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第74話 甘味! 行き交う少女の甘いひと時 (Bパート)
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やってきたスイーツショップにも行列が出来ていた。
「並びましょ」
「はい」
このあたりはもう慣れてきたといっていい。列の並びからして三十分ほどだろうという推測までたてられるようになってきた。
「今回こそ買えるかもね」
「そうですね、そうしたらみあさんとお父さんも仲直りできますよね?」
「あ~、それは……きっと、きっとできるわよ」
かなみは不安をごまかすように言う。
みあも彼方も中々素直じゃなくて一筋縄にいかないような父娘関係に思えたからだ。
「昨日食べたプリン、おいしかったです」
不意に紫織は呟いた。
「そうね、とてもおいしかったわ」
昨晩食べたプリンの味を思い出す。
何度も食べている甘くとろけるような味。コンビニで手軽に買えるだけあって馴染み深く安心感もあった。
「ああいうのじゃ、ダメなんでしょうか?」
「私もそう思った。特別なプリンじゃなくても仲直りできるような……」
大企業の社長だからそういう発想がないのだろうか。
今度会ったら話して提案してみようか。そうした方が仲直りの近道に思えてきた。
「二十個! プリン二十個よこせ!!」
男の声がする。
「二十個って、そんなに頼んだら……!」
「売り切れないでしょうか?」
不安がる二人。
男はおそらくプリンを二十個入れた包みをもって出て行く。
「すみません。たった今特製プリン完売してしまいました」
店員が列の人達に言う。
列で並んでいた人達は「ええ~」と落胆の声を上げる。当然、かなみと紫織も。
「あの人のせいね、二十個も買うなんて……」
かなみは恨めしそうに男が去っていった方を見つめる。
「そうですね……」
紫織もさすがに同意する。
「ひょっとして、昨日の売り切れもあいつの仕業かしら?」
昨日回ったときの店員さんの言葉を思い出す。
『すみません、つい先程売り切れてしまいました』
そんなことを言っていた。そして、今も似たようなことを店員は口にした。
これが偶然だとは思えない。
「怪しいわね……」
「ど、どうしましょう?」
「マニィ、あいつが行った方向にプリンを売ってる店はないの?」
「一応あるけど、ちょっと距離があるよ」
「そこに行きましょう」
もしかしたら、あの男もいるかもしれない。二人はその店へ向かう。
「……あ?」
向かっている途中で、みあと出くわす。
「なんで、あんた達が?」
「みあちゃんこそ。昨日の調査の続き?」
「そうよ。またプリンの大量買いする奴が現れたって情報が入ってね」
「あ、それ、さっき見たわよ!」
かなみは思わず答えてしまう。
「見た?」
「あ……!」
みあの訝しむ目つきを受けて、かなみは失言してしまったと気づく。
「あんた、その男を見たの? なんで?」
「そ、それは……」
かなみは困って、紫織に視線を送る。
「かなみさん、ごまかすのが下手ですね……」
そう言われて、ガクッとかなみは項垂れる。
「あんた達がプリン男を見たってことと二人で仕事してること、関係あるのよね?」
「そ、それは……」
「あんた達、昨日から何の仕事してるの?」
凄みのある物言いで、詰められてかなみは観念して白状する。
「あんのバカ親父のバカ!」
事情を話すなり、すぐにみあは悪態をつく。
「何、二人を使い走りにしてんのよ!」
「あ、あの……彼方さんはとてもお忙しくて時間が無いみたいなので……」
紫織の物言いに対して、みあはキィッと睨む。
「そこをなんとかするのが誠意ってもんでしょ!」
「はひ!」
紫織は怯む。
紫織の方が一つ年上のはずなのだけど、本当は一つ年下なんじゃないか、とかなみは思ってしまう。
「みあちゃん、紫織ちゃんにあたってもしょうがないんじゃ」
「だいたい!」
みあはかなみに向かって言う。
「あんた達もあんた達よ! 親父にパシられてだらしない! どうせかなみなんかお金に釣られたんでしょ!!」
「私はそんなものに釣られないわよ! みあちゃんとお父さんが早く仲直りするようにって!」
「大きなお世話よ! だいたいプリン食べたぐらいであたしの機嫌が直るとでも思ったわけ!?」
