まほカン

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第77話 混戦? 絡み合う少女の運命は混沌を呼ぶ (Bパート)

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「不本意だが、これも一興だ」
 グランサーは笑って、鎌を構える。
(最高役員十二席の一人、グランサー!)
 カナミは恐怖に固まるも、すぐに警戒態勢に入る。
 役職よりも彼女から放たれる威圧感と魔力量から到底勝てる相手ではないことがわかる。ただ、黙ってやられるわけにはいかない。やられるということは死を意味するのだから。

フウン!

 グランサーの鎌が振るわれる。カナミの目に見える程度にゆっくりと。
 そうして、発生したそよ風がカナミの頬を撫でる。
「………………」
 汗が止まらない。
 斬撃を浴びせられたような気分になる。
 もしかしたら、今の一振りで自分の首が斬り落とされたかもしれない。そう錯覚させられるものだった。
「フフ、止めさせるなど造作もないな。もう少し遊ばせろ」
 グランサーの嘲笑がカナミを恐怖で震わせる。
 寒気が走る殺気に晒されて、全身が震えている。
 あれと戦ってはならない。待っているのは死あるのみ。と、生存本能が告げている。
 しかし、その生存本能を抑え込んで相対する。
 恐怖に屈したら本当に死んでしまうから。
「ジャンバリック・ファミリア!」
 カナミは鈴を飛ばす。

バン! バン! バン!

 鈴がグランサーの周囲を飛び交い、四方八方から魔法弾が放たれる。
「鈴の音か」
 グランサーは愉快気にそう言って、魔法弾をかわす。というより、すり抜けているようだった。
「少しは楽しませてくれるか、フフ」
 その笑みが途方も無く怖い。
 狭い廊下で何十という魔法弾を撃ち込んでいるのに、一発もかすらせることもできず、ただ外套をなびかせることしかできないのだから。
「さて、では――刈らせてもらおうか?」
 グランサーがそう言うと、鈴達が魔法弾を撃つ間隔の一瞬。鈴達の攻撃が鳴り止むほんの一瞬の隙を突いて、カナミの懐へ飛び込んでくる。あたかも瞬間移動したかのような超高速移動だ。
「――!?」
 カナミはこれに対して、迎撃どころか防御も間に合わなかった。



