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第86話 激震! 少女の戦いは大山を揺るがす! (Aパート)
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「ガアアアアアッ!!?」
怪人は吹っ飛ばされて隣の山へ激突する。
「今ので百か……」
本当にそんな数を倒したかどうかわからないが。ヘヴルは鬱屈とした気分でいた。
――自分を倒した者が十二席の座につける。
そんなふざけたもののターゲットにされて憤りを感じたが、同時に高揚感も沸き上がった。
十二席の座を狙う強者と戦えるかもしれない。強者と戦って勝って他では得難い満足感を得られるかもしれない、と。
だが、現実にやってくるのは道端を歩いている一般人のような雑魚の怪人ばかりだ。
力は無いくせに、出世欲だけは立派にある。その欲で身を滅ぼすとも知らずに。
「ム!」
ある意味、それが怪人として正しい在り方かもしれない。
ヘヴルは機を伺っていた怪人達を見つけて、そんなことを考えていた。
「見つかった!?」
「なあに、見つかったとてこれだけの数がいれば!」
「十二席の座につける!!」
「愚かな」
数を揃えただけで勝った気でいる。知恵の無い低俗な怪人達だ。
この中に自分を満足させてくれる強者などいるはずがない。
(魔法少女……)
自分にくらいついてきたカナミ。自分を追い詰めたアルミ
彼女達の姿が思い浮かんだ。
彼女達は自分のいた世界にはいない存在だ。何故人間からあれだけの力を持った存在「魔法少女」が現れたのか興味がある。
――できればもう一度戦いたいとも。
自分の身が滅ぼされるかもしれないというのに、とヘヴルは自嘲する。
これも怪人の在り方かもしれない。
パリ!
怪人の集団を蹴散らした直後、何かガラスが割れたような音がした。
こんな山奥でそんな音がするはずがない。本来であれば。
パリ! パリパリパリ!!
割れたガラスのような音は山中に響き渡り、空間が揺らいでいく。
別の世界からやってきた存在を異分子として排除しようとする。その世界の理による力が働き始めたのだ。
「……まだ戻るわけにはいかん」
「おぉーい、魔法少女カナミ! いるのはわかってるんだぜ! 出てきやがれええええッ!!」
株式会社魔法少女のオフィスビルの前で怪人が堂々と吠える。
「よおし! 出てこねえんだったら、こっちから乗り込んでいってやる!!」
そう言って意気揚々とオフィスビルへ入っていく。
「ギャァァァァァッ!!?」
数秒後にその怪人の断末魔が響き渡る。
「またぁ?」
みあはうんざり気味にぼやく。
「今日これで五人目よ♪」
千歳は上機嫌に五本の指を立てて言う。
「千歳さん、テンション高いですね」
翠華は苦笑して言う。
「せっかく手間をかけてはっておいた糸に獲物がかかってくれるんですもの。もう大漁に釣り上げた猟師の気分よ!」
「猟師というよりクモみたいです……」
紫織はつい正直に言ってしまう。
「く、クモ……私って、クモ女……?」
千歳は微妙そうな顔をする。
「ま、まあ、千歳さんのおかげで助かってますよ! いちいち相手なんてしてられませんから!」
かなみは感謝もかねてフォローを入れる。
あるみが提示したボーナスは昨日限りだったから倒しても骨折り損のくたびれ儲けなのだ。
「そうでしょ! そうでしょ! おふぃすの守りは私に任せてね! せきゅりてぃ? そういうやつよ!」
「その割にはスーシーを逃がしちゃったのよね」
「あ……」
みあが入れた一言で千歳は苦笑いする。
痛いところを突かれた、といったところだ。
「あ、あれは確かに、私の失態だったわね……」
先日の戦いで、カナミとシオリを助けるために千歳はオフィスから飛び出した。
それが結果的にスーシーの拘束していた糸のチカラを緩めることになってしまい、戦いが終わった後、オフィスに戻ってきたときにはスーシーは姿を消していた。
千歳は迂闊だったと反省している。でも、あの時オフィスにはあるみと煌黄がいて、果たして簡単に逃げられたのか、と、かなみは疑問に思っている。
あるみのことだから何か狙いがあるのでは、と思えてならない。
「かなみへ着替えてもってきたわよぉ」
涼美がステップするかのように軽やかにオフィスへ入ってくる。
「千歳さん、母さんは侵入者として認識しないんですか?」
かなみはふと浮かんだ疑問を口にする。
「それぐらいの区別はつけられるわよ。まあ、かなみのお母さんだったら入り口に配置した糸ぐらいかいくぐってきそうだけど」
「そ、そうなの……」
かなみからするとどちらも実力者なのだけど、千歳が母の涼美を評価するのは意外だった。
「フフ、あれぐらいだったらぁチョウのように華麗に避けられるわぁ」
涼美はクルッと一回転ターンする。
「あ、母さん、着替えありがとうね」
「お安い御用よぉ」
かなみは涼美から着替えを受け取る。
昨日からかなみ達はオフィスで寝泊まりしていた。あの戦いが終わった後も怪人達がひっきりなしにオフィスを襲撃したからだ。
帰り道やアパートにまで襲ってこられたらたまらない。
そういうわけで、かなみはオフィスに泊まることになり、翠華達も付き合って泊まることにした。
幸い今日は休日なのであった。
「あんた、私服って一式しかなかったわよね」
「そうなの。お金なくて」
かなみは大体制服か体操着で過ごしている。そのため、私服はちょっと新鮮な気がするとみあは思った。
「……っていうか、かなみさん! ここで着替えるの!?」
翠華はそわそわしだす。
「そうですけど」
かなみは当たり前のように答える。
「まあ、女子しかいないものね」
千歳は言う。
「ダメ……ダメよ!!」
翠華は断固反対する。
「ど、どうしてですか?」
「そ、それは……それは……」
翠華は弱り果てる。
「あ、そうよ!」
翠華は閃く。
「こ、この窓から怪人が狙ってるかもしれないのよ!」
翠華はオフィスの窓を指して言う。
窓を見る限り、誰かが見ている感じはしない。とはいっても、かなみが肉眼で見た限りだけど。
「そうねぇ、私みたいに耳がいい怪人もいればぁ、目もいい怪人がぁおかしくないわねぇ」
「目の怪人ね……」
かなみはもう一度窓を見やって気にする。
「確かにそれは嫌ですね。備品室で着替えてきます」
備品室には窓が無いからだ。
かなみはオフィスから出て行く
「……はあ」
翠華は大きく息を吐き出す。
「フォローありがとうございます、お母さん」
「何のことかしらぁ? 私はぁそんな怪人が見ていたらぁ嫌だわねぇって話をしただけよぉ……でもねぇ」
涼美は翠華の耳元に口を近づける。
「かなみとぉもっと仲良くなりたかったらぁ頑張ってねぇ」
そう言われて、翠華はゾクリと全身を震わせる。
「は、はい!?」
涼美はその様子を見て微笑む。
「……あら?」
千歳は何かに気づいたように入口へ意識を向ける。
「着替えてきました」
かなみがオフィスへ戻ってくる。
パシャ!
