まほカン

jukaito

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第34話 再会! 福音が告げる来訪者は母親 (Aパート)

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 月明かりだけが照らす高層ビルの屋上でカナミは凧のみたいな怪人と戦っていた。
「神殺砲!」
 カナミは怪人のいる空に向かって撃つ。
「うーん、空なら被害気にしなくていいから楽だよね」
 マニィはそんなことを言っているから遠慮なく大砲を撃つ。
「ボーナスキャノン」
 夜空へと撃ち上げられた一撃は怪人を飲み込んで、月夜に大輪を咲かせる。
「見事な手並みだね」
「今週でもう三人目ね」
「ボーナスが出ているから喜ぶべきところだよ」
「とはいっても一人一万じゃね……」
「ちょっとした贅沢はできるだろ」
「まあ、前よりひもじくはなくなったけど……」
 かなみは言いたいのはそういうことではなかった。
「なんで、夜中の二時とか四時に呼び出されなくちゃならないのよ!」
 しかも平日の深夜である。
 このままアパートの部屋に帰ったらそのまま登校する流れになりかねない時間だ。
「それになんだかきな臭い感じがするわ」
「というと?」
「なんていうか、今までこんなに連続して怪人が現れたり、倒せって言われることなかったじゃない?」
「それがここのところ連続してる?」
「なんかよくないことが起こる前触れかもしれないって思うのよね」
 かなみは月を見上げて言う。
 しかし、その不安とは裏腹に月は綺麗だなと思ってしまう。



「結城さん? 結城さん?」
「う、うーん、ボーナスがいっぱい、お腹もいっぱい……」
「寝ぼけてないで、次の授業が始まりますよ」
「ええッ!?」
 かなみは飛び起きる。
「おはようございます」
 柏原がニコリと笑う。
「おはようじゃないわよ……!」
「ええ、もうすぐお昼ですね」
「そういうことじゃなくて!」
 かなみは不満の声を上げるが、この男にそれを言ってもぬかにクギみたいなものだ。
「ここのところ緊急出勤が続いて疲れているみたいですね」
「な、なんでそんなこと知ってるの?」
「君の熟睡ぶりをみたら、ね」
 かなみはムッとする。
「誰かさんの数学の授業があまりにも退屈だったせいよ!」
 かなみは精一杯の皮肉で言い返す。
「それは失礼しました。今度からもっと心躍る芸術的な時間にしてみせますよ」
「あんた、数学と美術を勘違いしてない?」
「似たようなものだと思いますが」
「………………」
 かなみはこれ以上話したくなくなった。
「ですが、看過できる状況ではなくなりつつありますね」
「何言ってるの?」
「あなたが苦労して毎晩戦ってくれている怪人……あれ、兄の配下のものじゃないんですよ」
「……え?」
 柏原の言ったことに興味が引かれた。
「それどころか、カリウスの配下の怪人ですらないんです」
「どういうこと? それじゃどこの配下でもないノラ怪人だって言いたいわけ?」
「いいえ、日本にいる怪人は全て六天王の配下です」
「あんたも?」
「ええ……正確には六天王の配下のカリウスの配下なんですけどね」
「下っ端じゃない」
「否定はしません」
「で、結局私達が戦ってる怪人は六天王の配下の誰のものなの?」
「そこまでは私も知りません」
「本当に?」
 かなみは柏原に迫る。
「本当です」
 柏原はそれだけ答える。
「……役立たず」
 かなみはそれだけ言って教室を出る。
 これ以上問い詰めても、柏原は知っていようが知っていまいが口を割らないだろう。
――カリウスの配下の怪人ですらない
 その言葉が引っかかった。
(もしかして?)
 思い当たる節が一つだけあった。
 九州支部長のいろか。前に一度だけ会社に訪問してきた妖しい女性。カリウスと対等な立場なだけに同じくらいの数の怪人を配下においている。
 それを最近放っている。
(なんのために……?)
 かなみにはわからなかった。
「かなみ、難しそうな顔してるな」
 そこへ貴子がやってきた
「あんたは簡単そうな顔してていいわね」
 かなみは言い返してやる。
「難しいことなんてないからね、次の体育は」
 そう貴子はスポーツ万能なのだ。
 普段はぼうっとしていて、成績もよろしくないのだが、時折野生的なカンが働く時がある。それが体育の時で次の授業なのだ。
「あ、でも、保健のときは全然難しくてわからないんだぞ」
「それははなっから諦めてるからでしょ」
「そうともいうな。じゃあ、かなみも諦めたらいいんじゃないか?」
 そういう考えはなかった。
 しかし、それはできないなとすぐに思った。
「私、あんたみたいに単純にできてないみたいだから無理よ」
「かなみも結構単純だと思うんだけどなあ」
「どういう意味よ?」
「なんとなく」
 貴子はそうあっさりと答えたことでかなみは頭を抱えた。
 なんだか無責任なことを言ってきているようだが、またカンで言っているのだから侮れない。
(私って単純なのかしら……?)
 今夜翠華に相談してみようかなと思うかなみであった。



