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第59話 内戦! 少女の目の敵は玩具? (Aパート)
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ある日、オフィスに入るとみあのデスクにダンボールが置かれていた。
「またいつもの?」
「そうみたいです」
先に来ていた紫織が答える。
かなみが「いつもの」というように、みあのデスクに唐突に届け物が置かれることはこのオフィスではさして珍しいことではなかった。
送り主は『アガルタ玩具』。全国にその名がしれたおもちゃ会社である。
そして、みあの父親・阿方彼方はそのアガルタ玩具の代表取締役。つまり、これは父親から娘への贈り物というわけだ。
(職場に送り付けてこなければ微笑ましい話なんだけど……)
しかし、思っていても口に出さないのがかなみの気遣いだった。
「まったくこんなものを職場に送り付けて! 家でわたせっつーの!」
「あ~……」
気遣いが台無しであった。
「それでどんな玩具、何ですか?」
紫織が訊いてみる。
「ま、いつも通りろくでもないでしょ」
「せっかくお父さん送ってくれたのに……」
「親父とは限らないでしょ」
みあはダンボールを開ける。
「いや、みあちゃんのお父さん以外ありえないでしょ」
何しろ、この会社一般の人には知られていない。小学生のみあや紫織を働かせてる時点で公になったら色々まずいから。
そんな会社で働いている小学生に贈り物を送り付けてくる人間なんて保護者以外ありえないのだ。
「おぉっ……」
みあは感嘆の声を漏らす。
ダンボールの中身は、プラモデルの完成キットであった。
「な、なんですか、これ?」
紫織は訊く。
「あんた、『超電銅機ギガンダー』を知らないの?」
みあはいきなり真顔になって訊き返す。
(私も随分前と同じようなこと言われたような……)
かなみは遠い昔を思い出すように明後日の方向を向く。
「超電銅機ギガンダー……うちの会社がスポンサーになってるテレビアニメなのよ」
「そう言われてみると、クラスの男子がハマっていたような……」
「クラスに二、三人ぐらいいる浸透度なのよね」
「え、うちの男子でハマっている子いなかったと思うけど」
「小学生と中学生じゃ、好みが違うものね」
「代わりに魔法少女が好きな男子がクラスに一人いるけど」
「……まあ、かなみのクラスメイトだからね」
「どういう意味!?」
理不尽な理由だった。
「ともかく、これはそのアニメのプラモよ」
「よくできてますね、このギガンダーって……」
紫織がそう言うと、みあはキィッと睨む。
「あんた、これはギガンダーじゃないわよ!」
「えぇ、そうなんですか?」
「これは弟分のメガンダーよ」
「お、弟……?」
これにはさすがのかなみも呆気にとられる。
「って、かなみは知ってるはずでしょ!?」
「えぇ……?」
「この前、録画見せてあげたじゃない!」
「ああ……ごめん。あれ、途中から寝ちゃってて……」
みあの眉間の筋が切れるような音が辺りに鳴った。
「かなみは出入り禁止……!」
「えぇ!? ごめん! ごめんみあちゃん! 出入り禁止になったら給料前どうやって過ごせばいいのよ!?」
かなみはみあにすがるように懇願する。
「かなみさんの生死はみあさんに握られているんですね」
紫織は容赦なく言う。
「ま、それは冗談として……」
冗談でよかった……と、かなみは心底ほっとする。
「これは最近アニメで出てきて、これからうちの会社で売り出す新商品なの」
「へえ、アニメと一緒に商品を出すんですね」
「そうした方が売れるのよ。人気が熱いうちに売れってね」
「みあちゃん、そういうところ社長って感じがするわね」
かなみは感心する。
「んで、これをあたしにどうしろって……?」
キットと一緒に添えられていた手紙を確認する。
「なんて書いてあったの?」
「これの造形に関してレポートを依頼する、ですって」
「れ、レポートですか?」
「ま、いつものことよ。子供目線の意見が欲しいって言うんでしょ」
「あ、なるほど」
二人は納得する。
「えっと、全体的に塗装がちゃっちいわね。アニメより色合いが薄いから印象が最悪よ。あと腕の関節が固いわ。可動領域をもっと広くしないと子供はその辺りは無理矢理動かすからすぐ壊れるわ。えっと、それから~それから~」
すらすらと品評を口にするみあにかなみと紫織は唖然とする。
「す、凄いです……」
「さすがね、みあちゃん」
ダン
オフィスの扉が開く。
「かなみ君とみあ君はいるかい?」
鯖戸が封筒を持って入ってきた。
「はい」
「いるけど、何?」
「――仕事だ」
二人が答えるやいなや、鯖戸は持ち掛けてくる。
「今回は二人でやってほしいと先方たっての依頼なんだ」
「私とみあちゃんが?」
「うわあ、いやな予感がするわね。誰なのよ、先方って?」
「それは機密事項で言えないんだ」
みあはため息をつく。
この会社に持ち込まれる魔法少女としての仕事を依頼してくる人間に関しては基本的に機密になっている。それでもあえて聞いたのはある種の様式美というものだ。
「まあ心当たりはあるけどね」
「え、あるの?」
「一応ね。んで、依頼内容は?」
「簡単に言うと、怪人の諍いの立会人だ」
「た、たちあいにん?」
聞きなれない単語にかなみは戸惑う。
「なにそれ?」
「言葉のままの意味だよ。
まあ、簡単に言うと怪人同士が縄張り争いで小規模の戦争をするから周囲に被害が出ないよう見守る役目だ」
「なんで、私がそんなことを?」
「それは……行ってみればわかる」
鯖戸はそれだけ言って地図を渡す。
「みあちゃん、どうする?」
「めんどくさそうね……あ、でも、これって……」
みあは地図の場所を確認して気づく。
「これ、うちの会社の工場の近くじゃない」
そんなわけで、アガルタのおもちゃ工場にやってきた。
「ああ、みあちゃん。よく来てくれたね。今日は見学かい?」
入り口で警備員に呼び止められる。
「ええ、こいつがどうしても見学したいっていうから」
「別に私はどうしても、なんて言ってないけど……」
