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第6話 恐怖! 幸運はいつだって急降下のジェットコースター(Aパート)
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「うーん……!」
かなみは頭を抱えた。テーブルには家計簿と電卓が並べられている。
その二つを交互ににらめっこしていると今すぐ全てをひっくり返す衝動に駆られる。
「相変わらず君はやりくりが下手だよ」
いやみったらしいネズミのマスコット・マニィがそれを助長させる。
「うるさい!」
すんでのところで、テーブルを叩いてとどまる。
「大体、やりくりっていうのはね。もうちょっと余裕がある人がするモノよ」
「余裕か……確かに君はいつも追い詰められているみたいだから」
「そりゃ一ヶ月一万円で過ごせっていわれたら誰だって追い詰められた気分になるわよ! っていうか実際に追い詰められてるし!」
「少しは節約するということは考えないのか?」
「これ以上、どう節約するっていうのよ? ごはんは朝抜いて、お昼はパン一個買って、夕飯はお裾分けでなんとか食いつないで、お風呂なんてもう十日はシャワーよ。ああ、湯船に浸かりたいわ……」
言えば言うほどみじめな気分になっていくかなみであった。
「あ~あ、この千円札の0が一個増える魔法があればな……」
「魔法少女としてあるまじき発言だ……社長が聞いていたら即減俸モノだ」
「いいのよ、どうせ聞いてないんだし」
「いや壁に耳ありということもあるよ。ほら、今聞こえてる階段を駆け上がるこの音が」
「う!?」
普通なら隣の人が帰ってきただけだと思うのだが、あの神出鬼没な社長ならこんなどうでもいいような前振りと共に人様の部屋にいきなり現れても何の不思議はない。
「まさか、まさか……?」
思い浮かぶのは、これまで社長の金型あるみに連れ回されてやらされた数々の仕事。
港で密輸を阻止するためにやくざと一戦やらかしたり、暴走族の決起集会に突撃させられたり、……。本当に私って魔法少女なの? と疑問符を浮かばずにいられない。
ともかく、あの社長がやってくるとロクでもないことに付き合わされることは間違いない。
その社長がやってくるとあっては穏やかではいられない。
ドカッ!
勢い良く扉が開けられる。
「わあッ!?」
反射的に飛び上がってしまった。
「かなみさん?」
だが、入ってきたのは社長ではなく、翠華だった。
「翠華、さん……?」
社長じゃないとわかって、落ち着いたかなみは気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あ、あの……これは、ですね……っていうか、どうして翠華さんがここに?」
かなみがここに住んでいるということは誰にも教えていない。学校の友達にも会社の人間にも。
知っているのはこのアパートを紹介してくれた鯖戸部長だけ。
「あ、えぇっと、それはね……」
翠華の態度がたどたどしい。そんな反応をされると訊いたこっちの方が申し訳なくなる。
「と、とにかくかなみさんに差し入れしようと思って!」
巾着きんちゃく袋をひっさげて、翠華はあまりにも大袈裟にごまかしにかかってきた。
「え、あ、差し入れですか!?」
かなみの目が輝く。
ここ最近の極限の節約生活で、お裾分け、差し入れという言葉にすっかり弱くなっていたのだ。
そうなるともう翠華から差し出されたバスケットしか目に入られなくなってしまう。
「そ、そうなのよ……」
予想以上の食いつきに翠華も思わず一歩引いてしまうほどであった。
「いただきまーす!」
バスケットに入れられたサンドイッチを張り切るあまり、一口で頬張る。
「ひ、一口で……」
「ウシシ、豪快な食べっぷりだぜ」
翠華の膝下に牛のマスコット・ウシィが不気味な笑いを浮かべながら現れる。
「もう! 留守番してって言ったじゃない」
「ウシシ、こんな面白そうなみせもんを見逃せるかってんだよ」
「み、みせもん……?」
「ウシシ、嬢ちゃんのゴーカイなパクつきようだったぜ」
「あ……!」
そう言われてかなみは初めて自分の手に持ったサンドイッチの大きさに気づく。とりあえず、女子どころか大の大人ですら一口で食べるのは困難なのは確実だ。
「ご、ごめんなさい翠華さん。つい浮かれて、はしたなくて!」
「う、ううん……いいのよ。そんなにおいしそうに食べてもらえたら、作った甲斐があるから」
「あ、ありがとうございます。何しろまともなご飯にありつくのが三日ぶりだから」
「み、三日ぶり……? じょ、冗談よね?」
「翠華さん! 私がお金とご飯のことで冗談言ったことがありますか!?」
鬼気迫る剣幕でまくし立てるかなみに翠華はある光景が脳裏をよぎる。
空腹のあまり、小学生のみあに夕食をたかるかなみの姿。賃金の引き上げを鯖戸部長に要求するかなみの姿。確かにその時のかなみにはいずれも冗談なんて雰囲気が欠片も出ていない緊迫感があった。
「な、無いわね……」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「ウシシ、今浮かべた回想シーンの数々は突っ込まねえでおくよ」
「かなみさん、相当苦労してるのね……」
と普通ならここで同情するところなのだが、翠華は違った。
何しろ、翠華の好みのタイプは不幸で泥まみれだけど、めげずに頑張る女の子なのだから。逆にこうして不幸な待遇をまじまじと語られ、見せつけられることで燃え上がるというものだ。
(なんとしてでも、私が守ってあげたくなるわ!)
