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第27話 密会! 少女と交わす財宝のような時間 (Bパート)
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カリウスから渡された宝の地図には島の五ヶ所が記されていて、そこを順番に回っていくことが指定されている。
かなみ達はその中で一と書かれた場所にたどり着いた。
「おたから、おたから……」
かなみは這うようにして地面を見下ろして探索する。
しかし、そこには何もない平原で、雑草が生えていて緑だけが広がっている。
少し歩くと海の光景が果てしなく広がっていて非常に見晴らしと風通しが良くて気持ちのいい場所である。
宝探しがなかったらこのままじっと景色を眺めてのんびりしていたいところだ。
「お宝はどこにあるんでしょうか?」
どこを探しても見当たらない。
「埋めてあるんでしょうか? お宝といえば掘り起こすものと決まっていますし!」
かなみはコインを取り出す。
このまま変身して地面を吹き飛ばして堀り起こそうかとまで考えたようだ。
「まあ、いきなり宝があるわけないか」
しかし、あるみはそんなかなみを無視して平原に寝転ぶ。
「社長?」
「気持ちいいわよ。とりあえず休みましょう」
念願の休憩をここで提案される。
そりゃこの草は絨毯のように敷き詰められていて気持ちよさそうだけど……
「いいんですか、お宝探さなくて?」
「どうせここには無いでしょ。第一地点でいきなりお宝発見じゃ興醒めもいいとこよ」
「だったらどうしてここに? お宝が無いのはわかっていたでしょ?」
「向こうの狙いが何なのか、わからないからね。あえて手の平の上で踊っているのよ」
「わかりません……」
かなみはあるみを見下ろして不満をぶちまける。
「社長なら敵の狙いなんて関係無く、それごと吹き飛ばせるでしょ? なんでしないんですか?」
「かなみちゃん……私のことをなんだと思ってるわけ?」
「そりゃもちろん化け物ですよ……あ!」
言い終わってから、しまった! とかなみはあわてて口をつぐむ。
「ふうん……」
あるみは怖いほどに爽やかな微笑みをかなみに向ける。
「かなみちゃんが私のことをどう思ってるのか、よおくわかったわ」
「あ、いえ、あのその! そういうわけじゃなくてですね!」
かなみは言い訳を取り繕おうとする。
「いいわ。帰ってからじーっくり話しましょうか」
しかし、あるみはあくまで穏やかな微笑みで答える。
――帰りたくない。
帰ったら殺される。
かなみは心底そう思った。
「まあ、それが出来たら楽なんだけどね」
「え?」
不意にあるみはかなみの不満に対して意見を漏らした。
「確かに全力を出せばあのカリウスには勝てるでしょうね。見たところ、ヘヴルより強い感じはしないし」
「やっぱり……」
かなみの予想は当たっていた。
カリウスには底知れない不気味さ、力強さ、恐怖を感じる。
けど、それでも、あるみの方が強い、と信じている。
それをあるみの口から断言してくれたことで確信が持てた。
「でも、それならどうして倒さないんですか?」
「それが罠だっていうことは? あの男が対策をとっていないわけがないわ」
「ですから、それごと……」
「敵を甘くみないで、かなみちゃん」
あるみは一転して厳しい眼差しでかなみを見つめる。
「――!」
かなみはそれに気圧されて口をつぐむ。
「罠っていうのは力とかそういうことに関係なくはめられるものよ」
「それじゃ今も罠にはまってるんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね」
あるみはあっさりとそう答える。
「だったら、まずいじゃないですか」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつよ」
「こけつ……?」
「危険に入らないとお金は貰えないってことよ」
「ああ……」
かなみは問答に疲れて草の絨毯に倒れ伏す。
気持ちいい……このまま、いつまでも休んでいたい。
「お宝、あるんでしょうか……?」
ふとそんなことが気になって口にしていた。
「さあ、わからないわ」
二人はあの暗闇の部屋でカリウスから受けた説明を思い出す。
これから君達にはこの島で宝探しをしてもてもらう。
地図に書かれた五つのポイントのうちどれかに宝がある。
君達は一から書かれた場所から順に、
萌実は五から書かれた場所から順に、
行ってもらう。
宝が本当にあるかってかい?
心配いらない。
この無人島には財宝の伝説があってね。
江戸幕府が財政難という口実で行った倹約で溜めに溜めた隠し財宝の伝説だ。
まあ、そんな話が信用できないのはわかる。
信じる信じないは君達の判断に任せるよ
あるみはそれに対して、
「面白そうじゃない」
と二つ返事で返した。
あの時にそんなことを考えていたなんてかなみは全然気付かなかった。
一方の萌実は仏頂面で「いいわよ」とこれまた二つ返事で返して姿を消した。おそらくカリウスに言われたとおり、五のポイントに向かったのだろう。
「結局って宝は本当にあるんでしょうか?」
ここに来るまで何度訊いたことがわからない。
「さあ、わからないわ。ただあいつが言っていた財宝の話……嘘とも思えないのよね」
あるみは地図を広げてみる。
「ただ、この地図……」
「地図がどうしたんですか?」
「ポイントを見て、何か気づかない?」
あるみにそう言われてかなみは地図を見てみる。
「気づかないかって言われても……」
「一が現在地点で、二が次に向かうポイントよ」
「かなり遠いですね……」
一と二の位置関係を確認してみるとほとんど島の反対側であった。
「疲れますね」
かなみは率直な感想を口にした。
「って、あれ? それでしたら三や四の方が近いんじゃないですか?」
「そうね。明らかに二より三の方が近いわね、それに全部のポイントがこの島の外側にあるわ」
「疲れますね」
かなみは鬱屈とした気分になる。
地図を見た限り、最初にたどり着いた洋館は島のちょうど中央にあるみたいだ。
その洋館からポイント一まで来るのに、これほど苦労したのだ。一から二までの距離はその倍近くある。二から三までの距離もそれと同じだ。
考えるだけで気が滅入る。しかも、これで宝が無くて無駄足になるという可能性も考えると余計に辛い。
「ハイキングに来たと思って気楽にいきましょう」
「ハイキング、ですか……それにしてはちょっときついですよ……
――それに何より、お弁当がないじゃないですか!」
「お弁当?」
あるみは面を食らったような顔をする。
「ハイキングといったら、綺麗な景色においしいお弁当が付き物じゃないですか!」
「ああ、そういうことね」
あるみは納得して、ポンと手を叩く。
「一応、インスタントなら持ってきたけど」
あるみはそう言って、缶詰を取り出す。懐にそれだけ入れられるのか、という疑問はあるにはあるのだが。
「あの、社長……こんなこというのもなんですが……」
「ん、何かしら……?」
「――魔法少女と缶詰って、イメージに合いませんよね?」
「う!」
これにはさすがのあるみも苦い顔をする。
「じゃ、じゃあ、あなたがこれからなればいいのよ。缶詰系魔法少女! 略して、かんまほ!」
「そんなのきいたことありませんよ! それとなんで略すんですか!?」
「うん、確かにタイアップはしやすいよね」
マニィはやたら現実味のあるコメントをする。
「じゃあ、そういうことでいただきますか」
「え、缶切りはどうするんですか?」
「リリィ!」
あるみの呼びかけに応じて、リリィは缶詰に噛み付き、その牙で開けていく。
「牙にはこういう使い方もあるのよ」
あるみは得意顔で言う。
「いいんですか、それ?