かなみは苦笑いする。
「はい、見学者用のIDカード。無くさないようにね」
警備員はみあとかなみにそれぞれ渡す。
「ありがとうございます」
いい人だな、と手を振って見送る警備員を見て思った。
「凄く簡単に入れたね」
「ま、あたしがいるからね」
「さすが社長令嬢ね。でも、本人確認ぐらいするんじゃないの?」
名乗らずとも向こうから阿方みあだとわかっていた。おかげで余計な説明をせずにすんだのだが。
「ここの警備員の最初の仕事があたしを顔パスで通せるように顔を覚えることなんだって」
「なにそれ!?」
「まったく親父はおかしなことばっかさせて! 普通社長が先でしょ、優先順位ってものを考えなさい」
「そういう問題なのかしら?」
どっちもどっちだと、かなみは思った。
「あ……あっち、あっち!」
みあがどんどん見学者用通路から外れて関係者通路に入っていく。
そのあまりの迷いの無さのおかげでかなみも不安は無かった。
「まるで大豪邸を歩いてるみたい」
みあが社長令嬢だからそんな感じがする。
「殺風景すぎるでしょ」
そういうわけで、ギガンダーのプレモデルのパッケージが並ぶ場所まで来た。
「おお!」
みあは目を輝かせる。
「みあちゃん、こういうの」
「ば、バカ言ってるんじゃないわよ。あたしがこんなの好きなわけないでしょ!」
「またまた~」
かなみはやんわりと否定する。みあのこういう反応は慣れているからだ。
そうこうしているうちにパッケージはリフトに運ばれていき、作業員がかなみ達の存在に気づく。
「君達、ここは見学していい場所じゃないんだよ」
「あ、私達は……」
かなみは関係者のIDカードを見せようとする。
「あ、この子達はいいんだよ」
「主任?」
後ろからやってきた主任と呼ばれた人が作業員に説明する。
「失礼しました!」
説明を聞いた作業員は、みあに向かって恭しく礼をする。
「あ~そういうのいいから」
みあは面倒そうに言う。
(作業員には覚えさせていないのね)
「いやあ、すみませんね。こいつ、人の顔を覚えるのが苦手ね」
「あたしも人の顔覚えるの苦手よ。あんた、前に会ったけ?」
「うーん、随分前に一度ね。ギガンダーのプラモを生産したばかりの頃、だったかな」
「ああ、そんなこともあったわね」
「その時も今日みたいに目を輝かせていたね」
「べ、別に輝かせてなんかいないわよ!!」
かなみはフフッと笑う。
「あたしが来たのはこれよ。メガンダーの試作品のレポート!」
みあは主任にレポート用紙を渡す。
「ああ、どうもありがとう。参考にさせてもらうよ」
これがわざわざ工場に足を運んだ理由だ。
みあの仕事はおもちゃの送り付けられている製品の品評をレポートで提出している。
(本当はもうメールでお父さんに返してるんだけど……)
直接開発主任に届けなくちゃ気が済まない。というのがみあの主張であった。
それが建前であることは、かなみも何となく察していた。
本音は工場でプラモデルが出来上がっているところを見てみたい。という至極単純な理由なのだろう、と。
「ところで、メガンダーはいつ頃市場に出る予定なの? もうアニメには出てるんだから早くしないと売り上げに悪影響が出るわよ」
「それは承知しているんだけど、人気アニメのグッズだからね。粗悪なものを世に出すわけにいかないんだよ。あと一回チェックを通してオーケーが出たらってところまではこぎつけたんだけど」
「なんだ、もう一息じゃない」
「ここからが大変なんだよ」
「ふうん。ま、期待してるわよ」
「社長令嬢に期待をかけてもらえるなんて光栄だ」
(お世辞が上手いわね……)
かなみは主任に対して感心する。
「さ、用は済んだからもう行くわよ」
「もういくの?」
「遊びに来たわけじゃないのよ」
「え……?」
思ってもみなかった一言に、かなみはキョトンとする。
「みあちゃんは真面目よね」
工場を出ても前を歩くみあに対してかなみは言う。
「な、なによ、いきなり!?」
「思ったこと言っただけよ」
「冗談休み休み言いなさいよ。あたしが真面目なわけないじゃない」
「そ、そうかしら……? ちゃんとレポートも書いて、主任さんも感心してたじゃない?」
「あたしが社長令嬢だから耳を傾けてくれるのよ。そうじゃなかったら子供の戯言よ」
みあは先へ進む。
「やっぱり真面目じゃない」
かなみはぼやく。
「さ、着いたわよ」
おもちゃ工場の近くにある空き地。そこが今回の目的地。
「ここで怪人達が戦争でも始めるっていうのが信じられないわね」
かなみが言うように、空き地は静かで人っ子一人どころか虫一匹いない感じがする。
「本当にここなの?」
マニィに訊いてみる。
「間違いないよ。ボクのナビは正確だって君も知ってるだろ」
「大体縄張り争いって何なのよ?」
「私も詳しく知らないんだけど……今関東支部長って不在みたいだから、誰が支部長になるかで争ってるみたいなの」
それを聞いて、みあは苦い顔をする。
「えぇ、何それ? ようするにあたしらはそのとばっちりくってるわけ?」
「う……そうなのよね……いい迷惑だけど」
「でも、あんたはありがたいんじゃないの。そういう仕事が回ってきてボーナス入るんだから」
「みあちゃん、それを言っちゃダメよ……」
怪人がいるから仕事が回ってくる。
なんというか、こう考えると怪人に生活を支えてもらっているような気さえしてくる。深く考えない方が幸せかもしれない、とかなみはそこで思考を放棄している。
「とはいっても、それで普通の人達に迷惑をかけるんだったら黙っていられないわよ」
「あんたも大概真面目じゃない」
みあはぼやく。
「真面目で大損するタイプよね」
「なんで!?」
「実際損ばっかしてるじゃない」
「うぅ……そうだけど、そうだけど……」
かなみはいじける。
「ハァハァ、お嬢は容赦がないぜ」
ホミィは鼻息は荒く。
「いつ戦争が始まるのかわからないんだから、かなみでもからかってないとやってられないのよ」
「私はみあちゃんの暇つぶしの道具じゃないわよ!」
「じゃあ、退屈しのぎの道具?」
「意味かわらないんだけど!!」
かなみの頭上でリュミィが楽し気にヒラヒラと飛ぶ。
