まほカン

jukaito

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第98話 父母! 少女は家族会議に参戦する!! (Aパート)

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「あなたの旦那がやってくる場所がわかった」
 その一報は唐突にやってきた。
 携帯電話から放たれた仕事仲間パートナーに耳を疑った。しかし、涼美が聞き間違えることなんて絶対にありえない。
「………………」
 それでも、自分の頭に理解として落とし込むのに時間がかかった。
「聞いてる?」
 仲間がもう一度問いかけるほどの時間だった。
「うん、ちゃんと聞いてるわよ」
「………………」
「聞いてる?」
 そして、今度は仲間の方が問いかけられた。
「血の気が引いたわ。急にそのトーンで話されると心臓が縮む想いよ」
「あなたの寿命はどうだっていいわ。それより場所は?」
 もし、この場にかなみがいたら「本当に母さん?」と疑われるほどに鋭利な刃物のような声だった。
「教えていいものかわからなくなった」
 仲間も話したことを後悔しはじめた。
「教えなかったら、あなたの寿命が今ここで尽きることになるわよ」
「……教えるわ」
 仲間は告げる。
「ありがとう」
 涼美はそれを聞いて、それだけ答えて電話を切る。
 そして、アパートの部屋から出たところで、足を止める。
「あるみちゃん?」
 入り口で待ち構えていたかのように、あるみが立っていた。
「私の存在に気づかなかったの?」
 涼美の驚きぶりからあるみはそう問いかける。
 涼美の耳は数キロ先の人間の足音を聞き分けることもできる。アパートの部屋の前に誰が来たのか把握できている。いつもの調子だったら。
「……ええぇ、ちょっとうっかりしてたのよぉ」
「うっかりするほどのことがあったのね」
 あるみのその一言で、涼美は察する。
 あるみは知っている。知る手段を持ち合わせているのだから。
「――来葉ちゃんね」
 先程仲間から「寿命が縮む」と言われたトーンの低い声で言う。
「ええ、いきなりそういう未来が見えたって連絡が入ってね」
「そう、相変わらず便利ね。それで私に何の用なの?」
 「そこをどいて」と遠回しに言っているように聞こえた。一般人だったら思わず道を明け渡してしまいそうな迫力だ。
「話がしたいのよ。ゆっくり、ゆっくりね」
 涼美はため息をつきかけた。
 こちらの想いを把握している上で、そんなことを言っているのだから意地が悪いと心底から思う。
「あなたとゆっくり話すことはないわ。――そこをどいて」
 射殺すような殺気を込めて言う。
 しかし、あるみにとっては見慣れた彼女の姿に映った。。
「どけないわね」
 あるみはいつもと変わらない落ち着いた声で返す。
「どうして?」
「どかないと、あなた殺すでしょ?」
「ええ」
 涼美はあっさりと答えて、あるみを睨む。
「だったら、どけないわね」
「どきなさい!」
 涼美は声を荒げる。
「私が、どいてと言われて素直にどく性格していないのはあなたがよく知ってるでしょ」
「そうね」
 涼美はそれは認める。
「だったら、どかせるわよ」
「私が、どかせようとしてどかせられる人間じゃないってこともよく知ってるでしょ」
 あるみが言った次の瞬間、鈴が飛んでくる。
 あるみはそれをこともなげに払い落とす。

チリンチリン

 鈴の音色が鳴る。
 あるみと涼美は魔法少女の衣装に姿を変えていた。
「こうして戦うのはいつ以来かしら?」
「さあぁ、忘れたわぁ」
 スズミはいつもの間延びした口調に戻る。

チリン

 しかし、放たれた鈴は文字通り音速だった。
「――!」
 アルミはこれをかわして、後ろに跳ぶ。
 アパートを壊さないためだ。
「かなみちゃんの帰る場所を壊す気?」
「壊すつもりはないわぁ」
 アルミのもとへ鈴が振り下ろされる。
 直撃したら身体が押し潰すほどの勢いだ。――アルミでなかったら。

チリリリリン!

