263 / 338
第103話 仙道! 糸紡ぎの少女が仙人へと至る道 (Aパート)
しおりを挟む
かなみはマニィとリュミィを両肩に乗せて山道を歩いていた。
「また登山……」
「もうハイキングくらいなものだね」
このところ、山道ばかり歩いているせいで、それほど苦にならなくなってきている。
「スポーツやれば全国とれるかもな」
学校で貴子がそんなことを言っていた。
たしかにこう何度も山道を歩き回っていると、下手な運動部より体力がついてきてるかもしれない。
「体力がついてきたのはいいことなのに……」
「なのに?」
「なんだか嬉しくない」
「それは君の性根が素直じゃないからじゃないか?」
マニィが言うと、かなみはしかめ面になる。
「私の性根がひん曲がってると?」
「そこまでは言ってないよ。いっそのことそのあたりを仙人様に相談してみたらどうかな?」
「私はあんたの性根がどうなってるのか、社長に相談したい気分よ」
そんな会話を続けること、かれこれ三十分。
ただでさえ山奥なところに人が足を踏み入れそうにない獣道になってきた。
「おーい、こっちじゃ!」
煌黄が手を振っている。
「コウちゃん、待ってるんじゃなかったの?」
「ホホホ! なあに、かなみが来るとわかったらいてもたってもおられなくてな」
煌黄は子供のようにはしゃいでいる。
見た目は十歳くらいなのだけど、実際は齢幾千の仙人かと思うとおかしくて笑えてくる。
「なんじゃ? 何か面白いことでもあったか?」
「ううん。でも、コウちゃんと一緒にいると本当にハイキングに来たみたいで楽しくなってきた」
「おお、そうか! 自然の中を歩くのはいいことじゃ。仙人に文字通り一歩近づくぞ!」
「え、それはちょっと……」
自然を歩く。
それはいいことで、仙人からも太鼓判を押されているにも関わらず、どうしてだろう。
そう言われると素直に喜べない。マニィの言う通り、性根が素直じゃないからなのかな。
「それで修行はどうなってるの?」
かなみは本題を切り出す。
「うむ、順調じゃ。儂の見込んだ通りじゃったわ、ホホホ!」
煌黄は自慢げに笑う。
「……まさか、千歳さんが仙人の修行を始めるなんて……」
かなみは感慨深く言う。
以前パーティで、千歳と煌黄が親しそうに会話していた。
『修行して仙人になれば、新しい身体が手に入る』
千歳にとってそんな魅力的な提案をした。
千歳は身体を失って幽霊となって、何十年もさまよってきた。特注の魔法人形を手に入れて生前の身体に近くなった。しかし、あくまで近いだけで、本当の身体じゃない。
具体的に言うと、「一緒にご飯を食べたい」とか。
それに本当の身体だったらいいな。と、千歳は何度も不満を口にしているのを聞いたことがある。
「必ず仙人になるわ! どんな修行だって耐えてみせるわ!」
千歳はそう意気込んでいた。
そんなわけで、千歳の仙人になる修行が始まった。
いつ成仏してしまうか、いつ消えてなくなるかわからない幽霊という存在から永遠の生命を持つ仙人に昇華する。それはとてもめでたいことだと、かなみは思う。
問題は修行が人里離れた山奥、仙人・悠亀の元で行われるということだ。
今日、あるみから様子を見に行ってほしいと言われた。
「千歳さんがどんな修行をしているのか」
そこに興味はあるものの、バスに揺られて数時間、そこから山登りなので、正直ちょっと後悔しはじめてきた。
「どうじゃ、かなみ? これを機にお主も修行してみぬか?」
なんてことを煌黄が提案してくる。
「私が修行?」
「そうじゃ、お主も仙人になるんじゃ、ホホホ!」
「何言ってるの……私が仙人になれるわけが……」
「そうとも言えんぞ。素質があるから言ってるのじゃぞ」
「素質って……」
自分のどこにそんな素質があるのかよくわからない。
もしかしたら、煌黄の見込み違いということもあり得るとさえ思う。
「まあ良い。千歳の修行を見れば気が変わるやもしれぬ!」
「変わるつもりはないんだけどね、アハハ」
かなみは苦笑する。
そうこうしているうちに、悠亀の寺へ続く石段に辿り着く。
なんだかんだいって、煌黄と話すのは楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまったということだ。そう過ぎてしまったのだ。
「……ねえ、コウちゃん?」
「ん、どうした?」
かなみは見上げる。
悠亀の寺へ続く石段を。そう、長い長い石段を。
「この石段を上がるのも修行なの?」
「ホホホ、そんなまさか!」
「ハハハ、そ、そうよね!」
「うぉーみんぐあっぷ、というところじゃな!」
「うぉ、ウォーミングアップ……?」
ようするに、修行の前の準備運動といったところか。
「せ、仙人って足腰が強いのね……」
かなみはそんな的はずれなコメントをこぼした。
「まあ、それほどでもないぞ」
そう言って煌黄はヒョイと身体が浮かび始める。
「え、えぇ!?」
「じゃから、それほどでもないと言っておるではないか」
煌黄は飛び上がっていく。
「ずるい、仙人ずるい! 仙術ずるいぃぃぃぃッ!」
かなみの不満が山彦でこだまする。
「私も仙人になりたい!!」
長い長い石段を前にして、かなみの気は早くも変わってしまった。
「ハァハァ……」
長い長い石段を登りきって、かなみは息を切らせて、足がガクガク震えていた。
「どうじゃ、かなみ? 仙人の足腰に近づいたか?」
煌黄は楽しげに訊く。
「ま、まあね……ハァハァ……人を見下ろす仙人みたいな気分になれたわ」
かなみはそう言って、振り返って景色を見下ろす。
石段を上がって見える、雄大な自然の景色。心地良い風とともにここまで上がってきた疲れが吹き飛ぶようだ。
「自然を見て自然を想う。それも仙人のあり方じゃな」
「だとしたら登山家は仙人ね、フフ」
「ホホホ、そうじゃな!」
煌黄とかなみは笑い合う。
「悠亀、戻ったぞ!」
煌黄とかなみは寺の本堂に入る。
「かなみもつれてきたぞ!」
しかし、返事が来ない。
かなみは本堂を見渡してみる。そこには誰もいない。
人の気配がなく、無人だった。
なのに、本堂全体には厳かで重たい空気が流れている。
