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第72話 徘徊! 少女と甲冑の真夜中の邂逅! (Aパート)
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「最近、かなみさんとお仕事していない……」
二十四時間営業のファミレス【ミートキャッスル】で翠華はぼやく。
「はあ……」
話を切り出されたみあはため息をつく。
「なんだか、前にも似たようなあったわね……面倒くさいわね」
仕事が終わった後に相談があるから付き合ってみれば、何のことは無いただの愚痴であった。しかもみあにとってはどうでもいい。
「あたしだって最近仕事してないわ……ま、この前、泊ってきたんだけど」
「え、泊って!?」
翠華は身を乗り出す。
「あ、やぶへびか……」
「みあちゃん、その話詳しく聞かせて!?」
「いや、そんなことはどうだっていいじゃない」
「どうだってよくない!」
「面倒くさいわね……それより、最近仕事してないってことだったら、あるみに直談判したらどうなのよ?」
「それできいてくれる人じゃないでしょ……」
翠華はしょぼくれて、オレンジジュースをストローでぶくぶくさせる。
「なさけないつら……」
みあはその姿に呆れる。
「ダメでもともとでいいじゃない。このままだと一生一緒にできないかもよ」
「一生……!?」
翠華はビクつく。
「そんなのいや! 絶対にいや!!」
「わかってるって、落ち着きなさいって」
みあはなだめる。なんだって、自分がこんなことを思いながら。
もとはといえば、最近翠華とみあが仕事でコンビを組むことが多いので今日も仕事帰りでこんな相談を持ち掛けられた。これだとどっちが小学生なのかわからない。
(まあ、私の方が先輩なんだけど……)
会社の中で、みあはあるみ社長や鯖戸部長に次いで三番目の古株といっていい。そのせいか、かなみも翠華もみあに相談することがよくある。
みあも「めんどくさい……」とぼやきつつもついつい面倒を見てしまう。
今夜もそんなところであった。
「とにかくあるみにかけあってみなさいよ。そうでなかったら鯖戸にでも頼みなさい」
「う、うん……」
翠華は渋々ながら頷く。
そんなわけで今夜は解散になった。
翌日、小学校が終わったみあはオフィスへ向かっていた。
(あいつ、ちゃんとやってるかしら……?)
心配しているかと訊かれたら認めずに怒るところだけど、気にかけているのは確かだった。
「おはよう」
オフィスに入ってお決まりの挨拶をする。
「みあちゃん、私と今度の仕事で組んで」
入るなりいきなりかなみにせがまれた。
「は、はあ!? ちょっと、なによいきなり!?」
みあは思わず翠華のデスクに視線を見やる。そこには涙目になって助けを乞う翠華の姿があった。
「うわ、なさけな……って、何があったのよ?」
「それが社長から仕事の話があって、誰と組みたいか選んでみてと言われて」
かなみの説明でおおよそのことを察する。
ようはその仕事のパートナーの白羽の矢にみあが立ったというわけだ。
「んで、なんであたしなわけ?」
「だって、みあちゃんは器用だからどんな状況でも対応できそうだから」
「はあ、ま、まあ大抵のことならなんとかできると思うけど……」
「そうでしょ! だから、絶対に失敗できない仕事はみあちゃんに頼みたいのよ!」
「……そんな、あたしに頼むって……!」
そこまでいわれるとさすがのみあも弱ってくる。
「ね、お願い!」
かなみはさらに強く押す。
「いつにない強い押し……! 一体どんな仕事なのよ?」
かなみがここまで頼みこむような仕事とは何なのか気になる。
「それがまだ聞いてないの」
「聞いてない?」
「でも、泊まり込みでボーナスがいっぱい貰える仕事だって聞いてるのよ」
「と、泊まり込み……」
傍らで翠華が顔を真っ赤にしている。何やら変な想像をしているのが容易に察せられる。
「泊まり込みってまたメンドくさそうなやつね」
「でも、みあちゃんと一緒なら大丈夫よ!」
「それっていつも泊まり込んでるからって意味で、よね?」
「うん!」
(うわ、あいつ、すごいうなだれてるよ! あーもう、メンドくさい!)
