まほカン

jukaito

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第86話 激震! 少女の戦いは大山を揺るがす! (Dパート)

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「本当にしぶといわね!」
 ミアは文句を吐き捨てる。
 カナミとヨロズの同時攻撃、二人の支部長の猛攻、それに加えて自分達四人の魔法少女が攻撃を仕掛けている。
 これだけの攻撃を受けても、なお押し切れず、反撃まで仕掛けてくる。
 むしろ、追い詰められているのはこちらの方かとさえ思えてくる。
「十二席……本当に、本物の化け物ね!」
 改めて実感させられる。
「はあああああああッ!」
 スイカはレイピアで一突きする。
 しかし、またしても剛腕に阻まれてレイピアが折れてしまう。
 スイカは歯がゆかった。
 本当だったら、今すぐにでもカナミの元へ駆けつけたい。
 しかし、そのときにミアが糸で呼びかけてきた。
『今はカナミよりあいつを追い詰めて倒すのよ!』
「で、でも……カナミさんが……!」
『今やらないとカナミの頑張りが無駄になってしまうのよ。やるしかないのよ!』
「う、うぅ……」
 スイカは悔しさで歯噛みする。
 ここでヘヴルを倒して、元の世界に帰さなければこの山どころかもっと広い範囲で次元のチカラが働いて酷いことになる。だからカナミも必死に戦った。
 それで傷ついて……心配でたまらない。
『お願い、スイカ!』
「――!」
 絞り出すようなミアの声を聞いて、スイカは驚く。
 これまでミアが人に頼むなんてことは滅多になかった。それを自分にした。
 事態は切羽詰まっている。
 カナミのところへいって無事を確かめるべきだと思うだけど。
 今の一言を聞いてしまったら、スイカは戦うべきだと心が傾いてしまう。
「……わかったわ」
 そう言ってスイカはレイピアを作り出して、ヘヴルへ攻撃する。
「タイミングを間違えたら、カウンターで命取りになるわ」
 ミアはシオリとモモミに忠告する。
 スイカが最前線で戦って、二人が援護する。
 一撃でも反撃を受けたら命取りになる。そのため、スイカの攻撃の前後にミア達三人が遠距離でサポートする布陣だ。
 スピードとタイミングが命であった。
 幸いにもこの戦法はヘヴルが二人の支部長にほぼ注意を向けていること、スイカがミアの見立てよりも速いスピードで攻めてくれていることで成功している。
 しかし、それでもヘヴルを倒す決定打にはなっていない。
 スイカもいつまでヘヴルの反撃をかわすだけのスピードを保っていられるかわからない。
「カナミがいれば……!」
 ミアは思わず弱音をこぼす。
「いれば、ではないな」
 煌黄は言う。
「……そうね、いない奴をあてにしてたら負けね」
「あ、いや違うぞ」
 訂正する。
「何が違うっていうのよ?」
「――いるんじゃよ。奴はこっちに来ておるぞ」
「はあ?」
 ミアはこの仙人はボケたのか本気で思って無視しようかと思った。

バァァァァァン!!

 その瞬間、聞き慣れた砲弾の発射音が聞こえる。
 砲弾は木々をなぎ倒していき、ヘヴルへ向かっていく。
「ぬうッ!?」
 ヘヴルは驚愕し、防御が遅れる。
 結果、砲弾は直撃し、吹っ飛ぶ。
「グッ!?」
 ヘヴルは苦痛で呻き声を漏らす。残っていた四本のうち一本が上がらなくなった。
「来るか……!?」
 ヘヴルは三本の腕で迎え撃つ体勢に入る。
 しかし、接近してきたのはチューソーとヒバシラだった。
「貴様らではないッ!」
 ヘヴルは二人を殴り飛ばして返り討ちにする。
 いくら、支部長とはいえ今持ちうる力で思い切り殴り飛ばしたのだから、タダではすむまい。
「――隙をみせたな!」
 獰猛な獣が人の言葉を借りて出した声がする。

ドゴォォォォォン!!

