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第58話 降段! 地底に漂う魂は少女を求める (Bパート)
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「ふあ~~」
結局一晩中キャットファイトして髪も肌もしわくちゃになった萌実はフラフラする。
「萌実、あんたシャワーは?」
シャワーから上がったかなみは髪をバスタオルで拭く。
あれだけやりあったのに、萌実は心中ぼやく。シャワーを浴びたせいなのか、かなみの髪はツヤツヤに輝いている。
「いいわよ」
萌実はすねたようにそっぽ向く。
「そういうわけにもいかないでしょ、これから外に出るんだから!」
「だからいいって! っていうか、あんたそれ昨日も着てたじゃない!?」
萌実がこれと言ったのは制服のことである。
かなみが仕事の時は大抵制服で、昨日も着てたし今日も着ていくつもりだった。
「ええ、そうよ。着替え用意していなくて」
用意できなくて、ともいう。
「ああ、そうだったわね。あんたってそういう奴だものね」
ため息をつきつつ納得し、萌実は立ち上がる。
「どきなさい。シャワー使えないでしょ」
「あ、え、ええ……」
かなみは言われた通り、どく。
「ふん!」
萌実は鼻を鳴らして、シャワールームへ入っていく。
「どういう風の吹き回し?」
萌実が素直に言うことをきく。そんなこと、ちょっと前は信じられないことだった。
「ちょっとはぶつかりあった成果もあったんじゃないの?」
マニィが茶々を入れるように言ってくる。
「そうかしら? ちょっとは素直に言うことをきいてくれてもいいと思うんだけど」
「いきなりは無理なんじゃないかな。君の借金がすぐにどうにかならないのと同じで」
「しゃ、借金は関係ないでしょ!」
かなみは反論してみるが、心のどこかで、そうかもしれないとも思っていた。
――いつ敵になるか、わからないねえ……それって、
――いつ味方に回るかもわからないってことでもあるのよね?
以前、あるみはそう言っていたが本当にそんなことになるのだろうか。
信じられないが、信じたくもある。半信半疑だった。
「あ、社長からのメールだ」
マニィが言う。
「うぅ……またろくでもない内容っぽい」
マニィから携帯を取り上げて、メールを確認する。
『私は1と4のポイントを回ってみるから、かなみちゃんと萌実ちゃんは2と3のポイントをよろしくね。何かあったらすぐ連絡すること、いいわね?
それじゃ、頑張ってね♪』
読み終わって、かなみはため息をつく。
内容はわりとまともな業務連絡だが、今から萌実と二人っきりで行動するということを再確認させられただけでも気が滅入る。
「いっそのことあいつ、おいていっても……」
チャリーン
タイミングを見計らったかのように携帯の着信音が鳴る。
『ああ、一人になったら減給ね。ごまかそうとしてもマニィが見張ってるから無駄よ』
かなみは頭を抱える。
「マニィッ!!」
「ボクはまだ何も言ってないよ」
「まだぁ!?」
「言いがかりだよ」
「あぁ……やっぱり、あいつと一緒なのね……」
そこへシャワーから上がってきた萌実がやってくる。
「こうなったらとことん付き合うしかなさそうね。いいわよ、ついていってあげる」
「な、なんで急に物分かりがよくなるのよ?」
「あんたの相手が疲れてきたから。それに、その方があんた嫌がるじゃない」
「……あまのじゃく」
かなみはぼやくが、まあまた暴れられるよりはいいかと楽に考えるようにした。
「それで、私達はどっちへ向かうの?」
「えぇっと、地図で……って、あんた服着なさいよ!!」
「はいはい、着替えは?」
「持ってるわけないでしょ」
「貧乏ね。じゃ、私も昨日のやつね」
「ふ、ふけつ……」
人のこと言えないくせに、とマニィはぼやく。
「それで2と3どっちが近いの?」
話題がポイントへ向かう。
「3の方かな。3から2の順にいった方がいいね」
マニィは地図を読み込んで即座に答えを出す。
「じゃあ、そうしましょう」
「決断が早いのね」
「時は金なりって言うしね」
「借金してる奴が言うと重みがあるわ~」
萌実が茶化して、かなみはムッとする。
「3のポイントは路銀っていう骨董屋だね」
マニィはミニマップを持ちながらかなみの肩で言う。
「骨董屋……なんでそんなところに?」
「さあ……そこに怪人がいるんじゃないのかな。あるいは法具かもね」
「法具……」
かなみは前に一度この町に出張でやってきた時のことを思い出す。
『今回、ここの商店街のどこかにあるこの法具を回収するのが目的よ』
『はんこ……?』
『金印よ。本当ならしかるべきところに展示されているような代物なんだけどね』
あるみとそんなやり取りがあったことを思い出す。
その後、色々探し回ったが結局見つからず、あれ以来父親とは会っていない。収穫らしい成果が無いせいで、いい思い出が無い。
「ま、今回は目的地が決まってるし、大丈夫よね……」
その声色には十分不安の色が混ざっていた。
そうこうしているうちに骨董屋に辿り着いた。
ビルとビルに挟まれて、その間にポツリと建っている一軒家であった。
「なに、これ……?」
かなみは思わず顔をしかめる。
それは入り口に置かれている石像だった。ひょろ長い一本足で立っていて真ん丸の目でこちらをじぃっと見てくる。ところどころ風化しているのか腕やら首やらの輪郭が曖昧になっていてそれが余計に奇抜さを助長させていた。はっきり言って怪人だと言われても信じる。
「ふうん、まあ家の置物としては悪くないわね」
萌実はその石像をじっくり見て言う。
「あんた、本気で言ってるの!?」
かなみはドン引きする。こんなものが家に置かれてあったら間違いなく避けて通る。
「冗談で言うわけないでしょ」
本気のようだった。
「さっさといくわよ」
萌実はすぐに店へはいっていく。
「あ……」
かなみもまけじと入る。なるべく石像を避けながら。
「ここは妖怪ハウス……?」
入ったかなみの第一声はそれだった。
中には入り口にあった一本足に負けないくらい奇怪で不気味なデザインの置物やら壺やら絵画やら埃被った状態で並べられていた。
「……悪くない趣味ね」
「うそ……」
かなみにとって、悪くないどころか最悪だ。
ヒラヒラ
リュミィはそれとは対照的に物珍し気に飛び回っている。
「リュミィ、気に入ったの?」
クイクイ、と頷く。
「……変な子」
かなみは一刻も早く出ていきたい気分だ。
「……妖精、か」
そこへ奥の方から低い声がする。
かなみは思わず身構える。
(妖精が見えている!?)