入った途端、シャッター音とフラッシュがする。
「え?」
オフィスに見覚えのある怪人がいた。
「これは魔法少女カナミの新しい衣装ですか。面白い写真が撮れましたよ」
「パシャ!? なんであんたがここに!?」
記者兼カメラマンの怪人パシャ。悪の秘密結社ネガサイドの社内報を作成していて、以前かなみは取材を受けたことがある。
「是非とも、かなみさんをまた取材させてくださいと言ったら入れてくれました」
「千歳さん、なんで入れたんですか!?」
「うーん、私の糸が悪意を感じなかったのよ。それに取材が目的なら危険はないかなって」
「ありますよ、危険!!」
「別にいいんじゃないの。写真とられて魂を抜かれるわけではないでしょうし」
「そういう問題じゃなくて!」
「それでは保護者の許可を得たわけですし」
「千歳さんは保護者じゃないわよ! 保護者の母さんはこっち!」
かなみは涼美を指して言う。
「これはこれは! お久しぶりです!」
パシャはお辞儀代わりに涼美をカメラに撮る。
「久しぶりねぇ、またかなみの取材できたのぉ?」
「はい! 今、ネガサイドはかなみさんの話題でもちきりなんです!」
「まるで芸能人みたいね」
みあはかなみへ言う。
「全然嬉しくないんだけど……」
「かなみさん、怪人にも人気あるのね」
翠華はどことなく口惜しげに言う。
「す、翠華さんまで……」
「そうなんですよね。社内報の記事の要望でも多いんですよ、『どうやったらカナミを倒せるか』とか『弱点は何か』とかそういうことを取材して記事にしろって要望が!」
「絶対に教えないから、早く帰ってよ!」
「そういうわけにもいきませんよ。インタビューしないと記事がかけませんから!
「それはそっちの都合でしょ! 私の都合も考えてよ!!」
「いいんじゃないの、取材くらい」
「みあちゃん、いい加減なことを言わないでよ……」
「ま、取材するぐらいなんだから、当然ギャラももらえるでしょうね」
「あ、それでしたら十万ほど用意しています!」
「十万!? やるわインタビュー!!」
かなみは態度を百八十度反転させて乗り気になる。
「金とは恐ろしいモノじゃな、人の心をあっさり変えさせる」
煌黄は言う。
「いや、あれだけあっさり心を変えるのは、かなみだけよ」
みあは指摘する。
「十万は大金だものねぇ、しょうがないわよぉ」
涼美は理解を示す。
「せっかくだけど、取材はまたあとでね」
あるみがオフィスへやってくる。
用事があると行って出たきりだったけど、今戻ってきたようだ。
「社長、何してたんですか?」
「ちょっとした情報収集よ。一刻を争う時だからね」
「一刻を争う? どういうことですか!?」
かなみはあるみへ問いただす。
「これよ」
あるみは一枚の写真を取り出して見せる。
山の一面が不気味なほどえぐり取られたようなものが映っていた。
「これは一体なんですか!?」
かなみにはこれがただならぬものを感じた。
そして、これが自分にも無関係ではないことを直感した。
「次元が裂けた後じゃな」
煌黄が言う。
「以前も話したことじゃが、世界そのものが働きかけてくるチカラじゃ」
「別の世界からやってきた人を排除しようとするチカラのことでしょ?」
かなみは以前、煌黄から聞いたことを復唱するように言う。
「うむ、これはそのチカラが働いた跡じゃ」
「これが……」
かなみはもう一度写真をじっくり見る。
えぐられた山の一面がより一層悲惨に見えてきた。
「ということは、これはヘヴルをこの世界から排除しようとしてできた跡ということなの?」
「そうなるな……この世界にやってきた異分子といえばあやつしかいない」
「今まではそのチカラがいつ働くのか具体的にはわからなかったけど……」
「とうとう、やってきてしまったといわけじゃ」
煌黄は深刻そうに言う。
まるでいつくるかわからない大地震が今日やってきた。そんな感じだ。
「しかも、これはまだまだ続くぞ。それももっとひどいやつがな」
「それじゃ、ヘヴルはまだこの世界にいるってことなの!?」
「そうじゃ、山がえぐった程度でまいるほどやわな奴にみえたか?」
「………………」