「ああ、いつ戦争が始まるかっていうのは一応わかってるんだよ」
マニィがとんでもないことを言ってくる。
「「えぇ!?」」
「この依頼書には一応十九時開戦予定だって」
今は一八時三十分。
「もうすぐじゃないの。っていうか、なんで時間をちゃんと決めてるわけ?」
「そういう取り決めをしているらしい。詳しくはわからないけど」
「どういう取り決めよ?」
「まあ、時間がはっきり決まってるのは助かるわね」
「あんたはゲンキンよね……」
みあは呆れる。
「っていうか、三十分前だっていうんなら怪人の一人や二人ぐらい、もう来てもいいんじゃないの! 三十分前行動!!」
「三十分前ははやすぎよ」
「まあ、今回は怪人退治じゃないからね。ノコノコやってきた怪人を倒すような真似はしなくていいよ」
「マニィ、なんだか物騒ね……でも、そもそも立会人って何をやればいいの?」
「お互い正々堂々と戦うか見張ることだけど、今回は怪人達が周囲に被害を及ばさないように見張ることだね」
「め、面倒ね……」
みあは明らかに嫌そうな顔をする。
「私もそういうの苦手かな。翠華さんの方が器用にできそうなんだけど、なんで私なのかしら……?」
おもちゃ工場が近くにあるみあなら一応地の利があるのだろうけど、何故かなみが指名されたのかわからない。周囲への被害だったら、いつもはかなみが与える側だというのに。
「その理由はいずれわかるだろうね」
「何よ、もったいぶらないでよ。なんで私なのよ?」
かなみはマニィへ問い詰める。
「あ、怪人がやってきた」
「ごまかさないでよ!」
「いや、本当に来たわよ」
「えぇ?」
そう言われて、かなみはみあの視線を合わせる。
ドスンドスン
ガサゴサ
カサカサ
様々な足音を立てて、怪人達がやってくる。
先頭に立っているのは、純白で十本の触手を持ったイカ怪人だった。
「ざっと三十……」
「片方の勢力がやってきたね。イカ怪人ジュウソク率いる白の勢力だよ」
「あのイカみたいな奴がボスってことね。そんなに強くないかも……」
かなみはイカ怪人を見て素直にそう思う。
「ま、幹部連中ほどって、わけじゃないわね。もうかたっぽも同じくらいなのかしら……?」
「あ、そうこうしているうちにそのかたっぽがやってきたよ」
反対方向から同じ数だけの怪人達がやってくる。
こちらの先頭に立っていたのは、真紅に光る八本の触手を持ったタコ怪人だった。
「あれがタコ怪人ハチダコ率いる赤の勢力だよ」
「赤と白で紅白ね……歌合戦でもしてればいいのに……」
みあはぼやく。
「現時刻・十八時五十分……きっちり十分前行動だね」
「妙なところで真面目なのね……」
かなみは呆れる。
悪の秘密結社が真面目に十分前行動なんて考えただけでおかしい。
そして、その十分前行動の結果、二つの怪人の勢力が睨み合う。
「ハチダコ、今日こそ決着をつけてやる!!」
「ジュウソク、俺が引導を渡してやるわぁぁッ!!」
お互いのリーダーのメンチ切りから始まる。
「まるでヤンキーの抗争ね」
みあはぼやく。
「縄張り争いというか勢力争いだから、似たようなものになるんじゃないかな……」
かなみも苦笑する。
「というより、君達の仕事もこれからだよ」
「だから、立会人ってどうすればいいのよ?」
「とりあえず、変身して名乗り上げれば立会人だよ」
「そんないい加減な……!」
「ま、名乗り上げないと始まらないでしょ」
意外にもみあは乗り気でコインを取り出す。
「しょ、しょうがないわね……」
かなみも他にいい案があるわけでもないから、とコインを取り出す。
「「マジカルワークス!!」」
黄と赤の魔法少女が降り立つ。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
二人が名乗りを上げると、怪人達はそちらを注目する。
「「魔法少女カナミ、だと……!?」」
ジュウソクとハチダコが驚きの声を上げる。
オオオォォォォォォォッ!!
その直後に、取り巻きの怪人が悲鳴にも似た絶叫を響かせる。
「あ、あれが悪名高き魔法少女カナミ!?」
「なんで、こんなところに来てるんだよ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ、俺達おしまいだぁぁぁぁぁぁッ!!」
そのコメントの数々にカナミは呆気にとられる。
「あ、悪名……?」
「なんでみんな、あんた見てビビってんのよ?」
「わ、私に聞かれても……」
怪人に恐れられる心当たりなんて全くない。
「三幹部を全員葬り、あまつさえバッタイをも倒したってよ!」
「しかも、敵対した怪人残らず容赦なく消し去っているって話だぜ!」
「俺、金の為だったら何千何万の怪人を狩りつくすってきいたぜ!!」
「な、なんて恐ろしい……! 俺達も葬り去られるってことかぁぁぁッ!!」
「ギィヤァァァァァァァァッ!?」
怪人達は悲鳴を上げる。
「…………え?」
「根も葉もある噂話ばかりだね」
「ないわよ!」
カナミはマニィへ突っ込む。
「でも、幹部二人を倒したのは本当のことだよ」
「全員葬ったわけじゃない!」
「これまで結構な数の怪人を倒してきたよね」
「何千何万は盛りすぎでしょ!」
「わりと情け容赦なかったよね」
「い、一応情けとか容赦とかしてたから!」
「噂って尾ひれがつくものだからね。名前が売れてよかったじゃない」
ミアは楽し気に言う。
「私には一文の得になってないから!」
「フフッ、貧乏くじね」
「ミアちゃん、笑わないで!!」
恐れる怪人達を尻目に言い争う。
「あ~、二人とも。仕事を忘れないで」
マニィの一言で怪人達の存在を思い出す。
「なるほどね。カナミが立会人に選ばれるわけね」
ミアは納得する。
「うぅ……こんなの、全然うれしくない……!」
「ほらほら、立会人なんだからちゃんとしきりなさいよ。悪名高き魔法少女カナミちゃん♪」
「あーーー!!」
しょげているところへミアに煽られて、やけくそになる。
「あんた達! 人様に迷惑かけたら承知しないわよ!! もし迷惑なんてかけたらこのステッキで容赦なく倒してやるから!!」
ステッキを乱暴にぶん回して警告する。
ヒ、ヒィィィィィィッ!!
