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第103話 仙道! 糸紡ぎの少女が仙人へと至る道 (Cパート)
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かなみは目を開ける。
今が何時か、時計が無いからわからない。
でも、戸板から朝日が漏れている。
かなみは戸板を開ける。
まばゆい朝日が見える。そして、草木が生い茂る自然が外には広がっていた。
ふとこの自然の中を歩いてみたくなった。
(散歩は修行……)
昨日の修行で山の中を散歩したことを思い出す。
あのときに感じた生命の息吹をもう一度見てみたい。そういう衝動もあって、すぐに靴を履いて外へ出た。
「うーん!」
思いっきり伸びをする。
アニメやドラマでよく見かける場面だけど、これが本当に気持ちが良いと、かなみは思う。
ヒラヒラ
リュミィが木漏れ日の下を飛び回る。
光が羽に反射して、本当に妖精なのだと感慨深く思う。
その光にあてられたのか、草木から光の粒が舞い上がるのが見える。
「これを感じることが修行だって言ってたけど……」
一日の修行を終えた後でも、今ひとつ実感がわかない。
かなみは手を伸ばして光の粒を一つ掴もうとする。
「あ……!」
その先に人影を見つける。
誰かが自分と同じように早朝の散歩をしているのか。
挨拶しようかと思って近づいた。
「千歳さん……」
そこにいたのは、千歳だった。
だけど、千歳はかなみに気づいた様子はなく、そこに座って瞑想していた。
「………………」
かなみは声をかけるのをためらった。
千歳はそれほどまでに自然と一体化していた。
それは芸術品のように。神聖な気配すら感じる。
千歳が神様か仏になったのか錯覚する。
(多分、仙人になるってこういうことなのかもしれないわね……)
かなみはそう思った。
「あれは座禅というものだ」
「悠亀さん……?」
気づいたら悠亀が隣に立っていた。
しかし、今度は驚かなかった。
なんというか、そこにいてもおかしくない雰囲気だったからだ。単に急に出てくることに慣れたというのもあるけど。
「ああして、自然の一部となることが人の領分から一歩踏み越える行為なのだ」
「そうなんですか」
「千歳は毎朝これを行っている。彼女はそれも修行の一つだと理解しているのだろう」
悠亀は千歳を見つめて言う。
「修行……あれをしていれば千歳さんは仙人になるんですか?」
「さあ、そこまではわからん」
「仙人様でもわからないんですか?」
「短期間であの境地に至ったことは驚異的ではあるが、それでもまだ人の領分を一歩踏み越え始めた段階にすぎん、ということだ」
「仙人になるって厳しいんですね」
「人という枠を超えるのはそれほど容易ではない、ということだ」
かなみは千歳の方を見る。
「千歳、あんなに頑張ってるのに……」
「だが、神が定めた人の『枠』を超えた者こそが仙人となるのだ。その素質は誰にもある。だが大半の人間は枠を超えることが出来ず、その一生を終える」
「千歳さんの一生はもう終えちゃってますけどね、幽霊ですし」
かなみは苦笑して言う。
「ある種、人の枠を超えている状態なのかもしれぬな。それはそうと、昨晩の少女の件だが」
思わずかなみはブルッと震える。
昨晩の少女の件――リュミィが案内した幽霊の女の子だ。
「あ、ああ、あの子がどうかしましたか?」
「――成仏した」
「え、成仏?」
「それがあの子の望みだった」
「望み? 成仏することが?」
「あの子が幽霊となったのは五十年前」
「ご、五十年!?」
かなみは驚く。
昨晩のあの子は見た感じ十歳くらいの姿をしていたからてっきり年下かと思っていたのに、遥か年上だった。
人は見かけによらない、というけど、幽霊はもっとよらないのかもしれない。
「旅行先で事故にあってな。以来、両親を求めて彷徨い続けた。子供だったから自分の家に帰る道がわからなかったのだろうな。自分の家に辿り着いた時、両親はもうこの世にいなかった」
「……え?」
「両親はようやくその子に会えると早々に成仏してしまった。ゆえにあの子も成仏することを望んだのだが、五十年彷徨い続けたせいで成仏の仕方ががわからなかった。そこへ我の元へやってきた」
「あの子……向こうで親に会えたんでしょうか?」
「会えただろう。君のおかげでもある」
「え、私?」
かなみは、何もしていないのに、と疑問を浮かべた。
「君があの子を我の元へ誘った。それは、君の徳である」
「と、徳?」
「善行ともいう」
「そ、そんな! そんな大したことじゃありませんよ! 第一、案内したのはリュミィですし!」
かなみはリュミィを指す。
リュミィは嬉しげに一回転する。
「君の妖精が行ったことなら、君の行いでもある」
「そういうものなんですか……」
なんだか釈然としない。
「人の領域を超えるのはそうした積み重ねだ。万物に目を向け、耳を傾ける」
「あ、あの……私は仙人になるつもりはないんですけど……」
かなみは言いづらそうに、しかし、自分の意志をハッキリと言う。
「それもよかろう」
「……え?」
「君がそう選んだのであれば、それを尊重する」
「………………」
そこはかとなく自分に仙人にさせようとする雰囲気を感じたので、そう返答されるのは意外だった。
「だた君には大きなチカラがある」
「チカラ」
「そのチカラは仙人の我や煌黄にすら及びもつかない運命を引き寄せる」
「及びもつかない運命……」
その一言は、かなみを大きく不安にさせる。
「それって一体何なんですか?」
「わからない」
悠亀は空を仰いで答える。
「わからないこそ及びもつかない運命なのだ」
「………………」
「不安であろう、恐怖であろう。だが君はその運命と戦うだろう」
「わかりません。でも、きっとそうなるような気がします。今までそうしてきましたから、これからも……」
「良い答えだ」
悠亀は満足そうに言う。
ドスン!
その途端、地響きで辺りが揺れる。
「え、地震!?」
「いや、地震ではない」
「地震じゃなかったら何なんですか!?」
「あえていうなら、人震といったところか」
ドスン! ドスン!