 そこからまた少し時は巻き戻る。場所は十五階の温泉場。
「これはまずいわね!」
 何やら危険を感じ取ったあるみが温泉を立つ。
「ちょ、ちょっと!」
 みあが訳を聞き出そうとしたが、あるみは一瞬で温泉を出て行く。
「……行っちゃいました」
「何か一言あっても……」
 翠華はぼやく。
「一言も言えないぐらい切羽詰まってるってことでしょ」
 みあはそう察する。
「あたし達も出るわよ」
 号令をかけて、みあ、翠華、紫織の三人も温泉を出ようとする。
「おっと、そうはいかねえな」
 グヘヘ、と、怪人達の下卑た笑い声がする。
「ひ……!」
 紫織は小さな悲鳴を上げる。
 おびただしい数の怪人が彼女達を取り囲んでいる。
「お前達をこの温泉から出すわけにはいかねえな」
「おうとも、せっかくの獲物なんだからよ」
「楽しませてくれよ、魔法少女!」
 などと好き勝手言ってくる。
「フン、どうせあるみが怖くて手を出してこなかった腰抜けじゃないの!」
 みあが啖呵を切る。
「「「な、なんだとおおおおおッ!!」」」
 それで怪人達は激怒する。
「お、怒らせちゃいましたよ!」
「本当のこと言っただけじゃないの」
「みあちゃん……しょうがないわね」
 翠華は渋々ながら手ぬぐいに忍ばせていたコインを取り出す。
「「「マジカルワークス!!」」」
 三人は一斉に変身して、青、赤、紫、三色の魔法少女が姿を現わす。
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」
 三色の光によって、怪人達はにわかにたじろぐ。
「ぬう!」
「怯むな! たかだか三人の魔法少女じゃないか!」
「そうだ、俺達が一斉にかかればイチコロだぜ!」
 怪人達はやる気満々であった。
「そういえば今さら気づいたんだけど」
 ミアは気だるげに言う。
「なんでしょうか?」
「怪人に性別なんてあるのかしら?」
「「え……?」」
 スイカとシオリは硬直する。
「こ、ここって女湯じゃなかったの!?」
「でも、こいつらどうみてもオスよ」
「たしかにこんなに下品なメスは中々いませんよね」
 酷い偏見である。
「で、でででで、でも、私達は女の文字を通ってきたんだから、、こ、ここ、この怪人達はメスじゃないの!?」
 スイカは大いに動揺する。
「さあ、どうだか」
「み、みみみ、ミアちゃんはどうして、そんなに落ち着いてるの!?」
「そりゃあね……――皆殺しにするに決まってるじゃないの!」
 ミアからゾッとするような怒気を感じる。
「「「――!!」」」
 その怒気に圧されて怪人達はたじろぐ。
「ひ、怯むなー!!」
 一人の怪人が言う。
「相手はたかだか三人だ! 俺達が一斉にかかれば、ぐば!?」
 檄を飛ばしていた怪人の頭にヨーヨーが直撃する。
「かかれば、なんだって?」
「ミアさん、怖いです……」
 怪人よりも、とシオリは心の中で付け加える。
「くそ、よくもやったな!」
 怪人が怒り狂って飛び掛かる。
 しかし、飛び掛かった怪人は空中で止まる。
「な、なに!? 動けねえ……!!」
 動けない怪人にヨーヨーが、前、右、左の三方から飛んでくる。
「があああああッ!!」
 防御すら出来ずまともに受けた怪人は仰け反り、その反動で、後ろへ飛ぶ。
「な、何が起きたんだ……?」
 怪人達は大いに戸惑う。
「糸、ですね」
 仲間であるシオリにはわかっていた。
 チトセから手ほどきを受けた魔法の糸。
 ナイフより鋭く、鉄より硬い。怪人でも引っかかったら簡単には千切れない。それをミアは温泉場のそこかしこに張り巡らせていたのだ。
(いつの間に……)
 とスイカは思ったけどすぐにわかった。
 温泉場に入った時からだ。
 ミアは頭がいいし、かなり用心深い。そんなミアが何の用意も無く真っ先に怪人達がいる温泉場に入るはずがない。多分こんな事態になってもいいように魔法の糸で罠を張り巡らせていたのだ。
「スイカ、よく目を凝らしなさい。あんたの視力なら見えるでしょ」
 ミアに促されて、スイカを目を凝らす。
 細くて見えづらいが確かに見える。注意しないと引っかかってしまいそうだが、逆にいえば注意すればなんとか動き回れるということだ。
「やれないと言わせないよ!」
「やれるよ!!」
 スイカはレイピアを構えて突撃する。
 ミアが張った糸を巧みにかいくぐって、レイピアで怪人を斬りつける。
「ぐあああああ!!」
「こいつ、はえええ!!」
「ちくしょう、やられっぱなしでいられるか!!」
 そう息巻いた怪人が糸に引っかかる。
「くそ、なんだこれ!? なんで動けねえんだ!?」
「ノーブルスティンガー!!」
 スイカの必殺の一突きで怪人を貫く。
「あっと……!」
 着地したスイカは足を滑らせる。温泉場の床は湿っていてそうなりやすい。
「思ったより戦いにくい!」
「お、あいつ転びかけた!」
「だったら今がチャンスだ!!」
「かかれぇぇぇぇッ!!」
 これを好機とみた怪人達は襲い掛かる。
 しかし、そんな怪人達はミアの糸に引っかかって動きが止まる。
「世話が焼けるわね」
「くそおおお!」
「なんだよ、これ!?」
「なんなんだよおおおお!!?」
 怪人達の憤りの声がする。しかし、あがけばあがくほど絡まっていき解けなくなるのが魔法の糸だ。
「なんて、質が悪い……いえ、頼もしい」
 スイカは魔法の糸をそう評する。
「シオリ!」
「はい! バスターエンドラン!!」
 シオリは魔法の球をジャストミートして弾き飛ばす。

ズドーン!!

