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第57話 船出! 釣り糸に引き寄せられる少女の縁 (Bパート)
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そこから、さらに一時間が経つ。
「……釣れません」
「そうね」
怪人どころか魚一匹釣れない。
それにしても、こんな広い海でたった一匹を釣り上げるということがかなりの無茶なのでは、と思えてきた。
「……ポイント」
翠華は何か閃いたかのように呟く。
「そうよ、ポイントよ」
「どうかしましたか、翠華さん?」
「ここまではって、たったアジ一匹ということは場所が悪いのよ。どこか他に良さそうなポイントに移った方がいいと思うんだけど」
「なるほど、海はこんなに広いんですから一ヶ所にとどまっているのはよくないってことですね!」
沙鳴は感心する。
「そうと決まれば、ポイントを変えましょう! どこがいいでしょうか?」
「あ、で、でもそこまでは考えていなかったわ……」
「怪人がどこかにいるか気配ぐらい掴めればいいんですけど……」
あいにくとかなみは感知能力に自信が無い。
「翠華さん、なんとかなりませんか?」
「私もそんなに自信はないし、相手は水中にいるみたいだから余計感知できないし……」
かなみと翠華は顔を見合わせる。
「「うーん」」
二人は悩む。
「……こうなったら、」
いい案が出ないまま、かなみは翠華に言いにくそうに意見する。
「感知するまで走らせる、というのはどうでしょうか?」
「……他に、いい案もないし、それでいきましょ」
「かなみ様の第六感にお任せ! ということですね!!」
「そんなに大したものじゃないんだけど……」
「レッツゴー!」と張り切って、沙鳴は船のエンジンをかける。
「あの娘、凄い元気ね……」
「せっかくとった免許ですから、船を動かすのが楽しいんじゃないんですか?」
「……それだけかしら?」
「どういうことですか?」
翠華はかなみをじいっと睨む。
「ねえ、かなみさん?」
「な、なんでしょうか?」
「……もしかして、私邪魔だった?」
「え、なんでですか!?」
かなみに驚かれてから、翠華は初めて「自分はなんてことを訊いたのか」と気づく。
「う、ううん、なんでもない! なんでもないの!?」
「そ、そうですか……でも、翠華さんが邪魔だなんてまったく思っていませんよ」
「――!」
不意打ちのようにそう力強く言われて、翠華は驚く。
「翠華さんがいてくれて、とても頼もしくて心強いですよ」
「……そ、そんな……私なんて……」
「私、翠華さんがいてくれるから、この仕事は成功していると信じています」
「――!」
翠華は顔面を真っ赤にして、それを見られまいと顔を背ける。
「翠華さん、どうしたんでしょうか?」
かなみは首を傾げる。
「……鈍感」
カバンの中に隠れていたマニィは一人呟く。
ブオオオオオン!!
そんなことを他所に、船は走り出す。
かなみも気持ちを切り替えて、水面へ目を凝らして魔力を探知しようと集中する。
「……全然、感じられない」
感知能力に自信は無かったが、動いてみれば案外簡単に見つかるかもしれないと思った。しかし、それほど甘くなかったみたいだ。
「海って広いわね」
思わずぼやく。
こんな広い海に潜んでいるたった一匹の怪人を見つけて釣り上げることができるのだろうか。
報酬四十万というのは、苦労と難易度の見合った仕事だと今更ながらに思えた。
船を動かして三十分。一向に怪人の気配は感じなかった。
「かなみさん、休憩しましょう」
翠華は提案してくる。
「でも、怪人がまだ見つかっていませんし……」
「もう走りっぱなしで、酔ってきたりなんかしていない?」
「社長の運転に比べたら大したことないですよ」
「それは……まあそうだけど」
実際、翠華も酔った事があるから同意せざるを得ない。
あれに比べたら、船酔いなんて目じゃないというのもそうだ。
(でも、このまま集中し続けても……)
すぐに疲れてしまう。ちゃんと休憩しないと、翠華は焦る。
「……あ」
そんなやり取りをしていると船が止まる。
「沙鳴、どうしたのかしら?」
「ふ、船酔いしました……」
口元を抑えて、フラフラする沙鳴がやってくる。
「さ、沙鳴、大丈夫!?」
「お、おかに……きもちわ、るい、です……」
沙鳴はうなだれる。
「おか? でも、船を運転できるのは沙鳴さんだけじゃ!?」
「…………………」
「沙鳴、大丈夫!?」
というわけで、かなみ達は立ち往生を余儀なくされる。
さらに三十分ほど経った。
「うぅ……」
沙鳴は船酔いでうなだれたままであった。
なんとか、陸に戻してあげたいのだが、沙鳴しか運転できないのだからそうはいかない。
「沙鳴が回復するのを待つしかないですよね」
「そうね……」
一応、釣り糸を下げて何か引っかからないか、やってみてはいるものの期待は薄い。
「はあ……こういうとき、いきなり怪人とか引っかかるといいんですけど……」
「そう都合よくはいかないわね」
ビクッ!
