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第80.5話 みあと涼美のお仕事
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カナミとヨロズの戦いに決着がついた直後の時であった。
カナミは全てを出し尽くして、気を失った。
ヨロズはカナミの全方位神殺砲を受けて戦う力を無くし、命からがら結界を出た。
「俺はまた、負けた……」
重い足取りで血を流しながら、オプスへ語り掛ける。
最強の怪人になるべく生まれてきた。
それが生まれた意味、生きる理由だと自分も思っていた。
それだけに生まれたばかりのときに出遭った魔法少女カナミはまさに自分が最強となるための障害であり、目標であった。簡単に超えられるとは思っていない。簡単に超えられても意味が無いからだ。
最強となるための道はそんなに近く平坦なものではないことは承知しているし、険しいからこそ意義があるともいう。
魔法少女カナミとの戦いはその道の厳しさを思い知り、また自身の歩みを実感する。ヨロズにとっては至福の時だった。
何度でも戦いたいし、何度負けてもいい。
今回は敗北だった。
後に仙人の悠亀はあの戦いをダブルノックアウトと称したけど、ヨロズにとってはまごうことなき完敗だとそう認識している。
これで三度目の敗北となる。
――だが、それでいい。
負けたのなら、また戦えばいい。
まだ自分にはこの戦える生命と身体、チカラがある。
また戦える機会はある。
「もう一度戦える……楽しみだ……」
オプスはヨロズの頭上を飛び回る。
全力で同意しているようだ。
まるで自分の半身の存在のようだ。ゆえに彼のチカラを引き出すことは自分のチカラを高めることと同義だと思えた。
いろかから妖精のチカラを引き出すに仙人の訪問を提案された。
仙人とはどういう存在か興味があったから、すぐに向かった。
山奥の奥にまで足を踏み入れると、漠然と仙人の結界にはいったのだと感じた。
拒絶されるか、もしくは弾き飛ばされるかと予想していた。
しかし、その結果はどちらでもなかった。だが、歓迎されている感じもなかった。
一体どういうことなのだろうか。と石段を上がり、寺へ入った。
「客人は何年振りか」
上半身をほぼ白いヒゲに覆われた、いかにも仙人のマスコットといった風体の仙人が立っていた。
「珍しいものを連れておるな」
オプスのことを指して言う。
「この妖精のチカラはどうやったら引き出せる?」
「単刀直入だな。それが用件か」
「そうだ」
「もう十分に引き出せると思うが」
「足りない。もっとチカラが必要だ」
「それほどのチカラを何故欲する?」
「勝ちたい奴がいる。そして、最強の怪人になるため」
「なるほど」
悠亀は納得がいく。
「さあ、教えてもらおうか」
「不遜だな。仙人の前ではもっと謙虚であるべきではないか。ましてや教えを乞うならば尚更に」
「俺はこうする事しか知らない」
「生後まもない故の無知か。よかろう」
「では」
「ここで妖精と対話せよ」
「対話?」
「それが第一段階だ」
そう言われて、ヨロズとオプスは互いに顔を見合わせる。
そうして、ヨロズとオプスは対話した。
言葉を交わすことなく、ただ向き合うだけ。
まるで鏡を見ているような気分になってくる。
オプスに念じるように語り掛けてくると自分の胸に帰ってくるような奇妙な感覚を得る。
そうすることで自分はチカラを得られているのか、実感が無いまま対話を続ける日々を過ごしていた。
そこへかなみがやってきた。
仙人から戦うことを提案されたとき、願っても無いことだと喜びを感じた。
オプスによって得られる妖精のチカラは以前よりも強固になっており、これなら勝てると思えた。
しかし、結果はこの通りだった。
まだ足りないのだ。自身のチカラも妖精のチカラも。
「俺達はまだ強くなれる……!」
血を噴き出し、重い足取りでありながらも気持ちは明るかった。
――お前がヨロズか。
その光に陰りが差す。
ヨロズの目の前に六本の腕を持つ怪人が立っていた。
「不吉ね……」
来葉はおもむろに呟く。
「あなたがろくでもない未来はいつものことでしょ」
「本当はもっといい未来を視たいのだけどね」
「未来は今の私達の頑張りで決まる。いい未来になるよう努力はするわ」
「いつもお願いするばかりでごめんなさいね」
「それは言わない約束でしょ」
そう返されて来葉はニコリと微笑んでコーヒーを飲む。
「あのぉ~、二人の世界に入り浸ってるぅ、ところぉ、悪いんだけどぉ」
涼美が水を差すように発言する。
「ああ、ごめんなさい。もう来てたのね、涼美」
「呼びつけておいてぇ……二人でコーヒータイムしてるなんて~呑気ねぇ」
「どっちが呑気なのよ」
みあがぼやく。
しかし、内心ではよくやったと思っていた。
呼びつけられて来てみれば、涼美が言うように二人の世界に入っていてどう声をかけたらいいのかわからなかったのだ。涼美が割って入らなかったらいつまで続いたのだろうか。
「ごめんなさい。別に呑気にしてたわけじゃないんだけど」
「来葉ちゃん、深刻そうな顔をしてたものねぇ、よくない未来が視えたのねぇ」
みあには来葉がそこまで深刻そうにしていたように見えなかった。
長年の付き合いで、わずかな表情の機微でそう言えるのだろう。
「それはまだよくわからないわ」
「二人に確認してきて欲しいことがあるのよ」
あるみが言う。
「二人で? あたしと誰が?」
みあは確認するように訊く。
「決まってるじゃない」
結果は予想通りであった。
「よろしくねぇ、みあちゃん」
「……よろしく」
涼美はニコリと笑い、みあはしかめ面で応じる。
「みあちゃん、そっけないわねぇ。同じ仕事をするんだからぁ仲良くしましょう」
「仲良くって……」
「まずはぁ、ハグからぁ」
「ちょっと、何がまずよ!?」
涼美は拒否するみあを無理矢理抱き締める。
「むぎゅう……!? 胸があたって、くるし!?」
「え、なぁにぃ、みあちゃん、何言ってるのかぁわからないわよぉ」
「し、しらじら!」
みあが白々しいと言いたかったけど、頭を胸に挟まれて息をするのもままならなくなる。
涼美は数キロ先にいる人間の囁き声も聞き取れる程の耳を持っているはずなのだから、みあの声が聞こえなくなるなんてありえないので、白々しいと言いたくなる気持ちもわかる、とあるみは密かに思った。
「とりあえず、握手ぐらいはいいんじゃないかしら?」
来葉は苦笑しながら提案する。
しかし、みあは涼美と握手しようとは思わなかった。
「みあちゃぁん、機嫌直して~」
不機嫌顔で先を行くみあも、涼美は追う。
身長差があって歩幅が違うのにも関わらず、みあの方が速いのは走るのに近いぐらいの勢いで歩いているからだ。
(こいつと一緒に歩きたくない!)