「かなみちゃん、ちょっと」
 オフィスに入るとすぐにかなみはあるみに呼ばれる。
 それに対して、かなみはドキリと反射的に身を強張らせる。このところ、こういった呼びかけとともに怪人退治を命じられるのだ。
「な、なんでしょうか?」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「はい、仕事の話ですか?」
「かなみちゃんの話よ」
 そう言って、二人はビルの二階へ行く。
 カフェにあるようなおしゃれなテーブルと屋内で必要ないのにもかかわらず備え付けられたパラソルがひどく場違いな感じがさせられる。これがあるみの趣味なのだから仕方がない。とりあえず、かなみはイスに座る。
「コーヒー入れるから」
 あるみはサイフォンを取り出して温める。それをカップに注ぐ。
 あるみ好みの泥のように濃いコーヒーである。おまけにあるみの主義で砂糖もシロップも無い。まあ、このコーヒーのおかげで最近はかなみも普通のコーヒの苦味がブラックで平気になったのだが、やはりこれは未だに飲むのがきつい。
「私の話ってなんですか?」
「両親に会いたい?」
 かなみはドキリとさせられる。
 会いたくないといえば嘘になるが、会いたいかと聞かれたら素直に応えられるほどその気持はない。
「わかりません……」
 以前、一度父親と再会したことがあった。
 あのときは、何を言っていいのかわからなかった。それは今も変わっていない。
 ただ一つだけ聞きたいことがあった。