 ヨロズが一発の弾丸となって突撃してくる。
 ヘヴルはこれを防御することもできずに直撃する。
 その勢いのままに山の木々はなぎ倒され、まるで噴火して流れ出した溶岩のように上から下へ流れていく。
「があああああああああッ!!」
 ヘヴルはこのまま流れ落ちてなるものかと、ヨロズを二本の腕で投げ上げる。

バァァァァァン!!

 しかし、そこへ砲弾が飛んできて直撃する。
「見事な連携じゃな。即興にしては上出来じゃ」
 煌黄はカナミとヨロズの連携を称賛する。
「それで倒せればいいんだけど……」
 ミアの不安は未だ拭えていなかった。
「ヨロズ、大丈夫なの?」
 空中でカナミとヨロズが合流する。
「無論だ。俺はまだ戦える」
「………………」
「心配そうな顔をするな。お前と決着をつけるまで死ぬつもりはない」
「……はいはい。死ぬつもりは無くても死なないでよ」
「うむ」
 ヨロズはそう言って、ヘヴルへ突撃する。
「死なないでよ、か……」
 ヨロズはカナミの言葉を頭の中で反芻する。
「あのような言葉が何故出てくるのだろうな。敵である俺に対してかける言葉ではないはずだ。なのに、あれは敵への言葉ではなかった。何故だ、何故だ?」
「――戦いを前にして自問自答とは余裕だな」
 ヘヴルの拳が飛んでくる。

ドォン! ドォン! ドォン!

 ヨロズはこれを拳で受け止める。
 互いの剛腕による打ち合い。どちらもちぎれそうなほどのボロボロになっていて、打ち付けるたびに血飛沫が上がる。
 ヨロズの方も身体はもう限界だった。
 しかし、オプスが力を与えてくれる。限界が迎えても戦えるように限界以上の力をくれる。
「余裕などない……ただ、自問自答できるものほど俺は自分をもっていない」
 ヨロズは生まれてまもないから、自分が一体何なのかよくわかっていない。
 ただ、漠然と生まれて、カナミに勝つことが目的だと認識してこれまでやってきた。
 何度も戦い、敗北してきた。
 どうして勝てないのか、何度も何度も考えても答えが出なかった。
 怪人は人間よりも優れている。自分は誰よりも怪人らしいと教わってきた。
 岩を砕く腕、音よりも速い足、鳥のような羽、どれも人間にはないものだ。にも関わらず人間である魔法少女カナミには一度たりとも勝っていない。
「がああああああッ!!」
 ヨロズは押し負けて、殴り飛ばされる。

バァァァァァン!!

 そこへカナミの砲弾がヘヴルへ飛んでくる。
「ぐッ!」
 ヘヴルはこれを弾き飛ばす。
 さっきヘヴルへ砲弾が飛んできて、ヨロズにとどめをさしきれない。
「目障りだ! よほどお前を守りたいように見えるが……!」
「守る、何故だ? 俺は敵だ、守るはずがない!?」
「そうか」
 ヘヴルはそう言って、ヨロズを殴る。
 もうヘヴルには二本の腕しか残っていない。力はもうほとんど残っていないはずなのに、押しきれていない。それどころか反撃で返り討ちにあいそうになっている。
 さすが十二席の一人というべきか。
 このままでは勝てないかもしれない。だが、カナミなら……。
「カナミなら負けないかもしれないな」
「何?」
「カナミは勝てると言った……俺もそう思った」
「ならばお前は勝てないということか」
 ヘヴルはそう言い放ち、剛腕を振るう。
「そうかもしれない」
 ヨロズはそれを認め、ヘヴルの拳を受ける。
「がああああああッ!!」
 しかし、ヨロズは吹き飛ぶことなく雄叫びを上げて踏ん張る。
「む!?」
 ヘヴルは驚愕する。
「俺はお前に勝てないかもしれないが、カナミならお前に勝てるだろう」
「何?」
「だったら、俺はカナミのように戦えば勝てるかもしれない」
「貴様、何を言っている!?」
「おおおおおおおッ!!」
 ヨロズは雄叫びを上げ、オプスのチカラと自分の残っているチカラを捻出する。
 黒い光の柱が立つ。
「な、なに、あれ?」
 空からヨロズの援護をしていたカナミは驚愕する。
『ヨロズとオプスのチカラ、混じり合ってるよ』
 リュミィがカナミの頭の中から驚きの声をあげる。
「混ざり合ったら何が起きるの?」
『わからない!』
「そうよね!」
 ヘヴルは黒い光の柱に向かって突撃する。
「させない!」
 カナミは魔法弾を撃ち込む。
「むう! 邪魔をするか!」
「当たり前でしょ! 私はあんたの敵なんだから! 神殺砲! ボーナスキャノン!!」
 カナミは即座に砲弾を放つ。