「昨日、ご機嫌だったじゃない!」
「あ……」
かなみの反論に、みあは歯噛みする。
「確かにご機嫌でしたね」
紫織も同意する。
「フン!」
思わぬ反撃をくらって、みあはそっぽ向く。
「それで?」
「え?」
「プリン買った男はどっちへ行ったのって訊いてんの!?」
急な話題転換であった。
「初めて訊かれたんですけど……」
紫織はぼやく。
一応それに答えた方がご機嫌も治るだろうと、かなみは思った。
「どっちへ行ったかっていうと……」
「今、この先のスイーツショップに行くところなんだけどね」
マニィが答える。
「よし、じゃあそこに行くわよ! ついてきなさい!」
何故かみあが二人を引き連れていく形になった。
一応、かなみと紫織は彼方からの依頼を果たすため、みあはプリンを買う男の調査のため、と目的は一致している。
そんなわけで、三人は評判のプリンを売っているスイーツショップに着く。例のごとくまた行列が出来ている。
「またか……」
さすがに昨日からあわせて五度目になってくると列を見ただけでうんざりしてくる。
「かなみさん、あの人」
「え?」
紫織がそれとなく示した視線の先に、男がいた。
「あ……」
その姿を見て声を漏らす。
「みあちゃん、あの男よ」
「へえ」
みあは興味を示す。そして、そのまま列の最後尾につく。
「あ~、プリン食べたいわね」
そんなことをぼやく。普通の客を装うことにしたようだ。
「彼、またプリンを買い占めるんでしょうか?」
紫織は不安げに訊く。
「そうとは限らないわよ。さっき二十個も買ったんだからお金もかなり使ってることだし」
「二十個も買って財布が底を尽きるのはあんたぐらいでしょ。っていうか、二十個も買える金もないか」
「みあちゃん、ひどい! そりゃ二十個も買うお金が無いのは事実だけど……」
「やっぱり、ないんですね」
紫織の呟きが追い打ちになった。
「給料日になったら……給料日になったら……」
「ああ、だったら今度のかなみの給料日にプリンパーティでもどう? 費用は全部かなみ持ちで」
「え、ええ!? そ、それはちょっと!?」
「二十個ぐらい買えるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
さすがにそれぐらい買ってしまうと生活に響く。
「ハァハァ、お嬢の奴、活き活きしてやがるぜ」
「そうなのかい。僕にはいつものように見えるけど」
マスコット達が喋り出す。
そうしているうちに、あの男が店員の前に立つ。
「その特製プリンを! 二十個!!」
その男の注文は後列にいたかなみ達にもよく聞こえた。
「本当に二十個ね……」
みあは驚きと呆れが混じった口調でつぶやく。
「はい。かしこまりました」
店員も驚いたけど、すぐに応対する。
「また二十個……さっきのお店とあわせると……」
「かなみの一ヵ月分とどっちが上かしらね?」
みあはニヤリと笑う。
「さすがに、プリン四十個じゃ一ヵ月分にはならないよ」
マニィがフォローする。
「……いい勝負になったけど」
「余計なこと言わないで」
「じゃあ、パーティには五十個のプリンを用意してもらわなくちゃね」
「なんでそうなるの? 五十個も用意できないよ!」
よしんば用意できたとしても、残ったお金では一週間も生活は出来ないだろう。と、かなみは肝を冷やす。
「お買い上げありがとうございます!」
男は店員から包みを受け取る。
「あれに……プリン二十個」
かなみは思わず羨望の眼差しを向ける。
男はその眼差しをまったく気にすることなく、去っていく。
「追うわよ」
「ええ」
みあの号令に、かなみは二つ返事で応じる。
「え?」
それに遅れて紫織がついていく。
「いいんでしょうか?」
紫織は不安を口にする。
「私達の仕事はプリンを買うことなんですけど……」
「あんな男が出回っていたら、おちおちプリンを買えないってことでしょ」
ヒツジ型マスコット・アリィが言う。
「そういった意味じゃ、あの怪人かもしれない男を追ってなんとかした方が、結果的に早く達成できるはずよ。……このお店のプリンはもう売り切れみたいだから」
「ごめんなさい。プリンはたった今売り切れてしまいました」
店員のそんな声が聞こえた。
男は人目を避けるように暗い路地裏へ行く。
「見るからに怪しいわね」
みあが言う。