地響きを鳴らして、そいつはやってくる。
「怪人!?」
石で出来た人型の象。そういう怪人が現れた。
「あやつはセキゾー」
「石像!?」
「セキゾーだ」
悠亀は驚くかなみに訂正する。
「ブオオオン!!」
セキゾーは嘶く。
そして、千歳を見据える。向けている視線は明らかに敵意だった。
しかし、千歳はまだ座禅を組み、瞑想していて気づいていない。
「千歳さんが危ない!?」
かなみはコインを出す。
「マジカルワーク!!」
あっという間に光りに包まれて、黄色の魔法少女が姿を現す。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
カナミはセキゾーの前に立ちはだかる。
「ブオオオン!!」
この嘶きは標的を千歳からカナミへ変えたものだった。
バァン!
カナミは魔法弾を撃ち込む。
しかし、石の見た目をしているだけあって硬いのか、魔法弾はあっさり弾かれた。
「ビクともしなかったね」
マニィが言う。
「みりゃわかるわよ」
「ブオオオン!!」
セキゾーは雄叫びを上げ、大地を踏み鳴らす。
ドスン!
そして、次の瞬間にはカナミへ突進する。
「はや!?」
石だから遅いものだと思いこんでいたけど、予想以上に速い。
しかも、体重が重いのか一歩ごとに周囲が揺れる。
「でも!」
カナミは横に飛んで避ける。
象の突進はあまりにも直線的で、方向転換がきかないものに見えたけど思ったとおりだった。
「象というより猪じゃない!」
カナミはセキゾーをそう評した。
ブン!
しかし、セキゾーは長い鼻から何かを飛ばした。
「あいた!?」
カナミはそれを額に当てられた。
石をぶつけられたようによろめく。
「なに、今の!?」
カナミは当てられた額に手をあてる。
「これ、水?」
「水を飛ばしてきたんだね。鼻水かもしれないよ」
「わ、きたなッ!?」
カナミは慌てて拭く。
ブン!
セキゾーは再び鼻から水を飛ばす。
「――!」
飛ばしてきた水は思っていたよりも速く避けきれない。
カナミは反射的にステッキを盾代わりに出す。
それでも衝撃は殺しきれず、よろめく。
「ブオオオン!!」
そして、突進がやってくる。
「こんのおおおおおッ!」
体勢が崩れたのでかわしきれないと判断して、魔法弾を撃ち込む。
バァン! バァン! バァン!
しかし、セキゾーはものともしなかった。
ゴツォン!!
セキゾーの突進をまともに受けて、カナミは吹っ飛ぶ。
「ブオオオン!!」
セキゾーは自分の勝利を確信し、雄叫びを上げる。
「勝ったと思うにはまだ早過ぎるわね」
千歳は立ち上がり、不敵に告げる。
「――!」
セキゾーは驚く。
そこにもう一人人間がいたことに初めて気づいたようだ。
「鋼の絆の紡ぎ手、魔法少女チトセ参戦!」
チトセは魔法少女の衣を纏って、名乗り口上を上げる。
「ブオ?」
「あ~何してるか意味わからないって声ね。人間の言葉わかるかしら? 私達は魔法少女よ」
「ブオオオン!!」
セキゾーはチトセの言葉を受けて嘶く。
「魔法少女は敵だと認識したみたいね。結構よ、私もあなたは敵だと思うから」
ドスン!
セキゾーは大地を踏みしめて、突進してくる。
「それ!」
チトセが一声上げると、セキゾーの突進が止まる。
「ブオ?」
セキゾーは目を見開き、驚きを顕にする。
「どうかしら、私の糸は?」
「ブオオオン!!」
セキゾーは嘶く。
身体中に巻き付いた糸を振り払おうと力を入れる。
「あら、結構力があるのね」
プチプチプチプチ!
糸が切れていく音がする。
「神殺砲!!」
そうこうしているうちに、カナミが立ち上がって砲台を構える。
「ボーナスキャノン!!」
そのまま砲弾を撃ち抜く。
バァァァァァァァン!!
砲弾はセキゾーに直撃する
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーはそれまでで一番の雄叫びを上げて砲弾を受けきる。
「神殺砲で倒しきれなかった……!?」
「随分丈夫なのね」
チトセは感心する。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは血走った目で、カナミとチトセを睨みつける。
その雄叫びは山を揺れ動かす文字通りの大山鳴動だった。
「――騒がしいな」
ヨロズがやってくる。
ドスン!!
そして、セキゾーに拳を一発撃ち込む。
「ブオ!?」
セキゾーの身体は浮き、後ろの大木へ叩きつけられる。
「ヨロズ、あんた……」
どうして、助けてくれたのか。あの怪人とは仲間じゃないのか。
その問おうとしたカナミにヨロズは、
「なるほど修行の成果を試すにはちょうどいいな」
と事も無げに答える。
「なに一人で納得してるのよ?」
「まあ、練習相手にちょうどいいというのは賛成ね」
チトセはヨロズに同意する。
「でも、あいつかなり強いわよ」
カナミは言う。
「少しくらい強くなければ練習相手にはならないわよ」
「そうだな」
「チトセさん、ヨロズ……なんでそんなに気が合うんですか?」
「気が合う?」
チトセとヨロズは目を合わせる。
「文字通り同じ釜の飯を食べた仲だからね」
「釜の飯……確かに食べたな。それならカナミとも『同じ釜の飯を食べた仲』ということになるな」
「え、あ、あぁ、そうだけど……」
ヨロズの物言いに、カナミは違和感を覚える。
「だったら、あいつを倒すのにカナミちゃんと協力しない?」
チトセが提案する。
「……協力? それがここの修行のやり方か?」
「ええ、そうよ」
「なら、そうしよう」
ヨロズはあっさり受け入れる。
「私とヨロズが協力ですか?」
「私も協力するから!」
「チトセさん、楽しんでませんか?」
カナミは呆れる。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは嘶き、突進してくる。
「俺が奴を止める」
ヨロズが前へ出る。
ドゴォォォォォン!!