一般の人には妖精を見ることができない。せいぜい気配を感じる程度だ。それを声の主ははっきりとリュミィが見えて、しかも妖精だと認識している。
妖精が見える特別な才能を持っている人か、怪人しかあり得ない。
こんな不気味な骨董屋なのだから、圧倒的に後者の可能性が高い。
「珍しい来客だね」
声の主は姿を現す。
ゴンゴン
物々しい足音を立てやってきたのは、入り口にいた石像だった。
「あらあら?」
「ええぇぇぇッ!?」
萌実は好奇の声を出すが、かなみは驚きの声を上げた。
「騒がしい娘だ」
石像は落ち着いた物腰で対応してくる。
「あんたがこの店の主なわけ?」
萌実もそれに応じて落ち着いて訊く。
「いや、主の人間は奥の方にいる」
どんな人間なのかしら? と、かなみは疑問に思った。
「もっとも最近は年のせいでろくに目も見えず、耳も聞こえず、お前達が来ていることにも気づいていないだろうな」
「それで店の経営が成り立つの?」
「さあ、人間社会の成り行きなど知ったことではない」
かなみの疑問を石像はさらりと流す。
「ただ、儂はここを気に入っているから住処にしているだけのこと」
ここを気に入っている。
不気味な品物が並べられている、こんな骨董屋を気に入るというのはかなみの感覚ではちょっと信じられないことだが、この石像自体もかなり不気味なので案外相性がいいんじゃないかと思えた。
「人間に危害を加えるつもりは無いってことね?」
かなみは確認を取る。
今回の仕事は、あくまでこのポイントである骨董屋の調査であって、怪人の退治というわけではない。見たところ、この怪人に害はなさそうだし、戦わないに越したことはない。
「儂にそれだけの気概はない」
石像はフッと笑って答える。
(話は通じるみたい……)
洒落て答えてくれたことで、かえって真実味を感じて、かなみはある程度警戒を解く。
「それでお前達は何の用で訪ねてきた?」
「調査よ」
ここでかなみは本題を切り出す。
「最近この辺りの怪人の動きが活発だって聞いたから、詳しく知りたいの」
「その話か。確かにここ最近は若い衆が動いておるな。たまに古株のものが訪ねてきて話を聞くが」
それを聞いて、かなみは再び警戒する。
「他の怪人がやってくるの?」
「数日に一度程度だがな。昨日来たばかりだから、しばらくないだろう」
それを聞いて一安心する。
「怪人達は何しにきてるわけ?」
萌実は訊く。
「連中の目的は世間話だ。彼らもここは落ち着くようだからな」
かなみは辺りを見回す。
確かにこの不気味な骨董屋は怪人の集会場にピッタリに感じた。
「昨日は何を話したの?」
「若い衆の話だ。活発になっていると言っているだろ。それまでは大人しくしていたのだがな、戦争以来」
「戦争以来……」
「聞いた話だが、中部支部の幹部が全滅し、支部長の刀吉殿も消息を絶っていたせいだ」
それはかなみも聞いた話だ。
「それがどうして活発になってきたの?」
「――支部長が戻ってきた。昨日の奴はそう言っていた」
「え……?」
かなみは驚きのあまり、言葉を失う。
『こっちもそんな話を聞いたわ』
骨董屋を出たかなみは、すぐにあるみへ電話で報告した。
「え、そうなんですか?」
『ゲームセンターの連(れん)ダコ怪人に聞いたんだけどね』
「な、なんですか、それ?」
『ゲームセンターの筐体のボタンを連打して壊していく怪人みたいなんだけど』
「無駄に迷惑ですね……」
しかし、そういう怪人はいてもおかしくない。会ってみたいとは思わないが。
『ま、人が集まりやすいから情報はあったわ』
「ゲームセンターはそうですね」
『支部長が帰ってきた。確かに彼もそう言っていたわ』
「……あの、社長?」
『なに?』
「私、中部の支部長のこと全然知らないんですけど、どんな怪人なんですか?」
『……私も会ったことはないわよ。ただあらゆるものを一刀両断する侍だってきいたわ』
「そう、ですか……」
その話だけを聞くと、凄そうという感想しかでてこない。
『それとカリウスとは互角に戦ったそうよ、あの戦争で』
「互角……!」
それだけでも十分すぎる程、凄さは伝わってくる。
「やっぱり支部長というだけあって凄いんですね、あのカリウスと互角だなんて」
『この出張でぶつかることがあるのかもしれないわね』
「…………………」
それを聞いて、かなみの頬に汗が流れる。
カリウスと互角ということは自分と戦いになるのかすらあやしいレベルで、勝ち目なんて考える方がおかしい。
『怖い?』
あるみが訊いてくる。
「…………はい」
『その気持ちを大事にしなさい。それじゃ、また』
あるみはそう言って、電話を切る。
「臆病者ね」
萌実は言ってくる。
「怖いって思うことが?」
「そうよ。魔法少女が戦いで怖がってどうするのよ」
「あんたは怖くないの?」
「怖い、冗談じゃないわ。戦って勝つ、それが私の存在意義なのよ」
「存在意義?」
萌実の発言が今日ほど本気に聞こえたことはない。
「戦って勝つ。前にもそう言っていたわね」
「それがどうかしたの?」
「それって本当に大事なことなの?」
かなみが聞きなおしたところで、萌実はキィッと睨み、銃口を突き付ける。
「――!」
「撃ち殺されたいの?」
「殺す。戦わない私を?」
しかし、かなみは負けじと睨み返す。
「どういう意味?」
「今日はあんたと戦うつもりは無いってことよ」
「……これでも?」
萌実はかなみの額へ銃口を押し付ける。
「――ええ」
かなみは臆さず返す。
「……はあ」
萌実はため息をついて、銃を下ろす。
「次行くわよ」
そう言って、次のポイントへと足早に向かう。
「萌実……」
今だけほんの少し萌実のことが分かったような気がする。
2のポイントは古本屋であった。
寂れた一軒家だが、さっきの骨董屋に比べたらかなりまともな佇まいだった。客は一人もいないが。
「趣味悪いわね」
萌実はそう漏らす。
「さっきの方がよっぽど趣味が悪いんじゃないの」
萌実の好みの基準がよくわからなかった。
「骨董屋みたいな怪人が住み着いているのかしら?」
かなみは疑問を口にする。
ヒラヒラ
そこへリュミィが店の中へ入っていく。
「あ、こら、リュミィ!」
「何か興味惹かれるのでもあったのかしら?」
萌実が言う。
「興味惹かれる?」
リュミィは好奇心旺盛であった。とはいえ、怪人がいるかもしれないのに一人で店に入らせるのは危険だった。
かなみもとにかく入ってみる。
………………
そこは無音で閑散としていた。