髪をかきむしりたい気分だ。
「でも、どんな仕事なのかわからないのにホイホイ受けられないわね」
そこから一転して落ち着いた態度でかなみへ応対する。
そのあたりは最年少とはいえ古株らしい気持ちの切り替えであった。
「そんな……」
そう言われてかなみは落胆する。
「あたしより適任がいるでしょ?」
「適任?」
「いやそこで首を傾げない」
「あ~翠華さんね!」
「そういうリアクションされると忘れてたみたいで可哀想だからやめなさいよ」
翠華の方を見るとデスクに顔をうずめている。本当に可哀想に思えてきた。
「でも翠華さん、今日はなんだかそわそわしてて忙しそうだから頼みづらいのよ」
「めんどくさ!」
みあはかなみに「ちょっと待ってなさい」と断っておいてから、翠華へ歩み寄る。
「あんた、何やってんのよ?」
「そんなこと言ったって~」
翠華は泣き言を漏らす。
「せっかくのチャンスじゃない。自分の手でそのチャンス潰してどーすんのよ」
「うぅ……チャンス?」
そう言われて翠華は顔を見上げてかなみを見る。そして即座に伏せる。
「やっぱり無理!」
「あーもう情けないわね」
みあは「しょうがない」と言わんばかりにため息をつく。
「かなみ、こいつあんたと仕事がしたいって」
「え、そうなんですか?」
かなみが訊いても翠華はうずくまったままだった。
「うん、って言ってる」
みあが代弁する。
「なんで、みあちゃんが答えてるの?」
「あたしが知りたいわよ……」
みあは愚痴を漏らす。
「あ、あの翠華さん……? 私も是非お願いしたいです。でも、忙しそうですから無理なら諦めますよ……どうでしょうか?」
「こら、かなみがここまで言ってるんだから起きなさい」
みあは翠華を揺する。
「……かなみさん?」
「はい」
「私でいいの?」
翠華は弱気な声で訊く。
「翠華さんがいいです」
かなみに素直にそう言われると、翠華は顔を真っ赤にする。
「……私が、私がいい……?」
「迷惑ですか?」
翠華は慌てて首を振る。
「そんなこと! そんなことないわ!」
「それじゃ、私と組んでくれますか?」
「ええ!」
翠華は勢い任せに返答する。
「やったー、翠華さんと一緒なら大成功間違いなしですよ!」
「え、ええ……」
そんなわけで組むことになったかなみと翠華はあるみから仕事の説明を受けて、オフィスを出る。
「はあ……めっちゃつかれた……」
みあはデスクにうずくまる。
「お疲れ様」
あるみがコーヒーを持ってきて労う。ただ、みあはこのコーヒーがどうにも苦手であった。
「なんだって、あたしがこんなことを?」
「まあ、頼れる先輩ってことで」
「そんなものになったつもりはないのに」
「そういうのって、いつの間にかなってるものだからね」
「年長者らしいわね……」
「確かに、ちょっと年寄り臭かったわね」
あるみは珍しくぼやく。
「そういえば、あの二人にどんな仕事振ったのよ?」
みあはつい好奇心で訊く。
その仕事の内容をあるみから聞いて、みあは後悔した。
「やっぱりあたしが一緒にいくべきだった」と。
かなみと翠華がやってきたのは郊外の洋館だった。
「立派なものですね」
かなみは感心する。
「ええ、ここで間違いないわね」
門の方に初老の執事がいて、こちらへ一礼する。
(本物の執事……!)
かなみは思わず声を上げそうになる。
「株式会社魔法少女です」
翠華はそう言って、名刺を差し出す。
「確かに」
執事はこちらを疑うことなく受け取る。
門を開けて招き入れてくれる。
「ようこそ、いらっしゃいました」
優雅に一礼する。
思わず、かなみと翠華は畏まる。
「こちらへ」
「はい」
執事の案内で二人は洋館に入る。
「うわあ」
今度こそ声が出てしまった。
洋館の内装は眩く、まるで童話かファンタジーの世界に入り込んだかのような錯覚を覚えた。
大広間のような入り口からまっすぐ進んで大きな階段があり、その階段は十人並んで歩いてもまだ余裕がある。その階段の先に見事な西洋甲冑が洋館全体を守護するように配置されていた。
「わあ、すごい立派ですね!」
「そうね」
かなみと翠華は感嘆の声を上げて、西洋甲冑を観察する。
「この甲冑を見てこいっていうのが仕事の指示みたいですが……」
「うーん、魔力は感じるけど、それほど特別ってほどのチカラじゃないわね」
かなみも翠華と同じ意見だった。
郊外の洋館に飾り立てられている西洋甲冑を見てくる。それが今回の仕事の内容だった。
また特別なものなら譲り受ける交渉するようにとの指示になっている。
「これほど立派な甲冑なら人の思念が寄り集まって、魔力となって法具に昇華してもおかしくないんだけど……」
「さすがにそこまでいってないですよね?」
「ええ」
かなみの問いかけに翠華は頷く。
立派な美術品や装飾品に人は自然と思いを馳せ、思念という魔力の素を呼び寄せる。そういったものが溜まることで魔法のアイテム・法具になることはあるとあるみに聞いたことはあるけど、この甲冑には確かに魔力は感じるもののそれほどではないということだ。
「やはりそうですか」
執事は言う。
「わかるんですか!?」
かなみは驚く。
「多少ですが、眼は肥えていると自負しています」
「執事さんって凄いんですね!!」
「ええ、よくわからないけど」
「恐縮です」
執事は一礼する。
その様は優雅で、かなみは感心する。
「ですが、この甲冑が問題を起こすのは夜なのです」
「問題を起こす?」
そんなことは説明されていない。
「ええ、夜な夜なこの甲冑が歩き出すのです」
「はああああああああ!?」
かなみは悲鳴にも似た声を上げる。
「まるで怪談話……あ!」
翠華は気が付いてかなみを見るとガクガクブルブル震え出していた。
(か、可愛い……って、そうじゃないわ!)
翠華は心の中で無理矢理仕事モードのスイッチを入れる。
「その詳しく聞かせていただけませんか?」
「す、翠華さん……」
かなみは頼りない声を出す。
こういった怪談じみた話は大の苦手だということはよくわかっている。しかし、この話をしないと仕事は進まないし、成功なんてありえない。翠華は心を鬼にする覚悟で執事から聴取する。
「ご主人様からありのままに話すようにと申されています。あれは二週間ほど前のことです」
「ひいいいい!」
かなみは耳を塞ごうとする。しかし、ちゃんと聞かないと、と使命感にかられて手を止める。なんとも中途半端な状態になっている。
「みなが寝静まった真夜中にガチャンガチャンと物々しい金属音がいたしまして」
執事は執事は怪談を聞かせるようなノリで話す。これも執事が持つ話術なのだろうか。
「何事かと思いまして、廊下に出たらいたんですよ」
「い、いたって何がですか……?」
恐る恐る聞くかなみ。
語り手としてはこれほど語り甲斐のある聞き手はいない。執事も興が乗って話に熱がこもり始める。
「――甲冑ですよ。ここに安置されているはずの甲冑が廊下に歩いてたんです」
「ひ、ひいいいいいい!?」
「か、かなみさん、しがみつかないで!?
