まほカン

jukaito

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第101話 依存! 少女は疑惑の少女とかける (Cパート)

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 かなみと沙鳴は競馬場へ入場するなり、パドックへやってきた。
 パドックというのは、レースに出走する競走馬達がレースの前にゆっくり周回する場所で、黒服の男曰く「勝負師はここで競走馬の調子を観察して買う馬券を決める」だそうな。
「で、その彼女は?」
「あそこです!」
 かなみが訊くと、沙鳴は身を乗り出す勢いで指を差す。
 その指の先にいたのは、「8」のゼッケンを付けた馬に跨がる女性騎手だった。
蓮惠はすえさん! 頑張ってください!!」
 沙鳴は大声を上げて手を振る。
 蓮恵と呼ばれた騎手も、沙鳴に気づいたのかこちらに手を振る。
「あの人が沙鳴の知り合いなのね」
「はい! 騎手になるって言ってたんですよ! それがもう夢を叶えてたんですよ!!」
「すごい人ね」
 かなみはその人に関心を寄せる。
「沙鳴が競馬場に来てるのは応援するためだったのね」
「はい! なんといっても以前のお隣さんですから!」
 そう言って沙鳴は彼女のことを話してくれる。
 彼女は茶野さの蓮惠はすえ
 十六歳の沙鳴の五つ年上で、姉みたいな存在だったという。
 今年から騎手の資格をとってレースに出走することになったそうだ。
「といいましても、私がこのことを知ったのはつい最近のことですけどね」
 蓮惠にあるものを競馬場に届けたことがきっかけだったそうだ。
「お客様が馬券を買ってて負けられないとのことで急ぎの特急便でした」
「間に合ったの?」
「はい、なんとか間に合いました。渡す相手が蓮惠さんだったときは驚きましたが」
「それは驚いたでしょうね」
「それ以来、ちょくちょくレースを観に行くようになりまして。あ、もちろん馬券は買っていませんよ」
「わかってるわよ。蓮惠さんを応援してるのね」
「はい!」
 そして、競馬場にファンファーレが鳴り響く。
「レースが始まります!」
「蓮惠さんは八番ね!」
 レースがスタートする。
 各馬一斉に出走する。
 先頭グループから一つ後ろのグループの位置についた。
「スタミナを温存して、最終コーナーからスパートするんですよ」
「追い込みってこと?」
「よくご存知ですね!」
「沙鳴からよく聞かされてたから」
 かなみと沙鳴が話している内に、レースは終盤に入る。
 最終コーナーを回って最後の一直線。
 ここで騎手達はムチを振るい、スパートをかける。

バチン! バチン! バチン!

 けたたましく鳴り響くムチの音がかなみ達の耳にも届く。
 蓮惠の馬はどんどん先頭グループに追いついていく。
 五着、四着、三着……順位が上がっていく。
「頑張って! もう少しで一着です!!」
「頑張れー!!」
 沙鳴とかなみは揃って声援を送る。