ヨロズとセキゾーがまともにぶつかり合う。
そのぶつかり合いは衝撃波になって周囲に広がり、辺りを揺るがす。
「がっぷり四つのぶつかり合い!」
チトセは食い気味に言う。
「ヨロズとまともにぶつかり合うなんて!」
ヨロズのパワーをよく知っているカナミはセキゾーのパワーに驚く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
二人のパワーによって山全体が震撼する。
「神殺砲!!」
カナミは砲台へと変化させる。
「――!」
背中越しにそれに気づいたヨロズはセキゾーを持ち上げる。
「ブオ!?」
「せぃぃぃやぁぁぁぁぁッ!!」
ヨロズは裂帛の気合とともに投げ飛ばす。
「ボーナスキャノン!!」
それと同時にカナミは砲弾を撃ち出す。
バァァァァァァァン!!
投げ飛ばされて身体が浮き上がったところに直撃したので、受け止めきれなかった。
ドゴォン!!
セキゾーは倒れ込んで、凹みが出来上がった。
「抜群の連携ね!」
チトセが言う。
「うむ、さすがカナミだ」
「あんたがタイミングいいのよ」
称賛するヨロズにカナミはそっけなく言う。
その様子を悠亀は頂上から観覧していた。
「彼女達の戦いぶりはどうでしょうか?」
セイキャストが歩み寄って問いかける。
「……人間の領域をとっくに超えているな」
「彼女達は魔法少女ですから、いえ、一人は怪人ですね」
怪人はもちろんヨロズのことだ。
「魔法少女……あの二人もそうだったな」
「あの二人?」
「あるみと来葉といったな」
「その二人にならお会いしたことがあります」
「あの二人もまた仙人の儂にすら及びもつかないほどの運命を背負っていた」
「あの二人はそうですね。私の目で視ることはできませんでした。いえ、人の運命を私が視るなんてことがおこがましかったのですけどね」
セイキャストは自嘲気味にそう話す。
「それがわかったのであれば、修行の甲斐があった」
「悠亀様のおかげです」
「だが、怪人から精霊になることは並大抵のことではない」
「覚悟しています。どんなにツライ修行でも、何年かかっても、必ずやり遂げます」
「うむ、いい覚悟だ」
悠亀を満足気に言う。
そうして、悠亀は眼下を見下ろす。
「あの戦いも修行の一部。ここには幽霊と同様に怪人も寄り集まってくる。それらと向き合うこともまた浮世を離れ、人間という枠を超えた領域に足を踏み入れる行為だ。当然怪人からもな」
ドスン! ドスン!
再び山が揺れ動く。
「あれでもまだ仕留められないみたいね」
セキゾーは立ち上がる。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
そして雄叫びを上げ、足で大地を踏み鳴らす。
その石のような身体は二発の神殺砲を受けて至る箇所に亀裂が入っている。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
それでも闘争心は衰えるどころか、激しさを増している。
「まだ戦うつもりだ。無論、俺も戦うつもりだ」
ヨロズは言う。
「そうね、こうなったらとことんやってやるわよ!!」
カナミはやる気だ。
「二発でダメなら三発! もう一発撃ち込んでやるわよ!!」
「その意気だ。カナミ、お前なら百発でも撃ち込める」
ヨロズは楽しげに言う。
「いえ、百発はさすがにちょっと……」
「そうね、カナミちゃんなら千発よね」
チトセが言う。
「……え?」
カナミは呆然とする。
「む、そうだったな。私はカナミを見くびっていたようだ」
「あ、あの、ちょっと、ヨロズ? ちょっと、私のこと大袈裟に言いすぎじゃない?」
「大袈裟なものか。第一、俺が倒すべき目標に掲げた魔法少女カナミにその程度のことができないのでは俺が困る」
「困るって……そんなこと言われて、困るのは私の方なんだけど……」
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
二人の会話を遮るように、セキゾーは雄叫びを上げる。
ブン!
セキゾーは水の砲弾を鼻から撃ち出してくる。
「む!」
ヨロズが前に出て腕を巨大化させて盾にする。
バァァァァァン!!
「なるほど、大した威力だ」
ヨロズは受け止めた腕の負傷具合を見て言う。
「カナミちゃんの神殺砲を真似したのかしらね」
「えぇ……」
チトセの推測に、カナミも心当たりがあったので肩身が狭くなる。
「なるほど、模倣したというわけか。いい判断だ」
ヨロズが言う。
「感心してる場合じゃないでしょ!」
ブン!
カナミが言った途端、セキゾーはもう一発撃ち込んでくる。
「カナミちゃん、お願い!
「はい! ボーナスキャノン!!」
チトセの呼びかけを受けて、カナミが砲弾で迎撃する。
バァァァァァン!!
水の砲弾と魔法の砲弾がぶつかり合う。
「ブオ?」
その間に、セキゾーの鼻をチトセの糸が絡め取られ、上へ向く。
「これでもう撃てないでしょ」
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
それでもセキゾーは鼻から無理矢理砲弾を撃ち出そうとする。
「セブンスコール!」
カナミは空へと魔法弾を撃ち出す。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは鼻が上を向いたまま水の砲弾を撃ち出す。
パァァン!!
魔法弾が空中で炸裂し、雨のように降り注ぐ。
下へ降り注ぐ魔法弾と上へ撃ち出された水の砲弾が激突する。
「ブオオオン!!」
魔法弾の雨が勝り、セキゾーの身体を撃ち抜いていく。
「さすが、カナミだ!」
ヨロズは感心しつつ、セキゾーの懐へ踏み込む。
ザクザク!!
ヨロズの手から生えた爪でセキゾーの身体へ突き立てる。
「ビーストスラッシュ!」
爪はセキゾーの石で出来た身体があっさりと豆腐のように裂けていく。
「やるわね、あの娘。それじゃ私も!」
チトセも張り切って糸を操作する。
「ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥゥッ!?」
糸に絡め取られた鼻が、糸によって引き裂かれてバラバラになる。
それによって、セキゾーは悲鳴を上げる。
「神殺砲!」
そして、カナミは四度目の砲台を変化させる。
「ボーナスキャノン・アディション!!」
最大威力の砲弾を撃ち込む。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
バァァァァァァァァァァァァァァァァン!!