 飛んだ魔法の球が怪人達をなぎ倒す。
「結構な威力じゃない」
 ミアは感心する。
「ありがとうございます」
「でも、野球のバスターとは違うわね」
「え、そうなんですか?」
「用語ぐらい把握しておきなさい」
「勉強しておきなさい」
 ミアはため息をつく。
「ふうん、楽しいパーティ会場ね」
 その妖艶な声で空気が一変する。
 絶世の美女が魅惑的な身体を一糸まとわぬ姿でやってくる。
「いろか……!」
 スイカは恐怖と警戒の想いを込めて、その名前を口にする。
 九州支部長いろか。関東の中心にあるこのホテルにあまりにも場違いな怪人が現れた。
「あれ、誰だ?」
 無知な怪人が気の抜けた声で言う。
「九州支部長、いろか様だ……」
 天井に届きそうな巨体の怪人が恐れ慄く。
 自分なんかよりよっぽど強大な存在だと言わんばかりに。
「なんで、こんなところに?」
「楽しそうなことをしてる気配がしてね、フフフ」
 いろかは妖艶に笑う。
 怪人達は絶句していた。あまりにも格が違う圧倒的な雰囲気に呑まれているのだ。
 スイカ達もそうだ。
「ミアちゃん、どうする?」
「どうするって、あいつがどう出るかわからないってのにどうしようもないじゃない!」
 ミアは汗だくになって、いろかを見つめる。
 いろかはそんな動揺するミアを嘲笑うように温泉に浸かる。
 マグマのような赤いお湯がだくだくと流れる温泉だ。
「相変わらず、いいお湯だわ」
 恍惚な笑みを浮かべる。
「あ、あの……いろか様……」
 一人の怪人が恐る恐る問いかける。
「なに? 私はとてもいい気分なんだけど」
 いろかはマグマが凍り付きそうなほど冷ややかな視線を投げ返してくる。
「い、いえ……あなた様、一体何しにこちらへ?」
 それでも怪人はビクつきながらも問いかけを続ける。
「温泉に来たんだから温泉に入るために決まってるでしょ」
 突き放すような口調で答える。そして、ため息をついて言い継ぐ。
「あなた達は私に期待してるのね。私があの魔法少女を倒してくれる、と」
「………………」
 怪人は沈黙の肯定をする。
「そんなこと、私やりたくないのよ」
「え……?」
「聞こえなかったの? 魔法少女倒したかったらあなた達の手でやりなさいって言ってるのよ。見物はしてあげるから」
 怪人達は絶句する。
 しかし、静かに闘志は湯気のように立ち込めてくる。
――いろか様が見物しているのだから、負けられない! そしてあわよくば、いろか様から手柄をいただけるかもしれない!
 そんな不純な動機が彼らを突き動かした。
「うおおおお、やってやるぜえええ!!」
「俺が奴等を倒してやるぜええええ!!」
「いいや、俺だ! 俺だ俺だ俺だあ!!」
 血気盛んな怪人達が突撃してくる。
「こんの! バカの一つ憶えに!!」
 ミアは張り巡らせた魔法の糸で怪人達を止めようとする。
「おうわ!?」
「なにゃあ!?」
 怪人達はそれで突撃が止まる。
「フンガアアアアアアアアアアアア!!」
「こんなものおおおおおおおおおお!!」
 しかし、怪人達は気迫で糸を断ち切る。
 そのまま、再び勢いづいて突撃する。
「なッ!?」
 怪人は真っ先にミアへ襲い掛かる。
「ミアさん!!」
 シオリは咄嗟に飛びついて、バットをぶち当てる。
「決死生還のスクイズ! やるじゃない!」
 ミアは感心する。
「は、はい!」
「その調子で次も蹴散らしなさい!!」
「はい! 地獄の千本ノック!!」
 シオリはボールを次から次へとバットで打ちだす。
「がああああ!?」
 一人の怪人がそのボールを顔面へ直撃し、怯む。
「構うか! いくぞおおお!!」
 しかし、中には怯むことなく突進し続ける怪人もいた。
「ストリッシャ―モード!!」
 スイカの目にも止まらない連続突きで怪人達を突き飛ばす。
「大丈夫! 二人とも!?」
「あたしらに構わないで、敵倒しなさい!」
 ミアは怒声で返す。
 それは大丈夫だから心配いらないというミアなりの返事であった。
「ええ! でも……!」
 スイカは殺気に色めき立つ怪人達を前にして顔を強張らせる。
 この場を無事に切り抜けられるだろうか、そして、カナミは無事だろうか、と不安に駆られる。



