を撃ち出してくる。
「これはカナミの魔法弾か!?」
メンコ姫はそれを即座に撃ち返す。
「威力はあるな! さっきの神殺砲ほどではないが!」
「これは中々便利ですね。私と相性がいいみたいですよ」
影鉄は嬉々としてカナミへ言う。
「気持ち悪いこと言わないで!」
「大丈夫よ、カナミさんの影は絶対に取り戻すから!」
スイカは力強く言う。
「絶対に!」
スイカは突撃する。
「おやおや、突撃してくるのですか? 勇気がありますね、ただのバカともいえますが」
影鉄はステッキから魔法弾が撃ち出される。
魔法弾がカーテンを形成するように降り注ぐ。まさに弾幕だった。
(一撃でもまともに受けたらやられる! 一撃も受けないように前へ! 前へ突き進む!!)
スイカは弾幕の間隙をかいくぐって、影鉄へと距離を詰める。
「ほう!」
影鉄は感嘆の声を上げる。
弾の威力を引き上げ、一発でも当たれば並の怪人でさえも倒すことができるほどになった。
カナミの影はそういった弾を撃つことが得意で、その影を取り込んだ影鉄はそういうことができる。
そんな弾で弾幕を張った。
そう簡単にかいくぐれるものじゃな。にも関わらず、スイカは構わず突撃している。弾と弾のわずかな隙間をかいくぐって確実に距離を詰めている。
「ノーブル・スティンガー!!」
そして、とうとうそのレイピアは影鉄の胸元に届いた。
「フフフ、不覚にも一撃もらいましたね」
(よけようともしなかった……!)
「速いですね、思ったよりも速いですね」
「あなたが遅いんじゃないの?」
「さあ、それはどうでしょうか?」
影鉄がニヤリと笑って、スイカへ拳を振るう。
「させるか!」
ヨロズがスイカの代わりにその拳を受け止める。
「気を取られすぎましたか。ここまで接近を許してしまうとは……反省モノですね」
「反省とは次に生かすためのもの、お前に次があるとは思えんな」
ヨロズは反撃に拳を振るう。
「全力拳打!!」
ドスン!!
拳を受けて影鉄の腹がクッションのようにグニャリと凹んだ上に背中ごと折れ曲がる。
ヨロズはさらに追撃で蹴りと拳打を力の限り振り続ける。
影鉄はその間、ただ立ち尽くして受け続けている。
(やっぱり、影鉄はあの場から動かない。ううん、動けないの?)
スイカはその影鉄の立ち振舞を見て推測を立てる。
とはいえ、このままヨロズに任せて事の成り行きを見守るわけにはいかない。
「どいて!」
スイカはヨロズに向けて言う。
「――!」
ヨロズは即座にスイカの狙いを察して、どく。
察したのは戦闘センスによるものか、あるいは獣の身体による野生のカンによるものか。いずれにしても面倒がなくて助かる。
「ワイルド・スティンガー!!」
スイカの渾身の突きを放つ。
この一撃は、影鉄にもダメージを与えている。
二撃目を受けても倒せる保証は無いけど、それでもこのダメージは無駄にならない。
ドォン!!
影鉄の両腕の防御を突き抜けて、腹へとレイピアが突き刺さる。
「やりますね、効きましたよこれはあああッ!?」」
影鉄は声を荒げる。
「やっぱり避けなかったわね。あなたはその影の力を使うためにその場から動けないのね」
「見抜かれてしまいましたか。それではもう隠していても仕方ありませんね。そうですよ、この陰の力を使えば使うほど私の動ける範囲はだんだん狭くなってしまいます。自分の影をまとっただけならそれなりに動けますが、魔法少女カナミの影をまとえば、まあせいぜい一、二歩程度ですかね。ゆえに自分は動くことなく、砲撃に長けた魔法少女の影はありがたいのですけどね」
「ありがたいなんて、言わないで! それはカナミさんの影よ! カナミさんの影を返しなさい!」
「返しませんよ。本体ともども私の最高役員十二席入りへの踏み台になってもらうのですから!」
「私は踏み台じゃないわ!!」
カナミの妖精の羽を生やして飛び立つ。
「ほほう! もう立ち上がることはできないと思いましたが!」
「もう立つことはできないけど、リュミィが飛ばしてくれる!!」
妖精の羽の羽ばたきで、カナミは飛んでステッキを構える。
腕を動かす力ももう残っていないから、ステッキを持って腕の位置を固定する。
羽を羽ばたかせてステッキを影鉄へ一直線に向かうように飛ぶ。
バァン!