かなみは耐えきれなくなって翠華にしがみついた。おかげで翠華までパニックに陥った。
「フフ、お嬢様方は怪談が苦手のようですな」
「だ、誰だって、苦手ですよ! 怪談!」
(私はどちらかというとかなみさんの方が苦手だけど……)
「実は私、こういう話が大好きなのですよ。こういう洋館であればそういう話がつきものでしょ、それ目当てに執事になったといいでしょう」
「な、そんな不純な動機で執事に!?」
「ふ、不純……?」
翠華は疑問符を頭に浮かべる。
「そんなわけでお嬢様方に事情を説明するという大役を私が仰せつかったというわけです」
「な……なんてこと……」
かなみには執事の方が怪人よりも恐ろしい敵に見えた。
「それで毎晩洋館を歩き回る甲冑にご主人様はほとほと困り果てています」
「それはそうでしょうね、私だったらちっとも眠れません」
「そうですね。なので、今ご主人様は別荘で静養しています」
「別荘までもってるんですか!?」
「はい。海辺の避暑地にあります」
「なんて金持ち!?」
「凄いですね……」
「大したことではありませんよ」
「大したことですよ! 私なんかアパート暮らしで毎月家賃で生活が苦しいんですよ!!」
「それは苦労されていますね」
「そうでしょそうでしょ!」
「あの、かなみさん……」
翠華の自分を呼ぶ声で、かなみは我に返る。
「は、すみません。つい愚痴が……」
「構いませんよ。愚痴ならご主人様で慣れてますから」
「え、そうなんですか……」
翠華はなんとなく闇を感じた。
「それはともかくとして、何か解決できないでしょうか?」
「解決ですか……」
「阿方社長からはあなた方なら必ず解決できるとおっしゃっていましたから」
「ああ、そういうつながりなんですね……」
経緯としてはこの洋館の御主人がみあの父、阿方彼方に相談か依頼して、あるみに仕事して持ち掛けたのだろう。
「ご主人様からは甲冑の問題の解決にあたってくれるのであれば一晩泊めてくれと仰せつかっています」
「それで今回はお泊りだったんですね」
かなみは青ざめた顔で納得する。
「……お泊り、かなみさんと……」
翠華も改めて緊張する。
今は物言わない甲冑として佇んでいるけど、夜には動き出す。そんな怪談じみた問題の解決にかなみとあたらなければならないとなると気が重い。
(私が何が出来るんだろう……?)
意外なことに執事は御主人に連れ添うということで、洋館にはかなみと翠華の二人だけになった。
「こんな広いところで二人に過ごすなんて……」
かなみはぼやいたけど、翠華の方は内心助かったと思っている。この洋館の広さならかなみと距離もとれるし、落ち着けるからだ。
「まず夕食を作ってみましょうか?」
そんなわけで翠華は先輩らしい落ち着いた物腰で提案する。
客室と食堂、台所は自由に使ってよいと執事から言われている。台所には夕食に必要な材料はひとしきりあるとのことで至れり尽くせりであった。
「そうですね」
客室から執事から案内された台所へ向かう。
その際に、あの西洋甲冑が置かれている階段を通る。
「………………」
かなみはついつい西洋甲冑を見上げる。
西洋甲冑は相変わらず物静かに佇んでいる。とても動き出すような感じはしない。
――甲冑ですよ。ここに安置されているはずの甲冑が廊下に歩いてたんです。
執事の言葉を思い出す。
すると、甲冑は今にも動き出してきそうな気がしてくる。
(動かないわよね……?)
数秒ほど立ち止まってじぃっと見てみたけど、やっぱり動かなかった。
かなみはホッとする。
「動かないと仕事にならないんだけどね」
そんなかなみにマニィは釘をさすように言う。
そう言われてかなみはムッとする。
「言われなくてもわかってるわよ」
しかし、本音を言うとあの甲冑が動き出すところは怖くて見たくない。
見たくないのに見れなければならない。
また面倒な仕事になってしまった、と思わずにはいられなかった。
台所には大きな冷蔵庫があり、その中には肉や野菜がたっぷりあって、しかもレトルト食品まである。
「すごい! 充実してますね!」
かなみは目を輝かせる。
「ええ。ただこれだけいっぱいあると何を作ったらいいか……」
「確かに迷いますね」
「そうね……カレーなんてどうかしら?」
「いいですね! カレーには何を入れます? じゃがいも、にんじん、玉ねぎ……!」
「あと牛肉ね」
「ぎゅ、牛肉を食べていいんですか!?」
「好きに使っていいって言われてるからね」
「私、最後に牛肉食べたのがいつだったか思い出せないぐらい久しぶりなんです」
「あはは……それじゃ、お腹いっぱい食べましょう」
「はい!」
翠華は二人分の牛肉を取り出す。
「これだけあれば立派なカレーになりますね! あ、でも、肝心のルーがありませんね」
「そうだったわ……!」
かなみと翠華は冷蔵庫をくまなく探してみる。
「香辛料ならありますけど……」
「ルーは無いわね……」
さすがに香辛料の配合からはじめてルーを作るのは難易度が高すぎる。
「それじゃどうしましょう……」
「うーん、この材料ならビーフストロガノフなら作れそうだけど」
「ビーフ、ストロガノフ……?」
「学校の調理実習で作ったことがあるのよ」
「ええ、そうなんですか! それじゃ今夜はそれにしましょうよ!!」
「え、ええ……」
翠華はそう言いつつ、ウシィに相談する。
「学校の調理実習で作ったけど、分量とかよく覚えてないから」
「ウシシ、俺がサポートしてやるぜ」
「ありがとう、助かるわ」
「ウシシ、この借りは高くつくぜ」
「お礼に牛肉はどうかしら?」
「ウシシ、それじゃ共食になっちまうじゃねえか! やっぱ食うなら鶏肉だぜ」
「それ、トリィに言ったらなんて顔するかしらね」
「ウシシ、そいつは見ものだぜ」
「翠華さん、ウシィと何を話してるんですか?」
かなみが覗き込んでくる。
「え、あ、いや、ウシィが牛肉を食べるなんて妙な気分だぜって言ってきて」
「ウシィは牛ですものね。マニィだってネズミは食べませんよ」
「そもそも家庭に食用ネズミなんていないからね」
マニィがツッコミを入れる。
「それもそうね、フフ」
