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第5話 来店! 古きを知るは少女の義務? (Bパート)
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「いやすまんすまん、心配をかけたようで申し訳ない」
「ホントにそうよ!」
かなみは大いにむくれる。
倒れたおじいさんはいきなり起き上がり、何事もなかったかのように笑うのだから困る。その起き上がり方がまたギロッと目を開けて、グイッと起き上がるものだから心臓に悪い。
「大体いきなりみあちゃんと結婚しようだなんて、どうかしてるわよ」
「いやいや、愛さえあれば問題ないんじゃよ」
「問題ありすぎよ! 第一、あたしはあんたなんて妖怪変態ジジイとしか思っていないんだからね!」
「ホッホホホホ、そんな風にはっきりと言われたのは初めてじゃ。惚れてしまうぞ」
「う……! なんとかしてよ、かなみ!」
「どうして、私が?」
「こういう貧乏くじはあんたの役目でしょ!」
「……みあちゃん、たまにはひいてみるのもいいわよ貧乏くじ」
みあからの発言に憂鬱になりつつも納得せざるを得ない自分の立場に、かなみはため息を交えつつ返した。
「はあ、来るんじゃなかった……」
「そうだ、おじいさん。あの瓶は何なの?」
「おお、あの瓶か。あの瓶はのう……」
そう言って、おじいさんは頭を傾け、ヒゲを触りながらおもむろに続ける。
「わしにもわからんのじゃ」
「はあ? あんたんとこの商品でしょ! 自分とこのモノぐらいしっかりわかっていないとダメじゃない!」
さすが玩具メーカーの社長令嬢だな、とこの時かなみは素直に感心した。
「いや、あれは貰い物でな。持ち主はもうとっくに死んどるが」
「じゃあ、あの瓶の中には何があるのかわからないの?」
「うむ、確認したことがない」
「そんな怪しい物を店においているなんて、神経疑うわね」
「ホッホホホホ、まともな神経の持ち主じゃったらこんな骨董屋やっておらんよ!」
「自分で言っちゃう、フツー?」
「だからフツーじゃないんでしょ、クソジジイ」
「みあちゃん、口悪いよ」
「みあちゃんの言葉はみな天使の声じゃわ」
「ああ、こういうのを変態じいさんというのか」
「……あんたは黙ってなさい」
かなみはマニィを引っ込める。
「それで、その……あの瓶は誰から貰ったものなの?」
「古い古い知り合いじゃよ。あれはたしか戦後の頃じゃったか」
「戦後ッ!?」
「言うたじゃろ、わしは八十八じゃって」
「あ、うん、そうだったね……」
こんな怪しいおじいさんの言葉はあんまり信用できないというのが二人の本音だ
「戦後の頃に疎開しておった親戚から、自分の手には余るから預かって欲しいと言われてな」
「手に余るって……あの瓶が?」
「何やらいわくがあるのを感じてな。あれを開けようと思ったことは何度もあったのじゃが、どうにもいざ開けようとすると開ける気が失せてしまうのじゃ」
「それは妙な話ね。それが一年や二年ならともかく、五十年以上もそれで開けないなんて」
「フツー、ありえないよね。このクソジジイはフツーじゃないけど」
「女の子はフツーじゃないジジイに魅力を感じたりするものじゃないかね、みあちゃん?」
「ジジイに魅力なんて微塵も感じないわよ。話を進めなさいよ、クソジジイ」
「ホッホホホホ、話はそれで終わりじゃよ」
「……使えないわね、結局何もわかってないじゃない」
「そうともいうのう、ホッホホホホ」
(罵倒されているのに、なんで笑っていられるのかしら……?)
何を言われても飄々としているおじいさんに意外な懐の深さを感じるかなみだった。
「それで、あれに何が入っているのかわからないわけね」
「うむ、そうじゃな。何しろ中を見たことがないんじゃしな」
「ふうん……」
どうやら、みあは『中に何が入っているかわからない』、『いわくつき』という点で件の瓶に興味を示したようだ。
「中、見てみたいわね」
「みあちゃんの頼みなら断れんな」
「ダメだ、言われても開けるけどね」
イタズラっ子の微笑みを浮かべてみあは瓶に向かう。
「うむ、みあちゃんは天使じゃのう」
(ああ、でも変態ね……)
(異論を挟む余地がない)
そんな心の声でやり取りをしているうちにみあは瓶の封に手を置く。
「うーん……」
手を止めて、首を傾げる。
「やっぱ、やーめた」
「ええ? 開けるんじゃなかったの?」
「なんか、どうでもよくなっちゃった」
「どうでも、よく……」
いくらみあが気まぐれといっても一旦興味を向けたものに対して、いきなり興味を無くすことはない。
――あれを開けようと思ったことは何度もあったのじゃが、どうにもいざ開けようとすると開ける気が失せてしまうのじゃ。
(何かある、のかな……?)