「路地裏で買ったプリンをこっそり食べる気かしら?」
「そういえば、さっき買ったプリンはどこにやったんでしょうか?」
「どうせアジトか何かに溜め込んで一気に食べきるんでしょ」
「さっき買った二十個と今買った二十個、合わせて四十個……!」
それだけの数を一気に食べる。そんなことを想像してちょっと羨ましいと思った。
「あんたなら食い意地張ってるから四十個ぐらい余裕でいけるんでしょうね」
「……え? そんなことないわよ! さすがに四十個はきついわよ!」
「きつい? 食べきれないんじゃなくて、ですか?」
紫織は少し引き気味で尋ねる。
「え、そ、そういう意味じゃなくて……」
「静かにしなさい。声を張り上げてたら気づかれるでしょ」
「あ、ごめん……って、みあちゃんが振ってきたんだけど……」
かなみはボソリ小声でぼやく。
「あれ」
みあはそう言って、男が向かう先を指した。
それはトタン屋根を備え付けたテントよりもひどい簡易の住居みたいだった
「あれがねぐら……?」
「かなみの部屋より酷い」
みあは思わず呟く。かなみはムッとしたけど、さっき諫められたばかりなので聞かなかったことにした。
「そうですね、あ、すみません……」
「……いいわよ」
紫織の同意には、さすがに無視ができなかったけど。
「魔力反応ね、そんなに強くないけど……」
みあが一早く気づく。一瞬遅れて、かなみと紫織も魔力を感じる。
「あの男、やっぱり怪人ね」
もう疑いようも無く、みあはアジトへ飛び込む。かなみと紫織も続く。
「――!」
そこで目にした光景に絶句する。
男は熊のような怪人に変貌していた。それ自体は予想通りで、もはや見慣れた珍しくないものであった。
パクン! ムシャムシャ!
怪人はプリンを容器ごと口に入れて噛み砕いていたのだ。それも一口で。
容器一つ口に入れて一口噛んで、また容器一つ口に入れる。
そんなことを一秒ぐらいでやってしまっている姿、まさしく熊のような仕草に呆気にとられる。
「ちょっとそこのあんた!」
一早く我に返ったみあは声を掛ける。
ム……ムシャムシャ!
その声に反応して、一瞬止まる。しかし、すぐに食事を再開する。
「って、こら! 無視するな!!」
パクン!
思いっきり無視して、もう一個プリンを食べる。
「ああ、特製プリンを一口で!」
「よ、容器ごとなんてお腹壊しませんか?」
壊すどころじゃない気がするけど、そこは怪人なので問題ないのだろう。
パクン! ムシャムシャ!
最後の一個のプリンを食べる。
二十個ものプリンをあっという間に食べてしまった。おそらく一分とかかってない。
「食べっちゃったの! 全部! 一口で!!」
じっくり味わって一分どころか五分くらい時間をかけて食べたいかなみにとってはこの上なく妬ましい怪人であった。
「……まずい」
熊怪人ベアリンは味のコメントを漏らす。
「まずい?」
「前にアンガスパイダがもってきたやつ、美味かった……もう一度、食べたい!」
ベアリンはそう言う。
「アンガスパイダって……」
「この前の盗っ人怪人よ」
かなみは確認し、みあは忌々しく答える。
「そういうつながり……!」
「アンガスパイダ、最近みてない」
「あたし達が倒したからよ!」
みあが答える。
「倒した……? アンガスパイダをか?」
「ええ、そうよ!」
「………………」
みあの威勢のいい返答に、ベアリンは沈黙する。
「それじゃ、もうあのプリンは食べられないのか?」
ベアリンはそう言って、立ち上がる。
「ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!」
凄まじい雄たけびを上げる。
思わず耳を塞いで身体の芯まで響き渡る。周囲の建物なんかは窓ガラスがパリンと割れた。
「なんてバカ声……! 行くわよ二人とも!!」
みあの号令にかなみと紫織は応じる。
「「「マジカルワークス!」」」
三人は一斉にコインを放り投げ、光と共に黄・赤・紫の三色の魔法少女が現れる。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」
ベアリンは三人の魔法少女を見据える。
「俺のプリン探しの邪魔をする気かああああッ!!」
ベアリンは激昂する。
「うるさいわね、近所迷惑よ」
ミアはヨーヨーを投げつける。
バシン!