そして、魔法弾を撃つ。
影鉄はこれを右腕で弾き飛ばす。
防がれるのはカナミの想定内。最初の一発目は試射に過ぎない。
影鉄の腕に弾かれたということは、魔法弾は影鉄へ正確に飛んでいたということ。
これで腕を動かせなくても、魔法弾を当てられる。今のスイカと影鉄のやりとりはカナミの魔力で強化した耳にも届いていた。
相手が動けないならそこまで細かな照準合わせの必要は無い。
それに不足した魔力はリュミィの力で、大気中から吸い寄せて補充してくれる。
「神殺砲!!」
あとは撃った反動に身体がどこまで耐えられるか。
「ボーナスキャノン!!」
カナミは砲撃を放つ。
スイカはそのタイミングに合わせて、影鉄から後退して距離を取る。
影鉄は動けない。
つまり、砲撃を撃たれるのは影鉄のみだった。
影鉄は両腕で砲撃を受け止める。
それも、カナミの想定内。
一発だけで倒せるほど敵は甘くないことはわかっている。
「二発目!!」
カナミは構わず二発目の砲弾を撃つ。
「三発目!!」
さらに間髪入れずに三発目の砲弾を撃つ。
「ぐぐ、これだけの砲弾を撃ち続けた反動は相当なもの! その身体では相当きついでしょう!」
砲撃を受け止め続ける影鉄は言い返す。
「四発目!!」
「身体が引き裂かれるほどの痛みがあるでしょう!?」
「五発目!!」
「降参して楽になったらどうでしょうか!?」
「六発目!!」
カナミは影鉄の言葉に構わず砲弾を撃ち続ける。
カナミはわかっている。
影鉄は砲弾を受け止めるだけで精一杯で、そうして言葉を投げかけて揺さぶろうとしている。
こうして撃ち続けていれば、確実に影鉄にダメージを与えている。
ようは根比べ。
先に音を上げた方が負ける。。
「七発目!!」
「があああああああッ!!」
七発目の砲弾を受けて、影鉄は悲鳴を上げる。
「ボーナスキャノン・アディション!!」
それをチャンスと見たカナミは全力の砲弾を八発目に放つ。
バァァァァァァァァァァァァン!!
影鉄は受け止めきれず、大爆発を起こす。
「や、やった……あいたたた!」
カナミは倒した手応えを感じて、一気に激痛と疲労がやってきて、羽を羽ばたかせることさえも出来ず、地に伏して倒れ込む。
「カナミさん、大丈夫?」
スイカは一気に駆け込む。
「は、はい……でも、もう動けません……」
「それはそうよ。あれだけ無茶をしたんだから、私が運ぶから安心して、あ……!」
スイカは突然、足のちからが抜けて膝をつく。
「スイカさんも大丈夫ですか?」
「え、ええ……カナミさんに比べたらこのくらいなんてことはないわ……」
それでも、スイカも相当な疲労が積み重なっていた。
手にしたばかりの渾身の一撃を三発も放って魔力を使い果たしたといっていい。
「立てないのなら俺が運ぼうか」
ヨロズはカナミを抱きかかえる。
「え、えぇ!?」
スイカはそれこそ自分の役割だと思っていただけに、その役割を目の間で奪われてしまって困惑する。
「あんたに運ばれるなんてね」
「お前を倒すのは俺だ。そのお前がこうして倒れることは許さない」
「何言ってるのかわからないけど、今は助かるわ」
カナミも安心したように微笑む
(え、何、ちょっといい雰囲気な気がするんだけど!? カナミさん、もしかしてヨロズみたいな子がいいの!? でも、ヨロズは人間じゃなくて怪人だよね!? それに敵同士だし、カナミさん、そういう特殊な趣味が!? でも、何度も戦って戦ったことで芽生える感情っていうのもあるわよね!? え、そういうのアリなの!?)
スイカはレイピアを杖代わりに床に突き立ててガタガタと震える。
「大丈夫か?」
メンコ姫にはそれが『大丈夫じゃない』状態に見えたのだろう。
「え?」
スイカは意外なところから問いかけられて、キョトンとする。
「大丈夫じゃなさそうならあのように抱きかえてもよいが」
「え、もしかして、心配してくれてるの……?」
「む……」
メンコ姫は意外そうな顔をする。
今は般若の面を無くて、素顔でいるおかげで気持ちが表情に出ていてわかりやすい。
ああ、わかりやすくいい娘なのね、スイカにそういった印象を与えた。
(この娘、よく見るとすごく可愛い……お面なんてしない方がいいのに……って、何考えてるのよ、彼女は怪人で敵なんだから……!)
