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第110話 帯同! 少女と怪人の奇妙な一座 (Cパート)
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部屋は二人部屋と三人部屋の二つ。
部屋割りについては、埒が開かなくなってきたのでジャンケンで決めるようにした。
「「「「「ジャンケンポン!!」」」」」
グーが二人、パーが三人。
「やっ!」
たああああああッ!! と、思わず声が出かかって止めた。
二人のグーは、翠華とかなみだった。
この結果は、翠華とかなみの二人部屋行きを意味していた。
ドッペルゲンガー、ヨロズ、メンコ姫の怪人三人が一部屋に集まるのは不安はあるものの、翠華にとっては、かなみとの相部屋の方が大きい。
「なんていうか、無闇に暴れない気がするんですよね」
翠華とかなみの二人になったエレベーター内で会話が始まる。
二人部屋は十階。三人部屋は六階。
怪人達は途中で降りて、今は二人きりになっている。
「ドッペルはまだ不安なんですけど、ヨロズとメンコちゃんがいるから大丈夫だと思いますよ」
「二人のこと、信用しているのね」
「信用とか、そういうことはわからないんですけど、わかるんです」
「そう……」
かなみがそう答えた感情の中には、確かに信用が宿っていることを翠華に感じた。
エレベーターは十階に着く。
(いいな、なんて思っちゃうなんて……怪人相手に……)
自分もそんな風に信じてもらえるのか。信じてもらえるようになっているのか不安にかられている。
鍵の番号の部屋に着く。
ガチャン
翠華が鍵を開ける。
そうして、部屋に入る。
ホテルの内訳はシンプルで、デスク、その上にテレビ、ベッドが二つ。内装は清潔感が保たれていて、一晩どころか二晩も三晩も泊まることが出来る。
「ふかふかのベッド~♪」
かなみは即座に飛び込む。
「あ~きもちい~」
かなみはあっという間にベッドが沈み込む。このまま沈没してしまいそうだ。
「かなみさん、ひとまずシャワーを浴びたら?」
「あ、そうですね!」
かなみはベッドから勢いよく起き上がる。
「翠華さんも一緒にどうですか?」
「え、いっしょ? 一緒!?」
翠華は飛び上がりそうになるほど驚く。
「あはは、冗談ですよ」
「……じょうだん? そ、そう、冗談なのね……」
翠華はその一言で安堵の息をつく。
パタン
かなみは浴室の扉を締める。
「…………………」
そして、訪れる静けさ。それで翠華は冷静になる。
「一緒にどうですか……なんて?」
翠華はふと立ち上がって、扉を勢いよく開ける。
「――かなみさんがそんなこと言うはずがないわ!!」
ということは、もちろんドッペルゲンガーなのだろう。
いつの間にすり替わったかわからないけど、今浴室に入っていったのは、ドッペルゲンガーに間違いない。
「きゃあッ!?」
そこには制服を脱いだばかりのかなみの姿があった。
「えぇ、ええぇッ!?」
翠華は驚愕で、思考停止する。
「ごめんなさい!?」
そうなると条件反射で浴室から出て扉を締める。
「翠華さん、突然どうしたんですか?」
「あなた、かなみさんじゃなくてドッペルでしょ?」
「急に何を言ってるんですか? 私は本物ですよ」
「かなみさんは一緒にシャワーしませんか、なんて言わないわ」
「そうですか? みあちゃんとは一緒によくお風呂入ってますよ」
「えぇ、あ、あぁ、そ、そそ、それは……それはそれよ! これはこれよ!!」
「言ってることが無茶苦茶ですね……」
「無茶苦茶も何もあなたがドッペルで、かなみさんの姿してるってことが無茶苦茶よ! 本物はどうしたの!?」
「ですから、私は本物ですってば」
「本物のかなみさんだったら、私をシャワーに誘わないわ!!」
「……翠華さん、自分で言ってて悲しくなりませんか?」
かなみの問いかけに、翠華は胸が痛む。
正直悲しくなってきた。
「……悲しいわよ。でも、やっぱりあなたはかなみさんじゃないわね」
「……はあ」
かなみはため息をつく。
「バレちゃいましたか」
そうして、自分が偽物だということを認める。
「――!」
バタン!!