そのとき、かなみの釣り竿に引きがあった。
「かかった! かかりました!」
かなみは即座に釣り上げる。
「やったー! やりました、今晩のおかずゲットです!!」
かなみは大いにはしゃぐ。
「おめでとう、かなみさん」
かなみと一緒に喜ぶ翠華は一方で危機感を募らせる。
(……これで、一匹もつれてないのは私だけ……!?)
釣り竿を持つ手をカタカタと揺らす。
「かなみさん、私も頑張るから!」
「え、ええ……」
翠華はじっくりと水面をこらす。
「翠華さん、どうしたんでしょうか?」
さすがに、翠華の気負いに気づいてなんとなく様子がおかしいことを察する。
さらに一時間が経過する。
結局は当たりはかなみの一匹だけであとはまったく無かった。
「かなみ様、面目ありません」
沙鳴は船酔いがようやく収まってきた。
「ううん、船酔いじゃ、しょうがないわ。それより大丈夫?」
「はい、なんとか陸に戻れると思います」
「そう、それじゃ戻りましょう」
「よろしいんですか?」
「沙鳴の容態の方が心配だし」
「うぅ……その心遣いはとても嬉しいです。それでは、お言葉に甘えて陸に戻ります」
そこで、かなみは翠華へ視線を移す。
「………………」
翠華は無言のまま、釣り糸を見つめている。
「あの、翠華さん……?」
かなみは恐る恐る声をかける。
「え、な、なに!?」
いきなり声をかけられた翠華は動揺する。
「いったん、陸に戻るってことでいいですよね?」
「え、ええ……そ、そうね……」
翠華はためらいながらも同意する。
「……私まだ釣れてないのに」
翠華はかなみへ聞こえないように一人ぼやく。
「………………」
それを沙鳴は聞いてしまう。
「翠華さん?」
「ん、なに?」
「もう少しここで粘りましょうか?」
「え? でも、沙鳴さん大丈夫なの?」
「私なら大丈夫です。もうちょっと養生するように、かなみ様に言っておきますから」
「え、えぇ……」
翠華は何かを言う前に、沙鳴はかなみへ進言する。
(沙鳴さん、私のために……)
気遣いがありがたくて心苦しくなった。
勝手に対抗心を持とうとして、良くない感情を抱いてしまった。
(とてもいい娘だった……いい友達になれる気がする……なのに、私は……)
後ろめたさが募る。
「あの、沙鳴さん?」
「はい、なんでしょう?」
「……ありがとう」
翠華は照れて、それだけ言うのは精一杯だった。
「翠華さんからお礼を言われるようなことをしたつもりはありませんが……」
沙鳴は首を傾げる。
「ああ!! 引いてるわ!?」
即座にかなみは釣り上げる。
「やったーこれで二匹目よ!」
かなみは大いにはしゃぐ。
「おめでとうございます、かなみ様!」
沙鳴は一緒にはしゃぐ。
「………………」
それを翠華は呆然と見る。
ビク!
その時だった。
やたら大きな手ごたえが翠華の竿に来た。
「わ、わわッ!?」
今日初めての引きに翠華は動揺する。
「こ、これ、どうしたらいいのッ!?」
「翠華さんッ!」
かなみはすぐに翠華の竿を後ろから握る。
「え、ええッ!?」
いきなりの密着に、翠華の動揺は加速する。
「こ、これは、凄い大物ですよ! 絶対釣り上げましょう!!」
「え、ええッ! そうね!!」
「力を合わせましょう!」
「ええ!」
かなみの呼びかけに応じるだけで精一杯だった。しかし、力を合わせるということはこれまでも何回もやってきた。だから、身体が自然に反応してくれる。
「せーの!」
かなみの号令と共に竿を持つ手の力を強くする。
「せいッ!」
バシャァァァァァン!!