スイカは自分にそう言い聞かせる。
そうでもしないと、メンコ姫を友達だと認識しそうで怖いから。
「私なら大丈夫だから、一人で歩けるから」
そう言ったあとの足取りが重い。
これだとメンコ姫ならずとも心配になる。
「まあ、大丈夫というなら」
メンコ姫はそう言って、スイカに並んで歩こうとした。
その心遣いだけで、スイカはありがたく感じた。
(カナミさんがいい友達になれると思っても無理ないわ……! いえ、でも……私も友達になりたいかも……)
スイカはメンコ姫を見る。
あわよくば声をかけてみようと、そう思った。
「う……!」
その時、メンコは苦しそうなうめき声を上げる。
「メンコちゃん?」
スイカは思わず呼びかける。
「うぅ……! がああぁぁぁぁぁぁッ!!?」
やがて、うめき声からうなり声へと変化する。
「どうしちゃったの!?」
スイカは駆け寄る。
魔法少女とか、怪人とか、そんなもの関係なく、ただ純粋に目の前にいる娘の異変に対して心配の衝動に駆られた。
メンコ姫の身体を見ると、身体が徐々に黒く変色していった
「な、何……!? 何が起きてるの!?」
これは只事ではない、とスイカは直感した。
「身体が黒く……黒? もしかして、影?」
「がああああああああッ!!?」
メンコ姫はうなぎ声を上げて、スイカへ拳を振るう。
スイカはとっさにレイピアを盾代わりに前へ出す。
バァン!
レイピアは砕かれて、スイカはその勢いでのけぞる。
しかし、その程度ですんだ。もし、まともに受けたら危ないところだった。
「ど、どうして……!?」
メンコ姫がスイカに危害を加えてきた。
魔法少女と怪人。
本来なら敵対する関係で、こうなるのは自然の成り行きともいえるけど、それでも信じられないことだった。
だって、さっきまで一緒に肩を並べて戦っていた。友達になれるとも思っていたのに。
「ち、違う……!」
スイカの驚愕に応えるかのようにメンコ姫は言う。
それは歯を食いしばって必死に絞り出した心からの言葉だった。少なくともスイカにはそう聞こえた。
「お、オラの身体が勝手に……!」
「身体が勝手に? 勝手に動いたの!?」
「あ、ああ!」
メンコ姫は肯定する。
「どうして、そんな急に……」
スイカはメンコ姫の身体を見る。
身体だけではなく和服まで黒く変色している。
「メンコちゃんが影みたいに……! 影? もしかして!?」
「――その通りです!!」
爆煙から影鉄が姿を表す。
「影鉄、あんた無事だったの!?」
抱きかかえられたカナミは問う。
「いいえ、無事ではありませんよ」
影鉄はそう答えたように、影鉄はスーツはところどころ破けていて、真っ黒な素肌が見える。
相当な深手を負っている。
余裕綽々な態度だけでは、ごまかすことができないほどにはっきりとそれが感じ取れる。
「ここまで追い詰められるとは思いませんでしたよ。侮っていたつもりはありませんが」
「俺達を一人でなんとかしようとした時点で侮りに他ならない」
「ええ、それは認めましょう。それゆえに虎の子を使うことにしました」
「虎の子? お前は虎を飼っているのか?」
ヨロズは見当違いの問いかけに、カナミは思わずヨロズの腕からずり落ちかけた。
「いや、そういうことじゃなくて! 大事にとっておいた切り札ってこと!?」
「なに、そうなのか」
「切り札ってなんのこと!?」
ヨロズに代わって、カナミが問う。
「あれですよ」
影鉄は指差す。
メンコ姫の方だ。
「メンコちゃん!?」
「メンコ姫に何をした?」
ヨロズがカナミに比べて冷静に問う。
「お忘れですかね? 魔法少女カナミの影だけではなく、もう一ついただいた影があるということを」
「奪い取った影でしょうが!? メンコちゃんの!!」
「そうです、メンコ姫の影です! 私の意のままに動く忠実な影です!」
影鉄はこれまでの落ち着いた口調とはうってかわって、感情が昂ぶったものにになっていて、それが彼の本性だと感じられた。
「あんたの影じゃなくて、メンコちゃんの影でしょ!」
「そんなのどうだっていいですよ!」
かなみの反論に、影鉄は一笑に付す。
「今、大事なのはそのメンコ姫の影がメンコ姫の本体を乗っ取っているということです」
「乗っ取る?」
カナミはメンコ姫を見つめる。
そう言われると、メンコ姫が苦しんでいるのは影が巻き付いて無理矢理操ろうとしているように見える。
カナミは今すぐメンコ姫の元へ駆け出したいと思った。
しかし、今身体は思う通りに動いてくれない。
手をメンコ姫へ伸ばそうとするだけで激痛が走ってしまう。
「あああああぁぁぁぁぁぁッ!!?」
メンコ姫が苦しんでいる悲鳴が耳に響いていく。
動くことがかなわず、何も出来ないでいるのが歯がゆい。