一同は笑う。
「さて、それじゃ作りましょうか」
「どうすればいいんですか?」
「そうね、かなみさんは缶詰を開けて」
「缶詰って? ホールトマトの?」
「そうそう、あら? 缶切りはどこかしら?」
「私探してみます」
「お願い。下ごしらえは私がしておくから」
「了解です」
かなみは缶切りを探し始める。
「ウシシ、上手くごまかせたな」
「余計なことを言わないの。それで牛肉はどれくらい必要なの?」
「ウシシ、二人分だろ? 大体百五十グラムってとこだな」
「ありがとう」
そんなやり取りをして、翠華は肉や野菜を切り、準備を整える。
「おかしいですね、缶切りがありませんよ」
かなみは台所の至る所を探してたけど、
「これで準備完了ね……」
「翠華さ~ん」
かなみは泣き言をいうように翠華へ寄る。
「ダメです、缶切りが見つかりません」
「そ、そう、困ったわね……」
翠華は視線を逸らす。
「ウシシシシ……」
翠華の肩に乗るウシィは人の悪い笑い声を上げる。
「そろそろ薄情しちまったほうがいいんじゃねえか」
「そうね」
ウシィが手に持っていた缶切りを翠華から受け取った。
「か、かなみさん……」
「はい」
「缶切りならここにあるわよ」
「え……」
「ごめんなさい、もう見つけてたんだけどあんまり一生懸命だから言い出せなくて」
嘘だった。
本当はウシィが缶切りを隠し持っていた。かなみに探させて遠ざけるためだ。その間に翠華はウシィから作り方を聞いて、的確に下ごしらえが出来た。
「そうだったんですか。ありがとうございます」
かなみは何の疑いも無くお礼を言う。
その様子を見て、翠華は罪悪感がこみ上げてきた。
(こうなったら、絶対に美味しいものをカナミさんに食べさせてあげなくちゃ!)
翠華は大いに張り切る。
「かなみさん、缶切りでこの缶詰を開けて」
しかし、あくまで平静を保ってかなみに指示を出す。
「はい!」
かなみは嬉々として缶詰の蓋を缶切りで開けようとする。
それで、翠華の方はフライパンに玉ねぎとマッシュルームで炒める。
「その次に牛肉を入れて……」
フライパンの中で具をかき混ぜる。
「かなみさん、トマトお願い」
「はい!」
かなみは言われた通り、開けた缶詰からポールトマトを投入する
「それにブイヨンを入れて煮込む」
「うわあ、おいしそうです!」
かなみは目を輝かせる。
そうして出来上がったビーフストロガノフをご飯に乗せる。
洋館の広い食堂で、翠華とかなみは夕食を食べる。
「おいしいです! これ、最高ですよ!!」
「そう、よかったわ」
かなみは満足顔でビーフストロガノフを頬張る。
「おかわりもたっぷりあるから!」
かなみのことを考えて、二人分でも多めに作っておいてよかったと翠華は思う。
「翠華さんって、彼氏にいつもこんな手料理を振る舞うんですね!」
「え、ええ……」
翠華は硬直する。
「こんなにおいしい料理を食べせてもらうなんて、彼氏さんは幸せものですね!」
「そ、そうね……」
翠華は困り顔で曖昧に返事をする。
「ウシシシ」
ウシィの笑い声がする。
(このビーフストロガノフを作ったのは調理実習以来だし、彼氏なんていないのに・・…)
翠華はそれを言い出せず、思い悩む。
「おいしい! おいしい!」
しかし、かなみが喜んで食べる姿を見ていると、言う勇気が持てなかった。
かなみはおかわりも十分に食べて、満足した状態で皿洗いをする。
「かなみさん、凄い食欲だったわね」
「そりゃ毎日粗末なものですからね」
「本当なら毎日私が作ってあげたいんだけど……」
翠華は思わず本音を漏らす。
「それはダメですよ! 翠華さんには彼氏がいるんですから!」
「え、ええ……」
「ウシシシ、いつになったらやらだな」
「ウシィ、お願いだから黙っててね」
「ウシシシ、肝に銘じておくぜ」
「口を滑らせたら、あなたをビーフストロガノフにしてやるわ」
「ウシシシ、そいつは勘弁だぜ」
ウシィは翠華の肩から降りて、流し場の陰に引っ込む。
「翠華さん、ウシィと何を話してたんですか?」
かなみは訊く。
「い、いいえ!? なんでもないわ!! 俺はビーフストロガノフにはなりたくないわ、とかそんなこと言ってただけよ!!」
「ああ、ウシィは牛ですからね! でも、マスコットって食べられるの?」
「そんなことはないよ。マスコットは魔力の塊だからね、仙人が霞を食べるようなものだよ」
「あら、そうなのね」
「もしかして、いざとなったらボクを食べようかって考えてなかった?」
「いざってときはね」
かなみは苦笑いして答える。
「か、勘弁して欲しいな」
マニィは半ば本気でそう言って、翠華の肩へ移る。
「あ、こら! 冗談に決まってるじゃない!」
「君が食べ物のことを言うと冗談に聞こえないよ」
「フフフ、二人は本当に息があってるのね」
そんなかなみとマニィのやり取りを見て、翠華は笑う。
「翠華さんとウシィの方がいいコンビだと思いますけど」
「そ、そうかしら……?」
翠華からしてみればかなみとマニィの方が魔法少女とマスコットとしてはベストコンビに思えてならなかった。
二十四時間営業のファミレス【ミートキャッスル】で翠華はぼやく。
「はあ……」
話を切り出されたみあはため息をつく。
「なんだか、前にも似たようなあったわね……面倒くさいわね」
仕事が終わった後に相談があるから付き合ってみれば、何のことは無いただの愚痴であった。しかもみあにとってはどうでもいい。
「あたしだって最近仕事してないわ……ま、この前、泊ってきたんだけど」
「え、泊って!?」
翠華は身を乗り出す。
「あ、やぶへびか……」
「みあちゃん、その話詳しく聞かせて!?」
「いや、そんなことはどうだっていいじゃない」
「どうだってよくない!」
「面倒くさいわね……それより、最近仕事してないってことだったら、あるみに直談判したらどうなのよ?」
「それできいてくれる人じゃないでしょ……」
翠華はしょぼくれて、オレンジジュースをストローでぶくぶくさせる。
「なさけないつら……」
みあはその姿に呆れる。
「ダメでもともとでいいじゃない。このままだと一生一緒にできないかもよ」
