まほカン

jukaito

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第109話 仮面! 奥底の面を少女は垣間見る!! (Dパート)

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 影鉄はカナミとメンコ姫の影を引き連れてホテルの外の森を歩く。
「もうお帰りで?」
 彫りの深い白髪の老人が影鉄を呼び止める。
「果たせなくなった目的と果たせた目的がありますから」
「そうか。私としては引き止めたい気持ちだが」
「冗談を休み休み言いなさい、という気持ちですよ。あなたとなど語ることはありませんよ。たとえ、同僚であってもですね、アイゴルド」
「元、だ。君は降格された身であることを忘れないように」
 アイゴルドにそう言われて、影鉄は眼光を強める。
「わかっていますよ。身に沁みてね」
「それならば結構」
「ですが、何故あなたのような隠遁者が降格されなかったのか不思議でしてね、私は」
「さあ、全ては六天王りくてんおう様の采配によるものだ」
「忌々しいものですね」
 影鉄は陽の光が差す方を見つめて言う。
「戦って勝ち取るつもりかな」
「……それはまあ魅力的な提案ですが、やめておきましょう」
 影鉄はアイゴルドに背を向ける。
「右手を失った今の状態では少々分が悪いですからね」
 影鉄は右手が綺麗になくなった右腕を上げて言う。
「ふむ。儂としては君に挨拶ができただけでよかったよ。十二席候補とまみえる機会なぞそうそうあるものではあるまい」
「それはあなたが表舞台に立てばいいだけの話ですよ」
「そうか、それはいいことをきいた」
 次の瞬間には影鉄は影ともども消えていった。



ボォォォォォォォォッ!!

 フロア全体が火が燃え盛っている。
 もしその場に人間がいたら、あっという間に丸焼けになっているだろう。生きとし生けるものの存在を許さない灼熱の空間と化していた。
 そんな中を駆け抜けているのは、生物のようであり生物ではなかったりする怪人だった。
「てめえ、まちやがれええええッ!!」
 ヒバシラはカリウスを追いかけ回す。
「熱くてたまらないな」
 カリウスは階段へと逃げようとする。
「そうはさせない」
 極星は階段を狙い撃つ。
「ふむ」
 カリウスは事もなげにそのビームをかわす。

ザシュゥゥゥゥゥッ!!

 不意に斬撃がその場に再現されて、カリウスの外套を切って見せる。
「リプロダクション……俺もまだまだ捨てたものじゃないな」
 そう言って、ボロボロのチューソ-がやってくる。
「まだ君も戦えていたとは、これは驚きだ」
 カリウスは称賛する。
「あんたが言うと嫌味に聞こえるな」
「私は素直に言っているだけなのだけどね。どうもそう受け取ってもらえないようだ」
 カリウスは自嘲気味に言う。
「それはああああああ、お前の自業自得だろがあああああああッ!」
 ヒバシラは絶叫しながらカリウスへタックルをぶつけていく。

ボォォォォォォォォッ!!

 名前通りの火柱が立つ。
「チィ」
 ヒバシラは舌打ちする。
「いやはや、危ないところだったよ」
 カリウスはヒバシラの後ろに回って帽子を被り直す。
「掴めそうなところで、すり抜けていきやがる! 煙のような男だぜ!」
「まあ、間違っていない。火と煙というのは相性がいいかもしれない」
「よくねえよ! 燃え散れえええええッ!!」
 ヒバシラは炎を放ち、カリウスはそれを避ける。
「しかし、君達もよくやる」
 ヒバシラ、極星、チューソ-の三人に向かって言う。
「素晴らしい意気込みだ。やはり十二席の座はそれだけ魅力的にみえるものなのか」
「おうとも! 特にてめえをぶっ飛ばして手に入れる十二席の座はなああああああッ!!」
「それに刀吉とうきちを倒した得体の知れない実力は警戒せねばなるまい」
 極星がカリウスを指差して言う。
「刀吉か、彼も素晴らしい実力の持ち主だった」
「それを倒したことは否定しないのだな」
「今さらごまかしたところで仕方あるまい」
「やっぱりそうか!」
 刀吉はカリウスを倒した。
 薄々感づいていたものの、カリウス本人の口から肯定されたことで、確信に変わった。
 その事実に、元々カリウスに敵愾心を持っていたヒバシラとチューソーはますます闘争心を燃やす。
「君達にそんな仲間意識があったとは意外だな」
「ぬかせ! やつのことはいけすかない奴だと思ってたがな! お前を目のかたきにして戦いを挑んだ点は同感してたな」
「なるほど」
「すかしてんじゃねえ!!」
 ヒバシラは炎を放つ。
 それで炎が辺りを包み込む。
「これで逃げ場はねえ! 今日こそ灰にしてやるぜ! ついでにお前の十二席の座をいただいてやるぜ!!」
「そううまくはいくかな」

バァン!

