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第99話 前日! 魔法少女へ至る道に借金有り! (Bパート)
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あるみと涼美は会った。
外国の街の大きな交差点の真ん中だった。
そのまますれ違ってもおかしくないほど人の往来が激しい中、二人はお互いを見逃すはずがなかった。
「久しぶりね」
「そうねぇ」
まずは挨拶を交わす。
「旦那さんは元気?」
「元気よぉ、今も元気に~走り回っているでしょうねぇ」
「どこにいるのか知ってるの?」
「それを探しているところよ」
涼美は殺気をたぎらせて答える。
「今見つかったら命はないわね」
「そうね、絶対に許さないから」
「今優先すべきことは他にあるとしたら」
「他にないでしょう」
「私は旦那がどこへ行くのか知ってるわよ」
「あぁ、来葉ちゃんの未来視ね……――どこにいるの?」
涼美は警告するように問いかける。
ホォォォォォォン!!
耳をつんざくような金切り声が辺りに響く。
声の主はあるみと涼美の頭上を飛んでいた。
「コウモリ怪人?」
「仰せつかったとおりに、演じました」
「上々でした、ベアス」
べアスと呼ばれた熊の怪人はサフィアにかしずく。
「あの人にはしっかり恐怖が刻みつけられていて、けれども私のために頑張ってくれる意志がありました。私の見込み通りですよ」
「それほどまでにあの男がよろしいのですか? 人間ですよ?」
サフィアは怪人であり、ベアスよりも高い地位の立場にある。
そんなサフィアが弱い人間の男を愛するなど、ベアスにとって到底信じられないことだった。
「愛は全てを超えます。
人間と怪人、強さと弱さ……そう、全てです」
「は、はあ……」
そう言われても、べアスは理解できなかった。
「あの人は必ず大金を用意してきてくれるでしょう。そのときこそ二人の愛が成就する瞬間でしょう!」
恍惚とした表情を浮かべて、サフィアは言う。
「――ですが」
サフィアは表情を一変させて、射抜くような視線を虚空へ向ける。
「その成就を邪魔する者が現れそうですね」
「邪魔する者?」
「あの人の妻、と称する者です。それともう一人は部外者のようです」
「人間ですか?」
「人間のようです。ですが、我々に近しい力を持っているようです」
「そんな人間が!?」
「海の向こうで、魔法少女というそうです」
「魔法少女? ですが、どんな存在であろうと所詮人間ではありませんか」
「ええ、そうですね。バーツに始末させておきましょう」
コウモリ怪人のバーツがあるみと涼美に向けて口から超音波を放つ。
ホォォォォォォン!!
耳をつんざき、身体を破裂させるほどの威力のある音波が二人に襲いかかる。
「――耳障りね」
涼美はそう言って、鈴を投げ入れる。
チリリリリン!!
鈴の音が音波をかき消す。
「なにぃ!?」
バーツは驚愕する。
次の瞬間、あるみと涼美はもう魔法少女の姿に変身していた。
「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」
「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」
二人でバッチリポーズを決めて名乗りあげる。
「スズミとは久々ね!」
「そうねぇ、アルミちゃん全然変わってないわねぇ」
「そっちこそ! 久しぶりに変身したとは思えないわよ」
「さぁ、どうだかぁ」
スズミはとぼける。
「ええい! 俺様を放っておいて世間話とはいい度胸をしてやがるな!?」
「別に度胸なんてないわよ」
「ただ眼中にないだけぇ」
スズミははっきりと言い放つ。
「き、貴様らァァァァァッ!!」
バーツは咆哮する。
その咆哮が超音波となって地上のスズミへ放たれる。
「聞く耳もたないわねぇ」
スズミは鈴を投げ入れる。
チリリリリン!!
再び鈴の音によって音波がかき消される。
「くそ、またしてもぉぉぉッ!?」
「ワンパターンなのよぉ」
スズミはその言葉で一蹴する。
「飛べるからっていい気にならないことね」
「なにぃ!?」
バーツが見上げると、スズミがいた。
「いつの間に!? というか、こいつ人間のくせにどうやって飛んで!?」
「飛んでいないわよ、ジャンプしただけだから」
アルミはこともなげに答えて、ドライバーを一閃する。
「がああああああッ!?」
バーツの両翼は斬り裂かれて、文字通り地に落ちる。
地に落ちたバーツを引きずって、アルミとスズミは路地裏に移動する。街中の交差点では目立ちすぎるからだ。
「お、お前達は一体何者だ!?」
「質問をするのはこっちの方よ」
「――!?」
スズミの返事に、バーツは絶句する。
「あなたはどこの手先?」
「そ、そんなこと言えるわけないだろ!?」
「質問にはイエスかノーで答えなさい」
「ひぃ!?」
バーツは完全にスズミに気圧されていた。
人間は怪人より弱い。そんな前提を完全に忘れ去るほどの格の違いをバーツは感じていた。
「あなたは誰かの命令で私達のところへ来たの?」
「そんなことしるか!?」
「そう、上の命令で私達を襲ったのね」
「な、なに!?」
「その上の名前は、サフィアっていうのかしら?」
「――!?」
バーツの表情は驚きに満ちる。
「そう。わかったわ」
「て、てめえ、なんで俺のことがわかるんだ!?」
「あなたの心音はぁとてもぉわかりやすいからぁ」
スズミは穏やかに笑顔で答える。
その温度差が逆に底知れなさを感じさせた。
「ち、ちくしょう、このままじゃサフィア様に示しがつかねえ!!」
ホォォォォォォン!!