大きな水飛沫を上げて、獲物が飛び上がる。
「かかったのはお前らの方だぜ!」
獲物は人の言葉を話して船の上に降り立った。
マグロの身体から人間の手足が生えた、紛れもない怪人であった。
「か、怪人!?」
「つ、釣れちゃった……」
かなみと翠華はあまりにもいきなり過ぎて一瞬対処が遅れる。
「この船を沈めてやるぜ! とりゃ!」
ドスン、と、怪人は船を踏みしめる。
すると、船はけたたましい音を上げて大いに揺れる。
「おっとと!」
「う、うぅ……凄い揺れです……お、おさまっていた、酔いが……!」
沙鳴は船酔いが再発してしまい、うなだれる。
「こんな船沈めるなんざ五分もかからねえぜ、そおれ!」
怪人はさらに船を揺らす。
「わわ!?」
「かなみさん、今がチャンスよ!」
「ええ?」
「沙鳴さん、船酔いしてるから気づかれないわ!」
「あ、そ、そうですね!」
かなみと翠華はコインを取り出す。
「「マジカルワークス」」
沈めてられてたまるものか、と言わんばかりにかなみと翠華は変身する。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
魔法少女の衣装に身を包み、船上に立つ。
「げげ、魔法少女!?」
「これ以上好きにやらせないわよ!」
「ま、まさか……魔法少女が乗ってる船に釣り上げられるとは……! これじゃせっかくの俺の日本征服計画ががが……!」
「船を沈めるのが、どうして日本征服になるの?」
翠華は素直に疑問を投げかける。
「そりゃ、ここで船を沈めてりゃこの海で魚が捕れなくなって、日本の食卓から魚が消えるだろ! 魚が消えればタンパク質やルシウムがとれなくなってひ弱になったニンゲン相手なら簡単に征服できるって寸法だ!」
「………………」
カナミとスイカは呆れて、お互いに顔を見合わせる。
「あれって、真面目に言ってるの?」
「多分、大真面目です」
カナミはため息交じりに答える。
「って、てめえら! このマグロッサー様のパーフェクトな計画をコケにしやがったな!?」
「ね、大真面目でしょ?」
カナミはさらりと受け流す。
「カルシウムなら牛乳、タンパク質ならお肉でもとれるし、第一日本で魚がとれなくても輸入でなんとかできるし」
「それ以前に魚どころかまともに食事していなくても、私は元気です!」
「それはダメよ、カナミさん!?」
「うぅ……おぉ……」
マグロッサーを他所に好き勝手に会話する。一人沙鳴は船酔いでうなだれたままだが。
「てめえら、俺を無視すんじゃねえ!!」
ドスンと船を揺らす。
「うわっとと!? あほらしい計画はともかくこの船を沈められるわけにはいかないわね!」
「同感です!」
「せい!」
スイカはレイピアで一足飛びでマグロッサを一突きする。
「ぎゃああああああッ!?」
「……あ、あれ?」
あまりの手ごたえの良さに逆にスイカは驚く。
「仕込みステッキ・ピンゾロの半! とりゃあッ!!」
仕込みステッキの刃を一閃し、腕を斬り落とす。
「あぎょぐえッ!?」
「さあ、スイカさん! 三枚におろしてやりましょう!!」
「え、ええ!!」
スイカはやや出遅れてからレイピアで目玉を一突きする。
「目が目が目が目があああああッ!!?」
目を潰されて、倒れこんだマグロッサーにとどめと言わんばかりにカナミとスイカは斬りかかる。
「ぎゃぁぁぁぁッ!?」
断末魔を上げてマグロッサーは船へ横たわる。
「滅茶苦茶弱かったわね……」
「所詮魚食って船揺らすだけの怪人ってことですよ」
「身も蓋もないわね」
スイカは少しばかりこの怪人に同情した。
「「「カンパーイ!!」」」
かなみ、翠華、沙鳴の三人はオレンジジュースを入れたコップを突き合わせる。
食卓に並ぶのは今日釣り上げた魚の塩焼きだ。せっかくボーナスが入ったんだからもっと豪華にしてもよかったのかもしれないが、釣った魚をその日のうちに食べるのが一番の豪華ということはとでこれだけになった。
そんなわけで、本日の仕事の成功祝いをかなみの部屋で行うことになった。
「いやあ、一仕事したあとのジュ―スは最高ですね!」
「沙鳴のおかげで助かったわ、ありがとう!」
「いえいえ、かなみ様のお役に立てて何よりです!
……ですが、私が船酔いで意識が朦朧としているときにカイジンを釣り上げてしまうなんてさすが、かなみ様です!!」
「あはははは、そ、そうね……」
かなみは乾いた笑いでごまかす。
どうやら、船酔いでのせいで意識と記憶が錯乱していて、おかげで、目の前で怪人が現れたり、かなみが魔法少女に変身したりしても気づかれなかったようだ。
『おかげでどぎついペナルティを用意しなくて済んだわ』
報告した時、あるみはそんなことを言っていたが、かなみと翠華は心底肝を冷やした。
「あ、でも、釣り上げたのは私じゃなくて翠華さんなのよ」
「え、そうなんですか!?」
そうと聞かされて、沙鳴は翠華へ尊敬の視線を送る。
「翠華さんって凄い人だったんですね!」
「え、えぇ!?」
「狙った獲物を一本釣りするなんて、とても自分にはできないことです!!」
「ま、まぐれよ……」
「運の実力のうちですよ! 私やかなみ様が運が無いから借金持ちなんですから!!」
沙鳴は陽気に言うが、翠華は笑う気にはなれなかった。
「……そ、そうよね……私、運が無いから、借金持ちで……」
「かなみさん!?」
かなみが思わぬダメージを被っていた。
「かなみさん、そんなに悲観しないで! ほら、かなみさんが釣り上げた魚なんだから食べて食べて!」
「は、はい……」
かなみは箸で身を割いて、一口食べる。
「おいしい!」
「かなみさんが釣った魚よ! こんないい魚、運が良くないと釣れないわよ」
「そ、そうですね……」
「おお、かなみ様へのフォローもバッチリしている。さすがです」
沙鳴は感心する。
(っていうか、あなたの余計な一言が原因なんだけど……)
思っていても、口にしないのが翠華であった。
「魚、おいしいからどんどん食べましょう!」
「はい! それではいただきます!」
「翠華さんも!」
「え、ええ、いただくわ」
三人は魚に食べて、ジュースを飲んで、大いに盛り上がった。
夜も遅くなってきて、料理も食べつくして終わり時になっていた。
「さて、それじゃ私もそろそろ……」
翠華は立ち上がる。
「あ、翠華さん、帰るんですか?」
「ええ、もうこんな時間だし」
「そ、そうですか……」
「かなみさん?」
翠華はかなみの言動に違和感を覚えた。
いつものオフィスだったら、「また明日」といった具合にさっぱり終わるところなのに、今日は違う気がした。
(もしかして、かなみさん……私にまだいてほしいの……?)