そうしているうちにも、メンコ姫の身体や衣服がどんどん黒く変色していく。
それで影が身体を乗っ取っているのが目に見えて伝わってくる。
「これで、メンコ姫は私の手駒です。――さあ、存分にその力を振るってください、鬼夜叉!」
影鉄が高らかにそう宣言すると、メンコ姫の悲鳴が止み、立ったまま意識を失ったかのように、両腕をだらりと下げて脱力する。
「メンコちゃん?」
「………………」
カナミが呼びかけても、メンコ姫は何も応えなかった。
ただ、その口元から見える牙は妙に鮮やかに光っているように見えた。
意識はあるものの、立ち上がる力は残っていない。
「しぶといですね。ではトドメをさす前に一ついいものをお見せしましょうか?」
影鉄の背後からカナミの影が現れる。
「私の影……!」
カナミはそれを見て察した。
神殺砲を撃ち込んできたのは、自分の影だった。
自分で自分を傷つけたような感覚がして酷く違和感を感じた。
「この影、中々便利ですね。敵を確実に倒してくれます」
カナミの影からさらにカナミの姿をしたドッペルが現れる。
気を失っている。それを両腕の鎖で無理やり立たされるように見えてその姿は痛々しい。
「ドッペル……!」
「いい光景でしょ。自分がこうして囚われの身になるのを眺めるなんて中々できることじゃありませんから!」
「なんてことさせるのよ!?」
「いやはや、このドッペルゲンガーはあなたの敵ですよ。むしろ感謝してもらいたいくらいですよ。――とはいえ、今は協力関係にあるのでしたね。あなたから魔力を奪い取ってその力で戦っていたのでしたからあなたの消耗はかなり激しくて戦いづらかったでしょう。あら、感謝するのは私の方でしたか、ハハハ!」
「く……!」
影鉄の嘲笑に苛立たせられる。
しかし、ダメージが大きすぎて腕や足に力を入れるだけで激痛が走り、立ち上がることさえ出来ない。
「そして、私が作った影は自分の本体も倒すことにも何の躊躇いもありません」
「――!」
カナミの影にカナミはステッキを向けられる。
「なんてことをさせるのよ……!」
「愉快でしょう。こうして自分の影で自分の本体を倒させるのはいつ見てもいい光景です」
「悪趣味……!」
「そうそう、その顔です。怒りにまみれながらも何も出来ない悔しさで歯噛みして歪む顔! 見るに堪えない顔ですが、鑑賞に値しますよ」
「あんたの言ってることを理解できないし、理解したくない!」
「それがあなたの最期の言葉ですか。覚えましたよ」
「覚えておく必要はないわ!」
スイカは影鉄の懐まで踏み込む。
「おや、速いですね」
「カナミさんはやらせないわ!」
スイカはレイピアを突く。
影鉄はヒョイヒョイと身体をくねらせて避けていく。
「くッ!」
「危ないですね」
(一歩も動かないで、私の攻撃を! いや、一歩も動かないというより――!)
「――私にばかり気を取られていいのですか?」
「え!?」
影鉄にそう言われて、カナミの方を見る。
カナミの影がまさにカナミにトドメをさそうとステッキを向けている。
それに気を取られてしまった。
ゴツン!
影の腕が伸びてきてスイカは殴り飛ばされた。
「余所見は厳禁ですよ。まあ、ここまできたらどうしようもありませんが」
バァン!
影の砲弾が再び撃ち出される。
カナミの影は一切の容赦も躊躇いもなく本体を倒さんと撃っていく。
カナミはダメージが大きく、まだ立ち上がることさえ出来ず、砲弾は避けようがない。
「カナミは倒させない!」
そこへメンコ姫が立ち塞がる。
巨大棍棒で砲弾を真芯で捉えて打つ。
「くううううッ!!」
砲弾の重みに負けそうになりつつも、渾身の力を込めて撃ち返す。
「カアアアアアァッ!」
裂帛の気合とともに、砲弾を撃ち返す。
バァァァァァァン!!
「ハァハァ……」
撃った砲弾は天井の方へ爆発する。
「ありがとう、メンコちゃん……」
「気にするな、友達はやらせない……!」
メンコ姫は息をからして、腕を振るわせながらも、力強く答える。その強さを頼もしく思う。
「いやはや、美しい友情ですね。人間と怪人の友情というのは珍しいですから、引き裂くたくなりますね」
「そんなことにはならない!」
メンコ姫は棍棒を向ける。
「そして、オラとカナミの影を取り戻す!」
「そうですか」
メンコ姫の宣言に、影鉄は一笑に付すかのように受け流す。
「この状況でまだ取り戻せると思っているおめでたいあなたに失笑を禁じ得ません」
「何故笑えるのかあわからないが、おめぇが笑っているとオラは不愉快だ」
メンコ姫は一足飛びで影鉄へと跳び込む。。
「豪雷仙波!!」
棍棒による渾身の一撃を影鉄へ放つ。
ドォォォン!!