「相変わらず、無口な仙人じゃ」
そして、煌黄は誰かいるかのように何処かへ話しかけている。
「コウちゃん、誰もいないのに誰に話しかけてるの?」
かなみは青ざめる。
もしかして、この場に幽霊がいて仙人の煌黄にはそれが見えているとかだったらどうしようと思ったからだ。
「ほれ、かなみの隣に」
「えぇ!?」
「悠亀がおるぞ」
「ぎゃッ!? って、え、仙人様!?」
そう言われて隣を見てみる。
――いた。
二頭身で足まで伸びた白いひげを生やした、いかにも仙人のマスコットといった風体の仙人が立っていた。
「悠亀さん、そこにいたんですか……?」
「うむ、そなたを驚かそうと思ってな」
「ホホホ、企みは成功じゃったな、悠亀よ!」
いたずら心のある仙人だった。
「まったく! 人を驚かそうとしないでください。心臓に悪いですから……」
「む、それはいかんな。心臓が悪くなって、止まったりなどしたら……」
煌黄はわりと真面目にそんなことを言ってくる。
「あ、それは大袈裟だけど……」
「珍しい来客なのだから、たまにはそういうこともしてみたくなる」
悠亀はそう言いつつ、水を入れたコップを差し出す。
「ここまでくるのに苦労しただろう。遠慮なく」
「ありがとうございます!」
かなみは水を受け取る。
ここまでの山道、石段でかなり疲れてのどが渇いていたのでありがたい。
「ぷは! おいしいです!!」
それをあっという間に飲み干す。
水はとても美味しく、これまでの疲れが吹き飛んでしまうほどの爽快感だった。
「近くの小川から汲み取った清水だ。疲労を癒やすために我の術も込めておる」
「すごいですね! 確かに疲れが吹き飛びました!」
「これで、かなみも仙人の修行ができるというものじゃ」
「ええ、私も修行するの!? この一杯って修行させるための!?」
「それもよかろう」
「悠亀さんまで……」
悠亀は抑揚の無い口調で言うので、冗談と受け取っていいのかわからない。ちなみに煌黄は本気度が高い気がする。
「私は仙人になるつもりは……」
「かなみちゃん来てるの!?」
千歳が本堂にやってくる。
「千歳さん!?」
「一緒に修行受けに来たのね、一緒に頑張りましょう!」
「違います!」
かなみは即座に否定する。
「なんだ……それじゃ何しに来たの?」
千歳は一気に興ざめして、いつもの落ち着いたトーンで訊く。
「社長から途中経過を聞いてきて、と言われまして」
「途中経過ね。順調よ、千里の道も一歩、くらい順調よ」
「それって、順調なんですか……」
「まあ、仙人になる道は千里くらいあるということじゃ、仙人なだけにな!」
煌黄が得意顔で言う。
「上手いこと言ってるみたいだけど、ちょっとムリあるかなって思うよ、コウちゃん」
「ふむ、そうか。この次はシャレたこと言えるように修行せねばな」
「仙人の修行ってそういうことなんですか?」
かなみは千歳に訊く。
「あはは、シャレは仙人の修行に組み込まれてないけどね」
「シャレを言う度量も仙人は必要といったところか」
悠亀は言う。
「悠亀さん、今考えたわよね?」
「悠亀さんってそんな適当なの?」
「わりと即興で言っている感じがする。今日は特にそう。コウちゃんがいるからかしらね?」
「臨機応変というものだよ」
悠亀は言う。
こころなしか、煌黄みたいになんだか得意げに感じる。
「なるほど、深いような深くないような……」
「千歳さん、それで納得するんですか」
「悠亀さんのことは信頼してるからね。修行もつけてもらって魔力が上がった気がするのよ」
「本当ですか! それはすごいですね!」
「かなみちゃんも一緒に修行しましょう! そうしたら今よりもっと強くなれるわよ!」
「いえ、修行は遠慮します」
千歳の提案を、かなみは頑なに拒否する。
「かなみちゃん、頑固ね……」
「千歳さんの修行は順調みたいだから、社長には報告します。それじゃ、私は帰りますね」
「え、ちょっと、もう帰ってしまうの!?」」
かなみは本堂から出ようとする。
「あ、このまま帰ったら承知しないって社長が言ってたよ」
マニィの不意な一言で、かなみの足が止まる。
「……え?」
「せっかく来たんだから、ちょっとくらい仙人の修行をやってみれば、とも」
「社長!!」
かなみはマニィ越しに文句を言う。
もっとも、あるみに伝わっているかは怪しいところだけど。
「社長命令は絶対だからこれで一緒に修行できるわね!」
千歳は嬉しそうに言う。
「……仕方ありませんね。こうなったら、修行して社長を見返してやりますよ!」
「その切り替えの早さがかなみちゃんのいいところよ」
「借金返済もそのくらい早ければいいのにね」
「余計なこと言わないで!」
かなみはマニィへ言う。
「今日はいつにも増して賑やかかと思えば来てたのですね」
ローブを羽織った大人の女性がやってくる。
「セイキャストさん、お久しぶりです!」
「お久しぶりです。来葉さんにここを案内していただいて以来ですね」
「そうですね」
セイキャストは落ち着いた物腰でやりとりをするので、かなみも落ち着いてくる。
セイキャストは占い師で人間ではなく怪人だった。
以前来葉と一緒に戦い、そして来葉に敗れた。
しかし、来葉はトドメを差すことなく、この場所に案内した。
『ネガサイドに所属していない今の状態なら、ここで修行して無害な妖精に転生することができるかもしれないわ』
来葉の提案をセイキャストは受け入れて、仙人の悠亀の元で修行することになった。
それからセイキャストに会うのは初めてだった。
「修行の方はどうですか?」
「順調です。最近は妹弟子もできたので楽しんでますよ」
妹弟子とは千歳のことだ。
「あはは、怪人が姉弟子というのも奇妙なものだけどね。あ、でも、これからはかなみちゃんが妹弟子になるのね」
「一緒に修行するから、そうなるんですね……」
千歳が姉……というのも、奇妙なものだけど。というのが、かなみの想いだった。
「ふむ、それでは修行を始めようか」
悠亀のその一言で、場の雰囲気が一気に引き締まる。
あれだけ騒がしかった煌黄も、かなみが来たことではしゃいでいた千歳も、大人しく佇んでいる。
ゴクリ
思わず息を呑む。
