まほカン

jukaito

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第31話 縁談! 少女の魔法が紡ぐ吉報の縁 (Bパート)

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「お嬢ちゃんはうちの若頭にお気に召すかどうか」
「若頭がかなみちゃんを気に入るかどうか気になるところね」
 対面しているあるみと黒服の男はそんな話をしていた。
「いっちゃあ、なんだが若は筋金入りでな。そんじょそこらの女の子はドン引きすること受け合いなんだぜ」
「かなみちゃんはそんじょそこらの女の子じゃないわ。まあ、ドン引きはすると思うけど」
「案外、若頭とお嬢ちゃんはお似合いだと思うんだがね、俺は」
「私もそう思うけど、こればっかりは当人が決めることだしね」
「そうだよな、まあお嬢ちゃんには幸せになってほしいぜ」
「不幸のどん底に叩き落とした借金取りがよく言うわね」
「おぉっと、あれは仕事なんだぜ、しょうがねえだろ。借金を憎んで借金取りを憎まず」
「あの娘に言ってみなさいな、生きては帰れないわよ」
「ああ、お嬢ちゃんも強くなったな。昔は目に入れても可愛くなかったのに、今じゃ目があっただけで寒気が走るぜ」
「強くなったからね。でも、まだ足りないわ」
「あれ以上強くなるなんて想像ができねえな」
 黒服の男はため息をつく。
「まあ、あっちのことはかなみちゃんに任せるわ。まとまるならまとまったでめでたいし」
「のんきなものだねえ。いや、信じているのか」
「ええ……それより、気になっていることがあるのよ」
「気になっていること?」
「どうして、あなたがこんな話を持ちかけてきたか、よ」
「…………………」
 黒服の男は頭をかく。
「いくら女子高生しか相手しない若頭だからって縁談話をうちに持ちかけるなんて命知らずもいいところよ、何か目算があってしかるべきね」
「俺をただの命知らずだと思っちゃくれないんだな」
「命知らずにしちゃ、あなたは臆病過ぎるわ」
「ちげえねえな、ククク」
 黒服の男は笑う。
「あんたにしか頼めないことがあるんでな」
「ネガサイドね」
「そうだ……ドスやチャカなんかよりもずっとこええ怪人がな、俺達の中にいるんだよ」
「……ええ、そんな気がしていたわ」
 あるみは気づいていた。
 佐々部を取り巻く黒服の中に紛れて、怪人によく似た匂いをもった奴がいることに。
「よく紛れていたわ。かなみちゃんが気づかなかったぐらいだもの」
「そういうあんたは気づいたんか?」
「あなたもね」
「カンさ。俺達の中に人間じゃないやばさを感じるんだ」
「尋常じゃないカンね。とはいっても、それが誰か特定するには至っていないみたいだけど」
「ああ、部下の何人かを連中につけさせたんだが……」
「だが?」
 あるみが聞き返すと黒服の男は帽子を深くかぶって顔を隠して言った。
「全員殺された。――バラバラにされてな」
「ああ、思ったよりグロいわね」
「そうやって恐怖を煽ることが目的だと俺は思うんだがな。若頭や組長にも掛け合ったんだが、正体がわからなくちゃどうしようもねえって言われちまったよ」
「全員の首を切るって提案したら?」
「その前に俺の指を切られるって……おぞましい考えだな、あんたはあのお嬢ちゃんを切れるというのか?」
「…………………」
 あるみは確認するかのようにかなみのいる部屋の方を見てから言う。
「それが必要なことならね」
 その返答に黒服は驚かされた。
「意外だな。あんたは何が何でも守るものだとばかり思っていたのによ」
「何が何でも守るっていうのは当たっているわ。でも、だから切る切らないは別問題よ、別にかなみちゃんが社員じゃなくたって守る方法はいくらでもあるわ」
「おっかねえな。あんた、社長っていうより組長じゃねえか? 向いているぜ、そういうのに」
「よく言われるわ。大した問題じゃないんだけどね、肩書きなんて……ひとまず、社長ってことにしとけば、そこらの偉いだけの人は会ってくれるからね」
「ああ、そのあたりは便利だな」
 黒服は感心する。
「ま、なんにせよ。その社長のあんたに頼みたいんだ」
「わかったわ。報酬はいつもの口座にちゃんと振り込んでね」
「イロはつけとく。若頭も見合いが出来てご機嫌みたいだしな」
「ああ、あれでご機嫌なのね」
 あるみはため息をつく。