「ガハッ!?」
 ヒバシラは吹っ飛ぶ。
 カリウスが持つ拳銃から放たれた光弾がヒバシラを撃ち貫いた。
「リプロダクション!」
 チューソ-は斬撃を再現する。
「ふむ、それはもうすでに見た」
 カリウスは斬撃をかいくぐっていく。
「アームガンビーム!!」
 そこへ極星がビームを放つ。

バァァァァァァァァァン!!

 大爆発が起きて、フロアの三分の一が吹き飛ぶ。
「連携かと思ったが、即席は中々上手くいかないものだな」
 カリウスは五体満足で姿を現し、ビームで空いた大穴から下のフロアに逃げる。
「てめえ、何やってるんだ!? 俺の炎を吹き飛ばしやがって!!」
 ヒバシラは極星へ文句を飛ばす。
「そんなことより、我の必殺技がノーダメージだったことの方が驚きだったな」
「そんなことだとおッ!?」
「奴に逃げ道を作ってしまったか……1」
 チューソーは大穴へ足を向ける。

ガチャガチャ

 ボロボロの身体が一歩歩く度に、軋む音が鳴る。
「追うか?」
 極星はチューソーへ問う。
「当然……!」
 チューソーはヒバシラの炎にも負けないほど燃えたぎる闘争心で叩き返す。
「だが、これ以上は不可能だな。――もう五階だ」
「まだ五階だろう!!」
 ヒバシラは後を追おうとする。
「第一お前らごときと一緒にいるせいで逃げられてるんだろう。俺は一人で行くからついてくるんじゃねえぞ」
「勝手な言い草だ……」
「フン!」
 極星が呆れていると、ヒバシラは下へ追いかける。
「一緒にいるせい、か……たしかに我々は対等な立場ではあるが仲間ではないな。――道理だが、君もリタイアだ」
 極星がそう言った直後に五階に降りたヒバシラの前に、アイゴルドが現れる。
「よくもまあ好き勝手やってくれたな。ここまでよく寛大に許してくれていたと褒めてもらいたいものだ」
「ぬぐ!」
 アイゴルドの気迫に気圧された。
「なんだあんたは!?」
「儂はこのホテル支配人・アイゴルド。大抵のことは見過ごすつもりだったが、さすがにここまでくると制裁の一つでもくださなければ、儂の気がすまん」
「制裁? 上等だ、やれるもんならやってみろ!」
「では、やる」
 アイゴルドは腕をふるう。

ドォン!

 すると、殴打の音が響き、ヒバシラが吹っ飛ぶ。
「ガハッ!?」

ドゴォン! バスン! ドゴォン! バスン!

 更に追い打ちをかけるように殴打の音が鳴り響き、ヒバシラはされるがままに吹っ飛んでいく。
「な、なんだ、こりゃ……!?」
「空間支配というものだ。儂のホテル内であればどんな攻撃だろうと必ず届いて当たるようになっている」
「空間、支配?」
「こんなふうにな」
 アイゴルドが拳を振るうと、殴打音とともにヒバシラが吹っ飛ぶ。
「ぐ、今度は腹か!?」
「どの距離、どの角度からも自在だ」
「調子に乗るな!」
 ヒバシラは攻撃を受けつつも、炎を放つ。

ボォォォォォォォォッ!!

 しかし、炎はアイゴルドに届くことなく、避けていく。
「なんだと!?」
「空間支配といったはずだ。このホテルにいる限り、儂には攻撃は届かないよ。――その空間すら支配するほどの能力があるなら別だが」
「上等だ! 支配してやるよぉぉぉ、てめえの空間をよぉぉぉぉッ!!」
 ヒバシラは燃え上がって突撃する。
「その程度の熱量では、儂のホテルの支配には至らんよ」
 アイゴルドは冷静にそう言い返す。
「何ぃぃぃぃぃッ!?」
 ヒバシラの炎が消えてなくなり、真っ黒なシルエットだけがそこに残る。
「それが君の真の姿か」
「な、何故だ!? 炎が出せなくなって!?」
「君の炎は儂が支配した」
 アイゴルドは手の平の上に、炎を出して見せる。
「お、俺の炎が……!?」
「これで君は何もできまい。大人しくするしかあるまい」
「く……ッ!」
 ヒバシラは観念して膝をつく。
 これが最高役員十二席候補の一人の力。格の違いをまざまざと見せつけられた。
 こんな男よりも上の座である最高役員十二席の座につく。
 果たして、自分にはできるのだろうか。
 そんな疑問さえ生まれてくる。
「さてな」
 そんなヒバシラの心情を察してか、アイゴルドはそう言って、姿を消す。



