まほカン

jukaito

文字の大きさ
上 下
262 / 337

第102.5話 ヨロズと若芽

しおりを挟む
 この話は、あるみとかなみが話をして、かなみが話の途中で眠ってしまってからしばらく経った頃の話だ。
「ここは……」
 オフィスビルの社長室で目覚めた若芽は辺りを見回す。
「やっと起きたみたいね」
「――!」
 椅子の方に座っていた銀髪の女性に声をかけられた。
「金型、あるみ……」
 若芽は忌々しげにあるみの名を言う。
「私のことは知っているみたいね」
「基本的な情報は叩き込まれましたから」
「そう……萌実のときと同じね」
「そうですか、同じですか」
「あなたの目的を教えてほしいのだけど」
「あなたを倒すことです」
 若芽が即答する。
「そう」
 あるみはその返答に眉一つ動かさなかった。
「それも萌実と同じね」
「そうです。私達はそういう目的で生まれたんです」
 若芽はライフルを出して、銃口をあるみへ向ける。
「私は目的を果たしたいので、さっさと倒されてください」
「そういうわけにもいかないのよね」
 あるみは平然とそう答える。
「く……」
 若芽は歯噛みして、銃口を降ろす。
「倒せる気がまったくしません。全魔力で撃ったところで傷一つつけられないでしょう」
「そういうことはわかるのね」
「……化け物ですね。本当に人間ですか、あなた」
「萌実ちゃんにも同じことを言われたわ」
 若芽は忌々しげにそっぽ向いて立ち上がる。
「どこに?」
「……帰ります」
 若芽は社長室へ出ていこうとする。
「帰る、どこに?」
「帰る場所です!」
「帰る場所はどこ?」
「聞かないでください!」
 若芽は激昂する。
「あなたさえよければここにいても」
「冗談じゃありません!」
 バタン! と扉の音を立てて出ていく。
「嫌われちゃったわね……」
 あるみは頭をかく。
「無理もない。目的が目的だからな」
 社長室のデスクからリリィが言う。
「萌実のときと同じね。ゆっくり解きほぐすしかないわね」
 あるみは指をパチンと鳴らす。
「ドギィ、お願い」
 了解、と、声があるみの頭の中に響いた。
 すーすーと対面にいるかなみは呑気に寝息を立てている。
「よく寝ているな」
 リリィは呆れ気味に言う。



 若芽が街中を歩き回っていると、夕日が落ちる時間になっていた。
「……帰る場所」
 その言葉を口にすると、憂鬱な表情になる。
「お前は……」
「――!」
 若芽が呼びかけられた方を向く。
「ヨロズ、ですか……」
「今日は撃ってこないのか?」
 ヨロズは問いかける。
「撃ってほしいのですか?」
「お前が俺を倒したいのなら」
「倒したいですね」
 若芽はライフルをヨロズに向ける。
「何故俺を倒したがる?」
 再びヨロズは問いかける。
「欲しいから、です……!」
 若芽は絞り出すように答える。
「俺の、関東支部長の座か?」
「いいえ、関東支部長を倒した、という名誉です!」
「なるほど」
 ヨロズは納得する。

バァン!

 若芽は発砲する。
「……そんなものでは、俺を倒した名誉は手に入れられんな」
 しかし、ヨロズは銃弾を手で掴んで止めていた。
「く……!」
 若芽は、倒せないと悟り、魔法のライフルを消す。
「この世界は化け物ばかりなのですね」
「そうか……お前もカナミに会ったのか」
「わかりますか?」
「なんとなくな」
「私は彼女に負けました」
「そうだろうな。俺もカナミに負け続けた」
「負け続けた……そうですか」
 若芽は脳裏に昨晩カナミと戦ったときのことを思い浮かべる。
 いくら撃っても当たることなく、向こうはこちらを正確に狙い撃ってくる。
「カナミは強かったです」
「そうだな。カナミは強い」
「ですが、倒したいです。どうしても。萌実よりも先に!」
「そうか」
「あなたも倒したいのです」
「そうだ。カナミに勝つことが俺の目標だからな」
「私が先に倒しますよ?」
「お前にやすやすと倒せるカナミではあるまい」
「く……!」
 ヨロズにあっさりそう答えられて、若芽は詰め寄る。
「私に倒せるか。先にあなたを倒すことで証明させてもらいます!」
「お前が俺を倒せるのならその証明は成り立つな」
「成り立たせるのです!」

バァン! バァン! バァン! バァン!