そんな気持ちの顕れだ。
「みあちゃぁん、歩くのはやぁい」
「ハァハァ、ああいってるぜ、お嬢」
「フン!」
みあは鼻を鳴らす。
「ついたわよ」
みあはようやく足を止める。
息を切らしてハァハァを必死に頑張って胸を張る。その額から落ちる汗は隠しようがないけど。
「これがぁ……来葉ちゃんがぁ、視たものねぇ」
涼美はやってきたビルに囲まれた空き地の周囲を見やる。
「魔力がはびこってる……」
みあは気だるげに呟く。
「みあちゃぁん、わかるのぉ?」
「なんとなく」
みあは涼美に対してそっぽ向く。
「あるみちゃんからぁ、感知能力に優れてるって~、聞いたけどぉ本当なのねぇ」
「別に優れてるってわけじゃないわよ!」
「あらぁ、そう言われて嬉しかったぁ?」
「う、嬉しくない!!」
みあはムキになって距離をとる。
「かなみとはなかよくしてるのにぃ、母さんとはぁつれないわねぇ」
「別にかなみと仲良くしているわけじゃない!!」
さらにムキになって、怒鳴って否定する。
「大体、母さんって……あんた、あたしの母さんじゃないでしょ!!」
「え、そこぉ……?」
その指摘に涼美も戸惑う。
「うぅーん……だったら、こうしましょう。今から私のことぉ、涼美ちゃんって呼んでねぇ」
「ぜったい、イヤ!」
みあは断固拒否する。
「困ったわねぇ……反抗期かしらぁ、かなみにはぁそういう無かったからぁ……」
「え、そうなの?」
みあは反射的に興味を示してしまう。
「そうなのよぉ、昔からぁ家に置いていって~何日してもぉ「いってらっしゃい」とぉ「おかえりなさい」は言ってくれたのよぉ」
「それは放置しすぎでしょ」
みあは呆れる。
「母さんと父さんはよく家を開けて、ある日ひょっこり帰ってきたらするのよ」
かなみがそんなことを言っていたことを思い出す。そのあたりは伝え聞いた話の通りだった。
それだけに余計に腹が立った。
「……育児放棄」
ボソリと呟いた。
「あ……」
涼美はこの言葉をしっかりと聞き取った。
「みあちゃんの言う通りねぇ、私、かなみのことはぁ放っておきすぎたわぁ」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
「ありがとうねぇ、みあちゃぁん」
「え?」
予想外にお礼を言われたので、みあはキョトンとする。
「かなみはぁそういうことぉ全然言ってこないからぁ代わりに言ってくれてるのよねぇ」
「そ、そんなつもりないわよ!」
「うふふふ、かなみもいい仲間をもったわねぇ」
「あー、もう!!」
みあはそっぽ向く。
「涼美って呼ぶわよ」
ようやく捻りだした言葉がそれだった。
「涼美ちゃんは無理ありすぎよ」
「そんなことないのにねぇ」
「あたしはあるのよ!!」
みあは猛反発する。
どうにもかなみとは別の意味で調子を狂わされる。涼美はとことんマイペースなのであった。
「……涼美」
一旦切り替えて、真剣な面持ちでさっそくみあは名前を呼ぶ。
「これ、なんだと思う?」
みあはビルの壁に張り付いた錆とも染みともとれる模様を指して訊く。
「血かしらねぇ」
涼美は間延びした口調で、しかし真剣味が感じられる声色で答える。
「やっぱり……誰のものなのかわかる」
「来葉ちゃんの話だとぉ、まだそんなに時間は経ってないそうよぉ」
「それにしちゃ乾くのが早すぎない?」
「その怪人の特性かしらねぇ、人間の常識に当てはめちゃダメよぉ」
なるほど、とみあは関心する。
そのあたりは年の功らしい振る舞いだと思えた。
「この怪人の血の行方をぉ探るのがぁ、私達の仕事よぉ」
「わかってるわよ、その喋り方どーにかならないの?」
「これはクセだからぁ」
「まったく、かなみもよく耐えられるわね」
「かなみはよくできたぁ娘だからぁ」
「なんで、あんたが嬉しそうなのよ?」
「娘を褒められて~、嬉しいのがぁ、母の喜びよぉ」
「母ね……」
それは物心つく頃から母がいなかったみあにとってはわからないものだった。
「っていうか、褒めてないわよ」
「え~そうだったのぉ」
「まったく!」
涼美と話していると調子が狂う。ある意味、似た者母娘だとみあは思った。
「それで~みあちゃぁん、何かわかったぁ?」
「そんなにすぐわからないわよ」
みあは周囲を見回す。
染みか錆のような血の痕。血には魔力が色濃く残る、と聞いたことがある。周囲に盛大に飛び散っているため、血に紛れている魔力はみあへ自己主張してくる。
「あっちよ」
血は地面に広がり、すっかり溶け込んでいる。しかし、魔力はうっすらと湯気のように湧いているように感じる。その様はまるで足跡のようにみあの目には映った。
「やっぱりぃ、すごいわねぇ」
涼美は感心する。
「………………」
みあはそれに対して、何を言うでもなく顔を背ける。
自分がどんな顔をしているのかみあにもよくわかっていなかった。
「マンホールゥ」
血の痕跡から感じられる魔力を足跡に見立てておくと、ポッカリと開かれたマンホールの穴があった。
「ここ、入るの?」
みあはあからさまに嫌そうな顔をする。
当然ながら、このマンホールの穴の先は下水道に繋がっている。
暗くて汚い空間という認識で、入らなくてもいいなら絶対に入りたくない場所だ。
「ダーメー、入るのぉ」
涼美はみあを捕まえて無理矢理マンホールに入ろうとする。
「あ、こら、はなしなさい!」