外の雑踏さえも吸収しているかのように何も聞こえなかった。
「まるで無音の結界に入ったみたいね」
萌実の発言にかなみは密かに同意した。
「リュミィ……」
かなみは小声で呼んでみた。
ヒラヒラ
羽音が奥から聞こえた気がした。
埃被り色あせた本が並ぶ本棚、というより、本の山をかき分けるように奥へ進む。
「妖精ね、久しぶりにあったわ」
本のページのような白い肌と白髪の髪をした老婆がそこにいて正座していた。
「あ、あの……」
かなみは恐る恐る声をかける。
「おや、あなたがこの妖精の主なのね」
「……あなたは……?」
「私はこの古本屋の妖精ね」
「古本屋の妖精……」
「ここに集まった古本についていた情念……それが集まって私という存在になったのよ」
「そんなことがあるんですね……」
妖精がいたから、あるみはこのポイントを指定したのかもしれない。
「さて、あなた達は何の用でここに来たのかしら?」
老婆の姿をした古本の妖精は訊いてくる。
「聞きたいことがあります」
「本の妖精ということもあってかね、大抵のことには答えてあげられるけど何かね?」
「最近のこの辺りの怪人の動きのことを教えて欲しいんです」
「……そのことね」
老母は一息ついてから本を持つような手で、ページをめくるように動かして語る。
「活発になってきているわね。近頃この辺りに通り魔や強盗が目に見えて増えたのもそれが影響してるね」
「通り魔や強盗って、人間のですか?」
「そのあたりは人間もやるし、怪人もやるわよ。人間は金品とかを目的にそういうことをするけど、怪人は人間の負の感情を集めることを目的にして行うわ」
「そんな違いがあるんですね」
怪人は厄介な存在ではあるけど、人間は人間で厄介なものだと思えた。
「私からしてみればどっちも大差ないけどね」
「人間も怪人も一緒って言いたいんですか?」
「あなた達は人間は違うって思いたいけどね、元を辿ればこの世界で生まれた同じ魂よ。ただそれを取り巻く肉体は別なだけでね」
「同じ魂……」
「信じられない、そういう顔をしているね、フフ」
古本の妖精は笑う。
かなみにはまるで学校の校長が話しているみたいにわけがわからなかった。
「人間っていうのは不思議ね、自分達と同じ存在を認めたがらない。怪人や妖精が認知されないのはそういうわけでもあるんじゃないのかしら」
「……確かに信じられません……私達人間とこの子、リュミィやあなた、そして怪人が同じ存在だなんて……」
「………………」
萌実はその言葉に無言のままで目を背ける。
「でも、少なくともリュミィや私は仲間だと思います」
「フフ、いい答えです」
古本の妖精は満足そうに笑う。
「かつて人間と妖精、怪人……昔は妖怪とも言われてましたが、共存共栄していたことがあったそうです。私やあなた達が生まれる遥か前の話ですが」
「共存共栄……」
かなみはそう言われて、人間と妖精、怪人が一緒に過ごす光景をおぼろげながら思い浮かべてみる。
「まるでおとぎ話みたいですね」
「そう、まさしくこの本達に描かれたおとぎ話のようにね」
「そんな昔話はどうでもいいわ」
業を煮やした萌実は会話に割って入る。
「私達が欲しいのは今の話よ! 中部支部長は結局戻ってきたの?」
「萌実……」
「私に入ってくる知識はあくまで知識でしかない」
「どういう意味よ?」
「そうね……例えば、怪人は人間に危害を加えた。その怪人は悪だと思う?」
「それは迷惑をかけたんだから悪に決まってるじゃない」
かなみは古本の妖精に問いかけに即答した。
「決めつけは良くないわ。一言聞いただけで悪と断定するのはね。
事故で結果的に気概を加えてしまった可能性だってあるのではなくて?」
「事故?」
「例えば、子供と鬼ごっこで遊んでいて、怪人がタッチして勢いあまって突き飛ばした。そういう場合、怪人を悪だといえるのかしらね」
「そ、それは……」
「そういう可能性だってあるから全てが悪だなんて断定ができないのよ。事実に対して善悪の判断を下すためには、たった一言では少なすぎるわ。より多くの事実を集めて多くの視点をもって、決断をくださなければならないわ」
「…………………」
「あ~!!」
萌実はうんざり気味に髪をかき鳴らして言う。
「もってまわった言い方はやめなさい! つまり、何が言いたいわけ!?」
「支部長は帰ってきた、怪人達は確かにそう言っていた。
私が言えるのはそれだけ。それは一つの判断材料でしかないということよ」
古本の妖精はそう言って、本を閉じる仕草を取る。
「この話はそれでおしまい」
古本屋を出たかなみは不思議な気分に包まれてた。
「……まるで、説教を聞いた気分ね」
かなみは古本屋の妖精とのやりとりをそう評する。
「それをいうなら説法じゃない」
「……説教と説法ってどう違うっていうのよ?」
「そんなの知るわけないじゃない」
「いい加減ね」
かなみはため息をつく。
「んで、どう思うわけ?」
「……え?」
「中部支部長よ、本当に帰ってきたと思うの?」
萌実に聞かれて、かなみは首を傾げる。
「帰ってきたって、そう言っていたからそうじゃないの?」
「それだけじゃないともあの妖精は言っていたわ」
「あれって、そういう意味じゃないんじゃない?」
「ううん、よくわからなかったけど……」
「あんたっておつむが弱いものね」
「なッ!?」
「特に給与の計算あたりがね」
マニィがカバンから口を出す。
「あんた、どっちの味方よ!?」
「正しいことを言う方だね」
「だったら、萌実のマスコットになりなさい!」
「ちょっと! そんな汚らしいネズミを押し付けないでよ!!」
「ボクはかなみの味方だよ」
汚らしいと直球で言われて多少なりとも傷ついたようだ。
「調子いいんだから」
ヒラヒラ
リュミィはかなみの頭上を飛び回る。
「あははは、あんたはいつもの私の味方ね」
「妖精、か……」
「羨ましいの?」
「べ、別に……!」
かなみが訊くと、萌実はそっぽ向く。
トルルルルル
そこへかなみの携帯電話が鳴りだす。
「あ、社長からだわ」
かなみは着信に応じる。
『もしもし、そっちはどう?』
「今2の古本屋へ行ってきたところです。そこには古本の妖精がいました」
『古本の妖精、ね……また珍しいものに会ってきたわね』
「そうですね、なんていうかわかりにくい教え方をする先生みたいでした」
『あははは、元が古本なんだからそうでしょうね』
「笑いごとじゃないですよ。それよりも、その妖精が中部支部長が帰ってきたって言ってましたよ」