バーツは空に向けて超音波を放つ。
「仲間を呼んだのね」
アルミとスズミの周囲をまたたく間にバーツと同じコウモリ怪人達が取り囲む。
「俺の二十人の仲間だ。お前らを生かして帰さねえ!!」
「帰るつもりはないんだけどね」
アルミは自信満々に言い返す。
「何!?」「強がり言ってんじゃねえ!!」
「俺達が束になればどんな人間だろうとひとたまりもねえってのにな!」
「だったら、束になってかかってきなさいよ」
「ぬぐぐ!!」
煽られたバーツの軍団は怒りで顔を真赤にする。
「一気にかかれぇぇぇぇッ!!!」
「そろそろ時間だ」
べアスは父を待っていた。
父との待ち合わせは街外れの空き地で、ベアスの他には人間どころか怪人一人いない。
タタタタタタタタ!!
けたたましい足音が聞こえてくる。
父が二つのアタッシュケースをもってやってくる。
「きたか」
「ハァハァ、約束の金は用意した……」
父はアタッシュケースを開けて、溢れんばかりに敷き詰められた札束を見せる。
「今の俺が用意できるありったけの金だ。これで足りるはずだ」
「ふむふむ、ご苦労だったな。これだけの紙切れを用意するのはさぞ苦労したことだろう」
「紙切れ?」
父は怪訝な表情を見せる。
必死にほうぼう駆けずり回って用意した金をそんな風に言われては当然の反応といえる。
「そうだ、紙切れだ」
べアスはそう言って手からビームを放ち、札束を焼き払ってしまう。
「なッ!?」
「ハハハ、よく燃えるな!」
「なんてことを……! サフィアを返す約束だったじゃないか!?」
「約束? 俺は金を差し出せとしか言ってないはずだが?」
「何!? 話が違うじゃないか!?」
「本当に俺がお前に返すつもりだと思っていたのか?」
「くぅ……悪魔め!!」
「そうだ! 俺は悪魔で怪人だ!! フフ、気分がいいぞ!! お前はそんなにもあの女を愛してたというのか?」
「愛しているとも! そのために金を用意したんじゃないか!!」
父は喉が張り裂けんばかりに宣言する。
「……誰を愛しているって?」
「――!」
唐突にした声に父は凍りつく。
チリリリン
鈴の音が響く。
それは父にとってもよく知っている女性の代名詞ともいえるものだ。
「鈴の音音は福音よぉ」
魔法少女スズミと魔法少女アルミがやってくる。
「す、スズミ!?」
父にとって、スズミの登場は喜ぶべきことか戸惑うべきことか。
「ど、どうしてここが!?」
「あなたのことで~、私がわからないことあるのかしらぁ」
「………………」
父は絶句する。
「一体何なんだ、お前達は!?」
「魔法少女よ」
アルミがそう宣言する。
「悪の怪人を倒す正義の魔法少女、それが私達よ」
「魔法少女だと!? だが所詮は人間!! 俺達怪人を倒すことなどありえない!!」
「あんたの仲間も同じようなことを言っていたわね。――人間をなめないほうがいいわよ」
「仲間!? バーツのことか!? 奴はどうした!? 奴がお前達を始末するはずだったのだが!?」
「ああ、彼のことね」
バタン!
アルミがそう言うと、空から怪人が降ってくる。
「バーツ!?」
それがバーツだった。
バタン! バタン! バタン!
次の瞬間にはバーツと同じコウモリ怪人二十人が雨のように空から次々と降ってくる。
「こ、これは、何事だぁぁぁぁッ!?」
べアスは戸惑いとともに咆哮を上げる。
「彼等にはぁ、ここまでの道案内をぉしてもらったのよぉ」
「一人一人尋問するのは面倒だったけどね」
「ぬぐぐ!!」
べアスは怒りで燃え上がる。
「尋問だと!? たかが人間ごときが、俺達怪人を!!」
「人間を侮らないことね。怪人では起こしようのない奇跡を起こせるのが人間ってものよ!」
アルミはマジカルドライバーをべアスに向けて、啖呵を切る。
「奇跡だと!? ならば起こしてみせろ、俺を倒す奇跡とやらをな!」
べアスの腕が伸びて、アルミとスズミへ襲いかかる。
「スズミ、ひとまずあいつをどうにかするのが先よ」
「りょーかい。終わったらぁ覚悟しなさいよぉ」
スズミは父に向けて言う。
父は青ざめた表情のまま固まっている。
二人は伸びてきた腕をかわして、ベアスに突っ込む。
「ゴールドエヴァン!」
スズミは鈴をべアスへ投げ入れる。
チリリリン!
鈴の音が響く。
するとべアスの身体が崩壊する。
「なんだ、この鈴は!?」
しかし、べアスの身体は別の場所に出現する。
「面白い手品ねぇ」
スズミは感心する。
「俺の魔法が手品というか!? 面白い!!」
べアスが二十人出現する。
「この中に本物は一人だけしかいないってパターン?」
アルミは挑発するように言う。
「「「いいや、全部本物なんだよ!!」」」
二十人のべアスが一斉に腕をふるう。
バァァァァァァァァァン!!!