セキゾーは断末魔を上げて爆散する。
「仕留めたか」
ヨロイは腕を下ろして、戦闘態勢を解く。
「さすがカナミちゃんね!」
チトセはカナミの肩を叩いて称賛する。
「チトセさんと……ヨロズのおかげです」
カナミは神妙な面持ちで、ヨロズにも言う。
「そんなことはない。俺が手を下すまでもなくお前がやっただろう」
「そうかしらね。あなたがいなかったら結構危なかったと思うけど」
「………………」
カナミは黙り込む。
チトセが言っていることは本当かもしれないと思う心と認めたくない心がせめぎあっていたのだ。
「どうした、カナミ? 俺と戦いたいのか?」
「そんなわけないでしょ」
「俺は戦いたい」
「……私は戦いたくないんだけど」
カナミは正直に答える。
「そうだな、今はその時ではない」
ヨロズはカナミに背を向ける。
「奴を仕留めたのはお前で今の戦いはお前の勝ちだ」
「そういうことじゃないんだけど……まあいいわ」
ヨロズにそう言っても無駄だと言いながら思った。
「そうそう、私達みんなの勝利なのにね!」
「まあそうですけどね……」
グーグーグーグー
カナミの腹の虫が鳴り出す。
「あぁ……」
あの怪人を倒すために魔力を使いすぎたせいだ。
それに時間は早朝で、まだ朝飯前だった。
「それでは、朝食にしましょうか」
「はい!!」
チトセの提案に、カナミは即答する。
朝食は晩ごはんと同じように本堂でする。
本堂に来たかなみ達の前に、炊きたてのお米と湯気が立つ味噌汁、それにタクワンが添えられた御膳が用意されていた。
「ホホホ、朝食の用意ならとうにできておるぞ!」
割烹着を着た煌黄が上機嫌で言う。
「おいしそう!? 食べていいの??」
「もちろんじゃ、たーんとお食べ」
かなみ、千歳、ヨロズ、セイキャストは御膳の前に正座して合唱する。
「「「「いただきます」」」」
その後、かなみは三杯お米をおかわりした。
その後、かなみ達は麓の川で水浴びをした。
「はぁ~、気持ちいい~」
「汗が洗い流す感覚か……この身体になってから気持ちよく感じるようになった」
ヨロズは服を脱いで川の水に身体を浸けていた。
「って、あんたもするの!?」
「今や身体は人間だからな」
「人間……」
かなみはヨロズの身体を見てみる。
確かに怪人だった頃の毛深くて厳つい獣の身体とは似ても似つかない。シミひとつないスベスベの肌をした女の子のそれだ。
「俺の身体に何か?」
「いえ、別に……」
しかし、こうして一緒に水浴びしているというのも奇妙な感覚だった。さっき、一緒に戦ったのもそうだけど。
「あんた、私を倒したいのよね?」
「そうだ」
ヨロズは即答する。
「お前を倒すことこそが俺の目標だからな」
「絶対に応援したくない目標ね」
かなみは苦々しい顔をして言う。
「そういえば、俺と同じようなことを言っている奴に最近会った」
「同じようなこと……誰よそれ?」
「百地、若芽、といったか……」
「もい!?」
「何故か私を撃ってきたがな」
「ヨロズを撃った!?」
「まあ黙らせたが」
「黙らせた!?」
どうやってかは聞きたくなかった。
「テンホーは面白そうだからという理由で引き入れた」
「ああ、あの人ならそういうこと言うわよね」
かなみは納得した。
「それじゃ、若芽はあんたのところにいるのね……」
「ああ」
「だったら、心配ない……っていうのも、変ね」
心配ない。その言葉が自然と出てきてから、かなみは違和感を覚える。
「楽しそうな話をしておるのう」
「コウちゃん!?」
煌黄も川に入ってくる。
「ふむふむ、水浴びもたまにはよいものじゃな」
「仙人が水浴び……」
どうしてだかわからないけど、なんだかしっくりきてしまう。
「まだ人間だった頃はよくこうして水浴びをして、魚をとっていたものじゃ」
「魚? 自給自足してたのね……」
「まあ、あの頃はそれが当たり前じゃったからな」
煌黄は感慨深く言う。
「自分で食べる分は自分でとる」
「私にはとても無理ね」
「うんや、そんなことはないぞ」
「魚をとるくらい簡単にできるからな」
そう言ってヨロズは潜水して、魚を掴み上げてくる。
「それはあんたが元は怪人だからよ」
「かなみならこれくらい簡単にできる」
「いや無理よ」
ヨロズは自分のことを過大評価しすぎているきらいがあるのでやりづらいと思った。
「まあ、何にせよ今回の修行で何かつかめればよい。お主はお主の道を進めばよいのじゃ」
「コウちゃん……」
その時、煌黄の言葉が先生よりも重みがあって、仙人らしいと感じた。
「というわけで、そろそろ下山じゃな」
「……え?」
「下山じゃよ。本気で仙人になるつもりのない人間をいつまでもここにおいておくわけにはいかんじゃろ」
「そ、そうなの……?」
てっきり、しばらくこの山で修行させるものだとばかり思っていた。
「今回は仙人の修行体験、いわゆる『おりえてんていしょん』みたいなものじゃ」
「お、おりえてんていしょん……?」
「俺はもうしばらくここで修行するがな」
ヨロズは言う。
「お主はお主で本気のようじゃからな」
煌黄もそれを認めるかのように答える。
「……私に勝つために修行を」
複雑な気分だった。
気持ち的にはヨロズが修行して頑張っているのを応援しそうになるけど、それが自分に勝つためなのだから素直に応援できない。
かなみは川から上がって制服を着直す。
「かなみちゃんが帰るのは寂しいわね」
千歳とセイキャストがやってくる。
「できればこのまま一緒に修行していたいものですが」
セイキャストも千歳に同意しているようだった。
「私は仙人になるつもりはないですから」
「まあでも、かなみちゃんだったら自ずとなりそうだけどね」
「千歳さんまでそんなことを……」
煌黄にも同じようなことを言われたけど、そうそうなれるものじゃないと思うので、肯定できない。
「ほれ、かなみ! 早く行くぞ!」
「あ、待ってよ!」
煌黄が急かしてくる。
彼女が下山の近道を案内してくれる役目を買って出てくれた。ついでにそのままアパートの部屋まで一緒に帰ることにも。
「またねえ、かなみちゃん!」
千歳が笑顔で手を振って見送ってくれる。