『そうね、こっちの喫茶店のモーニング怪人もそんなこと言ってたわ』
「なんですか、そのモーニング怪人って……」
『外からやってきた人間が頼んだモーニングセットを勝手に食べて、客にコーヒーだけ飲ませる怪人よ』
「せ、せこい……」
ゲームセンターの連ダコ怪人といい、この地方の怪人はせこいという印象が強くなってきた。
『ま、喫茶店は人が集まりやすいから情報はあったわ』』
「ゲームセンターの時も同じ台詞言ってましたね」
『業務連絡だからそうなるのよ』
「そういうものなんですか……」
あるみが言うのだからそういうものなのだろう。釈然としないところはあるが。
『それでやっぱり、そのモーニング怪人も支部長が帰ってきたって言ってきたわ』
「やっぱり……ということは、支部長は帰ってきたってことは確実なんですよね?」
『果たしてどうかしらね』
「と、言いますと?」
『モーニング怪人は帰ってきた支部長にまだ会ったことないそうよ』
「……会ったことない? どういうことなんですか?」
『そのままの意味よ。あとは自分で考えなさい』
「古本の妖精さんも似たようなことを言っていました」
『あらそう、私も一度あってみたいわね』
「先生みたいな妖精でした……」
『ああ、さぞコーヒーが進みそうね……』
声色にわずかに苦味が混ざっているように感じる。
『それはともかくとしてこれで全部のポイントを回ったところだし、一度合流しましょう。場所はメールで送るわ』
「はい」
『行き先はマニィに伝えておくわ。それじゃ』
電話が切れる。
「なんだか、面倒そうになってきたわね」
萌実はぼやく。かなみもわずかながら同意した。
待ち合わせになったのはやはり喫茶店で、閑散としたモダンな雰囲気がする。いかにもあるみが好きそうな店な気がした。
「こっちよ」
先にあるみは来ていて、コーヒーを飲んでいた。もちろんブラックで。
「こういうお店、よく見つけますね」
「裏路地とか出歩いていると自然にね」
「……なんで、裏路地を出歩いているか聞きませんが」
怪人絡みの汚い話になりそうだった。
「それでどうだった?」
「奇妙な怪人と妖精でした。でも、二人とも支部長が帰ってきたって言ってました」
「そう、これだけほうぼうから情報が集まってくると確定かもね」
「やっぱり帰ってきたんですか?」
「かなみちゃんはどう思う?」
「え……」
かなみは古本の妖精の言葉を思い出す。
――支部長は帰ってきた、怪人達は確かにそう言っていた。
――私が言えるのはそれだけ。それは一つの判断材料でしかないということよ。
あれは支部長がまだ帰ってきていないということなのか。
それともすでに死んでいるのか、それともやっぱり帰ってきているのか。
色々と含みを考えられる。
「……わかりません」
色々考えて結局そこに行き着く。
「あの……社長は、どう思いますか?」
「わからないわよ」
あるみは即答する。そのあまりの思い切りの良さにかなみはキョトンとする。
「わからないって……」
「判断材料は多いんだけどね、はっきりとしたことは言えないわ」
「え、でも……確定かもって言ってたじゃないですか?」
「あくまで、『かも』ね……八割方ぐらいの可能性の話ってことよ」
「……いい加減です」
「うん、まあね。そのぐらい曖昧なところあるのよ。ここでの情報にしても、来葉の未来視にしてもね」
「来葉さんの未来視でも、なんですか?」
それは少し意外だった。来葉の未来視ならほぼ確実に情報を入手できるんじゃないかってぐらい、凄いものだという認識があるからだ。
「離れた土地だと、どうしても精度が落ちるみたい。八割方ぐらいかしらね」
「それでも十分高い気がしますが」
「あの子、百パーセントの時以外は自信無いのよ」
「ああ……」
なんとなく来葉は完全主義なきらいを感じるので、納得がいった。
「でも、それだと私達はどうしたらいいんですか?」
「情報を集めて精度を上げることね。とはいっても、あとは地下にしかなさそうだけど」
「地下……?」
「ここから先が来葉が未来視で情報を思うように引き出せなかったところよ」
地下という単語とあるみのその言葉だけで物々しい雰囲気を感じた。
「だったら、とっとと行きましょ!」
萌実はダンとテーブルを叩く。
「……ええ、これを飲んだらね」
あるみはゆったりとコーヒーをそそる。
「急ぎなさいよ!」
「いつからそんなに真面目になったの?」
「はあ!?」
萌実はくってかかる。
「……別に」
頬杖をついてふてくされる。
「フフ、いい影響が出てるわね」
「どういう影響ですか?」
かなみは訊くが、あるみはニヤリと人の悪い笑顔をするだけであった。
結局一晩中キャットファイトして髪も肌もしわくちゃになった萌実はフラフラする。
「萌実、あんたシャワーは?」
シャワーから上がったかなみは髪をバスタオルで拭く。
あれだけやりあったのに、萌実は心中ぼやく。シャワーを浴びたせいなのか、かなみの髪はツヤツヤに輝いている。
「いいわよ」
萌実はすねたようにそっぽ向く。
「そういうわけにもいかないでしょ、これから外に出るんだから!」
「だからいいって! っていうか、あんたそれ昨日も着てたじゃない!?」
萌実がこれと言ったのは制服のことである。
かなみが仕事の時は大抵制服で、昨日も着てたし今日も着ていくつもりだった。
「ええ、そうよ。着替え用意していなくて」
用意できなくて、ともいう。
「ああ、そうだったわね。あんたってそういう奴だものね」
ため息をつきつつ納得し、萌実は立ち上がる。
「どきなさい。シャワー使えないでしょ」
「あ、え、ええ……」
かなみは言われた通り、どく。
「ふん!」
萌実は鼻を鳴らして、シャワールームへ入っていく。
「どういう風の吹き回し?」
萌実が素直に言うことをきく。そんなこと、ちょっと前は信じられないことだった。
「ちょっとはぶつかりあった成果もあったんじゃないの?」
マニィが茶々を入れるように言ってくる。
「そうかしら? ちょっとは素直に言うことをきいてくれてもいいと思うんだけど」
「いきなりは無理なんじゃないかな。君の借金がすぐにどうにかならないのと同じで」
「しゃ、借金は関係ないでしょ!」
かなみは反論してみるが、心のどこかで、そうかもしれないとも思っていた。
――いつ敵になるか、わからないねえ……それって、
――いつ味方に回るかもわからないってことでもあるのよね?