「……三着おめでとうございます!」
 かなみは蓮惠に祝辞を述べる。
「もうちょっとだったんだけどね」
 蓮惠は笑って言う。
 その一言に悔しさが僅かに滲んでいる。
「今回は惜しかったですね!」
「うん、沙鳴が前に観てくれた時は九着だったから」
 蓮惠は言う。
 今日のレースは三着まで追い上げたものの、追い上げはそこまでだった。一着と二着に逃げきられてレースは終わった。
 そこで沙鳴はせっかく来たのだから挨拶したいし、かなみを紹介したいと申し出た。
 そんなわけでレースが終わった後の厩舎に押しかけてきたわけだ。
(レースが終わった後なのにいいのかしら?)
 かなみは遠慮したけど会ってみたいという気持ちが勝ってついてきてしまった。
「この前が九着って、厳しいんですね」
「そうね。せっかく沙鳴が友達を連れて応援しにきたのにいいところみせられなくて残念だったわ」
 蓮惠はかなみのことを「沙鳴の友達」と認識している。
「蓮惠さん、さっき言ったじゃないですか。かなみ様は私の恩人だって」
「恩人? 友人じゃなかったの?」
「恩人! 大恩人です! かなみ様がいなかったら私は大変なことになっていたんですよ!!」
「沙鳴、大げさよ」
 しかし、かなみがいなかったら大変なことになっていたのは事実だ。
「この、昔から大げさに言うのよね」
 蓮惠は懐かしげに言う。
「でも、悪い娘じゃないから」
「それはわかります」
「かなみちゃん、だったわね?」
「はい、結城かなみです」
 改めて、かなみは名前を名乗る。
「沙鳴のこと、友達としてよろしくお願いね。借金してて大変みたいだから」
「はい! ……ところで一つ訊いていいですか?」
「何?」
「沙鳴が届けた物ってなんですか?」
「ああ……」
 沙鳴と蓮惠が再会したきっかけは、沙鳴が依頼を受けて蓮惠にある物を届けたことだった。
 依頼主は黒服の男の上司だったらしい。その人は沙鳴と蓮惠が幼馴染だということを知らなかったみたいだけど。
 それで沙鳴が蓮惠に届けた物が何だったのか、かなみは気になった。
「それは……これよ」
「ムチ?」
 蓮惠は苦笑いして言い継ぐ。
「初めてのレースで緊張してて厩舎に忘れてきちゃって……それで知り合いの宅配サービスにダメ元で頼んでみたら……」
「私が大急ぎで届けたんです! レースに間に合うようにって!」
 沙鳴は得意げに言う。
「あのときはおかげで助かったわ!」
「はい、お役に立てて何よりです!」
「……でも、結果はドンケツだったけどね。せっかく届けに来てくれたのに」
「け、結果は気にしてないですよ! 蓮惠さんは頑張りましたから!」
 沙鳴は握り拳で激励する。
「そう言ってくれると助かるわ」
「また応援に来ます」
 かなみは蓮惠に言う。
「ありがとうね」
「蓮惠さん、かっこよかったです!」
「そ、そう! 照れちゃうわね」
「かなみ様も騎手をやればかっこいいと思いますよ」
 沙鳴が名案を思いついたように言う。
「……え? 私が騎手に?」
「そうね……」
 蓮惠はかなみをじっくり見る。
「小柄だし、騎手には向いてるわね」
「え、そうなんですか? 小柄だと騎手に向いてるんですか?」
「まあ、そういうことよ。それになんだかできそうな雰囲気を感じるのよね」
「そ、そうですか……?」
 蓮惠からそう言われても、実感がわかない。
 お世辞を言っているようにも感じないから、むしろ疑問が湧いてしまう。
「かなみ様は雰囲気というより風格がありますからね!」
「風格?」
「そうです、しゃっき……」
「沙鳴、余計なこと言わないで!」
 「借金姫しゃっきんひめ」と言おうとした沙鳴の口を塞ぐ。

ヒヒーン!

 すると厩舎に入った馬がいななく。
「何?」
 レースが終わった馬が入る厩舎なのだから馬が嘶くのはいつものことだけど、それに関して異変があった。
「……かなみ、怪人だ」
 かなみの胸ポケットにいたマニィが小声で呼びかける。
「怪人?」
 かなみは嘶きが聞こえた奥の方へ走った。
「なんで俺様が負けたんだぁぁぁぁッ!?」
 そこにいたのは馬の身体を成した怪人だった。
「あれ、馬の怪人……?」
「うん、馬の怪人だね」
 かなみの疑問にマニィが答える。
「俺が負けるなんてありえないんだ!!」
「負けるってどういうこと?」
「レースで! 俺は! 十着だった!!」
「レースで十着? あんた、レースに出たの?」
「ああ、俺は一着になる予定だった!! 不本意ながら人間を乗せて走った!!」
「ああ、それでレースに負けたって」
 かなみは納得する。
「レースに勝って! 一番になる計画だったのに!! 計画がパーじゃねえか!?」
「だから暴れるっていうの!?」
「そうだよ、俺が一番になれねえ場所なんてぶっ壊れちまえばいいんだ、ヒヒーン!!」
 そう言って、馬怪人は暴れ出して、厩舎を壊し始める。
「あれじゃ、暴れ馬だよ」
「でも、壊されたらたまったものじゃないわ」
 かなみはコインを取り出す。
「マジカルワーク!」
 かなみはコインを上へ放り投げ、降り注がれた光に包まれる。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
 黄色の魔法少女が姿を現す。
「魔法少女カナミ!? 俺はバックホース、こいつをくらえ!!」
 馬怪人バックホースは名乗りあげた直後に、前足で蹴りを見舞う。

ゴン!!

 カナミはステッキを盾代わりにして受ける。
 衝撃は殺しきれず、厩舎の壁を突き破って、外にまで吹っ飛ばされる。
「あいたた、すごい蹴りね。競馬じゃなくてキックボクシングでもやったほうがよかったんじゃない?」
「そいつはいいな! お前を蹴り飛ばしたらそうさせてもらうぜ!!」
 バックホースはもうカナミの目の前に迫っていた。
 そこから再び前足から蹴りが放たれる。
 重くて強い一撃。しかし、落ち着いてみればよけられない速さではない。
「何ぃ!?」
 バックホースは避けられたことに驚愕する。
「私が避けられるんだから、キックボクシングに向いてないわ」
 カナミはそう言い捨てて、魔法弾を撃つ。

バァァァァァァァン!!