そのヨーヨーをあっさり弾き返す。
「ぶっとばしてやる!!」
ベアリンは突撃する。
「ここは私に任せてください!」
シオリが前に出る。
「ハートフルスイング!」
渾身のフルスイングを突撃するベアリンへ向かって振り抜く。
バシィィィィン!!
シオリのマジカルバットがベアリンの巨体と激突する。
「おし、かえせま、……せん! キャッ!?」
シオリは吹き飛び、カナミが受け止める。
「パワーはあるわね!」
「脳筋なだけでしょ! バーニング・ウォーク!!」
炎の球となったヨーヨーがベアリンへ襲い掛かる。
「アチチチチ!!」
直撃した炎のヨーヨーがベアリンの毛に燃えうつる。
「今よ、カナミ!」
「ええ! ジャンバリック・ファミリア!!」
カナミのステッキから鈴が飛び交い、魔法弾を雨あられと降らせる。
「ぐおおおおおおおおッ!!」
ベルリンは丸まって、魔法弾を耐えきる。
「プリンを……プリンをもう一度食べるまでは……!」
「なんて執念深い!」
ミアは吐き捨てる。
「そんなにプリンが食べたかったら一個ずつ味わって食べなさいよ!」
カナミはステッキから強い魔法弾を撃つ。
「グブッ!」
魔法弾が直撃し、身体が浮く。
「一口で食べちゃうから味がわからないのよ! 神殺砲!!」
ステッキは大砲へと変化させる。
「ボーナスキャノン!!」
砲弾が発射され、浮き上がったベアリンへ直撃する。
「プラマイゼロ・イレイザー!」
そこから間髪入れずに、白い魔法弾を撃ち、砲弾の大爆発を消滅させる。
「これで仕事完了ね……結局、一人で決めちゃうんだから」
ミアは呆れ気味に言う。
「あははは、ミアちゃんに任された気がして」
「ま、実際任せたけどね。ボーナスは山分けよ」
「やったー! さすが、ミアちゃん話がわかーる!」
カナミは上機嫌であった。
「それじゃ、あとはプリンを買うだけね」
「え……?」
カナミとシオリは顔を見合わせる。
プリンを買うのはカナミとシオリの仕事。しかも、彼方がミアと仲直りするためのものであって、ミアが一緒に行っていいものなのか、複雑なところだ。
「何してるの? 早く行くわよ」
しかし、ミアは完全に仕切っていた。
そして、その晩、彼方とミアの部屋にて。
「本当にすまなかった」
彼方は両手をついて謝る。
「まったく二人を使って、プリンを買わせるなんて」
「仕方なかったんだ……私には買う時間を作れなかったんだから、恥を忍んで二人に頼んだんだ」
「あれで、恥を忍んでたのね……」
かなみにはとてもそうは思えなかった。
「あたしの許可なく二人を使うのは禁止よ。二人はあたしの……あ~」
みあはそこまで口にして言いよどむ。
「あたしの……なんだい?」
彼方はニヤリと笑って尋ねる。
「……あたしの、後輩よ」
みあはそう言って、プイッと顔をそらす。
「そこは仲間って言って欲しかったかも……」
かなみは苦笑する。
「でも、みあさんは頼もしい先輩ですよ」
「そうね」
紫織の言に、かなみは同意する。
「嬉しいこと言ってくれるね、これからもみあちゃんをよろしく頼むね」
「「はい」」
「何勝手によろしくやってるのよ」
みあはぼやく。
「さて、それじゃ食べよう!」
かなみはそう言って、買ってきたプリンをテーブルへ並べる。
「生クリームプリン、焼きプリン、マンゴープリン!」
「へえ、いろんなプリンがあるものだね」
彼方は感心する。
「ささ、プリンパーティしましょう! 私はまず生クリームプリン!」
かなみは張り切って焼きプリンを手に取る。
「あんたも食べなさいよ」
みあは父彼方へ向かって言う。
「許してくれるのかな?」
彼方は少し不安げに訊く。
「あたしも少し大人げなかったわ」
「君は子供なんだからそれぐらいでいいよ」
その物言いにみあはムッとする。
「あんたはもうちょっと大人になりなさいよ」
「ごもっとも。それじゃ、プリンいただこうか」
その仕草はあまりにも子供に見えて、とても大会社の社長とは思えなかった。
「おいしい!」
「おいしいです!」
かなみと紫織は笑顔でプリンを食べる。
「そういえば……」
ふとみあは呟く。
「あいつが求めたプリンなんだったのかしらね?」
そんなことを考えながら、プリンを食べる。
「……うん、おいしい」