それによって衝撃波が発生し、辺りを飲み込んでいく。
「「「ははは、人間などひとたまりもないぜ!」」」
二十人のべアスが一斉に高笑いする。
「うるさいわね。何がひとたまりよ」
粉塵の中から、アルミとスズミは事も無げに姿を現す。
「「「な、なにぃぃぃッ!?」」」
「音量も二十人分もあるのね」
「耳障りよぉ」
鈴を投げ入れる。
「ぐぶあッ!?」
べアス一人がその鈴に当たってふっとばされる。
「「「そんなばかな、やられた!?」」」
「あとぉ、十九回やるのも面倒ねぇ」
スズミは鈴を放り投げる。
ヂリイイイイイィィィィィィィィィィン!!!
鈴が周囲一帯に鳴り響く。
それは、これまでの涼しげで安らぎを覚えるものではなく、荒々しくけたたましいものだった。
耳をつんざく、どころか鼓膜を破裂させるほどの勢いの音が洪水となって周囲へ広がっていく。
「「「――ッ!!?」」」
十九人のべアスがその洪水に飲み込まれて吹っ飛ぶ。
悲鳴さえも鈴の音にかき消されて、アルミの耳には届かなかった。
「こ、こんなバカな……!?」
一人だけ立ち上がってきたべアスは驚愕する。
「これでわかったでしょ? 人間を侮ると痛い目をみるってことが」
「なんで、人間ごときに痛い目をみなくちゃならないんだよ!?」
グサリ!!
べアスの肩へドライバーを突き刺す。
「ガアアアアアアッ!!?」
「人間ごとき?」
「そうだ! 怪人様が人間ごときに敗北するはずが!?」
アルミは突き刺したドライバーをひねる。
そうするとべアスの肩が文字通り外れて引きちぎられる。
「これは敗北?」
「いいや、俺は負けてなど!」
チリリリン!!
鈴の音が響く。
「ガアアアアアアッ!!?」
鈴の音色は怪人だけにダメージを受ける魔法になっていた。
「な、なんでこんなことが!?」
「それであなたもサフィアっ人の命令で動いていたの?」
「――!?」
「あなたもぉバーツと同じリアクションなのねぇ。わかりやす~い」
「何故俺がサフィア様の命令で動いていたことを!?」
「あらぁそうなのねぇ、あなたはサフィア様って~人の命令で動いていたのねぇ」
「な、ななッ!?」
誘導尋問だった。
「まぁ大体のことはぁ、バーツからぁ聞いたんだけどねぇ」
「ぬぐぐ! この俺様が人間をいいようにあしらわれるなど!?」
「人間じゃなくて魔法少女よぉ。さぁて根掘り葉掘り教えてもらおうかしらねぇ」
「ぐ!?」
べアスはスズミに完全に気圧されていた。
「うちの人とサフィアはどういう関係はぁ?」
「知らん!」
「サフィアの狙いはなぁに?」
「知らん!」
「サフィアはぁうちの人をどうしようとしてるのぉ?」
「知らん!」
「サフィアの居場所はぁ?」
「知らん!」
「――何にも知らないのね」
「――!?」
背筋が凍るような声色で、べアスは固まる。
「嘘をついていないのはわかってるから余計に腹立たしいわ。もういいわ、あなたは用済みよ」
「あれが魔法少女というものですか」
サフィアは遠くの高層ビルの屋上から空き地を見下ろしていた。
父がお金を出すか、文字通り高みの見物を決め込んでいたが、魔法少女の登場で状況は一変した。
「不愉快極まりないですね」
部下のバーツやベアスをいいようにあしらって倒していった。
自分の部下をそんな風に扱っていいのは自分だけだと思っていたので、サフィアにとっては不愉快だった。
「――ですが」
サフィアは空き地から視線をそらす。
「今はあの人を探す方が先ですね」
見失ってしまいどこへ行ったのかわからない男の行方を追っていた。
「あなた?」
涼美は呼びかけてみる。
しかし、その呼びかけに応じる者は空き地にはいなかった。
「逃げられちゃったみたいね」
アルミもこれには苦い顔をする。
父はベアスと戦っているうちに、どこかへ逃げていってしまったのだ。そのべアスはスズミの穏便にはすまなかった尋問によって倒されている。
「……どこへぇ、行ったのかしらぁ?」
スズミは耳をすましてみる。
「この街にはいないみたいねぇ」
スズミは父の息遣い、心音なら周囲数キロでも聞き分けて、位置をキャッチできる。
そのスズミがキャッチできないとなると、相当遠くに行ってしまったのだろう。
「どこへ行ったか心当たりはないの?」
アルミはスズミに訊く。
「いっぱいあるわねぇ。あの人とはぁ世界中回ったからぁ、住処はいっぱいあるのは知ってるのよぉ」
「それは厄介ね」
「でもねぇ、――世界中どこへ行っても必ず見つけ出してやるわ」
スズミは底冷えのする声で宣言する。
その殺意のこもった決意に、アルミは危機感を覚える。
「見つけ出すのはいいけど、あなた大事なことを忘れてない?」
「大事なことぉ?」
「日本に置いてきたでしょ」
「どうでもいいわよ」
そう言ってスズミはその場から飛び去る。
「あ、ちょっと待ちなさい!!」
アルミはスズミを追いかけた。
『そういうわけで、私はまだそっちに行けないのよ』
「事情はわかったよ」
鯖戸は簡潔にそう答える。
『本当に助かるわね』
あるみは感慨深く言う。
「君にしては珍しく殊勝な態度だと思ってね」
声色にはわずかに弱気が感じられた。
他の人だったら普段と同じように感じられてもおかしくないのだけど、鯖戸にはわかっていた。
今回の件、それだけあるみにとって堪えたのだろう。
『まあここまでの事態は久々だからね』
言葉に出して言った。
「あの子の件は僕と来葉に任せて、君は涼美さんの方を」
『ええ、必ず首根っこひっ捕まえて連れ出してくるわ』
「期待してるよ」
電話を切る。
鯖戸は一息ついて、今のあるみの話をレポートにまとめる。
『結城金太は多額の借金を抱えたまま、行方をくらました。理由はいくつか考えられる。
彼は浮気をしていた。只の人間ではなく、怪人。それも彼の国でかなり地位の高いと思われる。
そんな怪人と関わったのだから、ただで済むはずがない。
また浮気をしていたことにより、妻・結城涼美からの報復が怖くて逃げ出した。こちらの可能性の方が高いというのが、あるみ、鯖戸、来葉三人共通の見解だった。
事実、涼美は彼を追いかけて、同様に行方をくらました。
現在、あるみが方方を手を尽くして捜索にあたっている』
「さて、あとは僕は僕の役目を果たすか」
鯖戸は重要書類をもってオフィスを出る。
父が作った借金の取り立て。そろそろその家族にまで回ってくる頃だった。
それをなんとかするのが、鯖戸の役目だった。
行方をくらました父と涼美。取り残されたたった一人の家族。
来葉の未来視と自分が得た情報を頼りに彼女の居場所を突き止めて、急行する。
「た、助け……! 誰か、さん、母さん! 助けてぇぇぇぇ!!」
そこにたどり着くと、少女の叫び声がする。
もはや一刻の猶予もない。
ズドン!