まさしく噂を彷彿とさせるような恐ろし気な姿に、怪人達は悲鳴を上げる。
「く、恐ろしいぜ」
「噂に違わぬ姿だ」
「なあ、ジュウソク?」
「言うな、ハチダコ」
ジュウソクが何かを提案しようとしていたが、ハチダコはこれを拒否する。
そのやり取りには敵対関係にありつつも、意思の疎通が図れるほどの信頼があった。
「今日はお前と戦う日と決めているからな、あの魔法少女カナミは俺達を倒しにきたわけじゃねえんだろ?」
「立会人……そう言っていたが」
「そうよ」
二人の怪人のやり取りを聞き取ったミアが肯定する。
「あたしらはあんた達の戦いの立会人。周りに被害を出さなければ手出しはしないわ!」
「ただし、被害出したら容赦しないから!!」
カナミの恫喝に一歩たじろぐが、それでも二人の言葉を真に受けたのか、ジュウソクとハチダコは互いに顔を見合わせる。
「というわけのようだ」
「それだったら、心おきなくやってやるか!」
ジュウソクは気合を漲らせ、十本の触手をウネウネさせる。
「きっも……」
ミアはドン引きする。
「おうとも!」
そんなこと気にせず、ハチダコも呼応して八本の触手を唸らせる。
「今日こそ決着をつけてやる!」
「いくぜ、オラァァァァァッ!!」
ジュウソクとハチダコが激突する。
それが開戦のゴングとなって、合計六十体あまりの怪人が戦いを始まる。
オオオォォォォォォォッ!
怪人達の怒声と悲鳴が沸き上がり、見るもおぞましい戦争であった。
ガシィ!!
ジュウソクとハチダコの八本の触手が絡み合う。
「やるじゃねえか!」
「フン!」
ギシギシと激しい音を立てる。
「だがぁぁぁぁッ!」
ジュウソクは雄たけびを上げる。
「俺の方がてめえより二本触手がオオォォォォォイィィィィィィッ!!」
ジュウソクの残った二本の触手ハチダコに襲い掛かる。
「ヌゥゥゥゥゥゥンガァァァァァァッ!!」
しかし、ハチダコは八本の触手へ筋を立てて、気合の一声で投げ飛ばす。
「その分、俺の方がパワーがあるんだよぉぉぉぉぉッ!!」
「ぐおッ!?」
ジュウソクは叩きつけられる。
しかし、ただではやられない。残った二本の触手がハチダコの両肩をはたく。
「チィッ! やるじゃねえか!」
「お前こそ!!」
ジュウソクとハチダコ。苛烈な戦いを繰り広げつつも、お互いを認め合っていた。
「ライバルってやつね」
ミアはスポーツ観戦のように楽しく二人の戦いを見る。
「さっきまで触手がウネウネで気持ち悪いって言ってたのに」
かなみがぼやくと、みあはムッとする。
「……うるさいわね、見張ってなくていいの?」
ドスン! ボゴン!!
爆音のような打音が鳴り、砂煙が上がる。
「ああ!」
これで近隣の民家をちょっとでも壊すようなことがあったら、この仕事は失敗。ボーナスは一切もらえない。
空き地の中央で戦っているジュウソクとハチダコなら問題ないが、周囲を取り巻く怪人達はその限りではない。
ドォォォォン!!
爆発が起きる。
民家と空き地のしきりとなっているブロック塀にまで爆風が届く。
「うわ、きゃあッ!!」
カナミも悲鳴を上げる。
「あんた達、戦ってるんじゃないわよぉぉぉぉッ!!」
怒声を上げて注意するが、血走り闘志を迸らせて戦う怪人達の耳には届いていない。
「この乱戦じゃ、声が届かないわね」
ミアは愉快気に言う。
「くう~~!」
「どうするの? ちょっとでも民家が壊れたら、あんたボーナスが貰えないわよ」
「マニィ?」
「ん、なんだい?」
次の瞬間、カナミは妙に落ち着いた声で訊く。
「立会人が手出ししても、この仕事いいのよね?」
「……別に問題ないよ」
マニィは即答し、カナミは飛び出す。
「いや、いいのそれって?」
ミアは真面目に訊く。
バァァァァァァァン!!
魔法弾の爆音とともに怪人達の悲鳴を上げる。
「社長曰く『戦争の立会人するぐらいだったらいっそ全滅させればいいのよ』だって」
「あ~」
いかにもあるみが言いそうなことだ、とミアは納得する。
バァァァァァァァン!!