 そして、カリウスは一階のロビーへ階段に降りてやってくる。
「待てや!」
『待てと言われて待つ奴がおるか!?』
 そこへ人形のマイデと黒子のハーンが呼び止める。
「止まるくらいのサービスは心得てるつもりだが」
 カリウスは足を止める。
「そいつは気が利くな」
『サービス満点や!』
「――ま、あんたが止まらなくても、力づくで止めるつもりやったけどな」
 カリウスの周囲を黒子が取り囲む。
「先ほどの襲撃で諦めたかと思ったのだけどね」
 いろかと戦っているうちに、後ろに回って手刀で胸を突き刺した。
 しかし、カリウスにはダメージが無かった。そこからメンコ姫がフロアごと落としてしまったため、マイデとハーンの戦いは有耶無耶のまま終わった。
「あの程度で十二席の座を諦めてたまるかちゅうねん!」
 ハーンの啖呵とともに、黒子達は糸を飛ばす。
「む、これは……」
 飛ばした糸が絡み合って、カリウスは手を無理矢理上げさせられる。
「うむ、これは厄介だ」
「厄介そうな顔してるように見えへんやけどなあ」
「顔は生まれつきだ、気にすることはない」
「そういうのは気にするなちゅう方が無理な話やで」
「そうか、参考にする」
「支部長に降格されたときのか?」
 黒子は糸を放ち、カリウスの両足を絡め取って浮かせる。
「さあ、大人しく敗北を認め、わいに最高役員十二席の座を譲れや!」
「譲れるものでもないんだけど」
 途端に、糸で絡みとった足があらぬ方に曲がる。
「なあ!?」
「私達は怪人だよ。人間のように骨格があるとは限らない」
「そりゃそうやな……せやけど、さっき胸を貫いた感触は確かにあったで。あれはどういう理屈や?」
「手品の種を教える魔術師はいまい」
 カリウスがそう答えると、ストンと床に足をつけて、何事もなかったように歩いていく。いつの間にか手を絡め取っていた糸も抜けている。
「おんどれ、そらいったいどういう手品や!?」
「自分で解明してもらいたいものだよ」
「……ぐ!」
 黒子達はカリウスへ襲いかかった。

バァン!

 カリウスは銃を発砲して、黒子達が一斉に弾け飛ぶ。
「ハリボテの人形では、私は止められないよ」
「鉄よりも硬い強度設定やのに!」
「鉄よりも硬い程度では止められないよ」
 カリウスは悠然と空いた前方を歩いていく。
 そして、ホテルの外へ出る。
 この瞬間に、最高役員十二席の座を賭けたゲームが終わった。
「色々ハプニングはあったが、それゆえに中々楽しいゲームだったよ」
 カリウスはそう言ってホテルから外へ出る。
「君達もそう思わないかい?」
 カリウスはすぐ出口にまでやってきたかなみ、メンコ姫、いろかへ問いかける。
「こっちは散々な目にあったのに……」
 かなみは文句を言う。
「私は色々あって楽しめたわよ。まああなたに一言言ってやりたいのは、この娘と同じだけどね」
「君も無事だったか。さすがだ」
「あなたにそう言われても褒められてる気がしないわね」
「よく言われる」
「人徳ってやつじゃないの?」
 かなみは悪態をつく。
「そういうものか」
「そういうものよ」
「なるほど。私は君に十二席の座を譲ろうかと思っていたんだけどね」
「じょ、冗談じゃないわ!? なんで魔法少女の私が悪の秘密結社の役員なんかに!?」
「そう言うと思ったからだよ」
「む、むう!」
 かなみは言いようにからかわれた、と憤慨する。
「フフ」
 その様子を見て、いろかは笑みをこぼす。