そう思って部屋に踏み込む。
グズグズしていられなかったので、あるみと同じくらい大きな豪快な音を立ててしまった。
(これでは、あるみのことは言えないな)
密かにそう思いながら、中の様子を確認する。
数人の黒服の男。それに取り囲まれた少女。
パイプ椅子にくくりつけられて身動きも取れず、力の限り叫び声を上げたせいで酸欠で意識が朦朧としているのが見て取れた。
「おや、君がこんなところに何か用か?」
顔見知りの黒服の男が問いかけてくる。
「その子を助けに来たヒーロー、ってことじゃダメですか?」
我ながら少しキザったらしいな、と鯖戸は自嘲した。
それからしばらくして、あるみはようやく涼美の居場所を突き止めて訪ねた。
「随分と探し回ったわよ」
「しつこぉい」
そこは山奥の小屋だった。
父と涼美は数年に一度、ここにやってきて山の生活を楽しんでいた。
涼美は、もしやと思って来たのだけど、父はいなかった。
あるみの方でも父の行方はまったくわかっていない。
「私が何が言いたいかわかるでしょ?」
「いい加減~、追いかけるのをやめたらぁってことぉ?」
涼美の返答に、あるみはしかめる。
「そうじゃないわよ。追いかけたかったら追いかけなさい。そんなことより大事なことがあるでしょ」
「大事なことぉ?」
「娘の……――かなみちゃんのことよ!!」
あるみは声を荒げる。
涼美はキョトンとする。
「あの娘が今どんな目にあってるのか、知ってるの!?」
「知らないわよぉ、私はぁずっとぉ探し回ったのだからぁ」
涼美は泣き言のように漏らす。
「でも、見つからなかったでしょ?」
「あの人はぁ雲隠れの名人だからぁ」
「ええ、こっちでも見つかっていないわ」
「でもぉ、見つからないとぉこの怒りはどうしようもないわぁ」
「あんたの怒りを否定するつもりはないわ。だけどそれで、かなみちゃんを一人にしていいことにはならないわよ」
「だったら、私にどうしろっていうのよ!?」
涼美は声を荒げる。
「途中から気づいていたわ。私の方にも借金の取り立てがきた。私だったらどうとでもなるけど、かなみの方には無理だった。支払いが出来なかったらどんなにひどい目にあうか、想像したくなかったら想像しなかった」
「かなみちゃんなら仔馬が私のところに保護したわ」
「ありがとう。あるみちゃんがいて本当に良かった」
涼美は心からのお礼を言う。
「会ってあげなさい。かなみちゃんはとても会いたがっているわ」
「――本当にそうかしらね?」
涼美は疑問を投げかける。
「私はあの娘を見捨てたわ。殺されても仕方がないと思ってる」
「だったら、」
「だから会えないのよ。死ぬのは惜しくないけど、娘に殺されるなんて嫌だから」
「………………」
あるみはため息をつく。
涼美はまだ冷静ではなく、錯乱しているような状態だった。
首根っこ引っ掴んで帰らせるつもりだったけど、こんな様子を見たらとてもそんな気にはなれなかった。
「まだ落ち着くまで時間が必要ね」
「落ち着くかしらね」
涼美は自嘲する。
「それが母親の義務でしょ。果たせないっていうんなら私があなたを殺す」
「あるみちゃんになら殺されてもいいかもね」
あるみは、発破をかけるつもりで言ったのに、そんな風に返されるとは思わなかった。
(これは相当重症ね……)
時間をおいて解決するものなのか、不安になってきた。
「それは私じゃなくてかなみちゃんの役目ね。言っておくけど、かなみちゃんがあなたに恨み言を吐いてるところ一度もみたことないけど」
「え……?」
「気が向いたら、いつでも連絡しなさい。待ってるから」
あるみはそう言い残して小屋を出た。
「かなみ……かなみ……」
涼美は寒さで凍えるように打ち震えて、うわ言のように名前を繰り返し呼んだ。
外国の街の大きな交差点の真ん中だった。
そのまますれ違ってもおかしくないほど人の往来が激しい中、二人はお互いを見逃すはずがなかった。
「久しぶりね」
「そうねぇ」
まずは挨拶を交わす。
「旦那さんは元気?」
「元気よぉ、今も元気に~走り回っているでしょうねぇ」
「どこにいるのか知ってるの?」
「それを探しているところよ」
涼美は殺気をたぎらせて答える。
「今見つかったら命はないわね」
「そうね、絶対に許さないから」
「今優先すべきことは他にあるとしたら」
「他にないでしょう」
「私は旦那がどこへ行くのか知ってるわよ」
「あぁ、来葉ちゃんの未来視ね……――どこにいるの?」
涼美は警告するように問いかける。
ホォォォォォォン!!