魔法弾で怪人達が蹴散らされる。
「なに!」
カナミの介入に気づいたジュウソクやハチダコは戦いを止める。
「てめえ、立会人じゃなかったのか!」
「よくも俺の部下をぉぉぉッ!!」
ジュウソクは怒り、カナミへ敵意を向ける。
「私、言ったわよね? 人様に迷惑かけたら承知しないって!」
カナミの怒気にジュウソクとハチダコはたじろぐ。
「ぬ、ぐぅ……!」
「……今日のところはここまでだ!」
ハチダコは部下の怪人達へ呼びかける。
「撤退だ!」
「くそ、仕方ねえ、退けぃッ!!」
リーダーであるジュウソクとハチダコの号令で怪人達は戦いを止め、蜘蛛の巣を散らすように去っていく。
「覚えてやがれ、魔法少女カナミ!」
「この借りはきっちり返してやるぜ!」
最後に残ったジュウソクとハチダコはそれぞれ捨て台詞を残して撤退する。
「……すんごい三流悪党のお決まり台詞ね」
ミアは呆れて言う。
「よし、これで戦争は終わったわ!」
カナミはガッツポーズを取る。
「さあ、ボーナスよ! ボーナス!」
カナミは飛び上がって大喜びする。
「うーん、なんだか納得がいかないわね」
「どうして?」
「あの怪人達がこのまま大人しくなるような気がしないのよ」
ミアがそんなことを言うと、嫌なことを起こる。そんな気がするほどミアの直感は侮れない。
「お、大人しくも何も、戦争の立会人の仕事は完了したんじゃないの?」
「完了したんじゃなくて、中断させたっていった方が正しいんじゃないの?」
「う……!」
ミアの言うことの方が正しいように聞こえた。
「またいつもの?」
「そうみたいです」
先に来ていた紫織が答える。
かなみが「いつもの」というように、みあのデスクに唐突に届け物が置かれることはこのオフィスではさして珍しいことではなかった。
送り主は『アガルタ玩具』。全国にその名がしれたおもちゃ会社である。
そして、みあの父親・阿方彼方はそのアガルタ玩具の代表取締役。つまり、これは父親から娘への贈り物というわけだ。
(職場に送り付けてこなければ微笑ましい話なんだけど……)
しかし、思っていても口に出さないのがかなみの気遣いだった。
「まったくこんなものを職場に送り付けて! 家でわたせっつーの!」
「あ~……」
気遣いが台無しであった。
「それでどんな玩具、何ですか?」
紫織が訊いてみる。
「ま、いつも通りろくでもないでしょ」
「せっかくお父さん送ってくれたのに……」
「親父とは限らないでしょ」
みあはダンボールを開ける。
「いや、みあちゃんのお父さん以外ありえないでしょ」
何しろ、この会社一般の人には知られていない。小学生のみあや紫織を働かせてる時点で公になったら色々まずいから。
そんな会社で働いている小学生に贈り物を送り付けてくる人間なんて保護者以外ありえないのだ。
「おぉっ……」
みあは感嘆の声を漏らす。
ダンボールの中身は、プラモデルの完成キットであった。
「な、なんですか、これ?」
紫織は訊く。
「あんた、『超電銅機ギガンダー』を知らないの?」
みあはいきなり真顔になって訊き返す。
(私も随分前と同じようなこと言われたような……)
かなみは遠い昔を思い出すように明後日の方向を向く。
「超電銅機ギガンダー……うちの会社がスポンサーになってるテレビアニメなのよ」
「そう言われてみると、クラスの男子がハマっていたような……」
「クラスに二、三人ぐらいいる浸透度なのよね」
「え、うちの男子でハマっている子いなかったと思うけど」
「小学生と中学生じゃ、好みが違うものね」
「代わりに魔法少女が好きな男子がクラスに一人いるけど」
「……まあ、かなみのクラスメイトだからね」
「どういう意味!?」
理不尽な理由だった。
「ともかく、これはそのアニメのプラモよ」
「よくできてますね、このギガンダーって……」
紫織がそう言うと、みあはキィッと睨む。
「あんた、これはギガンダーじゃないわよ!」
「えぇ、そうなんですか?」
「これは弟分のメガンダーよ」
「お、弟……?」
これにはさすがのかなみも呆気にとられる。
「って、かなみは知ってるはずでしょ!?」
「えぇ……?」
「この前、録画見せてあげたじゃない!」
「ああ……ごめん。あれ、途中から寝ちゃってて……」
みあの眉間の筋が切れるような音が辺りに鳴った。
「かなみは出入り禁止……!」
「えぇ!? ごめん! ごめんみあちゃん! 出入り禁止になったら給料前どうやって過ごせばいいのよ!?」
かなみはみあにすがるように懇願する。
「かなみさんの生死はみあさんに握られているんですね」
紫織は容赦なく言う。
「ま、それは冗談として……」
冗談でよかった……と、かなみは心底ほっとする。
「これは最近アニメで出てきて、これからうちの会社で売り出す新商品なの」
「へえ、アニメと一緒に商品を出すんですね」
「そうした方が売れるのよ。人気が熱いうちに売れってね」
「みあちゃん、そういうところ社長って感じがするわね」
かなみは感心する。
「んで、これをあたしにどうしろって……?」
キットと一緒に添えられていた手紙を確認する。
「なんて書いてあったの?」
「これの造形に関してレポートを依頼する、ですって」
「れ、レポートですか?」
「ま、いつものことよ。子供目線の意見が欲しいって言うんでしょ」
「あ、なるほど」
二人は納得する。
「えっと、全体的に塗装がちゃっちいわね。アニメより色合いが薄いから印象が最悪よ。あと腕の関節が固いわ。可動領域をもっと広くしないと子供はその辺りは無理矢理動かすからすぐ壊れるわ。えっと、それから~それから~」
すらすらと品評を口にするみあにかなみと紫織は唖然とする。
「す、凄いです……」
「さすがね、みあちゃん」
ダン
オフィスの扉が開く。
「かなみ君とみあ君はいるかい?」
鯖戸が封筒を持って入ってきた。
「はい」
「いるけど、何?」
「――仕事だ」
二人が答えるやいなや、鯖戸は持ち掛けてくる。
「今回は二人でやってほしいと先方たっての依頼なんだ」
「私とみあちゃんが?」
「うわあ、いやな予感がするわね。誰なのよ、先方って?」
「それは機密事項で言えないんだ」
みあはため息をつく。
この会社に持ち込まれる魔法少女としての仕事を依頼してくる人間に関しては基本的に機密になっている。それでもあえて聞いたのはある種の様式美というものだ。
「まあ心当たりはあるけどね」
「え、あるの?」
「一応ね。んで、依頼内容は?」
「簡単に言うと、怪人の諍いの立会人だ」
「た、たちあいにん?」
聞きなれない単語にかなみは戸惑う。