その味に満足する。
「並びましょ」
「はい」
このあたりはもう慣れてきたといっていい。列の並びからして三十分ほどだろうという推測までたてられるようになってきた。
「今回こそ買えるかもね」
「そうですね、そうしたらみあさんとお父さんも仲直りできますよね?」
「あ~、それは……きっと、きっとできるわよ」
かなみは不安をごまかすように言う。
みあも彼方も中々素直じゃなくて一筋縄にいかないような父娘関係に思えたからだ。
「昨日食べたプリン、おいしかったです」
不意に紫織は呟いた。
「そうね、とてもおいしかったわ」
昨晩食べたプリンの味を思い出す。
何度も食べている甘くとろけるような味。コンビニで手軽に買えるだけあって馴染み深く安心感もあった。
「ああいうのじゃ、ダメなんでしょうか?」
「私もそう思った。特別なプリンじゃなくても仲直りできるような……」
大企業の社長だからそういう発想がないのだろうか。
今度会ったら話して提案してみようか。そうした方が仲直りの近道に思えてきた。
「二十個! プリン二十個よこせ!!」
男の声がする。
「二十個って、そんなに頼んだら……!」
「売り切れないでしょうか?」
不安がる二人。
男はおそらくプリンを二十個入れた包みをもって出て行く。
「すみません。たった今特製プリン完売してしまいました」
店員が列の人達に言う。
列で並んでいた人達は「ええ~」と落胆の声を上げる。当然、かなみと紫織も。
「あの人のせいね、二十個も買うなんて……」
かなみは恨めしそうに男が去っていった方を見つめる。
「そうですね……」
紫織もさすがに同意する。
「ひょっとして、昨日の売り切れもあいつの仕業かしら?」
昨日回ったときの店員さんの言葉を思い出す。
『すみません、つい先程売り切れてしまいました』
そんなことを言っていた。そして、今も似たようなことを店員は口にした。
これが偶然だとは思えない。
「怪しいわね……」
「ど、どうしましょう?」
「マニィ、あいつが行った方向にプリンを売ってる店はないの?」
「一応あるけど、ちょっと距離があるよ」
「そこに行きましょう」
もしかしたら、あの男もいるかもしれない。二人はその店へ向かう。
「……あ?」
向かっている途中で、みあと出くわす。
「なんで、あんた達が?」
「みあちゃんこそ。昨日の調査の続き?」
「そうよ。またプリンの大量買いする奴が現れたって情報が入ってね」
「あ、それ、さっき見たわよ!」
かなみは思わず答えてしまう。
「見た?」
「あ……!」
みあの訝しむ目つきを受けて、かなみは失言してしまったと気づく。
「あんた、その男を見たの? なんで?」
「そ、それは……」
かなみは困って、紫織に視線を送る。
「かなみさん、ごまかすのが下手ですね……」
そう言われて、ガクッとかなみは項垂れる。
「あんた達がプリン男を見たってことと二人で仕事してること、関係あるのよね?」
「そ、それは……」
「あんた達、昨日から何の仕事してるの?」
凄みのある物言いで、詰められてかなみは観念して白状する。
「あんのバカ親父のバカ!」
事情を話すなり、すぐにみあは悪態をつく。
「何、二人を使い走りにしてんのよ!」
「あ、あの……彼方さんはとてもお忙しくて時間が無いみたいなので……」
紫織の物言いに対して、みあはキィッと睨む。
「そこをなんとかするのが誠意ってもんでしょ!」
「はひ!」
紫織は怯む。
紫織の方が一つ年上のはずなのだけど、本当は一つ年下なんじゃないか、とかなみは思ってしまう。
「みあちゃん、紫織ちゃんにあたってもしょうがないんじゃ」
「だいたい!」
みあはかなみに向かって言う。
「あんた達もあんた達よ! 親父にパシられてだらしない! どうせかなみなんかお金に釣られたんでしょ!!」
「私はそんなものに釣られないわよ! みあちゃんとお父さんが早く仲直りするようにって!」
「大きなお世話よ! だいたいプリン食べたぐらいであたしの機嫌が直るとでも思ったわけ!?」
「昨日、ご機嫌だったじゃない!」
「あ……」
かなみの反論に、みあは歯噛みする。
「確かにご機嫌でしたね」
紫織も同意する。
「フン!」
思わぬ反撃をくらって、みあはそっぽ向く。