「千歳さんも頑張ってください!」
「ええ! 早く仙人になるから、一緒にご飯食べましょう!!」
「楽しみに待ってます!!」
「待っててね!!」
かなみは煌黄と一緒に山を降りていって、千歳はかなみが見えなくなるまで見送った。
今が何時か、時計が無いからわからない。
でも、戸板から朝日が漏れている。
かなみは戸板を開ける。
まばゆい朝日が見える。そして、草木が生い茂る自然が外には広がっていた。
ふとこの自然の中を歩いてみたくなった。
(散歩は修行……)
昨日の修行で山の中を散歩したことを思い出す。
あのときに感じた生命の息吹をもう一度見てみたい。そういう衝動もあって、すぐに靴を履いて外へ出た。
「うーん!」
思いっきり伸びをする。
アニメやドラマでよく見かける場面だけど、これが本当に気持ちが良いと、かなみは思う。
ヒラヒラ
リュミィが木漏れ日の下を飛び回る。
光が羽に反射して、本当に妖精なのだと感慨深く思う。
その光にあてられたのか、草木から光の粒が舞い上がるのが見える。
「これを感じることが修行だって言ってたけど……」
一日の修行を終えた後でも、今ひとつ実感がわかない。
かなみは手を伸ばして光の粒を一つ掴もうとする。
「あ……!」
その先に人影を見つける。
誰かが自分と同じように早朝の散歩をしているのか。
挨拶しようかと思って近づいた。
「千歳さん……」
そこにいたのは、千歳だった。
だけど、千歳はかなみに気づいた様子はなく、そこに座って瞑想していた。
「………………」
かなみは声をかけるのをためらった。
千歳はそれほどまでに自然と一体化していた。
それは芸術品のように。神聖な気配すら感じる。
千歳が神様か仏になったのか錯覚する。
(多分、仙人になるってこういうことなのかもしれないわね……)
かなみはそう思った。
「あれは座禅というものだ」
「悠亀さん……?」
気づいたら悠亀が隣に立っていた。
しかし、今度は驚かなかった。
なんというか、そこにいてもおかしくない雰囲気だったからだ。単に急に出てくることに慣れたというのもあるけど。
「ああして、自然の一部となることが人の領分から一歩踏み越える行為なのだ」
「そうなんですか」
「千歳は毎朝これを行っている。彼女はそれも修行の一つだと理解しているのだろう」
悠亀は千歳を見つめて言う。
「修行……あれをしていれば千歳さんは仙人になるんですか?」
「さあ、そこまではわからん」
「仙人様でもわからないんですか?」
「短期間であの境地に至ったことは驚異的ではあるが、それでもまだ人の領分を一歩踏み越え始めた段階にすぎん、ということだ」
「仙人になるって厳しいんですね」
「人という枠を超えるのはそれほど容易ではない、ということだ」
かなみは千歳の方を見る。
「千歳、あんなに頑張ってるのに……」
「だが、神が定めた人の『枠』を超えた者こそが仙人となるのだ。その素質は誰にもある。だが大半の人間は枠を超えることが出来ず、その一生を終える」
「千歳さんの一生はもう終えちゃってますけどね、幽霊ですし」
かなみは苦笑して言う。
「ある種、人の枠を超えている状態なのかもしれぬな。それはそうと、昨晩の少女の件だが」
思わずかなみはブルッと震える。
昨晩の少女の件――リュミィが案内した幽霊の女の子だ。
「あ、ああ、あの子がどうかしましたか?」
「――成仏した」
「え、成仏?」
「それがあの子の望みだった」
「望み? 成仏することが?」
「あの子が幽霊となったのは五十年前」
「ご、五十年!?」
かなみは驚く。
昨晩のあの子は見た感じ十歳くらいの姿をしていたからてっきり年下かと思っていたのに、遥か年上だった。
人は見かけによらない、というけど、幽霊はもっとよらないのかもしれない。
「旅行先で事故にあってな。以来、両親を求めて彷徨い続けた。子供だったから自分の家に帰る道がわからなかったのだろうな。自分の家に辿り着いた時、両親はもうこの世にいなかった」
「……え?」
「両親はようやくその子に会えると早々に成仏してしまった。ゆえにあの子も成仏することを望んだのだが、五十年彷徨い続けたせいで成仏の仕方ががわからなかった。そこへ我の元へやってきた」
「あの子……向こうで親に会えたんでしょうか?」
「会えただろう。君のおかげでもある」
「え、私?」
かなみは、何もしていないのに、と疑問を浮かべた。
「君があの子を我の元へ誘った。それは、君の徳である」
「と、徳?」
「善行ともいう」
「そ、そんな! そんな大したことじゃありませんよ! 第一、案内したのはリュミィですし!」
かなみはリュミィを指す。
リュミィは嬉しげに一回転する。
「君の妖精が行ったことなら、君の行いでもある」
「そういうものなんですか……」
なんだか釈然としない。
「人の領域を超えるのはそうした積み重ねだ。万物に目を向け、耳を傾ける」
「あ、あの……私は仙人になるつもりはないんですけど……」
かなみは言いづらそうに、しかし、自分の意志をハッキリと言う。
「それもよかろう」
「……え?」
「君がそう選んだのであれば、それを尊重する」
「………………」
そこはかとなく自分に仙人にさせようとする雰囲気を感じたので、そう返答されるのは意外だった。
「だた君には大きなチカラがある」
「チカラ」
「そのチカラは仙人の我や煌黄にすら及びもつかない運命を引き寄せる」
「及びもつかない運命……」
その一言は、かなみを大きく不安にさせる。
「それって一体何なんですか?」
「わからない」
悠亀は空を仰いで答える。
「わからないこそ及びもつかない運命なのだ」
「………………」
「不安であろう、恐怖であろう。だが君はその運命と戦うだろう」
「わかりません。でも、きっとそうなるような気がします。今までそうしてきましたから、これからも……」
「良い答えだ」
悠亀は満足そうに言う。
ドスン!
その途端、地響きで辺りが揺れる。
「え、地震!?」
「いや、地震ではない」
「地震じゃなかったら何なんですか!?」
「あえていうなら、人震といったところか」
ドスン! ドスン!