 アルミは拳で弾き飛ばす。
 鈴は宙を舞い、美しい音色が響く。

ドスン! ゴオン!!

 その後には鈍い打突音が響く。
 美しい、というにはあまりにも程遠い、凄惨さを引き立たせる音だった。

ドゴォォォォォォォォォォォォン!!

 地上でアルミとスズミの拳が激突する。
 衝撃波が津波のように周囲を吹き飛ばしていく。
「ここじゃ被害が出すぎるわよ」
「知ったこっちゃないわねぇ」
 そう答えた涼美は悪の怪人よりも悪魔らしい。
「まったくもって見るに堪えないわね」
 それが今のスズミを見たアルミの感想だった。
「マジカル☆ドライバー!!」
 ドライバーの突きをスズミへ当てる。
 直撃したスズミは空へと舞い上がる。
 アルミはそれを追いかけるように大地を蹴って飛び上がる。

バァァァァァァァァン!

 空でアルミとスズミが激突し、大爆発が巻き起こる。
「マジカル☆ドライバー!!」
「ゴールドエヴァン!!」
 それぞれの魔法少女の武器がぶつかり合い、空に鳴り響く。
 火花が散る様もあいまって、まるで花火のようだった。
 空中で体制を整え、勢いをつけて、敵へとぶつかる。
 空から地上へ、落ちていきながらも二人は戦いを繰り広げていた。
 しかし、いつまでも空中で戦うわけにもいかず、彼女達は地上へと降り立つ。
「ずいぶん~、飛ばされたわねぇ」
 スズミは辺りを見る。
 ここはもう人っ子一人いない山の中で、二人の魔法少女が思いっきり戦っても人的被害は出ない。
「ここから気兼ねなく戦えるでしょ?」
「アルミちゃんがぁ、でしょう?」
 スズミはこともなげに返す。
 自分はあのまま街中で戦っても一向に構わなかった。そういいたげに。
「ええ、そうね」
 アルミは肯定する。
「私とあなたが戦って、周囲の被害がゼロになるなんてありえないことだから」
「本気で戦えばぁ、わからないでしょうぅ?」
 マスコットの魔力へ供給している。
 そのせいでアルミが使える魔力は三分の一以下。通常の怪人どころかカナミを相手にしてもそれでも十分すぎるほどの戦力だった。
 しかし、戦力を持ってしてもスズミからしてみれば力不足。そう言っているとも取れる。
 これはスズミの明らかな挑発だった。
 本気で戦えば周囲の被害など一切考える必要がないほど簡単に捻じ伏せることができる。しかし、逆に言えば本気にならなければ十分に勝てる、と。
「さあ、どうだか」
 アルミはそれを受け流す。
「試してみるぅ?」
「いいわよ」
 アルミの返事が戦いのゴングとなって鈴が投げつけられる。

チリリリリン!

 鈴の心地よい音色が響く。

ドスン! ゴオン!!

 続いてけたたましい爆音が鳴り響き。
 アルミのドライバーとスズミの鈴が当たるたびに、そこは爆撃を受けたように砂塵が巻き上がり、木々が吹っ飛ぶ。
「やるわねぇ」
「そっちこそ」
 その中で、アルミとスズミはいつものお茶会のようなノリで会話する。

ドスン! ゴオン!!

 爆音の喧騒の中で繰り広げられる涼しげな会話だった。
「どうして~、私の邪魔をするのぉ」
「かなみちゃんのためよ」
「かなみのぉ?」
「あの娘に父親を失う目に遭わせたくないからよ」
「――!」
 スズミは言葉をつまらせる。
「確かにそうね」
 スズミは肯定しつつも止まらない。

チリリリリリリリリン!!