みあは暴れて離れようとしたけど、離せない。
華奢でとぼけているような感じなのに、掴んだ腕から感じる力はかなり強い。
「入るぅ?」
涼美は問いかけてくる。圧は強くて恐怖さえ感じる。
「わかった! わかったから! はなして!」
「入るぅ?」
もう一度問いかけてくる。
「入る! 入るわよ!!」
みあは渋々ながらマンホールの穴を降りていく。
「……臭い」
先に降りたみあは心底嫌そうにぼやく。
実際下水道は臭いのだから仕方が無い。
生活排水はすぐ隣で川のように流れている。絶対に泳ぎたくない川といってもいい。
「さぁ、行きましょぉうかぁ」
涼美はその下水道を平然と歩く。
思わず鼻をつむりたくなるような臭いがしているはずなのに。
「あんた、平気なの?」
「ええぇ、嗅覚をきってるからぁ」
「嗅覚をきる?」
「みあちゃぁんはぁ、生き物にはあるぅ、五感って知ってるぅ?」
「五感? えっと、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚のことでしょ」
「みあちゃぁん、かしこいわねぇ」
涼美は拍手する。
「こ、これぐらい常識でしょ! んで、その五感がどうしたっていうのよ?」
「私はその五感をぉ、オンオフ切り替えすることができるのよぉ」
「オンオフ? それって、オフにしたら眼が見えなくなったり、耳が聞こえなかったり、食べても味がしなくなったりするの?」
「そうねぇ、今は嗅覚にオフしているからぁ、なぁんにもぉ、におわないわねぇ」
「べ、便利ね……」
それに翠華から聞いた話だと、かなみが昏睡してた時に幻覚に惑わされていたことがあった。その時に、涼美は視覚をきって何も視えない状態で聴覚だけで撃ち破ったときいている。
「みあちゃぁんもぉ、訓練すればぁできるようになるわよぉ」
「あたしも?」
「かなみはそういうの苦手みたいで~中々難しいんだけどねぇ、みあちゃぁん、上手くできそうな感じがするわぁ」
「そ、そう……?」
覚えたら便利そうな気はする。特にこんな鼻をつむりたいような場所に足を運ぶときなんかは。
「それにぃ、これって戦いのときにも役に立つのよぉ」
「戦いのとき? 目が見えなくなったり、耳が聞こえなかったら、戦いづらくなるだけじゃない?」
「五感を相互に関係してるのよぉ、五感の一つがきれるとぉ研ぎ澄まされるようにぃなってるのよぉ」
「それって、つまりあんたは今嗅覚をきってるからその分、遠くまで聞こえるようになってるの?」
「そのとおりぃ、みあちゃぁんはかしこいわねぇ」
涼美は素直に褒める。
「べ、別にそんなことないわよ!!」
みあは頬を赤らめて顔を背ける。
「というわけで、みあちゃぁんはもっとぉ目をよぉく見えるようになったりぃ、肌を敏感にして~感知能力を高めたりぃ、色々出来るようになると思うわぁ」
「……ああ、そう」
みあは素っ気なく答えているけど、内心興味津々なところが声色に出ている。涼美にはそれがわかる。
「この血を流している怪人って何者なの?」
みあは訊く。
「想像はついてるんだけどねぇ、これだけの血の量を流してもぉ、移動し続けてるってことはぁそれだけぇ強い怪人ってことよぉ」
「……あたしとあんたの手に負えそうな奴なの?」
「さぁ~、それはわからないわねぇ」
涼美はその返答の内容に反して、口調のせいで暢気すぎるように感じられた。それはみあに緊張を与えないためのものかもしれない。
「それはぁ案外近いわよぉ」
「……はあ?」
みあは一気に緊張する。
ヒュゥゥゥゥッ!
下水道の中に不自然な風切り音が聞こえてくる。
「怪人!」
みあはコインを取り出す。
「マジカルワーク!」
コインの光に包まれて、赤色の魔法少女が姿を現わす。
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」
いつの間にか変身をすませていたスズミとともに名乗りを上げる。
「私とペアってどうぅ?」
「……違和感ないわねぇ」
ミアは自分でも意外だと思う感想を口にした。
「だったらぁ、今後はぁ私とコンビを組まなぁい?」
「はあ?」
思ってもみない提案だった。
ただ、スズミは性格に問題はあるけど実力と経験がある。コンビを組むことで得られるものは大きいとミアは思う。性格に問題はあるけど。
「考えておくわ。でも、そういうことはかなみに言いなさいよ、あいつは喜ぶから」
「フフ」
ミアはそう返すと、スズミは満足げに笑う。
一体、何を考えてるのやら。
ヒュゥゥゥゥッ!
ミアとスズミの頭上を影がよぎる。
「ん、コウモリ!?」
「なんだかぁ、違う感じがするわねぇ」
スズミは平時と変わらないのんびりとした口調で言う。
ヒュゥゥゥゥッ!
再び影がやってくる。
「サンダースネイク!!」
ミアのヨーヨーを投げ入れる。
ヘビのようにうねって影に向かっていく。
影はこれを天井へ向かって飛び上がってかわす。
「――かわされた!?」
「素早いわねぇ」
「あんた、のんびりしてないで手伝いなさいよ!」
「それもそうねぇ、だったらぁゴールドエヴァン」
スズミは影に向かって黄金の鈴を投げ入れる。
しかし、ミアのヨーヨーほどスピードが無いため、あっさりとかわされる。
「喋り方と同じでトロい」
ミアはなじる。
「フフゥン」
しかし、スズミは得意顔だった。
「私の鈴はぁ音速よぉ」
チリリリリン!