以前、あるみはそう言っていたが本当にそんなことになるのだろうか。
信じられないが、信じたくもある。半信半疑だった。
「あ、社長からのメールだ」
マニィが言う。
「うぅ……またろくでもない内容っぽい」
マニィから携帯を取り上げて、メールを確認する。
『私は1と4のポイントを回ってみるから、かなみちゃんと萌実ちゃんは2と3のポイントをよろしくね。何かあったらすぐ連絡すること、いいわね?
それじゃ、頑張ってね♪』
読み終わって、かなみはため息をつく。
内容はわりとまともな業務連絡だが、今から萌実と二人っきりで行動するということを再確認させられただけでも気が滅入る。
「いっそのことあいつ、おいていっても……」
チャリーン
タイミングを見計らったかのように携帯の着信音が鳴る。
『ああ、一人になったら減給ね。ごまかそうとしてもマニィが見張ってるから無駄よ』
かなみは頭を抱える。
「マニィッ!!」
「ボクはまだ何も言ってないよ」
「まだぁ!?」
「言いがかりだよ」
「あぁ……やっぱり、あいつと一緒なのね……」
そこへシャワーから上がってきた萌実がやってくる。
「こうなったらとことん付き合うしかなさそうね。いいわよ、ついていってあげる」
「な、なんで急に物分かりがよくなるのよ?」
「あんたの相手が疲れてきたから。それに、その方があんた嫌がるじゃない」
「……あまのじゃく」
かなみはぼやくが、まあまた暴れられるよりはいいかと楽に考えるようにした。
「それで、私達はどっちへ向かうの?」
「えぇっと、地図で……って、あんた服着なさいよ!!」
「はいはい、着替えは?」
「持ってるわけないでしょ」
「貧乏ね。じゃ、私も昨日のやつね」
「ふ、ふけつ……」
人のこと言えないくせに、とマニィはぼやく。
「それで2と3どっちが近いの?」
話題がポイントへ向かう。
「3の方かな。3から2の順にいった方がいいね」
マニィは地図を読み込んで即座に答えを出す。
「じゃあ、そうしましょう」
「決断が早いのね」
「時は金なりって言うしね」
「借金してる奴が言うと重みがあるわ~」
萌実が茶化して、かなみはムッとする。
「3のポイントは路銀っていう骨董屋だね」
マニィはミニマップを持ちながらかなみの肩で言う。
「骨董屋……なんでそんなところに?」
「さあ……そこに怪人がいるんじゃないのかな。あるいは法具かもね」
「法具……」
かなみは前に一度この町に出張でやってきた時のことを思い出す。
『今回、ここの商店街のどこかにあるこの法具を回収するのが目的よ』
『はんこ……?』
『金印よ。本当ならしかるべきところに展示されているような代物なんだけどね』
あるみとそんなやり取りがあったことを思い出す。
その後、色々探し回ったが結局見つからず、あれ以来父親とは会っていない。収穫らしい成果が無いせいで、いい思い出が無い。
「ま、今回は目的地が決まってるし、大丈夫よね……」
その声色には十分不安の色が混ざっていた。
そうこうしているうちに骨董屋に辿り着いた。
ビルとビルに挟まれて、その間にポツリと建っている一軒家であった。
「なに、これ……?」
かなみは思わず顔をしかめる。
それは入り口に置かれている石像だった。ひょろ長い一本足で立っていて真ん丸の目でこちらをじぃっと見てくる。ところどころ風化しているのか腕やら首やらの輪郭が曖昧になっていてそれが余計に奇抜さを助長させていた。はっきり言って怪人だと言われても信じる。
「ふうん、まあ家の置物としては悪くないわね」
萌実はその石像をじっくり見て言う。
「あんた、本気で言ってるの!?」
かなみはドン引きする。こんなものが家に置かれてあったら間違いなく避けて通る。
「冗談で言うわけないでしょ」
本気のようだった。
「さっさといくわよ」
萌実はすぐに店へはいっていく。
「あ……」
かなみもまけじと入る。なるべく石像を避けながら。
「ここは妖怪ハウス……?」
入ったかなみの第一声はそれだった。
中には入り口にあった一本足に負けないくらい奇怪で不気味なデザインの置物やら壺やら絵画やら埃被った状態で並べられていた。
「……悪くない趣味ね」
「うそ……」
かなみにとって、悪くないどころか最悪だ。
ヒラヒラ
リュミィはそれとは対照的に物珍し気に飛び回っている。
「リュミィ、気に入ったの?」
クイクイ、と頷く。
「……変な子」
かなみは一刻も早く出ていきたい気分だ。
「……妖精、か」
そこへ奥の方から低い声がする。
かなみは思わず身構える。
(妖精が見えている!?)