そう思うと、今のかなみの言動は「いなくなると寂しい」といった感情から来るもののような気がしてきた。
(私……私だって、まだ、ここにいたいけど……)
しかし、ここはかなみの部屋。今ここに留まるということは、泊まるということだ。そんなことになったら、心臓が持ちそうにない。
「あ、翠華さん、お帰りになるんですか?」
「沙鳴さん?」
「翠華さんが帰ると寂しいんですけど、私達は二人で楽しくやりますから」
「ふ、二人で、た、楽しく?」
沙鳴の一言に翠華は必要以上に反応する。
(楽しくって、健全……? 健全よね!? もしかして、この沙鳴さん、かなみさんのことを狙って……! いやいや、そんなはずが……! でも、ひょっとして、もしかして……)
頭に湯気が立ちそうになる。
「す、翠華さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……ちょっとたちくらみで……」
「それは大変です! 今日は船に乗ったり釣り上げたり疲れてるんじゃないんですか!?」
「え、そ、そんなことは……」
「翠華さん、無理せず休んでください!」
「え、えぇ……」
翠華はかなみに言われるまま、休まされる。
(こ、これって時間的にこのまま寝泊まりするってことにならないかしら!?)
翠華は緊張で冷や汗がだらだらと流れてくる。
「わあ、翠華さん凄い汗ですよ!?」
「こ、これくらい大丈夫よ!」
「寝た方がいいんじゃないですか?」
沙鳴が突拍子もなく言い出す。
「あ、そうね。それじゃ私布団敷きますね」
「ふ、ふとん!?」
布団ということは、かなみが使っている布団以外にありえないだろう。それを敷いて寝るということは……ここまで考えて翠華の理性が蒸発しそうになる。
「い、いやあああああッ!!」
翠華は耐えきれずに部屋を飛び出る。
「す、翠華さん……?」
かなみは呆然と見送るしか出来なかった。
翌日、かなみと翠華はちょうどオフィスの入り口で鉢合わせした。
「あ……」
昨晩のことを思い出して、翠華はきまずくて顔をそらす。
「昨日はご、ごめんなさい……」
「どうして翠華さんが謝るんですか?」
「え、いや、いきなり帰ってしまって……」
「翠華さんはもう帰るって言っていたから、私が無理に引き止めてしまっていただけじゃないですか?」
「そ、そう……?」
かなみの方ではそういうことになっているらしかった。
だったら、無闇に気まずい空気を引きずるのはよくない気がする。
「そ、そうね。わ、私はただ帰っただけなのよ!」
「そうですか。急いで帰ったから急用があるのかと思ったんですが」
「あ、ああ……あれはちょっとね……」
布団のせいで理性を保っていられなくなったなんて口が裂けても言えないと思った。
「そ、それより、かなみさん……」
無理矢理話題を変えて、ボロを出すのを防ごうと翠華はとっさに判断した。
「私、バイクの免許を持ってるのよ」
「知ってます」
「バイクも持ってるのよ」
「知ってます」
かなみはあっさりと答えるものだから、翠華は戸惑う。
「……だから、その……」
翠華は恥じらいながらも、なんとか言おうと勇気を振り絞る。
「――今度、私とツーリングしましょう!!」
「……え?」
いきなりの提案に、かなみはキョトンとする。
「だ、ダメ? ダメよね、変なこと言ってごめんなさい!!」
「いいですよ」
「ほえ!?」
今度は翠華がキョトンとする。
「……今なんて?」
「翠華さんとツーリングなら喜んで」
「………………」
翠華は絶句する。
「翠華さん?」
かなみは呼びかける。
「は、はい!?」
「どうしたんですか?」
かなみは覗いてくる。翠華はドキリとする。
「な、なんでもないの!