――何も教えるわけにはいかなかったから、言えば……俺の生命が無いからな……

 あの言葉の意味が気にかかる。
 生命が無い……ようするに、殺されるってことなのか。どちらにしても穏やかな話ではなさそうだ。
「なんだ、会いたいんじゃない」
「え?」
「心配だから、会いたいって顔している」
「え、私、そんな顔してましたか!?」
「そういうのって自覚ないのよね」
 そう言って、あるみは手鏡でかなみの顔を見せる。
「ふざけないでください」
「私はふざけてなんかいないわよ」
「………………」
 この人は本気で言ってるだけ質が悪かった。
「まあ、それはともかくとして」
「なんで、この話を振ったんですか?」
「私が聞きたかったから」
 かなみはあるみに対して苛立ちを募らせる。しかし、そんなことを口に出したら反撃で怖いことになるのが目に見えているので、胸の内におさめるしかない。
「んで、もう一つ聞いておきたいことがあるわけよ」
「な、なんでしょうか?」
「借金返せる?」
「――!」
 かなみはまたドキリとさせられる。
「か、返せるわけないでしょ、よ、四億ですよ!」
 思わず叫んでしまった。
「ま、簡単に返せる額じゃないわよね」
「簡単……私の給料知ってて言ってるんですか、それ?」
「知ってるわよ。社員の給料ぐらい把握してるって。ちなみに今のところ、あんたが一番の稼ぎ頭よ」
「え、そうなんですか?」
 それは意外な事実であった。
「私、翠華さんやみあちゃんより稼いでいるんですか?」
「基本の時間数が桁違いなのよね、文字通り。ボーナスなら翠華ちゃんの方が稼いでるし」
「やっぱり翠華さんは凄いですね」
「みあちゃんはここのところ紫織ちゃんにかかりっきりだしね」
「みあちゃん、なんだかんだ言って面倒見がいいんですよね」
「というわけで、基本給が多くて、ボーナスもそこそこ稼いでるかなみちゃんが一番給料が多いってことになるのよね」
「そうだったんですか……でも、全然そんな気がしませんよ。部長に徴収されていますし」
「かなみちゃんの給料が上がっても手元に入る金額は変わらないものね」
「な、なんとかなりませんか、それ!?」
「いいけど、完済の道が遠のくわよ」
 かなみは頭を抱える。
「ちなみにこの調子で稼いでいくと、かなみちゃんが完済にかかる時間はあと……」
「き、聞きたくありません!」
 この人、絶対に面白がっている。
「まあ、でも、一生かかっても返せないってわけじゃないからね」
「え、私そんなに稼いでいるんですか?」
 一般的に一生かかって稼ぐ金額が二億と聞いている。四億ということは二倍、つまり一生の二倍あるということだから、一生かかっても返せない。とかなみは絶望していた。
 それが、あるみの一言によって一変した。
「明細書見ればわかるでしょ?」
「そんなのあったんですか……」
「そういうのは全部ボクが管理しているからね」
 マニィはかなみの肩から口をはさむ。
「あんた、教えてくれないじゃない」
「聞かれないからね……」
「社長、いいんですか? こんなマスコットで」
「ベストコンビだと私は思うんだけど」
「どこがですか!?」
「私もリリィが堅物だから困ってるのよね」
「なんで、そういう性格にしたんですか?」
「子供は親に似るとは限らない、みたいなものよ」
「ああ、苦手でしたね。そういうの」
「よく憶えているわね、そうなのよ! 苦手なのよ、おかげでいっつもヘトヘトのパアなのよ」
「ヘトヘト……パア? 元気ハツラツの間違いなんじゃないですか?」
 それだと全開だとどうなるのか、怖くて聞けないかなみであった。
「かなみちゃんもこういう使い魔マスコットを作る時は、注意してね」
「そうですね、この生意気なネズミみたいなのには絶対しません」
「酷いな……まあ、そうなったらボクはお役御免か」
「大丈夫よ、かなみちゃんも私と同じでそういうことは苦手そうだから」
「うぅ、そうなんですか……?」
「なんとなくね。そういうことはみあちゃんが得意そうな気がするわ」
「みあちゃん、多芸なんですね」
「かなみちゃんは一点特化のバ火力がウリだものね」
「ば、バカって……」
「褒めてるのよ、私は好きよ」
「ど、同類だからですか?」
「まあね」
(こ、この人、自分がバカだって認めた……)
 あるみはコーヒーを口に入れる。
「苦い……」
 それにつられて、かなみもコーヒーを飲むが文字通り苦い顔をして呟く。