かなみは沈黙する。
確かに、ヘヴルは恐ろしい怪人だ。この中でまともに戦って勝てるのは、あるみだけかもしれない。
「あやつほどの強者を世界から排除しようとするなら、それこそ都市一帯を消し去るほどのチカラが必要じゃな」
「そんな! それじゃ、この街は消し飛んじゃうの!?」
「十分に可能性はあるな」
煌黄ははっきりと言う。
「でも、巻き込まれるのはごめんよ」
「「「――!!」」」
かなみ達は声の主に驚愕する。
「ま、また、あんたなの……?」
「そうよ、また私よ」
「九州支部長いろか……!」
かなみは忌々し気に名前を呼ぶ。
「このビルのセキュリティ、どうなってるの?」
みあは千歳に訊く。
「あるみが連れて来ているから大丈夫だと思って」
「一刻を争うときだからね。四の五の言ってられないのよ」
「社長命令ってわけね」
みあはため息をつく。
それを持ち出されたら諦めるしかない。
「こっちの情報とネガサイドの情報の二つを照らし合わせて、ヘヴルを追い詰める」
あるみは言う。
「共同戦線というやつよ」
いろかも得意げに言う。
「ど、どうして、そんなことを!?」
「理由は二つあるわ。一つは街一帯を消し飛んでしまったらネガサイド側に不都合が出るから。もう一つは、面白そうだからよ」
いろかの返答にかなみ達は戸惑う。
「し、信じていいの、あるみ?」
みあはあるみに訊く。
「信じられるわ」
あるみは断言する。
「その根拠は?」
「――契約したのよ」
「はあ!?」
みあは声を上げる。
「契約って、この人とですか?」
「ええ、この金印を使ってね」
あるみは金印を見せる。
それは法具で、契約書に印を押すとそれがどんな内容でも従わせることができるというとんでもない代物だ。
「一体どんな契約をしたんですか!?」
かなみは訊く。
以前、契約書の内容に縛られて酷い目にあったことがあるだけに不安に駆られて仕方が無い。
「ヘヴルの居場所の情報を教えてくれる。代わりに私の介入の禁止よ」
「か、介入の禁止……? それってどういうことですか?」
「私は戦いに参加できないってことよ」
「ええ!?」
かなみは悲鳴のように声を上げる。
たった今、この中でヘヴルとまともに戦って勝てるのはあるみだけかもしれない。と考えたところなのに、そのあるみが戦いに参加できないなんてあっていいはずがない。
「そういう契約をしたのよ」
「なんでですか!? なんでそんな契約したんですか!?」
「言ったでしょ、ヘヴルを追い詰めるにはネガサイドの情報も必要だって」
「そ、それにしても……!」
「大丈夫よ。かなみちゃんなら出来るから」
あるみはかなみの肩を叩く。
「え、私……?」
かなみは自分に振られるとは思っていなかったのであっけらかんとする。
「そう、あなたがヘヴルを倒すのよ」
「え、ええぇぇぇぇぇぇッ!!? ム、ムムムム、無理ですよ!! 倒すなら、千歳さんや母さんでしょ!!? 私なんかよりずっと強いんだし!!!」
「いえ、それがね。今回、二人は戦いに参加できないのよ」
「ど、どうしてですか!? 二人が戦ってくれれば絶対に勝てるのに!!」
「私達は、別の準備をしないといけないのよ」
千歳が代わりに答える。
「じゅんび?」
「私と涼美で、次元に穴をあけるのよ」
「次元の穴? そんなのどうするんですか??」
「次元に穴を開けてヘヴルを元の世界に送り返さないといけないでしょ」
「その次元の穴をぉ二人で協力で~あけておくのよぉ」
「今回はヘヴルを倒すだけじゃダメだからね。あるみ以外でそういうことが出来るのは私達だけだから!」
千歳は胸を張って言う。
「そうですか……」
かなみは肩を落とす。
そういう役目があるなら仕方が無い。そうわかっていても二人がいてくれたらどれだけ心強かったかと思うと、心細さと不安で押し潰されそうになる。
「大丈夫じゃ、かなみ」
「コウちゃん?」
「わしもチカラの限りサポートするぞ。今回の件はわしの不手際でもあるからな」
「そうよ、かなみさん! 私達もついてるわよ!!」
「翠華さん!」
「こうなったら乗りかかった船なんだからやるしかないでしょ!」
「みあちゃん!