――恋心が。
「ところで、翠華さん?」
そんな翠華の心情などつゆ知らず、かなみは呑気に尋ねる。
「何かしら?」
「どうして私の部屋がわかったんですか?」
「あ、そ、それは……!」
すっかりごまかせたと思っていたところに不意打ちのようにやってくる。
(か、かなみさん、意外に引きずるタイプなのね!?)
(ウシシ、まあ借金引きずってるからな)
「もしかして鯖戸部長から聞いたんですか?」
「え、い、いえ!? あの人は守秘義務はちゃんと守る人だから……」
『ガードが硬くて中々聞き出せなかったのよ』とまで言い続けようとしたが、踏みとどまる翠華であった。
「そ、そうよね、このアパートを紹介する時、絶対に秘密は守るって言ってくれたし」
『黒服の男達が踏み込んでこないように』って言い続けようとしたが、そんな物騒なことを先輩の前で言えないかなみであった。
「それじゃ、誰から訊いたんですか? もしかして、マニィから?」
「い、いえ、社長が教えてくれたのよ」
「あるみ社長が?」
「ウシシ、聞くも涙、語るも笑いのお話だぜ」
「あ、あんたは黙ってなさい……」
翠華は平常を装いながら、ウシィの頭を抑える。
「涙? 笑い?」
「い、いえ、普通に聞いたら、普通に教えてくれただけよ……アハハハ!」
手振りで大袈裟にごまかしていて、あからさまに怪しい返答の翠華。
「ふ、普通……?」
極めつけはあの破天荒なあるみ社長に『普通』という言葉があまりにも似合わないことだ。
「そ、そう、ふ、普通よ……」
「そういえば、最近社長と組んで仕事に行ってましたよね」
「え、ええ、そうよ! その時に聞き出したのよ」
(本当は仕事の報酬代わりに教えてもらったんだけど……)
そのために、文字通り血反吐を吐くようなオーバワークに耐え抜いたのだ。
「苦労したんですね。あの社長、色々振り回しますから」
「い、いえ、それほどでもなかったわよ」
「さすが翠華さんです」
「え、ええ、まあ、そうね……」
それは純粋に憧れの眼差しであった。
戸惑いはあるものの、こういった顔をしてくれるのなら、あの仕事じごくをかいくぐった甲斐があったと翠華は心の中で涙を流しながら思った。
「私も見習わなくちゃ」
「か、かなみさんが私を見習う!?」
「はい! 翠華さんみたいに仕事をこなせたら、――ボーナスでもっと楽な生活ができますもの」
大粒の涙を拳に握りしめ、遠く彼方の星を見つめるように見上げるかなみであった。
「やっぱり相当苦労しているのね、かなみさん」
思わずハンカチでその涙を吹いてあげたくなるが、さすがにそれはまだ早いのではないかと躊躇う翠華であった。
「私で出来る事ならなんでも協力するわよ」
――そう、なんでもね。
そう言った翠華の心の中でどれほどの覚悟と想定があったのか、かなみは知る由もなかった。
「きょ、協力してくれるんですか?」
「え、ええ……遠慮なんていらないのよ」
「そ、それなら……」
一旦言おうとして、かなみはそれを飲み込んだようだ。
言いたいけど言えない、でも言いたい。そんな気持ちで揺れるかなみの顔を見ているのは翠華にとっては幸せなことであった。
(かなみさん、何を言いたいんだろう? もしかして……ここで告白!?)
そんな考えが脳裏をよぎるだけで翠華の思考回路はよからぬ方向に加速していく。
(い、いいえ、ちょっと待っていくらなんでも早すぎるわ!? そうよ、こういうときにそういうことを期待するのはどうかしているわ!? でもときたま、かなみさんって大胆になる時があるのよね? まさか今がその時!? ああ、でも私は全然構わないのよ、そう! 私はいつでもかなみさんの想いを受け止める準備はしているのだから! ああ、でも、やっぱりこういうことって段階を踏んでいくものだから、きっとお友達から始めましょうっていうのが定番のはずよ! そうよ、そうに決まってるわ! オーケー、友達なら大丈夫よ、準備万端よ! さあ、かなみさん、言ってちょうだい!)