鈴の音が響く。
すると、影がはたき落とされたように、水道へ落ちる。
「あー、超音波攻撃か」
「理解がぁ早いわねぇ」
「確かに音速なら簡単に避けられないわね。凄い攻撃なんだけど……」
「なんだけどぉ?」
「下水に落ちちゃったの、どうするのよ!?」
「あ、あらぁ……」
スズミは笑顔を浮かべて首を傾げる。
「笑ってごまかそうとするな! 浮かんでこなかったら、どう確認するのよ!?」
「確認もそうだけどぉ、回収できるといいんだけどぉ」
「あたしは絶対イヤだから!!」
みあはそっぽ向く。
「浮かんでこないわねぇ……」
「あんたが落としたんだから、あんたが責任とりなさいよ」
「ええぇ……みあちゃぁん、お願いがあるんだけどぉ」
「あたしはイヤって言ったわよね!? あんたが確認しなさいよ! 嗅覚とか味覚とか色々きったらなんとかなるでしょ!?」
「まあぁ、それも手だと思うんだけどぉ、他にいい考えがあるんだけどぉ」
「何、他にいい考えって?」
とりあえず聞いてみることにした。
ポチャン
ミアはヨーヨーを下水へ投げ入れる。
「このヨーヨー、もう二度と使えないわね」
ため息をつきながらぼやく。
これが二人とも下水に入らないですむ方法なのだから仕方が無い。
「がんばって~、釣り上げて~」
「呑気に言って……!」
ミアは文句を言う。
とは言いつつも、ミアは感知能力を駆使して下水に落ちた影を探る。そして、そのヨーヨーで引っかけて釣り上げる。
上手くやれるか正直不安だけど、下水に入りより断然良い。そう、断然良いのだ!
「お、見つけた!」
「一本釣りぃ~」
スズミの呑気な一言で力が抜けそうになるけど、精一杯のチカラを込めて引っ張り上げる。
「フィィィシュゥゥゥゥッ!!」
「あ、ミアちゃん、そんなにぃ、チカラ入れたらぁ」
「え、何?」
スズミが何か注意しようとした時には遅かった。
バシャアアアアアアアン!!!
思いっきり水飛沫が上がる。
「………………」
思いっきり下水がかかったミアは沈黙する。
「水飛沫がぁ上がって~」
「お、お、お、おお……」
「大変なことになるわよぉ」
「おそいわああああああああッ!!」
下水道にミアの悲鳴にも似た絶叫が木霊する。
「困ったわねぇ……ここじゃ身体を洗うことができないわねぇ」
「早く帰ってシャワーにしたいわ」
「そうねぇ、目的の怪人は回収できたみたいだしぃ」
スズミはミアにヨーヨーの糸に巻き付けられて身動きをとれなくなった影を指して言う。
「そんなの、どうだっていいわよ。早く帰りましょう!」
「そうねぇ、私が持っていくからぁ」
ミアはわずかばかり気が利くと思った。
「というわけで~、持ってきたわよぉ」
涼美はそれをあるみと来葉に出す。ちなみに、みあの方はオフィスに備え付けられたシャワールームで身体を洗っている。
「……これは、来葉、わかる?」
「私に言われてもね……」
三人揃って改めて、それを見る。
みあがこうもりと見間違えたように、それはまるっきりコウモリの羽みたいだった。ただ、一対の羽だけで本体は無い。
「怪人のようだけど怪人の一部みたいね」
あるみが言う。
「なるほどぉ、言われてみればぁ」
「でも、なんでそんなものがそこにあったのかなのよね……私の未来視もそこまで見通せないから」
「便利なんだけどねぇ、千里眼とまではいかないものねぇ」
来葉の未来を視る魔法は、様々な可能性を視通すことができる。
しかし、来葉が得られるのはあくまでこれから起こるかもしれない未来の情報だけだ。例えば、明日会うかもしれない人の名前を今日の内に知っておくことはできる。しかし、明日会うことが絶対にない人の名前を知ることはできない。
つまり、今日はこの怪人の正体を突き止めることはどうあってもできないようだ。
「とはいえ、この怪人が何なのか推理することはできるわよ」
「めいたんてい~」
「来葉には隠し事ができないのよね」
「やましいことはあるまい」
リリィが言う。
「そうよね、私とあるみの間にそんなやましいことはないわよね」
「来葉ちゃん、凄い圧力を感じるわねぇ」
涼美は苦笑する。
「それで~、来葉ちゃんの推理だと、これはなんなのぉ?」
「あるみが言うように怪人の一部だと思うんだけど、これだけでも十分怪人一人分のチカラはあるわね」
「それだけ本体のチカラがあるってことね。心当たりがないわけじゃないけど」
「コウモリの羽を持ったぁ、つよぉい怪人ねぇ」
あるみ、来葉、涼美の三人の頭が同じ怪人を頭に思い浮かべた。
「そうなるとぉ、彼に何かあったのかしらねぇ」
「羽がとれるような何か……」
それが何なのかまではわからないけど、良くないことは確かだ。
あるみ達にとってか、彼にとってか。
「ひとまず、これは私の方で保管しておくわ」
あるみはそう言って、羽を千歳のいる保管室へ持っていく。
「さてと、それじゃそろそろ私もお暇しましょうか」
来葉は立ち上がる。
「ただいま」
そこへ、かなみと煌黄が戻ってくる。
「戻ってきたぞ。中々有意義なひと時であった」
「おかえりなさぁい」
「母さん、来てたんだ。あ、来葉さんも」
「おかえりなさい、なんだか苦労してきたみたいね」
「わかるんですか?」
「ええ、なんだか死線をかいくぐったような相が出てるから」
「……どういう相ですか?」
来葉は時々わけのわからないことを言うので戸惑ってしまう。
「あたしも苦労したんだけどね」
そこへシャワーから出たみあがやってくる。
「みあちゃん、シャワーあがり? 何かあったの?」
「何かあったの、じゃないわよ! あんたの母さんのせいでえらい目にあったのよ!! 娘のあんたが責任をとりなさい!!」
「え、ええ!?」
かなみにはまったく身に覚えのないことであった。
「母さん、みあちゃんに何したの!?」
「うーん、ちょっとぉ人にはいえないことかしらねぇ」
確かに下水道に降りるなんて人にはちょっと言えないことではあるが。
「いかがわしい言い方するな!」
「フフ」
笑ってごまかそうとする涼美の態度を見て、暖簾に腕押しだとみあは悟る。
「あんた、よくあんな母さんと一緒にやってけるわね」
みあなりの賛辞にかなみは
「わかる~みあちゃん……結構苦労してるのよ」
「うん、わかった。今日思い知らされたわ」
「っていうか、何があったの?」
「……え?」
かなみに問いかけられて、みあは困った。
二人で下水道に降りたり、ヨーヨーを下水へ投げ入れたり、下水を思いっきりかぶったり、……なんて、ちょっと話したくない内容だった。
「……ちょっと、人には言えないこと」