「わ、私も頑張ります!」
「紫織ちゃん!」
「面白そうだから、力貸すって言ったでしょ」
「萌実!」
「それに、あの支部長さんも力貸すみたいだしね」
萌実はいろかへ向かって言う。
「ええ、契約だからね」
いろかは肯定する。
ネガサイドが自分達に協力してくれるのは信じられないことだけど、契約によるものだからと信用はできる。
それだけ契約の強制力は強い。
「さて、心づもりが決まったところで作戦会議よ」
あるみが仕切る。
こうして、ネガサイドのいろかを交えて作戦会議が始まる。
かなみ達はワゴン車を使って数時間かけて山奥へ移動する。
そこから獣道を歩いていった山奥の中にヘヴルはいるらしい。
「かなみ君、武運を祈るよ」
ワゴン車を降りた時に運転手の鯖戸がそう言ってくれた。少しだけ心強かった。
獣道を歩くのはあるみを先頭にかなみ、翠華、みあ、紫織、萌実、涼美、千歳、煌黄、そして、いろかだ。
人の手が入っていない為、本格的な登山に近いのだけど、みんなハイキングに来たかのようにいつもの服装だ。
「こんなところを行くなんてきいてないわよ!」
みあが文句を言う。
「仕方ないでしょ。山奥に逃げ込んだんだから」
千歳がそれをなだめすかせる。
「どうして山奥に逃げたんでしょうか?」
紫織は疑問を口にする。
「何か目的があるかもしれないわね」
千歳が答える。
「そこんとこ、どーなの?」
萌実がいろかへ問いかける。
「さあ。彼とは会話どころか顔すらほとんど顔を交わしたことがないから、彼が何を想ってここにやってきたのか、私にもわからないわ。ただ……」
いろかはニンマリと笑みを浮かべて言い継ぐ。
「私達怪人は人間よりも欲望や本能に忠実よ。きっと彼も何か望みがあってここへやってきたかもしれないわね」
「その物言いだと何が望みなのかあたりがついているみたいね」
先頭を行くあるみが振り返って言う。
「あなたこそね」
「私が気になっているのはあなた達の狙いね」
あるみがそう言ったことで場の空気が重くなったように感じる。
「今回の件、ネガサイドとしても早く片付けたい問題だと思ってたんだけど、それだったら私が戦えばすぐにでも終わるはず。なのに、あなたは契約で私の参加を封じてきた。私が戦って解決したらいけない事情でもあるのかしらね?」
「フフ、言ったでしょ。怪人は欲望に忠実だって。ただ欲望にも色々形があるわ。私の場合、面白いものが見られればそれでいいということよ」
「この状況が面白いと?」
「ええ」
あるみが問いかけるといろかはあっさり肯定する。
「そして、あの契約によってネガサイドと魔法少女の共同戦線が成立した。面白いと思わない、この状況? 私はこの結末がどうなるか、最後まで見届けたいだけよ」
いろかは熱のこもった口調で艶やかに弁舌を振るう。
そこに嘘や偽りは感じられない。それだけにかなみはいかれていると思ってしまう。
「街が消し飛んじゃうかもしれない大ピンチなのに……!」
「価値観が違うのよぉ」
涼美が言う。
「人間の中にもいるでしょう~自分さえ~よければいいって人ぉ怪人はその傾向がぁ強いのよぉ」
「だ、だけど!」
「こんな状況で自分が楽しむことを優先するなんて、などと言いたいんじゃろ?」
「う、うん……」
「かなみよ、お主は善意のある人間じゃ。それは素晴らしい美点なのじゃが、それゆえに悪意を感じ取るに関してはちと鈍感でもあるな」
「あくいにどんかん?」
「怪人に善意を期待するなということじゃ。涼美の言う通り、あやつらは人間とは違う価値観で動いておる。ただ今回は善意も悪意も関係なく飲み込む災厄であるゆえ、肩を並べているにすぎん」
「……コウちゃんの言っていること、よくわからない」
かなみは正直に言う。
「む、まあ理解できないのならそれもよい。仙人とはいえあくまで一個人の考え方じゃからな。いずれお主もお主なりの考え方をもつようになる」
「コウちゃん」
かなみは見抜かれていたと思った。
自分が涼美や煌黄、あるみのような考え方を持っていないことを。
「なあに、主義主張など年の功でもある。経験を積めばそれなりに自分の考えを持てるようになる。その時は聞かせておくれ!」
煌黄はかなみの背中を叩く。
「言いたいこと言われちゃったわね」
あるみは言う。
「お前が舌足らずなのだ」
あるみの肩に乗っているドラゴン型のマスコット・リリィが言う。
「返す言葉もないわ」
「もうちょっと、かなみちゃんと腹をわって話したら?」
千歳が提案する。
「これでもかなりやっているつもりなんだけどね」
「あれでそのつもりだったのなら、お腹をかっさばいて背中まで見せる勢いじゃないとダメね」
「それはまた辛らつね」
「私はあの娘の味方だから」
「でも、私の敵でもないでしょ」
「さあ、それはどうかしらね?」
千歳はとぼけてみせる。
「……正直言って、勝てると思う」
そこから一変して、真剣な表情であるみへ問う。
「勝つしかない、と言いたいところだけど、厳しいわね相手が相手だけに」
「契約なんかせずにあなた一人で出向いた方がよかったのではないの?」
「そうする選択肢もあったわ。だけど、来葉の未来視じゃ芳しくなかったのよ」
「ヘヴルに負けた未来が視えたの?」
「戦いにならなかったのよ。逃げ回られた挙句、次元の渦が辺り一帯を飲み込み、そういう未来よ」
「……色々と信じられないわね」
あるみの規格外の強さを考えると想像できない未来だと千歳は思った。
「まあ、次元の穴が開きそうなこの状況だから未来視も安定していない可能性もあるわね」
「不確定な要素が多いということ?」
「そうよ。来葉は言ったわ。私が動くとこの場は解決するかもしれないけど、それはさらなる災厄を招く引き金にもなりかねないって」
「……嫌な話ね」
千歳はため息をつく。
「そうね。本当なら私が行ってなんとかしたいところなんだけど」
「それは私だって同じよ。できればそばにいてあの娘達を守ってあげたいわ」
「私もよぉ」
涼美も千歳に同意する。
「あるみちゃんのぉ一生のお願いだからぁ聞いてあげたけどぉ」
「一生のお願いだなんて言った憶えは無いんだけど」
「目がそう言っていたわぁ。目は口ほどにぃ物を言うってねぇ」
「そう……だったら、言ったかもしれないわね」
「そういうわけだからぁ、千歳ちゃん張り切っていきましょう~」
「え、ええ。なんだかあなたとはうまくやっていける気がするわ」
「それは嬉しいわぁ」
涼美はニコリと笑う。
怪人は吹っ飛ばされて隣の山へ激突する。
「今ので百か……」
本当にそんな数を倒したかどうかわからないが。ヘヴルは鬱屈とした気分でいた。
――自分を倒した者が十二席の座につける。
そんなふざけたもののターゲットにされて憤りを感じたが、同時に高揚感も沸き上がった。
十二席の座を狙う強者と戦えるかもしれない。強者と戦って勝って他では得難い満足感を得られるかもしれない、と。
だが、現実にやってくるのは道端を歩いている一般人のような雑魚の怪人ばかりだ。
力は無いくせに、出世欲だけは立派にある。その欲で身を滅ぼすとも知らずに。
「ム!」
ある意味、それが怪人として正しい在り方かもしれない。
ヘヴルは機を伺っていた怪人達を見つけて、そんなことを考えていた。
「見つかった!?」
「なあに、見つかったとてこれだけの数がいれば!」
「十二席の座につける!!」
「愚かな」
数を揃えただけで勝った気でいる。知恵の無い低俗な怪人達だ。
この中に自分を満足させてくれる強者などいるはずがない。
(魔法少女……)
自分にくらいついてきたカナミ。自分を追い詰めたアルミ
彼女達の姿が思い浮かんだ。
彼女達は自分のいた世界にはいない存在だ。何故人間からあれだけの力を持った存在「魔法少女」が現れたのか興味がある。
――できればもう一度戦いたいとも。
自分の身が滅ぼされるかもしれないというのに、とヘヴルは自嘲する。
これも怪人の在り方かもしれない。
パリ!