竜ですよね、一応マスコットのとりまとめとかしてるとか言ってましたよね、いいんですか、そういう使われ方して……?」
「あるみが必要としているのだから是非もない」
リリィは苦々しげに答える。
どうやら指示されてやっているのであって、納得はしていないみたいだ。
「だけど、ボクの牙じゃああいうことは出来ないからね。さすがリリィだよ」
「うむ、これも我に課せられた役目だ」
一転して、リリィは凛とした顔で答える。
「それはともかく食べましょうか? かなみちゃん、お腹すいてるでしょ」
「それはもう!」
かなみはあるみから差し出された缶詰を即座に手に取る。
「いただきます!」
缶詰の中身は乾パンとクラッカーであった。
「おいしい! おいしいです!」
貪るようにかなみは食べ尽くす。
「綺麗な景色とか関係ないわね」
これにはあるみも苦笑する。
「花より団子……嫌いじゃないんだけどね」
あるみはそう言って、サバ缶に手を付ける。
やがて、日が傾いて、海に沈みかけているように見える。
夢中で歩いているうちに日没近くの時間になっていたようだ。
「今夜はここで野宿か」
「え、いいんですか?」
「暗くなったらあの道を歩くのはキツいでしょ」
「私なら大丈夫です」
かなみには暗い中でも問題なく歩けるぐらい夜目がきく。
夜の山道でもさほど危険はないと思うのだが。
「私がキツイのよ」
「え?」
「なに、その意外そうな顔」
「だって、社長ならそのぐらい関係ないと思いまして」
「ああ、そうね……私は化け物だったわね」
あるみは納得したかのように言って、かなみを震え上がらせる。
「でも、私にも出来ないことだってあるし、先を急いで無茶をするぐらいなら一旦止まることぐらいしなくちゃいけないのよ」
「……そうなんですか?」
「ま、焦らず行きましょう。のんびり、とね」
あるみは大きく伸びをして寝転ぶ。
「なんだか意外です。社長はいつも走っているイメージがありましたから」
「年中走ってるわけじゃないわ。疲れて足を止める時だってあるわ」
そんなことをしているうちに日はどんどん沈んでいく。
「あ、一番星です!」
「フフ、綺麗ね。この辺りなら星も綺麗に見えるんじゃない?」
「いいですね、綺麗な星みたいです。あ、でも、眠くなってきました……」
かなみはあくびをする。
すると、あるみはかなみに上着を布団にかけてやる。
「風邪はひかないようにね」
「え、でも、社長は?」
「大丈夫よ」
あるみにそう言われて本当に大丈夫なのかとつい信じてしまう。
「はぁくしょーん!」
あるみは大きくくしゃみをする。
「あの……風邪ですか?」
かなみは言いにくそうに訊く。
やっぱり上着を脱いでしまったのがいけないんじゃないかとかなみは少し罪悪感があった。
「ううん、違うわ。誰かが噂してるのよ」
「ああ、どうせ部長あたりが社長がいないってぼやいてるんじゃないですか」
「いいえ、これは来葉のものね」
「そんなことまでわかるんですか?」
「清々しいくしゃみをするときは決まって来葉が噂してるのよね」
「だからなんでわかるんですか?」
「電話したから」
「……え?」
「前に何度かきいたことあるのよ。『今私のこと、噂したでしょ?』『ええ』って感じにね」
なんだかそのやり取りが目に浮かぶようだ。
「まあ、社長が風邪なんか引くわけ無いって信じてますから」
「信じるね、いい言葉だわ」
あるみは笑顔で答える。
夜が明けて、明るくなってからずっと歩いている。
一晩ぐっすり寝たおかげで体力は回復して順調に林の中をぐんぐん進んでいけた。
ただ食料が心もとないから朝ごはんはなかった。
かなみはそれに不満を漏らしたが、食べたかったらそこらへんの野草やキノコを拾えばいいのよ、と言われて黙った。ちなみにあるみはそれを拾って食べているのをかなみは目にしていた。
「二のポイントまであとどのくらいですか?」
「うーん……ようやく半分ってとこかしら?」
「半分?」
かなみはそう言って、周囲を見回してみる。
一から二までの道のりの半分ということは、島の中央にまで戻ってきたということだ。それはつまり、あの洋館のすぐ近くにまで来ていることを意味する。
どうして、かなみは洋館の光景を探してしまうのかわからない。
いくら自然が綺麗でも、見慣れていると人工物が恋しくなるのか。それとも、カりウスへの警戒心がそうさせているのか。かなみ自身にもわからないし、そんな疑問を深く考えることはない。
「随分のんびりしてるのね」
そこへ頭上から声がする。
嫌味ったらしいこの声は萌実だった。
かなみが見上げる
「あんた、そこで何してんの!?」
「何って木登りに決まってるじゃない! 歩いて目的地に向かうなんて常識、かったるくてやってられるかっつーの!」
「そうじゃなくて! あんた、スカートでしょ! ここから見たらどうなるかわかってるの!?」
「ああ、それは気にしなかったわ」
萌実はわざとらしくスカートを持ってヒラヒラさせる。
「気にしなさいよ!」
「大丈夫大丈夫、どうせここは無人島だし」
「今、私と社長とあんたがいるでしょうが!」
「……まあ、私は眼福っていうか」
あるみはにこやかにとんでもないことを言う。
「社長、何言ってるんですか……」
「正直な気持ちよ。ほら私やかなみちゃんは正統派だからああいうことできないものだし」
「自分でいいますか、それ……」
「いや、かなみは路地裏系だから、ああいうのはありなんじゃないかな」
「余計なことを言わないの! 第一路地裏系ってなによ?」
「いや、地下水道系という線もあったな」
「リリィまで!」
かなみには味方がいないのか、と嘆きたくなった。
ちなみにあるみはというと台風って味方にできるものじゃないと最初から諦めている。
「アハハハハハハ! 味方が多くて、楽しそうじゃない!」
「誰が! うるさいギャラリーなだけよ!」
「ギャラリー、いい響きね。
さすが、かなみ。センスあるじゃない」
「あんたに褒められても嬉しくないわ」
「そりゃ褒めてるんじゃないもの、けなしてるんだから当然でしょ」
かなみはため息をつく。
「ああ、やっぱり……そういうことね」
そして、悟る。
「ええ、そういうことよ」
かなみは見上げる。そして萌実は見下す。
「止めないわよ。子供同士の喧嘩に保護者は入らないものだから」
そう言って一歩引くかなみの存在はありがたい。
萌実とは一体一で決着をつけなければならないからだ。
理由は無い。ただそうしないとかなみの気がすまない。
「マジカルワークス!」
宙を舞ったコインから光が降り注ぎ、かなみは黄色を基調としたフリルの衣装に身を包む。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
ジャンプして、萌実と同じ高さの木の枝に降りる。
「お馴染みね。反吐が出る口上だわ」
フン、と萌実は鼻を鳴らす。
「じゃあ、こっちも対抗して」
空に銃を掲げて、撃つ。
甲高い銃声の後に硝煙が舞う。それは舞台に立ち込める演出用の煙幕であった。
「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」
二丁の拳銃を携えた桃色の魔法少女が姿を現す。
「いくわよ、弾たまと生命たま、お宝の取り合い!」
「渡さないわ!」
ステッキから繰り出される魔法弾と銃から撃ち出される銃弾がぶつかる。
「ああ、やっぱライバルっていうのはいいわね」
爆音響く頭上を眺めながらあるみは呟く。
「羨ましいのか」
「そうね、まぶしいし」
あるみはそう言って手を伸ばしてみる。まるで遠くて届かない場所にある一番星を掴むように。
どこまでもこの手は伸ばせるのに、あの星はどこまでも遠くにあるようで。
どうすれば掴めるのか、どうしても答えは出ない。
ただ伸ばせばいいのか、それとも飛べばいいのか。
「あ、決着がついたわね」