「本当に何があったの!?」
カナミは全てを出し尽くして、気を失った。
ヨロズはカナミの全方位神殺砲を受けて戦う力を無くし、命からがら結界を出た。
「俺はまた、負けた……」
重い足取りで血を流しながら、オプスへ語り掛ける。
最強の怪人になるべく生まれてきた。
それが生まれた意味、生きる理由だと自分も思っていた。
それだけに生まれたばかりのときに出遭った魔法少女カナミはまさに自分が最強となるための障害であり、目標であった。簡単に超えられるとは思っていない。簡単に超えられても意味が無いからだ。
最強となるための道はそんなに近く平坦なものではないことは承知しているし、険しいからこそ意義があるともいう。
魔法少女カナミとの戦いはその道の厳しさを思い知り、また自身の歩みを実感する。ヨロズにとっては至福の時だった。
何度でも戦いたいし、何度負けてもいい。
今回は敗北だった。
後に仙人の悠亀はあの戦いをダブルノックアウトと称したけど、ヨロズにとってはまごうことなき完敗だとそう認識している。
これで三度目の敗北となる。
――だが、それでいい。
負けたのなら、また戦えばいい。
まだ自分にはこの戦える生命と身体、チカラがある。
また戦える機会はある。
「もう一度戦える……楽しみだ……」
オプスはヨロズの頭上を飛び回る。
全力で同意しているようだ。
まるで自分の半身の存在のようだ。ゆえに彼のチカラを引き出すことは自分のチカラを高めることと同義だと思えた。
いろかから妖精のチカラを引き出すに仙人の訪問を提案された。
仙人とはどういう存在か興味があったから、すぐに向かった。
山奥の奥にまで足を踏み入れると、漠然と仙人の結界にはいったのだと感じた。
拒絶されるか、もしくは弾き飛ばされるかと予想していた。
しかし、その結果はどちらでもなかった。だが、歓迎されている感じもなかった。
一体どういうことなのだろうか。と石段を上がり、寺へ入った。
「客人は何年振りか」
上半身をほぼ白いヒゲに覆われた、いかにも仙人のマスコットといった風体の仙人が立っていた。
「珍しいものを連れておるな」
オプスのことを指して言う。
「この妖精のチカラはどうやったら引き出せる?」
「単刀直入だな。それが用件か」
「そうだ」
「もう十分に引き出せると思うが」
「足りない。もっとチカラが必要だ」
「それほどのチカラを何故欲する?」
「勝ちたい奴がいる。そして、最強の怪人になるため」
「なるほど」
悠亀は納得がいく。
「さあ、教えてもらおうか」
「不遜だな。仙人の前ではもっと謙虚であるべきではないか。ましてや教えを乞うならば尚更に」
「俺はこうする事しか知らない」
「生後まもない故の無知か。よかろう」
「では」
「ここで妖精と対話せよ」
「対話?」
「それが第一段階だ」
そう言われて、ヨロズとオプスは互いに顔を見合わせる。
そうして、ヨロズとオプスは対話した。
言葉を交わすことなく、ただ向き合うだけ。
まるで鏡を見ているような気分になってくる。
オプスに念じるように語り掛けてくると自分の胸に帰ってくるような奇妙な感覚を得る。
そうすることで自分はチカラを得られているのか、実感が無いまま対話を続ける日々を過ごしていた。
そこへかなみがやってきた。
仙人から戦うことを提案されたとき、願っても無いことだと喜びを感じた。
オプスによって得られる妖精のチカラは以前よりも強固になっており、これなら勝てると思えた。
しかし、結果はこの通りだった。
まだ足りないのだ。自身のチカラも妖精のチカラも。
「俺達はまだ強くなれる……!」
血を噴き出し、重い足取りでありながらも気持ちは明るかった。
――お前がヨロズか。
その光に陰りが差す。
ヨロズの目の前に六本の腕を持つ怪人が立っていた。
「不吉ね……」
来葉はおもむろに呟く。
「あなたがろくでもない未来はいつものことでしょ」
「本当はもっといい未来を視たいのだけどね」
「未来は今の私達の頑張りで決まる。いい未来になるよう努力はするわ」
「いつもお願いするばかりでごめんなさいね」
「それは言わない約束でしょ」
そう返されて来葉はニコリと微笑んでコーヒーを飲む。
「あのぉ~、二人の世界に入り浸ってるぅ、ところぉ、悪いんだけどぉ」
涼美が水を差すように発言する。
「ああ、ごめんなさい。もう来てたのね、涼美」
「呼びつけておいてぇ……二人でコーヒータイムしてるなんて~呑気ねぇ」
「どっちが呑気なのよ」
みあがぼやく。
しかし、内心ではよくやったと思っていた。
呼びつけられて来てみれば、涼美が言うように二人の世界に入っていてどう声をかけたらいいのかわからなかったのだ。涼美が割って入らなかったらいつまで続いたのだろうか。
「ごめんなさい。別に呑気にしてたわけじゃないんだけど」
「来葉ちゃん、深刻そうな顔をしてたものねぇ、よくない未来が視えたのねぇ」
みあには来葉がそこまで深刻そうにしていたように見えなかった。
長年の付き合いで、わずかな表情の機微でそう言えるのだろう。
「それはまだよくわからないわ」
「二人に確認してきて欲しいことがあるのよ」
あるみが言う。
「二人で? あたしと誰が?」
みあは確認するように訊く。
「決まってるじゃない」
結果は予想通りであった。
「よろしくねぇ、みあちゃん」
「……よろしく」
涼美はニコリと笑い、みあはしかめ面で応じる。
「みあちゃん、そっけないわねぇ。同じ仕事をするんだからぁ仲良くしましょう」
「仲良くって……」
「まずはぁ、ハグからぁ」
「ちょっと、何がまずよ!?」
涼美は拒否するみあを無理矢理抱き締める。
「むぎゅう……!? 胸があたって、くるし!?」
「え、なぁにぃ、みあちゃん、何言ってるのかぁわからないわよぉ」
「し、しらじら!」
みあが白々しいと言いたかったけど、頭を胸に挟まれて息をするのもままならなくなる。
涼美は数キロ先にいる人間の囁き声も聞き取れる程の耳を持っているはずなのだから、みあの声が聞こえなくなるなんてありえないので、白々しいと言いたくなる気持ちもわかる、とあるみは密かに思った。
「とりあえず、握手ぐらいはいいんじゃないかしら?」
来葉は苦笑しながら提案する。
しかし、みあは涼美と握手しようとは思わなかった。
「みあちゃぁん、機嫌直して~」
不機嫌顔で先を行くみあも、涼美は追う。
身長差があって歩幅が違うのにも関わらず、みあの方が速いのは走るのに近いぐらいの勢いで歩いているからだ。
(こいつと一緒に歩きたくない!)