耳をつんざくような金切り声が辺りに響く。
声の主はあるみと涼美の頭上を飛んでいた。
「コウモリ怪人?」
「仰せつかったとおりに、演じました」
「上々でした、ベアス」
べアスと呼ばれた熊の怪人はサフィアにかしずく。
「あの人にはしっかり恐怖が刻みつけられていて、けれども私のために頑張ってくれる意志がありました。私の見込み通りですよ」
「それほどまでにあの男がよろしいのですか? 人間ですよ?」
サフィアは怪人であり、ベアスよりも高い地位の立場にある。
そんなサフィアが弱い人間の男を愛するなど、ベアスにとって到底信じられないことだった。
「愛は全てを超えます。
人間と怪人、強さと弱さ……そう、全てです」
「は、はあ……」
そう言われても、べアスは理解できなかった。
「あの人は必ず大金を用意してきてくれるでしょう。そのときこそ二人の愛が成就する瞬間でしょう!」
恍惚とした表情を浮かべて、サフィアは言う。
「――ですが」
サフィアは表情を一変させて、射抜くような視線を虚空へ向ける。
「その成就を邪魔する者が現れそうですね」
「邪魔する者?」
「あの人の妻、と称する者です。それともう一人は部外者のようです」
「人間ですか?」
「人間のようです。ですが、我々に近しい力を持っているようです」
「そんな人間が!?」
「海の向こうで、魔法少女というそうです」
「魔法少女? ですが、どんな存在であろうと所詮人間ではありませんか」
「ええ、そうですね。バーツに始末させておきましょう」
コウモリ怪人のバーツがあるみと涼美に向けて口から超音波を放つ。
ホォォォォォォン!!
耳をつんざき、身体を破裂させるほどの威力のある音波が二人に襲いかかる。
「――耳障りね」
涼美はそう言って、鈴を投げ入れる。
チリリリリン!!
鈴の音が音波をかき消す。
「なにぃ!?」
バーツは驚愕する。
次の瞬間、あるみと涼美はもう魔法少女の姿に変身していた。
「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」
「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」
二人でバッチリポーズを決めて名乗りあげる。
「スズミとは久々ね!」
「そうねぇ、アルミちゃん全然変わってないわねぇ」
「そっちこそ! 久しぶりに変身したとは思えないわよ」
「さぁ、どうだかぁ」
スズミはとぼける。
「ええい! 俺様を放っておいて世間話とはいい度胸をしてやがるな!?」
「別に度胸なんてないわよ」
「ただ眼中にないだけぇ」
スズミははっきりと言い放つ。
「き、貴様らァァァァァッ!!」
バーツは咆哮する。
その咆哮が超音波となって地上のスズミへ放たれる。
「聞く耳もたないわねぇ」
スズミは鈴を投げ入れる。
チリリリリン!!
再び鈴の音によって音波がかき消される。
「くそ、またしてもぉぉぉッ!?」
「ワンパターンなのよぉ」
スズミはその言葉で一蹴する。
「飛べるからっていい気にならないことね」
「なにぃ!?」
バーツが見上げると、スズミがいた。
「いつの間に!? というか、こいつ人間のくせにどうやって飛んで!?」
「飛んでいないわよ、ジャンプしただけだから」
アルミはこともなげに答えて、ドライバーを一閃する。
「がああああああッ!?」
バーツの両翼は斬り裂かれて、文字通り地に落ちる。
地に落ちたバーツを引きずって、アルミとスズミは路地裏に移動する。街中の交差点では目立ちすぎるからだ。
「お、お前達は一体何者だ!?」
「質問をするのはこっちの方よ」
「――!?」
スズミの返事に、バーツは絶句する。
「あなたはどこの手先?」
「そ、そんなこと言えるわけないだろ!?」
「質問にはイエスかノーで答えなさい」
「ひぃ!?」
バーツは完全にスズミに気圧されていた。
人間は怪人より弱い。そんな前提を完全に忘れ去るほどの格の違いをバーツは感じていた。
「あなたは誰かの命令で私達のところへ来たの?」
「そんなことしるか!?」
「そう、上の命令で私達を襲ったのね」
「な、なに!?」
「その上の名前は、サフィアっていうのかしら?」
「――!?」
バーツの表情は驚きに満ちる。
「そう。わかったわ」
「て、てめえ、なんで俺のことがわかるんだ!?」
「あなたの心音はぁとてもぉわかりやすいからぁ」
スズミは穏やかに笑顔で答える。
その温度差が逆に底知れなさを感じさせた。
「ち、ちくしょう、このままじゃサフィア様に示しがつかねえ!!」
ホォォォォォォン!!