 そうしているうちに、迎えの車がやってくる。
「豪華な外車!?」
 かなみのリアクションに、カリウスは楽しんでいるようだった。
「お迎えに参りました」
 運転席からスーシーが姿を現す。
「ご苦労様。とはいえ、君の直接の上司はヨロズだけどね」
「そのヨロズ様は?」
「手間をかけるな」
 そう言ってヨロズはホテルから出てくる。
 身体はボロボロで、普通の人間だったら立つことすらままならない重傷に見えた。
「………………」
 メンコ姫は気まずそうに目をそらす。
 ヨロズにあそこまでのダメージを与えたのは、メンコ姫だったからだ。
「大丈夫なの?」
 カナミは心配そうに訊く。
「このくらい問題ない」
「すごく問題ありそうだけど……」
「魔力が回復すればこのくらいはすぐ治る」
 ヨロズは平然と言ってのける。
 それだけに、ヨロズの強さが垣間見える。
「……すまなかった」
 メンコ姫はボソリと言う。
「謝るようなことではない。これはただの戦いの結果に過ぎない」
「過ぎない、か……」
「そうだ、俺とお前が戦い、カナミが勝利した。それだけだ」
「そこで私に振るの……」
 かなみは呆れる。
「だ、だが……」
 メンコ姫はチラリとヨロズを見る。
 そして、そのボロボロの身体に一瞬見て、目をそらす。
「気にすることはない。この借りは返したいと思っているがな」
「借りか」
 メンコ姫は意外そうな顔をする。
「簡単に返させるつもりはない」
 しかし、メンコ姫は確かにそう言い返す。
「そうか。それは楽しみだ」
 ヨロズにそう言われて、やっとメンコ姫はヨロズと目が合う。
「楽しみか。それならまた戦うことになるんだな」
「そうだな。またそれもすぐにまた戦いそうになる予感はする。その時は遠慮なしでこい」
 ヨロズはそう言って、手を差し出す。
「……わかった」
 少しためらってから、その手を握り返す。
「遠慮はしない、お前相手なら」



 そうして、カナミ達は揃って外車に乗って山を降りる。
「気分はどうかな?」
 カリウスはかなみに問う。
「快適よ、快適すぎて気味が悪いくらい」
 かなみは正直に答える。
「もっとくつろいで欲しいと思うのだけどね。ホテルではゆっくりできなかっただろ?」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「さて、誰のせいかな?」
 カリウスは窓の外を見る。
 そのとばけた態度が憎たらしくてたまらない。
(十二席の座なんて願い下げだけど、あいつをぶっ飛ばしてもよかったわね……)
 それができるかどうかはさておき、そんなことを考えてしまうほどに憎たらしい。
「やっぱり、十二席の座が欲しかったのかな?」
「違うわ!」
「それは残念ね」
 いろかが愉快げに言う。
「あなたがカリウスのふんぞり返った座を転がりおとして、奪い取るところを見てみたかったのに」
 いろかがそんなことを言うのを、かなみは意外に感じていた。
 なんとなく、カリウスといろかは気の合う仲間という印象があったからだ。
「あんたとカリウスって仲間じゃなかったの?」
 かなみはその疑問を口にする。
「仲間? フフ、そうね。同じネガサイドの仲間。まあ今、彼は目上の存在だけどね、フフ」
「私は君のことを仲間だと思ってるんだけどね」
「冗談はやめてほしいわね。最高役員十二席にまで上り詰めた怪人が仲間意識だなんて、冗談にしては笑えないわよ、フフ」
「笑っているじゃないか」
 この二人、とても信用できない。と、やり取りを聞いて、かなみは率直に思った。
 言っていることがいちいち胡散臭い。
 今こうして外車の中で対面して、世間話まがいなことを話していられるのが不思議なくらいだ。
(もしかして、私を油断させてどこかに連れ去って……)
 一度そんな経験をさせられているだけに、油断ならない。