仙人の修行。人という枠を超える存在になるには一体どんなことをすればなれるのか。それは想像もつかないほど辛く厳しいものに違いないはずだからだ。
「かなみも来たところでまずは――散歩だな」
悠亀から発せられた一言に、かなみは拍子抜けする。
「さ、散歩?」
「山道をゆったりとな」
悠亀はそう言うと、亀のようにじっとして、「もうこれ以上何も言うことはない」と言わんばかりの雰囲気を放ちはじめた。
「さ、かなみちゃん、行きましょう!」
「散歩にですか?」
「そうよ」
「私達はさっき行ってきたばかりですけどね」
セイキャストは言う。
「でも、ただの散歩ですよ? それが修行になるんですか?」
「やってみればわかるわ」
千歳にそう言われたので、かなみは一緒に外へ出た。
「特に道は決まっていないわ。まあ山の中だから道なんてないのだから当たり前ね」
千歳が言うように、山の中なので道路のようにまったいらではなく段差があり、草木が生い茂ったりでとにかく歩きづらくて疲れる。
そんな中、千歳とセイキャストは平地のようにスイスイと歩いている。
「毎日しているから鍛えられてるんですね?」
「それもあるけど、こうして自然と一体になると簡単に歩けるのよ」
「自然と一体?」
「こうして歩いていると懐かしくなってくるのよね。生きていた頃のことをね」
「いきていたころ?」
「よくこうして山道を歩いたわね」
そういえば、千歳の故郷だった村に行ったことがあるけど山奥だった。
かなみもその野山を歩いたことがあるけど、あそこを庭代わりに出歩く千歳の姿が容易に想像がつく。
「千歳さんはよくこうして山を歩き回ってたんですか?」
「ええ、そうね。あはは、懐かしいわね」
千歳は楽しげに言う。
それはどれだけ前の出来事なのか。人が仙人に至るには十分に長い年月に思える。
千歳にはなるべくして仙人になる人なのかもしれない。かなみにはそう思えてならなかった。
「私、こうして山を散歩してて仙人になれるんでしょうか?」
「それはわからないけど、かなみちゃんにだって十分可能性はあるわよ」
「そ、そうですか……」
とてもそうは思えない。
「かなみちゃんは感じないかしら? 自然から湧き出る生命の息吹を」
「生命の息吹……?」
千歳にそう言われて、かなみは辺りを見回してみる。
「………………」
それもじっくりじぃーと。
「何も感じません……」
「かなみは鈍いからね。怪人の気配にもあまり気づかないし」
マニィの物言いに、かなみはムッとする。
「どーせ、私は鈍感ですよー!
「いじけない、いじけない。そのうち、感じられるようになるから」
「本当ですか!」
「そうよ、私だって感じ取れるようになるには時間がかかったもの」
「千歳さんでも、ですか?」
「そう、私でも、よ」
千歳で時間がかかったのなら、自分はもっと時間がかかっても仕方がない。そう思うかなみだった。
「ものの数分でしたけどね」
「セイさん!!」
「………………」
台無しだった。
「と、とにかく、そのあたりを意識して歩けば感じられるようになるわよ。このあたりは仙人様が管理してるから魔力に満ち溢れているから感じやすいらしいのよ」
「そ、そうですか……」
「それが仙人への第一歩よ。頑張っていきましょう!」
千歳が励ましてくれる。
千歳とセイキャストについていって、山を散歩することおよそ一時間。
千歳の言う自然から魔力を感じ取るということが、未だピンとこない。
「私、仙人の素質がないのかな」
「そうでもないぞ」
「コウちゃん!?」
いきなり隣に煌黄が現れる。
こんな山奥に来ても、いきなり現れて、人を驚かすクセがやめられないのは困った仙人だ。
「儂とて、自然の中から生命の息吹を感じられるようになったのは修行を始めて三年ほどじゃ」
「三年!?」
「かなみであればもっと短くできるじゃろう」
「三年よりもっと短く……」
それでも十分長過ぎる時間だった。
「それって、二年くらい? それとも一年くらい?」
「三時間くらいかのう?」
「短くできるにも程がある!?」
「それくらい素質があるということじゃろ、ホホホ!」
ちょっと過大評価すぎるような気がする。
そもそも、人の超えた存在「仙人」というものがよくわかっていない。
ただ、漠然とすごい人というだけで、そんな存在になれる素質があるなんて言われても容易に信じられない。
(そんなこといったら魔法少女もね)
かなみはそのことを思い出す。
そもそも魔法少女だってなろうと思ってなれるようなものじゃない。
なれるとも思っていなかった。
借金をして、幾多の怪人と戦ってきて、すっかり魔法少女に変身することが当たり前になってきた。
でも、以前はそんなこと考えもしなかった。
そういった意味では、魔法少女になることも仙人になることも同じことなのかもしれない。
「同じようなものじゃよ」
「……え?」
煌黄は自分の心中を言い当てるように言う。
「思うに魔法少女に変身することは仙人になることに近い」
「そ、そうなの……?」
「かなみよ、考えてみい? あるみが良い例じゃ、あやつが戦う様を見てあれが人だと思えるか?」
「社長が戦うところ……」
かなみは思い出してみる。
あるみが戦っただけで、ビルが吹き飛んで、街一帯が真っ平らになったことがある。
「あ、あれは……確かに人とは思えないわね……」
「ホホホホホホホ!」
かなみの素直な物言いに、煌黄は腹を抱えて笑う。
「素直でよろしい! しかし、魔法少女も仙人も人の領分を超えた存在という点で共通していることはわかったじゃろ?」
「社長は極端ですよ」
「それはそうじゃがな。儂はかなみにも同じだけの力を持ち得ると見込んでおるのじゃ」
「私と社長が、同じだけの力……?」
そんなこと考えたことがなかった。いや、考えるまでもなかった。
「そんなことありえないわよ」
かなみにとって、あるみは一生かかっても到底たどり着けない領域の魔法少女という認識だった。あと十五年どころか百年経ってもあるみみたいに強くなれる気がまったくしない。
「それだけお主には可能性があるということじゃ」
「でも、私全然感じられないんだけど……」
「まあ、あくまで可能性の話じゃからな」