翠華は浴室への扉を勢いよく開けて踏み入る。
「……物騒ですね」
即座にレイピアをドッペルへ突きつける。
「相手があなただからよ。本物のかなみさんは?」
「本物だったら、今頃ヨロズとメンコちゃんと一緒よ」
「それじゃ、エレベーター降りた時に入れ替わったの?」
「そうよ。ヨロズやメンコちゃんに頼んでね、一緒に降りてもらったのよ。本物は何にも疑わなかったわよ」
翠華はエレベーターでのやり取りを思い出す。
『ドッペルはまだ不安なんですけど、ヨロズとメンコちゃんがいるから大丈夫だと思いますよ』
『二人のこと、信用しているのね』
『信用とか、そういうことはわからないんですけど、わかるんです』
『そう……』
あの時、この偽物を本物だと勘違いしてしまった。
あれはヨロズやメンコ姫を疑うこと無くついていったかなみの印象が、ドッペルにそう言わせたからなのだろうか。
「本物の無事がわかったんなら、そのレイピアをおさめてくださいよ。怖いですから」
「残念ながらそれはできないわね。まだ本物のかなみさんが無事だってことはわかってないんだから」
「無事よ、無事! あの二人がかなみに危害を加えるわけないじゃない!」
翠華は新幹線内でのかなみとメンコ姫、ヨロズとのやり取りを思い出す。
確かにあの様子だと、かなみに危害を加えるとは思えない。それに今回は中部支部へ戦うという共通の目的がある。
でも、それでも、魔法少女と怪人。
それは、どうしようもない敵対関係であり、実際かなみとヨロズは何度も戦っている。今夜も何かのはずみで戦いにならないとも限らない。そうなったら、このホテルで吹っ飛ぶかもしれない。それにかなみが無事でいられなくなったらついてきた意味がない。
「ヨロズの部屋にいくわよ」
「一人でいけばいいじゃない」
「そういうわけにもいかないわ。ついてきなさい」
「はいはい」
ドッペルは投げやり気味に答える。
そうして二人は六階に行く。
コンコン
ドッペルはヨロズ達が泊まっている部屋をノックする。
「はーい、どちら様ですか?」
返ってきたのは、かなみの声だった。
その声を聞いて翠華は安堵する。ひとまず翠華が想像しているような酷いことになっていないようだ。
扉を開ける。
「戻ってきたのね。あ、翠華さんも一緒ですか」
「かなみさん。無事だったのね」
「無事? 何の話ですか?」
かなみは首を傾げる。
その様子を見て、翠華の心配はまったくの杞憂だったことを悟る。
「あ、ううん、何でもないの。ヨロズやメンコ姫は?」
「今二人とオイチョカブをしているところですよ」
「え? それって?」
「翠華さんも一緒にしませんか?」
「え、えぇ、そうするわ」
「あんたもやる?」
かなみはドッペルに問う。
「もちろん」
ドッペルは不敵にそう答える。
三人部屋に、二人部屋に比べてベッドが三つある他に談笑用のテーブルがあって、そこに札が配られている。
「今、ヨロズが勝っているところなんですよ」
かなみは苦々しげに言う。
すると、ヨロズはつまらなそうにこう答える。
「札の勝負で勝ったところで意味は無い」
「とかなんとか言って、私からちゃんと巻き上げてるじゃないの!?」
「かなみさん、お金賭けてるの!?」
翠華の驚きに、かなみはバツの悪そうな顔をする。
「実はちょっと負けてまして……」
「お金、大丈夫なの?」
翠華は責めるわけでもなく、心配そうに訊く。
「この前、社長からボーナスをもらったばかりなので、まだ余裕が……」
「というより、どうしてお金を賭けることになってるの?」
「オイチョカブは金を賭けてやるものだと御座敷に教わった」
メンコ姫は悪びれもせず言う。
「御座敷って、なんてこと教えてるのよ……」
翠華は頭を抱える。
「わかったわ、私も入ってかなみさんの負け分を取り返すわ」
「翠華さん……!」
かなみからの羨望の眼差しを受けて、翠華も高揚する。
(あ、でも……)
しかし、ある点に気づいて一気に頭が冷え込む。
「……ところで、オイチョカブってどうやるの?」
「翠華さん……」
かなみの眼差しがあっという間に消えてしまう。
「ルールは簡単だ」
メンコ姫は札を並べる。