一般の人には妖精を見ることができない。せいぜい気配を感じる程度だ。それを声の主ははっきりとリュミィが見えて、しかも妖精だと認識している。
妖精が見える特別な才能を持っている人か、怪人しかあり得ない。
こんな不気味な骨董屋なのだから、圧倒的に後者の可能性が高い。
「珍しい来客だね」
声の主は姿を現す。
ゴンゴン
物々しい足音を立てやってきたのは、入り口にいた石像だった。
「あらあら?」
「ええぇぇぇッ!?」
萌実は好奇の声を出すが、かなみは驚きの声を上げた。
「騒がしい娘だ」
石像は落ち着いた物腰で対応してくる。
「あんたがこの店の主なわけ?」
萌実もそれに応じて落ち着いて訊く。
「いや、主の人間は奥の方にいる」
どんな人間なのかしら? と、かなみは疑問に思った。
「もっとも最近は年のせいでろくに目も見えず、耳も聞こえず、お前達が来ていることにも気づいていないだろうな」
「それで店の経営が成り立つの?」
「さあ、人間社会の成り行きなど知ったことではない」
かなみの疑問を石像はさらりと流す。
「ただ、儂はここを気に入っているから住処にしているだけのこと」
ここを気に入っている。
不気味な品物が並べられている、こんな骨董屋を気に入るというのはかなみの感覚ではちょっと信じられないことだが、この石像自体もかなり不気味なので案外相性がいいんじゃないかと思えた。
「人間に危害を加えるつもりは無いってことね?」
かなみは確認を取る。
今回の仕事は、あくまでこのポイントである骨董屋の調査であって、怪人の退治というわけではない。見たところ、この怪人に害はなさそうだし、戦わないに越したことはない。
「儂にそれだけの気概はない」
石像はフッと笑って答える。
(話は通じるみたい……)
洒落て答えてくれたことで、かえって真実味を感じて、かなみはある程度警戒を解く。
「それでお前達は何の用で訪ねてきた?」
「調査よ」
ここでかなみは本題を切り出す。
「最近この辺りの怪人の動きが活発だって聞いたから、詳しく知りたいの」
「その話か。確かにここ最近は若い衆が動いておるな。たまに古株のものが訪ねてきて話を聞くが」
それを聞いて、かなみは再び警戒する。
「他の怪人がやってくるの?」
「数日に一度程度だがな。昨日来たばかりだから、しばらくないだろう」
それを聞いて一安心する。
「怪人達は何しにきてるわけ?」
萌実は訊く。
「連中の目的は世間話だ。彼らもここは落ち着くようだからな」
かなみは辺りを見回す。
確かにこの不気味な骨董屋は怪人の集会場にピッタリに感じた。
「昨日は何を話したの?」
「若い衆の話だ。活発になっていると言っているだろ。それまでは大人しくしていたのだがな、戦争以来」
「戦争以来……」
「聞いた話だが、中部支部の幹部が全滅し、支部長の刀吉殿も消息を絶っていたせいだ」
それはかなみも聞いた話だ。
「それがどうして活発になってきたの?」
「――支部長が戻ってきた。昨日の奴はそう言っていた」
「え……?」
かなみは驚きのあまり、言葉を失う。
『こっちもそんな話を聞いたわ』
骨董屋を出たかなみは、すぐにあるみへ電話で報告した。
「え、そうなんですか?」
『ゲームセンターの連(れん)ダコ怪人に聞いたんだけどね』
「な、なんですか、それ?」
『ゲームセンターの筐体のボタンを連打して壊していく怪人みたいなんだけど』
「無駄に迷惑ですね……」
しかし、そういう怪人はいてもおかしくない。会ってみたいとは思わないが。
『ま、人が集まりやすいから情報はあったわ』
「ゲームセンターはそうですね」
『支部長が帰ってきた。確かに彼もそう言っていたわ』
「……あの、社長?」
『なに?』
「私、中部の支部長のこと全然知らないんですけど、どんな怪人なんですか?」
『……私も会ったことはないわよ。ただあらゆるものを一刀両断する侍だってきいたわ』
「そう、ですか……」
その話だけを聞くと、凄そうという感想しかでてこない。
『それとカリウスとは互角に戦ったそうよ、あの戦争で』
「互角……!」
それだけでも十分すぎる程、凄さは伝わってくる。
「やっぱり支部長というだけあって凄いんですね、あのカリウスと互角だなんて」
『この出張でぶつかることがあるのかもしれないわね』
「…………………」
それを聞いて、かなみの頬に汗が流れる。
カリウスと互角ということは自分と戦いになるのかすらあやしいレベルで、勝ち目なんて考える方がおかしい。
『怖い?』
あるみが訊いてくる。
「…………はい」
『その気持ちを大事にしなさい。それじゃ、また』
あるみはそう言って、電話を切る。
「臆病者ね」
萌実は言ってくる。
「怖いって思うことが?」
「そうよ。魔法少女が戦いで怖がってどうするのよ」
「あんたは怖くないの?」
「怖い、冗談じゃないわ。戦って勝つ、それが私の存在意義なのよ」
「存在意義?」
萌実の発言が今日ほど本気に聞こえたことはない。
「戦って勝つ。前にもそう言っていたわね」
「それがどうかしたの?」
「それって本当に大事なことなの?」
かなみが聞きなおしたところで、萌実はキィッと睨み、銃口を突き付ける。
「――!」
「撃ち殺されたいの?」
「殺す。戦わない私を?」
しかし、かなみは負けじと睨み返す。
「どういう意味?」
「今日はあんたと戦うつもりは無いってことよ」
「……これでも?」
萌実はかなみの額へ銃口を押し付ける。
「――ええ」
かなみは臆さず返す。
「……はあ」
萌実はため息をついて、銃を下ろす。
「次行くわよ」
そう言って、次のポイントへと足早に向かう。
「萌実……」
今だけほんの少し萌実のことが分かったような気がする。
2のポイントは古本屋であった。
寂れた一軒家だが、さっきの骨董屋に比べたらかなりまともな佇まいだった。客は一人もいないが。
「趣味悪いわね」
萌実はそう漏らす。
「さっきの方がよっぽど趣味が悪いんじゃないの」