「一生……!?」
翠華はビクつく。
「そんなのいや! 絶対にいや!!」
「わかってるって、落ち着きなさいって」
みあはなだめる。なんだって、自分がこんなことを思いながら。
もとはといえば、最近翠華とみあが仕事でコンビを組むことが多いので今日も仕事帰りでこんな相談を持ち掛けられた。これだとどっちが小学生なのかわからない。
(まあ、私の方が先輩なんだけど……)
会社の中で、みあはあるみ社長や鯖戸部長に次いで三番目の古株といっていい。そのせいか、かなみも翠華もみあに相談することがよくある。
みあも「めんどくさい……」とぼやきつつもついつい面倒を見てしまう。
今夜もそんなところであった。
「とにかくあるみにかけあってみなさいよ。そうでなかったら鯖戸にでも頼みなさい」
「う、うん……」
翠華は渋々ながら頷く。
そんなわけで今夜は解散になった。
翌日、小学校が終わったみあはオフィスへ向かっていた。
(あいつ、ちゃんとやってるかしら……?)
心配しているかと訊かれたら認めずに怒るところだけど、気にかけているのは確かだった。
「おはよう」
オフィスに入ってお決まりの挨拶をする。
「みあちゃん、私と今度の仕事で組んで」
入るなりいきなりかなみにせがまれた。
「は、はあ!? ちょっと、なによいきなり!?」
みあは思わず翠華のデスクに視線を見やる。そこには涙目になって助けを乞う翠華の姿があった。
「うわ、なさけな……って、何があったのよ?」
「それが社長から仕事の話があって、誰と組みたいか選んでみてと言われて」
かなみの説明でおおよそのことを察する。
ようはその仕事のパートナーの白羽の矢にみあが立ったというわけだ。
「んで、なんであたしなわけ?」
「だって、みあちゃんは器用だからどんな状況でも対応できそうだから」
「はあ、ま、まあ大抵のことならなんとかできると思うけど……」
「そうでしょ! だから、絶対に失敗できない仕事はみあちゃんに頼みたいのよ!」
「……そんな、あたしに頼むって……!」
そこまでいわれるとさすがのみあも弱ってくる。
「ね、お願い!」
かなみはさらに強く押す。
「いつにない強い押し……! 一体どんな仕事なのよ?」
かなみがここまで頼みこむような仕事とは何なのか気になる。
「それがまだ聞いてないの」
「聞いてない?」
「でも、泊まり込みでボーナスがいっぱい貰える仕事だって聞いてるのよ」
「と、泊まり込み……」
傍らで翠華が顔を真っ赤にしている。何やら変な想像をしているのが容易に察せられる。
「泊まり込みってまたメンドくさそうなやつね」
「でも、みあちゃんと一緒なら大丈夫よ!」
「それっていつも泊まり込んでるからって意味で、よね?」
「うん!」
(うわ、あいつ、すごいうなだれてるよ! あーもう、メンドくさい!)
髪をかきむしりたい気分だ。
「でも、どんな仕事なのかわからないのにホイホイ受けられないわね」
そこから一転して落ち着いた態度でかなみへ応対する。
そのあたりは最年少とはいえ古株らしい気持ちの切り替えであった。
「そんな……」
そう言われてかなみは落胆する。
「あたしより適任がいるでしょ?」
「適任?」
「いやそこで首を傾げない」
「あ~翠華さんね!」
「そういうリアクションされると忘れてたみたいで可哀想だからやめなさいよ」
翠華の方を見るとデスクに顔をうずめている。本当に可哀想に思えてきた。
「でも翠華さん、今日はなんだかそわそわしてて忙しそうだから頼みづらいのよ」
「めんどくさ!」
みあはかなみに「ちょっと待ってなさい」と断っておいてから、翠華へ歩み寄る。
「あんた、何やってんのよ?」
「そんなこと言ったって~」
翠華は泣き言を漏らす。
「せっかくのチャンスじゃない。自分の手でそのチャンス潰してどーすんのよ」
「うぅ……チャンス?」
そう言われて翠華は顔を見上げてかなみを見る。そして即座に伏せる。
「やっぱり無理!」
「あーもう情けないわね」
みあは「しょうがない」と言わんばかりにため息をつく。
「かなみ、こいつあんたと仕事がしたいって」
「え、そうなんですか?」
かなみが訊いても翠華はうずくまったままだった。
「うん、って言ってる」
みあが代弁する。
「なんで、みあちゃんが答えてるの?」
「あたしが知りたいわよ……」
みあは愚痴を漏らす。
「あ、あの翠華さん……? 私も是非お願いしたいです。でも、忙しそうですから無理なら諦めますよ……どうでしょうか?」
「こら、かなみがここまで言ってるんだから起きなさい」
みあは翠華を揺する。
「……かなみさん?」
「はい」
「私でいいの?」
翠華は弱気な声で訊く。
「翠華さんがいいです」
かなみに素直にそう言われると、翠華は顔を真っ赤にする。
「……私が、私がいい……?」
「迷惑ですか?」
翠華は慌てて首を振る。
「そんなこと! そんなことないわ!」
「それじゃ、私と組んでくれますか?」
「ええ!」
翠華は勢い任せに返答する。
「やったー、翠華さんと一緒なら大成功間違いなしですよ!」
「え、ええ……」
そんなわけで組むことになったかなみと翠華はあるみから仕事の説明を受けて、オフィスを出る。
「はあ……めっちゃつかれた……」
みあはデスクにうずくまる。
「お疲れ様」
あるみがコーヒーを持ってきて労う。ただ、みあはこのコーヒーがどうにも苦手であった。
「なんだって、あたしがこんなことを?」
「まあ、頼れる先輩ってことで」
「そんなものになったつもりはないのに」
「そういうのって、いつの間にかなってるものだからね」
「年長者らしいわね……」
「確かに、ちょっと年寄り臭かったわね」
あるみは珍しくぼやく。
「そういえば、あの二人にどんな仕事振ったのよ?」
みあはつい好奇心で訊く。
その仕事の内容をあるみから聞いて、みあは後悔した。
「やっぱりあたしが一緒にいくべきだった」と。
かなみと翠華がやってきたのは郊外の洋館だった。
「立派なものですね」
かなみは感心する。
「ええ、ここで間違いないわね」
門の方に初老の執事がいて、こちらへ一礼する。
(本物の執事……!)