「一から九の札をとって、合計の一桁目が九に近い方が勝ちだ」
「なるほど、ブラックジャックみたいな感じね」
「でも、数字の組み合わせで役とかがあるんですよ」
「かなみさん、詳しいのね」
「母さんや沙鳴から教えてもらいました」
「……何を教えてるのよ、あの二人は」
賭け事を教えるのは教育上はよろしくない、と後日注意しておこうと翠華は思った。
その後、アラシ、クッピン、シッピンといったオイチョカブの役を教えてもらい、ドッペルを除いた四人でやることになった。
ヨロズの前に、四、四、四と同じ札が三枚並ぶ。
「アラシだ」
「またヨロズの勝ち!?」
賭け金のチップがヨロズに集まっていく。
「ヨロズは強い役に集まるのか」
「ごめんなさい、翠華さん。私が不甲斐ないばかりに翠華さんのチップまで……」
「ううん、いいよ。私こそかなみさんのチップを取り返せずにごめんなさい」
「はいはい、次よ」
ドッペルは再び札を配る。
「一、四……あ、これって!?」
翠華の自分の札が一と四だったため、役が成立していることに気づく。
「シッピンです! 翠華さんの勝ちですよ!!」
今度は翠華の方へチップが集まる。
「これで一矢報いたというわけか」
ヨロズが言う。
「なんだったら、私が取り返してみせるわ」
「翠華さん、かっこいいです」
かなみからそう言われて、翠華は舞い上がりそうになる。
そこからは一進一退の攻防が続く。
「七、八、四、の九だ」
ヨロズが九を作れば、次の勝負で、
「八、三、八の九よ!」
翠華も九で応じる。
そんな勝負が続いて、ポツポツかなみやメンコ姫も勝つもののヨロズと翠華のタイマンというような戦いだった。
そして、夜も更けてきて、
「三、三、三のアラシよ!!」
と、翠華が大勝したところで一区切りついた。
「これで、かなみさんのチップも取り戻せたわ」
「見事だな、サシでの勝負だったなら完全に俺の負けだ」
ヨロズは感心する。
翠華には自分のチップとかなみのチップが集まっている。
ヨロズが言うとおり、今のアラシで自分の負け分のみならずかなみの負け分も取り戻している。
翠華としてはこれで引き分けのつもりだけど、ヨロズとしては一対一なら自分のみならず、かなみの分まで取り戻した翠華が勝利といっていい。
「なるほど、お前を倒さなければかなみとは戦えないということか」
「ええ、そうよ」
翠華はヨロズに言い返す。
「よくわかった。今日は本当に有意義な戦いだった」
「すみませんでした!」
翠華とかなみは二人部屋に戻り、かなみは即座に謝る。
「かなみさん、どうしたの?」
「翠華さんに黙って、メンコちゃん達の方に行ったこと、心配しましたよね?」
「ああ、そんなこと……」
「配慮できてませんでした。それに、翠華さんが私の負け分まで取り戻してくれて……なんてお礼を言ったらいいのやら、お詫びしていいのやら……」
「き、気にしなくていいのよ。かなみさんが無事ならそれでいいのよ」
「翠華さんは優しいですね。でも、このまま甘えてばかりもよくないと思いますので……何かお礼をしないと」
「え、お礼……?」
翠華は硬直する。
――翠華さんも一緒にどうですか?
脳裏に、偽物の誘いがよぎる。
(いやいや、あれはドッペルゲンガーが口走ったことで、本物のかなみさんはそんなことを……あ、でもでも、もしかしたら……いやいや! でもでも!)
「シャワーでサッパリしました」
「……え?」
かなみはタオルで髪を拭いていた。
(やっぱり、本物はそうよね)
本物と偽物の違いをこうして実感させられた。
「翠華さんは、しないんですか? シャワー?」
「え? あ、そ、そうね!? シャワー浴びておこうかしらね!?」
翠華は浴室に入って、扉を閉めるその時までかなみの様子を覗く。そのかなみはそのままベッドに伏せる。
ジャージャージャー
シャワーの水音が心地よく、身体を打つ水の勢いがほどよく、色々なもやもやを洗い流してくれる。
(かなみさん、どんなお礼をしてくれるのかしら……? もしかしたら、ベッドで待ってたり!? かなみさん、みあちゃんとは一緒にお風呂入ったり、一緒のベッドで寝てたりするって言うし、今日は、今夜はあああああッ!?)