そんな気持ちの顕れだ。
「みあちゃぁん、歩くのはやぁい」
「ハァハァ、ああいってるぜ、お嬢」
「フン!」
みあは鼻を鳴らす。
「ついたわよ」
みあはようやく足を止める。
息を切らしてハァハァを必死に頑張って胸を張る。その額から落ちる汗は隠しようがないけど。
「これがぁ……来葉ちゃんがぁ、視たものねぇ」
涼美はやってきたビルに囲まれた空き地の周囲を見やる。
「魔力がはびこってる……」
みあは気だるげに呟く。
「みあちゃぁん、わかるのぉ?」
「なんとなく」
みあは涼美に対してそっぽ向く。
「あるみちゃんからぁ、感知能力に優れてるって~、聞いたけどぉ本当なのねぇ」
「別に優れてるってわけじゃないわよ!」
「あらぁ、そう言われて嬉しかったぁ?」
「う、嬉しくない!!」
みあはムキになって距離をとる。
「かなみとはなかよくしてるのにぃ、母さんとはぁつれないわねぇ」
「別にかなみと仲良くしているわけじゃない!!」
さらにムキになって、怒鳴って否定する。
「大体、母さんって……あんた、あたしの母さんじゃないでしょ!!」
「え、そこぉ……?」
その指摘に涼美も戸惑う。
「うぅーん……だったら、こうしましょう。今から私のことぉ、涼美ちゃんって呼んでねぇ」
「ぜったい、イヤ!」
みあは断固拒否する。
「困ったわねぇ……反抗期かしらぁ、かなみにはぁそういう無かったからぁ……」
「え、そうなの?」
みあは反射的に興味を示してしまう。
「そうなのよぉ、昔からぁ家に置いていって~何日してもぉ「いってらっしゃい」とぉ「おかえりなさい」は言ってくれたのよぉ」
「それは放置しすぎでしょ」
みあは呆れる。
「母さんと父さんはよく家を開けて、ある日ひょっこり帰ってきたらするのよ」
かなみがそんなことを言っていたことを思い出す。そのあたりは伝え聞いた話の通りだった。
それだけに余計に腹が立った。
「……育児放棄」
ボソリと呟いた。
「あ……」
涼美はこの言葉をしっかりと聞き取った。
「みあちゃんの言う通りねぇ、私、かなみのことはぁ放っておきすぎたわぁ」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
「ありがとうねぇ、みあちゃぁん」
「え?」
予想外にお礼を言われたので、みあはキョトンとする。
「かなみはぁそういうことぉ全然言ってこないからぁ代わりに言ってくれてるのよねぇ」
「そ、そんなつもりないわよ!」
「うふふふ、かなみもいい仲間をもったわねぇ」
「あー、もう!!」
みあはそっぽ向く。
「涼美って呼ぶわよ」
ようやく捻りだした言葉がそれだった。
「涼美ちゃんは無理ありすぎよ」
「そんなことないのにねぇ」
「あたしはあるのよ!!」
みあは猛反発する。
どうにもかなみとは別の意味で調子を狂わされる。涼美はとことんマイペースなのであった。
「……涼美」
一旦切り替えて、真剣な面持ちでさっそくみあは名前を呼ぶ。
「これ、なんだと思う?」
みあはビルの壁に張り付いた錆とも染みともとれる模様を指して訊く。
「血かしらねぇ」
涼美は間延びした口調で、しかし真剣味が感じられる声色で答える。
「やっぱり……誰のものなのかわかる」
「来葉ちゃんの話だとぉ、まだそんなに時間は経ってないそうよぉ」
「それにしちゃ乾くのが早すぎない?」
「その怪人の特性かしらねぇ、人間の常識に当てはめちゃダメよぉ」
なるほど、とみあは関心する。
そのあたりは年の功らしい振る舞いだと思えた。
「この怪人の血の行方をぉ探るのがぁ、私達の仕事よぉ」
「わかってるわよ、その喋り方どーにかならないの?」
「これはクセだからぁ」
「まったく、かなみもよく耐えられるわね」
「かなみはよくできたぁ娘だからぁ」
「なんで、あんたが嬉しそうなのよ?」
「娘を褒められて~、嬉しいのがぁ、母の喜びよぉ」
「母ね……」
それは物心つく頃から母がいなかったみあにとってはわからないものだった。
「っていうか、褒めてないわよ」
「え~そうだったのぉ」
「まったく!」
涼美と話していると調子が狂う。ある意味、似た者母娘だとみあは思った。
「それで~みあちゃぁん、何かわかったぁ?」
「そんなにすぐわからないわよ」
みあは周囲を見回す。
染みか錆のような血の痕。血には魔力が色濃く残る、と聞いたことがある。周囲に盛大に飛び散っているため、血に紛れている魔力はみあへ自己主張してくる。
「あっちよ」
血は地面に広がり、すっかり溶け込んでいる。しかし、魔力はうっすらと湯気のように湧いているように感じる。その様はまるで足跡のようにみあの目には映った。
「やっぱりぃ、すごいわねぇ」
涼美は感心する。
「………………」
みあはそれに対して、何を言うでもなく顔を背ける。
自分がどんな顔をしているのかみあにもよくわかっていなかった。
「マンホールゥ」
血の痕跡から感じられる魔力を足跡に見立てておくと、ポッカリと開かれたマンホールの穴があった。
「ここ、入るの?」
みあはあからさまに嫌そうな顔をする。
当然ながら、このマンホールの穴の先は下水道に繋がっている。
暗くて汚い空間という認識で、入らなくてもいいなら絶対に入りたくない場所だ。
「ダーメー、入るのぉ」
涼美はみあを捕まえて無理矢理マンホールに入ろうとする。
「あ、こら、はなしなさい!」