怪人の集団を蹴散らした直後、何かガラスが割れたような音がした。
こんな山奥でそんな音がするはずがない。本来であれば。
パリ! パリパリパリ!!
割れたガラスのような音は山中に響き渡り、空間が揺らいでいく。
別の世界からやってきた存在を異分子として排除しようとする。その世界の理による力が働き始めたのだ。
「……まだ戻るわけにはいかん」
「おぉーい、魔法少女カナミ! いるのはわかってるんだぜ! 出てきやがれええええッ!!」
株式会社魔法少女のオフィスビルの前で怪人が堂々と吠える。
「よおし! 出てこねえんだったら、こっちから乗り込んでいってやる!!」
そう言って意気揚々とオフィスビルへ入っていく。
「ギャァァァァァッ!!?」
数秒後にその怪人の断末魔が響き渡る。
「またぁ?」
みあはうんざり気味にぼやく。
「今日これで五人目よ♪」
千歳は上機嫌に五本の指を立てて言う。
「千歳さん、テンション高いですね」
翠華は苦笑して言う。
「せっかく手間をかけてはっておいた糸に獲物がかかってくれるんですもの。もう大漁に釣り上げた猟師の気分よ!」
「猟師というよりクモみたいです……」
紫織はつい正直に言ってしまう。
「く、クモ……私って、クモ女……?」
千歳は微妙そうな顔をする。
「ま、まあ、千歳さんのおかげで助かってますよ! いちいち相手なんてしてられませんから!」
かなみは感謝もかねてフォローを入れる。
あるみが提示したボーナスは昨日限りだったから倒しても骨折り損のくたびれ儲けなのだ。
「そうでしょ! そうでしょ! おふぃすの守りは私に任せてね! せきゅりてぃ? そういうやつよ!」
「その割にはスーシーを逃がしちゃったのよね」
「あ……」
みあが入れた一言で千歳は苦笑いする。
痛いところを突かれた、といったところだ。
「あ、あれは確かに、私の失態だったわね……」
先日の戦いで、カナミとシオリを助けるために千歳はオフィスから飛び出した。
それが結果的にスーシーの拘束していた糸のチカラを緩めることになってしまい、戦いが終わった後、オフィスに戻ってきたときにはスーシーは姿を消していた。
千歳は迂闊だったと反省している。でも、あの時オフィスにはあるみと煌黄がいて、果たして簡単に逃げられたのか、と、かなみは疑問に思っている。
あるみのことだから何か狙いがあるのでは、と思えてならない。
「かなみへ着替えてもってきたわよぉ」
涼美がステップするかのように軽やかにオフィスへ入ってくる。
「千歳さん、母さんは侵入者として認識しないんですか?」
かなみはふと浮かんだ疑問を口にする。
「それぐらいの区別はつけられるわよ。まあ、かなみのお母さんだったら入り口に配置した糸ぐらいかいくぐってきそうだけど」
「そ、そうなの……」
かなみからするとどちらも実力者なのだけど、千歳が母の涼美を評価するのは意外だった。
「フフ、あれぐらいだったらぁチョウのように華麗に避けられるわぁ」
涼美はクルッと一回転ターンする。
「あ、母さん、着替えありがとうね」
「お安い御用よぉ」
かなみは涼美から着替えを受け取る。
昨日からかなみ達はオフィスで寝泊まりしていた。あの戦いが終わった後も怪人達がひっきりなしにオフィスを襲撃したからだ。
帰り道やアパートにまで襲ってこられたらたまらない。
そういうわけで、かなみはオフィスに泊まることになり、翠華達も付き合って泊まることにした。
幸い今日は休日なのであった。
「あんた、私服って一式しかなかったわよね」
「そうなの。お金なくて」
かなみは大体制服か体操着で過ごしている。そのため、私服はちょっと新鮮な気がするとみあは思った。
「……っていうか、かなみさん! ここで着替えるの!?」
翠華はそわそわしだす。
「そうですけど」
かなみは当たり前のように答える。
「まあ、女子しかいないものね」
千歳は言う。
「ダメ……ダメよ!!」
翠華は断固反対する。
「ど、どうしてですか?」
「そ、それは……それは……」
翠華は弱り果てる。
「あ、そうよ!」
翠華は閃く。
「こ、この窓から怪人が狙ってるかもしれないのよ!」
翠華はオフィスの窓を指して言う。
窓を見る限り、誰かが見ている感じはしない。とはいっても、かなみが肉眼で見た限りだけど。
「そうねぇ、私みたいに耳がいい怪人もいればぁ、目もいい怪人がぁおかしくないわねぇ」
「目の怪人ね……」
かなみはもう一度窓を見やって気にする。
「確かにそれは嫌ですね。備品室で着替えてきます」
備品室には窓が無いからだ。
かなみはオフィスから出て行く
「……はあ」
翠華は大きく息を吐き出す。
「フォローありがとうございます、お母さん」
「何のことかしらぁ? 私はぁそんな怪人が見ていたらぁ嫌だわねぇって話をしただけよぉ……でもねぇ」
涼美は翠華の耳元に口を近づける。
「かなみとぉもっと仲良くなりたかったらぁ頑張ってねぇ」
そう言われて、翠華はゾクリと全身を震わせる。
「は、はい!?」
涼美はその様子を見て微笑む。
「……あら?」
千歳は何かに気づいたように入口へ意識を向ける。
「着替えてきました」
かなみがオフィスへ戻ってくる。
パシャ!