それは限りなくゼロに近い可能性だと、かなみは思った。
「焦ることはない。石の上にも三年というからのう」
「三年はかかるってことね」
「儂は石の上で十年修行したがのう」
煌黄はしみじみと言う。
「……え?」
「ホホホ、冗談じゃ!」
「冗談に聞こえないから……」
そんなわけで、時折千歳や煌黄と歩くことさらに一時間。
「いつまで散歩するの?」
「特に時間は決めてないわ。一日中こうして散歩することもあるけど」
かなみが訊くと、千歳はそう答えた。
(いつまで続くのか……)
そんなことを考えながら歩いていると、あることに気づく。
ここまでやってくるまでに大分山道を歩いてきた。
そして二時間以上に及ぶ散歩。とっくに疲労困憊で歩けなくなってもおかしくないのに……――疲れていない。
それどころか足は動き続ける。
まるで自分の足じゃなくなったみたいに。
(歩き続ける……歩き続ける……)
自分の足が自分の意志をもってそう願っているかのように感じた。
どうしてだけどわからない。
でも、そうなることがごく自然のことのようだ。
「あ……」
草木から光の粒が舞い上がっているように見えた。
「あれが生命の息吹……?」
かなみはその中から一つ、雪の結晶を掴むように手にとってみる。
とったモノを確認する。
「「おめでとう!」」
不意に煌黄と千歳の声がする。
「わあ!?」
それに驚いて、手のひらをパクリと食いついてしまった。
手の平に「人」という文字を書いて食べる。そういった要領で。
「食べちゃった!?」
「おお、まさか食べてしまうとは!?」
煌黄も驚く。
「かなみちゃん、よっぽどお腹が空いてたのね」
千歳が見当違いの発言をする。
「空いてませんから! 二人揃って驚かすからですよ!!」
「いやあ、かなみが生命の息吹を感じ取れるようになったのがめでたくてな」
「思ったより時間がかかったけど、ちゃんと出来て私は嬉しいわ」
煌黄と千歳が何を言っているのか、かなみはよくわからなかった。
「え、えぇ? つまり、どういうことですか? 私が今食べちゃったのが生命の息吹ってやつなんですか?」
「そうね」
千歳はあっさり言う。
「……今食べちゃいましたよ?」
「食べちゃったわね」
「食べちゃって大丈夫でした?」
かなみはお腹をさする。
「食べたらおかしくなりませんか? お腹、とか、大丈夫ですか!?」
かなみはお腹をさすりながら訊く。
「ふむ、そうじゃな。生命の息吹を体内に取り入れると、身体の内側から」
「内側から?」
「力が満ち溢れてくるんじゃ」
「……え?」
「ようするに滋養と強壮の効果じゃな。かなみがたまに飲んでいるあの『えなじぃどりんく』とやらの効能じゃ」
「あ、あれと同じ……?」
かなみは首を傾げる。
「っていうか、生命の息吹ってそういうものなの!?」
「まあ、個人差はあるみたいだけどね。用法と用量を守って正しく服用すれば大丈夫よ」
「そんな処方箋じゃあるまいし」
でも、千歳のその言い方で少し安心した。
ようは「そのくらいなら食べても大丈夫」ということらしい。
「しかし、いきなり食べてしまうとは……さすがは、かなみじゃな!」
煌黄は何やら感心する。
「食べたくて食べたわけじゃないんだけど……」
「おかげで一気に修行が進んだわい」
「え、進んだ?」
それはちょっと喜ばしい。
「千里の道で三歩くらいじゃ!」
「あ、そ、そう……」
微妙だった。
かなみが生命の息吹を食したことで、散歩は切り上げて寺に戻ってきた。
「ただいま」
悠亀のいる本堂へ上がり込む。
「お客様ですね」
セイキャストが言う。
「今日は千客万来」
悠亀も同様に言う。
「私以外にお客様なんて……」
かなみが本堂に入って、その姿を確認すると絶句する。
「なんで、あんたがここに?」
「帰ってきたか。待ち遠しかった」
そいつは立ち上がって、かなみの方へ寄ってくる。
「お前までここにいるとは思わなかったが、魔法少女カナミ。これも運命の巡り合わせというのか?」
「どこでそんな言い方覚えたのよ、ヨロズ?」
来客はヨロズだった。
「修行をつけにきた」
「あんたが、仙人の修行を?」
「うむ、より強くなるためにな」
「より強くなったら困るんだけどな」
「無論、お前に勝つためだ」
「だから困るのよ!」
かなみは思わずツッコミを入れる。
「しかし、さすがだな。俺が修行をつけてもらう前にお前は修行を始めていたか」
「え、えぇ……」
「これでは差が広がるばかりだな」
「そ、そうね……」
一体何の差なのか。
聞くのが怖いので、言及しないでごまかしておこう。
(別にヨロズと戦うために修行に来たわけじゃないんだけど……)
単にあるみからの社長命令で来たなんて言える雰囲気じゃなかった。
「それで、ヨロズも加えて修行を始めるか」
悠亀が言う。
「いいんですか? 怪人がいるんですよ?」
「怪人なら私もそうですよ」
「あ……」
かなみは失言してしまったと口に手を当てる。
「ご、ごめんなさい、セイキャストさん! そんなつもりじゃ」
「いえ、わかってますよ。少し言ってみたかっただけです」
セイキャストはフフッと笑いながら言う。
かなみはからかわれただけだと思って、意地の悪い人かもしれないとセイキャストの見方が少し変わった。
「修行を来る者は拒まず、それが我の方針である」
悠亀は落ち着いた物腰で言う。
「しかし、争いの種を持ち込むのであれば話は別だが」
そう言われて、かなみとヨロズの目が合う。
以前、ヨロズとはここで戦うことになった。
それを思い出してまた戦うことになるのかと思うと緊張してしまう。
ヒラヒラ
そんな緊張をよそに、自分の肩に乗っているリュミィとヨロズの肩に乗っているオプスが楽しげに羽を振っている。
かなみの方はともかく、リュミィは彼に会えたことが純粋に嬉しいようだ。
「今はお前と戦うつもりは無い」
「今は、ね……」
それは、いずれは戦うつもりなのだという遠回しな宣戦布告に感じ取れた。
「お前に勝つために、今回は修行する」
「そ、それじゃ、私も負けないようにしないとね……」
「フフ、それは油断ならないな」
(なんで楽しそうなのよ!?)