ドゴォォォォォン!!

 爆煙の中でヘヴルは姿を現わす。
「ヨロズは貴様なら俺に勝てると言ったが、俺はそうは思えんな!」
 ヘヴルは飛び上がって拳を振るう。
 カナミはその拳をかわす。
 しかし、その拳によって巻き起こった突風に煽られる。
「くううッ!!」
 カナミは懸命に旋回して体勢を立て直す。
 ヘヴルは追撃してくる。
 カナミにはもう拳を避けるだけの体力は残っていない。
 しかし、リュミィの羽へ念じるだけで動いてくれるから、カナミ自身には体力が必要無い。
 ただ念じるだけの精神力さえ残っていればいい。

――もし、この拳が当たったら。

 心臓が脈打ち、視界が歪みそうになる。
 体力を使わないけど、精神をすり減らされる。
(動け! 飛べ! 避けろ! かわせ!)
 ただ、それでも念じ続ける。
 その集中力が途絶えた時が一巻の終わりなのだから。
「大したものだな。俺に勝てるといったのは大言壮語ではないようだ」
「言ったのは私じゃないわ!」
「誰が言ったのかは問題ではない。俺に言われたことが問題なんだ!」
「そんな迷惑な!」
 カナミは憤慨し、拳に向かって魔法弾を撃ちこむ。
「があッ!?」
「でも、あんたには勝たないといけないのよ!!」
「そうか!」
 ヘヴルの上がらずにだらりと下がっていた腕が動く。
「――!」
 完全に死んでいてもう動かないと思っていた腕が動いて、思わぬ角度から攻撃がやってくる。
「グフッ!?」
 横腹を殴られて吹っ飛ぶ。
『カナミ!』
 カナミの意識が一瞬飛んで、リュミィの声で覚醒する。
 しかし、その一瞬が命取りになってしまったことを悟る。
 ヘヴルが拳を自分に向かって振り下ろされるところが見えた。
 避けなくちゃ、と、思ったところで、拳が止まる。

ドスン!

 誰かが、その拳を受けて止めてくれた。
「おおぉぉぉぉぉッ!!」
 その誰かは雄叫びを上げて反撃する。
「グブ!?」
 ヘヴルはたまらず吹っ飛ぶ。
「誰……?」
 カナミは問いかける。
 その誰かは少女だった。オレンジ色の髪、カナミと同じくらいの背格好をした少女で、魔法少女らしかった。しかし、その背中にはオプスの黒い羽が生えていた。
「オプス? もしかして、あんたヨロズなの!?」
「それがどうした?」
「それが!? なんであんた女の子に!? っていうか、魔法少女になってるの!?」
「わからない」
「わからないって、あんた魔法少女になったのよ!?」
「奴を倒し、お前に勝てればそれでいい」
「サバサバしてるのね……」
 カナミは感心する。
「おしゃべりはここまでだ」
 ヨロズがそう言うと、ヘヴルはこちらへ向かってくる。
「いくぞ!」
「ええ!」
 ヨロズの呼びかけにカナミはごく自然に応じる。
 白と黒の妖精の羽が光り輝く。
「神殺砲! ボーナスキャノン!!」
 砲弾を撃ち込む。
「があああああああッ!!」
 ヘヴルはこれを受け止める。そこへヨロズが剛腕を振るう。
「ウルスフィスト!!」
 熊の太い腕から魔法少女の細い腕に変化しても威力は衰えていなかった。それどころか増しているようにすら見える。
「グガッ!」
「ボーナスキャノン!!」
 すかさず砲弾を撃つ。

ドゴォォォォォン!!
バゴォォォォォン!!
ドゴォォォォォン!!