カクン

 一瞬、肩から崩れ落ちそうになる。
(やば……! 寝落ちしかけた!?)
 いきなり、睡魔が襲いかかってきた。
 油断ならないと思っていた矢先に、油断していた。そういうときに睡魔や疲労は一斉に襲いかかってくる。
(今寝ちゃったら、この二人に……)
 何されるかわかったものじゃない。
 絶対に寝るわけにはいかない。
「――ゆっくり休むといいよ」
 カリウスのそんな甘美な誘いが聞こえてくる。
「ホテルでさんざん戦ったのだ。身体も精神も休眠を要求するのは当たり前だ」
「冗談言わないで、こんなところでゆっくり休めるわけないでしょ?」
「果たしてそうかな? そのシート、気持ちいいとは思わないか?」
「む~」
 かなみは唸る。
 そうすることで眠気を抑えようとする。
 何しろ、かなみが今座っているシート、カリウスの言う通り気持ちが良い。
 弾力があって、暖かくて、疲れ切った身体をついつい委ねてしまいそうになる。
 そうなると、眠気はますます猛威を振るってやってくる。
「……ぜったい、に、ねむらないんだから……」
 目蓋がどんどん重くなって、その重みに負けそうになって、頭からストンと何度も落ちかけた。
「そんなに意地になることもあるまい。見たまえ」
 カリウスに促されて、かなみが見たのは、ヨロズとメンコ姫の寝顔だった。

スースー

 安らかな寝息まで聞こえてくる。
「ず、ずるい……!」
 こんなに自分は眠気と必死に戦っているというのに、ひと足お先といわんばかりに眠っているのだから思わずかなみはぼやく。
「しかし、妙なことだ」
「みょー?」
「君は魔法少女、彼女達は怪人……敵同士だというのに、その態度はまるで友人に向ける感情そのものだよ」
「……ゆーじん……たしかに、メンコちゃんとは、ともだちで、ヨロズは……」
 かなみは言い終える前に意識が途切れた。
「まったく面白いものだ」
「この娘になら、十二席に譲ってもいいっていうのは本音?」
 いろかはカリウスへ問う。
「そんなことも言ったかな?」



 車がオフィスの前に止まるのと同時に、カナミは目を覚ました。
 目がさめるやいなや、かなみは自分の不覚を恥じる。
 そして、自分の身体に違和感がないか、手足を動かして確かめてみる。
「何もしていないさ、心配することはない」
 カリウスからそう言われても、ますます不安になる。
「今日のゲームの準主役にそんな野暮なことしないさ」
「準主役って、私はそんなのになったつもりはないんだけど」
「望む望まずに関係なく大きな渦の中心に立つ。君はそういう星の下に生まれたといってもいい」
「その渦を生み出しているのはあんたじゃないの」
 かなみにそう返されて、いろかや運転席にいたスーシーまでもカリウスに視線が集中する。
「――降りたまえ、君のいるべき場所だ」
 かなみはそう言われて、外車を出る。
 降り際に、まだ眠っているヨロズとメンコ姫に一瞬目を向ける。
 意識が途切れる直前に、カリウスが言っていたことが脳裏をよぎる。
『君は魔法少女、彼女達は怪人……敵同士だというのに』
 外車は走り出す。
 かなみはその外車が見えなくなるまで見送った。
「ヨロズ……メンコちゃん……」
「いい経験してきたみたいね」
「社長!?」
 いつの間にか、かなみの後ろにあるみが立っていた。
「そろそろ戻ってくる頃かと思ってね」
「マニィで知ってるくせに」
「迎えに来ちゃいけなかった?」
「どうせならホテルで助けに来てほしかったです」
 影鉄に襲われて、絶体絶命のときに、真っ先に助けてくれるものだと思った。
「もし、社長が来てくれたら……」
 でも、来なかった。
 来てほしかった。
 そうしたら、どれほど安心できたことか。そう思うと想いが自然と口からこぼれる。
「助けてもらったと思います」
 そして、それを口にした後にある想いがこみ上げてきた。
「それは悔しいこと?」
 あるみにはそれを見透かされた。
「………………」
 かなみは黙考する。
 悔しい。
 それはあるみががもし助けに来てくたら、と思う以前の出来事を思い浮かべた。
 影鉄に言いようにあしらわれて、無力感とともに何も出来ない自分に悔しさがこみ上げていた。
 そのせいで、友達になったメンコ姫にまで危険が及んだ。
 もし、自分にもっと力があれば、そんなことにはならなかった。
「…………はい」
 かなみは素直に肯定する。
「社長みたいに強くなるには、どうしたらなれますか?」
「大丈夫よ、かなみちゃんはちゃんと強くなってるから」
「……本当ですか?」
「支部長達とやりあって、ちゃんと帰ってきたじゃない」
「……運が、よかっただけですよ」
「運も実力のうちよ。それにしても……」
「それにしても?」
 かなみが不思議そうに訊くと、あるみはクスクスと笑う。
「まあ、入りましょう。コーヒー淹れるから」
 それを聞いて、かなみは反射的に苦い顔をする。すると、あるみはますます笑い出す。
 あるみが自分に対して何かを隠している。違和感を覚えつつもその何かがわからないからどうにも釈然としないものの、言われるままオフィスへ入る。
「かなみさん!」
 オフィスへ入った途端、翠華、みあ、紫織がやってくる。
「ただいま。心配かけてしまってごめんなさい」
 急にヨロズがやってきて、支部長達が集まる会議場に連れ出されたとあって心配してくれたのだろう。
「……あ、あの、かなみさん?」
 翠華はかなみの顔を見るなり、驚いてぎこちなく問う。
「どうかしましたか?」
 かなみは首を傾げる。
「あんたさ……くすくす」
 みあは、顔を見て笑い出す。
「どうかしましたか? というのは私達の台詞ですよ」
 紫織がそう返す。
「え?」
「あんた、鏡を見なさいよ」
 みあはデスクから手鏡を取って、かなみへ渡す。もちろん、笑いながら、である。
「私の顔に、何が……って、なにこれええええええええええええッ!?」
 かなみは絶叫した。