 鈴の音が鳴り響く。
 彼女の想いの強さを表現するかのように。
「私は何があってもあの人を殺すと決めたから」



「お父さんの居場所がわかったのよ」
 唐突に来葉からそう言われて、かなみは時間が凍りついたように絶句した。
「今からそこへ向かうんだけど、かなみちゃん行く?」
 そう問いかけられて、かなみは「行く」と即答できなかった。
(父さんに会える……会えるけど会いたいの? 会ってどうするの? 会ったとしても……)
 会ったとしても、まともに話をすることができないだろう。
 また煙に巻かれるかもしれない。そう思うと行く気力が湧いてこない。
「お父さんに会いたくないの?」
 来葉が問いかける。
「………………」
 かなみは沈黙する。
「あまり時間は無いわ。行きたくないのなら私はこれで」
「え?」
「ちょっと待ってください」
 彼方が言う。
「そんなにいきなり言われても、かなみちゃんが困りますよ。せめてもう少し時間を」
「時間が無いですし、時間をおけばいいという話でもありません」
「ですが……」
「かなみちゃんのことを気遣ってくれるのはありがたいですが、かなみちゃんにすぐ決めさせるべきなのです」
 来葉はかなみの方へ視線を向ける。
「かなみちゃん、無理強いはしないわ。お父さんと会うことが必ずしも正解じゃないわ。でも、それでももし会いたいというのなら乗りなさい」
「私は……私は……」
 かなみは問いかけられて、考え込む。
 父親と会うことが正解じゃない。
 行かないという選択肢を提示してくれた来葉から思いやってくれる気遣いを感じられる。それだけに行かない方がいいと思いかけた。
 でも、本当に行かなくていいのか。
 父親に会って話をしたくないのか。
 最後に会った時、中途半端にはぐらかされて姿をくらましてしまった。あれでもう会わなくていいのか。
――会いたい。会わなくちゃならない。
 数秒の迷いのあと、その結論が出た。
「父さんに会いたい、です……!」
 来葉はその返答に一瞬顔が固まり、すぐに満足気に笑みを浮かべる。
「それじゃ乗って」
「はい!」
 結論を出したおかげで、行動が早かった。
 かなみはすぐさま助手席に乗り込む。
「かなみ」
 みあがこちらにやってきて呼びかける。
「みあちゃん、今日は楽しかったよ」
 かなみは笑顔で別れの挨拶をする。
「親父に会ったら、ガツンとぶん殴ってやりなさい」
 みあが握り拳をブンと振って、言ってくれる。
「アハハ、ありがとう」
 みあなりの精一杯のエールがありがたいと、かなみは感じた。
 来葉はアクセルを踏んで車は走り出す。
 見送ってくれるみあと彼方がどんどん小さくなっていく。
 かなみはそんな二人を見ていると、自分も父親と会えたらあんな風になれるのだろうか、と想いをはせる。
「お父さんに会ったら殴るの?」
 来葉が訊く。
「え?」
 来葉からそんな風に訊かれるとは思わなくて面を食らう。
「ガツンと一発」
 来葉は笑顔で握り拳を見せてくれる
「ハハハ、まさかそんなこと」
「しないのね、私はしてもいいと思うんだけどね」
「えぇ……」
 来葉の落ち着いた物腰とは結びつかない物騒な一言に、かなみは戸惑う。
「来葉さんからそんなこと言われるの、意外です」
「そうなの? 私ってそんなに大人しいイメージあるのかしら?」
「い、いいえ、大人しいというより大人ってイメージです!」
「フフ、ありがとう」
 来葉は微笑む。
「でも、あるみは半殺しくらいなら許すって言ってたわよ」
「あ~」
 それは言いそうだとかなみは納得する。
「さすがにそんなことしませんよ。一発殴るくらいだったらしちゃうかもしれませんが」
「その方が、かなみちゃんらしくていいわね」
 来葉がそう優しげに言ってくれたおかげで、雰囲気が和やかになった。
「それでどこに父さんがいるんですか?」
 窓の外をみると、もうかなみのしらない街の風景になっていた。
「山奥の村よ。夜通し走るからかなみちゃんは寝ていいわよ」
 遊園地から出た頃にはもう日が沈んでいて、今はすっかり夜になっている。
 夜通し走るとしたら何時間もかかるということだ。
「ええ、そんなに遠いんですか!?」
「そうよ」
「なんで父さん、そんなところに?」
「身を隠すにはちょうどよかったんでしょうね」
「身を隠すってどうしてですか?」
「それは……」
「隠し事ですか?」
 かなみは真剣な顔で訊く。
「………………」
 来葉はかなみの顔を見て、沈黙する。
 来葉の頭の中には、あるみから言われたことを思い出す。