光の速さほどに加速した思考速度から得た心の準備などかなみは知る由も無かった。
「あ、あの……!」
遂に決意にふみきったかなみに対して翠華の鼓動は高まる。
「素直にご飯をお裾分けして欲しいと言えばいいだろ」
「……え?」
意外にも翠華の期待はマニィが代弁してしまったことによって裏切られてしまう。
「こら! そんな厚かましいこと、頼めるわけないでしょ!」
「だけど、みあにはその厚かましいことをしているじゃないか」
「あ、あれはね……しゃ、社交辞令ってやつよ」
「出会い頭に『ご飯ください』と物乞いする社交辞令なんて聞いたことないけど」
「む、むむぅ……」
「――ご飯でいいのね? そんなことで良ければ、いくらでも協力するわよ」
「え、あ、本当ですか?」
「気前のいい先輩でよかったね」
「うるさい!」
かなみはマニィの頭を叩く。
「ありがとうございます。本当に……翠華さんにこんなことを頼むのってちょっと気が引けちゃって……悪いかなって思いまして……」
かなみは深々と頭を下げて礼をする。
「い、いいのよ、私にはかなみさんの借金をなんとかすることはできないから……」
「い、いえ、借金はどうにもできないものですし」
「ご飯ぐらいならお安い御用よ。時々ご飯作ったらまた来るわね」
「ありがとうございます!」
「ウシシ、よかったな。これで上がり込む口実ができたじゃねえか」
「ウシィ、ちょっと黙ってて」
ウシィ、口を塞ぐ。とはいっても、手のひらで抑えるものだからウシィの顔が全部埋まってしまう。まあ使い魔なのだから、窒息の心配は無いが。
そんな様子を見て、かなみはある親近感が湧いてきた。
「お互い、この子達の扱いには苦労しますね」
「ええ、そうなのよ。この子ったら、勝手に私の気持ちを喋るものだから……ハッ!」
そこまで言って、翠華は自分のうっかりに気づく。
ウシィは時々自分の気持ちを勝手に代弁してしまうことを。それをうっかり喋ってしまったことを。
ようするに、翠華は『時々でもいいからかなみの部屋に上がり込む』口実が欲しかったのだ。それをかなみに気取られてしまっては嫌われるかもしれない。
「こっちもマニィがいらないことばっかり言うもんだから、困ってるんですよ」
しかし、あくまで翠華の杞憂だったようで、密かに一安心するのであった。
「それじゃ、かなみさんの好みも聞いておかないとね」
「い、いえ、そんな気にしなくていいですよ。私はどんなものでも食べますから!」
「その気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり好きな物の方が嬉しいでしょ?」
「ウシシ、意中の相手には心よりも先に胃袋を掴むためにもな」
「コラ!」
「意中の相手……? 」
「な、なんでもない、なんでもないのよ!」
「料理……時々、作る……もしかして、翠華さんって――」
そうは言っても、かなみの推理は止まらない。翠華の焦りは一気に最高潮に達する。
「料理を作って食べて欲しい……好きな人がいるんですか!? それで私に味見して欲しかったんですね?」
「え、えぇ!?」
あらぬ誤解を抱いてしまったことに翠華は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「頑張ってくださいね! 私も協力しますから!」
「え、ええ、ありがとう、かなみさん……」
張り切るかなみに戸惑うことしかできない翠華であった。
「ウシシ、こいつは面白いことになりやがったぜ!」
すっかり夜がふけこんできた時、それは事務所の通常業務真っ盛りの時間だった。何しろ従業員の三人は学生なのだから、放課後でなければ働けないのだから、労働時間は夕暮れから真夜中になってしまうのは必然の流れ。
「はあ~、なんでこうなっちゃうのかしら?」
翠華は大きなため息をつく。
「ウシシ、いっそのこと本当の気持ち伝えちまったらどうだよ?」
「それができれば苦労しないわ」
「なんだったら、俺が気持ちを代弁してやってもいいぜ?」
「そんなことしたら、千回突き刺してやるからね」
半ばコインを出して笑顔で死刑宣告を告げる翠華に、ウシィは身震いする。
「ウシシ、俺だって生命は惜しいからな」
「よろしい。一万回串刺しの刑にされたくなければこれ以上、余計なことを言わないように」
「ウシシ、おいおいケタがあがってるぞ」
「細かいこと気にしないの! さあ、それじゃ今日も張り切ってがんばりますか!」
書類をまとめて鯖戸に提出して気合を入れる。
「翠華君、そういうことは仕事を終わらせてから言うものじゃないよ」
「ウシシ、恋する乙女は強いってことだ」
「まあ、その方向性はどうかと思うんだけどね」
「しゃ、社長!?」
神出鬼没な社長がオフィスに現れるだけで、ここ最近の恐怖体験の連続がフラッシュバックして条件反射でひいてしまう。もっともそれは翠華に限らず、かなみにも言えることだが。
「何よ、そんなにビビることないじゃない? 私は社長よ。どう出社しても問題ないはずよ」