入った途端、シャッター音とフラッシュがする。
「え?」
オフィスに見覚えのある怪人がいた。
「これは魔法少女カナミの新しい衣装ですか。面白い写真が撮れましたよ」
「パシャ!? なんであんたがここに!?」
記者兼カメラマンの怪人パシャ。悪の秘密結社ネガサイドの社内報を作成していて、以前かなみは取材を受けたことがある。
「是非とも、かなみさんをまた取材させてくださいと言ったら入れてくれました」
「千歳さん、なんで入れたんですか!?」
「うーん、私の糸が悪意を感じなかったのよ。それに取材が目的なら危険はないかなって」
「ありますよ、危険!!」
「別にいいんじゃないの。写真とられて魂を抜かれるわけではないでしょうし」
「そういう問題じゃなくて!」
「それでは保護者の許可を得たわけですし」
「千歳さんは保護者じゃないわよ! 保護者の母さんはこっち!」
かなみは涼美を指して言う。
「これはこれは! お久しぶりです!」
パシャはお辞儀代わりに涼美をカメラに撮る。
「久しぶりねぇ、またかなみの取材できたのぉ?」
「はい! 今、ネガサイドはかなみさんの話題でもちきりなんです!」
「まるで芸能人みたいね」
みあはかなみへ言う。
「全然嬉しくないんだけど……」
「かなみさん、怪人にも人気あるのね」
翠華はどことなく口惜しげに言う。
「す、翠華さんまで……」
「そうなんですよね。社内報の記事の要望でも多いんですよ、『どうやったらカナミを倒せるか』とか『弱点は何か』とかそういうことを取材して記事にしろって要望が!」
「絶対に教えないから、早く帰ってよ!」
「そういうわけにもいきませんよ。インタビューしないと記事がかけませんから!
「それはそっちの都合でしょ! 私の都合も考えてよ!!」
「いいんじゃないの、取材くらい」
「みあちゃん、いい加減なことを言わないでよ……」
「ま、取材するぐらいなんだから、当然ギャラももらえるでしょうね」
「あ、それでしたら十万ほど用意しています!」
「十万!? やるわインタビュー!!」
かなみは態度を百八十度反転させて乗り気になる。
「金とは恐ろしいモノじゃな、人の心をあっさり変えさせる」
煌黄は言う。
「いや、あれだけあっさり心を変えるのは、かなみだけよ」
みあは指摘する。
「十万は大金だものねぇ、しょうがないわよぉ」
涼美は理解を示す。
「せっかくだけど、取材はまたあとでね」
あるみがオフィスへやってくる。
用事があると行って出たきりだったけど、今戻ってきたようだ。
「社長、何してたんですか?」
「ちょっとした情報収集よ。一刻を争う時だからね」
「一刻を争う? どういうことですか!?」
かなみはあるみへ問いただす。
「これよ」
あるみは一枚の写真を取り出して見せる。
山の一面が不気味なほどえぐり取られたようなものが映っていた。
「これは一体なんですか!?」
かなみにはこれがただならぬものを感じた。
そして、これが自分にも無関係ではないことを直感した。
「次元が裂けた後じゃな」
煌黄が言う。
「以前も話したことじゃが、世界そのものが働きかけてくるチカラじゃ」
「別の世界からやってきた人を排除しようとするチカラのことでしょ?」
かなみは以前、煌黄から聞いたことを復唱するように言う。
「うむ、これはそのチカラが働いた跡じゃ」
「これが……」
かなみはもう一度写真をじっくり見る。
えぐられた山の一面がより一層悲惨に見えてきた。
「ということは、これはヘヴルをこの世界から排除しようとしてできた跡ということなの?」
「そうなるな……この世界にやってきた異分子といえばあやつしかいない」
「今まではそのチカラがいつ働くのか具体的にはわからなかったけど……」
「とうとう、やってきてしまったといわけじゃ」
煌黄は深刻そうに言う。
まるでいつくるかわからない大地震が今日やってきた。そんな感じだ。
「しかも、これはまだまだ続くぞ。それももっとひどいやつがな」
「それじゃ、ヘヴルはまだこの世界にいるってことなの!?」
「そうじゃ、山がえぐった程度でまいるほどやわな奴にみえたか?」
「………………」