地響きを鳴らして、そいつはやってくる。
「怪人!?」
石で出来た人型の象。そういう怪人が現れた。
「あやつはセキゾー」
「石像!?」
「セキゾーだ」
悠亀は驚くかなみに訂正する。
「ブオオオン!!」
セキゾーは嘶く。
そして、千歳を見据える。向けている視線は明らかに敵意だった。
しかし、千歳はまだ座禅を組み、瞑想していて気づいていない。
「千歳さんが危ない!?」
かなみはコインを出す。
「マジカルワーク!!」
あっという間に光りに包まれて、黄色の魔法少女が姿を現す。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
カナミはセキゾーの前に立ちはだかる。
「ブオオオン!!」
この嘶きは標的を千歳からカナミへ変えたものだった。
バァン!
カナミは魔法弾を撃ち込む。
しかし、石の見た目をしているだけあって硬いのか、魔法弾はあっさり弾かれた。
「ビクともしなかったね」
マニィが言う。
「みりゃわかるわよ」
「ブオオオン!!」
セキゾーは雄叫びを上げ、大地を踏み鳴らす。
ドスン!
そして、次の瞬間にはカナミへ突進する。
「はや!?」
石だから遅いものだと思いこんでいたけど、予想以上に速い。
しかも、体重が重いのか一歩ごとに周囲が揺れる。
「でも!」
カナミは横に飛んで避ける。
象の突進はあまりにも直線的で、方向転換がきかないものに見えたけど思ったとおりだった。
「象というより猪じゃない!」
カナミはセキゾーをそう評した。
ブン!
しかし、セキゾーは長い鼻から何かを飛ばした。
「あいた!?」
カナミはそれを額に当てられた。
石をぶつけられたようによろめく。
「なに、今の!?」
カナミは当てられた額に手をあてる。
「これ、水?」
「水を飛ばしてきたんだね。鼻水かもしれないよ」
「わ、きたなッ!?」
カナミは慌てて拭く。
ブン!
セキゾーは再び鼻から水を飛ばす。
「――!」
飛ばしてきた水は思っていたよりも速く避けきれない。
カナミは反射的にステッキを盾代わりに出す。
それでも衝撃は殺しきれず、よろめく。
「ブオオオン!!」
そして、突進がやってくる。
「こんのおおおおおッ!」
体勢が崩れたのでかわしきれないと判断して、魔法弾を撃ち込む。
バァン! バァン! バァン!
しかし、セキゾーはものともしなかった。
ゴツォン!!
セキゾーの突進をまともに受けて、カナミは吹っ飛ぶ。
「ブオオオン!!」
セキゾーは自分の勝利を確信し、雄叫びを上げる。
「勝ったと思うにはまだ早過ぎるわね」
千歳は立ち上がり、不敵に告げる。
「――!」
セキゾーは驚く。
そこにもう一人人間がいたことに初めて気づいたようだ。
「鋼の絆の紡ぎ手、魔法少女チトセ参戦!」
チトセは魔法少女の衣を纏って、名乗り口上を上げる。
「ブオ?」
「あ~何してるか意味わからないって声ね。人間の言葉わかるかしら? 私達は魔法少女よ」
「ブオオオン!!」
セキゾーはチトセの言葉を受けて嘶く。
「魔法少女は敵だと認識したみたいね。結構よ、私もあなたは敵だと思うから」
ドスン!
セキゾーは大地を踏みしめて、突進してくる。
「それ!」
チトセが一声上げると、セキゾーの突進が止まる。
「ブオ?」
セキゾーは目を見開き、驚きを顕にする。
「どうかしら、私の糸は?」
「ブオオオン!!」
セキゾーは嘶く。
身体中に巻き付いた糸を振り払おうと力を入れる。
「あら、結構力があるのね」
プチプチプチプチ!
糸が切れていく音がする。
「神殺砲!!」
そうこうしているうちに、カナミが立ち上がって砲台を構える。
「ボーナスキャノン!!」
そのまま砲弾を撃ち抜く。
バァァァァァァァン!!
砲弾はセキゾーに直撃する
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーはそれまでで一番の雄叫びを上げて砲弾を受けきる。
「神殺砲で倒しきれなかった……!?」
「随分丈夫なのね」
チトセは感心する。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは血走った目で、カナミとチトセを睨みつける。
その雄叫びは山を揺れ動かす文字通りの大山鳴動だった。
「――騒がしいな」
ヨロズがやってくる。
ドスン!!
そして、セキゾーに拳を一発撃ち込む。
「ブオ!?」
セキゾーの身体は浮き、後ろの大木へ叩きつけられる。
「ヨロズ、あんた……」
どうして、助けてくれたのか。あの怪人とは仲間じゃないのか。
その問おうとしたカナミにヨロズは、
「なるほど修行の成果を試すにはちょうどいいな」
と事も無げに答える。
「なに一人で納得してるのよ?」
「まあ、練習相手にちょうどいいというのは賛成ね」
チトセはヨロズに同意する。
「でも、あいつかなり強いわよ」
カナミは言う。
「少しくらい強くなければ練習相手にはならないわよ」
「そうだな」
「チトセさん、ヨロズ……なんでそんなに気が合うんですか?」
「気が合う?」
チトセとヨロズは目を合わせる。
「文字通り同じ釜の飯を食べた仲だからね」
「釜の飯……確かに食べたな。それならカナミとも『同じ釜の飯を食べた仲』ということになるな」
「え、あ、あぁ、そうだけど……」
ヨロズの物言いに、カナミは違和感を覚える。
「だったら、あいつを倒すのにカナミちゃんと協力しない?」
チトセが提案する。
「……協力? それがここの修行のやり方か?」
「ええ、そうよ」
「なら、そうしよう」
ヨロズはあっさり受け入れる。
「私とヨロズが協力ですか?」
「私も協力するから!」
「チトセさん、楽しんでませんか?」
カナミは呆れる。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは嘶き、突進してくる。
「俺が奴を止める」
ヨロズが前へ出る。
ドゴォォォォォン!!