「いえ、普通に入り口から入ってきてください……」
「それじゃ、盗み聞きの楽しみがないじゃない?」
「楽しまないでください……私は必死なんですよ」
「ええ、わかってるわ。社内恋愛なんてこんな面白いことはないからね」
絶対にわかってないこの人は。と思う翠華であった。
「ようは、かなみちゃんが翠華さんに好きな男の人がいるって誤解しているっていうのが問題なんでしょ?」
「なんでそんなことまで知ってるんですか?」
「私は社長で魔法少女よ!」
到底、少女とはいえない三十路の女性である金型あるみは堂々と胸を張る。
「わ、わかりました……」
色々突っ込みたいところはあるが、キリがないのでそういうものだと諦めることにした翠華であった。
「まあ、いいんじゃないの。誤解していて」
「え、どうしてですか? それじゃ、かなみさんに想いを伝えるどころじゃ、」
「じゃあ、今からでも想いを伝えるつもりなの?」
「え、そ、それは……」
「無理でしょ」
「はい」
「だから、しばらくこのままでいいのよ。むしろ、この状況を利用することを考えなさいな」
「この状況を利用する?」
「例えば、ね。今私の手元にこういうものがありましてね」
「そ、それは!?」
「あとは何が言いたいか、わかるわよね?」
「…………………………………」
顔を真っ赤にして沈黙する翠華。
「只今、発注票と在庫の確認完了しました」
そこへタイミングよく一仕事終えたかなみがオフィスに戻ってきた。
「おお、グッドタイミング!」
「え!?」
「翠華ちゃんがね、かなみちゃんにお話があるのよ」
「す、翠華さんが?」
真っ赤な顔で無言で迫る翠華に言い知れない迫力を感じる。
「な、なんでしょうか……?」
「か、かなみさん……!」
震える声と半ば泣きそうな顔で、それでも翠華は大きく息を吸い込んで思い切って言う。
「私と遊園地に遊びに行きましょう!」
そこは会社からそれほどの距離が無く、休みの日ともなれば家族連れや恋人同士がワラワラと押し寄せる夢いっぱいの遊園地。
「翠華さん、こっちですよ!」
先に来ていたかなみは大きく手を振って、翠華を迎える。
「かなみさん、早いのね」
「ええ、最近あんまり眠れなくて……」
「貧乏暇なしってやつだよ」
「うるさい!」
肩に乗ったマニィを叩き落とす勢いではたく。
「それじゃ、待たせちゃったかしら? ごめんなさいね」
「いえ全然ですよ。それよりも翠華さん、気合入ってますね」
「そ、そんなことないわよ」
「ウシシ、衣装選びやら化粧やらで二時間もかけたからな」
「コラ!」
「ええ、そんなに時間かけたんですか? やっぱり予行練習とはいえ、デートですから気合入りますものね」
「え、ええ、まあ、そうね……」
そう、これはあくまで予行練習。
かなみにはあくまで好きな男の人がいて、その人と一緒に遊園地に行くための予行練習ということになっている。
そうした方が誘いやすい、というのが社長の計らいであった。思ったとおり、かなみの方はもちろんいつも世話になっている翠華の頼みを断れるはずがないので、喜んで引き受けてくれた。
(でも、私にとって、これは本番! 気合入れないわけ無いじゃない!)
とっておきのワンピースを引っ張りだし、化粧や髪の手入れにはウシィの言うとおり、たっぷりと時間をかけた。
「私なんかとじゃ月とスッポンですね、アハハハ」
「そんなことないわよ。かなみさんもとっても素敵よ」
翠華にとってみれば本気の気持ちなのだが、普段着で髪の手入れもせず、化粧もしていないかなみにとって、それは単なるお世辞としか捉えられなかった。
「さ、行きましょう」
「はい!」
この遊園地は、かなみにとっても楽しみであった。
何しろ、ここのところ学校と仕事、おまけに金欠なのだからどこにも遊びにいけなかったのだ。それを久しぶりの休みと遊園地のパスポートを与えられたのだから、張り切るなという方が無理なぐらいだ。
入場口をくぐると、そこはもうアトラクションの数々がひしめく別世界に入り込んだような錯覚を起こす。
「かなみさん、何か乗ってみたいモノあるかしら?」
「え? 翠華さんの練習なんですから、彼氏さんの好きそうなアトラクションに乗ってみたらどうですか?」
(そ、それがあなたなんだけどね……)
なんてことは言えないが、翠華が好きなアトラクションをアピールしてみるのも悪く無いという考えに切り替わった。
「そ、そうね……それじゃあ、絶叫系なんてどうかしら?」
「いきなりジェットコースターですか?」
「かなみさんは苦手だった?」
「い、いいえ、むしろ大好きですよ! 十回連続でも大丈夫ですよ!」
「じゅ、十回! それは凄いわね……」
かなみさんは絶叫系が大好き、と翠華は心の中でメモした。
「じゃあ、早く並ばないと十回は乗れないわね! 早く行きましょう!」
「え?」
かなみはあくまで意気込みのつもりで言ったのだが、翠華は本気だと捉えたようだ。
(翠華さんって、思い込みが強い人なのかな?)