「フ、フフフフフ」
「何がそんなにおかしいのかな?」
 何かを思い出したように、唐突に笑い出すいろかにカリウスは問う。
「いえ、だって、ねえ。最高役員十二席のあなたが、眠っている魔法少女にあんなことするなんてね。思い出しただけでもおかしくて」
「そうか。単なる遊び心のつもりだったのだけどね」
「本当に単なる遊び心だったからおかしいのよ。――油性マジックで顔にいたずら害するなんてね」
 運転席にいたスーシーもプッと吹き出す。
「確かにあれは傑作でしたよ。願わくばそれに気づいておおあらわになる彼女も見届けたかったのですが」
「ま、それは想像で楽しむとしよう」
 カリウスも愉快げに言う。



「ねこヒゲ……?」
 かなみの両頬の方に油性マジックで線が入れられていた。
「誰にいたずら書きされたのよ?」
「いたずら書き……そんなことしようとしてる人……」
 かなみは外車に乗っていた人を思い出す。
 ヨロズとメンコ姫は眠っていたからありえないし、そんなことするとは思えない。
 スーシーはそういうことやりそうだけど、運転席にいた。
 残っているのは、いろかとカリウス。
 どちらもやりそうにないかもしれないし、やりそうではある。
 それでどちらかというと……。
「もしかして、やったのはカリウス!?」
「眠っている間にやられているわけね」
 後からオフィスへ入ってきたあるみが言う。
 あるみはマスコットを通して、かなみが何をされたのか全部知っている。
「マニィ! どうして止めなかったの!?」
「僕にそんな力はないよ」
 マニィは諦観した顔で返す。
「かなみさん、誰にやられたの!?」
 翠華はかなみの肩を掴んで詰め寄る。
「え、えぇ……やられたのは落書きですよ」
「落書きって、このヒゲ!?」
「え、えぇ、はい……」
「……かわいい」
「え?」
 かなみは呆気にとられる。
「あ、いえいえいえ、ごめんなさい!」
「なんだか前にもこういうことがあったような……」
 かなみはメンコ姫の素顔を初めて見た時のことをぼんやりとだけど思い出す。
「え?」
「あ、いえ、こっちの話です! 顔洗ってきます!」
「……そのままでもいいと思うけど」
 翠華はひそかに呟く。
「とりあえず、撮っておいたわ」
 みあは携帯電話に、かなみの顔を映す。
「みあちゃん、いつの間に!?」
 翠華は驚愕する。
「こんな面白いネタ、撮り逃がすわけないでしょ」
 みあは得意げに言う。
「撮り逃してた……」
 翠華は悔しげに言う。
「あとで、かなみちゃんにも送ってあげなさい」
 あるみは提案する。
「これを見て、今日のことを思い出すといいわね」
 あるみは顔を洗いに出ていったかなみの方を見る。



バシャン!

 手の平に集めた水を顔にかける。
「……これ、落ちない」
「油性だからね、アルコールで落とした方がいいよ」
 マニィが助言してくれる。
「……うん」
 かなみは手洗い場の鏡で顔を見る。
 マジックペンで描かれたヒゲを指でなぞると、自分の顔がひどく間抜けに見える。
 でも、自分の顔が良く見えないのはそれだけじゃない気がする。
「――もっと、強くならなくちゃ」
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