さあ、今日も仕事頑張っていきましょ!!」
無理矢理別の話題に切り替える。
「そ、そうですね! 今日も元気に借金返済よ!!」
単純なかなみはこれに乗っかる。
(……私は借金返済しないんだけど)
翠華は心の中でそう思ったけど、言わないでおいた。
それよりも、今度ツーリングができる約束に心躍ってそれどころじゃなかった。
ちなみに、「今度」というのは具体的にいつなのか指定していないため、実現するのかどうか限りなく不透明であった。
「……釣れません」
「そうね」
怪人どころか魚一匹釣れない。
それにしても、こんな広い海でたった一匹を釣り上げるということがかなりの無茶なのでは、と思えてきた。
「……ポイント」
翠華は何か閃いたかのように呟く。
「そうよ、ポイントよ」
「どうかしましたか、翠華さん?」
「ここまではって、たったアジ一匹ということは場所が悪いのよ。どこか他に良さそうなポイントに移った方がいいと思うんだけど」
「なるほど、海はこんなに広いんですから一ヶ所にとどまっているのはよくないってことですね!」
沙鳴は感心する。
「そうと決まれば、ポイントを変えましょう! どこがいいでしょうか?」
「あ、で、でもそこまでは考えていなかったわ……」
「怪人がどこかにいるか気配ぐらい掴めればいいんですけど……」
あいにくとかなみは感知能力に自信が無い。
「翠華さん、なんとかなりませんか?」
「私もそんなに自信はないし、相手は水中にいるみたいだから余計感知できないし……」
かなみと翠華は顔を見合わせる。
「「うーん」」
二人は悩む。
「……こうなったら、」
いい案が出ないまま、かなみは翠華に言いにくそうに意見する。
「感知するまで走らせる、というのはどうでしょうか?」
「……他に、いい案もないし、それでいきましょ」
「かなみ様の第六感にお任せ! ということですね!!」
「そんなに大したものじゃないんだけど……」
「レッツゴー!」と張り切って、沙鳴は船のエンジンをかける。
「あの娘、凄い元気ね……」
「せっかくとった免許ですから、船を動かすのが楽しいんじゃないんですか?」
「……それだけかしら?」
「どういうことですか?」
翠華はかなみをじいっと睨む。
「ねえ、かなみさん?」
「な、なんでしょうか?」
「……もしかして、私邪魔だった?」
「え、なんでですか!?」
かなみに驚かれてから、翠華は初めて「自分はなんてことを訊いたのか」と気づく。
「う、ううん、なんでもない! なんでもないの!?」
「そ、そうですか……でも、翠華さんが邪魔だなんてまったく思っていませんよ」
「――!」
不意打ちのようにそう力強く言われて、翠華は驚く。
「翠華さんがいてくれて、とても頼もしくて心強いですよ」
「……そ、そんな……私なんて……」
「私、翠華さんがいてくれるから、この仕事は成功していると信じています」
「――!」
翠華は顔面を真っ赤にして、それを見られまいと顔を背ける。
「翠華さん、どうしたんでしょうか?」
かなみは首を傾げる。
「……鈍感」
カバンの中に隠れていたマニィは一人呟く。
ブオオオオオン!!
そんなことを他所に、船は走り出す。
かなみも気持ちを切り替えて、水面へ目を凝らして魔力を探知しようと集中する。
「……全然、感じられない」
感知能力に自信は無かったが、動いてみれば案外簡単に見つかるかもしれないと思った。しかし、それほど甘くなかったみたいだ。
「海って広いわね」
思わずぼやく。
こんな広い海に潜んでいるたった一匹の怪人を見つけて釣り上げることができるのだろうか。
報酬四十万というのは、苦労と難易度の見合った仕事だと今更ながらに思えた。
船を動かして三十分。一向に怪人の気配は感じなかった。
「かなみさん、休憩しましょう」
翠華は提案してくる。
「でも、怪人がまだ見つかっていませんし……」
「もう走りっぱなしで、酔ってきたりなんかしていない?」
「社長の運転に比べたら大したことないですよ」
「それは……まあそうだけど」
実際、翠華も酔った事があるから同意せざるを得ない。
あれに比べたら、船酔いなんて目じゃないというのもそうだ。
(でも、このまま集中し続けても……)
すぐに疲れてしまう。ちゃんと休憩しないと、翠華は焦る。
「……あ」
そんなやり取りをしていると船が止まる。
「沙鳴、どうしたのかしら?」
「ふ、船酔いしました……」
口元を抑えて、フラフラする沙鳴がやってくる。
「さ、沙鳴、大丈夫!?」
「お、おかに……きもちわ、るい、です……」
沙鳴はうなだれる。
「おか? でも、船を運転できるのは沙鳴さんだけじゃ!?」
「…………………」
「沙鳴、大丈夫!?」
というわけで、かなみ達は立ち往生を余儀なくされる。
さらに三十分ほど経った。
「うぅ……」
沙鳴は船酔いでうなだれたままであった。
なんとか、陸に戻してあげたいのだが、沙鳴しか運転できないのだからそうはいかない。
「沙鳴が回復するのを待つしかないですよね」
「そうね……」
一応、釣り糸を下げて何か引っかからないか、やってみてはいるものの期待は薄い。
「はあ……こういうとき、いきなり怪人とか引っかかるといいんですけど……」
「そう都合よくはいかないわね」
ビクッ!