「よいのか?」
 廊下を歩くあるみに肩に乗っている龍型のマスコット・リリィが問いかける。
「何が?」
「よいのかって、何が?」
「あの依頼を引き受けたことだ。報酬は約束されているとはいえ、あの組に関わることになる」
「別に……贔屓にされることはいいことなんじゃないの」
「かなみはいい顔しないぞ」
「そう? あれで仲良くやってるようにみえるけど」
「借金が関わっているからな。そのせいでわだかまりがある」
「ああ、それはまあ面倒だけどしょうがないものよ。そういうのとも上手く付き合わないのといけないんじゃないかしら?」
「それはそうだが……」
「それより、お見合いね……みあちゃんも言ってたけど、かなみちゃんは妙な人に好かれるみたいだから」
「お前もその妙な人のうちの一人ではないか」
「自分の使い魔にそう言われるとちょっとこたえるわね」
「こたえる神経があったことに驚きなのだが」
「魔法少女だからね」
 あるみは得意気にそう言うと、リリィは彼女の肩から降りる。
 これから人と会うからだ。
 その人というのは、佐々部の警護のためにやってきた黒服の男の一人であった。
「こんにちは」
 あるみはにこやかに廊下の先にいる黒服の男に挨拶する。
「………………」
 黒服の男は押し黙ったまま、佇んでいる。
「今日はいい天気ね。こんな日はピクニックにでもいきたいものね」
「………………」
「それなのにここで立って待ちぼうけってつまらないと思わない?」
 あるみは歌を歌うかのような調子で黒服の男の目を覗き込む。
「別に……」
 黒服の男は興味なさげにそれだけ呟く。
「はあ~」
 それを聞いたあるみはため息をつく。

ドス!

 次の瞬間、あるみは黒服の男の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
「あ~ヤメヤメ。まどろっこしい尋問は向いてないわ」
「………………」
 黒服の男は黙って立ち上がる。
「魔力……漏れているわね。ようやくボロを出したわね」
「強引な手段だがな」
「相手が優秀なのよ。あれだけ近づいたのに魔力を感知できなかった……ここまでうまいこと隠す怪人は初めてよ」
 ダメージを受けたことで、黒服の男は人間としての姿を保つため、あるいはその傷をすぐに治すために魔法を使った。
「………………」
 黒服の男は無言で、しかし、確かな殺気を持って銃を抜く。
「ああ、こりゃバンクは省略ね。時間の無駄よ」
 あるみはそう言って、変身をすませる。ついでにおなじみの口上も省略したようだ。
「それでもちゃんと変身して倒すのが礼儀か」
 リリィがそう問いかけると、あるみが答える前に黒服の男は発砲する。

バシィ

 額めがけて飛んできた銃弾をあるみは中指と人差し指で止める。
「というより、様式美ね」
 アルミはそれを手首のスナップで投げ返して、心臓を貫く。

バタ

 黒服の男は倒れる。
「あ~、よわ。まあ、隠密だったらこんなものか」
「能力は魔力の隠蔽だけか」
「まあ、普通の人間をバラバラに引きちぎる程度の力はあるみたいだけど」
「お前は普通じゃないからな」
「しょうがないわよね」
 アルミは微笑んで変身を解く。
「こんな調子であと六人も大丈夫なのか?」
「まあ、なんとかなるでしょ」
 あるみは次の黒服の男を探しに去っていた。
 あとには倒れた男だけが残ったが、それもすぐに塵になって跡形もなく消えた。