「なにそれ?」
「言葉のままの意味だよ。
まあ、簡単に言うと怪人同士が縄張り争いで小規模の戦争をするから周囲に被害が出ないよう見守る役目だ」
「なんで、私がそんなことを?」
「それは……行ってみればわかる」
鯖戸はそれだけ言って地図を渡す。
「みあちゃん、どうする?」
「めんどくさそうね……あ、でも、これって……」
みあは地図の場所を確認して気づく。
「これ、うちの会社の工場の近くじゃない」
そんなわけで、アガルタのおもちゃ工場にやってきた。
「ああ、みあちゃん。よく来てくれたね。今日は見学かい?」
入り口で警備員に呼び止められる。
「ええ、こいつがどうしても見学したいっていうから」
「別に私はどうしても、なんて言ってないけど……」
かなみは苦笑いする。
「はい、見学者用のIDカード。無くさないようにね」
警備員はみあとかなみにそれぞれ渡す。
「ありがとうございます」
いい人だな、と手を振って見送る警備員を見て思った。
「凄く簡単に入れたね」
「ま、あたしがいるからね」
「さすが社長令嬢ね。でも、本人確認ぐらいするんじゃないの?」
名乗らずとも向こうから阿方みあだとわかっていた。おかげで余計な説明をせずにすんだのだが。
「ここの警備員の最初の仕事があたしを顔パスで通せるように顔を覚えることなんだって」
「なにそれ!?」
「まったく親父はおかしなことばっかさせて! 普通社長が先でしょ、優先順位ってものを考えなさい」
「そういう問題なのかしら?」
どっちもどっちだと、かなみは思った。
「あ……あっち、あっち!」
みあがどんどん見学者用通路から外れて関係者通路に入っていく。
そのあまりの迷いの無さのおかげでかなみも不安は無かった。
「まるで大豪邸を歩いてるみたい」
みあが社長令嬢だからそんな感じがする。
「殺風景すぎるでしょ」
そういうわけで、ギガンダーのプレモデルのパッケージが並ぶ場所まで来た。
「おお!」
みあは目を輝かせる。
「みあちゃん、こういうの」
「ば、バカ言ってるんじゃないわよ。あたしがこんなの好きなわけないでしょ!」
「またまた~」
かなみはやんわりと否定する。みあのこういう反応は慣れているからだ。
そうこうしているうちにパッケージはリフトに運ばれていき、作業員がかなみ達の存在に気づく。
「君達、ここは見学していい場所じゃないんだよ」
「あ、私達は……」
かなみは関係者のIDカードを見せようとする。
「あ、この子達はいいんだよ」
「主任?」
後ろからやってきた主任と呼ばれた人が作業員に説明する。
「失礼しました!」
説明を聞いた作業員は、みあに向かって恭しく礼をする。
「あ~そういうのいいから」
みあは面倒そうに言う。
(作業員には覚えさせていないのね)
「いやあ、すみませんね。こいつ、人の顔を覚えるのが苦手ね」
「あたしも人の顔覚えるの苦手よ。あんた、前に会ったけ?」
「うーん、随分前に一度ね。ギガンダーのプラモを生産したばかりの頃、だったかな」
「ああ、そんなこともあったわね」
「その時も今日みたいに目を輝かせていたね」
「べ、別に輝かせてなんかいないわよ!!」
かなみはフフッと笑う。
「あたしが来たのはこれよ。メガンダーの試作品のレポート!」
みあは主任にレポート用紙を渡す。
「ああ、どうもありがとう。参考にさせてもらうよ」
これがわざわざ工場に足を運んだ理由だ。
みあの仕事はおもちゃの送り付けられている製品の品評をレポートで提出している。
(本当はもうメールでお父さんに返してるんだけど……)
直接開発主任に届けなくちゃ気が済まない。というのがみあの主張であった。
それが建前であることは、かなみも何となく察していた。
本音は工場でプラモデルが出来上がっているところを見てみたい。という至極単純な理由なのだろう、と。
「ところで、メガンダーはいつ頃市場に出る予定なの? もうアニメには出てるんだから早くしないと売り上げに悪影響が出るわよ」
「それは承知しているんだけど、人気アニメのグッズだからね。粗悪なものを世に出すわけにいかないんだよ。あと一回チェックを通してオーケーが出たらってところまではこぎつけたんだけど」
「なんだ、もう一息じゃない」
「ここからが大変なんだよ」
「ふうん。ま、期待してるわよ」
「社長令嬢に期待をかけてもらえるなんて光栄だ」
(お世辞が上手いわね……)
かなみは主任に対して感心する。
「さ、用は済んだからもう行くわよ」
「もういくの?」
「遊びに来たわけじゃないのよ」
「え……?」
思ってもみなかった一言に、かなみはキョトンとする。
「みあちゃんは真面目よね」
工場を出ても前を歩くみあに対してかなみは言う。
「な、なによ、いきなり!?」
「思ったこと言っただけよ」
「冗談休み休み言いなさいよ。あたしが真面目なわけないじゃない」
「そ、そうかしら……? ちゃんとレポートも書いて、主任さんも感心してたじゃない?」
「あたしが社長令嬢だから耳を傾けてくれるのよ。そうじゃなかったら子供の戯言よ」
みあは先へ進む。
「やっぱり真面目じゃない」
かなみはぼやく。
「さ、着いたわよ」
おもちゃ工場の近くにある空き地。そこが今回の目的地。
「ここで怪人達が戦争でも始めるっていうのが信じられないわね」
かなみが言うように、空き地は静かで人っ子一人どころか虫一匹いない感じがする。
「本当にここなの?」
マニィに訊いてみる。
「間違いないよ。ボクのナビは正確だって君も知ってるだろ」
「大体縄張り争いって何なのよ?」
「私も詳しく知らないんだけど……今関東支部長って不在みたいだから、誰が支部長になるかで争ってるみたいなの」
それを聞いて、みあは苦い顔をする。
「えぇ、何それ? ようするにあたしらはそのとばっちりくってるわけ?」
「う……そうなのよね……いい迷惑だけど」
「でも、あんたはありがたいんじゃないの。そういう仕事が回ってきてボーナス入るんだから」
「みあちゃん、それを言っちゃダメよ……」
怪人がいるから仕事が回ってくる。
なんというか、こう考えると怪人に生活を支えてもらっているような気さえしてくる。深く考えない方が幸せかもしれない、とかなみはそこで思考を放棄している。
「とはいっても、それで普通の人達に迷惑をかけるんだったら黙っていられないわよ」
「あんたも大概真面目じゃない」
みあはぼやく。
「真面目で大損するタイプよね」
「なんで!?」
「実際損ばっかしてるじゃない」
「うぅ……そうだけど、そうだけど……」
かなみはいじける。