「フフ、いいぞ!」
 グランサーは嘲笑する。
 それとは対照的にカナミは冷や汗で脱水症状を起こしそうであった。
 何度も斬りつけられた。首が床に転がっていないのか不思議なくらいだ。
 それというのもグランサーは遊んでいるのだ。
 一瞬で間合いを詰めて、首に刃を当てて、距離をとる。それを何度も繰り返している。
 そうして、怯え戸惑うカナミの様子を楽しんでいる。たまに魔法弾を撃って応戦するも、それも余興として楽しんでいる。
 格が違いすぎる。
 相対した時からわかっていたことだけど、こうして戦っていると実感する。いや、戦いにすらなっていない。
 まるで猫がネズミに対して、転がしたり引っかいたりして遊ばれているようなそんな感覚。
「――!」
 こうしてまた一度首に大鎌の刃をあてられる。
「フフ、また首を落としたな」
「く!」
 打つ手が無い。
 神殺砲はステッキに砲台に変化させる時間すらくれない。
 仕込みステッキは玩具よりも頼りなくかいくぐられる。
 ファミリアで弾幕を張っても、あっさりとかいくぐられてしまう。
 自分の魔法がことごとく通じない。無力感に囚われ、絶望に陥りそうになる。
(いえ、まだよ!)
 そんな絶望を無理矢理押し殺す。
 絶望は魔法の大敵。
 勝てない、できないと思ってしまったら魔法は使えなくなる。
 魔法を使えなくなったら。それこそ一巻の終わりだ。
「いいぞ! その目、絶望の中でも希望を見失っていないな! そういう顔はとても私好みだ、フフ!」
 グランサーは嘲笑し、称賛する。
 そこに喜ばしいなんて感情は一切浮かんでこず、怖くて震えが止まらない。
 まさに蛇に睨まれた蛙。お前美味そうだと舌なめずりされている気分であった。
「それにな、貴様は気づいていないが徐々に動きが良くなっている。鎌が首をあてるのにコンマ一秒手間取った」
 そう言われてもちっとも実感がもてない。本当かどうかも怪しい。
「あと千回繰り返せば私の動きについてこれるかもな、フフ」
「いい加減な……!」
 カナミは思わず言い返す。
 だが、グランサーは意に介さない。
「いい加減……フフ、そうだな、いい加減飽きてきたのかもしれんな」
「――!」
 グランサーの瞳がギラリと光る。
 まるでこれから必殺の魔法を発動する予備動作のように。
「――刈り時、かもな」
 そう言われて、カナミは身構える。
 グランサーが本気で来たら、自分は一切抵抗すること首を刈り取られるだろう。
 だけど、抵抗しないわけにはいかない!
「フフ、いい眼だ」
 グランサーは満足そうに言って、鎌を構え、――消える。
 カナミは強化した動体視力でそれを追う。おぼろげながらうっすらと見える。見えるだけで反応ができない。
「――!」
 咄嗟にその場から飛んで逃げようとしたところで遅かった。
 首に鎌があてられる。何度もやられてすっかりその感覚に慣れてしまった、それを感じてしまった。
(首を刈られて、死ぬ――!)
 もう本当にダメだと絶望する。
「なに、やってるのかしら?」
 横から放たれた槍の一言にその場の時が止まる。
「………………」
 カナミは絶句する。
 鎌は自分の首筋で止まっている。ほんの数ミリ動かしただけで頸動脈が切れる、そんな心臓が止まりそうな位置にあった。
「ここで貴様が来るか。まあ、ごく自然の成り行きか」
 グランサーはやってきた彼女――あるみに向かって言い放つ。
「間に合ったようだな」
 リリィが言う。
「ええ、こればっかりはちょっとやばかったわね」
 あるみはホッと胸をなでおろしたように言う。