「ごちそうさまでした」
 かなみは合掌する。
 幸せだった。と一言言いたいほど満足の行く食事であった。
「いい笑顔だ」
 佐々部にそう言われて、かなみは顔をしかめる。
 出来れば、こういった見合いの場でなければ最高だったと思う。
「君はそんなに飢えていたんだな。まるで三日ぶりの食事にありついたかのような食いつきぶりだった」
 ピクリとかなみは身体を震わせる。
「……ここの料理がおいしくて……」
「美味しい料理なら俺と生活すればいくらでも食べられるが」
「う……」
 かなみは思わず喉を鳴らす。
 それはとても魅力的な提案であった。それだけで結婚も少しはいいかもしれないと考えてしまうほどに。
「恋人のハートを掴むにはまず胃袋からというが本当のようだ」
「わ、私は別にご飯目当てに結婚はしません!」
「しかし、判断材料の一つになるのだな」
「そ、それは……」
「否定しないところは素直でいい」
「な、なりません! 判断材料になりません」
 かなみは強がるが、それが結果的に肯定していることになってしまう。
「……ふむ」
 佐々部は顎に手を当てる
「ここまでかたくなに断られたのは初めてだ」
「今までいなかったんですか?」
「大抵の子は怯えるか、ビクつく」
「当たり前ですよ。あんな黒服の男達を引き連れていたらビビります」
「自分の力を見せつける、いい方法だと思ったのだがな」
「そんな見せつけ方されても女の子はときめかないですよ」
「別に、ときめいてもらおうとは思わない。俺が気に入るかそうでないかが問題だからな」
「なんて自分勝手なんですか……」
「そういう生き方しかしてこなかったからな。さて、返答を聞こうか?」
「返答ってなんですか?」
「俺と付き合うかどうか……結婚するか……」
 佐々部は極めて真剣な面持ちでかなみに問いかける。
「しません」
 かなみは即答した
「そうか」
 佐々部はフッと笑う。
「こちらから問いかけたのも、断られたのも初めてだ。そうか、これが振られるということか」
「え、え……え?」
 かなみは戸惑う。
 男を振る。そんな感覚はまったくなかったのだが、確かに求婚されてそれを断ったのなら、
――それは確かに振ったということになる。
(いやいや、これは違うのよ!)
 かなみは否定する。
 なんていうか、そんなつもりじゃなくて……そう、これを恋愛としてカウントしたくないのだ。
 こんな一方的にお見合いの場で、いきなり求婚されたのだ。どうしていいのかわからないし、それでイエスと答えてしまっては何か取り返しのつかないことになってしまう。結果的にノーと言って断るしか無い。
 振る、振らないって選択肢があるわけじゃなくて、そういう選択しかできなかった。
 だから、これは男を振ったわけじゃない。振ったわけじゃない。
「振ったんじゃない……私は男を振ったんじゃない……」
 そうかなみはうわ言のようにつぶやいて自分に言い聞かせた。
「きみは本当に色んな顔を覗かせるな……」
「いえ、覗かせたくてそうしてるわけじゃありませんから」
「当たり前だ。そんなこと計算でやっていたら君はハリウッド役者だ」
「褒めてるんですか、それ?」
「褒めてるつもりなんだが、そう聞こえないか?」
 皮肉にしか聞こえないかなみであった。
「聞こえません……」
「そうか」
 佐々部はそれだけ答える。
「まあ、それなら会はお開きだな」
 かなみはそれを聞いてホッとする。
 佐々部は携帯電話を取り出して、誰かを呼びつける。
「………………」
 しかし、そこから険しい顔つきのまま何も話さず携帯電話を耳に押し当てている。
「はあ~」
 佐々部をため息を付いて、携帯電話をしまう。
「何か問題が発生したようだ」
「問題?」
「連絡がつかない」
「誰とですか?」
「さっき俺の隣にいた黒服の男だ」
「ああ、あの人ね」
「そうだ、あの人だ」
「………………」
 佐々部があっさりと答える。そのせいで、かなみは一つの疑問が生まれ、訊かずにはいられなくなった。
「もしかして、名前知らないんですか?」
「知らないな」
「……ひどくないですか?」
「名前を聞いたことがないし、聞く価値が無いと思ってな、かなみ」
「部下の名前ぐらい把握しておくべきでしょ」
「そうか、心に留めておく」
 かなみはため息をつく。
「しかし、連絡が取れないのは気にかかるな」
 そう言いつつ、佐々部はもう一度携帯電話をかける。
「………………」
 佐々部は静かに携帯電話をしまう。
「何かあったみたいだな」
「何かって何があったんですか?」
「わからないから何かなんだ」

ストン!