 爆音が山に鳴り響く。
 確実にヘヴルを追い詰めている。しかし、同時にカナミとヨロズの方にも限界が近づいている。
 身体は軋みを上げ、全身が音を上げる寸前だ。
 攻撃するだけで、体力と精神が消耗していく。ボロボロの身体がすぐにバラバラになってしまいそうだ。
 本当にバラバラになる前に、押し切らなければ!
「カナミも同じことを考えているようだな」
 ヨロズが語りかけてくる。
「そういうことはあんたも!」
 カナミはヨロズが言いたいことがなんとなくわかる。
 敵であるにも関わらず、どうしてこんなにも心が通じ合うのか。
 多分、今は肩を並べて戦っているからかもしれないし、あるいは……
「ボーナスキャノン・アディション!!」
 カナミは全力の神殺砲を撃つ。
 ヘヴルは残った二本の腕でそれを受け止める。
「があああああああッ!!」
 裂帛の声を上げ、神殺砲を受け流す。
「ウルスフィスト!!」
 ヨロズは剛腕を振るい、ヘヴルを殴る。

ドゴォォォォォン!!

 ヨロズの剛腕を受けたヘヴルの腕は砕け散る。
 これでヘヴルの残る腕は一本だけになった。
 その一本の腕でヨロズを殴り飛ばす。
「これが貴様達の限界か!? ならば、俺の――!」
「私達の勝ちよ!」
 ヨロズの勝ち口上を遮って、カナミは宣言する。
「何!?」
 ヨロズは周囲に自分に向けられている魔力に気づく。
 カナミのステッキから飛ばされた鈴だ。
 ヨロズとヘヴルが打ち合っている間に充填していた、カナミの鈴による全方位の神殺砲だ。
「全方位神殺砲! ダイ・スー・シー!!」
 カナミの掛け声とともに、神殺砲の砲弾が一斉に発射される。

バァァァァァァァァァァン!!

 全方位から放たれた神殺砲全てがヨロズを捉えて大爆発を引き起こす。



 爆音は隣の山にまで響き渡った。
「決着ね」
 あるみはそれを見て言う。
「ヘヴルがあそこまで粘るなんてね……それを押し切った彼女達もさすがね。あなたはそこまで読んでいたわけね」
「さあ、どうだか」
 あるみはとぼけてみせる。
 実際のところ、予想を超える事態は何度も起きた。
 ただそれでもカナミ達なら乗り越えられると信じていた。
「いずれにしても、あとは私達の仕事ね」