怪しい骨董屋に胡散臭いおじいさん、戦後からの貰いもので何やらいわくがある要素はかなり取り揃っている。
(まさか、本当に法具なんじゃ……?)
そう思うと、自然と足が瓶へと向かう。
布をかぶせた簡素な封は、いざ上から見ると風が吹いただけで取れてしまいそうな脆さを感じさせる。こんなものが本当に五十年以上の間も開けられたことがないのだろうか?
「おじいさん、本当に開けてもいいの?」
「おお、本当にいいぞ。そんな大したものは入っておらんじゃろうからな」
何を根拠に言っているのか。やはり色々と胡散臭いおじいさんだ。
ともかく、持ち主の許可を貰ったのだから堂々と開けられる。
「それなら、遠慮はいらないわよね。じゃあさっさと開けましょうか!」
一声入れて、かなみは瓶に手をつける。
「ん?」
思ったよりも手触りは滑らかなのは意外だ。まるで、毎日磨かれているような感触だ。だけど、そんなことよりも何か、言い知れぬ違和感が湧き上がってくる。
「こ、これは……!」
「魔力反応、ビンゴだね……」
「ビンゴって……? これって法具なの……?」
「いや、これはちょっと違うかもしれない」
「違うってどういうこと……? 魔力が宿っているなら法具なんじゃないの?」
「どうにも上手く魔力が測定できない。この布が魔力の漏洩を防いでいるのかもしれない」
「これ、どう見てもただの布じゃないの?」
「そう思うのならとってみるといい?」
「さっきからしようしようと思っているんだけど、何故かする気が起きないのよ」
「それこそ、この布にかけられた魔法だ。とはいっても、人の心に暗示かける催眠術のような初歩的な魔法だ。ただ五十年以上も効力が続いているところから見ると余程強力なものだけど」
「じゃあ、どうやって中身を確かめるのよ?」
「魔力には魔力で対抗すればいい。開きたい、と強く念じれば打ち破れるはずだ」
「そ、そう、それじゃ……!」
かなみは念じた。魔法を使うときのようなイメージをしっかりと脳裏に思い描く。
――私はこの布を開けて、封を切る!
すると、さっきまで感じていた違和感が消え、ポケットの中にあるハンカチをとるかのようにスゥと布に触れられた。
(開ける……!)
そう確信した瞬間に異変が起きた。
「お邪魔するわよ!」
突然、扉を蹴破って着物を着込んだ女性が入ってきた。
「はあッ!?」
本当にいきなりだった上に、その女性とは顔見知りだった。
「お邪魔するわよ! 店主はいないのかしら?」
「うへぇッ!?」
みあは顔を隠す。見つかると色々面倒だと思ったからだ。
「店主ならわしじゃが……」
「ああ、おじいさん! 最近やたらとご老人に縁があるわね!」
女性は芝居がかった大げさな仕草で天を仰ぐ。おそらく自分に酔っているせいだろう。そのおかげで、かなみの存在には気づいていないようだ。
「これも天の采配、と言ったところかしら? 運命、感じない、おじいさん♪」
「あ、ああ……」
おじいさんは女性を見据える。
女性は奇抜な言動こそしているが、その容姿ははっきり言って美人だった。艶やかな黒髪に整った顔立ち、そして着物も女性はきっちりと着こなしている。時代劇のお姫様がそのまま飛び出してきたと言ってもいい。
しかし、おじいさんは一息ついてから告げた
「いや、ババアに運命などかんじんわ」
「お前が言うな、ジジイッ!!」
思わずみあはハリセンでおじいさんをぶっ叩いた。なお、そのハリセンはどこから持ち出したのかは訊いてはいけない。
「はひぃッ!?」
おじいさんは衝撃とともに天にも昇るかのような笑顔とともに悲鳴を上げ、起き上がることはなかった。
「いや、本当に天に昇ったらダメよ!」
「どこにツッコミを入れてるのさ?」
「あ、貴方達はッ!?」
これではさすがに女性の方も二人の存在に気づいてしまう。
「なんで貴方達がここに!?」
「そっちこそ、なんでお前がこんな汚くてホコリまみれで胡散臭い骨董屋に来てるのよ!?」
みあは負けじと訊き返す。質問のカウンターパンチで、こちらの目的を告げることなく、向こう側の目的を聞き出そうというのがみあの狙いだ。
「自分で言っておいて気がつかないかしら?」
「え、何が?」
「汚くてホコリまみれで胡散臭い……まさに悪の秘密基地に相応しいシチュエーションが揃っているわッ!?」
「……そ、そうか、そういうことだったのねッ!?」
「それで納得するの、みあちゃん!? っていうか、秘密基地ってバラしちゃってるわよね、もう秘密じゃないじゃん!」