萌実の好みの基準がよくわからなかった。
「骨董屋みたいな怪人が住み着いているのかしら?」
かなみは疑問を口にする。
ヒラヒラ
そこへリュミィが店の中へ入っていく。
「あ、こら、リュミィ!」
「何か興味惹かれるのでもあったのかしら?」
萌実が言う。
「興味惹かれる?」
リュミィは好奇心旺盛であった。とはいえ、怪人がいるかもしれないのに一人で店に入らせるのは危険だった。
かなみもとにかく入ってみる。
………………
そこは無音で閑散としていた。
外の雑踏さえも吸収しているかのように何も聞こえなかった。
「まるで無音の結界に入ったみたいね」
萌実の発言にかなみは密かに同意した。
「リュミィ……」
かなみは小声で呼んでみた。
ヒラヒラ
羽音が奥から聞こえた気がした。
埃被り色あせた本が並ぶ本棚、というより、本の山をかき分けるように奥へ進む。
「妖精ね、久しぶりにあったわ」
本のページのような白い肌と白髪の髪をした老婆がそこにいて正座していた。
「あ、あの……」
かなみは恐る恐る声をかける。
「おや、あなたがこの妖精の主なのね」
「……あなたは……?」
「私はこの古本屋の妖精ね」
「古本屋の妖精……」
「ここに集まった古本についていた情念……それが集まって私という存在になったのよ」
「そんなことがあるんですね……」
妖精がいたから、あるみはこのポイントを指定したのかもしれない。
「さて、あなた達は何の用でここに来たのかしら?」
老婆の姿をした古本の妖精は訊いてくる。
「聞きたいことがあります」
「本の妖精ということもあってかね、大抵のことには答えてあげられるけど何かね?」
「最近のこの辺りの怪人の動きのことを教えて欲しいんです」
「……そのことね」
老母は一息ついてから本を持つような手で、ページをめくるように動かして語る。
「活発になってきているわね。近頃この辺りに通り魔や強盗が目に見えて増えたのもそれが影響してるね」
「通り魔や強盗って、人間のですか?」
「そのあたりは人間もやるし、怪人もやるわよ。人間は金品とかを目的にそういうことをするけど、怪人は人間の負の感情を集めることを目的にして行うわ」
「そんな違いがあるんですね」
怪人は厄介な存在ではあるけど、人間は人間で厄介なものだと思えた。
「私からしてみればどっちも大差ないけどね」
「人間も怪人も一緒って言いたいんですか?」
「あなた達は人間は違うって思いたいけどね、元を辿ればこの世界で生まれた同じ魂よ。ただそれを取り巻く肉体は別なだけでね」
「同じ魂……」
「信じられない、そういう顔をしているね、フフ」
古本の妖精は笑う。
かなみにはまるで学校の校長が話しているみたいにわけがわからなかった。
「人間っていうのは不思議ね、自分達と同じ存在を認めたがらない。怪人や妖精が認知されないのはそういうわけでもあるんじゃないのかしら」
「……確かに信じられません……私達人間とこの子、リュミィやあなた、そして怪人が同じ存在だなんて……」
「………………」
萌実はその言葉に無言のままで目を背ける。
「でも、少なくともリュミィや私は仲間だと思います」
「フフ、いい答えです」
古本の妖精は満足そうに笑う。
「かつて人間と妖精、怪人……昔は妖怪とも言われてましたが、共存共栄していたことがあったそうです。私やあなた達が生まれる遥か前の話ですが」
「共存共栄……」
かなみはそう言われて、人間と妖精、怪人が一緒に過ごす光景をおぼろげながら思い浮かべてみる。
「まるでおとぎ話みたいですね」
「そう、まさしくこの本達に描かれたおとぎ話のようにね」
「そんな昔話はどうでもいいわ」
業を煮やした萌実は会話に割って入る。
「私達が欲しいのは今の話よ! 中部支部長は結局戻ってきたの?」
「萌実……」
「私に入ってくる知識はあくまで知識でしかない」
「どういう意味よ?」
「そうね……例えば、怪人は人間に危害を加えた。その怪人は悪だと思う?」
「それは迷惑をかけたんだから悪に決まってるじゃない」
かなみは古本の妖精に問いかけに即答した。
「決めつけは良くないわ。一言聞いただけで悪と断定するのはね。
事故で結果的に気概を加えてしまった可能性だってあるのではなくて?」
「事故?」
「例えば、子供と鬼ごっこで遊んでいて、怪人がタッチして勢いあまって突き飛ばした。そういう場合、怪人を悪だといえるのかしらね」
「そ、それは……」
「そういう可能性だってあるから全てが悪だなんて断定ができないのよ。事実に対して善悪の判断を下すためには、たった一言では少なすぎるわ。より多くの事実を集めて多くの視点をもって、決断をくださなければならないわ」
「…………………」
「あ~!!」
萌実はうんざり気味に髪をかき鳴らして言う。
「もってまわった言い方はやめなさい! つまり、何が言いたいわけ!?」
「支部長は帰ってきた、怪人達は確かにそう言っていた。
私が言えるのはそれだけ。それは一つの判断材料でしかないということよ」
古本の妖精はそう言って、本を閉じる仕草を取る。
「この話はそれでおしまい」
古本屋を出たかなみは不思議な気分に包まれてた。
「……まるで、説教を聞いた気分ね」
かなみは古本屋の妖精とのやりとりをそう評する。
「それをいうなら説法じゃない」
「……説教と説法ってどう違うっていうのよ?」
「そんなの知るわけないじゃない」
「いい加減ね」
かなみはため息をつく。
「んで、どう思うわけ?」
「……え?」
「中部支部長よ、本当に帰ってきたと思うの?」
萌実に聞かれて、かなみは首を傾げる。
「帰ってきたって、そう言っていたからそうじゃないの?」
「それだけじゃないともあの妖精は言っていたわ」
「あれって、そういう意味じゃないんじゃない?」
「ううん、よくわからなかったけど……」
「あんたっておつむが弱いものね」
「なッ!?」
「特に給与の計算あたりがね」