それはかなみに対してに限ってことなのだが、当の本人はまるでわかっていない。
かなみは頭を抱えた。テーブルには家計簿と電卓が並べられている。
その二つを交互ににらめっこしていると今すぐ全てをひっくり返す衝動に駆られる。
「相変わらず君はやりくりが下手だよ」
いやみったらしいネズミのマスコット・マニィがそれを助長させる。
「うるさい!」
すんでのところで、テーブルを叩いてとどまる。
「大体、やりくりっていうのはね。もうちょっと余裕がある人がするモノよ」
「余裕か……確かに君はいつも追い詰められているみたいだから」
「そりゃ一ヶ月一万円で過ごせっていわれたら誰だって追い詰められた気分になるわよ! っていうか実際に追い詰められてるし!」
「少しは節約するということは考えないのか?」
「これ以上、どう節約するっていうのよ? ごはんは朝抜いて、お昼はパン一個買って、夕飯はお裾分けでなんとか食いつないで、お風呂なんてもう十日はシャワーよ。ああ、湯船に浸かりたいわ……」
言えば言うほどみじめな気分になっていくかなみであった。
「あ~あ、この千円札の0が一個増える魔法があればな……」
「魔法少女としてあるまじき発言だ……社長が聞いていたら即減俸モノだ」
「いいのよ、どうせ聞いてないんだし」
「いや壁に耳ありということもあるよ。ほら、今聞こえてる階段を駆け上がるこの音が」
「う!?」
普通なら隣の人が帰ってきただけだと思うのだが、あの神出鬼没な社長ならこんなどうでもいいような前振りと共に人様の部屋にいきなり現れても何の不思議はない。
「まさか、まさか……?」
思い浮かぶのは、これまで社長の金型あるみに連れ回されてやらされた数々の仕事。
港で密輸を阻止するためにやくざと一戦やらかしたり、暴走族の決起集会に突撃させられたり、……。本当に私って魔法少女なの? と疑問符を浮かばずにいられない。
ともかく、あの社長がやってくるとロクでもないことに付き合わされることは間違いない。
その社長がやってくるとあっては穏やかではいられない。
ドカッ!
勢い良く扉が開けられる。
「わあッ!?」
反射的に飛び上がってしまった。
「かなみさん?」
だが、入ってきたのは社長ではなく、翠華だった。
「翠華、さん……?」
社長じゃないとわかって、落ち着いたかなみは気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あ、あの……これは、ですね……っていうか、どうして翠華さんがここに?」
かなみがここに住んでいるということは誰にも教えていない。学校の友達にも会社の人間にも。
知っているのはこのアパートを紹介してくれた鯖戸部長だけ。
「あ、えぇっと、それはね……」
翠華の態度がたどたどしい。そんな反応をされると訊いたこっちの方が申し訳なくなる。
「と、とにかくかなみさんに差し入れしようと思って!」
巾着きんちゃく袋をひっさげて、翠華はあまりにも大袈裟にごまかしにかかってきた。
「え、あ、差し入れですか!?」
かなみの目が輝く。
ここ最近の極限の節約生活で、お裾分け、差し入れという言葉にすっかり弱くなっていたのだ。
そうなるともう翠華から差し出されたバスケットしか目に入られなくなってしまう。
「そ、そうなのよ……」
予想以上の食いつきに翠華も思わず一歩引いてしまうほどであった。
「いただきまーす!」
バスケットに入れられたサンドイッチを張り切るあまり、一口で頬張る。
「ひ、一口で……」
「ウシシ、豪快な食べっぷりだぜ」
翠華の膝下に牛のマスコット・ウシィが不気味な笑いを浮かべながら現れる。
「もう! 留守番してって言ったじゃない」
「ウシシ、こんな面白そうなみせもんを見逃せるかってんだよ」
「み、みせもん……?」
「ウシシ、嬢ちゃんのゴーカイなパクつきようだったぜ」
「あ……!」
そう言われてかなみは初めて自分の手に持ったサンドイッチの大きさに気づく。とりあえず、女子どころか大の大人ですら一口で食べるのは困難なのは確実だ。
「ご、ごめんなさい翠華さん。つい浮かれて、はしたなくて!」
「う、ううん……いいのよ。そんなにおいしそうに食べてもらえたら、作った甲斐があるから」
「あ、ありがとうございます。何しろまともなご飯にありつくのが三日ぶりだから」
「み、三日ぶり……? じょ、冗談よね?」
「翠華さん! 私がお金とご飯のことで冗談言ったことがありますか!?」
鬼気迫る剣幕でまくし立てるかなみに翠華はある光景が脳裏をよぎる。
空腹のあまり、小学生のみあに夕食をたかるかなみの姿。賃金の引き上げを鯖戸部長に要求するかなみの姿。確かにその時のかなみにはいずれも冗談なんて雰囲気が欠片も出ていない緊迫感があった。
「な、無いわね……」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「ウシシ、今浮かべた回想シーンの数々は突っ込まねえでおくよ」
「かなみさん、相当苦労してるのね……」
と普通ならここで同情するところなのだが、翠華は違った。
何しろ、翠華の好みのタイプは不幸で泥まみれだけど、めげずに頑張る女の子なのだから。逆にこうして不幸な待遇をまじまじと語られ、見せつけられることで燃え上がるというものだ。
(なんとしてでも、私が守ってあげたくなるわ!)