少しばかり感傷に浸っている間に、戦いは終わったみたいだ。
あるみの前に一つの光が落下する。
「あいたたた……モモミのやつ!」
光はカナミであった。
カナミは即座に立ち上がってモモミの行方を目で追ったが、辺りにモモミの姿は無かった。
「逃げられたのね」
「あ、はい、そうなんです……」
カナミは申し訳ない面持ちで答えた。
敵の逃亡を許すなんて、あるみは絶対に許しそうにないと思えたからだ。
「まあ、仕方ないわね」
しかし、その反応は意外にも寛容であった。
「向こうはただ喧嘩ふっかけてきただけだったみたいだし」
「本当、あいつ何考えてるのかわからないんですよ……」
「カナミちゃんは何考えてるのかすぐわかるのにね」
「馬鹿にしてませんか?」
「素敵だって言ってるのよ。それより、あの娘がどこに行ったかなんだけど……」
あるみは地図を広げる。
「あの娘、五に言って四に向かう途中だったのかもしれないわね」
「じゃあ、四に向かったってことですか?」
「もしそうだったら、四に向かう?」
「四、にですか……」
すぐに答えは出なかった。
モモミをこのまま逃がしたくない気持ちと二に宝があるかもしれないという気持ちがせめぎあっているのだ。
「でも、私は四に向かっていないと思うわ」
「え、ど、どういうことですか?」
「私の見たところ、あの娘は退屈してるのよ」
「退屈……?」
「多分、五に向かって歩くだけの行為に飽きたのね。だから私達と戦ってみることにしたの。まあ、それでもカリウスの義理立てがあるのかしらないけど、ちょっかいふっかける程度にしたみたいね。あるいは楽しみはあとにとっておきたかったのかもね」
「あとにとっておくってどういうことですか?」
また戦う事になると言いたいのだろうか。
それはわかる。モモミはこの程度で引き下がって満足するような性格じゃないことはカナミもよく知っている。
派手に暴れて、自分が満足するまで戦い続けるような娘だ。
でも、あとにとっておくというのはちょっとわからない。
よく楽しみにとっておくというが、そういうことをするような娘には思えない。何しろ楽しみは真っ先にいただくタイプだ。ショートケーキで最初にイチゴを食べる。まさにそれがモモミ、というのがカナミのイメージだ。
「地図を見なさいな。何か気づかない?」
「気づかないって言われても……」
何もわからない。
「私達は一から二へ向かってる。それに対してあの娘は五から四へ向かってる」
あるみは二本の指でかなみ達が辿った道とモモミが辿っであろう道をなぞる。
一から五まで書かれたポイントは全て島の端にある。
島が四角形に近い形をしているため、対角線のように二本の指が交わる。
「さっきがこの状態……それで今はこう」
あるみは二本の指を離す。
「それで私達が二に行って、あの娘が四に行く。その後、両方三に向かう」
再び二つの指が三のポイントで交わる。
「この三でまた戦うことになるってことですか?」
「それだけじゃないわ」
あるみ達とモモミを示す二本の指は再び離れて二と四にそれぞれ向かう。そして、モモミは一に、あるみ達は五へと向かう。すると二本の指は再び中央で交わる。
「私達はあと二回遭遇するって計算になるわ」
「あと二回、ですか……」
「三本勝負ってところね」
「でも、これ変じゃないですか?」
「変って何が?」
「さっきの社長の話の通りなら、私達は次に三で鉢合わせになるじゃないですか」
「そうね、それがどうかしたの?」
「この時点で私達とモモミは全部のポイントを回ったってことになりますよね?」
「ええ、そうね」
「それって、どっちかがお宝を見つけて勝負がついたってことになりませんか?」
「かなみちゃん……」
あるみは呆れたような顔をする。
「別にお宝で勝負が決まるわけじゃないのよ」
「え、違うんですか?」
どうやら、かなみの中でいつの間にか、これはどちらが先にお宝を見つけるのが先かの勝負という解釈になっていたようだ。
「まあ、かなみちゃんにとっちゃあ死活問題か」
「うちの財政的にも看過できるものではないがな」
リリィが口を出す。
「それもそうね。って、重要なのはそこじゃないわ。
いい、かなみちゃん……もし仮に先にお宝を見つけた方が勝者だとしても、三に着いた時点で決着がつくとは限らないわ」
「どういうことですか? だってポイントは全部回って……」
「ポイントに行ったからってお宝が見つかるわけじゃないでしょ」
「え……?」
かなみはキョトンとする。
「このポイントのどれかにお宝があるってカリウスは言っていたけど、見つかるとは限らないわよ」
「見つからないってことですか?」
「そう。例えば地面に埋まってるとかね」
「じゃあ、一にも埋まってかmそいれないってことじゃないですか!?」
「そうかもしれないわね」
「どうして掘り起こそうとしなかったんですか?」
「あくまで仮の話よ。それに最初の一のポイントで体力使うわけにもいかないしね」
「社長が体力を使うことあるんですか?」
「ああ、そうね。私、化物だったわよね」
あるみはニヤリと微笑む。かなみはその仕草に全身を震わせる。
「まあ、それはともかくとして……あの娘がどっちに向かったかが問題なのよ」
「え、四に向かったんじゃないんですか?」
この話の流れなら四に向かっていると断定するものかと思った。
「あの娘が保護者の指示をちゃんと聞くいい娘ならそう思いたいところなんだけどね」
「ちゃんと聞くいい娘……」
そう言われると、かなみも疑問を抱く。
保護者とはもちろんカリウスのことだ。傍からみていたかなみにもあの二人が反発しあっているのはわかる。そんな中でカリウスのルール通りにモモミが動くとは思えない。
ルール違反は十八番……それがかなみのモモミに対するイメージだ。
「じゃあ、あいつがどこに向かったのか考えるだけ無駄じゃない」
ポイントへ順番通りに向かう。それがお互いの行動を知る唯一の手がかりだったというのに。
ただ気配や魔力を追って探すのであれば、この島は少し広大で自然が溢れているせいで追跡するのは骨だ。
「それが私ね……もう一つだけ予測しているところがあるのよ」
「え、どこですか、それ」
「二……つまり、私達が次に向かうポイントよ」
「ええ、そこなんですか!?」
「待ち伏せ……あの娘、好きそうじゃない?」
「たしかに言われてみれば……」
そんな気がする。不意打ちとか騙し討ちとか大好きそうである。
「でも、それってずるくないですか?」
「戦いにずるいも卑怯もないと思うけど……ちょっとルール違反なんじゃないかと私も思うのよね」
あるみはそう言って携帯を手に取る。
「ねえ、状況はわかってる?」
『当然だ。監視カメラで逐一確認させてもらっているよ』
カリウスが返答する声が傍らにいるかなみにまで聞こえた。
「どこにそんなん配置してるんだが……」
『秘密結社の嗜みだよ、あまり深くふれない方がいい』
「そんなにふれるつもりはないけどね。あの娘がどこにいるか知ってるの?」
『一応ね。ただ彼女も隠密行動は得意でね、本気でかくれんぼしたら遠隔でみつけるのは困難だよ』
「そういう情報は興味深いけど、今はいいわ」
『できればそういうことも語らいたいものだが』
「今度よ、今度。それより、いいの? あの娘、私達の向かう先に待ち伏せしてるかもよ」
『禁止にはしていないよ。もっともルールというほど厳密なものを設けるつもりもなかったけどね。
君が希望するならつけてもいいか。
・ポイントには順番通りに回る。君達は一から二の順へ、モモミは五から四の順へ向かう。
・次のポイントへ向かう制限時間がある。ポイントに到達した時点から一時間。
・ポイントへ到達できるのであればどこへ行き、どこで待機していようが問題無い。
・宝を先に見つけたチームを勝利とし、宝の所有権は発見者のものとする。
まあ、こんなところかな』