洗い流してくれるわけじゃなかった。
むしろ、この熱はシャワーの熱水によるものなのか、どうなのか。それとも興奮で身体が火照っているのか。
――翠華さんも一緒にどうですか?
偽物の言葉が反芻してしまう。
(一緒って、一緒って、もしかして、ベッドのことかもおおおおおおッ!? いやいやいやいや、かなみさんがそんなこというはずが、いうはずがないわ!?)
シャワーの湯気がヤカンの沸騰のように勢いよく湧いて出ているような気がする。
クイクイ
シャワーを止める。
「ハァハァ……」
浴室の壁に手をついて身体を支える。
「落ち着け、落ち着くのよ青木翠華!? いくら、ホテルの二人部屋で二人っきりで、恩を着せている今が千載一遇の好機でも……一線を超えちゃダメよ!? いい、私達は同じ魔法少女の仲間で、先輩と後輩の関係! それ以上でもそれ以下でもない!」
浴室の洗面所の鏡で自分の顔を見つめて言う。
自己暗示を書けるように、何度も何度も。
パン!
顔を叩いて、「よし!」と覚悟を決めて浴室を出る。
「かなみさん?」
なるべく平静を装って、かなみを呼んで、様子を確認する。
しかし、返事が来ない。
「かなみさん?」
もう一度呼んでみる。
やはり、返事が来ない。
何かおかしいと思ってかなみの姿を探す。
「すーすー」
ベッドの方で安らかに寝息を立てているかなみの姿があった。
「………………」
がっかりしていいのか、安心していいのか。
ただ翠華は、ガクッとみるみるうちに力が抜けて膝から崩れ落ちる。
(どうせこんなオチだと思ったわよ、神様あああああッ!!?)
天井を仰いで、心の内側から漏れでないように叫んだ。
部屋割りについては、埒が開かなくなってきたのでジャンケンで決めるようにした。
「「「「「ジャンケンポン!!」」」」」
グーが二人、パーが三人。
「やっ!」
たああああああッ!! と、思わず声が出かかって止めた。
二人のグーは、翠華とかなみだった。
この結果は、翠華とかなみの二人部屋行きを意味していた。
ドッペルゲンガー、ヨロズ、メンコ姫の怪人三人が一部屋に集まるのは不安はあるものの、翠華にとっては、かなみとの相部屋の方が大きい。
「なんていうか、無闇に暴れない気がするんですよね」
翠華とかなみの二人になったエレベーター内で会話が始まる。
二人部屋は十階。三人部屋は六階。
怪人達は途中で降りて、今は二人きりになっている。
「ドッペルはまだ不安なんですけど、ヨロズとメンコちゃんがいるから大丈夫だと思いますよ」
「二人のこと、信用しているのね」
「信用とか、そういうことはわからないんですけど、わかるんです」
「そう……」
かなみがそう答えた感情の中には、確かに信用が宿っていることを翠華に感じた。
エレベーターは十階に着く。
(いいな、なんて思っちゃうなんて……怪人相手に……)
自分もそんな風に信じてもらえるのか。信じてもらえるようになっているのか不安にかられている。
鍵の番号の部屋に着く。
ガチャン
翠華が鍵を開ける。
そうして、部屋に入る。
ホテルの内訳はシンプルで、デスク、その上にテレビ、ベッドが二つ。内装は清潔感が保たれていて、一晩どころか二晩も三晩も泊まることが出来る。
「ふかふかのベッド~♪」
かなみは即座に飛び込む。
「あ~きもちい~」
かなみはあっという間にベッドが沈み込む。このまま沈没してしまいそうだ。
「かなみさん、ひとまずシャワーを浴びたら?」
「あ、そうですね!」
かなみはベッドから勢いよく起き上がる。
「翠華さんも一緒にどうですか?」
「え、いっしょ? 一緒!?」
翠華は飛び上がりそうになるほど驚く。
「あはは、冗談ですよ」
「……じょうだん? そ、そう、冗談なのね……」
翠華はその一言で安堵の息をつく。
パタン
かなみは浴室の扉を締める。
「…………………」
そして、訪れる静けさ。それで翠華は冷静になる。