――恋心が。
「ところで、翠華さん?」
そんな翠華の心情などつゆ知らず、かなみは呑気に尋ねる。
「何かしら?」
「どうして私の部屋がわかったんですか?」
「あ、そ、それは……!」
すっかりごまかせたと思っていたところに不意打ちのようにやってくる。
(か、かなみさん、意外に引きずるタイプなのね!?)
(ウシシ、まあ借金引きずってるからな)
「もしかして鯖戸部長から聞いたんですか?」
「え、い、いえ!? あの人は守秘義務はちゃんと守る人だから……」
『ガードが硬くて中々聞き出せなかったのよ』とまで言い続けようとしたが、踏みとどまる翠華であった。
「そ、そうよね、このアパートを紹介する時、絶対に秘密は守るって言ってくれたし」
『黒服の男達が踏み込んでこないように』って言い続けようとしたが、そんな物騒なことを先輩の前で言えないかなみであった。
「それじゃ、誰から訊いたんですか? もしかして、マニィから?」
「い、いえ、社長が教えてくれたのよ」
「あるみ社長が?」
「ウシシ、聞くも涙、語るも笑いのお話だぜ」
「あ、あんたは黙ってなさい……」
翠華は平常を装いながら、ウシィの頭を抑える。
「涙? 笑い?」
「い、いえ、普通に聞いたら、普通に教えてくれただけよ……アハハハ!」
手振りで大袈裟にごまかしていて、あからさまに怪しい返答の翠華。
「ふ、普通……?」
極めつけはあの破天荒なあるみ社長に『普通』という言葉があまりにも似合わないことだ。
「そ、そう、ふ、普通よ……」
「そういえば、最近社長と組んで仕事に行ってましたよね」
「え、ええ、そうよ! その時に聞き出したのよ」
(本当は仕事の報酬代わりに教えてもらったんだけど……)
そのために、文字通り血反吐を吐くようなオーバワークに耐え抜いたのだ。
「苦労したんですね。あの社長、色々振り回しますから」
「い、いえ、それほどでもなかったわよ」
「さすが翠華さんです」
「え、ええ、まあ、そうね……」
それは純粋に憧れの眼差しであった。
戸惑いはあるものの、こういった顔をしてくれるのなら、あの仕事じごくをかいくぐった甲斐があったと翠華は心の中で涙を流しながら思った。
「私も見習わなくちゃ」
「か、かなみさんが私を見習う!?」
「はい! 翠華さんみたいに仕事をこなせたら、――ボーナスでもっと楽な生活ができますもの」
大粒の涙を拳に握りしめ、遠く彼方の星を見つめるように見上げるかなみであった。
「やっぱり相当苦労しているのね、かなみさん」
思わずハンカチでその涙を吹いてあげたくなるが、さすがにそれはまだ早いのではないかと躊躇う翠華であった。
「私で出来る事ならなんでも協力するわよ」
――そう、なんでもね。
そう言った翠華の心の中でどれほどの覚悟と想定があったのか、かなみは知る由もなかった。
「きょ、協力してくれるんですか?」
「え、ええ……遠慮なんていらないのよ」
「そ、それなら……」
一旦言おうとして、かなみはそれを飲み込んだようだ。
言いたいけど言えない、でも言いたい。そんな気持ちで揺れるかなみの顔を見ているのは翠華にとっては幸せなことであった。
(かなみさん、何を言いたいんだろう? もしかして……ここで告白!?)
そんな考えが脳裏をよぎるだけで翠華の思考回路はよからぬ方向に加速していく。
(い、いいえ、ちょっと待っていくらなんでも早すぎるわ!? そうよ、こういうときにそういうことを期待するのはどうかしているわ!? でもときたま、かなみさんって大胆になる時があるのよね? まさか今がその時!? ああ、でも私は全然構わないのよ、そう! 私はいつでもかなみさんの想いを受け止める準備はしているのだから! ああ、でも、やっぱりこういうことって段階を踏んでいくものだから、きっとお友達から始めましょうっていうのが定番のはずよ! そうよ、そうに決まってるわ! オーケー、友達なら大丈夫よ、準備万端よ! さあ、かなみさん、言ってちょうだい!)