 依然としてカナミの首筋に鎌を突き付けられ、窮地に陥っているにも関わらず、だ。そして、カナミも幾分か安心した。
――アルミが来てくれたから大丈夫。
 そんな安心感が危機感をある程度和らげさせてくれる。
「ちょっとやばかった、か。貴様にとって私はその程度の認識か?」
 グランサーは挑発するようにあるみへ言う。
「まあカナミちゃんの首が飛んでもおかしくないぐらいの危機感はあったけど」
「ぐ……」
 ぐらいとは何ですか! と、カナミは文句を言いそうになるが言えなかった。
 もし、迂闊に少しでも動いたら本当に首が飛ぶかもしれないから。
「いや、実際メインディッシュをいただくつもりだったが、貴様が御馳走してくれるか?」
「さあ、それはどうかしら? 私は御馳走してあげるのは冷や飯ぐらいしかないから」
「それは御免被る。まずいものを食うぐらいだったら飢えて死ぬ方をとる主義だ」
「あら、そう」
 あるみはそう答えて、一歩、一歩、と近づく。
 一方踏み出すたびに空気が重りをつけたようにのしかかってくる。
「さて、私はどうしたらいいだろうか?」
 グランサーは後ろに控えている判真に仰ぐように問いかける。
「止めよ、と言われたが、さすがに無茶振りがすぎると思わないか?」
 グランサーがそう言うと、カナミは気づく。
 止めよ。といったが、倒せや殺せといったものではない。だから、グランサーはカナミをここに引き留めるために首筋に鎌を当てて続ける遊びに興じていたというわけなのか。
(これが遊びだなんて……!)
 意外なことだけど、悔しさはない。
 それだけレベルが違いすぎるのだ。子供とオリンピック選手ほどの差といったところだろうか。
 しかし、ここには同じようにオリンピック選手ともいうべき魔法少女がいる。
「本気を出すことになるかもしれないから、準備はしておいて」
 あるみはマニィとリリィへ促す。
「マジカルワーク!
白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」」
 銀色に輝く神の如き威光を放つ魔法少女が降り立つ。
「――止めよ」
 判真はグランサーとフィウクスに変わらない勅命を告げる。
「無茶を言うな」
 グランサーは愚痴る。
「御意に」
 傷だらけのグランサーは素直に従う。
「グランサー様! その魔法少女カナミを盾にとれば、奴も!」
 フィウクスはグランサーへ進言する。
「そんなに甘い奴だと思っているか」
 グランサーは斬りつけるような視線とともに言い返し、カナミの首筋から鎌を離す。
「――!」
 カナミはこの隙を逃さず、アルミの元へ一気に駆け寄る。
「助けてくれたんでしょうか?」
 カナミは疑問を呟く。
「死神の気まぐれ、といったところかしらね」
 アルミは言う。
「今は興がのらなかった、というだけの話。次はないかもしれない」
「次の機会はないようにさせるわ」
 アルミはドライバーを、グランサーは鎌を、互いに身の丈以上もある武器を手にして相対する。
 ヒュッ、と、グランサーは姿を消したと思ったら、アルミの目の前に出現する。
「――!」
 カナミは驚くばかりだけど、アルミは少しも動じず、グランサーを見据える。
「この程度では驚かんか!」
 グランサーは嬉々として言う。
「驚かすつもりだったら、もう少しマシな芸を見せなさい」
「そうか!」
 グランサーはそう言って応えると、五人に分身する。
「ちょっとした手品さ」
 五人のグランサーはそう言いつつ、アルミは斬りつける。
 息もつかさぬ無数の斬撃が一斉にやってくる。アルミは動じることなく無数の斬撃から一人のグランサーの一撃を見切る。