 そこへいきなり襖が開いた。
「――!」
 二人はそちらの方を見る。
 黒服の男が現れる。しかも手には日本刀を持っている。
 どう見ても穏やかではない空気を醸し出している。
(これって、うちいり!?)
 映画でよく見た光景が脳裏をよぎる。
 そうなるとこの黒服の男の標的は佐々部ということになる。
 そんなかなみの考えが正しいことを証明するかのように黒服の男は佐々部に向かって踏み込んでくる。
「危ない!」
 かなみは即座に背後にあった飄舞とともに飾り付けられていた日本刀に持って、黒服の男に立ち塞がる。

カキン!

 男は抜刀し、かなみに斬りかかってきたが、かなみはこれを同じく抜刀して太刀を受け止める。
「わ、わあッ!?」
 かなみは慌ててのけぞる。
 無我夢中で身体が動いてしまったが、これって凄く危ないことなんじゃないかとようやく我に返ったのだ。
 男もまさか女の子が日本刀を持って応戦してくるなど予想外だったのか、一歩引いて様子を見る。
「助けられたな、礼を言う」
「え、あ、はい……でも、どうしていきなり襲われるんですか?」
「心当たりならいくらでもあるが……」
「あるんですか……」
 かなみは冷ややかな視線を佐々部に送る。
「そういう稼業だからな。だが、今回は違う」
「何が違うんですか?」
 佐々部は黒服の男を指差して言う。
「さっき話していた奴だ」
「えぇッ!? あの名前を聞いてない人なんですか?」
 かなみは驚く。
「ちなみになんて名前なんですか?」
「……阿部だ」
 黒服の男は低い声で言う。
「阿部か……お前、いきなり斬りかかってくるとはどういう用件だ?」
「………………」
 阿部は再び無言になる。
「必要なことしかしゃべらない奴だと思っていたが……まあいい、斬りかかったのならお前は敵だ」
 凄い割り切りだとかなみは思う。
 まあしかし、名前も覚えていないような部下なのだから、そこまでこの部下に思い入れがないのだろう。
「あ~、そっちに行ってたか」
 そこへあるみが現れる。
「社長!?」
「かなみちゃん、凄く物騒な物もってるわね」
「あ、ああ、こ、これは!?」
「ま、いいわ」
「いいんですか」
 その物騒な物が日本刀だというのに。
 まあ、あるみにとって、それは些細なことなのか。
「それより、かなみちゃん。そいつはネガサイドの諜報員よ」
「えぇッ!?」
「狙いは何なのか知らないけど、私が片っ端から倒しているのをみて焦って出てきたみたい」
「片っ端からって……あの黒服の人達全員倒したんですか?」
「ん、まあ中には怪人じゃない人もいたわね。見分けがつかないぐらい優秀だったもん」
「それでその人達は殺したんですか?」
「それはしてないわ。魔法少女は人殺しなんてしないわ、まあちょっと眠らせただけよ」
 そのちょっとがどのくらいのものだったのか、怖くて聞けない。
「………………」
 阿部はあるみを見ても無言で、佐々部に向かう。
「どうやら、俺を殺すのが目的のようだ」
「良介さん、悪の秘密結社から狙われる心当たりは無いんですか?」
「いや、ないが……ネガサイド、ネガサイドといったな……」
 佐々部は顎に手を当てて考え出す。
「そういえば……見合いの候補に、ネガサイドの幹部という女性がいたのだが……確か悪運の愛人といったな」
「テンホーのことですか!?」
「そういう肩書きは彼女しかいないわね」
「だが断った」
 かなみにはその理由は察しがついた。
「ババアはお断りだからな」
「ああ、やっぱりそうですか……」
「そんな理由で命を狙われるとは思わなかったが……」
「それが狙うんですよ、ネガサイドは……」
「わざわざ部下に潜ませてか?」
「ネガサイドならやります」
「それも俺が縁談を断っただけで殺そうとまで考えるものなのか?」
「ネガサイドなら考えます」
「まさしく悪の秘密結社だな」
 それで佐々部は納得した。
「とにかく、社長! お願いしますよ!」
「え~かなみちゃん、なんとかしなさいよ」
「え? な、なんでですか!? なんとかしてくださいよ、社長!?」
 かなみは大慌てであるみに助力を請う。
 なにしろ、一応一般人である佐々部がいるのだから、変身はできない。つまりこのままの状態で敵を倒さないといけない。いくら日本刀を勢いで持っているとはいえ、大の大人相手に女子中学生が勝てるはずない。
「だって、今日の主役はかなみちゃんとそこのいい男なんだし」
「私は主役になった覚えありませんッ!」
「覚えがなくてもなるものよ。なりたくてもなれるものじゃないから喜びを噛み締めなさいな」
「全然うれしくありません!」
「――!」
 かなみが反論している最中、阿部は襲い掛かってくる。
「わ、わわあッ!?」
 かなみは慌てて太刀を受け止める。
「で、できた……!?」
 太刀をちゃんと受け止めたことに驚くかなみであった。しかも、変身していない状態で。