かなみは沈黙する。
確かに、ヘヴルは恐ろしい怪人だ。この中でまともに戦って勝てるのは、あるみだけかもしれない。
「あやつほどの強者を世界から排除しようとするなら、それこそ都市一帯を消し去るほどのチカラが必要じゃな」
「そんな! それじゃ、この街は消し飛んじゃうの!?」
「十分に可能性はあるな」
煌黄ははっきりと言う。
「でも、巻き込まれるのはごめんよ」
「「「――!!」」」
かなみ達は声の主に驚愕する。
「ま、また、あんたなの……?」
「そうよ、また私よ」
「九州支部長いろか……!」
かなみは忌々し気に名前を呼ぶ。
「このビルのセキュリティ、どうなってるの?」
みあは千歳に訊く。
「あるみが連れて来ているから大丈夫だと思って」
「一刻を争うときだからね。四の五の言ってられないのよ」
「社長命令ってわけね」
みあはため息をつく。
それを持ち出されたら諦めるしかない。
「こっちの情報とネガサイドの情報の二つを照らし合わせて、ヘヴルを追い詰める」
あるみは言う。
「共同戦線というやつよ」
いろかも得意げに言う。
「ど、どうして、そんなことを!?」
「理由は二つあるわ。一つは街一帯を消し飛んでしまったらネガサイド側に不都合が出るから。もう一つは、面白そうだからよ」
いろかの返答にかなみ達は戸惑う。
「し、信じていいの、あるみ?」
みあはあるみに訊く。
「信じられるわ」
あるみは断言する。
「その根拠は?」
「――契約したのよ」
「はあ!?」
みあは声を上げる。
「契約って、この人とですか?」
「ええ、この金印を使ってね」
あるみは金印を見せる。
それは法具で、契約書に印を押すとそれがどんな内容でも従わせることができるというとんでもない代物だ。
「一体どんな契約をしたんですか!?」
かなみは訊く。
以前、契約書の内容に縛られて酷い目にあったことがあるだけに不安に駆られて仕方が無い。
「ヘヴルの居場所の情報を教えてくれる。代わりに私の介入の禁止よ」
「か、介入の禁止……? それってどういうことですか?」
「私は戦いに参加できないってことよ」
「ええ!?」
かなみは悲鳴のように声を上げる。
たった今、この中でヘヴルとまともに戦って勝てるのはあるみだけかもしれない。と考えたところなのに、そのあるみが戦いに参加できないなんてあっていいはずがない。
「そういう契約をしたのよ」
「なんでですか!? なんでそんな契約したんですか!?」
「言ったでしょ、ヘヴルを追い詰めるにはネガサイドの情報も必要だって」
「そ、それにしても……!」
「大丈夫よ。かなみちゃんなら出来るから」
あるみはかなみの肩を叩く。
「え、私……?」
かなみは自分に振られるとは思っていなかったのであっけらかんとする。
「そう、あなたがヘヴルを倒すのよ」
「え、ええぇぇぇぇぇぇッ!!? ム、ムムムム、無理ですよ!! 倒すなら、千歳さんや母さんでしょ!!? 私なんかよりずっと強いんだし!!!」
「いえ、それがね。今回、二人は戦いに参加できないのよ」
「ど、どうしてですか!? 二人が戦ってくれれば絶対に勝てるのに!!」
「私達は、別の準備をしないといけないのよ」
千歳が代わりに答える。
「じゅんび?」
「私と涼美で、次元に穴をあけるのよ」
「次元の穴? そんなのどうするんですか??」
「次元に穴を開けてヘヴルを元の世界に送り返さないといけないでしょ」
「その次元の穴をぉ二人で協力で~あけておくのよぉ」
「今回はヘヴルを倒すだけじゃダメだからね。あるみ以外でそういうことが出来るのは私達だけだから!」
千歳は胸を張って言う。
「そうですか……」
かなみは肩を落とす。
そういう役目があるなら仕方が無い。そうわかっていても二人がいてくれたらどれだけ心強かったかと思うと、心細さと不安で押し潰されそうになる。
「大丈夫じゃ、かなみ」
「コウちゃん?」
「わしもチカラの限りサポートするぞ。今回の件はわしの不手際でもあるからな」
「そうよ、かなみさん! 私達もついてるわよ!!」
「翠華さん!」
「こうなったら乗りかかった船なんだからやるしかないでしょ!」
「みあちゃん!