ヨロズとセキゾーがまともにぶつかり合う。
そのぶつかり合いは衝撃波になって周囲に広がり、辺りを揺るがす。
「がっぷり四つのぶつかり合い!」
チトセは食い気味に言う。
「ヨロズとまともにぶつかり合うなんて!」
ヨロズのパワーをよく知っているカナミはセキゾーのパワーに驚く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
二人のパワーによって山全体が震撼する。
「神殺砲!!」
カナミは砲台へと変化させる。
「――!」
背中越しにそれに気づいたヨロズはセキゾーを持ち上げる。
「ブオ!?」
「せぃぃぃやぁぁぁぁぁッ!!」
ヨロズは裂帛の気合とともに投げ飛ばす。
「ボーナスキャノン!!」
それと同時にカナミは砲弾を撃ち出す。
バァァァァァァァン!!
投げ飛ばされて身体が浮き上がったところに直撃したので、受け止めきれなかった。
ドゴォン!!
セキゾーは倒れ込んで、凹みが出来上がった。
「抜群の連携ね!」
チトセが言う。
「うむ、さすがカナミだ」
「あんたがタイミングいいのよ」
称賛するヨロズにカナミはそっけなく言う。
その様子を悠亀は頂上から観覧していた。
「彼女達の戦いぶりはどうでしょうか?」
セイキャストが歩み寄って問いかける。
「……人間の領域をとっくに超えているな」
「彼女達は魔法少女ですから、いえ、一人は怪人ですね」
怪人はもちろんヨロズのことだ。
「魔法少女……あの二人もそうだったな」
「あの二人?」
「あるみと来葉といったな」
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「あの二人もまた仙人の儂にすら及びもつかないほどの運命を背負っていた」
「あの二人はそうですね。私の目で視ることはできませんでした。いえ、人の運命を私が視るなんてことがおこがましかったのですけどね」
セイキャストは自嘲気味にそう話す。
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「悠亀様のおかげです」
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悠亀を満足気に言う。
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ドスン! ドスン!
再び山が揺れ動く。
「あれでもまだ仕留められないみたいね」
セキゾーは立ち上がる。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
そして雄叫びを上げ、足で大地を踏み鳴らす。
その石のような身体は二発の神殺砲を受けて至る箇所に亀裂が入っている。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
それでも闘争心は衰えるどころか、激しさを増している。
「まだ戦うつもりだ。無論、俺も戦うつもりだ」
ヨロズは言う。
「そうね、こうなったらとことんやってやるわよ!!」
カナミはやる気だ。
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「その意気だ。カナミ、お前なら百発でも撃ち込める」
ヨロズは楽しげに言う。
「いえ、百発はさすがにちょっと……」
「そうね、カナミちゃんなら千発よね」
チトセが言う。
「……え?」
カナミは呆然とする。
「む、そうだったな。私はカナミを見くびっていたようだ」
「あ、あの、ちょっと、ヨロズ? ちょっと、私のこと大袈裟に言いすぎじゃない?」
「大袈裟なものか。第一、俺が倒すべき目標に掲げた魔法少女カナミにその程度のことができないのでは俺が困る」
「困るって……そんなこと言われて、困るのは私の方なんだけど……」
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
二人の会話を遮るように、セキゾーは雄叫びを上げる。
ブン!
セキゾーは水の砲弾を鼻から撃ち出してくる。
「む!」
ヨロズが前に出て腕を巨大化させて盾にする。
バァァァァァン!!
「なるほど、大した威力だ」
ヨロズは受け止めた腕の負傷具合を見て言う。
「カナミちゃんの神殺砲を真似したのかしらね」
「えぇ……」
チトセの推測に、カナミも心当たりがあったので肩身が狭くなる。
「なるほど、模倣したというわけか。いい判断だ」
ヨロズが言う。
「感心してる場合じゃないでしょ!」
ブン!
カナミが言った途端、セキゾーはもう一発撃ち込んでくる。
「カナミちゃん、お願い!
「はい! ボーナスキャノン!!」
チトセの呼びかけを受けて、カナミが砲弾で迎撃する。
バァァァァァン!!
水の砲弾と魔法の砲弾がぶつかり合う。
「ブオ?」
その間に、セキゾーの鼻をチトセの糸が絡め取られ、上へ向く。
「これでもう撃てないでしょ」
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
それでもセキゾーは鼻から無理矢理砲弾を撃ち出そうとする。
「セブンスコール!」
カナミは空へと魔法弾を撃ち出す。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
セキゾーは鼻が上を向いたまま水の砲弾を撃ち出す。
パァァン!!
魔法弾が空中で炸裂し、雨のように降り注ぐ。
下へ降り注ぐ魔法弾と上へ撃ち出された水の砲弾が激突する。
「ブオオオン!!」
魔法弾の雨が勝り、セキゾーの身体を撃ち抜いていく。
「さすが、カナミだ!」
ヨロズは感心しつつ、セキゾーの懐へ踏み込む。
ザクザク!!
ヨロズの手から生えた爪でセキゾーの身体へ突き立てる。
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爪はセキゾーの石で出来た身体があっさりと豆腐のように裂けていく。
「やるわね、あの娘。それじゃ私も!」
チトセも張り切って糸を操作する。
「ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥゥッ!?」
糸に絡め取られた鼻が、糸によって引き裂かれてバラバラになる。
それによって、セキゾーは悲鳴を上げる。
「神殺砲!」
そして、カナミは四度目の砲台を変化させる。
「ボーナスキャノン・アディション!!」
最大威力の砲弾を撃ち込む。
「ブオオオオオオオオオオオオオオンン!!」
バァァァァァァァァァァァァァァァァン!!