「随分、アバウトなルールね。まあ、それぐらいがいいか。ちなみにこのルールを破ったらどうなるのかしら?」
『それは想像に任せるよ。君達がルール違反はしないと信じているし、モモミが侵した場合は罰則を科すつもりだよ』
「信じるって、何を根拠にして言ってるわけ?」
『なんてたって、君達は正統派なんだろ?』
あるみは面倒そうに頭をかく。
「それを言われちゃ、弱いわね……わかったわ。そのルールに則ってやってやろうじゃない」
『話が早くて助かるよ。やはり私達は気が合うみたいだ』
「勝手に言ってなさいな。それより宝はちゃんとあるんでしょうね」
『さあ、それはどうかな』
プープーと通話が途切れる音がする。
「まったくはぐらかすのが主義な男って嫌よね」
「それって部長のことですか?」
きっと今頃、噂された鯖戸もくしゃみをあげているだろう。
「そういう社長だっていろいろはぐらかすし、人のこと言えませんよ」
「私は男の話をしてるの。女は別よ」
それもまたあるみのはぐらかしなのではないかと思う。しかし、ここで追求すると蛇が出てくるかも知れないのでやめておく。
あるみには口答えはいいが、逆らってはいけない。というのがかなみなりの接し方であった。
「それより、いいことを聞いたわ。今から一時間以内に次のポイントね……」
「む、無理じゃないですか。ここまで来るのにだって何時間もかかったのに……」
一からここまで来るだけでも相当な時間がかかった。それでようやく二まで半分といったところだ。つまり、今から行くと同じぐらいの時間がかかる。
一時間でなんて到底無理だ。
どうせ、敵が勝手に決めたルールなんだから守る必要はない。そんな考えがかなみによぎった。
しかし、あるみはあくまでこのルールを守るつもりでいるらしい。
あるみはルールを破らない、敵もそう信じているみたいだった。だから破ったときのことを話さなかったのだろう。
「普通なら無理ね」
あるみはあっさりとそう答えた。
「――でも、」
しかし、このあと何を言うか、かなみはよく知っている。
「魔法少女なら出来るわ」
アルミは魔法少女の衣装に身を包んで言う。
ああ、やっぱり、そういうことね。とかなみは納得する。
魔法少女に変身してから、獣道の移動はいっそスムーズになった。
自動車並みの速度を生み出す強靭な脚力、多少の地形の変化ならものともしない体幹。どちらもおよそ人間では到底ありえないほどの身体能力であった。
おかげで一時間かかるであろう道のりをわずか数分で進んだ。
驚異的なスピードであった。これなら一時間どころか三十分もかからないだろう。
「うん、カナミちゃんもだいぶついていけるようになってきたわね」
アルミは珍しく感心する。
「いっぱいいっぱいですよ」
しかし、カナミにとってアルミについていけるようになるということは成長を実感するとともに、まだまだ遠いことを痛感させられる。もっともアルミに追いつこうとも思わない。
ただついていけるぐらいでいい。
それにしたってまだまだなんだから、やっぱり遠い。
「まあ、すぐに追いつけるようになるわよ」
アルミの言う『すぐ』というのはいつなんだろう。
一日、二日……いや一ヶ月でも無理だろうし、一年や二年かかるかもしれない。ひょっとしたら、十年以上かかったり……
(いやいやいやいや!)
カナミは首をブンブン振る。
(十年経ったら、少女じゃないし、魔法少女でもいられないし!)
しかし、十年経っても借金は残るんだろうな。
そう考えると気分が重たくなる。
(――ああ、この話はおしまい!)
無理矢理頭を切り替えて俯きかけた顔を上げる。
今回、お宝が本物ならかなりの額になるはずだから借金完済に一歩どころか十歩も近づきそうである。あわよくば全額返済できるだけの分も手に入るかもしれない。
気合が自然と身体中に満ちてくる。
地面を蹴り上げる足にも力が入る。
(また一歩近づいたわね)
背後からその足音を聞き取ったアルミは笑みを浮かべる。
足取りだけで成長がわかる。
カナミはまた強くなった。さっきの撃ち合いだってそうだ。
アルミは以前、モモミと戦ったことがある。あのとき、彼女はそこそこ強い魔法少女だと感じた。
そのモモミに対してカナミは遅れをとらなかった。
それだけ実力をつけている証拠だ。
(次は火傷じゃすみそうにないかもね……)
あるみは右手を見る。
以前、アルミはカナミと戦ってみた。翠華やみあと連携して一瞬の不意を突いて神殺砲の直撃を食らった。あの時は右手で受け止めて火傷で済んだけど、今度はその程度ですみそうにないかもしれない。
そういった成長を実感すると無性に嬉しくなってくる。
「見えた!」
アルミが目的地を視界に捉えた。
バァン!
次の瞬間、銃声が轟く。
「いいカンしてるじゃないの」
その先に硝煙を吹きかけ、二人を待ち構えていたモモミの姿があった。
「まあ、主役が流れ弾で死ぬわけないか」
「主役って誰のことしら?」
「そりゃもちろん♪」
アルミの問いかけにモモミは歌うように銃を自分の頭に突きつけて言う。
「アタシにきまってんじゃん!」
――カチ!
引き金は引く。
しかし、弾丸は発射されることは無かった。
「ね?」
「流れ弾言う、それ?」
アルミはドライバーを構える。
「今度はあんたが相手するのね、化物」
そう言われてアルミはため息をつく。
「ねえ、カナミちゃん? 実はあの娘と仲良しってことないの?」
「絶対にありえません」
カナミもため息を付かざるを得ない。
「メチャクチャが気が合いそうなのにね」
「冗談言わないでよ、笑えるから」
そう言ったモモミは真剣な顔つきであった。
化物と言ったアルミを強敵だということをモモミにもわかっているからだ。
「勝算はあるのかしら?」
アルミは余裕を持って問いかける。
そのあまりの余裕に苛立ち、モモミは舌打ちして答える。
「あるわけないでしょ。まともにぶつかったら」
「じゃあ、まともにはこないってことでいいのよね?」
「当然」
モモミは引き金を引く。
目にも止まらぬ早さだ。
数十、数百という弾丸がアルミに襲いかかる。
「――フン!」
しかし、アルミがドライバーをひと振りするだけで暴風が巻き起こり、銃弾は地面へと叩き落とされる。
「これで終わりじゃないわ」
モモミがそう言うと、第二弾が発射される。
「弾丸の豪雨スコールよ」
「いくら豪雨スコールでも暴風ストームには勝てないでしょ」
アルミはまたもやひと振りで暴風を発生させて数百の弾丸を一斉に叩き落す。
「たしかにね、雨なんて屋根があれば無力だし、屋根ごと吹っ飛ばす風には勝てないわね。でもね!」
すかさずモモミは数百の弾丸を撃ち放つ。
「雨は振り続けて、屋根に穴を穿つのよ」
「雨漏りね、厄介なヤツじゃない」
しかし、アルミは楽しげに戦っているようにカナミの目には映った。
「私の屋根を穿つことはできるのかしら?」
アルミは絶え間なく撃ち続けられる数百の弾丸を、もはや合計数千に及ぶ弾丸を苦もなく叩き落としている。
「あー、やっぱり無理よね」
モモミは銃を下ろす。
そして飛び去る。
「あー逃げた!」
「うーん、やっぱ分の悪い勝負には出ないか」
アルミは振り回したドライバーを下ろして地につける。それはひとまずの戦いが終わったことを暗に示している。
「おそらく四のポイントに向かったんでしょ。あの娘だってカリウスの罰則が怖いはずよ」
「怖い……あいつが?」
怖いもの知らずを絵に書いたようなモモミに怖いものがあるなんて発想が無かった。
「そう、そうじゃなかったらこんなゲームに参加しないでしょ?」
「確かにそう言われたら……そうですよね」
モモミなら拒否してバックレてもおかしくない。
でも、今は言われてみれば大人しく従っているような気がする。
「というわけだから、あの娘はルールを守ってくれるみたいだから、私も守っておきましょうか」
「二に向かうんですね」
「今ので時間使っちゃったからね。あと二十分ぐらいでタイムリミットだし。