そのとき、かなみの釣り竿に引きがあった。
「かかった! かかりました!」
かなみは即座に釣り上げる。
「やったー! やりました、今晩のおかずゲットです!!」
かなみは大いにはしゃぐ。
「おめでとう、かなみさん」
かなみと一緒に喜ぶ翠華は一方で危機感を募らせる。
(……これで、一匹もつれてないのは私だけ……!?)
釣り竿を持つ手をカタカタと揺らす。
「かなみさん、私も頑張るから!」
「え、ええ……」
翠華はじっくりと水面をこらす。
「翠華さん、どうしたんでしょうか?」
さすがに、翠華の気負いに気づいてなんとなく様子がおかしいことを察する。
さらに一時間が経過する。
結局は当たりはかなみの一匹だけであとはまったく無かった。
「かなみ様、面目ありません」
沙鳴は船酔いがようやく収まってきた。
「ううん、船酔いじゃ、しょうがないわ。それより大丈夫?」
「はい、なんとか陸に戻れると思います」
「そう、それじゃ戻りましょう」
「よろしいんですか?」
「沙鳴の容態の方が心配だし」
「うぅ……その心遣いはとても嬉しいです。それでは、お言葉に甘えて陸に戻ります」
そこで、かなみは翠華へ視線を移す。
「………………」
翠華は無言のまま、釣り糸を見つめている。
「あの、翠華さん……?」
かなみは恐る恐る声をかける。
「え、な、なに!?」
いきなり声をかけられた翠華は動揺する。
「いったん、陸に戻るってことでいいですよね?」
「え、ええ……そ、そうね……」
翠華はためらいながらも同意する。
「……私まだ釣れてないのに」
翠華はかなみへ聞こえないように一人ぼやく。
「………………」
それを沙鳴は聞いてしまう。
「翠華さん?」
「ん、なに?」
「もう少しここで粘りましょうか?」
「え? でも、沙鳴さん大丈夫なの?」
「私なら大丈夫です。もうちょっと養生するように、かなみ様に言っておきますから」
「え、えぇ……」
翠華は何かを言う前に、沙鳴はかなみへ進言する。
(沙鳴さん、私のために……)
気遣いがありがたくて心苦しくなった。
勝手に対抗心を持とうとして、良くない感情を抱いてしまった。
(とてもいい娘だった……いい友達になれる気がする……なのに、私は……)
後ろめたさが募る。
「あの、沙鳴さん?」
「はい、なんでしょう?」
「……ありがとう」
翠華は照れて、それだけ言うのは精一杯だった。
「翠華さんからお礼を言われるようなことをしたつもりはありませんが……」
沙鳴は首を傾げる。
「ああ!! 引いてるわ!?」
即座にかなみは釣り上げる。
「やったーこれで二匹目よ!」
かなみは大いにはしゃぐ。
「おめでとうございます、かなみ様!」
沙鳴は一緒にはしゃぐ。
「………………」
それを翠華は呆然と見る。
ビク!
その時だった。
やたら大きな手ごたえが翠華の竿に来た。
「わ、わわッ!?」
今日初めての引きに翠華は動揺する。
「こ、これ、どうしたらいいのッ!?」
「翠華さんッ!」
かなみはすぐに翠華の竿を後ろから握る。
「え、ええッ!?」
いきなりの密着に、翠華の動揺は加速する。
「こ、これは、凄い大物ですよ! 絶対釣り上げましょう!!」
「え、ええッ! そうね!!」
「力を合わせましょう!」
「ええ!」
かなみの呼びかけに応じるだけで精一杯だった。しかし、力を合わせるということはこれまでも何回もやってきた。だから、身体が自然に反応してくれる。
「せーの!」
かなみの号令と共に竿を持つ手の力を強くする。
「せいッ!」
バシャァァァァァン!!