轟音を立てて、爆煙が巻き上がる。
「一つ覚えですね」
「――!」
しかし、影鉄は平然と巨大棍棒を両腕で受け止めている。
「おめぇ、その力は――!」
「ええ、影の力ですよ。支部長の一撃をそのまま受けるほど私は間抜けじゃありませんので!」
パリリリリリン!!
影鉄の腕から棍棒にヒビが入ってそれが棍棒全体に伝播して砕け散る。
「くッ!」
メンコ姫は跳んで、カナミの隣まで後退する。
「メンコちゃん、大丈夫?」
「ああ、しかし、あの力は厄介だ。オラの一撃をまともに受けても平気でいられるとなると……」
「――平気を装ってるだけもしれないわ」
スイカがふらつきながらもメンコ姫とカナミへ歩み寄って言う。
「平気を装っている?」
「さっきからあいつは私達の攻撃をまともに受けている。私にしてもメンコちゃんにしても必殺の一撃だったわ。まともに受けてダメージがないなんてありえないし、避けようともしないのは不自然よ」
「それだけ奴は強いということか?」
「いいえ、強いのは間違いないけど、私の一撃にしてもダメージを与えた手応えは確実にあったわ。この手がそう感じている」
「なるほど……確かにな、ダメージが与えた手応えならオラにもあった。あまりにも奴が平然としているから気を取られてしまった」
「それはそうね、あまりにも平気でいるから気づかない」
カナミは影鉄を見る。
スイカやメンコ姫がそう言っても、ダメージを負っているように全く見えない。
「あの……本当にダメージを受けてるんでしょうか?」
カナミはスイカへ不安げに訊く。
「それは間違いないだろう」
ヨロズがやってくる。
「奴の影は俺の攻撃を受けて、一度ボロボロになっていた。影は本体と同じ能力をもっていると言っていた。それはつまり影に通じた攻撃は本体にも通じているということだ」
「ヨロズ、結構見てるのね」
カナミは感心する。
「おやおや、バレてしまいましたか。思ったより早かったですね。バレずに勝ちきる自信もあったのですけどね」
影鉄はそれでも余裕の嘲笑を崩さない。
「確かに私はあなた方の攻撃を何度も受けてダメージを受けています。正直立っているのもつらいです」
「さすがにそれは信じられないが、俺の全力が通じるなら勝機はある」
ヨロズは拳を握りしめる。
その目には戦意が満ちている。
「いやはや、まだまだ戦う気でいるのは厄介ですね。まがりなりにも支部長というわけですか。――うざったいことこの上ないですね」
カナミの影がトントンと歩いて影鉄の傍らにやってくる。
「私の影に何をするつもり!?」
「こうするつもりです」
影鉄はカナミの影の頭を掴み上げて、身体にはりつけていく。
足に腕に背中に、とまるでシールをはりつけるようにあっさりカナミの影をまとう。
「カナミさんの影を取り込んだ!?」
「また威圧感が増したな。影とはいえ、カナミを取り込んだからそれも当然か」
「私の影……!」
カナミは悔しげに影鉄を見る。
自分の影を言いように使われて、悔しさがこみあげる。
「さて、魔法少女カナミの影……便利に使わせてもらいますよ」
影鉄はカナミと同じステッキを生成する。ただし、そのステッキは影が持っていたモノと同じ真っ黒だった。
「私のステッキ!」
「いいえ、私のステッキです!」
悔しげに影のステッキを眺めるカナミへ影鉄は嘲笑する。
バァン!
その直後に、魔法弾を撃ち出してくる。
「これはカナミの魔法弾か!?」
メンコ姫はそれを即座に撃ち返す。
「威力はあるな! さっきの神殺砲ほどではないが!」
「これは中々便利ですね。私と相性がいいみたいですよ」
影鉄は嬉々としてカナミへ言う。
「気持ち悪いこと言わないで!」
「大丈夫よ、カナミさんの影は絶対に取り戻すから!」
スイカは力強く言う。
「絶対に!」
スイカは突撃する。
「おやおや、突撃してくるのですか? 勇気がありますね、ただのバカともいえますが」
影鉄はステッキから魔法弾が撃ち出される。
魔法弾がカーテンを形成するように降り注ぐ。まさに弾幕だった。
(一撃でもまともに受けたらやられる! 一撃も受けないように前へ! 前へ突き進む!!)