「わ、私も頑張ります!」
「紫織ちゃん!」
「面白そうだから、力貸すって言ったでしょ」
「萌実!」
「それに、あの支部長さんも力貸すみたいだしね」
萌実はいろかへ向かって言う。
「ええ、契約だからね」
いろかは肯定する。
ネガサイドが自分達に協力してくれるのは信じられないことだけど、契約によるものだからと信用はできる。
それだけ契約の強制力は強い。
「さて、心づもりが決まったところで作戦会議よ」
あるみが仕切る。
こうして、ネガサイドのいろかを交えて作戦会議が始まる。
かなみ達はワゴン車を使って数時間かけて山奥へ移動する。
そこから獣道を歩いていった山奥の中にヘヴルはいるらしい。
「かなみ君、武運を祈るよ」
ワゴン車を降りた時に運転手の鯖戸がそう言ってくれた。少しだけ心強かった。
獣道を歩くのはあるみを先頭にかなみ、翠華、みあ、紫織、萌実、涼美、千歳、煌黄、そして、いろかだ。
人の手が入っていない為、本格的な登山に近いのだけど、みんなハイキングに来たかのようにいつもの服装だ。
「こんなところを行くなんてきいてないわよ!」
みあが文句を言う。
「仕方ないでしょ。山奥に逃げ込んだんだから」
千歳がそれをなだめすかせる。
「どうして山奥に逃げたんでしょうか?」
紫織は疑問を口にする。
「何か目的があるかもしれないわね」
千歳が答える。
「そこんとこ、どーなの?」
萌実がいろかへ問いかける。
「さあ。彼とは会話どころか顔すらほとんど顔を交わしたことがないから、彼が何を想ってここにやってきたのか、私にもわからないわ。ただ……」
いろかはニンマリと笑みを浮かべて言い継ぐ。
「私達怪人は人間よりも欲望や本能に忠実よ。きっと彼も何か望みがあってここへやってきたかもしれないわね」
「その物言いだと何が望みなのかあたりがついているみたいね」
先頭を行くあるみが振り返って言う。
「あなたこそね」
「私が気になっているのはあなた達の狙いね」
あるみがそう言ったことで場の空気が重くなったように感じる。
「今回の件、ネガサイドとしても早く片付けたい問題だと思ってたんだけど、それだったら私が戦えばすぐにでも終わるはず。なのに、あなたは契約で私の参加を封じてきた。私が戦って解決したらいけない事情でもあるのかしらね?」
「フフ、言ったでしょ。怪人は欲望に忠実だって。ただ欲望にも色々形があるわ。私の場合、面白いものが見られればそれでいいということよ」
「この状況が面白いと?」
「ええ」
あるみが問いかけるといろかはあっさり肯定する。
「そして、あの契約によってネガサイドと魔法少女の共同戦線が成立した。面白いと思わない、この状況? 私はこの結末がどうなるか、最後まで見届けたいだけよ」
いろかは熱のこもった口調で艶やかに弁舌を振るう。
そこに嘘や偽りは感じられない。それだけにかなみはいかれていると思ってしまう。
「街が消し飛んじゃうかもしれない大ピンチなのに……!」
「価値観が違うのよぉ」
涼美が言う。
「人間の中にもいるでしょう~自分さえ~よければいいって人ぉ怪人はその傾向がぁ強いのよぉ」
「だ、だけど!」
「こんな状況で自分が楽しむことを優先するなんて、などと言いたいんじゃろ?」
「う、うん……」
「かなみよ、お主は善意のある人間じゃ。それは素晴らしい美点なのじゃが、それゆえに悪意を感じ取るに関してはちと鈍感でもあるな」
「あくいにどんかん?」
「怪人に善意を期待するなということじゃ。涼美の言う通り、あやつらは人間とは違う価値観で動いておる。ただ今回は善意も悪意も関係なく飲み込む災厄であるゆえ、肩を並べているにすぎん」
「……コウちゃんの言っていること、よくわからない」
かなみは正直に言う。
「む、まあ理解できないのならそれもよい。仙人とはいえあくまで一個人の考え方じゃからな。いずれお主もお主なりの考え方をもつようになる」
「コウちゃん」
かなみは見抜かれていたと思った。
自分が涼美や煌黄、あるみのような考え方を持っていないことを。
「なあに、主義主張など年の功でもある。経験を積めばそれなりに自分の考えを持てるようになる。その時は聞かせておくれ!」
煌黄はかなみの背中を叩く。
「言いたいこと言われちゃったわね」
あるみは言う。
「お前が舌足らずなのだ」
あるみの肩に乗っているドラゴン型のマスコット・リリィが言う。
「返す言葉もないわ」
「もうちょっと、かなみちゃんと腹をわって話したら?」
千歳が提案する。
「これでもかなりやっているつもりなんだけどね」
「あれでそのつもりだったのなら、お腹をかっさばいて背中まで見せる勢いじゃないとダメね」
「それはまた辛らつね」
「私はあの娘の味方だから」
「でも、私の敵でもないでしょ」
「さあ、それはどうかしらね?」
千歳はとぼけてみせる。
「……正直言って、勝てると思う」
そこから一変して、真剣な表情であるみへ問う。
「勝つしかない、と言いたいところだけど、厳しいわね相手が相手だけに」
「契約なんかせずにあなた一人で出向いた方がよかったのではないの?」
「そうする選択肢もあったわ。だけど、来葉の未来視じゃ芳しくなかったのよ」
「ヘヴルに負けた未来が視えたの?」
「戦いにならなかったのよ。逃げ回られた挙句、次元の渦が辺り一帯を飲み込み、そういう未来よ」
「……色々と信じられないわね」
あるみの規格外の強さを考えると想像できない未来だと千歳は思った。
「まあ、次元の穴が開きそうなこの状況だから未来視も安定していない可能性もあるわね」
「不確定な要素が多いということ?」
「そうよ。来葉は言ったわ。私が動くとこの場は解決するかもしれないけど、それはさらなる災厄を招く引き金にもなりかねないって」
「……嫌な話ね」
千歳はため息をつく。
「そうね。本当なら私が行ってなんとかしたいところなんだけど」
「それは私だって同じよ。できればそばにいてあの娘達を守ってあげたいわ」
「私もよぉ」
涼美も千歳に同意する。
「あるみちゃんのぉ一生のお願いだからぁ聞いてあげたけどぉ」
「一生のお願いだなんて言った憶えは無いんだけど」
「目がそう言っていたわぁ。目は口ほどにぃ物を言うってねぇ」
「そう……だったら、言ったかもしれないわね」
「そういうわけだからぁ、千歳ちゃん張り切っていきましょう~」
「え、ええ。なんだかあなたとはうまくやっていける気がするわ」
「それは嬉しいわぁ」
涼美はニコリと笑う。
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