 銃声が街中に轟く。
 街を行き交う人達は驚いて足を止める。
 しかし、銃弾はヨロズがことごとく止められたので、発砲事件ではなく花火か何かと認識しているだろう。
 それでも人がいるからここではやりづらい、そう感じたヨロズは場所を変えて人気のない路地裏に入る。
 目標を逃すまいと若芽は追いかける。
「どうして……?」
 追いかけながら若芽は問いかける。
 どうして、あれだけ撃ち込んでいるのに倒すことができないのか。
 昨晩のカナミにしてもそうだった。
「ハァハァ……」
 若芽は急に息がきれて、膝をつく。
「魔力切れか?」
「そんな……そんなはずはありません……!」
 しかし、思い返してみると昨晩はこのヨロズに続いてカナミとも戦った。
 一度は熟睡したものの魔力が完全に回復したわけじゃなかった。
「自分のことを把握するのも強さのうちだ」
「――!」
 そう言われて、若芽は顔を上げる。
「私はあなたやかなみより弱い……」
 昨晩の戦い、そして今の自分の状態を踏まえて、若芽はそう認める。
「自分の弱さを認めることも強さだ」
「慰めはいりません!」
「俺は事実を言っただけだ」
「……そうですか」
 ヨロズにそう答えられて溜飲が下がったのか、若芽は落ち着く。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「生まれた場所に帰ります」
「そうではなく、目標のことを聞いている」
「目標?」
「俺はカナミを倒したい。お前は?」
「わ、私だって……!」
 若芽はキィと睨み返す。
「カナミを倒したい! そして、あなたも!」
「なるほど」
 ヨロズはその返答に満足するように言う。
「面白い娘ね」
「――!」
 若芽の背後から女性の声がする。
「テンホーか」
 振り向くとはだけた和服を着込んだ女性が立っていた。
「あなたは……」
「私は悪運の愛人。そしてこのヨロズ様の補佐を務めているわ」
「支部長補佐……そういうことをしている怪人がいるときいています」
「私も有名になったものね……いえ、悪名といったほうがいいのかしらね」
 若芽にそう言われて、テンホーはご満悦な表情を浮かべる。
「その悪名高き悪運の愛人が私に何の用ですか?」
「あなたのことが気に入ったので私達のもとへ来ませんか?」
「……え?」
 予想外の勧誘に、若芽は呆然とする。
「そ、それは、どういう意味ですか?」
「その言葉のとおりよ」
「もとへ来る。という意味がわからないのですが」
「ああ、そのあたりは自分で考えて」
「………………」
 若芽は沈黙して考え込む。
「あなたの部下になるということですか? ひいてはヨロズの部下に……」
 若芽はテンホーを、そして、ヨロズを睨んで答える。
「確かに結果的には部下という形になるわね。そのとおりよ」
「……冗談じゃありません。私はヨロズを倒そうとしているのですよ、そんな私を部下に引き入れるなどと……!」
「そんな奴などゴマンといる」
 ヨロズは答える。
「俺の、関東支部長の座を狙う怪人など関東中にいる。今さら部下に一人や二人いようが俺は一向に構わない」
「構わない、というのですか……」
「私は、これはヨロズの器をはぐくむ一環だと思うのよね」
 テンホーが言う。
「器をはぐくむ? 関東支部長としての器ですか?」
「――もっと、その先だ」
 若芽の問いに、ヨロズは答える。
 その堂々たる返答は、若芽は気圧される。
「確かに今の俺の器は関東支部長の座に見合っていない。――が、その座に収まり続けるだけのつもりはない!」
 ネガサイドの関東支部長。それよりもさらに上の座――最高役員十二席。あるいはさらにその局長うえを目指すといっている。
「……スケールの大きい話ですね」
 若芽には想像することさえできない話だった。
「……いい、でしょう」
 しばしの沈黙の後、若芽は答える。
「あなたの器がどの程度のものか見させてもらいます」
「そうか」
「ただし、いつでもあなたを狙っていますから覚悟していてください!」
「構わない」
 ヨロズはそう言ってあっさりと受け流す。
「それじゃ、よろしくね。若芽もいちゃん」
 テンホーは手を差し出す。
「……はい」
 若芽は渋々ながらその手を握り返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...