「ハァハァ、お嬢は容赦がないぜ」
ホミィは鼻息は荒く。
「いつ戦争が始まるのかわからないんだから、かなみでもからかってないとやってられないのよ」
「私はみあちゃんの暇つぶしの道具じゃないわよ!」
「じゃあ、退屈しのぎの道具?」
「意味かわらないんだけど!!」
かなみの頭上でリュミィが楽し気にヒラヒラと飛ぶ。
「ああ、いつ戦争が始まるかっていうのは一応わかってるんだよ」
マニィがとんでもないことを言ってくる。
「「えぇ!?」」
「この依頼書には一応十九時開戦予定だって」
今は一八時三十分。
「もうすぐじゃないの。っていうか、なんで時間をちゃんと決めてるわけ?」
「そういう取り決めをしているらしい。詳しくはわからないけど」
「どういう取り決めよ?」
「まあ、時間がはっきり決まってるのは助かるわね」
「あんたはゲンキンよね……」
みあは呆れる。
「っていうか、三十分前だっていうんなら怪人の一人や二人ぐらい、もう来てもいいんじゃないの! 三十分前行動!!」
「三十分前ははやすぎよ」
「まあ、今回は怪人退治じゃないからね。ノコノコやってきた怪人を倒すような真似はしなくていいよ」
「マニィ、なんだか物騒ね……でも、そもそも立会人って何をやればいいの?」
「お互い正々堂々と戦うか見張ることだけど、今回は怪人達が周囲に被害を及ばさないように見張ることだね」
「め、面倒ね……」
みあは明らかに嫌そうな顔をする。
「私もそういうの苦手かな。翠華さんの方が器用にできそうなんだけど、なんで私なのかしら……?」
おもちゃ工場が近くにあるみあなら一応地の利があるのだろうけど、何故かなみが指名されたのかわからない。周囲への被害だったら、いつもはかなみが与える側だというのに。
「その理由はいずれわかるだろうね」
「何よ、もったいぶらないでよ。なんで私なのよ?」
かなみはマニィへ問い詰める。
「あ、怪人がやってきた」
「ごまかさないでよ!」
「いや、本当に来たわよ」
「えぇ?」
そう言われて、かなみはみあの視線を合わせる。
ドスンドスン
ガサゴサ
カサカサ
様々な足音を立てて、怪人達がやってくる。
先頭に立っているのは、純白で十本の触手を持ったイカ怪人だった。
「ざっと三十……」
「片方の勢力がやってきたね。イカ怪人ジュウソク率いる白の勢力だよ」
「あのイカみたいな奴がボスってことね。そんなに強くないかも……」
かなみはイカ怪人を見て素直にそう思う。
「ま、幹部連中ほどって、わけじゃないわね。もうかたっぽも同じくらいなのかしら……?」
「あ、そうこうしているうちにそのかたっぽがやってきたよ」
反対方向から同じ数だけの怪人達がやってくる。
こちらの先頭に立っていたのは、真紅に光る八本の触手を持ったタコ怪人だった。
「あれがタコ怪人ハチダコ率いる赤の勢力だよ」
「赤と白で紅白ね……歌合戦でもしてればいいのに……」
みあはぼやく。
「現時刻・十八時五十分……きっちり十分前行動だね」
「妙なところで真面目なのね……」
かなみは呆れる。
悪の秘密結社が真面目に十分前行動なんて考えただけでおかしい。
そして、その十分前行動の結果、二つの怪人の勢力が睨み合う。
「ハチダコ、今日こそ決着をつけてやる!!」
「ジュウソク、俺が引導を渡してやるわぁぁッ!!」
お互いのリーダーのメンチ切りから始まる。
「まるでヤンキーの抗争ね」
みあはぼやく。
「縄張り争いというか勢力争いだから、似たようなものになるんじゃないかな……」
かなみも苦笑する。
「というより、君達の仕事もこれからだよ」
「だから、立会人ってどうすればいいのよ?」
「とりあえず、変身して名乗り上げれば立会人だよ」
「そんないい加減な……!」
「ま、名乗り上げないと始まらないでしょ」
意外にもみあは乗り気でコインを取り出す。
「しょ、しょうがないわね……」
かなみも他にいい案があるわけでもないから、とコインを取り出す。
「「マジカルワークス!!」」
黄と赤の魔法少女が降り立つ。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
二人が名乗りを上げると、怪人達はそちらを注目する。
「「魔法少女カナミ、だと……!?」」
ジュウソクとハチダコが驚きの声を上げる。
オオオォォォォォォォッ!!
その直後に、取り巻きの怪人が悲鳴にも似た絶叫を響かせる。
「あ、あれが悪名高き魔法少女カナミ!?」
「なんで、こんなところに来てるんだよ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ、俺達おしまいだぁぁぁぁぁぁッ!!」
そのコメントの数々にカナミは呆気にとられる。
「あ、悪名……?」
「なんでみんな、あんた見てビビってんのよ?」
「わ、私に聞かれても……」
怪人に恐れられる心当たりなんて全くない。
「三幹部を全員葬り、あまつさえバッタイをも倒したってよ!」
「しかも、敵対した怪人残らず容赦なく消し去っているって話だぜ!」
「俺、金の為だったら何千何万の怪人を狩りつくすってきいたぜ!!」
「な、なんて恐ろしい……! 俺達も葬り去られるってことかぁぁぁッ!!」
「ギィヤァァァァァァァァッ!?」
怪人達は悲鳴を上げる。
「…………え?」
「根も葉もある噂話ばかりだね」
「ないわよ!」
カナミはマニィへ突っ込む。
「でも、幹部二人を倒したのは本当のことだよ」
「全員葬ったわけじゃない!」
「これまで結構な数の怪人を倒してきたよね」
「何千何万は盛りすぎでしょ!」
「わりと情け容赦なかったよね」
「い、一応情けとか容赦とかしてたから!」
「噂って尾ひれがつくものだからね。名前が売れてよかったじゃない」
ミアは楽し気に言う。
「私には一文の得になってないから!」
「フフッ、貧乏くじね」
「ミアちゃん、笑わないで!!」
恐れる怪人達を尻目に言い争う。
「あ~、二人とも。仕事を忘れないで」
マニィの一言で怪人達の存在を思い出す。
「なるほどね。カナミが立会人に選ばれるわけね」
ミアは納得する。
「うぅ……こんなの、全然うれしくない……!」
「ほらほら、立会人なんだからちゃんとしきりなさいよ。悪名高き魔法少女カナミちゃん♪」
「あーーー!!」
しょげているところへミアに煽られて、やけくそになる。
「あんた達! 人様に迷惑かけたら承知しないわよ!! もし迷惑なんてかけたらこのステッキで容赦なく倒してやるから!!」
ステッキを乱暴にぶん回して警告する。
ヒ、ヒィィィィィィッ!!