ヨロズの思考回路が理解できない。
「そんなわけじゃから次の修行に入るぞ」
煌黄が仕切ってくれる。
本堂で、千歳、セイキャスト、かなみ、ヨロズの四人が並ぶ。
「散歩の次は何するの?」
かなみが訊く。
「でも、ヨロズがきたからまた散歩から仕切り直すんじゃないの?」
千歳が言う。
「え、また山道を歩くの!?」
さすがにそれは疲れる。
「いや、ヨロズはそのあたりコツを心得ておるからいいじゃろ」
「うむ」
煌黄と悠亀は言う。
「コツ?」
かなみはヨロズを見る。
「……よくわからないが、この森は他の場所よりも生命力に満ちあふれているな」
「そういうことはわかるのね」
「よくわからないと言ってるが?」
「いや、それはわかってるって……まあいいわ」
とにかくまた長時間散歩することがなくてホッとする。
「それで次の修行は何するの?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた! 次の修行は――」
煌黄はもったいぶった言い方で高らかに宣言する。
「川下りじゃ!」
「また登山……」
「もうハイキングくらいなものだね」
このところ、山道ばかり歩いているせいで、それほど苦にならなくなってきている。
「スポーツやれば全国とれるかもな」
学校で貴子がそんなことを言っていた。
たしかにこう何度も山道を歩き回っていると、下手な運動部より体力がついてきてるかもしれない。
「体力がついてきたのはいいことなのに……」
「なのに?」
「なんだか嬉しくない」
「それは君の性根が素直じゃないからじゃないか?」
マニィが言うと、かなみはしかめ面になる。
「私の性根がひん曲がってると?」
「そこまでは言ってないよ。いっそのことそのあたりを仙人様に相談してみたらどうかな?」
「私はあんたの性根がどうなってるのか、社長に相談したい気分よ」
そんな会話を続けること、かれこれ三十分。
ただでさえ山奥なところに人が足を踏み入れそうにない獣道になってきた。
「おーい、こっちじゃ!」
煌黄が手を振っている。
「コウちゃん、待ってるんじゃなかったの?」
「ホホホ! なあに、かなみが来るとわかったらいてもたってもおられなくてな」
煌黄は子供のようにはしゃいでいる。
見た目は十歳くらいなのだけど、実際は齢幾千の仙人かと思うとおかしくて笑えてくる。
「なんじゃ? 何か面白いことでもあったか?」
「ううん。でも、コウちゃんと一緒にいると本当にハイキングに来たみたいで楽しくなってきた」
「おお、そうか! 自然の中を歩くのはいいことじゃ。仙人に文字通り一歩近づくぞ!」
「え、それはちょっと……」
自然を歩く。
それはいいことで、仙人からも太鼓判を押されているにも関わらず、どうしてだろう。
そう言われると素直に喜べない。マニィの言う通り、性根が素直じゃないからなのかな。
「それで修行はどうなってるの?」
かなみは本題を切り出す。
「うむ、順調じゃ。儂の見込んだ通りじゃったわ、ホホホ!」
煌黄は自慢げに笑う。
「……まさか、千歳さんが仙人の修行を始めるなんて……」
かなみは感慨深く言う。
以前パーティで、千歳と煌黄が親しそうに会話していた。
『修行して仙人になれば、新しい身体が手に入る』
千歳にとってそんな魅力的な提案をした。
千歳は身体を失って幽霊となって、何十年もさまよってきた。特注の魔法人形を手に入れて生前の身体に近くなった。しかし、あくまで近いだけで、本当の身体じゃない。
具体的に言うと、「一緒にご飯を食べたい」とか。
それに本当の身体だったらいいな。と、千歳は何度も不満を口にしているのを聞いたことがある。
「必ず仙人になるわ! どんな修行だって耐えてみせるわ!」
千歳はそう意気込んでいた。
そんなわけで、千歳の仙人になる修行が始まった。
いつ成仏してしまうか、いつ消えてなくなるかわからない幽霊という存在から永遠の生命を持つ仙人に昇華する。それはとてもめでたいことだと、かなみは思う。
問題は修行が人里離れた山奥、仙人・悠亀の元で行われるということだ。
今日、あるみから様子を見に行ってほしいと言われた。
「千歳さんがどんな修行をしているのか」
そこに興味はあるものの、バスに揺られて数時間、そこから山登りなので、正直ちょっと後悔しはじめてきた。
「どうじゃ、かなみ? これを機にお主も修行してみぬか?」
なんてことを煌黄が提案してくる。
「私が修行?」
「そうじゃ、お主も仙人になるんじゃ、ホホホ!」
「何言ってるの……私が仙人になれるわけが……」
「そうとも言えんぞ。素質があるから言ってるのじゃぞ」
「素質って……」
自分のどこにそんな素質があるのかよくわからない。
もしかしたら、煌黄の見込み違いということもあり得るとさえ思う。
「まあ良い。千歳の修行を見れば気が変わるやもしれぬ!」
「変わるつもりはないんだけどね、アハハ」
かなみは苦笑する。
そうこうしているうちに、悠亀の寺へ続く石段に辿り着く。
なんだかんだいって、煌黄と話すのは楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまったということだ。そう過ぎてしまったのだ。
「……ねえ、コウちゃん?」
「ん、どうした?」
かなみは見上げる。
悠亀の寺へ続く石段を。そう、長い長い石段を。
「この石段を上がるのも修行なの?」
「ホホホ、そんなまさか!」
「ハハハ、そ、そうよね!」
「うぉーみんぐあっぷ、というところじゃな!」
「うぉ、ウォーミングアップ……?」
ようするに、修行の前の準備運動といったところか。
「せ、仙人って足腰が強いのね……」
かなみはそんな的はずれなコメントをこぼした。
「まあ、それほどでもないぞ」
そう言って煌黄はヒョイと身体が浮かび始める。
「え、えぇ!?」
「じゃから、それほどでもないと言っておるではないか」
煌黄は飛び上がっていく。
「ずるい、仙人ずるい! 仙術ずるいぃぃぃぃッ!」
かなみの不満が山彦でこだまする。
「私も仙人になりたい!!」
長い長い石段を前にして、かなみの気は早くも変わってしまった。
「ハァハァ……」
長い長い石段を登りきって、かなみは息を切らせて、足がガクガク震えていた。
「どうじゃ、かなみ? 仙人の足腰に近づいたか?」
煌黄は楽しげに訊く。
「ま、まあね……ハァハァ……人を見下ろす仙人みたいな気分になれたわ」
かなみはそう言って、振り返って景色を見下ろす。
石段を上がって見える、雄大な自然の景色。心地良い風とともにここまで上がってきた疲れが吹き飛ぶようだ。
「自然を見て自然を想う。それも仙人のあり方じゃな」
「だとしたら登山家は仙人ね、フフ」
「ホホホ、そうじゃな!」