バーツは空に向けて超音波を放つ。
「仲間を呼んだのね」
アルミとスズミの周囲をまたたく間にバーツと同じコウモリ怪人達が取り囲む。
「俺の二十人の仲間だ。お前らを生かして帰さねえ!!」
「帰るつもりはないんだけどね」
アルミは自信満々に言い返す。
「何!?」「強がり言ってんじゃねえ!!」
「俺達が束になればどんな人間だろうとひとたまりもねえってのにな!」
「だったら、束になってかかってきなさいよ」
「ぬぐぐ!!」
煽られたバーツの軍団は怒りで顔を真赤にする。
「一気にかかれぇぇぇぇッ!!!」
「そろそろ時間だ」
べアスは父を待っていた。
父との待ち合わせは街外れの空き地で、ベアスの他には人間どころか怪人一人いない。
タタタタタタタタ!!
けたたましい足音が聞こえてくる。
父が二つのアタッシュケースをもってやってくる。
「きたか」
「ハァハァ、約束の金は用意した……」
父はアタッシュケースを開けて、溢れんばかりに敷き詰められた札束を見せる。
「今の俺が用意できるありったけの金だ。これで足りるはずだ」
「ふむふむ、ご苦労だったな。これだけの紙切れを用意するのはさぞ苦労したことだろう」
「紙切れ?」
父は怪訝な表情を見せる。
必死にほうぼう駆けずり回って用意した金をそんな風に言われては当然の反応といえる。
「そうだ、紙切れだ」
べアスはそう言って手からビームを放ち、札束を焼き払ってしまう。
「なッ!?」
「ハハハ、よく燃えるな!」
「なんてことを……! サフィアを返す約束だったじゃないか!?」
「約束? 俺は金を差し出せとしか言ってないはずだが?」
「何!? 話が違うじゃないか!?」
「本当に俺がお前に返すつもりだと思っていたのか?」
「くぅ……悪魔め!!」
「そうだ! 俺は悪魔で怪人だ!! フフ、気分がいいぞ!! お前はそんなにもあの女を愛してたというのか?」
「愛しているとも! そのために金を用意したんじゃないか!!」
父は喉が張り裂けんばかりに宣言する。
「……誰を愛しているって?」
「――!」
唐突にした声に父は凍りつく。
チリリリン
鈴の音が響く。
それは父にとってもよく知っている女性の代名詞ともいえるものだ。
「鈴の音音は福音よぉ」
魔法少女スズミと魔法少女アルミがやってくる。
「す、スズミ!?」
父にとって、スズミの登場は喜ぶべきことか戸惑うべきことか。
「ど、どうしてここが!?」
「あなたのことで~、私がわからないことあるのかしらぁ」
「………………」
父は絶句する。
「一体何なんだ、お前達は!?」
「魔法少女よ」
アルミがそう宣言する。
「悪の怪人を倒す正義の魔法少女、それが私達よ」
「魔法少女だと!? だが所詮は人間!! 俺達怪人を倒すことなどありえない!!」
「あんたの仲間も同じようなことを言っていたわね。――人間をなめないほうがいいわよ」
「仲間!? バーツのことか!? 奴はどうした!? 奴がお前達を始末するはずだったのだが!?」
「ああ、彼のことね」
バタン!
アルミがそう言うと、空から怪人が降ってくる。
「バーツ!?」
それがバーツだった。
バタン! バタン! バタン!
次の瞬間にはバーツと同じコウモリ怪人二十人が雨のように空から次々と降ってくる。
「こ、これは、何事だぁぁぁぁッ!?」
べアスは戸惑いとともに咆哮を上げる。
「彼等にはぁ、ここまでの道案内をぉしてもらったのよぉ」
「一人一人尋問するのは面倒だったけどね」
「ぬぐぐ!!」
べアスは怒りで燃え上がる。
「尋問だと!? たかが人間ごときが、俺達怪人を!!」
「人間を侮らないことね。怪人では起こしようのない奇跡を起こせるのが人間ってものよ!」
アルミはマジカルドライバーをべアスに向けて、啖呵を切る。
「奇跡だと!? ならば起こしてみせろ、俺を倒す奇跡とやらをな!」
べアスの腕が伸びて、アルミとスズミへ襲いかかる。
「スズミ、ひとまずあいつをどうにかするのが先よ」
「りょーかい。終わったらぁ覚悟しなさいよぉ」
スズミは父に向けて言う。
父は青ざめた表情のまま固まっている。
二人は伸びてきた腕をかわして、ベアスに突っ込む。
「ゴールドエヴァン!」
スズミは鈴をべアスへ投げ入れる。
チリリリン!
鈴の音が響く。
するとべアスの身体が崩壊する。
「なんだ、この鈴は!?」
しかし、べアスの身体は別の場所に出現する。
「面白い手品ねぇ」
スズミは感心する。
「俺の魔法が手品というか!? 面白い!!」
べアスが二十人出現する。
「この中に本物は一人だけしかいないってパターン?」
アルミは挑発するように言う。
「「「いいや、全部本物なんだよ!!」」」
二十人のべアスが一斉に腕をふるう。
バァァァァァァァァァン!!!