「それで?」
「え?」
「プリン買った男はどっちへ行ったのって訊いてんの!?」
急な話題転換であった。
「初めて訊かれたんですけど……」
紫織はぼやく。
一応それに答えた方がご機嫌も治るだろうと、かなみは思った。
「どっちへ行ったかっていうと……」
「今、この先のスイーツショップに行くところなんだけどね」
マニィが答える。
「よし、じゃあそこに行くわよ! ついてきなさい!」
何故かみあが二人を引き連れていく形になった。
一応、かなみと紫織は彼方からの依頼を果たすため、みあはプリンを買う男の調査のため、と目的は一致している。
そんなわけで、三人は評判のプリンを売っているスイーツショップに着く。例のごとくまた行列が出来ている。
「またか……」
さすがに昨日からあわせて五度目になってくると列を見ただけでうんざりしてくる。
「かなみさん、あの人」
「え?」
紫織がそれとなく示した視線の先に、男がいた。
「あ……」
その姿を見て声を漏らす。
「みあちゃん、あの男よ」
「へえ」
みあは興味を示す。そして、そのまま列の最後尾につく。
「あ~、プリン食べたいわね」
そんなことをぼやく。普通の客を装うことにしたようだ。
「彼、またプリンを買い占めるんでしょうか?」
紫織は不安げに訊く。
「そうとは限らないわよ。さっき二十個も買ったんだからお金もかなり使ってることだし」
「二十個も買って財布が底を尽きるのはあんたぐらいでしょ。っていうか、二十個も買える金もないか」
「みあちゃん、ひどい! そりゃ二十個も買うお金が無いのは事実だけど……」
「やっぱり、ないんですね」
紫織の呟きが追い打ちになった。
「給料日になったら……給料日になったら……」
「ああ、だったら今度のかなみの給料日にプリンパーティでもどう? 費用は全部かなみ持ちで」
「え、ええ!? そ、それはちょっと!?」
「二十個ぐらい買えるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
さすがにそれぐらい買ってしまうと生活に響く。
「ハァハァ、お嬢の奴、活き活きしてやがるぜ」
「そうなのかい。僕にはいつものように見えるけど」
マスコット達が喋り出す。
そうしているうちに、あの男が店員の前に立つ。
「その特製プリンを! 二十個!!」
その男の注文は後列にいたかなみ達にもよく聞こえた。
「本当に二十個ね……」
みあは驚きと呆れが混じった口調でつぶやく。
「はい。かしこまりました」
店員も驚いたけど、すぐに応対する。
「また二十個……さっきのお店とあわせると……」
「かなみの一ヵ月分とどっちが上かしらね?」
みあはニヤリと笑う。
「さすがに、プリン四十個じゃ一ヵ月分にはならないよ」
マニィがフォローする。
「……いい勝負になったけど」
「余計なこと言わないで」
「じゃあ、パーティには五十個のプリンを用意してもらわなくちゃね」
「なんでそうなるの? 五十個も用意できないよ!」
よしんば用意できたとしても、残ったお金では一週間も生活は出来ないだろう。と、かなみは肝を冷やす。
「お買い上げありがとうございます!」
男は店員から包みを受け取る。
「あれに……プリン二十個」
かなみは思わず羨望の眼差しを向ける。
男はその眼差しをまったく気にすることなく、去っていく。
「追うわよ」
「ええ」
みあの号令に、かなみは二つ返事で応じる。
「え?」
それに遅れて紫織がついていく。
「いいんでしょうか?」
紫織は不安を口にする。
「私達の仕事はプリンを買うことなんですけど……」
「あんな男が出回っていたら、おちおちプリンを買えないってことでしょ」
ヒツジ型マスコット・アリィが言う。
「そういった意味じゃ、あの怪人かもしれない男を追ってなんとかした方が、結果的に早く達成できるはずよ。……このお店のプリンはもう売り切れみたいだから」
「ごめんなさい。プリンはたった今売り切れてしまいました」
店員のそんな声が聞こえた。
男は人目を避けるように暗い路地裏へ行く。
「見るからに怪しいわね」
みあが言う。
「路地裏で買ったプリンをこっそり食べる気かしら?」
「そういえば、さっき買ったプリンはどこにやったんでしょうか?」