煌黄とかなみは笑い合う。
「悠亀、戻ったぞ!」
煌黄とかなみは寺の本堂に入る。
「かなみもつれてきたぞ!」
しかし、返事が来ない。
かなみは本堂を見渡してみる。そこには誰もいない。
人の気配がなく、無人だった。
なのに、本堂全体には厳かで重たい空気が流れている。
「相変わらず、無口な仙人じゃ」
そして、煌黄は誰かいるかのように何処かへ話しかけている。
「コウちゃん、誰もいないのに誰に話しかけてるの?」
かなみは青ざめる。
もしかして、この場に幽霊がいて仙人の煌黄にはそれが見えているとかだったらどうしようと思ったからだ。
「ほれ、かなみの隣に」
「えぇ!?」
「悠亀がおるぞ」
「ぎゃッ!? って、え、仙人様!?」
そう言われて隣を見てみる。
――いた。
二頭身で足まで伸びた白いひげを生やした、いかにも仙人のマスコットといった風体の仙人が立っていた。
「悠亀さん、そこにいたんですか……?」
「うむ、そなたを驚かそうと思ってな」
「ホホホ、企みは成功じゃったな、悠亀よ!」
いたずら心のある仙人だった。
「まったく! 人を驚かそうとしないでください。心臓に悪いですから……」
「む、それはいかんな。心臓が悪くなって、止まったりなどしたら……」
煌黄はわりと真面目にそんなことを言ってくる。
「あ、それは大袈裟だけど……」
「珍しい来客なのだから、たまにはそういうこともしてみたくなる」
悠亀はそう言いつつ、水を入れたコップを差し出す。
「ここまでくるのに苦労しただろう。遠慮なく」
「ありがとうございます!」
かなみは水を受け取る。
ここまでの山道、石段でかなり疲れてのどが渇いていたのでありがたい。
「ぷは! おいしいです!!」
それをあっという間に飲み干す。
水はとても美味しく、これまでの疲れが吹き飛んでしまうほどの爽快感だった。
「近くの小川から汲み取った清水だ。疲労を癒やすために我の術も込めておる」
「すごいですね! 確かに疲れが吹き飛びました!」
「これで、かなみも仙人の修行ができるというものじゃ」
「ええ、私も修行するの!? この一杯って修行させるための!?」
「それもよかろう」
「悠亀さんまで……」
悠亀は抑揚の無い口調で言うので、冗談と受け取っていいのかわからない。ちなみに煌黄は本気度が高い気がする。
「私は仙人になるつもりは……」
「かなみちゃん来てるの!?」
千歳が本堂にやってくる。
「千歳さん!?」
「一緒に修行受けに来たのね、一緒に頑張りましょう!」
「違います!」
かなみは即座に否定する。
「なんだ……それじゃ何しに来たの?」
千歳は一気に興ざめして、いつもの落ち着いたトーンで訊く。
「社長から途中経過を聞いてきて、と言われまして」
「途中経過ね。順調よ、千里の道も一歩、くらい順調よ」
「それって、順調なんですか……」
「まあ、仙人になる道は千里くらいあるということじゃ、仙人なだけにな!」
煌黄が得意顔で言う。
「上手いこと言ってるみたいだけど、ちょっとムリあるかなって思うよ、コウちゃん」
「ふむ、そうか。この次はシャレたこと言えるように修行せねばな」
「仙人の修行ってそういうことなんですか?」
かなみは千歳に訊く。
「あはは、シャレは仙人の修行に組み込まれてないけどね」
「シャレを言う度量も仙人は必要といったところか」
悠亀は言う。
「悠亀さん、今考えたわよね?」
「悠亀さんってそんな適当なの?」
「わりと即興で言っている感じがする。今日は特にそう。コウちゃんがいるからかしらね?」
「臨機応変というものだよ」
悠亀は言う。
こころなしか、煌黄みたいになんだか得意げに感じる。
「なるほど、深いような深くないような……」
「千歳さん、それで納得するんですか」
「悠亀さんのことは信頼してるからね。修行もつけてもらって魔力が上がった気がするのよ」
「本当ですか! それはすごいですね!」
「かなみちゃんも一緒に修行しましょう! そうしたら今よりもっと強くなれるわよ!」
「いえ、修行は遠慮します」
千歳の提案を、かなみは頑なに拒否する。
「かなみちゃん、頑固ね……」
「千歳さんの修行は順調みたいだから、社長には報告します。それじゃ、私は帰りますね」
「え、ちょっと、もう帰ってしまうの!?」」
かなみは本堂から出ようとする。
「あ、このまま帰ったら承知しないって社長が言ってたよ」
マニィの不意な一言で、かなみの足が止まる。
「……え?」
「せっかく来たんだから、ちょっとくらい仙人の修行をやってみれば、とも」
「社長!!」
かなみはマニィ越しに文句を言う。
もっとも、あるみに伝わっているかは怪しいところだけど。
「社長命令は絶対だからこれで一緒に修行できるわね!」
千歳は嬉しそうに言う。
「……仕方ありませんね。こうなったら、修行して社長を見返してやりますよ!」
「その切り替えの早さがかなみちゃんのいいところよ」
「借金返済もそのくらい早ければいいのにね」
「余計なこと言わないで!」
かなみはマニィへ言う。
「今日はいつにも増して賑やかかと思えば来てたのですね」
ローブを羽織った大人の女性がやってくる。
「セイキャストさん、お久しぶりです!」
「お久しぶりです。来葉さんにここを案内していただいて以来ですね」
「そうですね」
セイキャストは落ち着いた物腰でやりとりをするので、かなみも落ち着いてくる。
セイキャストは占い師で人間ではなく怪人だった。
以前来葉と一緒に戦い、そして来葉に敗れた。
しかし、来葉はトドメを差すことなく、この場所に案内した。
『ネガサイドに所属していない今の状態なら、ここで修行して無害な妖精に転生することができるかもしれないわ』
来葉の提案をセイキャストは受け入れて、仙人の悠亀の元で修行することになった。
それからセイキャストに会うのは初めてだった。
「修行の方はどうですか?」
「順調です。最近は妹弟子もできたので楽しんでますよ」
妹弟子とは千歳のことだ。
「あはは、怪人が姉弟子というのも奇妙なものだけどね。あ、でも、これからはかなみちゃんが妹弟子になるのね」
「一緒に修行するから、そうなるんですね……」
千歳が姉……というのも、奇妙なものだけど。というのが、かなみの想いだった。
「ふむ、それでは修行を始めようか」
悠亀のその一言で、場の雰囲気が一気に引き締まる。
あれだけ騒がしかった煌黄も、かなみが来たことではしゃいでいた千歳も、大人しく佇んでいる。
ゴクリ
思わず息を呑む。
仙人の修行。人という枠を超える存在になるには一体どんなことをすればなれるのか。それは想像もつかないほど辛く厳しいものに違いないはずだからだ。
「かなみも来たところでまずは――散歩だな」