スイカは弾幕の間隙をかいくぐって、影鉄へと距離を詰める。
「ほう!」
影鉄は感嘆の声を上げる。
弾の威力を引き上げ、一発でも当たれば並の怪人でさえも倒すことができるほどになった。
カナミの影はそういった弾を撃つことが得意で、その影を取り込んだ影鉄はそういうことができる。
そんな弾で弾幕を張った。
そう簡単にかいくぐれるものじゃな。にも関わらず、スイカは構わず突撃している。弾と弾のわずかな隙間をかいくぐって確実に距離を詰めている。
「ノーブル・スティンガー!!」
そして、とうとうそのレイピアは影鉄の胸元に届いた。
「フフフ、不覚にも一撃もらいましたね」
(よけようともしなかった……!)
「速いですね、思ったよりも速いですね」
「あなたが遅いんじゃないの?」
「さあ、それはどうでしょうか?」
影鉄がニヤリと笑って、スイカへ拳を振るう。
「させるか!」
ヨロズがスイカの代わりにその拳を受け止める。
「気を取られすぎましたか。ここまで接近を許してしまうとは……反省モノですね」
「反省とは次に生かすためのもの、お前に次があるとは思えんな」
ヨロズは反撃に拳を振るう。
「全力拳打!!」
ドスン!!
拳を受けて影鉄の腹がクッションのようにグニャリと凹んだ上に背中ごと折れ曲がる。
ヨロズはさらに追撃で蹴りと拳打を力の限り振り続ける。
影鉄はその間、ただ立ち尽くして受け続けている。
(やっぱり、影鉄はあの場から動かない。ううん、動けないの?)
スイカはその影鉄の立ち振舞を見て推測を立てる。
とはいえ、このままヨロズに任せて事の成り行きを見守るわけにはいかない。
「どいて!」
スイカはヨロズに向けて言う。
「――!」
ヨロズは即座にスイカの狙いを察して、どく。
察したのは戦闘センスによるものか、あるいは獣の身体による野生のカンによるものか。いずれにしても面倒がなくて助かる。
「ワイルド・スティンガー!!」
スイカの渾身の突きを放つ。
この一撃は、影鉄にもダメージを与えている。
二撃目を受けても倒せる保証は無いけど、それでもこのダメージは無駄にならない。
ドォン!!
影鉄の両腕の防御を突き抜けて、腹へとレイピアが突き刺さる。
「やりますね、効きましたよこれはあああッ!?」」
影鉄は声を荒げる。
「やっぱり避けなかったわね。あなたはその影の力を使うためにその場から動けないのね」
「見抜かれてしまいましたか。それではもう隠していても仕方ありませんね。そうですよ、この陰の力を使えば使うほど私の動ける範囲はだんだん狭くなってしまいます。自分の影をまとっただけならそれなりに動けますが、魔法少女カナミの影をまとえば、まあせいぜい一、二歩程度ですかね。ゆえに自分は動くことなく、砲撃に長けた魔法少女の影はありがたいのですけどね」
「ありがたいなんて、言わないで! それはカナミさんの影よ! カナミさんの影を返しなさい!」
「返しませんよ。本体ともども私の最高役員十二席入りへの踏み台になってもらうのですから!」
「私は踏み台じゃないわ!!」
カナミの妖精の羽を生やして飛び立つ。
「ほほう! もう立ち上がることはできないと思いましたが!」
「もう立つことはできないけど、リュミィが飛ばしてくれる!!」
妖精の羽の羽ばたきで、カナミは飛んでステッキを構える。
腕を動かす力ももう残っていないから、ステッキを持って腕の位置を固定する。
羽を羽ばたかせてステッキを影鉄へ一直線に向かうように飛ぶ。
バァン!