カキィン!!

「本物は一人、残りはまやかしね」
「これも通じないか!」
 技が破られたというのに、グランサーは笑う。
「ならば、これでどうだ?」
 五人のグランサーは一斉に姿を消し、アルミの目の前で突如斬撃が出現する。そこから巻き起こった衝撃により、廊下が消し飛ぶ。
「それで?」
 アルミは微笑みを崩さず、問いかける。
「こうだ!」
 グランサーは姿を現わした直後、アルミの首へ大鎌を振るう。
 首どころか身体ごと消し飛ぶ勢いの振りにアルミはドライバーを出して受け止める。

カキィィィィィン!!

 甲高い金属音とともに、爆風が巻き起こる。

カキィン!! カキィン!! カキィン!!

 それを皮切りに、アルミのドライバーとグランサーの鎌が幾度となくぶつかり合う。
(十!? いえ、二十かしら!?)
 傍からみているカナミには目で追うだけで精一杯だけど、実際はカナミの目で追える数の十倍は撃ち合っているだろう。
「………………」
 判真は無言で二人の壮絶な撃ち合いを見つめ続けている。
「全て貴様の首を刈り取るつもりで斬り込んでいるのだがな!」
「そうかしら? 十に一つは雑なものが混ざってるんじゃないの?」
「貴様がそう言うのならな」
 グランサーは斬撃を止める。
「判真、まだ止めよというか?」
 不満混じりに判真へ問いかける。
「やむをえまい。視百よ」
「――ここに!」
 判真が呼びかけると、百の目を持つ怪人・視百が現れる。
「ホテルの宿泊客に呼びかけよ。
このホテルに魔法少女がいる。我こそは、と思う者は倒してみせよ、と」
「かしこまりました。判真様の御言葉、確かにお伝えいたします」
 恭しく了解した視百は百の目をギョロギョロと動かす。
「ハハハ! これで客どもが押し寄せてくるってわけか! 愉快なことをするものだ!」
 グランサーは愉快そうに笑う。
 その笑いに応えるかのようにエレベーターと階段から怪人達がやってくる。
「魔法少女か! この一つ目怪人アイアインが、あぎゃああああああッ!!」
 真っ先にアルミがその大きな一つ目をドライバーで突き刺す。
「ああ、ごめんなさい。ちょうどぶっ刺しやすい目があったから」
 カナミは、気の毒にと少しだけ怪人に同情した。
「魔法少女だ! 魔法少女だ!!」
「二人いるぞ! 二人しかいねえぞ!!」
「判真様直々の命令だ! 出世のチャンスだぜ!!」
「二人とも倒せば! 最高役員十二席の座だってありうるぞ!」
 怪人達の好き勝手な物言いに、グランサーは笑う。
「ハハハハハ、こんな雑魚どもが私達と同席だと!? 誇大妄想もそこまでいくと立派だな!! なあ、判真。そいつの首をはねてもいいか!?」
「………………」
 判真は沈黙する。
「沈黙は肯定なり、か。まあいい」
 グランサーは怪人達の陰に姿を消す。
「厄介ね。これだけの怪人の中に紛れ込まれたら、対処が難しいわ!」
「社長、どうしましょう!」
「カナミちゃん、自分の身は自分で守りなさい」
「でも、相手は……」
「首さえ飛ばなかったらなんとかなるわよ!」
「無茶苦茶です!」
「それぐらい無茶苦茶な相手だってことよ!」
「――!」
 アルミの有無を言わさぬ迫力で、カナミは納得させられる。
 グランサーはアルミが言うほどの無茶苦茶な相手だということは十分わかっている。
「魔法少女! 覚悟」
 鎧武者の怪人・我刀(がとう)が長い日本刀をカナミへ向けられる。
「スラッシュ!!」
 天井ごと切り裂く斬撃が振り下ろされる。
 カナミは仕込みステッキでこれをうける。

キィィィィィン!!

 甲高い金属音が鳴り響く。

パキン!

 我刀の方の刃が折れて、長い刀身が宙を舞い、さっき自分で斬った天井を飛び越え、十四階の天井へ突き刺さる。
「ああぁぁぁぁぁぁ、我の魂の刀がああああああッ!!」
「ええい、うるさい! どけい!!」
 立派な三本角を生やしたサイの怪人・サンサイが力任せに我刀を突き飛ばす。ちょっと可哀想な気がした。
「俺様の突進を受けてみろおおおおおッ!!」
 サンサイは物凄い勢いで突撃してくる。
「おおっと!」
 しかし、かろうじて避けられない速度ではなかった。
「な、なに!?」
 サンサイは驚愕する。そのまま、止まることなく突撃し続けてくる。

ドゴオオオオオオン!!