罰則っていうのもそれはそれで興味深いんだけどね、カナミちゃんが受けるところが」
「私なんですか!?」
「いじめられっ娘系魔法少女としてはやっぱりカナミちゃんが罰則受けるところは外せないでしょ」
「誰がいじめられっこ娘系ですかッ!?」
「うん、新しい二つ名がついたことで昇給があるかもしれないよ」
「どんどんお願いします!」
カナミは身を乗り出してアルミに迫る。
「また今度は考えておくわ。昇給もついでにね」
アルミはニコリと笑った。
かなみ達はその中で一と書かれた場所にたどり着いた。
「おたから、おたから……」
かなみは這うようにして地面を見下ろして探索する。
しかし、そこには何もない平原で、雑草が生えていて緑だけが広がっている。
少し歩くと海の光景が果てしなく広がっていて非常に見晴らしと風通しが良くて気持ちのいい場所である。
宝探しがなかったらこのままじっと景色を眺めてのんびりしていたいところだ。
「お宝はどこにあるんでしょうか?」
どこを探しても見当たらない。
「埋めてあるんでしょうか? お宝といえば掘り起こすものと決まっていますし!」
かなみはコインを取り出す。
このまま変身して地面を吹き飛ばして堀り起こそうかとまで考えたようだ。
「まあ、いきなり宝があるわけないか」
しかし、あるみはそんなかなみを無視して平原に寝転ぶ。
「社長?」
「気持ちいいわよ。とりあえず休みましょう」
念願の休憩をここで提案される。
そりゃこの草は絨毯のように敷き詰められていて気持ちよさそうだけど……
「いいんですか、お宝探さなくて?」
「どうせここには無いでしょ。第一地点でいきなりお宝発見じゃ興醒めもいいとこよ」
「だったらどうしてここに? お宝が無いのはわかっていたでしょ?」
「向こうの狙いが何なのか、わからないからね。あえて手の平の上で踊っているのよ」
「わかりません……」
かなみはあるみを見下ろして不満をぶちまける。
「社長なら敵の狙いなんて関係無く、それごと吹き飛ばせるでしょ? なんでしないんですか?」
「かなみちゃん……私のことをなんだと思ってるわけ?」
「そりゃもちろん化け物ですよ……あ!」
言い終わってから、しまった! とかなみはあわてて口をつぐむ。
「ふうん……」
あるみは怖いほどに爽やかな微笑みをかなみに向ける。
「かなみちゃんが私のことをどう思ってるのか、よおくわかったわ」
「あ、いえ、あのその! そういうわけじゃなくてですね!」
かなみは言い訳を取り繕おうとする。
「いいわ。帰ってからじーっくり話しましょうか」
しかし、あるみはあくまで穏やかな微笑みで答える。
――帰りたくない。
帰ったら殺される。
かなみは心底そう思った。
「まあ、それが出来たら楽なんだけどね」
「え?」
不意にあるみはかなみの不満に対して意見を漏らした。
「確かに全力を出せばあのカリウスには勝てるでしょうね。見たところ、ヘヴルより強い感じはしないし」
「やっぱり……」
かなみの予想は当たっていた。
カリウスには底知れない不気味さ、力強さ、恐怖を感じる。
けど、それでも、あるみの方が強い、と信じている。
それをあるみの口から断言してくれたことで確信が持てた。
「でも、それならどうして倒さないんですか?」
「それが罠だっていうことは? あの男が対策をとっていないわけがないわ」
「ですから、それごと……」
「敵を甘くみないで、かなみちゃん」
あるみは一転して厳しい眼差しでかなみを見つめる。
「――!」
かなみはそれに気圧されて口をつぐむ。
「罠っていうのは力とかそういうことに関係なくはめられるものよ」
「それじゃ今も罠にはまってるんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね」
あるみはあっさりとそう答える。
「だったら、まずいじゃないですか」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつよ」
「こけつ……?」
「危険に入らないとお金は貰えないってことよ」
「ああ……」
かなみは問答に疲れて草の絨毯に倒れ伏す。
気持ちいい……このまま、いつまでも休んでいたい。
「お宝、あるんでしょうか……?」
ふとそんなことが気になって口にしていた。
「さあ、わからないわ」
二人はあの暗闇の部屋でカリウスから受けた説明を思い出す。
これから君達にはこの島で宝探しをしてもてもらう。
地図に書かれた五つのポイントのうちどれかに宝がある。
君達は一から書かれた場所から順に、
萌実は五から書かれた場所から順に、
行ってもらう。
宝が本当にあるかってかい?
心配いらない。
この無人島には財宝の伝説があってね。
江戸幕府が財政難という口実で行った倹約で溜めに溜めた隠し財宝の伝説だ。
まあ、そんな話が信用できないのはわかる。
信じる信じないは君達の判断に任せるよ
あるみはそれに対して、
「面白そうじゃない」
と二つ返事で返した。
あの時にそんなことを考えていたなんてかなみは全然気付かなかった。
一方の萌実は仏頂面で「いいわよ」とこれまた二つ返事で返して姿を消した。おそらくカリウスに言われたとおり、五のポイントに向かったのだろう。
「結局って宝は本当にあるんでしょうか?」
ここに来るまで何度訊いたことがわからない。
「さあ、わからないわ。ただあいつが言っていた財宝の話……嘘とも思えないのよね」
あるみは地図を広げてみる。
「ただ、この地図……」
「地図がどうしたんですか?」
「ポイントを見て、何か気づかない?」
あるみにそう言われてかなみは地図を見てみる。
「気づかないかって言われても……」
「一が現在地点で、二が次に向かうポイントよ」
「かなり遠いですね……」
一と二の位置関係を確認してみるとほとんど島の反対側であった。
「疲れますね」
かなみは率直な感想を口にした。
「って、あれ? それでしたら三や四の方が近いんじゃないですか?」
「そうね。明らかに二より三の方が近いわね、それに全部のポイントがこの島の外側にあるわ」
「疲れますね」
かなみは鬱屈とした気分になる。
地図を見た限り、最初にたどり着いた洋館は島のちょうど中央にあるみたいだ。
その洋館からポイント一まで来るのに、これほど苦労したのだ。一から二までの距離はその倍近くある。二から三までの距離もそれと同じだ。
考えるだけで気が滅入る。しかも、これで宝が無くて無駄足になるという可能性も考えると余計に辛い。
「ハイキングに来たと思って気楽にいきましょう」
「ハイキング、ですか……それにしてはちょっときついですよ……
――それに何より、お弁当がないじゃないですか!」
「お弁当?」
あるみは面を食らったような顔をする。
「ハイキングといったら、綺麗な景色においしいお弁当が付き物じゃないですか!」
「ああ、そういうことね」
あるみは納得して、ポンと手を叩く。
「一応、インスタントなら持ってきたけど」
あるみはそう言って、缶詰を取り出す。懐にそれだけ入れられるのか、という疑問はあるにはあるのだが。
「あの、社長……こんなこというのもなんですが……」
「ん、何かしら……?」
「――魔法少女と缶詰って、イメージに合いませんよね?」
「う!」
これにはさすがのあるみも苦い顔をする。
「じゃ、じゃあ、あなたがこれからなればいいのよ。缶詰系魔法少女! 略して、かんまほ!」
「そんなのきいたことありませんよ! それとなんで略すんですか!?」
「うん、確かにタイアップはしやすいよね」
マニィはやたら現実味のあるコメントをする。
「じゃあ、そういうことでいただきますか」
「え、缶切りはどうするんですか?」
「リリィ!」
あるみの呼びかけに応じて、リリィは缶詰に噛み付き、その牙で開けていく。
「牙にはこういう使い方もあるのよ」
あるみは得意顔で言う。
「いいんですか、それ?