光の速さほどに加速した思考速度から得た心の準備などかなみは知る由も無かった。
「あ、あの……!」
遂に決意にふみきったかなみに対して翠華の鼓動は高まる。
「素直にご飯をお裾分けして欲しいと言えばいいだろ」
「……え?」
意外にも翠華の期待はマニィが代弁してしまったことによって裏切られてしまう。
「こら! そんな厚かましいこと、頼めるわけないでしょ!」
「だけど、みあにはその厚かましいことをしているじゃないか」
「あ、あれはね……しゃ、社交辞令ってやつよ」
「出会い頭に『ご飯ください』と物乞いする社交辞令なんて聞いたことないけど」
「む、むむぅ……」
「――ご飯でいいのね? そんなことで良ければ、いくらでも協力するわよ」
「え、あ、本当ですか?」
「気前のいい先輩でよかったね」
「うるさい!」
かなみはマニィの頭を叩く。
「ありがとうございます。本当に……翠華さんにこんなことを頼むのってちょっと気が引けちゃって……悪いかなって思いまして……」
かなみは深々と頭を下げて礼をする。
「い、いいのよ、私にはかなみさんの借金をなんとかすることはできないから……」
「い、いえ、借金はどうにもできないものですし」
「ご飯ぐらいならお安い御用よ。時々ご飯作ったらまた来るわね」
「ありがとうございます!」
「ウシシ、よかったな。これで上がり込む口実ができたじゃねえか」
「ウシィ、ちょっと黙ってて」
ウシィ、口を塞ぐ。とはいっても、手のひらで抑えるものだからウシィの顔が全部埋まってしまう。まあ使い魔なのだから、窒息の心配は無いが。
そんな様子を見て、かなみはある親近感が湧いてきた。
「お互い、この子達の扱いには苦労しますね」
「ええ、そうなのよ。この子ったら、勝手に私の気持ちを喋るものだから……ハッ!」
そこまで言って、翠華は自分のうっかりに気づく。
ウシィは時々自分の気持ちを勝手に代弁してしまうことを。それをうっかり喋ってしまったことを。
ようするに、翠華は『時々でもいいからかなみの部屋に上がり込む』口実が欲しかったのだ。それをかなみに気取られてしまっては嫌われるかもしれない。
「こっちもマニィがいらないことばっかり言うもんだから、困ってるんですよ」
しかし、あくまで翠華の杞憂だったようで、密かに一安心するのであった。
「それじゃ、かなみさんの好みも聞いておかないとね」
「い、いえ、そんな気にしなくていいですよ。私はどんなものでも食べますから!」
「その気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり好きな物の方が嬉しいでしょ?」
「ウシシ、意中の相手には心よりも先に胃袋を掴むためにもな」
「コラ!」
「意中の相手……? 」
「な、なんでもない、なんでもないのよ!」
「料理……時々、作る……もしかして、翠華さんって――」
そうは言っても、かなみの推理は止まらない。翠華の焦りは一気に最高潮に達する。
「料理を作って食べて欲しい……好きな人がいるんですか!? それで私に味見して欲しかったんですね?」
「え、えぇ!?」
あらぬ誤解を抱いてしまったことに翠華は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「頑張ってくださいね! 私も協力しますから!」
「え、ええ、ありがとう、かなみさん……」
張り切るかなみに戸惑うことしかできない翠華であった。
「ウシシ、こいつは面白いことになりやがったぜ!」
すっかり夜がふけこんできた時、それは事務所の通常業務真っ盛りの時間だった。何しろ従業員の三人は学生なのだから、放課後でなければ働けないのだから、労働時間は夕暮れから真夜中になってしまうのは必然の流れ。
「はあ~、なんでこうなっちゃうのかしら?」
翠華は大きなため息をつく。
「ウシシ、いっそのこと本当の気持ち伝えちまったらどうだよ?」
「それができれば苦労しないわ」
「なんだったら、俺が気持ちを代弁してやってもいいぜ?」
「そんなことしたら、千回突き刺してやるからね」
半ばコインを出して笑顔で死刑宣告を告げる翠華に、ウシィは身震いする。
「ウシシ、俺だって生命は惜しいからな」
「よろしい。一万回串刺しの刑にされたくなければこれ以上、余計なことを言わないように」
「ウシシ、おいおいケタがあがってるぞ」
「細かいこと気にしないの! さあ、それじゃ今日も張り切ってがんばりますか!」
書類をまとめて鯖戸に提出して気合を入れる。
「翠華君、そういうことは仕事を終わらせてから言うものじゃないよ」
「ウシシ、恋する乙女は強いってことだ」
「まあ、その方向性はどうかと思うんだけどね」
「しゃ、社長!?」
神出鬼没な社長がオフィスに現れるだけで、ここ最近の恐怖体験の連続がフラッシュバックして条件反射でひいてしまう。もっともそれは翠華に限らず、かなみにも言えることだが。
「何よ、そんなにビビることないじゃない? 私は社長よ。どう出社しても問題ないはずよ」
「いえ、普通に入り口から入ってきてください……」