 壁を突き破って、地上へと落下する。
「あいつは曲がることが出来ないみたいだね」
 マニィが言う。
「イノシシじゃないの、それ!? サイみたいだったけど!!」
「イノシシもサイも似たようなものでしょ」
「イシィが聞いてたら激怒ものだろうな」
 マニィの物言いにリリィは苦言を呈する。
「おいおい! 次はワシじゃあ!」
 スポーツ選手のようなユニフォームを着たほぼ人間の怪人・てきゅうマンがハンドボールサイズの鉄球を投げ込んでくる。
「はや!?」
 カナミは反応しきれず、直撃を覚悟する。
 しかし、鉄球はカナミにやってくることは無く、そのまま後ろへ飛んでいく。
「ゴールだああああああッ!」
 てきゅうマンはガッツポーズをとって大歓喜する。
「は?」
 カナミは理解不能だった。
「ああ、彼ならこちらに情報があるよ」
 マニィはそう言ってメモ帳を取り出して解説を始める。
「てきゅうマン。ハンドボールを生きがいにして、いつも人間をゴールキーパーに見立てて、ボールを放り投げる。キーパーの間を抜けてゴールさせることしか考えていないため、人間にボールをぶつけるようなことは決してしない」
「なんてはた迷惑なだけの怪人……」
 カナミがぼやく。
 すると、てきゅうマンは「邪魔だ!」と怪人の太くて大きい足で踏み潰される。
「魔法少女カナミは、足長高牛(あしながたかうし)が踏み潰してやるぜ」
 牛の頭をした足が太くて大きい怪人がそう宣言して、カナミへと襲い掛かる。
「デカい分だけ動きが遅いわね」
 カナミは悠々とかわす。
「ええい、邪魔だ!!」
「図体がデカいだけのデクノ坊があああ!!」
 後ろから二人の怪人のパンチが、足長高牛の両足を突き飛ばす。
「無茶苦茶じゃない!?」
 カナミは怪人達それぞれの好き勝手なやりように文句を言う。

――どのような混沌がこの国にもたらされるか、想像がつくかい?

 カリウスの言葉が脳裏をよぎる。
(もしかして、その混沌がこれ?)
 なんてことを考える。
 怪人が大挙して押し寄せて好き勝手暴れまわっている。まさしく混沌といっていい状況だ。そうだとしたら、あいつの仕事を断っておいてよかったとカナミは思う。
「だけど、そんな今だからこそ脱出のチャンスかもしれない」
 マニィが言う。
「脱出……」
 そう言われて、カナミは非常階段とエレベーターを確認する。
 エレベーターの前に判真がいるからそちらは避けるべき。非常階段の方は怪人が数人いる。非常階段なら思い切って突っ走ればなんとかなるかもしれない。
 怪人は数人いるし、今頃階段を上がっている真っ最中の怪人と出くわす危険性はあるだろうけど、少なくとも十二席の二人いるこの場よりは遥かに安全に思えた。

――鎌による斬撃から飛んできて、肩を斬った。

「あうッ!?」
 血は出ていない。しかし、激痛で膝を突く。
「――止めよって、命令されてるからな」
 背後からのグランサーの声がする。
「私をこの階から出さないつもり?」
「さあ、そこまでは席長次第だな。私は止めよとしか言われてない。なんだったら足を斬って止めた方がいいな。いや、その方が効率的かな」
「足……」
「いや、足があった方がいいか。足がなくちゃあ足掻けないものな、ハハハ!!」
 グランサーは嘲笑する。
 カナミはその笑いが震えるほど怖く、また耳障りで癇に障ることに気づく。
「――!」
 キィと睨み返す。
「いい目になってきたな、フフ!」
 グランサーは愉快気に笑う。
「うちの娘には手出し厳禁よ!」
 アルミのドライバーがグランサーの外套へ刺さる。
「やはり、雑魚じゃ足止めにもならんか!」
「足止め役だと思われてる怪人がかわいそうね」
「かわいそうだと思うのなら、倒されてやれよ」
「同情で倒されるほど魔法少女の看板は安くないのよ!」
 アルミとグランサーは再び互いの武器をぶつけ合って火花を散らす。

キィィィィィン! キィィィィィン!!

 周囲の怪人はその衝突で巻き起こる衝撃波で吹き飛ばされる。
「い、今のうちに……」
 カナミは階段へ歩を進める。
「逃がすかあああああ」
 そこへフィウクスが必死の形相で突進してくる。
「しまった!」
 咄嗟のこととグランサーに斬られた肩の傷で反応が遅れる。
(かわしきれない!)
 突進をまともに受けるのを覚悟する。

バァン!

 銃声が轟き、フィウクスの眉間に弾が直撃する。
「まったく、騒がしいわね」
 モモミが銃を構えて階段からやってくる。
「モモミ!」
「うるさいわね、いちいち名前呼んでんじゃないわよ」
「あんた、何しに来たの?」
「うるさいから騒音退治よ。別にあんたの加勢に来たんじゃないわ」
「加勢とかいいんだけど」
 カナミがぼやくと、モモミはフンと鼻を鳴らす。
「それにここには大物がいるみたいだしね」
 モモミはニヤリと笑って銃口を判真へ向ける。

バァン!

 そして、発砲する。
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