悠亀から発せられた一言に、かなみは拍子抜けする。
「さ、散歩?」
「山道をゆったりとな」
悠亀はそう言うと、亀のようにじっとして、「もうこれ以上何も言うことはない」と言わんばかりの雰囲気を放ちはじめた。
「さ、かなみちゃん、行きましょう!」
「散歩にですか?」
「そうよ」
「私達はさっき行ってきたばかりですけどね」
セイキャストは言う。
「でも、ただの散歩ですよ? それが修行になるんですか?」
「やってみればわかるわ」
千歳にそう言われたので、かなみは一緒に外へ出た。
「特に道は決まっていないわ。まあ山の中だから道なんてないのだから当たり前ね」
千歳が言うように、山の中なので道路のようにまったいらではなく段差があり、草木が生い茂ったりでとにかく歩きづらくて疲れる。
そんな中、千歳とセイキャストは平地のようにスイスイと歩いている。
「毎日しているから鍛えられてるんですね?」
「それもあるけど、こうして自然と一体になると簡単に歩けるのよ」
「自然と一体?」
「こうして歩いていると懐かしくなってくるのよね。生きていた頃のことをね」
「いきていたころ?」
「よくこうして山道を歩いたわね」
そういえば、千歳の故郷だった村に行ったことがあるけど山奥だった。
かなみもその野山を歩いたことがあるけど、あそこを庭代わりに出歩く千歳の姿が容易に想像がつく。
「千歳さんはよくこうして山を歩き回ってたんですか?」
「ええ、そうね。あはは、懐かしいわね」
千歳は楽しげに言う。
それはどれだけ前の出来事なのか。人が仙人に至るには十分に長い年月に思える。
千歳にはなるべくして仙人になる人なのかもしれない。かなみにはそう思えてならなかった。
「私、こうして山を散歩してて仙人になれるんでしょうか?」
「それはわからないけど、かなみちゃんにだって十分可能性はあるわよ」
「そ、そうですか……」
とてもそうは思えない。
「かなみちゃんは感じないかしら? 自然から湧き出る生命の息吹を」
「生命の息吹……?」
千歳にそう言われて、かなみは辺りを見回してみる。
「………………」
それもじっくりじぃーと。
「何も感じません……」
「かなみは鈍いからね。怪人の気配にもあまり気づかないし」
マニィの物言いに、かなみはムッとする。
「どーせ、私は鈍感ですよー!
「いじけない、いじけない。そのうち、感じられるようになるから」
「本当ですか!」
「そうよ、私だって感じ取れるようになるには時間がかかったもの」
「千歳さんでも、ですか?」
「そう、私でも、よ」
千歳で時間がかかったのなら、自分はもっと時間がかかっても仕方がない。そう思うかなみだった。
「ものの数分でしたけどね」
「セイさん!!」
「………………」
台無しだった。
「と、とにかく、そのあたりを意識して歩けば感じられるようになるわよ。このあたりは仙人様が管理してるから魔力に満ち溢れているから感じやすいらしいのよ」
「そ、そうですか……」
「それが仙人への第一歩よ。頑張っていきましょう!」
千歳が励ましてくれる。
千歳とセイキャストについていって、山を散歩することおよそ一時間。
千歳の言う自然から魔力を感じ取るということが、未だピンとこない。
「私、仙人の素質がないのかな」
「そうでもないぞ」
「コウちゃん!?」
いきなり隣に煌黄が現れる。
こんな山奥に来ても、いきなり現れて、人を驚かすクセがやめられないのは困った仙人だ。
「儂とて、自然の中から生命の息吹を感じられるようになったのは修行を始めて三年ほどじゃ」
「三年!?」
「かなみであればもっと短くできるじゃろう」
「三年よりもっと短く……」
それでも十分長過ぎる時間だった。
「それって、二年くらい? それとも一年くらい?」
「三時間くらいかのう?」
「短くできるにも程がある!?」
「それくらい素質があるということじゃろ、ホホホ!」
ちょっと過大評価すぎるような気がする。
そもそも、人の超えた存在「仙人」というものがよくわかっていない。
ただ、漠然とすごい人というだけで、そんな存在になれる素質があるなんて言われても容易に信じられない。
(そんなこといったら魔法少女もね)
かなみはそのことを思い出す。
そもそも魔法少女だってなろうと思ってなれるようなものじゃない。
なれるとも思っていなかった。
借金をして、幾多の怪人と戦ってきて、すっかり魔法少女に変身することが当たり前になってきた。
でも、以前はそんなこと考えもしなかった。
そういった意味では、魔法少女になることも仙人になることも同じことなのかもしれない。
「同じようなものじゃよ」
「……え?」
煌黄は自分の心中を言い当てるように言う。
「思うに魔法少女に変身することは仙人になることに近い」
「そ、そうなの……?」
「かなみよ、考えてみい? あるみが良い例じゃ、あやつが戦う様を見てあれが人だと思えるか?」
「社長が戦うところ……」
かなみは思い出してみる。
あるみが戦っただけで、ビルが吹き飛んで、街一帯が真っ平らになったことがある。
「あ、あれは……確かに人とは思えないわね……」
「ホホホホホホホ!」
かなみの素直な物言いに、煌黄は腹を抱えて笑う。
「素直でよろしい! しかし、魔法少女も仙人も人の領分を超えた存在という点で共通していることはわかったじゃろ?」
「社長は極端ですよ」
「それはそうじゃがな。儂はかなみにも同じだけの力を持ち得ると見込んでおるのじゃ」
「私と社長が、同じだけの力……?」
そんなこと考えたことがなかった。いや、考えるまでもなかった。
「そんなことありえないわよ」
かなみにとって、あるみは一生かかっても到底たどり着けない領域の魔法少女という認識だった。あと十五年どころか百年経ってもあるみみたいに強くなれる気がまったくしない。
「それだけお主には可能性があるということじゃ」
「でも、私全然感じられないんだけど……」
「まあ、あくまで可能性の話じゃからな」
それは限りなくゼロに近い可能性だと、かなみは思った。
「焦ることはない。石の上にも三年というからのう」
「三年はかかるってことね」
「儂は石の上で十年修行したがのう」
煌黄はしみじみと言う。
「……え?」
「ホホホ、冗談じゃ!」
「冗談に聞こえないから……」
そんなわけで、時折千歳や煌黄と歩くことさらに一時間。
「いつまで散歩するの?」
「特に時間は決めてないわ。一日中こうして散歩することもあるけど」
かなみが訊くと、千歳はそう答えた。
(いつまで続くのか……)
そんなことを考えながら歩いていると、あることに気づく。
ここまでやってくるまでに大分山道を歩いてきた。
そして二時間以上に及ぶ散歩。とっくに疲労困憊で歩けなくなってもおかしくないのに……――疲れていない。