まさしく噂を彷彿とさせるような恐ろし気な姿に、怪人達は悲鳴を上げる。
「く、恐ろしいぜ」
「噂に違わぬ姿だ」
「なあ、ジュウソク?」
「言うな、ハチダコ」
ジュウソクが何かを提案しようとしていたが、ハチダコはこれを拒否する。
そのやり取りには敵対関係にありつつも、意思の疎通が図れるほどの信頼があった。
「今日はお前と戦う日と決めているからな、あの魔法少女カナミは俺達を倒しにきたわけじゃねえんだろ?」
「立会人……そう言っていたが」
「そうよ」
二人の怪人のやり取りを聞き取ったミアが肯定する。
「あたしらはあんた達の戦いの立会人。周りに被害を出さなければ手出しはしないわ!」
「ただし、被害出したら容赦しないから!!」
カナミの恫喝に一歩たじろぐが、それでも二人の言葉を真に受けたのか、ジュウソクとハチダコは互いに顔を見合わせる。
「というわけのようだ」
「それだったら、心おきなくやってやるか!」
ジュウソクは気合を漲らせ、十本の触手をウネウネさせる。
「きっも……」
ミアはドン引きする。
「おうとも!」
そんなこと気にせず、ハチダコも呼応して八本の触手を唸らせる。
「今日こそ決着をつけてやる!」
「いくぜ、オラァァァァァッ!!」
ジュウソクとハチダコが激突する。
それが開戦のゴングとなって、合計六十体あまりの怪人が戦いを始まる。
オオオォォォォォォォッ!
怪人達の怒声と悲鳴が沸き上がり、見るもおぞましい戦争であった。
ガシィ!!
ジュウソクとハチダコの八本の触手が絡み合う。
「やるじゃねえか!」
「フン!」
ギシギシと激しい音を立てる。
「だがぁぁぁぁッ!」
ジュウソクは雄たけびを上げる。
「俺の方がてめえより二本触手がオオォォォォォイィィィィィィッ!!」
ジュウソクの残った二本の触手ハチダコに襲い掛かる。
「ヌゥゥゥゥゥゥンガァァァァァァッ!!」
しかし、ハチダコは八本の触手へ筋を立てて、気合の一声で投げ飛ばす。
「その分、俺の方がパワーがあるんだよぉぉぉぉぉッ!!」
「ぐおッ!?」
ジュウソクは叩きつけられる。
しかし、ただではやられない。残った二本の触手がハチダコの両肩をはたく。
「チィッ! やるじゃねえか!」
「お前こそ!!」
ジュウソクとハチダコ。苛烈な戦いを繰り広げつつも、お互いを認め合っていた。
「ライバルってやつね」
ミアはスポーツ観戦のように楽しく二人の戦いを見る。
「さっきまで触手がウネウネで気持ち悪いって言ってたのに」
かなみがぼやくと、みあはムッとする。
「……うるさいわね、見張ってなくていいの?」
ドスン! ボゴン!!
爆音のような打音が鳴り、砂煙が上がる。
「ああ!」
これで近隣の民家をちょっとでも壊すようなことがあったら、この仕事は失敗。ボーナスは一切もらえない。
空き地の中央で戦っているジュウソクとハチダコなら問題ないが、周囲を取り巻く怪人達はその限りではない。
ドォォォォン!!
爆発が起きる。
民家と空き地のしきりとなっているブロック塀にまで爆風が届く。
「うわ、きゃあッ!!」
カナミも悲鳴を上げる。
「あんた達、戦ってるんじゃないわよぉぉぉぉッ!!」
怒声を上げて注意するが、血走り闘志を迸らせて戦う怪人達の耳には届いていない。
「この乱戦じゃ、声が届かないわね」
ミアは愉快気に言う。
「くう~~!」
「どうするの? ちょっとでも民家が壊れたら、あんたボーナスが貰えないわよ」
「マニィ?」
「ん、なんだい?」
次の瞬間、カナミは妙に落ち着いた声で訊く。
「立会人が手出ししても、この仕事いいのよね?」
「……別に問題ないよ」
マニィは即答し、カナミは飛び出す。
「いや、いいのそれって?」
ミアは真面目に訊く。
バァァァァァァァン!!
魔法弾の爆音とともに怪人達の悲鳴を上げる。
「社長曰く『戦争の立会人するぐらいだったらいっそ全滅させればいいのよ』だって」
「あ~」
いかにもあるみが言いそうなことだ、とミアは納得する。
バァァァァァァァン!!
魔法弾で怪人達が蹴散らされる。
「なに!」
カナミの介入に気づいたジュウソクやハチダコは戦いを止める。
「てめえ、立会人じゃなかったのか!」
「よくも俺の部下をぉぉぉッ!!」
ジュウソクは怒り、カナミへ敵意を向ける。
「私、言ったわよね? 人様に迷惑かけたら承知しないって!」
カナミの怒気にジュウソクとハチダコはたじろぐ。
「ぬ、ぐぅ……!」
「……今日のところはここまでだ!」
ハチダコは部下の怪人達へ呼びかける。
「撤退だ!」
「くそ、仕方ねえ、退けぃッ!!」
リーダーであるジュウソクとハチダコの号令で怪人達は戦いを止め、蜘蛛の巣を散らすように去っていく。
「覚えてやがれ、魔法少女カナミ!」
「この借りはきっちり返してやるぜ!」
最後に残ったジュウソクとハチダコはそれぞれ捨て台詞を残して撤退する。
「……すんごい三流悪党のお決まり台詞ね」
ミアは呆れて言う。
「よし、これで戦争は終わったわ!」
カナミはガッツポーズを取る。
「さあ、ボーナスよ! ボーナス!」
カナミは飛び上がって大喜びする。
「うーん、なんだか納得がいかないわね」
「どうして?」
「あの怪人達がこのまま大人しくなるような気がしないのよ」
ミアがそんなことを言うと、嫌なことを起こる。そんな気がするほどミアの直感は侮れない。
「お、大人しくも何も、戦争の立会人の仕事は完了したんじゃないの?」
「完了したんじゃなくて、中断させたっていった方が正しいんじゃないの?」
「う……!」
ミアの言うことの方が正しいように聞こえた。
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