『あなたが必要だと思うのなら、かなみちゃんに話していいわ』

 残酷なことだった。
 事情をかなみに話す必要はあると思うし、知る権利もあると思う。
 でも、それをかなみに話していいのか。それはわからない。
 こういうときにこそ未来を視て、かなみがどうリアクションをするのかあらかじめ視ておいた方がいいと言うのに。――視たらいけない気がする。
「どうして隠すんですか?」
 かなみの問いかけがナイフのように突き刺さる。
「かなみちゃんに辛い想いをして欲しくないから」
 来葉は絞り出すように答える。
「……いいえ、私が辛い思いをしたくないからね」
 そして自嘲する。
「来葉さん?」
「ごめんなさい、話せないわ」
「来葉さんが辛いならいいですよ、話さなくて」
 かなみのその返事に、来葉は涙ぐみそうになる。
「やっぱり、この話はね……家族でちゃんと話すべきだと思うから」
「そうなんですね……母さんと、父さんと、私で……」
「ええ、そうよ」
 来葉は肯定する。
(そこに、あるみや私はいないわ)
 心の中でそう付け加える。



 朝日に照らされて目が覚める。
「おはよう、かなみちゃん」
 かなみは眠り眼をこすって、くるまった毛布をとる。
「おはようございます」
「よく眠れた? といっても、シートの上じゃ寝心地悪かったでしょ」
「いえ、そんなことはないですよ。って、来葉さんずっと走ってたんですか? 寝ました?」
「うーん、十分くらい仮眠はとったわよ」
 来葉はごまかすように言う。
「全然寝てないじゃないですか!」
 かなみは心配する。
「大丈夫よ、一日くらい寝ていなくても問題ないわ」
 来葉はこともなげに答える。
 確かに声色はまったくいつもの調子で、疲労の色が見えない。このまま三日三晩起きても大丈夫なのでは、とさえ想像してしまう。
「それより朝食にしましょう」
 来葉は車を停める。
 そこは山中の道路にある喫茶店だった。山の自然に溶け込んでいる木造の家屋で風情を感じられる。
 その喫茶店で来葉はコーヒーとトーストを頼む。
「これ、おいしいですね!」
 トーストを一口入れて、かなみは笑顔になる。
「そう、よかった」
「ここがいい店だって未来で視たんですか?」
「そこまで視てないけど、なんとなく良さそうな気がしたのよ」
「来葉さんって未来を視なくても勘が鋭いんですね」
「うーん、よく未来を視ているからそういう勘が働きやすくなってるのかもね」
「そういうものですか……」
 かなみにはよくわからなかった。
「それで父さんはこの先にいるんですか?」
「ええ、この先にある村に現れる」
「どうしてわかったんですか?」
「かなみちゃん、山羽さんって覚えてる?」
「え、確か国会議員の候補さん、でしたっけ?」
 以前、来葉は有間という国会議員候補から未来を占って欲しいと依頼を受けた。
 その際に対立候補である山羽とも会うことになった。
 来葉曰く「フリーの怪人」であるセイキャストに襲われるところを救ったことがある。
「あれから依頼を受けてね。といっても、正確には交友の村長さんの依頼なんだけど」
「それはこれから行く村の村長さんのことですか?」
「ええ。近々村合併の話を持ちかけられて村を残せないかって話でね。まあその話自体はかなみちゃんのお父さんとは関係ないんだけど」
「そうなんですか。では、どのあたりが関係あるんですか?」
「合併の話を村に演説する際に見かけたのよ、」
「えぇ!? そこで関係してくるんですか!?」
 かなみは大いに驚く。
「私も凄く驚いたわ。まさかこのタイミングで見つかるとは思わなくて。――でも、このタイミングを逃したら次はいつになるかわからないわ」
「………………」
 かなみは深刻そうな顔をする。
「私はこの機会を逃すつもりはないわ。必ずかなみちゃんに会わせてあげる。でも会った時はどうするつもりなの?」
「……正直どうしたらいいかわかりません。父さんとあまり話をしたこともないし、何を話したらいいか」
「だったら、みあちゃんが言う通りガツンと殴ってあげなさい」
「え、えぇ、それは……」
「そのくらいの勢いで、ってことよ」
「なんていうか……その言い方、社長みたいですね」
「え、えぇ、そ、そう?」
 かなみの返答に、来葉は戸惑う。
「あのね、かなみちゃん? 今回私はあるみの代わりに来てるつもりでいるんだけど」
「そ、そうなんですか!? 社長の代わりって、社長は来れないからってことですか?」
「え、ええ、あるみは他に外せない用事があってね」
 来葉は言葉を濁す。
 まさか、今母の涼美と戦っている真っ最中だなんて言えるはずがない。