それによって衝撃波が発生し、辺りを飲み込んでいく。
「「「ははは、人間などひとたまりもないぜ!」」」
二十人のべアスが一斉に高笑いする。
「うるさいわね。何がひとたまりよ」
粉塵の中から、アルミとスズミは事も無げに姿を現す。
「「「な、なにぃぃぃッ!?」」」
「音量も二十人分もあるのね」
「耳障りよぉ」
鈴を投げ入れる。
「ぐぶあッ!?」
べアス一人がその鈴に当たってふっとばされる。
「「「そんなばかな、やられた!?」」」
「あとぉ、十九回やるのも面倒ねぇ」
スズミは鈴を放り投げる。
ヂリイイイイイィィィィィィィィィィン!!!
鈴が周囲一帯に鳴り響く。
それは、これまでの涼しげで安らぎを覚えるものではなく、荒々しくけたたましいものだった。
耳をつんざく、どころか鼓膜を破裂させるほどの勢いの音が洪水となって周囲へ広がっていく。
「「「――ッ!!?」」」
十九人のべアスがその洪水に飲み込まれて吹っ飛ぶ。
悲鳴さえも鈴の音にかき消されて、アルミの耳には届かなかった。
「こ、こんなバカな……!?」
一人だけ立ち上がってきたべアスは驚愕する。
「これでわかったでしょ? 人間を侮ると痛い目をみるってことが」
「なんで、人間ごときに痛い目をみなくちゃならないんだよ!?」
グサリ!!
べアスの肩へドライバーを突き刺す。
「ガアアアアアアッ!!?」
「人間ごとき?」
「そうだ! 怪人様が人間ごときに敗北するはずが!?」
アルミは突き刺したドライバーをひねる。
そうするとべアスの肩が文字通り外れて引きちぎられる。
「これは敗北?」
「いいや、俺は負けてなど!」
チリリリン!!
鈴の音が響く。
「ガアアアアアアッ!!?」
鈴の音色は怪人だけにダメージを受ける魔法になっていた。
「な、なんでこんなことが!?」
「それであなたもサフィアっ人の命令で動いていたの?」
「――!?」
「あなたもぉバーツと同じリアクションなのねぇ。わかりやす~い」
「何故俺がサフィア様の命令で動いていたことを!?」
「あらぁそうなのねぇ、あなたはサフィア様って~人の命令で動いていたのねぇ」
「な、ななッ!?」
誘導尋問だった。
「まぁ大体のことはぁ、バーツからぁ聞いたんだけどねぇ」
「ぬぐぐ! この俺様が人間をいいようにあしらわれるなど!?」
「人間じゃなくて魔法少女よぉ。さぁて根掘り葉掘り教えてもらおうかしらねぇ」
「ぐ!?」
べアスはスズミに完全に気圧されていた。
「うちの人とサフィアはどういう関係はぁ?」
「知らん!」
「サフィアの狙いはなぁに?」
「知らん!」
「サフィアはぁうちの人をどうしようとしてるのぉ?」
「知らん!」
「サフィアの居場所はぁ?」
「知らん!」
「――何にも知らないのね」
「――!?」
背筋が凍るような声色で、べアスは固まる。
「嘘をついていないのはわかってるから余計に腹立たしいわ。もういいわ、あなたは用済みよ」
「あれが魔法少女というものですか」
サフィアは遠くの高層ビルの屋上から空き地を見下ろしていた。
父がお金を出すか、文字通り高みの見物を決め込んでいたが、魔法少女の登場で状況は一変した。
「不愉快極まりないですね」
部下のバーツやベアスをいいようにあしらって倒していった。
自分の部下をそんな風に扱っていいのは自分だけだと思っていたので、サフィアにとっては不愉快だった。
「――ですが」
サフィアは空き地から視線をそらす。
「今はあの人を探す方が先ですね」
見失ってしまいどこへ行ったのかわからない男の行方を追っていた。
「あなた?」
涼美は呼びかけてみる。
しかし、その呼びかけに応じる者は空き地にはいなかった。
「逃げられちゃったみたいね」
アルミもこれには苦い顔をする。
父はベアスと戦っているうちに、どこかへ逃げていってしまったのだ。そのべアスはスズミの穏便にはすまなかった尋問によって倒されている。
「……どこへぇ、行ったのかしらぁ?」
スズミは耳をすましてみる。
「この街にはいないみたいねぇ」
スズミは父の息遣い、心音なら周囲数キロでも聞き分けて、位置をキャッチできる。
そのスズミがキャッチできないとなると、相当遠くに行ってしまったのだろう。
「どこへ行ったか心当たりはないの?」
アルミはスズミに訊く。
「いっぱいあるわねぇ。あの人とはぁ世界中回ったからぁ、住処はいっぱいあるのは知ってるのよぉ」
「それは厄介ね」
「でもねぇ、――世界中どこへ行っても必ず見つけ出してやるわ」
スズミは底冷えのする声で宣言する。
その殺意のこもった決意に、アルミは危機感を覚える。
「見つけ出すのはいいけど、あなた大事なことを忘れてない?」
「大事なことぉ?」
「日本に置いてきたでしょ」
「どうでもいいわよ」
そう言ってスズミはその場から飛び去る。
「あ、ちょっと待ちなさい!!」
アルミはスズミを追いかけた。
『そういうわけで、私はまだそっちに行けないのよ』
「事情はわかったよ」
鯖戸は簡潔にそう答える。
『本当に助かるわね』
あるみは感慨深く言う。
「君にしては珍しく殊勝な態度だと思ってね」
声色にはわずかに弱気が感じられた。
他の人だったら普段と同じように感じられてもおかしくないのだけど、鯖戸にはわかっていた。
今回の件、それだけあるみにとって堪えたのだろう。
『まあここまでの事態は久々だからね』
言葉に出して言った。
「あの子の件は僕と来葉に任せて、君は涼美さんの方を」
『ええ、必ず首根っこひっ捕まえて連れ出してくるわ』
「期待してるよ」
電話を切る。
鯖戸は一息ついて、今のあるみの話をレポートにまとめる。
『結城金太は多額の借金を抱えたまま、行方をくらました。理由はいくつか考えられる。
彼は浮気をしていた。只の人間ではなく、怪人。それも彼の国でかなり地位の高いと思われる。
そんな怪人と関わったのだから、ただで済むはずがない。
また浮気をしていたことにより、妻・結城涼美からの報復が怖くて逃げ出した。こちらの可能性の方が高いというのが、あるみ、鯖戸、来葉三人共通の見解だった。
事実、涼美は彼を追いかけて、同様に行方をくらました。
現在、あるみが方方を手を尽くして捜索にあたっている』
「さて、あとは僕は僕の役目を果たすか」
鯖戸は重要書類をもってオフィスを出る。
父が作った借金の取り立て。そろそろその家族にまで回ってくる頃だった。
それをなんとかするのが、鯖戸の役目だった。
行方をくらました父と涼美。取り残されたたった一人の家族。
来葉の未来視と自分が得た情報を頼りに彼女の居場所を突き止めて、急行する。
「た、助け……! 誰か、さん、母さん! 助けてぇぇぇぇ!!」
そこにたどり着くと、少女の叫び声がする。
もはや一刻の猶予もない。
ズドン!