大きな水飛沫を上げて、獲物が飛び上がる。
「かかったのはお前らの方だぜ!」
獲物は人の言葉を話して船の上に降り立った。
マグロの身体から人間の手足が生えた、紛れもない怪人であった。
「か、怪人!?」
「つ、釣れちゃった……」
かなみと翠華はあまりにもいきなり過ぎて一瞬対処が遅れる。
「この船を沈めてやるぜ! とりゃ!」
ドスン、と、怪人は船を踏みしめる。
すると、船はけたたましい音を上げて大いに揺れる。
「おっとと!」
「う、うぅ……凄い揺れです……お、おさまっていた、酔いが……!」
沙鳴は船酔いが再発してしまい、うなだれる。
「こんな船沈めるなんざ五分もかからねえぜ、そおれ!」
怪人はさらに船を揺らす。
「わわ!?」
「かなみさん、今がチャンスよ!」
「ええ?」
「沙鳴さん、船酔いしてるから気づかれないわ!」
「あ、そ、そうですね!」
かなみと翠華はコインを取り出す。
「「マジカルワークス」」
沈めてられてたまるものか、と言わんばかりにかなみと翠華は変身する。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
魔法少女の衣装に身を包み、船上に立つ。
「げげ、魔法少女!?」
「これ以上好きにやらせないわよ!」
「ま、まさか……魔法少女が乗ってる船に釣り上げられるとは……! これじゃせっかくの俺の日本征服計画ががが……!」
「船を沈めるのが、どうして日本征服になるの?」
翠華は素直に疑問を投げかける。
「そりゃ、ここで船を沈めてりゃこの海で魚が捕れなくなって、日本の食卓から魚が消えるだろ! 魚が消えればタンパク質やルシウムがとれなくなってひ弱になったニンゲン相手なら簡単に征服できるって寸法だ!」
「………………」
カナミとスイカは呆れて、お互いに顔を見合わせる。
「あれって、真面目に言ってるの?」
「多分、大真面目です」
カナミはため息交じりに答える。
「って、てめえら! このマグロッサー様のパーフェクトな計画をコケにしやがったな!?」
「ね、大真面目でしょ?」
カナミはさらりと受け流す。
「カルシウムなら牛乳、タンパク質ならお肉でもとれるし、第一日本で魚がとれなくても輸入でなんとかできるし」
「それ以前に魚どころかまともに食事していなくても、私は元気です!」
「それはダメよ、カナミさん!?」
「うぅ……おぉ……」
マグロッサーを他所に好き勝手に会話する。一人沙鳴は船酔いでうなだれたままだが。
「てめえら、俺を無視すんじゃねえ!!」
ドスンと船を揺らす。
「うわっとと!? あほらしい計画はともかくこの船を沈められるわけにはいかないわね!」
「同感です!」
「せい!」
スイカはレイピアで一足飛びでマグロッサを一突きする。
「ぎゃああああああッ!?」
「……あ、あれ?」
あまりの手ごたえの良さに逆にスイカは驚く。
「仕込みステッキ・ピンゾロの半! とりゃあッ!!」
仕込みステッキの刃を一閃し、腕を斬り落とす。
「あぎょぐえッ!?」
「さあ、スイカさん! 三枚におろしてやりましょう!!」
「え、ええ!!」
スイカはやや出遅れてからレイピアで目玉を一突きする。
「目が目が目が目があああああッ!!?」
目を潰されて、倒れこんだマグロッサーにとどめと言わんばかりにカナミとスイカは斬りかかる。
「ぎゃぁぁぁぁッ!?」
断末魔を上げてマグロッサーは船へ横たわる。
「滅茶苦茶弱かったわね……」
「所詮魚食って船揺らすだけの怪人ってことですよ」
「身も蓋もないわね」
スイカは少しばかりこの怪人に同情した。
「「「カンパーイ!!」」」
かなみ、翠華、沙鳴の三人はオレンジジュースを入れたコップを突き合わせる。
食卓に並ぶのは今日釣り上げた魚の塩焼きだ。せっかくボーナスが入ったんだからもっと豪華にしてもよかったのかもしれないが、釣った魚をその日のうちに食べるのが一番の豪華ということはとでこれだけになった。
そんなわけで、本日の仕事の成功祝いをかなみの部屋で行うことになった。
「いやあ、一仕事したあとのジュ―スは最高ですね!」
「沙鳴のおかげで助かったわ、ありがとう!」
「いえいえ、かなみ様のお役に立てて何よりです!
……ですが、私が船酔いで意識が朦朧としているときにカイジンを釣り上げてしまうなんてさすが、かなみ様です!!」
「あはははは、そ、そうね……」
かなみは乾いた笑いでごまかす。
どうやら、船酔いでのせいで意識と記憶が錯乱していて、おかげで、目の前で怪人が現れたり、かなみが魔法少女に変身したりしても気づかれなかったようだ。
『おかげでどぎついペナルティを用意しなくて済んだわ』
報告した時、あるみはそんなことを言っていたが、かなみと翠華は心底肝を冷やした。
「あ、でも、釣り上げたのは私じゃなくて翠華さんなのよ」
「え、そうなんですか!?」
そうと聞かされて、沙鳴は翠華へ尊敬の視線を送る。
「翠華さんって凄い人だったんですね!」
「え、えぇ!?」
「狙った獲物を一本釣りするなんて、とても自分にはできないことです!!」
「ま、まぐれよ……」
「運の実力のうちですよ! 私やかなみ様が運が無いから借金持ちなんですから!!」
沙鳴は陽気に言うが、翠華は笑う気にはなれなかった。
「……そ、そうよね……私、運が無いから、借金持ちで……」
「かなみさん!?」
かなみが思わぬダメージを被っていた。
「かなみさん、そんなに悲観しないで! ほら、かなみさんが釣り上げた魚なんだから食べて食べて!」
「は、はい……」
かなみは箸で身を割いて、一口食べる。
「おいしい!」
「かなみさんが釣った魚よ! こんないい魚、運が良くないと釣れないわよ」
「そ、そうですね……」
「おお、かなみ様へのフォローもバッチリしている。さすがです」
沙鳴は感心する。
(っていうか、あなたの余計な一言が原因なんだけど……)
思っていても、口にしないのが翠華であった。
「魚、おいしいからどんどん食べましょう!」
「はい! それではいただきます!」
「翠華さんも!」
「え、ええ、いただくわ」
三人は魚に食べて、ジュースを飲んで、大いに盛り上がった。
夜も遅くなってきて、料理も食べつくして終わり時になっていた。
「さて、それじゃ私もそろそろ……」
翠華は立ち上がる。
「あ、翠華さん、帰るんですか?」
「ええ、もうこんな時間だし」
「そ、そうですか……」
「かなみさん?」
翠華はかなみの言動に違和感を覚えた。
いつものオフィスだったら、「また明日」といった具合にさっぱり終わるところなのに、今日は違う気がした。
(もしかして、かなみさん……私にまだいてほしいの……?)