マニィがカバンから口を出す。
「あんた、どっちの味方よ!?」
「正しいことを言う方だね」
「だったら、萌実のマスコットになりなさい!」
「ちょっと! そんな汚らしいネズミを押し付けないでよ!!」
「ボクはかなみの味方だよ」
汚らしいと直球で言われて多少なりとも傷ついたようだ。
「調子いいんだから」
ヒラヒラ
リュミィはかなみの頭上を飛び回る。
「あははは、あんたはいつもの私の味方ね」
「妖精、か……」
「羨ましいの?」
「べ、別に……!」
かなみが訊くと、萌実はそっぽ向く。
トルルルルル
そこへかなみの携帯電話が鳴りだす。
「あ、社長からだわ」
かなみは着信に応じる。
『もしもし、そっちはどう?』
「今2の古本屋へ行ってきたところです。そこには古本の妖精がいました」
『古本の妖精、ね……また珍しいものに会ってきたわね』
「そうですね、なんていうかわかりにくい教え方をする先生みたいでした」
『あははは、元が古本なんだからそうでしょうね』
「笑いごとじゃないですよ。それよりも、その妖精が中部支部長が帰ってきたって言ってましたよ」
『そうね、こっちの喫茶店のモーニング怪人もそんなこと言ってたわ』
「なんですか、そのモーニング怪人って……」
『外からやってきた人間が頼んだモーニングセットを勝手に食べて、客にコーヒーだけ飲ませる怪人よ』
「せ、せこい……」
ゲームセンターの連ダコ怪人といい、この地方の怪人はせこいという印象が強くなってきた。
『ま、喫茶店は人が集まりやすいから情報はあったわ』』
「ゲームセンターの時も同じ台詞言ってましたね」
『業務連絡だからそうなるのよ』
「そういうものなんですか……」
あるみが言うのだからそういうものなのだろう。釈然としないところはあるが。
『それでやっぱり、そのモーニング怪人も支部長が帰ってきたって言ってきたわ』
「やっぱり……ということは、支部長は帰ってきたってことは確実なんですよね?」
『果たしてどうかしらね』
「と、言いますと?」
『モーニング怪人は帰ってきた支部長にまだ会ったことないそうよ』
「……会ったことない? どういうことなんですか?」
『そのままの意味よ。あとは自分で考えなさい』
「古本の妖精さんも似たようなことを言っていました」
『あらそう、私も一度あってみたいわね』
「先生みたいな妖精でした……」
『ああ、さぞコーヒーが進みそうね……』
声色にわずかに苦味が混ざっているように感じる。
『それはともかくとしてこれで全部のポイントを回ったところだし、一度合流しましょう。場所はメールで送るわ』
「はい」
『行き先はマニィに伝えておくわ。それじゃ』
電話が切れる。
「なんだか、面倒そうになってきたわね」
萌実はぼやく。かなみもわずかながら同意した。
待ち合わせになったのはやはり喫茶店で、閑散としたモダンな雰囲気がする。いかにもあるみが好きそうな店な気がした。
「こっちよ」
先にあるみは来ていて、コーヒーを飲んでいた。もちろんブラックで。
「こういうお店、よく見つけますね」
「裏路地とか出歩いていると自然にね」
「……なんで、裏路地を出歩いているか聞きませんが」
怪人絡みの汚い話になりそうだった。
「それでどうだった?」
「奇妙な怪人と妖精でした。でも、二人とも支部長が帰ってきたって言ってました」
「そう、これだけほうぼうから情報が集まってくると確定かもね」
「やっぱり帰ってきたんですか?」
「かなみちゃんはどう思う?」
「え……」
かなみは古本の妖精の言葉を思い出す。
――支部長は帰ってきた、怪人達は確かにそう言っていた。
――私が言えるのはそれだけ。それは一つの判断材料でしかないということよ。
あれは支部長がまだ帰ってきていないということなのか。
それともすでに死んでいるのか、それともやっぱり帰ってきているのか。
色々と含みを考えられる。
「……わかりません」
色々考えて結局そこに行き着く。
「あの……社長は、どう思いますか?」
「わからないわよ」
あるみは即答する。そのあまりの思い切りの良さにかなみはキョトンとする。
「わからないって……」
「判断材料は多いんだけどね、はっきりとしたことは言えないわ」
「え、でも……確定かもって言ってたじゃないですか?」
「あくまで、『かも』ね……八割方ぐらいの可能性の話ってことよ」
「……いい加減です」
「うん、まあね。そのぐらい曖昧なところあるのよ。ここでの情報にしても、来葉の未来視にしてもね」
「来葉さんの未来視でも、なんですか?」
それは少し意外だった。来葉の未来視ならほぼ確実に情報を入手できるんじゃないかってぐらい、凄いものだという認識があるからだ。
「離れた土地だと、どうしても精度が落ちるみたい。八割方ぐらいかしらね」
「それでも十分高い気がしますが」
「あの子、百パーセントの時以外は自信無いのよ」
「ああ……」
なんとなく来葉は完全主義なきらいを感じるので、納得がいった。
「でも、それだと私達はどうしたらいいんですか?」
「情報を集めて精度を上げることね。とはいっても、あとは地下にしかなさそうだけど」
「地下……?」
「ここから先が来葉が未来視で情報を思うように引き出せなかったところよ」
地下という単語とあるみのその言葉だけで物々しい雰囲気を感じた。
「だったら、とっとと行きましょ!」
萌実はダンとテーブルを叩く。
「……ええ、これを飲んだらね」
あるみはゆったりとコーヒーをそそる。
「急ぎなさいよ!」
「いつからそんなに真面目になったの?」
「はあ!?」
萌実はくってかかる。
「……別に」
頬杖をついてふてくされる。
「フフ、いい影響が出てるわね」
「どういう影響ですか?」
かなみは訊くが、あるみはニヤリと人の悪い笑顔をするだけであった。
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