竜ですよね、一応マスコットのとりまとめとかしてるとか言ってましたよね、いいんですか、そういう使われ方して……?」
「あるみが必要としているのだから是非もない」
リリィは苦々しげに答える。
どうやら指示されてやっているのであって、納得はしていないみたいだ。
「だけど、ボクの牙じゃああいうことは出来ないからね。さすがリリィだよ」
「うむ、これも我に課せられた役目だ」
一転して、リリィは凛とした顔で答える。
「それはともかく食べましょうか? かなみちゃん、お腹すいてるでしょ」
「それはもう!」
かなみはあるみから差し出された缶詰を即座に手に取る。
「いただきます!」
缶詰の中身は乾パンとクラッカーであった。
「おいしい! おいしいです!」
貪るようにかなみは食べ尽くす。
「綺麗な景色とか関係ないわね」
これにはあるみも苦笑する。
「花より団子……嫌いじゃないんだけどね」
あるみはそう言って、サバ缶に手を付ける。
やがて、日が傾いて、海に沈みかけているように見える。
夢中で歩いているうちに日没近くの時間になっていたようだ。
「今夜はここで野宿か」
「え、いいんですか?」
「暗くなったらあの道を歩くのはキツいでしょ」
「私なら大丈夫です」
かなみには暗い中でも問題なく歩けるぐらい夜目がきく。
夜の山道でもさほど危険はないと思うのだが。
「私がキツイのよ」
「え?」
「なに、その意外そうな顔」
「だって、社長ならそのぐらい関係ないと思いまして」
「ああ、そうね……私は化け物だったわね」
あるみは納得したかのように言って、かなみを震え上がらせる。
「でも、私にも出来ないことだってあるし、先を急いで無茶をするぐらいなら一旦止まることぐらいしなくちゃいけないのよ」
「……そうなんですか?」
「ま、焦らず行きましょう。のんびり、とね」
あるみは大きく伸びをして寝転ぶ。
「なんだか意外です。社長はいつも走っているイメージがありましたから」
「年中走ってるわけじゃないわ。疲れて足を止める時だってあるわ」
そんなことをしているうちに日はどんどん沈んでいく。
「あ、一番星です!」
「フフ、綺麗ね。この辺りなら星も綺麗に見えるんじゃない?」
「いいですね、綺麗な星みたいです。あ、でも、眠くなってきました……」
かなみはあくびをする。
すると、あるみはかなみに上着を布団にかけてやる。
「風邪はひかないようにね」
「え、でも、社長は?」
「大丈夫よ」
あるみにそう言われて本当に大丈夫なのかとつい信じてしまう。
「はぁくしょーん!」
あるみは大きくくしゃみをする。
「あの……風邪ですか?」
かなみは言いにくそうに訊く。
やっぱり上着を脱いでしまったのがいけないんじゃないかとかなみは少し罪悪感があった。
「ううん、違うわ。誰かが噂してるのよ」
「ああ、どうせ部長あたりが社長がいないってぼやいてるんじゃないですか」
「いいえ、これは来葉のものね」
「そんなことまでわかるんですか?」
「清々しいくしゃみをするときは決まって来葉が噂してるのよね」
「だからなんでわかるんですか?」
「電話したから」
「……え?」
「前に何度かきいたことあるのよ。『今私のこと、噂したでしょ?』『ええ』って感じにね」
なんだかそのやり取りが目に浮かぶようだ。
「まあ、社長が風邪なんか引くわけ無いって信じてますから」
「信じるね、いい言葉だわ」
あるみは笑顔で答える。
夜が明けて、明るくなってからずっと歩いている。
一晩ぐっすり寝たおかげで体力は回復して順調に林の中をぐんぐん進んでいけた。
ただ食料が心もとないから朝ごはんはなかった。
かなみはそれに不満を漏らしたが、食べたかったらそこらへんの野草やキノコを拾えばいいのよ、と言われて黙った。ちなみにあるみはそれを拾って食べているのをかなみは目にしていた。
「二のポイントまであとどのくらいですか?」
「うーん……ようやく半分ってとこかしら?」
「半分?」
かなみはそう言って、周囲を見回してみる。
一から二までの道のりの半分ということは、島の中央にまで戻ってきたということだ。それはつまり、あの洋館のすぐ近くにまで来ていることを意味する。
どうして、かなみは洋館の光景を探してしまうのかわからない。
いくら自然が綺麗でも、見慣れていると人工物が恋しくなるのか。それとも、カりウスへの警戒心がそうさせているのか。かなみ自身にもわからないし、そんな疑問を深く考えることはない。
「随分のんびりしてるのね」
そこへ頭上から声がする。
嫌味ったらしいこの声は萌実だった。
かなみが見上げる
「あんた、そこで何してんの!?」
「何って木登りに決まってるじゃない! 歩いて目的地に向かうなんて常識、かったるくてやってられるかっつーの!」
「そうじゃなくて! あんた、スカートでしょ! ここから見たらどうなるかわかってるの!?」
「ああ、それは気にしなかったわ」
萌実はわざとらしくスカートを持ってヒラヒラさせる。
「気にしなさいよ!」
「大丈夫大丈夫、どうせここは無人島だし」
「今、私と社長とあんたがいるでしょうが!」
「……まあ、私は眼福っていうか」
あるみはにこやかにとんでもないことを言う。
「社長、何言ってるんですか……」
「正直な気持ちよ。ほら私やかなみちゃんは正統派だからああいうことできないものだし」
「自分でいいますか、それ……」
「いや、かなみは路地裏系だから、ああいうのはありなんじゃないかな」
「余計なことを言わないの! 第一路地裏系ってなによ?」
「いや、地下水道系という線もあったな」
「リリィまで!」
かなみには味方がいないのか、と嘆きたくなった。
ちなみにあるみはというと台風って味方にできるものじゃないと最初から諦めている。
「アハハハハハハ! 味方が多くて、楽しそうじゃない!」
「誰が! うるさいギャラリーなだけよ!」
「ギャラリー、いい響きね。
さすが、かなみ。センスあるじゃない」
「あんたに褒められても嬉しくないわ」
「そりゃ褒めてるんじゃないもの、けなしてるんだから当然でしょ」
かなみはため息をつく。
「ああ、やっぱり……そういうことね」
そして、悟る。
「ええ、そういうことよ」
かなみは見上げる。そして萌実は見下す。
「止めないわよ。子供同士の喧嘩に保護者は入らないものだから」
そう言って一歩引くかなみの存在はありがたい。
萌実とは一体一で決着をつけなければならないからだ。
理由は無い。ただそうしないとかなみの気がすまない。
「マジカルワークス!」
宙を舞ったコインから光が降り注ぎ、かなみは黄色を基調としたフリルの衣装に身を包む。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
ジャンプして、萌実と同じ高さの木の枝に降りる。
「お馴染みね。反吐が出る口上だわ」
フン、と萌実は鼻を鳴らす。
「じゃあ、こっちも対抗して」
空に銃を掲げて、撃つ。
甲高い銃声の後に硝煙が舞う。それは舞台に立ち込める演出用の煙幕であった。
「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」
二丁の拳銃を携えた桃色の魔法少女が姿を現す。
「いくわよ、弾たまと生命たま、お宝の取り合い!」
「渡さないわ!」
ステッキから繰り出される魔法弾と銃から撃ち出される銃弾がぶつかる。
「ああ、やっぱライバルっていうのはいいわね」
爆音響く頭上を眺めながらあるみは呟く。
「羨ましいのか」
「そうね、まぶしいし」
あるみはそう言って手を伸ばしてみる。まるで遠くて届かない場所にある一番星を掴むように。
どこまでもこの手は伸ばせるのに、あの星はどこまでも遠くにあるようで。
どうすれば掴めるのか、どうしても答えは出ない。
ただ伸ばせばいいのか、それとも飛べばいいのか。
「あ、決着がついたわね」
少しばかり感傷に浸っている間に、戦いは終わったみたいだ。
あるみの前に一つの光が落下する。
「あいたたた……モモミのやつ!」
光はカナミであった。
カナミは即座に立ち上がってモモミの行方を目で追ったが、辺りにモモミの姿は無かった。