かなみは思わず声を上げそうになる。
「株式会社魔法少女です」
翠華はそう言って、名刺を差し出す。
「確かに」
執事はこちらを疑うことなく受け取る。
門を開けて招き入れてくれる。
「ようこそ、いらっしゃいました」
優雅に一礼する。
思わず、かなみと翠華は畏まる。
「こちらへ」
「はい」
執事の案内で二人は洋館に入る。
「うわあ」
今度こそ声が出てしまった。
洋館の内装は眩く、まるで童話かファンタジーの世界に入り込んだかのような錯覚を覚えた。
大広間のような入り口からまっすぐ進んで大きな階段があり、その階段は十人並んで歩いてもまだ余裕がある。その階段の先に見事な西洋甲冑が洋館全体を守護するように配置されていた。
「わあ、すごい立派ですね!」
「そうね」
かなみと翠華は感嘆の声を上げて、西洋甲冑を観察する。
「この甲冑を見てこいっていうのが仕事の指示みたいですが……」
「うーん、魔力は感じるけど、それほど特別ってほどのチカラじゃないわね」
かなみも翠華と同じ意見だった。
郊外の洋館に飾り立てられている西洋甲冑を見てくる。それが今回の仕事の内容だった。
また特別なものなら譲り受ける交渉するようにとの指示になっている。
「これほど立派な甲冑なら人の思念が寄り集まって、魔力となって法具に昇華してもおかしくないんだけど……」
「さすがにそこまでいってないですよね?」
「ええ」
かなみの問いかけに翠華は頷く。
立派な美術品や装飾品に人は自然と思いを馳せ、思念という魔力の素を呼び寄せる。そういったものが溜まることで魔法のアイテム・法具になることはあるとあるみに聞いたことはあるけど、この甲冑には確かに魔力は感じるもののそれほどではないということだ。
「やはりそうですか」
執事は言う。
「わかるんですか!?」
かなみは驚く。
「多少ですが、眼は肥えていると自負しています」
「執事さんって凄いんですね!!」
「ええ、よくわからないけど」
「恐縮です」
執事は一礼する。
その様は優雅で、かなみは感心する。
「ですが、この甲冑が問題を起こすのは夜なのです」
「問題を起こす?」
そんなことは説明されていない。
「ええ、夜な夜なこの甲冑が歩き出すのです」
「はああああああああ!?」
かなみは悲鳴にも似た声を上げる。
「まるで怪談話……あ!」
翠華は気が付いてかなみを見るとガクガクブルブル震え出していた。
(か、可愛い……って、そうじゃないわ!)
翠華は心の中で無理矢理仕事モードのスイッチを入れる。
「その詳しく聞かせていただけませんか?」
「す、翠華さん……」
かなみは頼りない声を出す。
こういった怪談じみた話は大の苦手だということはよくわかっている。しかし、この話をしないと仕事は進まないし、成功なんてありえない。翠華は心を鬼にする覚悟で執事から聴取する。
「ご主人様からありのままに話すようにと申されています。あれは二週間ほど前のことです」
「ひいいいい!」
かなみは耳を塞ごうとする。しかし、ちゃんと聞かないと、と使命感にかられて手を止める。なんとも中途半端な状態になっている。
「みなが寝静まった真夜中にガチャンガチャンと物々しい金属音がいたしまして」
執事は執事は怪談を聞かせるようなノリで話す。これも執事が持つ話術なのだろうか。
「何事かと思いまして、廊下に出たらいたんですよ」
「い、いたって何がですか……?」
恐る恐る聞くかなみ。
語り手としてはこれほど語り甲斐のある聞き手はいない。執事も興が乗って話に熱がこもり始める。
「――甲冑ですよ。ここに安置されているはずの甲冑が廊下に歩いてたんです」
「ひ、ひいいいいいい!?」
「か、かなみさん、しがみつかないで!?