カキン! カキン! カキン!

 そこから、阿部は容赦なく太刀を次々に打ち込んでくる。それをかなみはなんとか受け止める。
 変身しているときと違って一撃でもまともに斬られたらタダじゃすまない。
 その緊張感がかなみに極限の集中力をもたらしているようだ。
(な、なんで、こんなことにぃッ!? ひぃぃぃ、今、髪かすめたわよねッ!?)
 当のかなみは必死なだけであったが。
「素人にはしては上出来だな。用心棒にすれば案外化けるかもしれない」
「何言ってるんですか!?」
「いや、縁談は断られたが、手元に置いておく方法もあるかと思ってな」
「ろくでもないことしか考えませんね! あなたが、生命狙われているんですよ!」
「君がなんとかしてくれると思ってな、安心していた」
「そんな! あてにされても困るんですけど!」
 かなみは泣き言を言いつつ、阿部の太刀を受ける。
「ああ、大丈夫よ。そいつ、力は並の人間程度だから変身しなくても十分勝てるわ。まあ、大の大人ぐらいはあるみたいだけど」
「中学生じゃ勝てませんよ、それ!?」

カキン!

「つぅ!?」
 太刀を受け止める手が痺れてきた。
 やっぱり腕力だと子供と大人じゃ決定的に違うみたいだ。こんなの勝てるはずがない。
「ああ、もう!」
 こうなったらやけくそで日本刀を振り回してみる。

カキン! カキン! カキン!

「………………」
 阿部は無言でそれを受ける。
 しかし、その顔には確かな焦りの顔が浮かんでいる。
「でぇぇぇい、ピンゾロの半ッ!」
 魔法少女と同じ動きを頭で思い描いて、身体をその通りに再現させる。
 それは魔法少女に比べたときに比べると遥かに遅く、力強さも程遠いものであった。だが、それは普通の少女が普通の人間に対して放つには申し分無い一撃であった。

ザシュゥッ!!

 阿部は致命傷となる一撃を受けて、血飛沫を上げて倒れる。
「あ、あぁ……」
 かなみは呆然とした。
 確かに敵を倒すために一撃を放った。これまでだってずっとそうしてきた。
 しかし、今回の敵は人間であった。それがこんなにもあっさり血を流して倒れるなんて思わなかった。こんなにもどうしたらいい気持ちになるなんて思わなかった。
「わ、わた、わたし、人、殺しちゃ……」
「殺したのは怪人よ。人間じゃないわ、その証拠にほら」
 あるみは指差すと、阿部は塵になって跡形も無く消える。
「はあ~」
 それを見届けたかなみは力が抜けて日本刀を落とす。
「た、倒した……って、あれ、変身せずに倒しちゃったんですが、いいんですかこれ!?」
「いいわけないじゃない。当然罰金よ」
 あるみはあっさりと答える。
「お、おいくらですか?」
「今回の報酬分ぐらいかしらね」
 あるみはニコリと笑って残酷な宣告をする。
 今回の報酬分が罰金ということは受け取れるはずのものが罰金で流れていくということだから、プラマイゼロということだ。
「って、またタダ働きですかぁぁぁぁッ!!」
 かなみの悲鳴にも似た絶叫が木霊した。
「しかし、いい太刀さばきだったな」
「え、良介さん……?」
「気に入った。やはり、君と結婚がしたい」
 佐々部ははっきりと言った。
 こんなタイミングで、なんてことをこの人は言ってくるのだろうか。
 かなみは憤るべきか、嘆くべきかわからなくなって小刻みに震えた。
 だが、かなみの答えは決まっていた。