みあは暴れて離れようとしたけど、離せない。
華奢でとぼけているような感じなのに、掴んだ腕から感じる力はかなり強い。
「入るぅ?」
涼美は問いかけてくる。圧は強くて恐怖さえ感じる。
「わかった! わかったから! はなして!」
「入るぅ?」
もう一度問いかけてくる。
「入る! 入るわよ!!」
みあは渋々ながらマンホールの穴を降りていく。
「……臭い」
先に降りたみあは心底嫌そうにぼやく。
実際下水道は臭いのだから仕方が無い。
生活排水はすぐ隣で川のように流れている。絶対に泳ぎたくない川といってもいい。
「さぁ、行きましょぉうかぁ」
涼美はその下水道を平然と歩く。
思わず鼻をつむりたくなるような臭いがしているはずなのに。
「あんた、平気なの?」
「ええぇ、嗅覚をきってるからぁ」
「嗅覚をきる?」
「みあちゃぁんはぁ、生き物にはあるぅ、五感って知ってるぅ?」
「五感? えっと、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚のことでしょ」
「みあちゃぁん、かしこいわねぇ」
涼美は拍手する。
「こ、これぐらい常識でしょ! んで、その五感がどうしたっていうのよ?」
「私はその五感をぉ、オンオフ切り替えすることができるのよぉ」
「オンオフ? それって、オフにしたら眼が見えなくなったり、耳が聞こえなかったり、食べても味がしなくなったりするの?」
「そうねぇ、今は嗅覚にオフしているからぁ、なぁんにもぉ、におわないわねぇ」
「べ、便利ね……」
それに翠華から聞いた話だと、かなみが昏睡してた時に幻覚に惑わされていたことがあった。その時に、涼美は視覚をきって何も視えない状態で聴覚だけで撃ち破ったときいている。
「みあちゃぁんもぉ、訓練すればぁできるようになるわよぉ」
「あたしも?」
「かなみはそういうの苦手みたいで~中々難しいんだけどねぇ、みあちゃぁん、上手くできそうな感じがするわぁ」
「そ、そう……?」
覚えたら便利そうな気はする。特にこんな鼻をつむりたいような場所に足を運ぶときなんかは。
「それにぃ、これって戦いのときにも役に立つのよぉ」
「戦いのとき? 目が見えなくなったり、耳が聞こえなかったら、戦いづらくなるだけじゃない?」
「五感を相互に関係してるのよぉ、五感の一つがきれるとぉ研ぎ澄まされるようにぃなってるのよぉ」
「それって、つまりあんたは今嗅覚をきってるからその分、遠くまで聞こえるようになってるの?」
「そのとおりぃ、みあちゃぁんはかしこいわねぇ」
涼美は素直に褒める。
「べ、別にそんなことないわよ!!」
みあは頬を赤らめて顔を背ける。
「というわけで、みあちゃぁんはもっとぉ目をよぉく見えるようになったりぃ、肌を敏感にして~感知能力を高めたりぃ、色々出来るようになると思うわぁ」
「……ああ、そう」
みあは素っ気なく答えているけど、内心興味津々なところが声色に出ている。涼美にはそれがわかる。
「この血を流している怪人って何者なの?」
みあは訊く。
「想像はついてるんだけどねぇ、これだけの血の量を流してもぉ、移動し続けてるってことはぁそれだけぇ強い怪人ってことよぉ」
「……あたしとあんたの手に負えそうな奴なの?」
「さぁ~、それはわからないわねぇ」
涼美はその返答の内容に反して、口調のせいで暢気すぎるように感じられた。それはみあに緊張を与えないためのものかもしれない。
「それはぁ案外近いわよぉ」
「……はあ?」
みあは一気に緊張する。
ヒュゥゥゥゥッ!
下水道の中に不自然な風切り音が聞こえてくる。
「怪人!」
みあはコインを取り出す。
「マジカルワーク!」
コインの光に包まれて、赤色の魔法少女が姿を現わす。
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」
いつの間にか変身をすませていたスズミとともに名乗りを上げる。
「私とペアってどうぅ?」
「……違和感ないわねぇ」
ミアは自分でも意外だと思う感想を口にした。
「だったらぁ、今後はぁ私とコンビを組まなぁい?」
「はあ?」
思ってもみない提案だった。
ただ、スズミは性格に問題はあるけど実力と経験がある。コンビを組むことで得られるものは大きいとミアは思う。性格に問題はあるけど。
「考えておくわ。でも、そういうことはかなみに言いなさいよ、あいつは喜ぶから」
「フフ」
ミアはそう返すと、スズミは満足げに笑う。
一体、何を考えてるのやら。
ヒュゥゥゥゥッ!
ミアとスズミの頭上を影がよぎる。
「ん、コウモリ!?」
「なんだかぁ、違う感じがするわねぇ」
スズミは平時と変わらないのんびりとした口調で言う。
ヒュゥゥゥゥッ!
再び影がやってくる。
「サンダースネイク!!」
ミアのヨーヨーを投げ入れる。
ヘビのようにうねって影に向かっていく。
影はこれを天井へ向かって飛び上がってかわす。
「――かわされた!?」
「素早いわねぇ」
「あんた、のんびりしてないで手伝いなさいよ!」
「それもそうねぇ、だったらぁゴールドエヴァン」
スズミは影に向かって黄金の鈴を投げ入れる。
しかし、ミアのヨーヨーほどスピードが無いため、あっさりとかわされる。
「喋り方と同じでトロい」
ミアはなじる。
「フフゥン」
しかし、スズミは得意顔だった。
「私の鈴はぁ音速よぉ」
チリリリリン!