「それじゃ、盗み聞きの楽しみがないじゃない?」
「楽しまないでください……私は必死なんですよ」
「ええ、わかってるわ。社内恋愛なんてこんな面白いことはないからね」
絶対にわかってないこの人は。と思う翠華であった。
「ようは、かなみちゃんが翠華さんに好きな男の人がいるって誤解しているっていうのが問題なんでしょ?」
「なんでそんなことまで知ってるんですか?」
「私は社長で魔法少女よ!」
到底、少女とはいえない三十路の女性である金型あるみは堂々と胸を張る。
「わ、わかりました……」
色々突っ込みたいところはあるが、キリがないのでそういうものだと諦めることにした翠華であった。
「まあ、いいんじゃないの。誤解していて」
「え、どうしてですか? それじゃ、かなみさんに想いを伝えるどころじゃ、」
「じゃあ、今からでも想いを伝えるつもりなの?」
「え、そ、それは……」
「無理でしょ」
「はい」
「だから、しばらくこのままでいいのよ。むしろ、この状況を利用することを考えなさいな」
「この状況を利用する?」
「例えば、ね。今私の手元にこういうものがありましてね」
「そ、それは!?」
「あとは何が言いたいか、わかるわよね?」
「…………………………………」
顔を真っ赤にして沈黙する翠華。
「只今、発注票と在庫の確認完了しました」
そこへタイミングよく一仕事終えたかなみがオフィスに戻ってきた。
「おお、グッドタイミング!」
「え!?」
「翠華ちゃんがね、かなみちゃんにお話があるのよ」
「す、翠華さんが?」
真っ赤な顔で無言で迫る翠華に言い知れない迫力を感じる。
「な、なんでしょうか……?」
「か、かなみさん……!」
震える声と半ば泣きそうな顔で、それでも翠華は大きく息を吸い込んで思い切って言う。
「私と遊園地に遊びに行きましょう!」
そこは会社からそれほどの距離が無く、休みの日ともなれば家族連れや恋人同士がワラワラと押し寄せる夢いっぱいの遊園地。
「翠華さん、こっちですよ!」
先に来ていたかなみは大きく手を振って、翠華を迎える。
「かなみさん、早いのね」
「ええ、最近あんまり眠れなくて……」
「貧乏暇なしってやつだよ」
「うるさい!」
肩に乗ったマニィを叩き落とす勢いではたく。
「それじゃ、待たせちゃったかしら? ごめんなさいね」
「いえ全然ですよ。それよりも翠華さん、気合入ってますね」
「そ、そんなことないわよ」
「ウシシ、衣装選びやら化粧やらで二時間もかけたからな」
「コラ!」
「ええ、そんなに時間かけたんですか? やっぱり予行練習とはいえ、デートですから気合入りますものね」
「え、ええ、まあ、そうね……」
そう、これはあくまで予行練習。
かなみにはあくまで好きな男の人がいて、その人と一緒に遊園地に行くための予行練習ということになっている。
そうした方が誘いやすい、というのが社長の計らいであった。思ったとおり、かなみの方はもちろんいつも世話になっている翠華の頼みを断れるはずがないので、喜んで引き受けてくれた。
(でも、私にとって、これは本番! 気合入れないわけ無いじゃない!)
とっておきのワンピースを引っ張りだし、化粧や髪の手入れにはウシィの言うとおり、たっぷりと時間をかけた。
「私なんかとじゃ月とスッポンですね、アハハハ」
「そんなことないわよ。かなみさんもとっても素敵よ」
翠華にとってみれば本気の気持ちなのだが、普段着で髪の手入れもせず、化粧もしていないかなみにとって、それは単なるお世辞としか捉えられなかった。
「さ、行きましょう」
「はい!」
この遊園地は、かなみにとっても楽しみであった。
何しろ、ここのところ学校と仕事、おまけに金欠なのだからどこにも遊びにいけなかったのだ。それを久しぶりの休みと遊園地のパスポートを与えられたのだから、張り切るなという方が無理なぐらいだ。
入場口をくぐると、そこはもうアトラクションの数々がひしめく別世界に入り込んだような錯覚を起こす。
「かなみさん、何か乗ってみたいモノあるかしら?」
「え? 翠華さんの練習なんですから、彼氏さんの好きそうなアトラクションに乗ってみたらどうですか?」
(そ、それがあなたなんだけどね……)
なんてことは言えないが、翠華が好きなアトラクションをアピールしてみるのも悪く無いという考えに切り替わった。
「そ、そうね……それじゃあ、絶叫系なんてどうかしら?」
「いきなりジェットコースターですか?」
「かなみさんは苦手だった?」
「い、いいえ、むしろ大好きですよ! 十回連続でも大丈夫ですよ!」
「じゅ、十回! それは凄いわね……」
かなみさんは絶叫系が大好き、と翠華は心の中でメモした。
「じゃあ、早く並ばないと十回は乗れないわね! 早く行きましょう!」
「え?」
かなみはあくまで意気込みのつもりで言ったのだが、翠華は本気だと捉えたようだ。
(翠華さんって、思い込みが強い人なのかな?)
それはかなみに対してに限ってことなのだが、当の本人はまるでわかっていない。
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