そう思って部屋に踏み込む。
グズグズしていられなかったので、あるみと同じくらい大きな豪快な音を立ててしまった。
(これでは、あるみのことは言えないな)
密かにそう思いながら、中の様子を確認する。
数人の黒服の男。それに取り囲まれた少女。
パイプ椅子にくくりつけられて身動きも取れず、力の限り叫び声を上げたせいで酸欠で意識が朦朧としているのが見て取れた。
「おや、君がこんなところに何か用か?」
顔見知りの黒服の男が問いかけてくる。
「その子を助けに来たヒーロー、ってことじゃダメですか?」
我ながら少しキザったらしいな、と鯖戸は自嘲した。
それからしばらくして、あるみはようやく涼美の居場所を突き止めて訪ねた。
「随分と探し回ったわよ」
「しつこぉい」
そこは山奥の小屋だった。
父と涼美は数年に一度、ここにやってきて山の生活を楽しんでいた。
涼美は、もしやと思って来たのだけど、父はいなかった。
あるみの方でも父の行方はまったくわかっていない。
「私が何が言いたいかわかるでしょ?」
「いい加減~、追いかけるのをやめたらぁってことぉ?」
涼美の返答に、あるみはしかめる。
「そうじゃないわよ。追いかけたかったら追いかけなさい。そんなことより大事なことがあるでしょ」
「大事なことぉ?」
「娘の……――かなみちゃんのことよ!!」
あるみは声を荒げる。
涼美はキョトンとする。
「あの娘が今どんな目にあってるのか、知ってるの!?」
「知らないわよぉ、私はぁずっとぉ探し回ったのだからぁ」
涼美は泣き言のように漏らす。
「でも、見つからなかったでしょ?」
「あの人はぁ雲隠れの名人だからぁ」
「ええ、こっちでも見つかっていないわ」
「でもぉ、見つからないとぉこの怒りはどうしようもないわぁ」
「あんたの怒りを否定するつもりはないわ。だけどそれで、かなみちゃんを一人にしていいことにはならないわよ」
「だったら、私にどうしろっていうのよ!?」
涼美は声を荒げる。
「途中から気づいていたわ。私の方にも借金の取り立てがきた。私だったらどうとでもなるけど、かなみの方には無理だった。支払いが出来なかったらどんなにひどい目にあうか、想像したくなかったら想像しなかった」
「かなみちゃんなら仔馬が私のところに保護したわ」
「ありがとう。あるみちゃんがいて本当に良かった」
涼美は心からのお礼を言う。
「会ってあげなさい。かなみちゃんはとても会いたがっているわ」
「――本当にそうかしらね?」
涼美は疑問を投げかける。
「私はあの娘を見捨てたわ。殺されても仕方がないと思ってる」
「だったら、」
「だから会えないのよ。死ぬのは惜しくないけど、娘に殺されるなんて嫌だから」
「………………」
あるみはため息をつく。
涼美はまだ冷静ではなく、錯乱しているような状態だった。
首根っこ引っ掴んで帰らせるつもりだったけど、こんな様子を見たらとてもそんな気にはなれなかった。
「まだ落ち着くまで時間が必要ね」
「落ち着くかしらね」
涼美は自嘲する。
「それが母親の義務でしょ。果たせないっていうんなら私があなたを殺す」
「あるみちゃんになら殺されてもいいかもね」
あるみは、発破をかけるつもりで言ったのに、そんな風に返されるとは思わなかった。
(これは相当重症ね……)
時間をおいて解決するものなのか、不安になってきた。
「それは私じゃなくてかなみちゃんの役目ね。言っておくけど、かなみちゃんがあなたに恨み言を吐いてるところ一度もみたことないけど」
「え……?」
「気が向いたら、いつでも連絡しなさい。待ってるから」
あるみはそう言い残して小屋を出た。
「かなみ……かなみ……」
涼美は寒さで凍えるように打ち震えて、うわ言のように名前を繰り返し呼んだ。
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