鈴の音が響く。
すると、影がはたき落とされたように、水道へ落ちる。
「あー、超音波攻撃か」
「理解がぁ早いわねぇ」
「確かに音速なら簡単に避けられないわね。凄い攻撃なんだけど……」
「なんだけどぉ?」
「下水に落ちちゃったの、どうするのよ!?」
「あ、あらぁ……」
スズミは笑顔を浮かべて首を傾げる。
「笑ってごまかそうとするな! 浮かんでこなかったら、どう確認するのよ!?」
「確認もそうだけどぉ、回収できるといいんだけどぉ」
「あたしは絶対イヤだから!!」
みあはそっぽ向く。
「浮かんでこないわねぇ……」
「あんたが落としたんだから、あんたが責任とりなさいよ」
「ええぇ……みあちゃぁん、お願いがあるんだけどぉ」
「あたしはイヤって言ったわよね!? あんたが確認しなさいよ! 嗅覚とか味覚とか色々きったらなんとかなるでしょ!?」
「まあぁ、それも手だと思うんだけどぉ、他にいい考えがあるんだけどぉ」
「何、他にいい考えって?」
とりあえず聞いてみることにした。
ポチャン
ミアはヨーヨーを下水へ投げ入れる。
「このヨーヨー、もう二度と使えないわね」
ため息をつきながらぼやく。
これが二人とも下水に入らないですむ方法なのだから仕方が無い。
「がんばって~、釣り上げて~」
「呑気に言って……!」
ミアは文句を言う。
とは言いつつも、ミアは感知能力を駆使して下水に落ちた影を探る。そして、そのヨーヨーで引っかけて釣り上げる。
上手くやれるか正直不安だけど、下水に入りより断然良い。そう、断然良いのだ!
「お、見つけた!」
「一本釣りぃ~」
スズミの呑気な一言で力が抜けそうになるけど、精一杯のチカラを込めて引っ張り上げる。
「フィィィシュゥゥゥゥッ!!」
「あ、ミアちゃん、そんなにぃ、チカラ入れたらぁ」
「え、何?」
スズミが何か注意しようとした時には遅かった。
バシャアアアアアアアン!!!
思いっきり水飛沫が上がる。
「………………」
思いっきり下水がかかったミアは沈黙する。
「水飛沫がぁ上がって~」
「お、お、お、おお……」
「大変なことになるわよぉ」
「おそいわああああああああッ!!」
下水道にミアの悲鳴にも似た絶叫が木霊する。
「困ったわねぇ……ここじゃ身体を洗うことができないわねぇ」
「早く帰ってシャワーにしたいわ」
「そうねぇ、目的の怪人は回収できたみたいだしぃ」
スズミはミアにヨーヨーの糸に巻き付けられて身動きをとれなくなった影を指して言う。
「そんなの、どうだっていいわよ。早く帰りましょう!」
「そうねぇ、私が持っていくからぁ」
ミアはわずかばかり気が利くと思った。
「というわけで~、持ってきたわよぉ」
涼美はそれをあるみと来葉に出す。ちなみに、みあの方はオフィスに備え付けられたシャワールームで身体を洗っている。
「……これは、来葉、わかる?」
「私に言われてもね……」
三人揃って改めて、それを見る。
みあがこうもりと見間違えたように、それはまるっきりコウモリの羽みたいだった。ただ、一対の羽だけで本体は無い。
「怪人のようだけど怪人の一部みたいね」
あるみが言う。
「なるほどぉ、言われてみればぁ」
「でも、なんでそんなものがそこにあったのかなのよね……私の未来視もそこまで見通せないから」
「便利なんだけどねぇ、千里眼とまではいかないものねぇ」
来葉の未来を視る魔法は、様々な可能性を視通すことができる。
しかし、来葉が得られるのはあくまでこれから起こるかもしれない未来の情報だけだ。例えば、明日会うかもしれない人の名前を今日の内に知っておくことはできる。しかし、明日会うことが絶対にない人の名前を知ることはできない。
つまり、今日はこの怪人の正体を突き止めることはどうあってもできないようだ。
「とはいえ、この怪人が何なのか推理することはできるわよ」
「めいたんてい~」
「来葉には隠し事ができないのよね」
「やましいことはあるまい」
リリィが言う。
「そうよね、私とあるみの間にそんなやましいことはないわよね」
「来葉ちゃん、凄い圧力を感じるわねぇ」
涼美は苦笑する。
「それで~、来葉ちゃんの推理だと、これはなんなのぉ?」
「あるみが言うように怪人の一部だと思うんだけど、これだけでも十分怪人一人分のチカラはあるわね」
「それだけ本体のチカラがあるってことね。心当たりがないわけじゃないけど」
「コウモリの羽を持ったぁ、つよぉい怪人ねぇ」
あるみ、来葉、涼美の三人の頭が同じ怪人を頭に思い浮かべた。
「そうなるとぉ、彼に何かあったのかしらねぇ」
「羽がとれるような何か……」
それが何なのかまではわからないけど、良くないことは確かだ。
あるみ達にとってか、彼にとってか。
「ひとまず、これは私の方で保管しておくわ」
あるみはそう言って、羽を千歳のいる保管室へ持っていく。
「さてと、それじゃそろそろ私もお暇しましょうか」
来葉は立ち上がる。
「ただいま」
そこへ、かなみと煌黄が戻ってくる。
「戻ってきたぞ。中々有意義なひと時であった」
「おかえりなさぁい」
「母さん、来てたんだ。あ、来葉さんも」
「おかえりなさい、なんだか苦労してきたみたいね」
「わかるんですか?」
「ええ、なんだか死線をかいくぐったような相が出てるから」
「……どういう相ですか?」
来葉は時々わけのわからないことを言うので戸惑ってしまう。
「あたしも苦労したんだけどね」
そこへシャワーから出たみあがやってくる。
「みあちゃん、シャワーあがり? 何かあったの?」
「何かあったの、じゃないわよ! あんたの母さんのせいでえらい目にあったのよ!! 娘のあんたが責任をとりなさい!!」
「え、ええ!?」
かなみにはまったく身に覚えのないことであった。
「母さん、みあちゃんに何したの!?」
「うーん、ちょっとぉ人にはいえないことかしらねぇ」
確かに下水道に降りるなんて人にはちょっと言えないことではあるが。
「いかがわしい言い方するな!」
「フフ」
笑ってごまかそうとする涼美の態度を見て、暖簾に腕押しだとみあは悟る。
「あんた、よくあんな母さんと一緒にやってけるわね」
みあなりの賛辞にかなみは
「わかる~みあちゃん……結構苦労してるのよ」
「うん、わかった。今日思い知らされたわ」
「っていうか、何があったの?」
「……え?」
かなみに問いかけられて、みあは困った。
二人で下水道に降りたり、ヨーヨーを下水へ投げ入れたり、下水を思いっきりかぶったり、……なんて、ちょっと話したくない内容だった。
「……ちょっと、人には言えないこと」
「本当に何があったの!?」
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