――涼美の方にもその情報が来てしまったわ

 来葉は未来視で得た情報を真っ先にあるみに伝えた。
「そっちの方は私に任せておいて」
 あるみはそう言ってくれた。
「多分、涼美は強引に押し通ることになるわね」
「ええ、そうね。そのくらいは未来を視なくても想像がつくわ」
「だから、私が食い止める」
「大丈夫なの?」
 来葉は不安を口にする。
 あるみのことはそうなんだけど、それ以上に戦うことになるであろう来葉の方もそうだ。
「心配いらないわ、さすがに全力ではやらないわ。マスコットへの魔力供給でそちらの位置は把握しておく必要もあるしね」
「……それだと、涼美とまともに戦うのは厳しいんじゃない?」
「うーん、そうね。さすがに全力を出せないとなるとね」
 いつもだったら「大丈夫、必ず勝つ」と豪語してくれるのに、あるみがそこまで言うなんて珍しかった。
 それだけ涼美は強いということであるし、来葉もそれはよく知っている。
「それでもなんとかするから。来葉はかなみちゃんをよろしくね」
「ええ」
 あるみはそう言い、来葉はそれを了承した。
 そういういきさつがあって、今来葉はかなみと一緒にいる。
 こうしている今も父親に会おうとしている涼美とそれを阻むあるみが戦っているだろう。
 なんとかする。と言ったあるみのことを来葉は信じている。
 だから、自分も自分の役割を果たそう。
 そう自分に心のなかで言い聞かせて、来葉は席を立つ。
「行きましょう、かなみちゃん」



 一方その頃、アルミとスズミの戦いは、夕方から夜へ、さらに夜通し行われてまだ続いていた。

チリリリリン!
ドゴォォォォン!!

 鈴の音が響いた直後に爆音が轟く。
 ずっとそのサイクルが行われていた。
「いつまで続くのじゃろうな」
 戦いをずっと眺めていた仙人の煌黄は呆れ返っていた。
 はじめの方こそ、二人のとてつもない魔力の衝突に好奇の目で観戦していたのだけど、それが何時間も続くとは思わなかった。
 二人が戦った場所は草は地面ごとえぐれ、木は根こそぎ吹き飛ばされている。
 それを夜通し行われているのだから辺り一帯は砂地に変貌していた。
 この後処理を自分の仙術でやらなければならないとなると、少々骨が折れるなと煌黄は憂鬱になっていた。
「あれだけの戦いをこれほど長く続けるとなると相当魔力を消耗しているはずだというのに一向に終わる気配がない。恐ろしいものじゃな、魔法少女というのも。スズミもさすがにかなみの母ということはあるな。既に仙人になれる資質を十分に備えておる」
 二人の戦いを観察し、煌黄は涼美をそう評する。
「じゃが、まだ全力を出し切っていないアルミの方が上手のようじゃな」

ドゴォォォォン!