かなみは耐えきれなくなって翠華にしがみついた。おかげで翠華までパニックに陥った。
「フフ、お嬢様方は怪談が苦手のようですな」
「だ、誰だって、苦手ですよ! 怪談!」
(私はどちらかというとかなみさんの方が苦手だけど……)
「実は私、こういう話が大好きなのですよ。こういう洋館であればそういう話がつきものでしょ、それ目当てに執事になったといいでしょう」
「な、そんな不純な動機で執事に!?」
「ふ、不純……?」
翠華は疑問符を頭に浮かべる。
「そんなわけでお嬢様方に事情を説明するという大役を私が仰せつかったというわけです」
「な……なんてこと……」
かなみには執事の方が怪人よりも恐ろしい敵に見えた。
「それで毎晩洋館を歩き回る甲冑にご主人様はほとほと困り果てています」
「それはそうでしょうね、私だったらちっとも眠れません」
「そうですね。なので、今ご主人様は別荘で静養しています」
「別荘までもってるんですか!?」
「はい。海辺の避暑地にあります」
「なんて金持ち!?」
「凄いですね……」
「大したことではありませんよ」
「大したことですよ! 私なんかアパート暮らしで毎月家賃で生活が苦しいんですよ!!」
「それは苦労されていますね」
「そうでしょそうでしょ!」
「あの、かなみさん……」
翠華の自分を呼ぶ声で、かなみは我に返る。
「は、すみません。つい愚痴が……」
「構いませんよ。愚痴ならご主人様で慣れてますから」
「え、そうなんですか……」
翠華はなんとなく闇を感じた。
「それはともかくとして、何か解決できないでしょうか?」
「解決ですか……」
「阿方社長からはあなた方なら必ず解決できるとおっしゃっていましたから」
「ああ、そういうつながりなんですね……」
経緯としてはこの洋館の御主人がみあの父、阿方彼方に相談か依頼して、あるみに仕事して持ち掛けたのだろう。
「ご主人様からは甲冑の問題の解決にあたってくれるのであれば一晩泊めてくれと仰せつかっています」
「それで今回はお泊りだったんですね」
かなみは青ざめた顔で納得する。
「……お泊り、かなみさんと……」
翠華も改めて緊張する。
今は物言わない甲冑として佇んでいるけど、夜には動き出す。そんな怪談じみた問題の解決にかなみとあたらなければならないとなると気が重い。
(私が何が出来るんだろう……?)
意外なことに執事は御主人に連れ添うということで、洋館にはかなみと翠華の二人だけになった。
「こんな広いところで二人に過ごすなんて……」
かなみはぼやいたけど、翠華の方は内心助かったと思っている。この洋館の広さならかなみと距離もとれるし、落ち着けるからだ。
「まず夕食を作ってみましょうか?」
そんなわけで翠華は先輩らしい落ち着いた物腰で提案する。
客室と食堂、台所は自由に使ってよいと執事から言われている。台所には夕食に必要な材料はひとしきりあるとのことで至れり尽くせりであった。
「そうですね」
客室から執事から案内された台所へ向かう。
その際に、あの西洋甲冑が置かれている階段を通る。
「………………」
かなみはついつい西洋甲冑を見上げる。
西洋甲冑は相変わらず物静かに佇んでいる。とても動き出すような感じはしない。
――甲冑ですよ。ここに安置されているはずの甲冑が廊下に歩いてたんです。
執事の言葉を思い出す。
すると、甲冑は今にも動き出してきそうな気がしてくる。
(動かないわよね……?)
数秒ほど立ち止まってじぃっと見てみたけど、やっぱり動かなかった。
かなみはホッとする。
「動かないと仕事にならないんだけどね」
そんなかなみにマニィは釘をさすように言う。
そう言われてかなみはムッとする。
「言われなくてもわかってるわよ」
しかし、本音を言うとあの甲冑が動き出すところは怖くて見たくない。
見たくないのに見れなければならない。
また面倒な仕事になってしまった、と思わずにはいられなかった。
台所には大きな冷蔵庫があり、その中には肉や野菜がたっぷりあって、しかもレトルト食品まである。
「すごい! 充実してますね!」
かなみは目を輝かせる。
「ええ。ただこれだけいっぱいあると何を作ったらいいか……」
「確かに迷いますね」
「そうね……カレーなんてどうかしら?」
「いいですね! カレーには何を入れます? じゃがいも、にんじん、玉ねぎ……!」
「あと牛肉ね」
「ぎゅ、牛肉を食べていいんですか!?」
「好きに使っていいって言われてるからね」
「私、最後に牛肉食べたのがいつだったか思い出せないぐらい久しぶりなんです」
「あはは……それじゃ、お腹いっぱい食べましょう」
「はい!」
翠華は二人分の牛肉を取り出す。
「これだけあれば立派なカレーになりますね! あ、でも、肝心のルーがありませんね」
「そうだったわ……!」
かなみと翠華は冷蔵庫をくまなく探してみる。
「香辛料ならありますけど……」
「ルーは無いわね……」
さすがに香辛料の配合からはじめてルーを作るのは難易度が高すぎる。
「それじゃどうしましょう……」
「うーん、この材料ならビーフストロガノフなら作れそうだけど」
「ビーフ、ストロガノフ……?」
「学校の調理実習で作ったことがあるのよ」
「ええ、そうなんですか! それじゃ今夜はそれにしましょうよ!!」
「え、ええ……」
翠華はそう言いつつ、ウシィに相談する。
「学校の調理実習で作ったけど、分量とかよく覚えてないから」
「ウシシ、俺がサポートしてやるぜ」
「ありがとう、助かるわ」
「ウシシ、この借りは高くつくぜ」
「お礼に牛肉はどうかしら?」
「ウシシ、それじゃ共食になっちまうじゃねえか! やっぱ食うなら鶏肉だぜ」