「一緒にどうですか……なんて?」
翠華はふと立ち上がって、扉を勢いよく開ける。
「――かなみさんがそんなこと言うはずがないわ!!」
ということは、もちろんドッペルゲンガーなのだろう。
いつの間にすり替わったかわからないけど、今浴室に入っていったのは、ドッペルゲンガーに間違いない。
「きゃあッ!?」
そこには制服を脱いだばかりのかなみの姿があった。
「えぇ、ええぇッ!?」
翠華は驚愕で、思考停止する。
「ごめんなさい!?」
そうなると条件反射で浴室から出て扉を締める。
「翠華さん、突然どうしたんですか?」
「あなた、かなみさんじゃなくてドッペルでしょ?」
「急に何を言ってるんですか? 私は本物ですよ」
「かなみさんは一緒にシャワーしませんか、なんて言わないわ」
「そうですか? みあちゃんとは一緒によくお風呂入ってますよ」
「えぇ、あ、あぁ、そ、そそ、それは……それはそれよ! これはこれよ!!」
「言ってることが無茶苦茶ですね……」
「無茶苦茶も何もあなたがドッペルで、かなみさんの姿してるってことが無茶苦茶よ! 本物はどうしたの!?」
「ですから、私は本物ですってば」
「本物のかなみさんだったら、私をシャワーに誘わないわ!!」
「……翠華さん、自分で言ってて悲しくなりませんか?」
かなみの問いかけに、翠華は胸が痛む。
正直悲しくなってきた。
「……悲しいわよ。でも、やっぱりあなたはかなみさんじゃないわね」
「……はあ」
かなみはため息をつく。
「バレちゃいましたか」
そうして、自分が偽物だということを認める。
「――!」
バタン!!
翠華は浴室への扉を勢いよく開けて踏み入る。
「……物騒ですね」
即座にレイピアをドッペルへ突きつける。
「相手があなただからよ。本物のかなみさんは?」
「本物だったら、今頃ヨロズとメンコちゃんと一緒よ」
「それじゃ、エレベーター降りた時に入れ替わったの?」
「そうよ。ヨロズやメンコちゃんに頼んでね、一緒に降りてもらったのよ。本物は何にも疑わなかったわよ」
翠華はエレベーターでのやり取りを思い出す。
『ドッペルはまだ不安なんですけど、ヨロズとメンコちゃんがいるから大丈夫だと思いますよ』
『二人のこと、信用しているのね』
『信用とか、そういうことはわからないんですけど、わかるんです』
『そう……』
あの時、この偽物を本物だと勘違いしてしまった。
あれはヨロズやメンコ姫を疑うこと無くついていったかなみの印象が、ドッペルにそう言わせたからなのだろうか。
「本物の無事がわかったんなら、そのレイピアをおさめてくださいよ。怖いですから」
「残念ながらそれはできないわね。まだ本物のかなみさんが無事だってことはわかってないんだから」
「無事よ、無事! あの二人がかなみに危害を加えるわけないじゃない!」
翠華は新幹線内でのかなみとメンコ姫、ヨロズとのやり取りを思い出す。
確かにあの様子だと、かなみに危害を加えるとは思えない。それに今回は中部支部へ戦うという共通の目的がある。
でも、それでも、魔法少女と怪人。
それは、どうしようもない敵対関係であり、実際かなみとヨロズは何度も戦っている。今夜も何かのはずみで戦いにならないとも限らない。そうなったら、このホテルで吹っ飛ぶかもしれない。それにかなみが無事でいられなくなったらついてきた意味がない。
「ヨロズの部屋にいくわよ」
「一人でいけばいいじゃない」
「そういうわけにもいかないわ。ついてきなさい」
「はいはい」
ドッペルは投げやり気味に答える。
そうして二人は六階に行く。
コンコン
ドッペルはヨロズ達が泊まっている部屋をノックする。
「はーい、どちら様ですか?」
返ってきたのは、かなみの声だった。
その声を聞いて翠華は安堵する。ひとまず翠華が想像しているような酷いことになっていないようだ。
扉を開ける。
「戻ってきたのね。あ、翠華さんも一緒ですか」