「逃げられたのね」
「あ、はい、そうなんです……」
カナミは申し訳ない面持ちで答えた。
敵の逃亡を許すなんて、あるみは絶対に許しそうにないと思えたからだ。
「まあ、仕方ないわね」
しかし、その反応は意外にも寛容であった。
「向こうはただ喧嘩ふっかけてきただけだったみたいだし」
「本当、あいつ何考えてるのかわからないんですよ……」
「カナミちゃんは何考えてるのかすぐわかるのにね」
「馬鹿にしてませんか?」
「素敵だって言ってるのよ。それより、あの娘がどこに行ったかなんだけど……」
あるみは地図を広げる。
「あの娘、五に言って四に向かう途中だったのかもしれないわね」
「じゃあ、四に向かったってことですか?」
「もしそうだったら、四に向かう?」
「四、にですか……」
すぐに答えは出なかった。
モモミをこのまま逃がしたくない気持ちと二に宝があるかもしれないという気持ちがせめぎあっているのだ。
「でも、私は四に向かっていないと思うわ」
「え、ど、どういうことですか?」
「私の見たところ、あの娘は退屈してるのよ」
「退屈……?」
「多分、五に向かって歩くだけの行為に飽きたのね。だから私達と戦ってみることにしたの。まあ、それでもカリウスの義理立てがあるのかしらないけど、ちょっかいふっかける程度にしたみたいね。あるいは楽しみはあとにとっておきたかったのかもね」
「あとにとっておくってどういうことですか?」
また戦う事になると言いたいのだろうか。
それはわかる。モモミはこの程度で引き下がって満足するような性格じゃないことはカナミもよく知っている。
派手に暴れて、自分が満足するまで戦い続けるような娘だ。
でも、あとにとっておくというのはちょっとわからない。
よく楽しみにとっておくというが、そういうことをするような娘には思えない。何しろ楽しみは真っ先にいただくタイプだ。ショートケーキで最初にイチゴを食べる。まさにそれがモモミ、というのがカナミのイメージだ。
「地図を見なさいな。何か気づかない?」
「気づかないって言われても……」
何もわからない。
「私達は一から二へ向かってる。それに対してあの娘は五から四へ向かってる」
あるみは二本の指でかなみ達が辿った道とモモミが辿っであろう道をなぞる。
一から五まで書かれたポイントは全て島の端にある。
島が四角形に近い形をしているため、対角線のように二本の指が交わる。
「さっきがこの状態……それで今はこう」
あるみは二本の指を離す。
「それで私達が二に行って、あの娘が四に行く。その後、両方三に向かう」
再び二つの指が三のポイントで交わる。
「この三でまた戦うことになるってことですか?」
「それだけじゃないわ」
あるみ達とモモミを示す二本の指は再び離れて二と四にそれぞれ向かう。そして、モモミは一に、あるみ達は五へと向かう。すると二本の指は再び中央で交わる。
「私達はあと二回遭遇するって計算になるわ」
「あと二回、ですか……」
「三本勝負ってところね」
「でも、これ変じゃないですか?」
「変って何が?」
「さっきの社長の話の通りなら、私達は次に三で鉢合わせになるじゃないですか」
「そうね、それがどうかしたの?」
「この時点で私達とモモミは全部のポイントを回ったってことになりますよね?」
「ええ、そうね」
「それって、どっちかがお宝を見つけて勝負がついたってことになりませんか?」
「かなみちゃん……」
あるみは呆れたような顔をする。
「別にお宝で勝負が決まるわけじゃないのよ」
「え、違うんですか?」
どうやら、かなみの中でいつの間にか、これはどちらが先にお宝を見つけるのが先かの勝負という解釈になっていたようだ。
「まあ、かなみちゃんにとっちゃあ死活問題か」
「うちの財政的にも看過できるものではないがな」
リリィが口を出す。
「それもそうね。って、重要なのはそこじゃないわ。
いい、かなみちゃん……もし仮に先にお宝を見つけた方が勝者だとしても、三に着いた時点で決着がつくとは限らないわ」
「どういうことですか? だってポイントは全部回って……」
「ポイントに行ったからってお宝が見つかるわけじゃないでしょ」
「え……?」
かなみはキョトンとする。
「このポイントのどれかにお宝があるってカリウスは言っていたけど、見つかるとは限らないわよ」
「見つからないってことですか?」
「そう。例えば地面に埋まってるとかね」
「じゃあ、一にも埋まってかmそいれないってことじゃないですか!?」
「そうかもしれないわね」
「どうして掘り起こそうとしなかったんですか?」
「あくまで仮の話よ。それに最初の一のポイントで体力使うわけにもいかないしね」
「社長が体力を使うことあるんですか?」
「ああ、そうね。私、化物だったわよね」
あるみはニヤリと微笑む。かなみはその仕草に全身を震わせる。
「まあ、それはともかくとして……あの娘がどっちに向かったかが問題なのよ」
「え、四に向かったんじゃないんですか?」
この話の流れなら四に向かっていると断定するものかと思った。
「あの娘が保護者の指示をちゃんと聞くいい娘ならそう思いたいところなんだけどね」
「ちゃんと聞くいい娘……」
そう言われると、かなみも疑問を抱く。
保護者とはもちろんカリウスのことだ。傍からみていたかなみにもあの二人が反発しあっているのはわかる。そんな中でカリウスのルール通りにモモミが動くとは思えない。
ルール違反は十八番……それがかなみのモモミに対するイメージだ。
「じゃあ、あいつがどこに向かったのか考えるだけ無駄じゃない」
ポイントへ順番通りに向かう。それがお互いの行動を知る唯一の手がかりだったというのに。
ただ気配や魔力を追って探すのであれば、この島は少し広大で自然が溢れているせいで追跡するのは骨だ。
「それが私ね……もう一つだけ予測しているところがあるのよ」
「え、どこですか、それ」
「二……つまり、私達が次に向かうポイントよ」
「ええ、そこなんですか!?」
「待ち伏せ……あの娘、好きそうじゃない?」
「たしかに言われてみれば……」
そんな気がする。不意打ちとか騙し討ちとか大好きそうである。
「でも、それってずるくないですか?」
「戦いにずるいも卑怯もないと思うけど……ちょっとルール違反なんじゃないかと私も思うのよね」
あるみはそう言って携帯を手に取る。
「ねえ、状況はわかってる?」
『当然だ。監視カメラで逐一確認させてもらっているよ』
カリウスが返答する声が傍らにいるかなみにまで聞こえた。
「どこにそんなん配置してるんだが……」
『秘密結社の嗜みだよ、あまり深くふれない方がいい』
「そんなにふれるつもりはないけどね。あの娘がどこにいるか知ってるの?」
『一応ね。ただ彼女も隠密行動は得意でね、本気でかくれんぼしたら遠隔でみつけるのは困難だよ』
「そういう情報は興味深いけど、今はいいわ」
『できればそういうことも語らいたいものだが』
「今度よ、今度。それより、いいの? あの娘、私達の向かう先に待ち伏せしてるかもよ」
『禁止にはしていないよ。もっともルールというほど厳密なものを設けるつもりもなかったけどね。
君が希望するならつけてもいいか。
・ポイントには順番通りに回る。君達は一から二の順へ、モモミは五から四の順へ向かう。
・次のポイントへ向かう制限時間がある。ポイントに到達した時点から一時間。
・ポイントへ到達できるのであればどこへ行き、どこで待機していようが問題無い。
・宝を先に見つけたチームを勝利とし、宝の所有権は発見者のものとする。
まあ、こんなところかな』
「随分、アバウトなルールね。まあ、それぐらいがいいか。ちなみにこのルールを破ったらどうなるのかしら?」
『それは想像に任せるよ。君達がルール違反はしないと信じているし、モモミが侵した場合は罰則を科すつもりだよ』
「信じるって、何を根拠にして言ってるわけ?」
『なんてたって、君達は正統派なんだろ?』
あるみは面倒そうに頭をかく。
「それを言われちゃ、弱いわね……わかったわ。そのルールに則ってやってやろうじゃない」