「話には聞いていたけど、凄まじい威力ね」
 ミアは呆れつつもその威力を評価する。
「……勝ったんでしょうか?」
 シオリは不安げにミアへ訊く。
「これで勝てなかったら私が仕留めるだけよ」
 モモミはそう言って、銃を構える。
「カナミさん……!」
 スイカはすぐにカナミの元へ駆け寄る。
 そのカナミはというと魔力を使い果たし、立つチカラは残っていないが、羽に念じることでなんとか立っている状態を保てている。いや、立っているというより浮いているといった方が正しいかもしれない。
「ハァハァ……」
 呼吸をする度に視界が明滅する。
 少しでも気を抜くと意識が失いそうだ。
 だけど、ちゃんと見届けないといけない。この戦いの行方を、自分が引き起こしてしまった事態の終息を。
「――貴様達の勝ちだ」
 ヘヴルの敗北宣言が聞こえる。
 姿を現わしたヘヴルは全ての腕が砕け散って、身体は砂の山のように崩れ落ちていく。
「俺はもうチカラを使い果たした……煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「そうしてやりたけど、それをするのはわたしじゃないわ」
 カナミの傍らに、スズミとチトセが現れる。
「よく頑張ったわね、カナミちゃん!」
「あとは私達にぃ、任せて~」
 スズミとチトセが手をかざすと、ヨロズの周囲の空間がピキピキとガラスのように割れていく。
「これは……そうか、俺をこの世界から追い出すつもりか?」
「ご名答~」
「安心しなさい、ちゃんと元の世界に帰してあげるから」
「フン」
 チトセの発言をヘヴルは鼻で笑う。
「別に元の世界に帰してもらわなくても構わなかったのだがな。俺は十分に戦い抜いて満足している」
 ヘヴルはカナミへ視線を向ける。
「お前が次の十二席に相応しい」
「かってなこといわないで、わたしはそんなものにきょうみないから……!」
 カナミはヘヴルの発言を否定する。
「――ならば、その座は私がいただこうか」
 声が聞こえる。
 その次の瞬間、ヘヴルの胸が撃ち抜かれる。
「……え!?」
 カナミ達は驚愕する。
「断末魔をあがることなく逝ったか。そのチカラさえ残っていなかったということか」
 赤い外套を羽織った男が姿を現わす。
「カリウス!?」
 思ってもみなかった男の登場だった。カナミが怪人ホテルで会った時、自分が生きていることは誰にも知られてはならないと言っていたからこの場に現れることなど予想もつかなかった。
「どうしてあんたがここに?」
「漁夫の利。いや最後においしいところをかっさらいに来ただけだよ」
「おいしいところ? ヘヴルにとどめをさしたこと?」
「そうだ。君達が苦労して勝ったヘヴルを私は労せずして倒すことが出来た」
「………………」
 カナミはカリウスは睨みつける。もう戦うチカラは残っていないし、向こうも戦う気はないみたいだ。だけど、カリウスの言動からは理屈抜きで苛立たせられる
「そう睨まないでくれ。これは君を守るためでもあるんだ」
「どういうこと?」
「あのままだと、君が次の十二席の一人になっていた。ヘヴルを倒した君がね」
「私が十二席!?」
「君が望む望まずに関わらずね。そうなると私としては少々面倒だからね」
「さっきはおいしいところをかっさらいに来たって言ったじゃない?」
「もちろん、おいしいところもさ。これで私は十二席の一員だ。消息不明の身から大出世といっていい。せいぜい利用させてもらうよ」
 カナミはカリウスの不気味さに警戒する。
「さて、それじゃ仕上げね」
 チトセは言う。
「思わぬ横槍が入ってきたけど、ヘヴルを元の世界に戻すことに変わりはないわ。たとえ死体であっても」
 そう言ってチトセは手をかざす。
 すると、割れた空間にヘヴルが吸い寄せられていて、ぐちゃぐちゃに混ぜられたカオスの空間にヘヴルは完全に飲み込まれて跡形もなく消える。
「ミッション~、コンプリート~」
 スズミのその宣言で本当に終わったことを悟る。
 怪人ホテルの戦いで別世界に流れ着いてしまい、ヘヴルと戦った。その戦いで自分だけでなくヘヴルまでこちらの世界にやってきてしまい、次元のチカラが働いて街や国を消し飛ばしてしまわないか気が気じゃなかった。
 それが今ヘヴルを元の世界に帰したことでようやく解決することができた。
 今回の件はわしの不手際でもあるからな。
 煌黄はそう言ってくれたけど、カナミ自身は責任を感じずにいられなくて、これで肩の荷がおりたといっていい。
「あ……」
 そうなると身体の力が抜けて、妖精の羽も消える。
「おつかれさまぁ~」
 スズミはカナミを抱きとめる。
「カナミさん!」
 スイカがカナミを呼ぶ。
「スイカさん……みんな……」
 まずスイカが目に入る。次にミア達が近づいてくるのが視えた。
「本当によくがんばったのう。感謝するぞ」
「コウちゃん……」
「カナミ、お主のおかげでわしは命を賭けずに済んだ。いわば命の恩人じゃ」
「そんな、おおげさな……」
「大袈裟なものか。この礼はいつか必ずするからな。それではな」
 煌黄はそう言って、姿を消す。
「コウちゃん、いっちゃったの……?」
 カナミはあんとなく煌黄がこの世界から去っていたことを察する。煌黄はこの世界にやってきてしまったヘヴルを帰すためにやってきた。
 その目的は今果たされたのだから、この世界を去るのは道理だろう。
(もうすこしぐらい、ゆっくりしていってもいいのに……)
 カナミは心中でぼやく。同時にすぐにまた会えるような気もするから不思議とさみしくはなかった。
「さてヨロズ、私達も去るぞ」
「……了解」
 カリウスの命を受けて、ヨロズも去ろうとする。
「どこにいくの?」
 カナミは訊く。
「ネガサイド本部」
 カリウスはあっさり答える。
「カナミ、後回しにした決着はいつかつける」
 ヨロズははそう言って、カリウスともども姿を消す。
「カナミさん、あの女の子誰だったの?」
 ヨロズの変貌を知らないスイカはカナミに訊く。そのスイカの心中は「また新しい女の子がカナミさんの前に現れた」と穏やかではないが。
「ヨロズです……どうして、あんなすがたになったのか、わかりませんが」
「「「ええ!?」」」
 スイカ達は一斉に驚く。
「どうして、あの姿になったのかある程度想像は出来るけどね」
 チトセは言う。
「まあ~今はぁ帰ってゆっくり休みましょう~みんなぁ疲れてるからねぇ」
「さん、せい……」
 スズミの発言に賛成したところで、カナミの意識は途切れる。
 緊張の糸が切れて、限界を迎えたようだ。死体とはいえヘヴルを元の世界に帰す作戦をやり遂げることが出来たのだから満足感に満ちていた。



「こんな結果、納得がいくかぁぁぁぁぁぁッ!!」
 ヒバシラは怒声を張り上げる。
「しかし、決定は決定だ」
 極星が極めて冷静な口調で言う。
「納得がいかん!」
 チューソーも異を唱える。
「極星の言う通りよ。判真様の決めたことだから従わざるを得ないわ」
 いろかは言う。
「いろか、貴様はそれでいいのかぁ!?」
 ヒバシラが食って掛かる。
「いいも何も、ヘヴル様を倒した者が次の十二席の座につくという勅命だったのだから、そのヘヴル様を倒したカリウスが十二席の座につくのが道理でしょ」
「それが納得いかねえって言ってるんだろがぁぁぁッ!!」
 ヒバシラは燃え上がって訴えかける。
「――静粛にしなさい」
 そこへ視百が言い放つ。
「ぬぅ!」
 さすがに目上の十二席には逆らえず、ヒバシラは従う。
 ネガサイド本部の黒だけが果てしなく広がる空間に、各支部長達と視百、女郎姪、壊ゼルといった三人の十二席が列席している。
 大半の十二席はこの騒動に興味を無くして姿を消した。
 だけど、支部長達はどうしても見届けなくてはならなかった。
 何しろ、消息不明だったはずの関東支部長カリウスがヘヴルを倒してしまったのだ。
 ヘヴルを倒した者が次の十二席の一員になる。そうなると同格、あるいは死んでいたと思っていた男がいきなり自分達よりも目上に出世することになるのだから穏やかではいられない。
「視百様、あんたはいいのか? こんな結果で十二席の一員を決めるなんざ!」
 チューソーは問いかける。
「納得がいってないのは私も同じだ」
「しかし!」
 壊ゼルは檄を飛ばし、チューソー達はたじろぐ。
「判真が取り決めたことだ。決定は覆らない。お前達もそれを承知していたからこそヘヴルと戦ったのではないのか?」
「ぬぅ……」
 ヒバシラの身体の火が揺らめく。
 完全に壊ゼルの物言いに気圧されていた。
「しかし、異を唱えるのは自由だ。判真に物申すのも、俺達の寝首をかいて空いた十二席の座につくのもな」
「それはいくらなんでも自由すぎる」
 視百は苦言を呈する。
「十二席は六天王様か判真様が取り決める。寝首をかくような卑怯者に十二席は務まらない」
「俺は最後の一撃を入れただけの卑怯者だがな」
 カリウスが不意に現れる。
「か、カリウス、貴様ぁぁぁぁぁッ!!」
 カリウスを見るなり、ヒバシラは怒声を上げる。
 そのまま、襲い掛かる勢いだ。
「静止せよ」
 判真が現れ、言い放つ。
「……!」
 ヒバシラは鎮火したように勢いを無くす。
「判真様、本当にその卑怯者が十二席の一人にするのですか?」
 チューソーは未練がましく問う。
「決定に変更は無い」
 判真は厳粛に告げる。
「たった今よりこのカリウスが十二席の一人だ」



 何日も眠っていたかのようなそんな深い眠りから覚めような感覚がする。
 目覚めた場所は、いつものアパートの部屋。涼美が運んでくれたらしい。
 登校時間にはまだ余裕があったので、涼美が作ってくれた朝食をゆっくり食べながら、戦いが終わった後何があったのか涼美が話してくれた。
 ヘヴルはカリウスの一撃によって死んだ。
 涼美と千歳が元の世界に帰したのは正確に言うとヘヴルの死体。それでも、元の世界に帰したことでこの世界にはもう異変が起きることはなくなった。
 煌黄も元の世界に帰ったことで、なんだかこの部屋も少しさびしい気がしてくる。
 事態は無事解決した。
 いろかや他の支部長、怪人達も目当てのヘヴルが倒されたことで大人しく山から去った。
 それで、かなみ達は無事に山から帰れた。
 そこまで話をして、かなみはホッと一息をついた。
 随分長く話したような気がするけど、終わってみればちょうど登校時間になっていた。
「――カリウスは新しい十二席の一員になったそうよぉ。それが何を意味をするのかぁ私にもわからないけどねぇ」
 最後に涼美はこう言っていた。
 あの時、ヘヴルに最後のとどめの一撃を放ったのは、カリウスだった。
 ヘヴルを倒した者が新しい十二席の一人になる、という話だったから当然のことだろうけど、まさかカリウスが十二席に入るなんて。
 カリウス、あの得体の知れない男が最高役員十二席の地位を得て何をするのか。
「混沌」
 その不吉な単語だけが思い浮かび、間違いなく自分を巻き込んでくるだろう。
「――!」
 曲がり角から不意に橙色の衣装を纏った少女が現れる。肩には黒い羽の妖精がいる。
「ヨロズ……!」
「お前に一言言いたいことができたから来た」
「言いたいこと?」
「カリウスが十二席の一人になったことは知っているな」
「ええ、聞いたわ」
「そのカリウスから辞令を受けた」
「辞令?」
「判真を含む複数の十二席がこれに賛成したことで正式に決定したことだ」
「ちょっとなんのことだかわからないんだけど」
「ネガサイド日本局関東支部長に就任した」
「――!!」
 それを聞いて、かなみは絶句した。
「ただ、それだけだ」
 ヨロズはそう言って背を向ける。
「ちょ、ちょっと! あんた、そんなことを私に伝えて何のつもりよ!?」
「……お前に伝えたかった」
 ヨロズはそう答える。
 嘘を言っているように見えない。
 だけど、そんなことを言われたところで、かなみはどうしたらいいのかわからない。
 関東支部長に就任。出世したといっていい。普通だったらここで「おめでとう」と祝福するべきところなのかもしれないとも思った。ヨロズは敵だし、悪の秘密結社の幹部になったことを祝うのもどうかとも思ってしまう。
「あんた、私に伝えて私にどうしろっていうのよ?」
「お前に伝えたかった。それだけだ」
「……私は敵だからあんたに『おめでとう』なんて言わないわよ」
「わかっている」
 ヨロズはそう言って曲がり角へ去っていく。
「……何しにきたのかしらね?」
 マニィとリュミィに問いかけてみる。
「わからないね」
『かなみに会いたかったんじゃない』
「……え?」
 リュミィは普通に声が聞こえた。
 いや、それよりもその言葉が気になった。
「私に会いたかった、なんで?」
 それは多分ヨロズに聞こえても「わからない」と答えるだろう。何故だかわからないけど、それだけはわかる。
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