 魔法弾が直撃したバックホースはヒィィィィッ!! と悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。
「よくもよくもやりやがったなぁぁぁぁッ!」
 バックホースは雄叫びを上げる。
「おかげで俺は身体が熱くなってきやがったぜ!!」
 バックホースの身体から蒸気のような熱気が湧き上がる。
「そういやムチで打たれた時もこんな感じだったな!」
「え、そうなの!?」
「だが、この猛りはレースのときより熱いぜ!」
「そ、そんな事言われても……」
「惜しいな、もっとお前を乗せてレースに出れば俺は世界だって獲れたはずだぜ!!」
「は、はあ!?」
「だが、こうなったのも運命ってやつだぜ! 大人しく諦めな!!」
「………………」
 あまりに好き勝手な言いようにカナミは呆れた。
「……何が運命よ!? 何が諦めな、よ!?」
 そして怒った。
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!! 神殺砲!!」
 カナミは砲台へと変化させる。
「ヒヒィ!?」
「ボーナスキャノン!!」
 間髪入れずに砲弾を撃ち込む。

バァァァァァァァァン!!

 見事砲弾はバックホースに直撃した。
「ヒヒーン!!」
 バックホースは悲鳴を上げて、砲弾ごと厩舎へと吹っ飛ぶ。
「あ、まずい!」
 カナミは冷や汗をかく。
 怒りで勢い任せとはいえ、神殺砲で厩舎を壊してしまった。
 しかもこの戦いは仕事じゃない。そのため、修繕費をボーナスで、――不本意ながら立て替えられるものじゃない。
 つまり、丸々修繕費分借金がかさ増しされる。
「マニィ、馬怪人退治の仕事ってなかった?」
 カナミはマニィに確認を取る。
「そんな仕事きてないよ」
 その返答に、カナミの一縷の希望が打ち砕かれる。
 仕事になるのなら、ボーナスが一応出るはずなのだけど。
「今回はタダ働きだね」
「……はああああ」
 カナミは大きくため息をつく。
「こんのやろがああああああッ!!」
 粉塵を巻き上げてバックホースが立ち上がる。
「え、あれをくらって倒せないの!?」
「馬なだけに馬力があるみたいだね」
「くだらないこといってないで! 本当に仕事の話来てないの?」
「来てないよ」
「はあ、タダ働き……」
 そう考えただけで気が滅入ってくる。
「激しいムチを打ってくれてありがとよ!! おかげで俺はヒヒィートアップしたぜぇッ!!」
 しかも、こんなにタフで面倒なやつの相手を、と思うと余計が気が滅入ってくる。
「ムチなんて打ったつもりないのに」
「いくぜ!!」
 カナミがぼやいているうちに、バックホースは猛突進してくる。
「え、はやい!?」
「ははは、今の俺は生涯最高速だぜ!! 誰も俺をとらえることはできないぜ!!」

ヒョイ

 カナミは横飛びしてあっさりとかわした。
「ハア!?」
 バックホースは驚愕する。

ガシャン!! ゴロンゴロン!!

 そのまま厩舎へと突撃して破壊していく。
「何故避けられたあああああッ!?」
 バックホースは雄叫びを上げる。
「いや、あまりにも猪突猛進だったから」
「馬なのに猪突……」
 マニィはツッコミを入れる。
「俺は馬のつもりが猪になっていたってわけかあッ!?」
「どっちでもいいわよ。怪人なんだし」
「――!?」
 カナミの投げやりな一言にバックホースは衝撃を受ける。
「そ、そうか、俺は怪人! 馬に成り果てるのは間違いだったのか!?」
「今更気づくのそれ!?」
「そうだ、俺は悪の怪人だあッ!! 俺はここをスタートにして世界を征服してやるんだ!!」
 実に悪の怪人らしい世界征服宣言だった。
「そういうのはヨソでやりなさいよ」
 ただ、カナミの反応は冷ややかだった。
「手始めにお前をぶっ飛ばしてやる!!」
「そうはいかないわ! 神殺砲!!」
 カナミは即座にステッキを砲台へと変化させる。
「切り替えの速さはさすがだね」
 マニィも感心する。
「そんな大砲、俺には通じないことがわからんのか!? いくぜえええええ!!」
「ボーナスキャノン!! イノ!!」
 カナミは砲弾を発射する。

バァァァァァァァァン!!