「かなみさん。無事だったのね」
「無事? 何の話ですか?」
かなみは首を傾げる。
その様子を見て、翠華の心配はまったくの杞憂だったことを悟る。
「あ、ううん、何でもないの。ヨロズやメンコ姫は?」
「今二人とオイチョカブをしているところですよ」
「え? それって?」
「翠華さんも一緒にしませんか?」
「え、えぇ、そうするわ」
「あんたもやる?」
かなみはドッペルに問う。
「もちろん」
ドッペルは不敵にそう答える。
三人部屋に、二人部屋に比べてベッドが三つある他に談笑用のテーブルがあって、そこに札が配られている。
「今、ヨロズが勝っているところなんですよ」
かなみは苦々しげに言う。
すると、ヨロズはつまらなそうにこう答える。
「札の勝負で勝ったところで意味は無い」
「とかなんとか言って、私からちゃんと巻き上げてるじゃないの!?」
「かなみさん、お金賭けてるの!?」
翠華の驚きに、かなみはバツの悪そうな顔をする。
「実はちょっと負けてまして……」
「お金、大丈夫なの?」
翠華は責めるわけでもなく、心配そうに訊く。
「この前、社長からボーナスをもらったばかりなので、まだ余裕が……」
「というより、どうしてお金を賭けることになってるの?」
「オイチョカブは金を賭けてやるものだと御座敷に教わった」
メンコ姫は悪びれもせず言う。
「御座敷って、なんてこと教えてるのよ……」
翠華は頭を抱える。
「わかったわ、私も入ってかなみさんの負け分を取り返すわ」
「翠華さん……!」
かなみからの羨望の眼差しを受けて、翠華も高揚する。
(あ、でも……)
しかし、ある点に気づいて一気に頭が冷え込む。
「……ところで、オイチョカブってどうやるの?」
「翠華さん……」
かなみの眼差しがあっという間に消えてしまう。
「ルールは簡単だ」
メンコ姫は札を並べる。
「一から九の札をとって、合計の一桁目が九に近い方が勝ちだ」
「なるほど、ブラックジャックみたいな感じね」
「でも、数字の組み合わせで役とかがあるんですよ」
「かなみさん、詳しいのね」
「母さんや沙鳴から教えてもらいました」
「……何を教えてるのよ、あの二人は」
賭け事を教えるのは教育上はよろしくない、と後日注意しておこうと翠華は思った。
その後、アラシ、クッピン、シッピンといったオイチョカブの役を教えてもらい、ドッペルを除いた四人でやることになった。
ヨロズの前に、四、四、四と同じ札が三枚並ぶ。
「アラシだ」
「またヨロズの勝ち!?」
賭け金のチップがヨロズに集まっていく。
「ヨロズは強い役に集まるのか」
「ごめんなさい、翠華さん。私が不甲斐ないばかりに翠華さんのチップまで……」
「ううん、いいよ。私こそかなみさんのチップを取り返せずにごめんなさい」
「はいはい、次よ」
ドッペルは再び札を配る。
「一、四……あ、これって!?」
翠華の自分の札が一と四だったため、役が成立していることに気づく。
「シッピンです! 翠華さんの勝ちですよ!!」
今度は翠華の方へチップが集まる。
「これで一矢報いたというわけか」
ヨロズが言う。
「なんだったら、私が取り返してみせるわ」
「翠華さん、かっこいいです」
かなみからそう言われて、翠華は舞い上がりそうになる。
そこからは一進一退の攻防が続く。
「七、八、四、の九だ」
ヨロズが九を作れば、次の勝負で、
「八、三、八の九よ!」
翠華も九で応じる。
そんな勝負が続いて、ポツポツかなみやメンコ姫も勝つもののヨロズと翠華のタイマンというような戦いだった。
そして、夜も更けてきて、
「三、三、三のアラシよ!!」
と、翠華が大勝したところで一区切りついた。
「これで、かなみさんのチップも取り戻せたわ」
「見事だな、サシでの勝負だったなら完全に俺の負けだ」
ヨロズは感心する。
翠華には自分のチップとかなみのチップが集まっている。
ヨロズが言うとおり、今のアラシで自分の負け分のみならずかなみの負け分も取り戻している。