そして、魔法弾を撃つ。
影鉄はこれを右腕で弾き飛ばす。
防がれるのはカナミの想定内。最初の一発目は試射に過ぎない。
影鉄の腕に弾かれたということは、魔法弾は影鉄へ正確に飛んでいたということ。
これで腕を動かせなくても、魔法弾を当てられる。今のスイカと影鉄のやりとりはカナミの魔力で強化した耳にも届いていた。
相手が動けないならそこまで細かな照準合わせの必要は無い。
それに不足した魔力はリュミィの力で、大気中から吸い寄せて補充してくれる。
「神殺砲!!」
あとは撃った反動に身体がどこまで耐えられるか。
「ボーナスキャノン!!」
カナミは砲撃を放つ。
スイカはそのタイミングに合わせて、影鉄から後退して距離を取る。
影鉄は動けない。
つまり、砲撃を撃たれるのは影鉄のみだった。
影鉄は両腕で砲撃を受け止める。
それも、カナミの想定内。
一発だけで倒せるほど敵は甘くないことはわかっている。
「二発目!!」
カナミは構わず二発目の砲弾を撃つ。
「三発目!!」
さらに間髪入れずに三発目の砲弾を撃つ。
「ぐぐ、これだけの砲弾を撃ち続けた反動は相当なもの! その身体では相当きついでしょう!」
砲撃を受け止め続ける影鉄は言い返す。
「四発目!!」
「身体が引き裂かれるほどの痛みがあるでしょう!?」
「五発目!!」
「降参して楽になったらどうでしょうか!?」
「六発目!!」
カナミは影鉄の言葉に構わず砲弾を撃ち続ける。
カナミはわかっている。
影鉄は砲弾を受け止めるだけで精一杯で、そうして言葉を投げかけて揺さぶろうとしている。
こうして撃ち続けていれば、確実に影鉄にダメージを与えている。
ようは根比べ。
先に音を上げた方が負ける。。
「七発目!!」
「があああああああッ!!」
七発目の砲弾を受けて、影鉄は悲鳴を上げる。
「ボーナスキャノン・アディション!!」
それをチャンスと見たカナミは全力の砲弾を八発目に放つ。
バァァァァァァァァァァァァン!!
影鉄は受け止めきれず、大爆発を起こす。
「や、やった……あいたたた!」
カナミは倒した手応えを感じて、一気に激痛と疲労がやってきて、羽を羽ばたかせることさえも出来ず、地に伏して倒れ込む。
「カナミさん、大丈夫?」
スイカは一気に駆け込む。
「は、はい……でも、もう動けません……」
「それはそうよ。あれだけ無茶をしたんだから、私が運ぶから安心して、あ……!」
スイカは突然、足のちからが抜けて膝をつく。
「スイカさんも大丈夫ですか?」
「え、ええ……カナミさんに比べたらこのくらいなんてことはないわ……」
それでも、スイカも相当な疲労が積み重なっていた。
手にしたばかりの渾身の一撃を三発も放って魔力を使い果たしたといっていい。
「立てないのなら俺が運ぼうか」
ヨロズはカナミを抱きかかえる。
「え、えぇ!?」
スイカはそれこそ自分の役割だと思っていただけに、その役割を目の間で奪われてしまって困惑する。
「あんたに運ばれるなんてね」
「お前を倒すのは俺だ。そのお前がこうして倒れることは許さない」
「何言ってるのかわからないけど、今は助かるわ」
カナミも安心したように微笑む
(え、何、ちょっといい雰囲気な気がするんだけど!? カナミさん、もしかしてヨロズみたいな子がいいの!? でも、ヨロズは人間じゃなくて怪人だよね!? それに敵同士だし、カナミさん、そういう特殊な趣味が!? でも、何度も戦って戦ったことで芽生える感情っていうのもあるわよね!? え、そういうのアリなの!?)
スイカはレイピアを杖代わりに床に突き立ててガタガタと震える。
「大丈夫か?」
メンコ姫にはそれが『大丈夫じゃない』状態に見えたのだろう。
「え?」
スイカは意外なところから問いかけられて、キョトンとする。
「大丈夫じゃなさそうならあのように抱きかえてもよいが」
「え、もしかして、心配してくれてるの……?」
「む……」
メンコ姫は意外そうな顔をする。
今は般若の面を無くて、素顔でいるおかげで気持ちが表情に出ていてわかりやすい。
ああ、わかりやすくいい娘なのね、スイカにそういった印象を与えた。
(この娘、よく見るとすごく可愛い……お面なんてしない方がいいのに……って、何考えてるのよ、彼女は怪人で敵なんだから……!)
スイカは自分にそう言い聞かせる。
そうでもしないと、メンコ姫を友達だと認識しそうで怖いから。
「私なら大丈夫だから、一人で歩けるから」
そう言ったあとの足取りが重い。
これだとメンコ姫ならずとも心配になる。
「まあ、大丈夫というなら」
メンコ姫はそう言って、スイカに並んで歩こうとした。
その心遣いだけで、スイカはありがたく感じた。
(カナミさんがいい友達になれると思っても無理ないわ……! いえ、でも……私も友達になりたいかも……)
スイカはメンコ姫を見る。
あわよくば声をかけてみようと、そう思った。
「う……!」
その時、メンコは苦しそうなうめき声を上げる。
「メンコちゃん?」
スイカは思わず呼びかける。
「うぅ……! がああぁぁぁぁぁぁッ!!?」
やがて、うめき声からうなり声へと変化する。
「どうしちゃったの!?」
スイカは駆け寄る。
魔法少女とか、怪人とか、そんなもの関係なく、ただ純粋に目の前にいる娘の異変に対して心配の衝動に駆られた。
メンコ姫の身体を見ると、身体が徐々に黒く変色していった
「な、何……!? 何が起きてるの!?」
これは只事ではない、とスイカは直感した。
「身体が黒く……黒? もしかして、影?」
「がああああああああッ!!?」
メンコ姫はうなぎ声を上げて、スイカへ拳を振るう。
スイカはとっさにレイピアを盾代わりに前へ出す。
バァン!