「どうせアジトか何かに溜め込んで一気に食べきるんでしょ」
「さっき買った二十個と今買った二十個、合わせて四十個……!」
それだけの数を一気に食べる。そんなことを想像してちょっと羨ましいと思った。
「あんたなら食い意地張ってるから四十個ぐらい余裕でいけるんでしょうね」
「……え? そんなことないわよ! さすがに四十個はきついわよ!」
「きつい? 食べきれないんじゃなくて、ですか?」
紫織は少し引き気味で尋ねる。
「え、そ、そういう意味じゃなくて……」
「静かにしなさい。声を張り上げてたら気づかれるでしょ」
「あ、ごめん……って、みあちゃんが振ってきたんだけど……」
かなみはボソリ小声でぼやく。
「あれ」
みあはそう言って、男が向かう先を指した。
それはトタン屋根を備え付けたテントよりもひどい簡易の住居みたいだった
「あれがねぐら……?」
「かなみの部屋より酷い」
みあは思わず呟く。かなみはムッとしたけど、さっき諫められたばかりなので聞かなかったことにした。
「そうですね、あ、すみません……」
「……いいわよ」
紫織の同意には、さすがに無視ができなかったけど。
「魔力反応ね、そんなに強くないけど……」
みあが一早く気づく。一瞬遅れて、かなみと紫織も魔力を感じる。
「あの男、やっぱり怪人ね」
もう疑いようも無く、みあはアジトへ飛び込む。かなみと紫織も続く。
「――!」
そこで目にした光景に絶句する。
男は熊のような怪人に変貌していた。それ自体は予想通りで、もはや見慣れた珍しくないものであった。
パクン! ムシャムシャ!
怪人はプリンを容器ごと口に入れて噛み砕いていたのだ。それも一口で。
容器一つ口に入れて一口噛んで、また容器一つ口に入れる。
そんなことを一秒ぐらいでやってしまっている姿、まさしく熊のような仕草に呆気にとられる。
「ちょっとそこのあんた!」
一早く我に返ったみあは声を掛ける。
ム……ムシャムシャ!
その声に反応して、一瞬止まる。しかし、すぐに食事を再開する。
「って、こら! 無視するな!!」
パクン!
思いっきり無視して、もう一個プリンを食べる。
「ああ、特製プリンを一口で!」
「よ、容器ごとなんてお腹壊しませんか?」
壊すどころじゃない気がするけど、そこは怪人なので問題ないのだろう。
パクン! ムシャムシャ!
最後の一個のプリンを食べる。
二十個ものプリンをあっという間に食べてしまった。おそらく一分とかかってない。
「食べっちゃったの! 全部! 一口で!!」
じっくり味わって一分どころか五分くらい時間をかけて食べたいかなみにとってはこの上なく妬ましい怪人であった。
「……まずい」
熊怪人ベアリンは味のコメントを漏らす。
「まずい?」
「前にアンガスパイダがもってきたやつ、美味かった……もう一度、食べたい!」
ベアリンはそう言う。
「アンガスパイダって……」
「この前の盗っ人怪人よ」
かなみは確認し、みあは忌々しく答える。
「そういうつながり……!」
「アンガスパイダ、最近みてない」
「あたし達が倒したからよ!」
みあが答える。
「倒した……? アンガスパイダをか?」
「ええ、そうよ!」
「………………」
みあの威勢のいい返答に、ベアリンは沈黙する。
「それじゃ、もうあのプリンは食べられないのか?」
ベアリンはそう言って、立ち上がる。
「ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!」
凄まじい雄たけびを上げる。
思わず耳を塞いで身体の芯まで響き渡る。周囲の建物なんかは窓ガラスがパリンと割れた。
「なんてバカ声……! 行くわよ二人とも!!」
みあの号令にかなみと紫織は応じる。
「「「マジカルワークス!」」」
三人は一斉にコインを放り投げ、光と共に黄・赤・紫の三色の魔法少女が現れる。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」
ベアリンは三人の魔法少女を見据える。
「俺のプリン探しの邪魔をする気かああああッ!!」
ベアリンは激昂する。
「うるさいわね、近所迷惑よ」
ミアはヨーヨーを投げつける。
バシン!