「それで思いっきりひっぱたいて断ってきたの?」
「は、はい、そうです……」
 翠華に向かってかなみは恥ずかしげにそう答えた。
「凄く頭にきちゃいまして……」
「そう、それでよかったと思うわよ」
 翠華はあくまで冷静に言っているが、心の中では喜びで満ち溢れており、叫びたい衝動を抑えていた。
(かなみさんが縁談を断ってくれた! これで私にもチャンスが! ああ、でも、かなみさんにだって相手を選ぶ権利が! でも、それだったら私にもチャンスがあるわね! よし、私だって私も頑張らないと!)
「翠華さん」
「な、何かしら?」
 翠華は平静を装って返す。
「こんなこと相談してもらってありがとうございます……というか、愚痴ですよね、何にしてもありがとうございます」
「そ、そんなお礼なんていいのよ」
「翠華さんにしかこういうこと相談できなくて」
「わ、私にしか……!」
 それを聞いて翠華は頭から煙が出るほど思考回路がパンクしそうになった。
「いいのよ、かなみさん。相談とコーヒーならいくらでもきくから」
 ここはオフィス近くにやたらと『安い! 早い! 旨い!』と紙が貼られている喫茶店で二人でコーヒーを飲んでいる。確かにおいしいのだが、何よりも壁や本棚で隙間が出来ていて秘密の話をするのにもってこいの雰囲気が気に入っている。
 そこで翠華からお見合いの話の顛末を教えてほしいと頼まれたのだが、途中から愚痴になってしまったので、そんなことまでちゃんと聞いてもらってありがたい気持ちになるかなみであった。当の翠華からしてみれば聞きたくて聞きたくてしょうがないかったので、無理に頼んだつもりだったのだが。
「コーヒーは相談料ということでもらっておくわ」
「え、相談したのは私の方なんですけど」
「え、ううん、いいの! 頼んだのは私の方だから!」
「むしろ、相談というか愚痴を聞いてくれて私の方が払うべきなのに……」
「かなみさんは借金でそれどころじゃないでしょ!」
 その一言で、かなみもグウの音が出ない。
「そ、そうですね……私なんて先輩にご馳走してあげられることすらできない情けない借金持ちなんですよね」
「え、ちょ、かなみさん?」
 かなみは思いっきり凹んでしまったようだ。
「何も借金はかなみさんのせいじゃないから、コーヒーをごちそうするのは私がしたいだけで、全然かなみさんは情けなくなんかなくて、むしろ、頑張って借金返そうとして、凄いなって! 憧れてるのよ!」
 翠華は一生懸命取り繕う。
「ほ、本当、ですか?」
「本当よ」
「だったら、コーヒーをご馳走させてください」
「それは私がするわ!」
「いいえ、私がします!」
「いいえ、私が!」
 いつの間にやら伝票の取り合いになってきた。
 出来ればかなみとは喧嘩はしたくない。しかし、ここは譲れないのだ。
 かなみは今生活に苦しんでいるのだから一円だって無駄に出来ないし、出来る限り手助けはしたい。
 対するかなみだって意地がある。借金や空腹に負けたりすることだってあるが、出来る限り譲りたくない意地があるのだ。
「私が払います!」
「いいえ、私が払うわ!」
 睨み合いが続く。
「おうおう、仲睦まじいことだな」
 そこへ水を指すように黒服の男が茶々入れてくる。
「あ、あんたはッ!?」
 かなみの反応で翠華は察した。
 直接会うの初めてだが、かなみの話から人となりは知っている。
 この男がかなみを借金代わりにどこかへ売り飛ばそうとした憎き敵であること、そして今でも売り飛ばす魂胆があり、ある意味ではネガサイド以上に憎悪すべき敵であることを。
 翠華は反射的にかなみと黒服の男との間に立つ。
「かなみさんは渡さないわ!」
「おおう、勇ましいね青い嬢ちゃん。さしずめ嬢ちゃんを守るナイトってわけかい?」
 それを聞いて、かなみにある危険を察知した。
 このままだと、翠華もかなみの関係者か家族に近しい人間だと思われて危害が及ぶかもしれない。