翠華としてはこれで引き分けのつもりだけど、ヨロズとしては一対一なら自分のみならず、かなみの分まで取り戻した翠華が勝利といっていい。
「なるほど、お前を倒さなければかなみとは戦えないということか」
「ええ、そうよ」
翠華はヨロズに言い返す。
「よくわかった。今日は本当に有意義な戦いだった」
「すみませんでした!」
翠華とかなみは二人部屋に戻り、かなみは即座に謝る。
「かなみさん、どうしたの?」
「翠華さんに黙って、メンコちゃん達の方に行ったこと、心配しましたよね?」
「ああ、そんなこと……」
「配慮できてませんでした。それに、翠華さんが私の負け分まで取り戻してくれて……なんてお礼を言ったらいいのやら、お詫びしていいのやら……」
「き、気にしなくていいのよ。かなみさんが無事ならそれでいいのよ」
「翠華さんは優しいですね。でも、このまま甘えてばかりもよくないと思いますので……何かお礼をしないと」
「え、お礼……?」
翠華は硬直する。
――翠華さんも一緒にどうですか?
脳裏に、偽物の誘いがよぎる。
(いやいや、あれはドッペルゲンガーが口走ったことで、本物のかなみさんはそんなことを……あ、でもでも、もしかしたら……いやいや! でもでも!)
「シャワーでサッパリしました」
「……え?」
かなみはタオルで髪を拭いていた。
(やっぱり、本物はそうよね)
本物と偽物の違いをこうして実感させられた。
「翠華さんは、しないんですか? シャワー?」
「え? あ、そ、そうね!? シャワー浴びておこうかしらね!?」
翠華は浴室に入って、扉を閉めるその時までかなみの様子を覗く。そのかなみはそのままベッドに伏せる。
ジャージャージャー
シャワーの水音が心地よく、身体を打つ水の勢いがほどよく、色々なもやもやを洗い流してくれる。
(かなみさん、どんなお礼をしてくれるのかしら……? もしかしたら、ベッドで待ってたり!? かなみさん、みあちゃんとは一緒にお風呂入ったり、一緒のベッドで寝てたりするって言うし、今日は、今夜はあああああッ!?)
洗い流してくれるわけじゃなかった。
むしろ、この熱はシャワーの熱水によるものなのか、どうなのか。それとも興奮で身体が火照っているのか。
――翠華さんも一緒にどうですか?
偽物の言葉が反芻してしまう。
(一緒って、一緒って、もしかして、ベッドのことかもおおおおおおッ!? いやいやいやいや、かなみさんがそんなこというはずが、いうはずがないわ!?)
シャワーの湯気がヤカンの沸騰のように勢いよく湧いて出ているような気がする。
クイクイ
シャワーを止める。
「ハァハァ……」
浴室の壁に手をついて身体を支える。
「落ち着け、落ち着くのよ青木翠華!? いくら、ホテルの二人部屋で二人っきりで、恩を着せている今が千載一遇の好機でも……一線を超えちゃダメよ!? いい、私達は同じ魔法少女の仲間で、先輩と後輩の関係! それ以上でもそれ以下でもない!」
浴室の洗面所の鏡で自分の顔を見つめて言う。
自己暗示を書けるように、何度も何度も。
パン!
顔を叩いて、「よし!」と覚悟を決めて浴室を出る。
「かなみさん?」
なるべく平静を装って、かなみを呼んで、様子を確認する。
しかし、返事が来ない。
「かなみさん?」
もう一度呼んでみる。
やはり、返事が来ない。
何かおかしいと思ってかなみの姿を探す。
「すーすー」
ベッドの方で安らかに寝息を立てているかなみの姿があった。
「………………」
がっかりしていいのか、安心していいのか。
ただ翠華は、ガクッとみるみるうちに力が抜けて膝から崩れ落ちる。
(どうせこんなオチだと思ったわよ、神様あああああッ!!?)
天井を仰いで、心の内側から漏れでないように叫んだ。
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