『話が早くて助かるよ。やはり私達は気が合うみたいだ』
「勝手に言ってなさいな。それより宝はちゃんとあるんでしょうね」
『さあ、それはどうかな』
プープーと通話が途切れる音がする。
「まったくはぐらかすのが主義な男って嫌よね」
「それって部長のことですか?」
きっと今頃、噂された鯖戸もくしゃみをあげているだろう。
「そういう社長だっていろいろはぐらかすし、人のこと言えませんよ」
「私は男の話をしてるの。女は別よ」
それもまたあるみのはぐらかしなのではないかと思う。しかし、ここで追求すると蛇が出てくるかも知れないのでやめておく。
あるみには口答えはいいが、逆らってはいけない。というのがかなみなりの接し方であった。
「それより、いいことを聞いたわ。今から一時間以内に次のポイントね……」
「む、無理じゃないですか。ここまで来るのにだって何時間もかかったのに……」
一からここまで来るだけでも相当な時間がかかった。それでようやく二まで半分といったところだ。つまり、今から行くと同じぐらいの時間がかかる。
一時間でなんて到底無理だ。
どうせ、敵が勝手に決めたルールなんだから守る必要はない。そんな考えがかなみによぎった。
しかし、あるみはあくまでこのルールを守るつもりでいるらしい。
あるみはルールを破らない、敵もそう信じているみたいだった。だから破ったときのことを話さなかったのだろう。
「普通なら無理ね」
あるみはあっさりとそう答えた。
「――でも、」
しかし、このあと何を言うか、かなみはよく知っている。
「魔法少女なら出来るわ」
アルミは魔法少女の衣装に身を包んで言う。
ああ、やっぱり、そういうことね。とかなみは納得する。
魔法少女に変身してから、獣道の移動はいっそスムーズになった。
自動車並みの速度を生み出す強靭な脚力、多少の地形の変化ならものともしない体幹。どちらもおよそ人間では到底ありえないほどの身体能力であった。
おかげで一時間かかるであろう道のりをわずか数分で進んだ。
驚異的なスピードであった。これなら一時間どころか三十分もかからないだろう。
「うん、カナミちゃんもだいぶついていけるようになってきたわね」
アルミは珍しく感心する。
「いっぱいいっぱいですよ」
しかし、カナミにとってアルミについていけるようになるということは成長を実感するとともに、まだまだ遠いことを痛感させられる。もっともアルミに追いつこうとも思わない。
ただついていけるぐらいでいい。
それにしたってまだまだなんだから、やっぱり遠い。
「まあ、すぐに追いつけるようになるわよ」
アルミの言う『すぐ』というのはいつなんだろう。
一日、二日……いや一ヶ月でも無理だろうし、一年や二年かかるかもしれない。ひょっとしたら、十年以上かかったり……
(いやいやいやいや!)
カナミは首をブンブン振る。
(十年経ったら、少女じゃないし、魔法少女でもいられないし!)
しかし、十年経っても借金は残るんだろうな。
そう考えると気分が重たくなる。
(――ああ、この話はおしまい!)
無理矢理頭を切り替えて俯きかけた顔を上げる。
今回、お宝が本物ならかなりの額になるはずだから借金完済に一歩どころか十歩も近づきそうである。あわよくば全額返済できるだけの分も手に入るかもしれない。
気合が自然と身体中に満ちてくる。
地面を蹴り上げる足にも力が入る。
(また一歩近づいたわね)
背後からその足音を聞き取ったアルミは笑みを浮かべる。
足取りだけで成長がわかる。
カナミはまた強くなった。さっきの撃ち合いだってそうだ。
アルミは以前、モモミと戦ったことがある。あのとき、彼女はそこそこ強い魔法少女だと感じた。
そのモモミに対してカナミは遅れをとらなかった。
それだけ実力をつけている証拠だ。
(次は火傷じゃすみそうにないかもね……)
あるみは右手を見る。
以前、アルミはカナミと戦ってみた。翠華やみあと連携して一瞬の不意を突いて神殺砲の直撃を食らった。あの時は右手で受け止めて火傷で済んだけど、今度はその程度ですみそうにないかもしれない。
そういった成長を実感すると無性に嬉しくなってくる。
「見えた!」
アルミが目的地を視界に捉えた。
バァン!
次の瞬間、銃声が轟く。
「いいカンしてるじゃないの」
その先に硝煙を吹きかけ、二人を待ち構えていたモモミの姿があった。
「まあ、主役が流れ弾で死ぬわけないか」
「主役って誰のことしら?」
「そりゃもちろん♪」
アルミの問いかけにモモミは歌うように銃を自分の頭に突きつけて言う。
「アタシにきまってんじゃん!」
――カチ!
引き金は引く。
しかし、弾丸は発射されることは無かった。
「ね?」
「流れ弾言う、それ?」
アルミはドライバーを構える。
「今度はあんたが相手するのね、化物」
そう言われてアルミはため息をつく。
「ねえ、カナミちゃん? 実はあの娘と仲良しってことないの?」
「絶対にありえません」
カナミもため息を付かざるを得ない。
「メチャクチャが気が合いそうなのにね」
「冗談言わないでよ、笑えるから」
そう言ったモモミは真剣な顔つきであった。
化物と言ったアルミを強敵だということをモモミにもわかっているからだ。
「勝算はあるのかしら?」
アルミは余裕を持って問いかける。
そのあまりの余裕に苛立ち、モモミは舌打ちして答える。
「あるわけないでしょ。まともにぶつかったら」
「じゃあ、まともにはこないってことでいいのよね?」
「当然」
モモミは引き金を引く。
目にも止まらぬ早さだ。
数十、数百という弾丸がアルミに襲いかかる。
「――フン!」
しかし、アルミがドライバーをひと振りするだけで暴風が巻き起こり、銃弾は地面へと叩き落とされる。
「これで終わりじゃないわ」
モモミがそう言うと、第二弾が発射される。
「弾丸の豪雨スコールよ」
「いくら豪雨スコールでも暴風ストームには勝てないでしょ」
アルミはまたもやひと振りで暴風を発生させて数百の弾丸を一斉に叩き落す。
「たしかにね、雨なんて屋根があれば無力だし、屋根ごと吹っ飛ばす風には勝てないわね。でもね!」
すかさずモモミは数百の弾丸を撃ち放つ。
「雨は振り続けて、屋根に穴を穿つのよ」
「雨漏りね、厄介なヤツじゃない」
しかし、アルミは楽しげに戦っているようにカナミの目には映った。
「私の屋根を穿つことはできるのかしら?」
アルミは絶え間なく撃ち続けられる数百の弾丸を、もはや合計数千に及ぶ弾丸を苦もなく叩き落としている。
「あー、やっぱり無理よね」
モモミは銃を下ろす。
そして飛び去る。
「あー逃げた!」
「うーん、やっぱ分の悪い勝負には出ないか」
アルミは振り回したドライバーを下ろして地につける。それはひとまずの戦いが終わったことを暗に示している。
「おそらく四のポイントに向かったんでしょ。あの娘だってカリウスの罰則が怖いはずよ」
「怖い……あいつが?」
怖いもの知らずを絵に書いたようなモモミに怖いものがあるなんて発想が無かった。
「そう、そうじゃなかったらこんなゲームに参加しないでしょ?」
「確かにそう言われたら……そうですよね」
モモミなら拒否してバックレてもおかしくない。
でも、今は言われてみれば大人しく従っているような気がする。
「というわけだから、あの娘はルールを守ってくれるみたいだから、私も守っておきましょうか」
「二に向かうんですね」
「今ので時間使っちゃったからね。あと二十分ぐらいでタイムリミットだし。
罰則っていうのもそれはそれで興味深いんだけどね、カナミちゃんが受けるところが」
「私なんですか!?」
「いじめられっ娘系魔法少女としてはやっぱりカナミちゃんが罰則受けるところは外せないでしょ」
「誰がいじめられっこ娘系ですかッ!?」
「うん、新しい二つ名がついたことで昇給があるかもしれないよ」
「どんどんお願いします!」
カナミは身を乗り出してアルミに迫る。
「また今度は考えておくわ。昇給もついでにね」
アルミはニコリと笑った。
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