「ガァァァァァァッ!!」
 バックホースは裂帛の気合で、砲弾を受け止める。
「俺にはもう通じないって言ってただろがああああッ!!」
「それじゃ、二発目! シカ!!」
「何ィィィィィッ!?」
 カナミは即座に二発目の砲弾を撃つ。

バァァァァァァァァン!!

 それでもバックホースは耐え抜いてみせる。
「どうだああああ!? 防ぎきったぞおおおおおッ!」
「三発目! チョウ!!」
「何ィィィィィッ!?」
 バックホースは驚愕すると同時に絶望する。
 ちなみに、魔力の充填はバックホースと話しているうちにすませていた。マニィは「わりと抜け目ない」とコメントした。

バァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

 三発の砲弾をまともに受けて、バックホースは吹っ飛ぶ。
「ヒヒーン!?」
 断末魔を上げて厩舎へと爆発する。
「あ!? またやっちゃった!!」
 カナミは頭を抱える。



「昨日の件だけど、修繕費の算出ができたよ」
「請求金額の間違いでしょ」
 鯖戸の宣告にかなみは憂鬱とした面持ちで答える。
「わかってるなら話が早いよ」
 鯖戸は紙を差し出す。
「……請求書、いや……」
 かなみの書かれた数値を見てデスクに突っ伏す。
「今回はタダ働きだったしね」
 マニィが耳打ちした。
「言わないで」
「おまけにアクセサリーを失くした」
 さらに追い打ちをかける。
「言わないでったら!」
 かなみにとっては、忘れ去りたい出来事だった。
 バックホースを倒した後、騒ぎのどさくさにまぎれて競馬場を出た。
「かなみ様、探しましたよ! 無事で良かったです!!」
 しばらくして、沙鳴と合流できた。
 怪人の仕業とはいえ、その怪人を倒すためにこの騒動に一役買ってしまったのだからバツが悪い。
 その直後に、アクセサリーを落としてしまったことに気づいた。
 翠華のために選んで、わざわざ沙鳴がバイクを走らせてくれて、それで買ったアクセサリーを無くしてしまった。
 ふんだりけったりな休日になってしまった。
「あぁ、翠華さんへのプレゼントどうしよう……」
「大丈夫ですよ、かなみ様!」
「沙鳴!?」
 かなみは驚く。
 なぜならここはオフィスで、さっきまでかなみと鯖戸しかいない状態だったからだ。
「どうしたの?」
「かなみ様にお届け物です!」
「お届け物?」
 沙鳴は嬉々とした表情で小包を渡す。
「なにこれ?」
「かなみ様にプレゼントしたい、って黒服の人から届けてほしいと頼まれました」
「あいつが……」
 送り主がわかると、かなみは露骨に嫌そうな顔をする。
「嫌な予感がするんだけど……」
 身に覚えのないプレゼントほど不気味なものはない。
 そもそも、今回の件だって黒服の男の一言が発端だった。
 結果はかなみの早とちりだったのだけど、黒服の男があんなことを言わなかったらやきもきすることはなかった。
 そんな黒服の男からのプレゼントなのだから信用ならない。
「そもそもプレゼントなんてもらう憶えはないのに……」
「かなみ様と競馬場行った話をしたらすごく愉快そうにしていましたよ」
「沙鳴、あいつにそんなこと話してたの?」
「ちょっとした世間話ですよ」
「ふうん……」
 かなみは小包を開ける気にはなれなかった。