「それにね、かなみちゃんにどうしても聞きたいことがあるのよね?」
「聞きたいこと?」
「借金が無くなったらどうするか」
「え……?」
「うちで働く? それとも普通の女子中学生に戻る?」
「きゅ、急にそんなこと聞かれても……」
「ああ、考えたことなかったのね」
「はい……」
「考えられないように忙しくしておいたから」
 あるみはニコリと笑って言う。
「鬼ですか、あなた!?」
「冗談よ」
「冗談にまったく聞こえないんですけど……」
「でも、質問は本気よ」
「……借金が無くなったら、ですか」
「社長の立場からいって社員として働いてくれた方が嬉しいんだけどね」
「そりゃ……勤務時間を考慮していただければ、ですが」
「ええ、朝は人手が足りないから是非手伝って欲しいわね」
「やっぱり悪魔ですか、社長!?」
「まあ、それはともかくとして……借金が無くてもここに残る意志が確認できて嬉しいわ」
「……意志って、そこまで考えたことがなかったんですけど」
「でも、やめたいってわけじゃない」
「やめたいって考えたことないわけじゃないんですが……」
「それでいいのよ」
「え?」
 あるみに意外なことを言われてかなみは面を食らう。
「誰だってきつくてつらいことから逃げたくなるものね。でも、かなみちゃんは逃げない強さをもっている」
「そ、そんな私、強くありません!」
「うん、もっともっと強くなってもらわないと困るからね」
「……やっぱり、社長は悪女ですよ」
「そこまでいうか、ボーナスの査定がどうなるか楽しみにしておきなさいよ」
「嘘です、すみません。社長は女神です」
 かなみはテーブルに頭をこすりつけて本気で謝る。
「うふふ、かなみちゃん、正直ね。こりゃみあちゃんがいじめたくなるのもわかるわ」
「え、私みあちゃんにいじめられてたんですか?」
「ああ、自覚なかったのね」
「今度みあちゃんに訊いてみます」
「十中八九面白いことになるわね。来葉の未来視がなくてもわかるわ」
「楽しまないでください」
 かなみはため息をつく。この人と話すとどうしてこう気苦労が絶えないのだろうか。
「かなみちゃんも楽しんでるじゃない」
「私がですか?」
「いじめられているうちに目覚めちゃったりして」
「目覚めませんから!」
「まあ、もとから借金で頭おかしくなってるか」
「なんだか、社長がみあちゃんに近くなってませんか?」
「違うのよ、みあちゃんが私に似てきてるの」
「私にとってはどっちだろうと悪夢ですから!」
「私がいい夢見れるからいいの」
「あ、あなたって人は……!」
「まあまあ、コーヒー飲んで落ち着いて」
 あるみに言われるまま、かなみはコーヒーを口に入れる。
「やっぱり苦い……」
「かなみちゃんと話してると楽しいわね」
「わ、私は気が気じゃないんですけど。しゃ、社長って冗談と本気の区別がつきにくいんで」
「ああ、大丈夫よ。全部本気だから」
「余計に怖いんですよ!」
「じゃあ本気で訊くわね、かなみちゃん。
――もし、借金が無くなっても魔法少女は続ける?」
「……え?」
 急に真剣に訊かれてかなみは戸惑う。
「うーん」
「正直に言ってもいいのよ」
 かなみは考える。
 借金があるから、それを返すために魔法少女をしている。
 だったら、その借金がなくなったら……この仕事をやめようと思わない。
 借金がなくなっても生活があるのだから仕事は続けないといけない。今みたいな過酷な仕事バイト感覚に軽くしよう。そこまでは考えた。
 でも、魔法少女は……
 ボーナスのために戦ってきたけど、借金が無いならボーナスは必要無くて、それだったら魔法少女に変身して戦うこともない。
 でも、だからといってやめたいわけじゃない。
 戦いは痛くて辛いけど、悪の秘密結社の怪人を倒すことはやりがいというか使命感というものが湧いてこないわけじゃない。
「そう、やめるつもりはないのね」
「え?」
「やめるって即答しなかっただけで私は満足よ」
 あるみはそう言って、一枚の封筒を渡す。
「仕事ですか?」
「いいえ、かなみちゃんが知りたいと思ってる情報よ」
「私が知りたい情報?」
 かなみは封筒に入っている紙を広げる。
 中には遠くの街の地図があって、中心に×印が打たれている。
「そこにあなたが会いたい人が現れるわ」
「会いたい人?」
「結城涼美ゆうきすずみ」
「――!?」