それどころか足は動き続ける。
まるで自分の足じゃなくなったみたいに。
(歩き続ける……歩き続ける……)
自分の足が自分の意志をもってそう願っているかのように感じた。
どうしてだけどわからない。
でも、そうなることがごく自然のことのようだ。
「あ……」
草木から光の粒が舞い上がっているように見えた。
「あれが生命の息吹……?」
かなみはその中から一つ、雪の結晶を掴むように手にとってみる。
とったモノを確認する。
「「おめでとう!」」
不意に煌黄と千歳の声がする。
「わあ!?」
それに驚いて、手のひらをパクリと食いついてしまった。
手の平に「人」という文字を書いて食べる。そういった要領で。
「食べちゃった!?」
「おお、まさか食べてしまうとは!?」
煌黄も驚く。
「かなみちゃん、よっぽどお腹が空いてたのね」
千歳が見当違いの発言をする。
「空いてませんから! 二人揃って驚かすからですよ!!」
「いやあ、かなみが生命の息吹を感じ取れるようになったのがめでたくてな」
「思ったより時間がかかったけど、ちゃんと出来て私は嬉しいわ」
煌黄と千歳が何を言っているのか、かなみはよくわからなかった。
「え、えぇ? つまり、どういうことですか? 私が今食べちゃったのが生命の息吹ってやつなんですか?」
「そうね」
千歳はあっさり言う。
「……今食べちゃいましたよ?」
「食べちゃったわね」
「食べちゃって大丈夫でした?」
かなみはお腹をさする。
「食べたらおかしくなりませんか? お腹、とか、大丈夫ですか!?」
かなみはお腹をさすりながら訊く。
「ふむ、そうじゃな。生命の息吹を体内に取り入れると、身体の内側から」
「内側から?」
「力が満ち溢れてくるんじゃ」
「……え?」
「ようするに滋養と強壮の効果じゃな。かなみがたまに飲んでいるあの『えなじぃどりんく』とやらの効能じゃ」
「あ、あれと同じ……?」
かなみは首を傾げる。
「っていうか、生命の息吹ってそういうものなの!?」
「まあ、個人差はあるみたいだけどね。用法と用量を守って正しく服用すれば大丈夫よ」
「そんな処方箋じゃあるまいし」
でも、千歳のその言い方で少し安心した。
ようは「そのくらいなら食べても大丈夫」ということらしい。
「しかし、いきなり食べてしまうとは……さすがは、かなみじゃな!」
煌黄は何やら感心する。
「食べたくて食べたわけじゃないんだけど……」
「おかげで一気に修行が進んだわい」
「え、進んだ?」
それはちょっと喜ばしい。
「千里の道で三歩くらいじゃ!」
「あ、そ、そう……」
微妙だった。
かなみが生命の息吹を食したことで、散歩は切り上げて寺に戻ってきた。
「ただいま」
悠亀のいる本堂へ上がり込む。
「お客様ですね」
セイキャストが言う。
「今日は千客万来」
悠亀も同様に言う。
「私以外にお客様なんて……」
かなみが本堂に入って、その姿を確認すると絶句する。
「なんで、あんたがここに?」
「帰ってきたか。待ち遠しかった」
そいつは立ち上がって、かなみの方へ寄ってくる。
「お前までここにいるとは思わなかったが、魔法少女カナミ。これも運命の巡り合わせというのか?」
「どこでそんな言い方覚えたのよ、ヨロズ?」
来客はヨロズだった。
「修行をつけにきた」
「あんたが、仙人の修行を?」
「うむ、より強くなるためにな」
「より強くなったら困るんだけどな」
「無論、お前に勝つためだ」
「だから困るのよ!」
かなみは思わずツッコミを入れる。
「しかし、さすがだな。俺が修行をつけてもらう前にお前は修行を始めていたか」
「え、えぇ……」
「これでは差が広がるばかりだな」
「そ、そうね……」
一体何の差なのか。
聞くのが怖いので、言及しないでごまかしておこう。
(別にヨロズと戦うために修行に来たわけじゃないんだけど……)
単にあるみからの社長命令で来たなんて言える雰囲気じゃなかった。
「それで、ヨロズも加えて修行を始めるか」
悠亀が言う。
「いいんですか? 怪人がいるんですよ?」
「怪人なら私もそうですよ」
「あ……」
かなみは失言してしまったと口に手を当てる。
「ご、ごめんなさい、セイキャストさん! そんなつもりじゃ」
「いえ、わかってますよ。少し言ってみたかっただけです」
セイキャストはフフッと笑いながら言う。
かなみはからかわれただけだと思って、意地の悪い人かもしれないとセイキャストの見方が少し変わった。
「修行を来る者は拒まず、それが我の方針である」
悠亀は落ち着いた物腰で言う。
「しかし、争いの種を持ち込むのであれば話は別だが」
そう言われて、かなみとヨロズの目が合う。
以前、ヨロズとはここで戦うことになった。
それを思い出してまた戦うことになるのかと思うと緊張してしまう。
ヒラヒラ
そんな緊張をよそに、自分の肩に乗っているリュミィとヨロズの肩に乗っているオプスが楽しげに羽を振っている。
かなみの方はともかく、リュミィは彼に会えたことが純粋に嬉しいようだ。
「今はお前と戦うつもりは無い」
「今は、ね……」
それは、いずれは戦うつもりなのだという遠回しな宣戦布告に感じ取れた。
「お前に勝つために、今回は修行する」
「そ、それじゃ、私も負けないようにしないとね……」
「フフ、それは油断ならないな」
(なんで楽しそうなのよ!?)
ヨロズの思考回路が理解できない。
「そんなわけじゃから次の修行に入るぞ」
煌黄が仕切ってくれる。
本堂で、千歳、セイキャスト、かなみ、ヨロズの四人が並ぶ。
「散歩の次は何するの?」
かなみが訊く。
「でも、ヨロズがきたからまた散歩から仕切り直すんじゃないの?」
千歳が言う。
「え、また山道を歩くの!?」
さすがにそれは疲れる。
「いや、ヨロズはそのあたりコツを心得ておるからいいじゃろ」
「うむ」
煌黄と悠亀は言う。
「コツ?」
かなみはヨロズを見る。
「……よくわからないが、この森は他の場所よりも生命力に満ちあふれているな」
「そういうことはわかるのね」
「よくわからないと言ってるが?」
「いや、それはわかってるって……まあいいわ」
とにかくまた長時間散歩することがなくてホッとする。
「それで次の修行は何するの?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた! 次の修行は――」
煌黄はもったいぶった言い方で高らかに宣言する。
「川下りじゃ!」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。


学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる