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第86話 激震! 少女の戦いは大山を揺るがす! (Cパート)
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ズドォォォン!! ゴォォォォォン!! キィィィィィン!!
ヘヴルとチューソー、ヒバシラの戦いはさながら地獄絵図のようであった。
打突音、業火音、金切り音がごちゃまぜとなった爆音の狂想曲と辺り一帯は風情ある雑木林から一転して木々は崩れ落ち、もしくは焼け落ちる灼熱地獄と化していた。
その中で優位に立っていたのはヘヴルだった。
傍から見たら、支部長二人を相手取っているのに、と思われるが実のところ、今の状況は単純な二対一ではないのだ。
何故なら、チューソーとヒバシラは共通の目的――ヘヴルを倒して十二席の座につくこと、があるものの、自分が倒すために互いを出し抜くように戦っている。その結果、ヒバシラは周囲の木々を燃やしつつ、その火をヘヴルにぶつけようとする。チューソーは手数を補うために木をぶつける戦法がとりづらくなる。反対に、チューソーは手数を切り倒して武器としてヘヴルをぶつけようとする。ヒバシラは燃やす木が無くなって、ヘヴルへの攻撃手段が減ってしまう。ということになる。
ヘヴルは二人の戦いぶりをみにくい足の引っ張り合いだと心中でぼやいた。
また二人もこれなら一人の方が戦いやすいと思いつつあった。
「チューソー、てめえは退けぇぇッ!」
「何故俺が退かねばならん! 退くのは貴様の方だ!!」
言い争いまで始めた。
互いに支部長にまで上りつめた身。自らの実力に絶対を持ち、成り上がろうとする野心はそこいらの怪人などとは比較にならないほど大きい。たとえ、それによって自らが滅びることになっても。
「見るに耐えん」
ヘヴルはそう吐き捨てる。
「なにぉぉぉぉぉッ!!」
「いくら十二席のヘヴルとてええええええッ!!」
二人は一斉に突進する。
「やぶれかぶれか。しかし、それゆえになめてかかってはいかんな」
相手は支部長だから、とヘヴルは下手に避けようとはせず、正面から六本の腕で受け止めることにした。
「ボーナスキャノン!!」
その時、予期せぬ方向から砲弾が飛んできた。
「ぐッ!?」
予期していなかっただけに砲弾はヘヴルへ直撃し、体勢が崩れる。
そこへ、チューソーとヒバシラの拳を受けて吹っ飛ぶ。
「今のは!?」
「横槍かぁぁぁぁッ!?」
これで優勢になっても浮かれたり油断しないのが支部長だ。
砲弾が飛んできた方向を見据え、術者を捕捉する。
「「魔法少女カナミッ!!」」
二人は声を揃え、名を告げる。
それと同時にカナミの方も支部長達からの視線と相対し、震える。
「ふむ!」
ヘヴルは立ち上がる。
「ようやく来たか。あるみは来ていないようだが、まあいい。さあ、貴様達はどうする?」
ヘヴルはチューソーとヒバシラへ問いかける。
「十二席の座を手に入れる条件は、俺もしくは魔法少女カナミの打倒。どちらを果たすかは自由だ。俺を狙うもカナミも狙うもな。だが、どちらにせよ、ここまでやられたのだから黙っておくつもりはない!」
「ぬぅッ!?」
「ぐぅぅぅッ!?」
ヘヴルの圧力に二人は気圧される。
――ヘヴルを狙うもカナミも狙うも自由。ならば!
二人は即決断する。
「「ヘヴル覚悟ぉッ!!」」
声が重なって、ヘヴルへ投げかけられる。
そして、再び二人はヘヴルへ攻撃を仕掛ける。
「怪人……いろかが言った通りになったでしょ?」
マニィがカナミへ言う。
「ええ……」
信用していなかったわけじゃないけど、実際目の当たりにすると驚く。
怪人が魔法少女を無視して怪人を襲う光景に。
たとえ支部長がヘヴルを無視できない状況であっても。
「ヘヴルとカナミ。挟み撃ちの状況になったらチューソーとヒバシラは迷わずヘヴルの首を狙うでしょうね。魔法少女とヘヴル、どちらかを襲ってどちらかから後ろに狙われることになったら、リスクを考えるとヘヴルの方が遥かに危険なのですから」
案内役の怪人は、いろかの言葉を借りてそう言った。
そして、作戦はこの発言を前提にたてられた。
「でも、ボヤボヤしていられないわよ」
「ええ、わかってるわ!」
カナミは駆け出して距離を詰める。慎重に少しずつ文字通り一歩ずつ。
ズドォォォン!! ゴォォォォォン!! キィィィィィン!!
鼓膜が破れそうになるほどの轟音に身体が震える。
こんな戦いを繰り広げている真っ最中なのに自分が入って大丈夫なのか。いや、きっと大丈夫じゃないだろう。
(大丈夫! みんながついてる!)
しかし、カナミは自分を奮い立たせて前進する。
「神殺砲!!」
カナミはステッキを砲台へ変化させる。
「ボーナスキャノン!!」
そして、砲弾を発射する。狙いは再びヘヴルへつける。
ヘヴルの方も砲弾に気づいて迎撃態勢に入る。六本の腕のうち、二本を神殺砲、二本をチューソー、二本をヒバシラへの防御に回す配分だ。
それで十分凌ぎ切れる、ヘヴルはそう思っていた。
ゴツン!!
そこへまたも予期しない方向から魔力でできたボールが飛んでくる。
「ガ!?」
これがヘヴルの顔面に命中し、一瞬視界を暗転する。
その隙に、神殺砲の砲弾、ヒバシラの炎、チューソーの剛腕が命中する。
「があああああッ!!」
防御体制が崩れた状態で三連撃が直撃して、大ダメージを受けたかのように思えた。
ドスン!
ヘヴルは即座に体勢を立て直し反撃を繰り出す。それによってチューソーとヒバシラが吹き飛ぶ。
「やってくれたな! ならば、貴様から仕留めるぞ魔法少女!!」
ヘヴルは猛烈な勢いでカナミへ突進してくる。
その途中で、さっきの魔力のボールやヨーヨーが飛んでくるが止まらなかった。
「――!」
今のカナミにこの突進をかわすスピードは無い。
「――捉えた!」
ヘヴルが確信した時、カナミは目の前から消える。
「なに!?」
瞬間移動かと一瞬思ったが、青い影が見えたことで違うと判断した。
「ありがとうございます、スイカさん!」
スイカが全力の超スピードでカナミを抱きかかえて救出したのだ。
「お礼はあとよ」
スイカはそう言って、ヘヴルから距離をとる。
「カナミ一人で来たわけではないということか!」
先程から入ってくる邪魔からして、ヘヴルはそう判断する。
カナミ達の作戦は、ヘヴルに唯一有効な一撃を与えられるカナミを中心に戦う、というものだ。カナミが一人でヘヴルの前に現れて注意をそらしているうちに他の魔法少女が援護する形だ。ミア、シオリ、モモミは煌黄の仙術によって気配を絶っているのでそう簡単に見つけられないようにしている。
「またお願いしますね」
カナミはそう言って、スイカからおろしてもらう。
「ええ、何度でも助けるから」
スイカはそう答える。
スイカの役目は、そのスピードを活かしていざとなったらカナミを助けることだ。さっきのように距離を詰められたら一巻の終わりなだけに最前線で戦う一人戦うカナミにつぐ重要な役目だ。スイカは与えられた大役とそれ以上に自分が救うのだと使命感に燃えていた。
「それにしても……」
スイカは冷や汗を流しつつ、呟く。
ヘヴルの怪人としての脅威は改めて見せつけられる。神殺砲が二発、チューソーとヒバシラの攻撃をあれだけ受けたにも関わらず、カナミがかわせないほどのスピードで突進してきた。もう少し自分が助けに入るのが遅かったらやられていただろう。
(いつもの怪人相手だったら最初の神殺砲一発で倒せてた……! やっぱり十二席はケタ違いなのね、気をつけてカナミさん!)
スイカは祈るような気持ちでカナミを見つめる。
「神殺砲!」
カナミは三度砲台を構える。
(攻撃が効いてないわけじゃない! このまま撃ち込み続ければ、きっと……!)
カナミは魔力の充填を始める。
スイカが距離を稼いでくれたおかげで、十分に間に合う。
「ボーナスキャノン三連射!!」
ヘヴルに向けて砲弾の三連発が放たれる。
「それは以前にみている」
ヘヴルは岩を放り投げて、相殺する。
バァァァァァン!!
岩が砕けて爆煙が巻き上がる。
「残り二発は!?」
「多分、外れたね」
マニィが耳打ちする。
「不吉なこと言わないでよ」
「いや、事実だよ」
マニィがそう言うと、カナミに寒気が走る。
虫の報せだ。
ヘヴルは爆煙に紛れてカナミへ接近する。
「――!」
カナミは一早く察知して、飛び上がる。
ポヨォン!
木と木の間に使われた糸がバネのように弾んで、カナミを飛ばす。
「ミアちゃん、チトセさんの糸を上手に扱えるようになってきたわね」
「安心するのはまだ早いよ」
マニィが警告すると、カナミは足を何かに撃ち抜かれる。
「キャッ!?」
当てられたのは小石。
ヘヴルが投げつけたことで、鉄砲玉のような威力を発揮したのだ。
体勢を崩したカナミは地面に叩きつけられる。
「あ、足が……!」
撃たれた右足に激痛が走る。
ステッキを支えにしてようやく立ち上がる。
「当たりどころが悪かったか。不運としかいいようがないな」
ヘヴルが一歩ずつ迫ってくる。
「貴様と存分に戦いたかったが、そのような負傷ではまともに戦えんな。所詮は人間ということか」
「うるさいわね……! まだ勝負はついてないでしょ!」
「そうだな、妖精のチカラを使えばまだわからんな」
ヘヴルはカナミの肩に乗っているリュミィを指して言う。
――妖精のチカラは滅多なことでは使ってはならんぞ。
煌黄の忠告が脳裏をよぎる。
リュミィのチカラを使ったら、また次元を彷徨ってしまうことになるかもしれないし、次元に穴を開いてまた予期しない事件を巻き起こしてしまうかもしれない。
そうしたら、ヘヴルを元の世界に帰すどころか、さらなる事態の悪化を招きかねない。
「使わないか、それとも使えないか。ならば、貴様を倒してからアルミを引きずりだせばいいだけのことだ」
ヘヴルがそう宣言すると、カナミは冷や汗がたれる。
――カナミ!
リュミィが心配そうな声をかける。
今リュミィの言葉がはっきりと聞き取れる。多分、今はチカラを借りられる状況なのだろう。
「リュミィはまだ……まだコウちゃんの言う滅多なことじゃないから!」
カナミは断る。
「どこまで追いつめたら、その考えが変わるのか知りたくなった」
ヘヴルはそう言って六本の腕は木を引っこ抜いて、投げ構える態勢に入る。
「逃げ場は無い、ってことね?」
「逃げられないだろ」
カナミはステッキを構える。
激痛が走る足を抑える。
まず一本目が投げ入れられる。
「ジャンバリック・ファミリア!!」
鈴と合わせて魔法弾を連射して、木の軌道を逸らす。
しかし、すぐに二本目がやってくる。
「カナミさん!」
スイカはカナミを救うべく飛び出す。
「させるか!」
ヘヴルは三本目の木をスイカへ投げ入れる。
「キャッ!?」
スイカはすんでのことろでかわす。
しかし、かわしたせいでスピードが落ちて、カナミの救出が間に合わなくなる。
ゴツン!
カナミは木に倒され、さらに四本目、五本目と投げ込まれる。
「う、くぅ……」
二本の木に下敷きにされて、身動きがとれない。
そして、六本目が飛んでくる。
(――まずい!)
と、カナミは思った。
この飛んでくる木に対して、なんとかできる手段が思い浮かばない。
木の重量と速度を考えると、ミアやシオリが遠距離でのサポートではどうにもならない。
かろうじて動く右手からステッキを生成する。しかし、間に合わない。
バシュゥッ!!
しかし、木はカナミに届く前に飛ばされる。
いや、何者かが飛ばしてくれた。
「え……?」
カナミは面を食らう。
それはカナミが助けるとは思えない存在だった。
「……ヨロズ!」
カナミの前に立ったのは、傷だらけのヨロズだった。
「なんで、あんたがここに!?」
「奴には、借りがある……!」
ヨロズは厳かに言う。
「かり?」
「十二席の座を突け狙う怪人ということでな」
「そ、そんなことでやられてたの……それがその傷……」
ヨロズの傷はよく見ると痛々しい。
ヨロズの羽根がはがれ、両腕は千切れそうになっており、両足は血が滴り落ちている。人間だったら「病院で絶対安静にすべき!」といわれそうなぐらいの重傷だ。
「オプス!」
ヨロズが呼びかけると、リュミィと対を成す黒の妖精オプスがヨロズの元へ舞い降りる。
オプスは黒い光となってヨロズを包み込み、傷がみるみるうちに塞がって背中に黒い羽を生やす。
「ほう!」
ヘヴルはその姿に感心する。
「貴様もカナミと同じように妖精のチカラを利用できるのか。しかし、何故それを以前使わなかったのか。……いや使えるだけのチカラがあの時には残っていなかったのか」
カナミにはヘヴルが何を言っているのかわからなかった。ただ、かろうじてヨロズの傷はヘヴルが襲ってできたものだということぐらいは察しがついた。
「……あれは、ヨロズとヘヴルが戦った跡なのね」
距離をとって成り行きを見守っていたミアだけが一人納得する。
「どういうことじゃ?」
煌黄がミアの前に瞬間移動で現れて訊いてくる。
「あんたとカナミが仙人に会っている間に、あたしとあいつの母親と調査しに行ったのよ。強い怪人同士が戦った跡をね。いえ、戦いというより一方的なリンチみたいだったというのがあたし達の見解よ」
「なるほどな。時間を考えると、カナミとヨロズが引き分けたあと、あやつに戦うチカラが残っていなかった時じゃな」
「多分、あいつは逃げて生き延びるだけで精一杯だったはずよ」
ミアは地下水道でコウモリのような怪人と遭遇した時のことを思い出す。
(あれはヨロズの羽だったのね。ヘヴルにもがれて独立して動いてたのなら合点がいく。そして、あいつは今足りない羽を妖精のチカラで補っている)
「果たして吉と出るか、凶と出るか……」
「仙人が言うと不吉に聞こえるわね」
ミアが素直に言うと、煌黄は微笑んで「そうかもな」と答える。
「ヨロズ、そのチカラは……」
カナミはヨロズへ妖精のチカラを使う危険を言おうとする。
「その時はその時だ」
ヨロズはカナミの言いたいことを察したのか、そう答える。
「今は奴を倒すことが何よりも先決だ」
「――!!」
カナミは思ってもみなかった返答に面を食らう。
「お前との決着はその後だ」
ヨロズはそう言って、ヘヴルへ向かって仕掛ける。
ドォォォン!!
熊の剛腕から放たれた一撃はヘヴルを大きく吹っ飛ばす。
ドォン! ドォン! ドォン!
そこから爆音のような打突音が聞こえる。
「リュ……リュミィ!」
カナミはリュミィを呼びかける。
――カナミ!
リュミィはまた応えてくれる。
――私のチカラを使って!!
そう訴えかける。
「カナミさん! ごめんなさい!!」
スイカが謝りながらやってくる。
「私がカナミさんを救わなくちゃいけなかったのに……こんな!」
スイカは自分を攻め立てる。自分の役目を果たせず、カナミに重傷を負わせてしまったことが許せないのだ。
「すぐに助けるから!」
スイカはカナミの上に乗っている木を持ち上げようとする。しかし、二本とも大木ため、スイカが全量を振り絞っても中々持ち上がらない。
「お、重い……!!」
「スイカさん、もういいですから! リュミィ!!」
カナミはそう言って、リュミィへ呼びかける。
するとリュミィは白い光になってカナミを包み込む。光は木を持ち上げて、カナミに立ち上がるチカラをくれる。
「フェアリーフェザー!!」
そのチカラの名前を高らかに唱える。
「カナミさん、大丈夫なの!?」
「はい、大丈夫です!」
カナミはそう答えて、羽を使って飛び立つ。
「神殺砲! ボーナスキャノン!!」
カナミは即座に砲弾をヘヴルへ撃ち込む。
バァァァァァン!!
命中した手ごたえはあった。
しかし、決定打を与えられたとは思えない。
「もう一発!」
カナミは砲台に魔力を装填する。
「――!」
そこへ岩が飛んでくる。
急旋回して、これをかわす。
ヘヴルがジャンプして、急接近する。一気に腕が届く間合いにまで飛び込まれた。
「ぬおおおおおおおッ!!」
ヨロズが雄叫びを上げて飛んでくる。
ドォン!!
ヘヴルとヨロズが激突する。
「おおおおおおおッ!!」
「がああああああッ!!」
二人が雄叫びを上げてぶつかり合う。
「ボーナスキャノン!!」
カナミはそこへ砲弾を撃ち込む。
バァァァァァン!!
空中で爆散し、大きな影二つ地上へ落ちる。
『まだ倒せてないよ!』
「わかってるわ!」
でも、どちらがヘヴルなのかわからない。そもそもヨロズだって無視していい相手ではない。
(でも、さっきは助かった……)
思い出してみると、三次試験のときもこうして助けてくれたことがあった。
信頼は出来ないけど、何故か彼がどういう行動にでるのかはわかる。
『奴には、借りがある……! お前との決着はその後だ』
ヨロズはそう言っていた。
ヨロズは嘘をつかない。だから、今はヘヴルだけに立ち向かっていくはず。
ドォォォン!!
ヨロズが姿を現わして、ヘヴルへ向かっていく。
カナミが考えている通りになった。やっぱりヨロズとは心のどこかで通じ合っている。そんな気がしてならない。
「ジャンバリック・ファミリア!」
カナミは鈴を飛ばして、ヘヴルへ放つ。
鈴から放たれる無数の魔法弾。それをヘヴルは六本の腕で弾き飛ばして直撃を避ける。
そこへヨロズが突撃して、剛腕を振るう。
ドォォォォォォォォン!!
オプスのチカラによって限界以上に引き上げられたヨロズの剛腕が直撃する。
ヘヴルの腕が二本砕け散る。
「く、くくく!」
ヘヴルは追い詰められているにも関わらず、いや追い詰められているからこそ高揚で笑い出す。
「これだ。この戦いが俺が求めていたものだ!!」
ヘヴルの身体から迸る魔力を感じる。砕けた腕は再生紙し、それどころか新たに腕を生やす。
「は、八本!?」
カナミが驚愕していると、いつの間にかヘヴルは距離を詰めて接近していた。
そして、新しく生えた腕に殴り飛ばされる。
「がはッ!?」
とっさに後方に飛んで、ある程度衝撃を緩和させたものの、身体がバラバラになりそうなほどの激痛で意識が飛びそうになる。
「神殺砲!」
ただそれでも身体にみなぎる魔力が「戦え!」と訴えかけてくる。多分リュミィも同じ気持ちだろうし、「カナミ自身も負けたくない!」と闘志を燃やす。
「ボーナスキャノン!!」
空中で一回転して体勢を立て直し、砲弾を放つ。
「あそこから反撃に転じるか!」
ヘヴルは四本の腕で防御態勢に入る。残る四本の腕は突進してくるヨロズへ向けられる。
カナミとヨロズ。示し合わせたわけではなく、奇しくも重なった同時攻撃が炸裂する。
「もしも、あれが三次試験の無明だったらここで勝利していたでしょうね」
あるみは空を見上げて言う。
「というと?」
「今分かったのよ。あの怪人は姿形、能力までコピーは出来ても、可能性までは写すことはできないみたい」
「ヘヴルの八本目の腕のこと? あれは私も予想外だったわ。いくら彼が十二席の中では若いといっても戦いの中で成長するなんて……」
「私が戦ったら、そうはならなかったでしょうね。……ちょっと計算違いだったわ」
そう言った、あるみの顔には後悔の色が浮かんでいた。
「があああああああああッ!!」
ヘヴルは裂帛の声を上げ、神殺砲の砲弾を弾き飛ばしヨロズを投げ飛ばす。
さらにカナミの羽を掴みあげる。
「は、はなしな……」
最後まで言えずに、片羽を剛腕に握り潰される。
「ああああああああッ!!?」
羽に神経が繋がっているのか、こらえようのない痛みが悲鳴に変換されて響き渡る。
「この羽が俺をここまで運んでくれたのだな」
ヘヴルは感慨深く言い放つ。
「感謝はする。――だが用済みだ」
ヘヴルはそう言って、カナミを殴り飛ばし、掴んでいた羽を引きちぎる。
飛ばされたカナミは地面に叩きつけられ、クレーターが出来上がる。ヘヴルはそのまま林の方へ着地する。
カナミとヨロズへ必殺の一撃を叩き込んだ手応えはあった。
しかし、生命を奪った感触は無かった。
「とどめをさして、この世界と別れを告げる時だ……」
ヘヴルがそう言った時、八本の腕のうち四本が激痛で悲鳴を上げてダラリと下がる。
「ぐああああああッ!!」
これは成長し、限界を超えた反動なのだろう。
ひとまず回復するのを待った方が得策か、そんな考えさえ浮かんだ。
ヨーヨーが自分に向かって飛んでくる。
「休ませてくれそうにないか」
ヘヴルはニヤリと笑って、ヨーヨーを弾き飛ばす。
キィィィィィン!! ボォォォォォォ!!
金切り音と業火音が耳に入ってくる。
「貴様らもしつこいな」
ヘヴルはぼやく。
「俺は潔さを美徳はしていないからな!」
「簡単に諦められるほど十二席の座は安くなぁぁぁいッ!!」
チューソーとヒバシラは立ち向かっていく。
「今がチャンスよ!」
ミアが号令をかけて、シオリはボールを打ち放つ。
「ノーブルスティンガー!」
スイカが急接近して、必殺の一撃がヘヴルへ放たれる。
カキィィィン!!
しかし、その一撃はヘヴルの腕が盾のように阻まれる。
「くッ!」
スイカは即座に距離をとる。
バァン! バァン! バァン!!
モモミの援護射撃が入る。
「ぬうッ!?」
そちらに注意がいってくれたことで、スイカは反撃を受けなかった。
「このまま押し切れればいいんだけど……!」
ミアはままならない現状に歯噛みする。
かすんだ視界に日の光がやたらまぶしく映る。
それは仰向けに倒れているせいだ。
「生きているか?」
「ええ……」
カナミは弱弱しくもはっきりと答える。
「立てるか?」
「ええ……」
不思議とその問いかけに答えると、立ち上がることが出来た。
手をついて、足に力を込めると、耐えがたい激痛が走る。
このまま倒れてしまった方が楽なんじゃないかとさえ思う。
「戦えるか?」
「ええ……!」
歯を食いしばって答える。
「あんたこそ、どうなのよ?」
負けん気を発揮して、問い返す。
「無論、生きている。立ち上がれる。戦える」
「あんた、意外に律儀なのね……」
カナミは感心する。
ヨロズを見ると、この場に現れた時よりもボロボロになっていて立ち上がれるのが不思議なくらいだ。
それはカナミも同じだった。羽は片方がちぎられて、衣装は血で真っ赤に染まり、露出した肌には痣でくまなく腫れ上がっている。
「お前こそな!」
ボロボロの魔法少女と怪人が並び立つ。
「勝てるか?」
ヨロズは問いかける。
これだけ戦って、これだけやられて……それでもまだ勝てない強敵に勝てるのか。
「……ぅぃ」
無理よ、と、応えかけたところで喉が詰まる。
諦めを口にすることを心が拒んでいる。
『何度でも言うわ。かなみちゃんならやれるわ』
あるみが背中を押してくれた言葉、それが脳裏をよぎる。
この世界で一番尊敬していて、その強さを信じられる人からの言葉。
信じられる人が信じてくれている。その信頼を裏切りたくない。
そう思うと心と力が湧いてくる。
「勝てるか?」
ヨロズはもう一度問いかけてくる。
弱いカナミはこの状況で答えられない。でも、きっとアルミならこう答えるだろう。
「絶対に勝てるわ! さあ行くわよ!!」
『ええ!』
『おう!』
リュミィとオプスが応える。
「不思議だ、この状況でもお前がそう言うと勝てる気がしてくる」
ヨロズは自分の気持ちを素直に口にした。
ヘヴルとチューソー、ヒバシラの戦いはさながら地獄絵図のようであった。
打突音、業火音、金切り音がごちゃまぜとなった爆音の狂想曲と辺り一帯は風情ある雑木林から一転して木々は崩れ落ち、もしくは焼け落ちる灼熱地獄と化していた。
その中で優位に立っていたのはヘヴルだった。
傍から見たら、支部長二人を相手取っているのに、と思われるが実のところ、今の状況は単純な二対一ではないのだ。
何故なら、チューソーとヒバシラは共通の目的――ヘヴルを倒して十二席の座につくこと、があるものの、自分が倒すために互いを出し抜くように戦っている。その結果、ヒバシラは周囲の木々を燃やしつつ、その火をヘヴルにぶつけようとする。チューソーは手数を補うために木をぶつける戦法がとりづらくなる。反対に、チューソーは手数を切り倒して武器としてヘヴルをぶつけようとする。ヒバシラは燃やす木が無くなって、ヘヴルへの攻撃手段が減ってしまう。ということになる。
ヘヴルは二人の戦いぶりをみにくい足の引っ張り合いだと心中でぼやいた。
また二人もこれなら一人の方が戦いやすいと思いつつあった。
「チューソー、てめえは退けぇぇッ!」
「何故俺が退かねばならん! 退くのは貴様の方だ!!」
言い争いまで始めた。
互いに支部長にまで上りつめた身。自らの実力に絶対を持ち、成り上がろうとする野心はそこいらの怪人などとは比較にならないほど大きい。たとえ、それによって自らが滅びることになっても。
「見るに耐えん」
ヘヴルはそう吐き捨てる。
「なにぉぉぉぉぉッ!!」
「いくら十二席のヘヴルとてええええええッ!!」
二人は一斉に突進する。
「やぶれかぶれか。しかし、それゆえになめてかかってはいかんな」
相手は支部長だから、とヘヴルは下手に避けようとはせず、正面から六本の腕で受け止めることにした。
「ボーナスキャノン!!」
その時、予期せぬ方向から砲弾が飛んできた。
「ぐッ!?」
予期していなかっただけに砲弾はヘヴルへ直撃し、体勢が崩れる。
そこへ、チューソーとヒバシラの拳を受けて吹っ飛ぶ。
「今のは!?」
「横槍かぁぁぁぁッ!?」
これで優勢になっても浮かれたり油断しないのが支部長だ。
砲弾が飛んできた方向を見据え、術者を捕捉する。
「「魔法少女カナミッ!!」」
二人は声を揃え、名を告げる。
それと同時にカナミの方も支部長達からの視線と相対し、震える。
「ふむ!」
ヘヴルは立ち上がる。
「ようやく来たか。あるみは来ていないようだが、まあいい。さあ、貴様達はどうする?」
ヘヴルはチューソーとヒバシラへ問いかける。
「十二席の座を手に入れる条件は、俺もしくは魔法少女カナミの打倒。どちらを果たすかは自由だ。俺を狙うもカナミも狙うもな。だが、どちらにせよ、ここまでやられたのだから黙っておくつもりはない!」
「ぬぅッ!?」
「ぐぅぅぅッ!?」
ヘヴルの圧力に二人は気圧される。
――ヘヴルを狙うもカナミも狙うも自由。ならば!
二人は即決断する。
「「ヘヴル覚悟ぉッ!!」」
声が重なって、ヘヴルへ投げかけられる。
そして、再び二人はヘヴルへ攻撃を仕掛ける。
「怪人……いろかが言った通りになったでしょ?」
マニィがカナミへ言う。
「ええ……」
信用していなかったわけじゃないけど、実際目の当たりにすると驚く。
怪人が魔法少女を無視して怪人を襲う光景に。
たとえ支部長がヘヴルを無視できない状況であっても。
「ヘヴルとカナミ。挟み撃ちの状況になったらチューソーとヒバシラは迷わずヘヴルの首を狙うでしょうね。魔法少女とヘヴル、どちらかを襲ってどちらかから後ろに狙われることになったら、リスクを考えるとヘヴルの方が遥かに危険なのですから」
案内役の怪人は、いろかの言葉を借りてそう言った。
そして、作戦はこの発言を前提にたてられた。
「でも、ボヤボヤしていられないわよ」
「ええ、わかってるわ!」
カナミは駆け出して距離を詰める。慎重に少しずつ文字通り一歩ずつ。
ズドォォォン!! ゴォォォォォン!! キィィィィィン!!
鼓膜が破れそうになるほどの轟音に身体が震える。
こんな戦いを繰り広げている真っ最中なのに自分が入って大丈夫なのか。いや、きっと大丈夫じゃないだろう。
(大丈夫! みんながついてる!)
しかし、カナミは自分を奮い立たせて前進する。
「神殺砲!!」
カナミはステッキを砲台へ変化させる。
「ボーナスキャノン!!」
そして、砲弾を発射する。狙いは再びヘヴルへつける。
ヘヴルの方も砲弾に気づいて迎撃態勢に入る。六本の腕のうち、二本を神殺砲、二本をチューソー、二本をヒバシラへの防御に回す配分だ。
それで十分凌ぎ切れる、ヘヴルはそう思っていた。
ゴツン!!
そこへまたも予期しない方向から魔力でできたボールが飛んでくる。
「ガ!?」
これがヘヴルの顔面に命中し、一瞬視界を暗転する。
その隙に、神殺砲の砲弾、ヒバシラの炎、チューソーの剛腕が命中する。
「があああああッ!!」
防御体制が崩れた状態で三連撃が直撃して、大ダメージを受けたかのように思えた。
ドスン!
ヘヴルは即座に体勢を立て直し反撃を繰り出す。それによってチューソーとヒバシラが吹き飛ぶ。
「やってくれたな! ならば、貴様から仕留めるぞ魔法少女!!」
ヘヴルは猛烈な勢いでカナミへ突進してくる。
その途中で、さっきの魔力のボールやヨーヨーが飛んでくるが止まらなかった。
「――!」
今のカナミにこの突進をかわすスピードは無い。
「――捉えた!」
ヘヴルが確信した時、カナミは目の前から消える。
「なに!?」
瞬間移動かと一瞬思ったが、青い影が見えたことで違うと判断した。
「ありがとうございます、スイカさん!」
スイカが全力の超スピードでカナミを抱きかかえて救出したのだ。
「お礼はあとよ」
スイカはそう言って、ヘヴルから距離をとる。
「カナミ一人で来たわけではないということか!」
先程から入ってくる邪魔からして、ヘヴルはそう判断する。
カナミ達の作戦は、ヘヴルに唯一有効な一撃を与えられるカナミを中心に戦う、というものだ。カナミが一人でヘヴルの前に現れて注意をそらしているうちに他の魔法少女が援護する形だ。ミア、シオリ、モモミは煌黄の仙術によって気配を絶っているのでそう簡単に見つけられないようにしている。
「またお願いしますね」
カナミはそう言って、スイカからおろしてもらう。
「ええ、何度でも助けるから」
スイカはそう答える。
スイカの役目は、そのスピードを活かしていざとなったらカナミを助けることだ。さっきのように距離を詰められたら一巻の終わりなだけに最前線で戦う一人戦うカナミにつぐ重要な役目だ。スイカは与えられた大役とそれ以上に自分が救うのだと使命感に燃えていた。
「それにしても……」
スイカは冷や汗を流しつつ、呟く。
ヘヴルの怪人としての脅威は改めて見せつけられる。神殺砲が二発、チューソーとヒバシラの攻撃をあれだけ受けたにも関わらず、カナミがかわせないほどのスピードで突進してきた。もう少し自分が助けに入るのが遅かったらやられていただろう。
(いつもの怪人相手だったら最初の神殺砲一発で倒せてた……! やっぱり十二席はケタ違いなのね、気をつけてカナミさん!)
スイカは祈るような気持ちでカナミを見つめる。
「神殺砲!」
カナミは三度砲台を構える。
(攻撃が効いてないわけじゃない! このまま撃ち込み続ければ、きっと……!)
カナミは魔力の充填を始める。
スイカが距離を稼いでくれたおかげで、十分に間に合う。
「ボーナスキャノン三連射!!」
ヘヴルに向けて砲弾の三連発が放たれる。
「それは以前にみている」
ヘヴルは岩を放り投げて、相殺する。
バァァァァァン!!
岩が砕けて爆煙が巻き上がる。
「残り二発は!?」
「多分、外れたね」
マニィが耳打ちする。
「不吉なこと言わないでよ」
「いや、事実だよ」
マニィがそう言うと、カナミに寒気が走る。
虫の報せだ。
ヘヴルは爆煙に紛れてカナミへ接近する。
「――!」
カナミは一早く察知して、飛び上がる。
ポヨォン!
木と木の間に使われた糸がバネのように弾んで、カナミを飛ばす。
「ミアちゃん、チトセさんの糸を上手に扱えるようになってきたわね」
「安心するのはまだ早いよ」
マニィが警告すると、カナミは足を何かに撃ち抜かれる。
「キャッ!?」
当てられたのは小石。
ヘヴルが投げつけたことで、鉄砲玉のような威力を発揮したのだ。
体勢を崩したカナミは地面に叩きつけられる。
「あ、足が……!」
撃たれた右足に激痛が走る。
ステッキを支えにしてようやく立ち上がる。
「当たりどころが悪かったか。不運としかいいようがないな」
ヘヴルが一歩ずつ迫ってくる。
「貴様と存分に戦いたかったが、そのような負傷ではまともに戦えんな。所詮は人間ということか」
「うるさいわね……! まだ勝負はついてないでしょ!」
「そうだな、妖精のチカラを使えばまだわからんな」
ヘヴルはカナミの肩に乗っているリュミィを指して言う。
――妖精のチカラは滅多なことでは使ってはならんぞ。
煌黄の忠告が脳裏をよぎる。
リュミィのチカラを使ったら、また次元を彷徨ってしまうことになるかもしれないし、次元に穴を開いてまた予期しない事件を巻き起こしてしまうかもしれない。
そうしたら、ヘヴルを元の世界に帰すどころか、さらなる事態の悪化を招きかねない。
「使わないか、それとも使えないか。ならば、貴様を倒してからアルミを引きずりだせばいいだけのことだ」
ヘヴルがそう宣言すると、カナミは冷や汗がたれる。
――カナミ!
リュミィが心配そうな声をかける。
今リュミィの言葉がはっきりと聞き取れる。多分、今はチカラを借りられる状況なのだろう。
「リュミィはまだ……まだコウちゃんの言う滅多なことじゃないから!」
カナミは断る。
「どこまで追いつめたら、その考えが変わるのか知りたくなった」
ヘヴルはそう言って六本の腕は木を引っこ抜いて、投げ構える態勢に入る。
「逃げ場は無い、ってことね?」
「逃げられないだろ」
カナミはステッキを構える。
激痛が走る足を抑える。
まず一本目が投げ入れられる。
「ジャンバリック・ファミリア!!」
鈴と合わせて魔法弾を連射して、木の軌道を逸らす。
しかし、すぐに二本目がやってくる。
「カナミさん!」
スイカはカナミを救うべく飛び出す。
「させるか!」
ヘヴルは三本目の木をスイカへ投げ入れる。
「キャッ!?」
スイカはすんでのことろでかわす。
しかし、かわしたせいでスピードが落ちて、カナミの救出が間に合わなくなる。
ゴツン!
カナミは木に倒され、さらに四本目、五本目と投げ込まれる。
「う、くぅ……」
二本の木に下敷きにされて、身動きがとれない。
そして、六本目が飛んでくる。
(――まずい!)
と、カナミは思った。
この飛んでくる木に対して、なんとかできる手段が思い浮かばない。
木の重量と速度を考えると、ミアやシオリが遠距離でのサポートではどうにもならない。
かろうじて動く右手からステッキを生成する。しかし、間に合わない。
バシュゥッ!!
しかし、木はカナミに届く前に飛ばされる。
いや、何者かが飛ばしてくれた。
「え……?」
カナミは面を食らう。
それはカナミが助けるとは思えない存在だった。
「……ヨロズ!」
カナミの前に立ったのは、傷だらけのヨロズだった。
「なんで、あんたがここに!?」
「奴には、借りがある……!」
ヨロズは厳かに言う。
「かり?」
「十二席の座を突け狙う怪人ということでな」
「そ、そんなことでやられてたの……それがその傷……」
ヨロズの傷はよく見ると痛々しい。
ヨロズの羽根がはがれ、両腕は千切れそうになっており、両足は血が滴り落ちている。人間だったら「病院で絶対安静にすべき!」といわれそうなぐらいの重傷だ。
「オプス!」
ヨロズが呼びかけると、リュミィと対を成す黒の妖精オプスがヨロズの元へ舞い降りる。
オプスは黒い光となってヨロズを包み込み、傷がみるみるうちに塞がって背中に黒い羽を生やす。
「ほう!」
ヘヴルはその姿に感心する。
「貴様もカナミと同じように妖精のチカラを利用できるのか。しかし、何故それを以前使わなかったのか。……いや使えるだけのチカラがあの時には残っていなかったのか」
カナミにはヘヴルが何を言っているのかわからなかった。ただ、かろうじてヨロズの傷はヘヴルが襲ってできたものだということぐらいは察しがついた。
「……あれは、ヨロズとヘヴルが戦った跡なのね」
距離をとって成り行きを見守っていたミアだけが一人納得する。
「どういうことじゃ?」
煌黄がミアの前に瞬間移動で現れて訊いてくる。
「あんたとカナミが仙人に会っている間に、あたしとあいつの母親と調査しに行ったのよ。強い怪人同士が戦った跡をね。いえ、戦いというより一方的なリンチみたいだったというのがあたし達の見解よ」
「なるほどな。時間を考えると、カナミとヨロズが引き分けたあと、あやつに戦うチカラが残っていなかった時じゃな」
「多分、あいつは逃げて生き延びるだけで精一杯だったはずよ」
ミアは地下水道でコウモリのような怪人と遭遇した時のことを思い出す。
(あれはヨロズの羽だったのね。ヘヴルにもがれて独立して動いてたのなら合点がいく。そして、あいつは今足りない羽を妖精のチカラで補っている)
「果たして吉と出るか、凶と出るか……」
「仙人が言うと不吉に聞こえるわね」
ミアが素直に言うと、煌黄は微笑んで「そうかもな」と答える。
「ヨロズ、そのチカラは……」
カナミはヨロズへ妖精のチカラを使う危険を言おうとする。
「その時はその時だ」
ヨロズはカナミの言いたいことを察したのか、そう答える。
「今は奴を倒すことが何よりも先決だ」
「――!!」
カナミは思ってもみなかった返答に面を食らう。
「お前との決着はその後だ」
ヨロズはそう言って、ヘヴルへ向かって仕掛ける。
ドォォォン!!
熊の剛腕から放たれた一撃はヘヴルを大きく吹っ飛ばす。
ドォン! ドォン! ドォン!
そこから爆音のような打突音が聞こえる。
「リュ……リュミィ!」
カナミはリュミィを呼びかける。
――カナミ!
リュミィはまた応えてくれる。
――私のチカラを使って!!
そう訴えかける。
「カナミさん! ごめんなさい!!」
スイカが謝りながらやってくる。
「私がカナミさんを救わなくちゃいけなかったのに……こんな!」
スイカは自分を攻め立てる。自分の役目を果たせず、カナミに重傷を負わせてしまったことが許せないのだ。
「すぐに助けるから!」
スイカはカナミの上に乗っている木を持ち上げようとする。しかし、二本とも大木ため、スイカが全量を振り絞っても中々持ち上がらない。
「お、重い……!!」
「スイカさん、もういいですから! リュミィ!!」
カナミはそう言って、リュミィへ呼びかける。
するとリュミィは白い光になってカナミを包み込む。光は木を持ち上げて、カナミに立ち上がるチカラをくれる。
「フェアリーフェザー!!」
そのチカラの名前を高らかに唱える。
「カナミさん、大丈夫なの!?」
「はい、大丈夫です!」
カナミはそう答えて、羽を使って飛び立つ。
「神殺砲! ボーナスキャノン!!」
カナミは即座に砲弾をヘヴルへ撃ち込む。
バァァァァァン!!
命中した手ごたえはあった。
しかし、決定打を与えられたとは思えない。
「もう一発!」
カナミは砲台に魔力を装填する。
「――!」
そこへ岩が飛んでくる。
急旋回して、これをかわす。
ヘヴルがジャンプして、急接近する。一気に腕が届く間合いにまで飛び込まれた。
「ぬおおおおおおおッ!!」
ヨロズが雄叫びを上げて飛んでくる。
ドォン!!
ヘヴルとヨロズが激突する。
「おおおおおおおッ!!」
「がああああああッ!!」
二人が雄叫びを上げてぶつかり合う。
「ボーナスキャノン!!」
カナミはそこへ砲弾を撃ち込む。
バァァァァァン!!
空中で爆散し、大きな影二つ地上へ落ちる。
『まだ倒せてないよ!』
「わかってるわ!」
でも、どちらがヘヴルなのかわからない。そもそもヨロズだって無視していい相手ではない。
(でも、さっきは助かった……)
思い出してみると、三次試験のときもこうして助けてくれたことがあった。
信頼は出来ないけど、何故か彼がどういう行動にでるのかはわかる。
『奴には、借りがある……! お前との決着はその後だ』
ヨロズはそう言っていた。
ヨロズは嘘をつかない。だから、今はヘヴルだけに立ち向かっていくはず。
ドォォォン!!
ヨロズが姿を現わして、ヘヴルへ向かっていく。
カナミが考えている通りになった。やっぱりヨロズとは心のどこかで通じ合っている。そんな気がしてならない。
「ジャンバリック・ファミリア!」
カナミは鈴を飛ばして、ヘヴルへ放つ。
鈴から放たれる無数の魔法弾。それをヘヴルは六本の腕で弾き飛ばして直撃を避ける。
そこへヨロズが突撃して、剛腕を振るう。
ドォォォォォォォォン!!
オプスのチカラによって限界以上に引き上げられたヨロズの剛腕が直撃する。
ヘヴルの腕が二本砕け散る。
「く、くくく!」
ヘヴルは追い詰められているにも関わらず、いや追い詰められているからこそ高揚で笑い出す。
「これだ。この戦いが俺が求めていたものだ!!」
ヘヴルの身体から迸る魔力を感じる。砕けた腕は再生紙し、それどころか新たに腕を生やす。
「は、八本!?」
カナミが驚愕していると、いつの間にかヘヴルは距離を詰めて接近していた。
そして、新しく生えた腕に殴り飛ばされる。
「がはッ!?」
とっさに後方に飛んで、ある程度衝撃を緩和させたものの、身体がバラバラになりそうなほどの激痛で意識が飛びそうになる。
「神殺砲!」
ただそれでも身体にみなぎる魔力が「戦え!」と訴えかけてくる。多分リュミィも同じ気持ちだろうし、「カナミ自身も負けたくない!」と闘志を燃やす。
「ボーナスキャノン!!」
空中で一回転して体勢を立て直し、砲弾を放つ。
「あそこから反撃に転じるか!」
ヘヴルは四本の腕で防御態勢に入る。残る四本の腕は突進してくるヨロズへ向けられる。
カナミとヨロズ。示し合わせたわけではなく、奇しくも重なった同時攻撃が炸裂する。
「もしも、あれが三次試験の無明だったらここで勝利していたでしょうね」
あるみは空を見上げて言う。
「というと?」
「今分かったのよ。あの怪人は姿形、能力までコピーは出来ても、可能性までは写すことはできないみたい」
「ヘヴルの八本目の腕のこと? あれは私も予想外だったわ。いくら彼が十二席の中では若いといっても戦いの中で成長するなんて……」
「私が戦ったら、そうはならなかったでしょうね。……ちょっと計算違いだったわ」
そう言った、あるみの顔には後悔の色が浮かんでいた。
「があああああああああッ!!」
ヘヴルは裂帛の声を上げ、神殺砲の砲弾を弾き飛ばしヨロズを投げ飛ばす。
さらにカナミの羽を掴みあげる。
「は、はなしな……」
最後まで言えずに、片羽を剛腕に握り潰される。
「ああああああああッ!!?」
羽に神経が繋がっているのか、こらえようのない痛みが悲鳴に変換されて響き渡る。
「この羽が俺をここまで運んでくれたのだな」
ヘヴルは感慨深く言い放つ。
「感謝はする。――だが用済みだ」
ヘヴルはそう言って、カナミを殴り飛ばし、掴んでいた羽を引きちぎる。
飛ばされたカナミは地面に叩きつけられ、クレーターが出来上がる。ヘヴルはそのまま林の方へ着地する。
カナミとヨロズへ必殺の一撃を叩き込んだ手応えはあった。
しかし、生命を奪った感触は無かった。
「とどめをさして、この世界と別れを告げる時だ……」
ヘヴルがそう言った時、八本の腕のうち四本が激痛で悲鳴を上げてダラリと下がる。
「ぐああああああッ!!」
これは成長し、限界を超えた反動なのだろう。
ひとまず回復するのを待った方が得策か、そんな考えさえ浮かんだ。
ヨーヨーが自分に向かって飛んでくる。
「休ませてくれそうにないか」
ヘヴルはニヤリと笑って、ヨーヨーを弾き飛ばす。
キィィィィィン!! ボォォォォォォ!!
金切り音と業火音が耳に入ってくる。
「貴様らもしつこいな」
ヘヴルはぼやく。
「俺は潔さを美徳はしていないからな!」
「簡単に諦められるほど十二席の座は安くなぁぁぁいッ!!」
チューソーとヒバシラは立ち向かっていく。
「今がチャンスよ!」
ミアが号令をかけて、シオリはボールを打ち放つ。
「ノーブルスティンガー!」
スイカが急接近して、必殺の一撃がヘヴルへ放たれる。
カキィィィン!!
しかし、その一撃はヘヴルの腕が盾のように阻まれる。
「くッ!」
スイカは即座に距離をとる。
バァン! バァン! バァン!!
モモミの援護射撃が入る。
「ぬうッ!?」
そちらに注意がいってくれたことで、スイカは反撃を受けなかった。
「このまま押し切れればいいんだけど……!」
ミアはままならない現状に歯噛みする。
かすんだ視界に日の光がやたらまぶしく映る。
それは仰向けに倒れているせいだ。
「生きているか?」
「ええ……」
カナミは弱弱しくもはっきりと答える。
「立てるか?」
「ええ……」
不思議とその問いかけに答えると、立ち上がることが出来た。
手をついて、足に力を込めると、耐えがたい激痛が走る。
このまま倒れてしまった方が楽なんじゃないかとさえ思う。
「戦えるか?」
「ええ……!」
歯を食いしばって答える。
「あんたこそ、どうなのよ?」
負けん気を発揮して、問い返す。
「無論、生きている。立ち上がれる。戦える」
「あんた、意外に律儀なのね……」
カナミは感心する。
ヨロズを見ると、この場に現れた時よりもボロボロになっていて立ち上がれるのが不思議なくらいだ。
それはカナミも同じだった。羽は片方がちぎられて、衣装は血で真っ赤に染まり、露出した肌には痣でくまなく腫れ上がっている。
「お前こそな!」
ボロボロの魔法少女と怪人が並び立つ。
「勝てるか?」
ヨロズは問いかける。
これだけ戦って、これだけやられて……それでもまだ勝てない強敵に勝てるのか。
「……ぅぃ」
無理よ、と、応えかけたところで喉が詰まる。
諦めを口にすることを心が拒んでいる。
『何度でも言うわ。かなみちゃんならやれるわ』
あるみが背中を押してくれた言葉、それが脳裏をよぎる。
この世界で一番尊敬していて、その強さを信じられる人からの言葉。
信じられる人が信じてくれている。その信頼を裏切りたくない。
そう思うと心と力が湧いてくる。
「勝てるか?」
ヨロズはもう一度問いかけてくる。
弱いカナミはこの状況で答えられない。でも、きっとアルミならこう答えるだろう。
「絶対に勝てるわ! さあ行くわよ!!」
『ええ!』
『おう!』
リュミィとオプスが応える。
「不思議だ、この状況でもお前がそう言うと勝てる気がしてくる」
ヨロズは自分の気持ちを素直に口にした。
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