 かなみは電車を乗り継いで目的地に向かう。
(お母さん……)
 あるみから思ってもみなかった人物の名前が出てきた。
 結城涼美はかなみの母であった。
 借金を押し付けられてから父親には一度だけ会ったが、母親とは一度も無かった。
 ただ、どこかでつながっている気がした。確かなことは何にもないけどそんな気がしてならない。

――そう。私は会いたいわ

「あなたのお母さんはどういう人?」
「そうですね……いつものんびりしてるんですけど、気まぐれでどこにでも飛んでいってしまいそうな……変わった人でした」
「そう……会ってみたいわね」
「無理ですよ、今どこにいるかわからないんですから」
「会いたいの?」
「わかりません」
「そう。私は会いたいわ」

 前にあるみから母がどんな人か訊かれて、そんな話をした。
 そのときにあるみから母とのつながりを感じた気がする。
「ねえ、マニィ?」
「なんだい?」
「社長と母さんって知り合いなの?」
「それはボクの口から言えないよ」
「……違うって言わないのね」
「さあ、ボクは全然知らないから無責任なことはいえないんだよ。もしかしたら昔からの知り合いかもしれないし、縁もゆかりも無い赤の他人かもしれないよ」
「役立たず」
 かなみは吐き捨てる。
「否定はしないよ。ただボクから訊きたいことがあるんだ」
「何?」
「もしも、あるみが君の母親と知り合いだったとして、君はどうするんだ?」
「それは……」
 わからない。
 もしも、あるみと母が知り合いだったからといって、どうするか。そこまで考えていなかった。ただの興味本位だった。
 別に知り合いだったからどうということはない。
 いや、あるかもしれない。
 それだったらもっと早く教えてほしかった。
「なんで教えてくれなかったの……?」
 そう言わずにはいられなかった。
「教えられないわけがあったんだと思う」
「わけって何よ?」
「そこまではボクにもわからない」
「役立たず」
「ボクはそう言われてばかりだよ」
「だって役にたったところ見たこと無いもの」
「目に見える活躍したらそれはマスコットの存在意義に関わるからね」
「調子いいわね」
「交渉もそれなりに得意だからね」
「それって会計の役に立つの?」
「さあね」
 マニィはそう言ってとぼける。
 そうこうしているうちに目的地の駅についてしまった。
 あるみの話ではこの駅のホームに結城涼美は現れるのだとか。
「いつっていうのかまでは聞いてなかった……」
「いくらでも待てばいいんじゃないかな」
「一時間や二時間ぐらいなら待てるけど……」
「何日でも待ってやるって顔してるけど」
「え、そんな顔してる……?」
「泣きそうだけど精一杯強がっているような顔」
「……鏡出さなくていいわよ」
 かなみは頬をパンと叩く。
 それでで泣きそうな顔に活を入れてホームを見据える。
 会ったらどうしようか。
 父の時みたいに逃げられないようしっかり捕まえておく。まずはそこからだ。
 母が逃げるなんてちょっと信じられないけど、借金から逃げているのだから、娘から逃げてもおかしくない。
「しっかりつかまえておかないと……」
「みあのヨーヨーみたいな捕縛の魔法が使えると楽なんだけどな」
「やっぱりみあちゃんの魔法って便利よね……今度色々教えてもらおうっかな?」
「ボクからしたら君の方も相当滅茶苦茶な気がしているけどね」
「そんなに滅茶苦茶かしら?」
「つい最近身につけた魔法は?」
「爆発の衝撃を包み込む砲弾に、鈴に魔力を渡して自動でチャージしてぶっぱなしてくれる魔法とか」
「大概無茶苦茶だと思うよ」
「そうかしら? 社長に比べたらまだまだだと思うけど」
「なるほどそういうことか」
「何がそういうことよ?」
「あるみは目標なんだね」
「目標っていうか超えられない壁ね」
「でも、君はそれを越えようとしている」
「越えようとするのと超えることは全然違うわ」
「さてね」
「何か言いたいことがあるのね」
「別に……ただ彼女がいつ現れるかわからないから話し相手ぐらいにはなるよ」
「そもそも、本当に来るのかもわからないじゃない?」
「ああ、それなら問題ないよ」
「どうしてそう言えるの?」
「来葉に見てもらったから」
 ああ、それなら間違いないとかなみは思った。