セキゾーは断末魔を上げて爆散する。
「仕留めたか」
ヨロイは腕を下ろして、戦闘態勢を解く。
「さすがカナミちゃんね!」
チトセはカナミの肩を叩いて称賛する。
「チトセさんと……ヨロズのおかげです」
カナミは神妙な面持ちで、ヨロズにも言う。
「そんなことはない。俺が手を下すまでもなくお前がやっただろう」
「そうかしらね。あなたがいなかったら結構危なかったと思うけど」
「………………」
カナミは黙り込む。
チトセが言っていることは本当かもしれないと思う心と認めたくない心がせめぎあっていたのだ。
「どうした、カナミ? 俺と戦いたいのか?」
「そんなわけないでしょ」
「俺は戦いたい」
「……私は戦いたくないんだけど」
カナミは正直に答える。
「そうだな、今はその時ではない」
ヨロズはカナミに背を向ける。
「奴を仕留めたのはお前で今の戦いはお前の勝ちだ」
「そういうことじゃないんだけど……まあいいわ」
ヨロズにそう言っても無駄だと言いながら思った。
「そうそう、私達みんなの勝利なのにね!」
「まあそうですけどね……」
グーグーグーグー
カナミの腹の虫が鳴り出す。
「あぁ……」
あの怪人を倒すために魔力を使いすぎたせいだ。
それに時間は早朝で、まだ朝飯前だった。
「それでは、朝食にしましょうか」
「はい!!」
チトセの提案に、カナミは即答する。
朝食は晩ごはんと同じように本堂でする。
本堂に来たかなみ達の前に、炊きたてのお米と湯気が立つ味噌汁、それにタクワンが添えられた御膳が用意されていた。
「ホホホ、朝食の用意ならとうにできておるぞ!」
割烹着を着た煌黄が上機嫌で言う。
「おいしそう!? 食べていいの??」
「もちろんじゃ、たーんとお食べ」
かなみ、千歳、ヨロズ、セイキャストは御膳の前に正座して合唱する。
「「「「いただきます」」」」
その後、かなみは三杯お米をおかわりした。
その後、かなみ達は麓の川で水浴びをした。
「はぁ~、気持ちいい~」
「汗が洗い流す感覚か……この身体になってから気持ちよく感じるようになった」
ヨロズは服を脱いで川の水に身体を浸けていた。
「って、あんたもするの!?」
「今や身体は人間だからな」
「人間……」
かなみはヨロズの身体を見てみる。
確かに怪人だった頃の毛深くて厳つい獣の身体とは似ても似つかない。シミひとつないスベスベの肌をした女の子のそれだ。
「俺の身体に何か?」
「いえ、別に……」
しかし、こうして一緒に水浴びしているというのも奇妙な感覚だった。さっき、一緒に戦ったのもそうだけど。
「あんた、私を倒したいのよね?」
「そうだ」
ヨロズは即答する。
「お前を倒すことこそが俺の目標だからな」
「絶対に応援したくない目標ね」
かなみは苦々しい顔をして言う。
「そういえば、俺と同じようなことを言っている奴に最近会った」
「同じようなこと……誰よそれ?」
「百地、若芽、といったか……」
「もい!?」
「何故か私を撃ってきたがな」
「ヨロズを撃った!?」
「まあ黙らせたが」
「黙らせた!?」
どうやってかは聞きたくなかった。
「テンホーは面白そうだからという理由で引き入れた」
「ああ、あの人ならそういうこと言うわよね」
かなみは納得した。
「それじゃ、若芽はあんたのところにいるのね……」
「ああ」
「だったら、心配ない……っていうのも、変ね」
心配ない。その言葉が自然と出てきてから、かなみは違和感を覚える。
「楽しそうな話をしておるのう」
「コウちゃん!?」
煌黄も川に入ってくる。
「ふむふむ、水浴びもたまにはよいものじゃな」
「仙人が水浴び……」
どうしてだかわからないけど、なんだかしっくりきてしまう。
「まだ人間だった頃はよくこうして水浴びをして、魚をとっていたものじゃ」
「魚? 自給自足してたのね……」
「まあ、あの頃はそれが当たり前じゃったからな」
煌黄は感慨深く言う。
「自分で食べる分は自分でとる」
「私にはとても無理ね」
「うんや、そんなことはないぞ」
「魚をとるくらい簡単にできるからな」
そう言ってヨロズは潜水して、魚を掴み上げてくる。
「それはあんたが元は怪人だからよ」
「かなみならこれくらい簡単にできる」
「いや無理よ」
ヨロズは自分のことを過大評価しすぎているきらいがあるのでやりづらいと思った。
「まあ、何にせよ今回の修行で何かつかめればよい。お主はお主の道を進めばよいのじゃ」
「コウちゃん……」
その時、煌黄の言葉が先生よりも重みがあって、仙人らしいと感じた。
「というわけで、そろそろ下山じゃな」
「……え?」
「下山じゃよ。本気で仙人になるつもりのない人間をいつまでもここにおいておくわけにはいかんじゃろ」
「そ、そうなの……?」
てっきり、しばらくこの山で修行させるものだとばかり思っていた。
「今回は仙人の修行体験、いわゆる『おりえてんていしょん』みたいなものじゃ」
「お、おりえてんていしょん……?」
「俺はもうしばらくここで修行するがな」
ヨロズは言う。
「お主はお主で本気のようじゃからな」
煌黄もそれを認めるかのように答える。
「……私に勝つために修行を」
複雑な気分だった。
気持ち的にはヨロズが修行して頑張っているのを応援しそうになるけど、それが自分に勝つためなのだから素直に応援できない。
かなみは川から上がって制服を着直す。
「かなみちゃんが帰るのは寂しいわね」
千歳とセイキャストがやってくる。
「できればこのまま一緒に修行していたいものですが」
セイキャストも千歳に同意しているようだった。
「私は仙人になるつもりはないですから」
「まあでも、かなみちゃんだったら自ずとなりそうだけどね」
「千歳さんまでそんなことを……」
煌黄にも同じようなことを言われたけど、そうそうなれるものじゃないと思うので、肯定できない。
「ほれ、かなみ! 早く行くぞ!」
「あ、待ってよ!」
煌黄が急かしてくる。
彼女が下山の近道を案内してくれる役目を買って出てくれた。ついでにそのままアパートの部屋まで一緒に帰ることにも。
「またねえ、かなみちゃん!」
千歳が笑顔で手を振って見送ってくれる。
「千歳さんも頑張ってください!」
「ええ! 早く仙人になるから、一緒にご飯食べましょう!!」
「楽しみに待ってます!!」
「待っててね!!」
かなみは煌黄と一緒に山を降りていって、千歳はかなみが見えなくなるまで見送った。
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