「それ、トリィに言ったらなんて顔するかしらね」
「ウシシ、そいつは見ものだぜ」
「翠華さん、ウシィと何を話してるんですか?」
かなみが覗き込んでくる。
「え、あ、いや、ウシィが牛肉を食べるなんて妙な気分だぜって言ってきて」
「ウシィは牛ですものね。マニィだってネズミは食べませんよ」
「そもそも家庭に食用ネズミなんていないからね」
マニィがツッコミを入れる。
「それもそうね、フフ」
一同は笑う。
「さて、それじゃ作りましょうか」
「どうすればいいんですか?」
「そうね、かなみさんは缶詰を開けて」
「缶詰って? ホールトマトの?」
「そうそう、あら? 缶切りはどこかしら?」
「私探してみます」
「お願い。下ごしらえは私がしておくから」
「了解です」
かなみは缶切りを探し始める。
「ウシシ、上手くごまかせたな」
「余計なことを言わないの。それで牛肉はどれくらい必要なの?」
「ウシシ、二人分だろ? 大体百五十グラムってとこだな」
「ありがとう」
そんなやり取りをして、翠華は肉や野菜を切り、準備を整える。
「おかしいですね、缶切りがありませんよ」
かなみは台所の至る所を探してたけど、
「これで準備完了ね……」
「翠華さ~ん」
かなみは泣き言をいうように翠華へ寄る。
「ダメです、缶切りが見つかりません」
「そ、そう、困ったわね……」
翠華は視線を逸らす。
「ウシシシシ……」
翠華の肩に乗るウシィは人の悪い笑い声を上げる。
「そろそろ薄情しちまったほうがいいんじゃねえか」
「そうね」
ウシィが手に持っていた缶切りを翠華から受け取った。
「か、かなみさん……」
「はい」
「缶切りならここにあるわよ」
「え……」
「ごめんなさい、もう見つけてたんだけどあんまり一生懸命だから言い出せなくて」
嘘だった。
本当はウシィが缶切りを隠し持っていた。かなみに探させて遠ざけるためだ。その間に翠華はウシィから作り方を聞いて、的確に下ごしらえが出来た。
「そうだったんですか。ありがとうございます」
かなみは何の疑いも無くお礼を言う。
その様子を見て、翠華は罪悪感がこみ上げてきた。
(こうなったら、絶対に美味しいものをカナミさんに食べさせてあげなくちゃ!)
翠華は大いに張り切る。
「かなみさん、缶切りでこの缶詰を開けて」
しかし、あくまで平静を保ってかなみに指示を出す。
「はい!」
かなみは嬉々として缶詰の蓋を缶切りで開けようとする。
それで、翠華の方はフライパンに玉ねぎとマッシュルームで炒める。
「その次に牛肉を入れて……」
フライパンの中で具をかき混ぜる。
「かなみさん、トマトお願い」
「はい!」
かなみは言われた通り、開けた缶詰からポールトマトを投入する
「それにブイヨンを入れて煮込む」
「うわあ、おいしそうです!」
かなみは目を輝かせる。
そうして出来上がったビーフストロガノフをご飯に乗せる。
洋館の広い食堂で、翠華とかなみは夕食を食べる。
「おいしいです! これ、最高ですよ!!」
「そう、よかったわ」
かなみは満足顔でビーフストロガノフを頬張る。
「おかわりもたっぷりあるから!」
かなみのことを考えて、二人分でも多めに作っておいてよかったと翠華は思う。
「翠華さんって、彼氏にいつもこんな手料理を振る舞うんですね!」
「え、ええ……」
翠華は硬直する。
「こんなにおいしい料理を食べせてもらうなんて、彼氏さんは幸せものですね!」
「そ、そうね……」
翠華は困り顔で曖昧に返事をする。
「ウシシシ」
ウシィの笑い声がする。
(このビーフストロガノフを作ったのは調理実習以来だし、彼氏なんていないのに・・…)
翠華はそれを言い出せず、思い悩む。
「おいしい! おいしい!」
しかし、かなみが喜んで食べる姿を見ていると、言う勇気が持てなかった。
かなみはおかわりも十分に食べて、満足した状態で皿洗いをする。
「かなみさん、凄い食欲だったわね」
「そりゃ毎日粗末なものですからね」
「本当なら毎日私が作ってあげたいんだけど……」
翠華は思わず本音を漏らす。
「それはダメですよ! 翠華さんには彼氏がいるんですから!」
「え、ええ……」
「ウシシシ、いつになったらやらだな」
「ウシィ、お願いだから黙っててね」
「ウシシシ、肝に銘じておくぜ」
「口を滑らせたら、あなたをビーフストロガノフにしてやるわ」
「ウシシシ、そいつは勘弁だぜ」
ウシィは翠華の肩から降りて、流し場の陰に引っ込む。
「翠華さん、ウシィと何を話してたんですか?」
かなみは訊く。
「い、いいえ!? なんでもないわ!! 俺はビーフストロガノフにはなりたくないわ、とかそんなこと言ってただけよ!!」
「ああ、ウシィは牛ですからね! でも、マスコットって食べられるの?」
「そんなことはないよ。マスコットは魔力の塊だからね、仙人が霞を食べるようなものだよ」
「あら、そうなのね」
「もしかして、いざとなったらボクを食べようかって考えてなかった?」
「いざってときはね」
かなみは苦笑いして答える。
「か、勘弁して欲しいな」
マニィは半ば本気でそう言って、翠華の肩へ移る。
「あ、こら! 冗談に決まってるじゃない!」
「君が食べ物のことを言うと冗談に聞こえないよ」
「フフフ、二人は本当に息があってるのね」
そんなかなみとマニィのやり取りを見て、翠華は笑う。
「翠華さんとウシィの方がいいコンビだと思いますけど」
「そ、そうかしら……?」
翠華からしてみればかなみとマニィの方が魔法少女とマスコットとしてはベストコンビに思えてならなかった。
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