「これでよかったの?」
 コーヒーに口を入れた来葉は、あるみにそう問いかける。
「よかったからやったんじゃない」
「私は今でもこれが正解だったとは思えないわ」
「会わせないってのもちゃんとした選択肢だったってことね」
 その問答はこれまで何度もしてきた。
 来葉は「会わせようか」と提案したが、あるみは「会わせない」と答えてきた。
 それを今日はあるみの方から「会わせようか」と言ってきた。元々、来葉はかなみと母の涼美を何度も
「心境の変化?」
「状況の変化よ。本当はあいつにも協力してもらいたかったところなのよね」
「人手が足りてないの?」
「まあね」
「あなたがそういうのって珍しいわね。いつもなら「私一人でなんとかしてみせる」って啖呵切ってるところなのに」
「単純に頭数の問題よ」
「ああ、それでみんな来てるわけね」
 来葉は翠華、みあ、紫織、萌実、千歳の五人を見てそう言った。
「いきなり呼び出されて何事かと思ってみれば」
 みあは面倒そうに言った。
「かなみさんの一大事なんですか?」
 翠華は慌ててあるみに詰め寄った。
「別にどうでもいいわよ。あんな奴」
 萌実は頬杖をついて、だるそうに言った。
「萌実さん、そういう言い方はよくないと思います」
 紫織はそれを諌める。
「これだけ大勢だと賑やかねえ」
 千歳はその様子を楽しげに見守る。
「私を入れて七人。これで十分じゃないの」
「そうね。さすがにオールスターとまではいかないけど」
「かなみちゃんは自分で出払ったんじゃないの」
「うーん、それだけじゃないのよね」
 千歳の物言いにあるみは首を傾げてそう答える。
(あの子とあの子のことね……)
 それを聞いて、来葉は一人察した。
「でも、頭数が必要なことっていうのはちょっと興味があるわね」
 萌実は目をギラつかせて言う。
「いろかから連絡があってね」
「――!」
 これに翠華、みあ、紫織の三人は驚く。
 一方の千歳、来葉、萌実はそういうことかと納得する。
「関東支部長のカリウスと中部支部長の刀吉が相当仲が悪いみたいなのよね。殺し合い程度じゃ済まない程度にね」
「仲が悪いっていうより、刀吉がカリウスのことが気に食わなかった感じね」
 その辺りの事情は萌実の方が詳しいたみたいだ。
「そ、そんなことで殺し合うっていうの?」
 翠華は萌実に訊く。
「そんなことで、ね。あんた達の感覚じゃそうなんでしょうけど、ネガサイドじゃあたり前のことよ。
気に食わない、ちょっかいかけた、悪口言った、そう言って殺し合いなんて。まあ、さすがに支部長クラスの大物がそれをやるのは初めて聞くけど」
「そうね、それだけの大物同士になると当人達だけの喧嘩じゃ済まないわ。
――戦争よ」
 あるみの鋭さのある一言に一気に緊張が走る。
「せ、戦争って、街が焼け野原になるんですか?」
 紫織は不安げに訊く。
「そうさせないために私達が戦うのよ」
「せ、責任重大ですね」
 紫織はあまりのスケールの大きさに打ち震える。
「そう? アニメじゃ世界のためとか日本のためとかって戦っているヒーローがわんさかいるんだから、それに比べたら大したことないわ」
「みあちゃん、そう言い切れるあなたの神経の図太さは好きよ」
「……あんたに好かれたらろくなことが起きない気がするわね」
「そういうのも含めてね」
 みあは言い返すと、あるみは笑って受け流す。
「それで、その焼け野原にしないためにどうやって戦うの?」
 千歳は真剣な面持ちで訊く。
「それは私よりあなたの方がよく知ってるんじゃないの、千歳?」
「また、あなたは……」
 千歳は苦虫を噛み潰したような顔であるみを見据える。
「思い出したくないことを思い出させてくれるじゃないの」
「え、ええ、どういうことですか?」
「ああ、紫織は知らなかったわね」
 みあは今更気づく。というより、みんな当然のように知っていると思っていたのだ。
「千歳はね、戦争のときに戦っていた魔法少女みたいなのよね」
「せ、戦争の時って!? それじゃ千歳さんはおいくつなんですか!?」
「しー」
 翠華は口に手を当てる。
「そういうことはタブーよ。あるみ社長を見ればわかるでしょ?」
「は。はい……すみません」
「確かに歳のことを言われると辛いわね」
 来葉はメガネに指を立てて呟く。
「あるみ、本当に私なんかで頭数に入るのかしら?」
「何言ってるの? 私達のダブルスコアが前線にたとうとしてるのよ、まだまだ現役で気張らないと!」
 ダブルスコアというのは言うまでもなく年齢で、彼女二人の倍以上の年齢というと、千歳ぐらいしかいない。
「七人のうち、三人がババアってどうなのよ、このメンツ?」
 萌実はため息混じりに毒を吐く。
 メンツがメンツだけに殺されてもおかしくないだけに、他の純然たる少女三人に震えが走る。
「若さっていうのは身体のことをいうんじゃないわよ。心の問題よ。
そういった意味じゃ私達は十分少女よ」