「翠華さんはナイトじゃないわ、ただの先輩よ!」
「た、ただの……!」
 これには翠華はヒラヒラと膝をついて落ち込んでしまう。
「とてもそうは見えなかったけどな。まるで姉妹みたいだったぜ」
「そんなはずないわ! 私と翠華さんは赤の他人なんだから!」
「あ、赤の他人……」
 ついには両手までついた。
「おい……あの青い嬢ちゃん、なんか凄い落ち込んでんぞ」
「え、えぇッ!? 翠華さん、どうかしたんですか!?」
「う、ううん、なんでもないわ……」
 翠華はフラフラと立ち上がる。
「そ、それより、あなたは何の用ですか? 借金の取り立てなら間に合ってますから!」
「つれねえこというなよ、俺と嬢ちゃんの仲じゃねえか」
「え……?」
 その一言で翠華は不安に駆られる。
「変なこと言わないで! 私とあんたは敵同士なんだから!」
「ああ、あんたにとっちゃ敵だが、俺にとっちゃ商売相手なんだぜ。何しろ嬢ちゃんが借金を返さないと俺が飯を食えねえからな」
「だったら、ゴミ箱でもあさってなさいよ」
「俺は犬じゃねえんだぞ」
「犬の方がもっと利口よ」
「ひでえ言われようだぜ」
 黒服の男はやれやれと手を振る。
「それで何か用なわけ?」
「ああ、この間の見合いの話なんだが」
「その話はしないで!」
 かなみは強く言って遮る。かなみにとってあれはもう思い出したくない忌まわしい過去になっているのだ。
「そういうなって、うちの若頭。嬢ちゃんのことを気に入ってな」
「え……!?」
 かなみは絶句する。ついにで後ろで聞いていた翠華も。
「今回は断られたが諦めるつもりはないってよ」
「じょ、冗談じゃないわよ! あんな人と結婚どころかお付き合いだってできないわよ! 第一私はまだ中学生だし!」
「ああ、それならちゃんと若頭に伝えといたぜ」
「えッ!?」
 かなみの血の気が一気に引く。
 何しろ女子高生しか興味がない佐々部に対して、自分は女子高生だと嘘をついて縁談を進めたのだから、さぞ怒っているだろうことが想像がつく。下手したら罰として指を切って詫びろとまで言うかもしれない。黒服の組ならそれぐらいしても可笑しくないと思ったら恐怖で身体がブルブル震えた。
「それを聞いて逆に気に入ったそうだ」
「……は?」
「あと一年我慢すれば結婚ができるし、入学から卒業まで見守れるのは大きなメリットだと言っていた」
「何がメリットよッ!? そんなのお断りよッ! 第一私には借金があるんだから、結婚どころ交際もしてる暇なんてないのよッ!」
「え……結婚どころか、交際も……?」
 翠華はその一言に喜んでいいのか、悲しむべきなのか複雑な想いを抱いた。
「ああ、その借金なら若頭が一応考えておくってよ」
「ええッ!?」
「さすがに四億はすぐになんとかできねえが一年あればなんとかできるってよ」
「なんとかって、四億を一年で……?」
「まあ、あの手この手が使えるってことだよ」
「あの手この手って、……どれだけやばいのよ、あの人」
「俺の上司だからな」
「ああ……」
 その一言でかなみは納得してしまった。
「で、でも、借金を完済してもらえるって……それって滅茶苦茶な提案だけど……」
 さすがにかなみでも心がグラつく。
「かなみさん! ダメよ、愛はお金で買っちゃダメよ」
「そ、そうですね……翠華さんの言うとおりですね……」
「なんだ、嬢ちゃんならこれでイチコロだと思ったんだけどな」
「わ、私はそんなに安い女じゃないわ!」
「四億じゃ安いか……嬢ちゃんは大物だぜ、じゃあ、そう若頭に伝えておく」
 黒服の男は伝票を手に取る。
「そいじゃ」
 そう言って去ろうとする。
「あ、あの……」
 しかし、かなみは呼び止める。
「良介さんには、その……ごめんなさいって言っておいて……」
「……ああ、伝えとくぜ」
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