そのヨーヨーをあっさり弾き返す。
「ぶっとばしてやる!!」
ベアリンは突撃する。
「ここは私に任せてください!」
シオリが前に出る。
「ハートフルスイング!」
渾身のフルスイングを突撃するベアリンへ向かって振り抜く。
バシィィィィン!!
シオリのマジカルバットがベアリンの巨体と激突する。
「おし、かえせま、……せん! キャッ!?」
シオリは吹き飛び、カナミが受け止める。
「パワーはあるわね!」
「脳筋なだけでしょ! バーニング・ウォーク!!」
炎の球となったヨーヨーがベアリンへ襲い掛かる。
「アチチチチ!!」
直撃した炎のヨーヨーがベアリンの毛に燃えうつる。
「今よ、カナミ!」
「ええ! ジャンバリック・ファミリア!!」
カナミのステッキから鈴が飛び交い、魔法弾を雨あられと降らせる。
「ぐおおおおおおおおッ!!」
ベルリンは丸まって、魔法弾を耐えきる。
「プリンを……プリンをもう一度食べるまでは……!」
「なんて執念深い!」
ミアは吐き捨てる。
「そんなにプリンが食べたかったら一個ずつ味わって食べなさいよ!」
カナミはステッキから強い魔法弾を撃つ。
「グブッ!」
魔法弾が直撃し、身体が浮く。
「一口で食べちゃうから味がわからないのよ! 神殺砲!!」
ステッキは大砲へと変化させる。
「ボーナスキャノン!!」
砲弾が発射され、浮き上がったベアリンへ直撃する。
「プラマイゼロ・イレイザー!」
そこから間髪入れずに、白い魔法弾を撃ち、砲弾の大爆発を消滅させる。
「これで仕事完了ね……結局、一人で決めちゃうんだから」
ミアは呆れ気味に言う。
「あははは、ミアちゃんに任された気がして」
「ま、実際任せたけどね。ボーナスは山分けよ」
「やったー! さすが、ミアちゃん話がわかーる!」
カナミは上機嫌であった。
「それじゃ、あとはプリンを買うだけね」
「え……?」
カナミとシオリは顔を見合わせる。
プリンを買うのはカナミとシオリの仕事。しかも、彼方がミアと仲直りするためのものであって、ミアが一緒に行っていいものなのか、複雑なところだ。
「何してるの? 早く行くわよ」
しかし、ミアは完全に仕切っていた。
そして、その晩、彼方とミアの部屋にて。
「本当にすまなかった」
彼方は両手をついて謝る。
「まったく二人を使って、プリンを買わせるなんて」
「仕方なかったんだ……私には買う時間を作れなかったんだから、恥を忍んで二人に頼んだんだ」
「あれで、恥を忍んでたのね……」
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みあはそこまで口にして言いよどむ。
「あたしの……なんだい?」
彼方はニヤリと笑って尋ねる。
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みあはそう言って、プイッと顔をそらす。
「そこは仲間って言って欲しかったかも……」
かなみは苦笑する。
「でも、みあさんは頼もしい先輩ですよ」
「そうね」
紫織の言に、かなみは同意する。
「嬉しいこと言ってくれるね、これからもみあちゃんをよろしく頼むね」
「「はい」」
「何勝手によろしくやってるのよ」
みあはぼやく。
「さて、それじゃ食べよう!」
かなみはそう言って、買ってきたプリンをテーブルへ並べる。
「生クリームプリン、焼きプリン、マンゴープリン!」
「へえ、いろんなプリンがあるものだね」
彼方は感心する。
「ささ、プリンパーティしましょう! 私はまず生クリームプリン!」
かなみは張り切って焼きプリンを手に取る。
「あんたも食べなさいよ」
みあは父彼方へ向かって言う。
「許してくれるのかな?」
彼方は少し不安げに訊く。
「あたしも少し大人げなかったわ」
「君は子供なんだからそれぐらいでいいよ」
その物言いにみあはムッとする。
「あんたはもうちょっと大人になりなさいよ」
「ごもっとも。それじゃ、プリンいただこうか」
その仕草はあまりにも子供に見えて、とても大会社の社長とは思えなかった。
「おいしい!」
「おいしいです!」
かなみと紫織は笑顔でプリンを食べる。
「そういえば……」
ふとみあは呟く。
「あいつが求めたプリンなんだったのかしらね?」
そんなことを考えながら、プリンを食べる。
「……うん、おいしい」
その味に満足する。
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