 あるみは何の恥じらいもなく堂々と言う。
「うん、まあね」
 来葉は苦笑いして言う。
「もちろん、そのつもりよ」
 対照的に千歳はシリコンの胸を張って言う。
「このババア共、恥じらいねえのか」
「萌実……あなたはもっと歯に衣着せなさい」
 さすがに翠華は萌実は諌める。
「さすがにあたしだってここまで言わないわよ」
「え……?」
「何よ、紫織?」
「い、いいえ、なんでもありません」
 みあが睨みつけてきたので紫織は反射的に謝る。
「そのあたり、張り合ってほしくないところなのよね」
「正義の魔法少女が口喧嘩に強いってのもね……」
「口喧嘩ならあなただって相当なものじゃない」
 あるみは来葉に言う。
「そ、そう?」
「まあ、あなたの場合は未来を視て先に言うのか当ててから論破していくやり方だからねえ」
「あははは……あるみには負けるわよ」
 来葉は苦笑する。
「……こんな調子でいいのかしら?」
 千歳は少し不安になってくる。
「千歳、緊張してるわけ?」
 みあが訊くと、千歳はため息をつく。
「みあちゃんからそう見える辺り、まずいわね」
「それぐらいまずいってこと?」
「空襲っていうのはね……それだけ嫌なものなのよ」
 千歳は心底そういう顔をして言う。
「それだけ嫌なことがここでまた起きるってことなの?」
 千歳はあるみへ問いつめる。
「そういうことね」
「……戦争」
 千歳は忌まわしいその言葉を口にする。
「そう、戦争よ。それもネガサイド同士のね」
「はあ!? それどういうことよ!?」
 みあは怒りにかられてかなみに訊く。
「カリウスのシナリオじゃ、刀吉と一戦やらかすらしいのよ」
「一戦って! それだったら、両方ともブッツせばいい話じゃない!」
「みあさん、物騒です……」
「残念ながらそこまで簡単にはいかないのよね」
「あるみがそう言うってことは本当にやばいってことなのよね」
 千歳は眉間に皺を寄せて、一層険しい顔つきになる。
「ええ。でも、私達はそんなことをさせないために戦うわ」
「やっぱり両方ぶっ潰すんじゃない!」
「そんなに甘くないって……やるには私がもう一人必要だわ」
「あんた二人いたら本当にできそうで怖いわ」
 萌美は呆れて言う。
「残念ながらそういうわけにはいかないのよね。だから人手がいるわ」
「刀吉の中部支部の連中はあるみに任せて、関東側は残りでなんとかするってわけね」
「って、みあちゃん。ちょっとその分配はさすがにおかしいでしょ」
 みあの無茶苦茶な提案にさすがにあるみは言い返す。
「じゃあ、私があるみ側につくわ」
「来葉……あなたの心遣い、私好きよ」
「私もよ。愛してるわ」
「あの二人って、ああいう仲なんですね……」
 密かに羨む翠華であった。
「はいはい、二人だけの世界をつくらないでよもう」
 千歳が会話に割り込む。
「ともかく大事なのは戦力の割り振りね。関東は広いものから」
 そう言いながら千歳は魔法の糸を頭上で編んで魔法の地図を即興で作ってみせる。
「戦いになりそうな場所は聞いてるの?」
「そうね、来葉」
「はいはい」
 来葉はそう言って、光るクギを魔法糸で編まれた地図にレーザーポインタのように打ち込む。
「いろかの話と私が視た未来を照らし合わせた観測結果が……
ココとココとココとココよ」
 来葉は四ヶ所を指す。
「高層ビルと港と首都高と新幹線ね……」
「おもいっきり侵略してくる気満々じゃない」
 千歳はうんざり顔で言う。
「っていうか、あるみあんたあと三人必要じゃない!」
「みあさん、ツッコミを入れる場所は他にあると想いますが」
「私が首都高と高層ビルを守る。んで、もう一人の私が港と新幹線を守る」
「あの……そういう非現実的なこと言ってると話が進みませんよ」
 翠華の発言にあるみも「それもそうね」と納得する。
「今ここにいるのは七人、ね……それで分担するわ。まあなんとかなるでしょ」
「かなみさんは?」
 翠華は思わず訊いてしまう。
 会社だけでなく、外部の来葉まで招集してまで行われる戦争から街を守る。
 そんなこれまでにない大仕事を前にして、何故かなみがいないのかずっと気になっていた。翠華だけではなく、みあや紫織も。
「不確定な戦力をあてにしちゃダメよ」
 その疑問に対して、あるみはあっさりと答える。
「それはどういうことですか?」
「かなみに何かあったの?」
 真剣な面持ちで訊いたのはみあだった。
「ちょっとした私用よ」
「また借金?」
「違うわ。でも、場合によっては……」
 あるみは一呼吸置いてから言う。その動作が自然と事態の深刻さを表しているようだった。
「かなみちゃんには辞めてもらうことになるかもしれないわ」
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

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