レイピアは砕かれて、スイカはその勢いでのけぞる。
しかし、その程度ですんだ。もし、まともに受けたら危ないところだった。
「ど、どうして……!?」
メンコ姫がスイカに危害を加えてきた。
魔法少女と怪人。
本来なら敵対する関係で、こうなるのは自然の成り行きともいえるけど、それでも信じられないことだった。
だって、さっきまで一緒に肩を並べて戦っていた。友達になれるとも思っていたのに。
「ち、違う……!」
スイカの驚愕に応えるかのようにメンコ姫は言う。
それは歯を食いしばって必死に絞り出した心からの言葉だった。少なくともスイカにはそう聞こえた。
「お、オラの身体が勝手に……!」
「身体が勝手に? 勝手に動いたの!?」
「あ、ああ!」
メンコ姫は肯定する。
「どうして、そんな急に……」
スイカはメンコ姫の身体を見る。
身体だけではなく和服まで黒く変色している。
「メンコちゃんが影みたいに……! 影? もしかして!?」
「――その通りです!!」
爆煙から影鉄が姿を表す。
「影鉄、あんた無事だったの!?」
抱きかかえられたカナミは問う。
「いいえ、無事ではありませんよ」
影鉄はそう答えたように、影鉄はスーツはところどころ破けていて、真っ黒な素肌が見える。
相当な深手を負っている。
余裕綽々な態度だけでは、ごまかすことができないほどにはっきりとそれが感じ取れる。
「ここまで追い詰められるとは思いませんでしたよ。侮っていたつもりはありませんが」
「俺達を一人でなんとかしようとした時点で侮りに他ならない」
「ええ、それは認めましょう。それゆえに虎の子を使うことにしました」
「虎の子? お前は虎を飼っているのか?」
ヨロズは見当違いの問いかけに、カナミは思わずヨロズの腕からずり落ちかけた。
「いや、そういうことじゃなくて! 大事にとっておいた切り札ってこと!?」
「なに、そうなのか」
「切り札ってなんのこと!?」
ヨロズに代わって、カナミが問う。
「あれですよ」
影鉄は指差す。
メンコ姫の方だ。
「メンコちゃん!?」
「メンコ姫に何をした?」
ヨロズがカナミに比べて冷静に問う。
「お忘れですかね? 魔法少女カナミの影だけではなく、もう一ついただいた影があるということを」
「奪い取った影でしょうが!? メンコちゃんの!!」
「そうです、メンコ姫の影です! 私の意のままに動く忠実な影です!」
影鉄はこれまでの落ち着いた口調とはうってかわって、感情が昂ぶったものにになっていて、それが彼の本性だと感じられた。
「あんたの影じゃなくて、メンコちゃんの影でしょ!」
「そんなのどうだっていいですよ!」
かなみの反論に、影鉄は一笑に付す。
「今、大事なのはそのメンコ姫の影がメンコ姫の本体を乗っ取っているということです」
「乗っ取る?」
カナミはメンコ姫を見つめる。
そう言われると、メンコ姫が苦しんでいるのは影が巻き付いて無理矢理操ろうとしているように見える。
カナミは今すぐメンコ姫の元へ駆け出したいと思った。
しかし、今身体は思う通りに動いてくれない。
手をメンコ姫へ伸ばそうとするだけで激痛が走ってしまう。
「あああああぁぁぁぁぁぁッ!!?」
メンコ姫が苦しんでいる悲鳴が耳に響いていく。
動くことがかなわず、何も出来ないでいるのが歯がゆい。
そうしているうちにも、メンコ姫の身体や衣服がどんどん黒く変色していく。
それで影が身体を乗っ取っているのが目に見えて伝わってくる。
「これで、メンコ姫は私の手駒です。――さあ、存分にその力を振るってください、鬼夜叉!」
影鉄が高らかにそう宣言すると、メンコ姫の悲鳴が止み、立ったまま意識を失ったかのように、両腕をだらりと下げて脱力する。
「メンコちゃん?」
「………………」
カナミが呼びかけても、メンコ姫は何も応えなかった。
ただ、その口元から見える牙は妙に鮮やかに光っているように見えた。
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