そう思うと、今のかなみの言動は「いなくなると寂しい」といった感情から来るもののような気がしてきた。
(私……私だって、まだ、ここにいたいけど……)
しかし、ここはかなみの部屋。今ここに留まるということは、泊まるということだ。そんなことになったら、心臓が持ちそうにない。
「あ、翠華さん、お帰りになるんですか?」
「沙鳴さん?」
「翠華さんが帰ると寂しいんですけど、私達は二人で楽しくやりますから」
「ふ、二人で、た、楽しく?」
沙鳴の一言に翠華は必要以上に反応する。
(楽しくって、健全……? 健全よね!? もしかして、この沙鳴さん、かなみさんのことを狙って……! いやいや、そんなはずが……! でも、ひょっとして、もしかして……)
頭に湯気が立ちそうになる。
「す、翠華さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……ちょっとたちくらみで……」
「それは大変です! 今日は船に乗ったり釣り上げたり疲れてるんじゃないんですか!?」
「え、そ、そんなことは……」
「翠華さん、無理せず休んでください!」
「え、えぇ……」
翠華はかなみに言われるまま、休まされる。
(こ、これって時間的にこのまま寝泊まりするってことにならないかしら!?)
翠華は緊張で冷や汗がだらだらと流れてくる。
「わあ、翠華さん凄い汗ですよ!?」
「こ、これくらい大丈夫よ!」
「寝た方がいいんじゃないですか?」
沙鳴が突拍子もなく言い出す。
「あ、そうね。それじゃ私布団敷きますね」
「ふ、ふとん!?」
布団ということは、かなみが使っている布団以外にありえないだろう。それを敷いて寝るということは……ここまで考えて翠華の理性が蒸発しそうになる。
「い、いやあああああッ!!」
翠華は耐えきれずに部屋を飛び出る。
「す、翠華さん……?」
かなみは呆然と見送るしか出来なかった。
翌日、かなみと翠華はちょうどオフィスの入り口で鉢合わせした。
「あ……」
昨晩のことを思い出して、翠華はきまずくて顔をそらす。
「昨日はご、ごめんなさい……」
「どうして翠華さんが謝るんですか?」
「え、いや、いきなり帰ってしまって……」
「翠華さんはもう帰るって言っていたから、私が無理に引き止めてしまっていただけじゃないですか?」
「そ、そう……?」
かなみの方ではそういうことになっているらしかった。
だったら、無闇に気まずい空気を引きずるのはよくない気がする。
「そ、そうね。わ、私はただ帰っただけなのよ!」
「そうですか。急いで帰ったから急用があるのかと思ったんですが」
「あ、ああ……あれはちょっとね……」
布団のせいで理性を保っていられなくなったなんて口が裂けても言えないと思った。
「そ、それより、かなみさん……」
無理矢理話題を変えて、ボロを出すのを防ごうと翠華はとっさに判断した。
「私、バイクの免許を持ってるのよ」
「知ってます」
「バイクも持ってるのよ」
「知ってます」
かなみはあっさりと答えるものだから、翠華は戸惑う。
「……だから、その……」
翠華は恥じらいながらも、なんとか言おうと勇気を振り絞る。
「――今度、私とツーリングしましょう!!」
「……え?」
いきなりの提案に、かなみはキョトンとする。
「だ、ダメ? ダメよね、変なこと言ってごめんなさい!!」
「いいですよ」
「ほえ!?」
今度は翠華がキョトンとする。
「……今なんて?」
「翠華さんとツーリングなら喜んで」
「………………」
翠華は絶句する。
「翠華さん?」
かなみは呼びかける。
「は、はい!?」
「どうしたんですか?」
かなみは覗いてくる。翠華はドキリとする。
「な、なんでもないの!
さあ、今日も仕事頑張っていきましょ!!」
無理矢理別の話題に切り替える。
「そ、そうですね! 今日も元気に借金返済よ!!」
単純なかなみはこれに乗っかる。
(……私は借金返済しないんだけど)
翠華は心の中でそう思ったけど、言わないでおいた。
それよりも、今度ツーリングができる約束に心躍ってそれどころじゃなかった。
ちなみに、「今度」というのは具体的にいつなのか指定していないため、実現するのかどうか限りなく不透明であった。
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