 爆音とともに砂柱が立つ。
「ディストーションドライバー!!」
 この戦いで何度目になるかわからない、必殺の魔法を来葉へと突き出す。
 来葉はこれを巨大な金の鈴を盾代わりにすることでかわす。

チリリリリン!!

 鈴が甲高い音色を立てて粉々に砕け散る。
 鈴にはスズミの魔力を通していて簡単に壊れないようになっている。その強度を易々と貫いてくるアルミの魔法に、スズミは驚きはしない。
 何故ならアルミのことはよく知っていて、彼女と戦うということはどういうことなのか。よく知っているからだ。
 最も戦いたくない相手となると、間違いなくアルミだ。
 まともに戦ったら勝ち目はない。
 それでもなお互角以上に戦えているのはアルミが全力で来ていないおかげだ。
 全力を出すのに躊躇があるのか、あるいは全力を出せない事情があるのか。
 いずれにしても、そのおかげでスズミはまだ勝機があった。
 今回に限って言えば、何も戦って倒すことが勝利ではない。
 スズミの目的はあくまで行方不明になった父が現れるであろう村にたどり着くこと。
 アルミの目的はそれを阻止すること。
 ならば、戦いに乗じてアルミを出し抜ければ、スズミの勝利なのである。
(それが出来ないから、こうして戦いは続いてるんだけどね)
 勝機はあくまで勝機。未だ勝利は結びついていない。
「どうして~、ここまで邪魔をするかしらねぇ?」
「あの娘に父親を失う目に遭わせたくないからよ。それにあなただって人殺しになって欲しくないから」
「本当にお節介ねぇ、あるみちゃんはぁ。――家族の問題でしょ、これは」
 スズミはアルミに言葉のナイフを突き刺すように力強く言う。
「ええ、そうね。あなたが私達のことを家族だと思っていなかったのは残念だけど、事実だから仕方ないわね」
「だったら、大人しくそこをどいてくださらない部外者さん?」
 スズミはあえてアルミが傷つく言葉を選んで、それを言い放つ。
 それで退くとも思えないけど。
「さすがに部外者さんって言われると傷つくわね。その部外者に娘を任せて暴走したのはどこの誰かしらね?」
「――!」
 ナイフを突き返された。
「その娘はあなたのことをどうしたの? 恨んだ? 傷つけた? 殺した?」
「そ、それは……」
 スズミは言いよどむ。
 あの時、決死の覚悟でかなみに会いに行った。
 娘を放っておいて、一人で裏切った父親を探して、それで結局見つけ出すことはできなかった。
――娘を一人にしてしまった。
 あとにはその事実だけが残った。
 やがて、そのことを後悔するようになった。
 娘はきっと恨んでいるだろう、殺したいだろう、と思っているに違いない。
――それは仕方がない。
 スズミはそう思っていたけど、会おうと思っても会えなかった。
 殺されても仕方がないけど、娘に殺されるのだけは嫌だった。
 そう思っていたから中々会うことができなかった。
 アルミから「かなみちゃんはあなたへの恨み言を一つも言わなかったわ」とそう伝えられるまでは。
「――かなみちゃんはあなたを許したでしょ?」
「………………」
 許してくれた。

『殺されてもとか、そんなこと思うわけないじゃない』
『恨んでなんかない!』

 そう言ってくれたことを何度も反芻した。
 どれほど嬉しかったか。どれほど救われたか。
――自分の生命をこの娘のために使おう。
 そうしよう、と決意するほどまでだった。
「私も許せって?」
「ええ、かなみちゃんのそれに比べたら全然難しいことじゃないわ」
「簡単に言ってくれるわねぇ」
 スズミは疲れ切った一言を口にする。
「私には無理よぉ」
 スズミは鈴を投げ入れる。

チリリリリン!!

 鈴が甲高く鳴る。
 スズミの悲鳴のように高く鳴っていく。
「無理ってことはないでしょうが」
 アルミは鈴をドライバーで突いて打ち砕く。
「ちゃんと話しなさいよ、家族の問題なんだから!」
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