「かなみさん、どんなプレゼント用意してくれてるのかしら?」
「そんなのあたしが知るわけないじゃない」
 翠華とみあ。
 この二人が倉庫室で玩具の在庫確認の仕事をしていた。
 そして、この問答は何度目になるだろうか。
「これで十回目……」
 しっかり数えているみあだった。
「気になるんだったら、あとついていけばよかったじゃない」
「そんなストーカーみたいなことできるわけないでしょ」
「途中までちゃんとしっかりストーカーしてたじゃない」
「そ、それは……!?」
 翠華は明らかに動揺する。
 おかげで一緒についてきたみあは棚上げできる形になった。
「扱いやすいからいいんだけどね」
「それで、かなみさん、どんなプレゼント用意してくれてるのかしら?」
「十一回目!?」
 みあは唖然とする。
「そんなに気になるんだったら、もういって催促しなさいよ」
「そ、そんなことできるわけないじゃない!!」
「いくじなしね。かなみはそういうのが嫌いなのよね」
「かなみさんが!?」
「……知らないけど」
 その一言は翠華の耳に届かなかった。
「そ、そうよね。いくじがないのはよくないわね! かなみさんのプレゼントを堂々ともらうようじゃなければダメよね!?」
「え、ええ、そうね。……知らないけど」
「よおし!!」
 翠華は燃えるように意気込む。
 そうしてその勢いのままに一仕事終えてオフィスへ戻る。
「翠華さんへのプレゼント?」
 かなみの声が聞こえた。
「……え?」
 戸に手をかけた翠華は固まった。
「私が何か!?」
 しかし、いてもたってもいられず翠華はオフィスへ押し入った。
「翠華さん!?」
 突然入ってきた翠華にかなみは驚く。
 その手にはしっかりと小包が握られていた。
(あれが、かなみさんが私のために用意してくれたプレゼント!?)
 ちなみに、小包を翠華へのプレゼントにしようと提案したのは沙鳴だった。あくまで提案でしかないのだけど。
「あ、あの、翠華さん! こ、これは……!」
 かなみはごまかすように言う。
 翠華にはそれはプレゼントを渡そうとして緊張しているのだろうと解釈された。
「こ、これは……何!?」
 翠華はごく自然に訊こうとして声が強張ってしまった。
「え、えっと、これはですね……プレゼントなんです!」
 かなみはとっさに答える。そのせいで「黒服の男からの」プレゼントと言い損なった。
「プレゼント?」
「あ、そ、それは……」
「かなみさんがプレゼント?」
 事前にかなみは「翠華へのプレゼント」を用意していることを知っていたから、それが自分へのプレゼントだと信じて疑わなかった。
「そうなんですよ。かなみ様、翠華さんのためにプレゼントを用意してたんですよ」
 沙鳴は発破をかけるように言う。
 翠華のためにプレゼントを用意したのは本当のことだけど、それは失くしてしまっている。
「沙鳴、それはこれじゃ……」
「わ、私のためにプレゼント!?」
 翠華は感動のあまりブルブル震える。
「あの翠華さん、これは……」
 引っ込みがつかなくなってしまった。
(ああ、こうなったら仕方ないわ。あいつのプレゼント、まともなものだったら承知しないから!)
 心の中で悪態をつきながら、かなみは翠華へ小包を渡す。
「ありがとう、かなみさん! 一生大事にするから!!」
 翠華は小包を受け取り、それはそれは大事そうに抱えて宣言する。
「い、一生って、そこまで大した物じゃないから……」
「かなみさんが用意してくれた物なんだから大した物に決まってるわ」
「そ、そうですか……」
 中身が何なのか、まったく知らないのだけど。
「中を見ていい?」
「は、はい!」
 翠華は小包を開ける。
 そこに入っていたのは――ムチだった。
「あいつ、なんてものをぉぉぉぉッ!?」
 かなみは悲鳴を上げるように明後日の方向へ向かって叫ぶ。
「……かなみさん、これは?」
 翠華は目が点になった顔をして、問いかける。
「あ、こ、これは……!?」
「かなみさんが私にムチをプレゼント?」
「違うんです、これは何かの手違いで!?」
 かなみは必死に弁明する。
「あいつ、なんでプレゼントにムチを!?」
「あ~、そういえば!」
 沙鳴は思い出したようで、人差し指を立てる。
「あの人にかなみ様が騎手に向いているって話をしたんですよ。蓮恵さんも太鼓判を押してましたし」
「あ~、その話!」
 そう言われると、そのムチは蓮恵が持っていた物に似ているような気がする。
 騎手になるならそいつで頑張れよ、と親指を立てる黒服の男の姿が何故か頭に浮かぶ。
「翠華さん、そういう話ですから!」
「そういうわけね、かなみさん」
「そうなんですよ!」
「――これで、バンバン打たれたいわけなのね!!」
「えぇッ!?」
 翠華はあらぬ誤解をしてしまった。
「ち、違うんです!? 私、そういう趣味ないですから!!」
「えぇ、そうだったんですか!?」
「なんで、そこで沙鳴が驚くの!?」
 かなみは思わずツッコミを入れる。
「かなみさんにそういう趣味があっても私は全然気にしないから!」
「ですから、違うんですってば翠華さん!?」
「なんだったら、私を打ってもいいのよ!」
「何言ってるんですか!?」
 かなみはムチを渡されて戸惑う。
「何なのこれ?」
 傍から見ていたみあはそうコメントする。
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