かなみの指摘に、女性はハッとする。
「ぬうぅ……そこに気づくとは……!」
女性はうずくまり、呪いの言葉を吐くように言う。
「さすがは我が宿敵ね!」
「あんたがアホなだけでしょ、ババア!」
みあは先程のおじいさんの発言を借りて罵る。
「ぬうぅ……私が最も言われたくない言葉を平然と言ってのけるとは……万死に値する!」
女性は大きく手を広げる。その動作は着物の裾もあいまって、ヒラヒラとまるで舞のようである。
「やる気ね!」
「もとより、そのつもり! この悪運の愛人テンホーによる、ここより秘密基地を築き、それを足がかりにして我がネガサイドによる世界征服を成し遂げる、壮大な秘密を知ってしまったからには生かしては帰さぬ!」
「自分から秘密バラしてるんじゃない!」
「これから死ぬ人間が全て知ったところで問題はないわ! 秘密を知る者は即抹殺! それが鉄則!」
「無茶苦茶な鉄則ね! まあ、それが悪の組織らしいけど」
「感心してる場合じゃないでしょ、やるよみあちゃん」
「あんたに言われるまでもないわ!」
かなみとみあはコインを取り出し、高らかに魔法の言葉を紡ぐ。
「マジカルワークス!」
コインから溢れ出る光に二人は包み込まれる。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
おなじみの口上とともに、二人の魔法少女が姿を現す。
「いでよ、ダークマター!」
テンホーの手から黒い球が出現し、それがひとりでに壁際に飾ってある油絵に張り付き、絵の具のように溶け込んでいく。
「その名も芸術怪人カイガーっていうのはどうかしら?」
黒い球が溶け込んだ油絵は額縁から飛び出してキャンバスから泥のような手足をはやした怪人へと変貌した。
「最低のセンスね。三流の画家もいいところよ!」
そう言ってミアはヨーヨーを取り出す。
「ビッグ・ワインダー!」
右手からのなぎ払いでヨーヨーをカイガーにぶち当てる!
「ッ!?」
しかし、パチャリとカイガーの右手に沼のようにはまりこんでしまい、勢いが完全に殺されてしまった。
「なんなの、気持ち悪い!」
「絵の具の腕で、攻撃を吸収したの!?」
「そんな簡単に吸収されて、たまるかぁぁぁぁぁッ!!」
今度は左手からヨーヨーを繰り出す。
しかし、それさえもカイガーは左で受け止めてみせる。
「あー! もうサイアクよ!」
「こうなったら、魔法弾で撃ち抜いてやるわ!」
カナミは錫杖から魔力で生み出された弾丸を撃ち出す!
しかし、カイガーはその魔法弾を受け止める。
「うそッ!?」
「これは思ったよりも掘り出し物だったかしら?」
テンホーは上機嫌で、二人を嘲笑う。
「カナミ、なんとかしなさいよ!」
「なんとかって言われても!」
「いつもの火事場のバカ魔力はどうしたのよ!?」
カナミはミアが言うようにこういった危機的状況になると、とてつもない力を発揮するのだが、カナミ自身で制御出来ているわけではない。つまり、どうしたと言われてもどうすることもできないというのが実状だ。
「あ、あれは……あの……」
こうして、カナミは返答に困る有様になってしまう。
「反撃よ、カイガー! お前の力を思う存分振るいなさい!」
それが敵の反撃を許す隙を生んでしまう。
カイガーは両拳を振り上げる。
バチンと腐敗しかけている天井を打ち破り、その勢いのままに振り下ろされる。そこから生み出される泥のような絵の具が波となって二人を飲み込む。
「キャアッ!?」
「ああ、もう! 泥じゃないの、これじゃ!」
底なし沼にはまったかのように、思うように身体が動かなくなってしまう。
おまけに絵の具の青赤黄色といった様々な色が衣装にこびりついて、鮮やかでありながらも歪な配色となってしまっている。はっきりいって失敗作といってもいいシルエットだ。
鏡があったら、絶対に見たくないほど屈辱的なことになっているだろうことは自分でも容易に想像がつくかなみとみあであった。
「いいザマね! でも、本番はこれからよ!」
テンホーがそう言うとカイガーはどこからか持ち出したロウソクを掲げている。
そのロウソクを見ると自然と火を連想させられた。
「ま、まさか……!」
「そう! 油絵ってよく燃えるんじゃないの!?」
テンホーは高揚した顔でそう告げて手先から魔法で火を灯す。
「じょ、冗談じゃないわよ!? そんなもの点火したら、こんな古い骨董屋なんて一発で灰になっちゃうじゃないッ!?」
「どうせ、建て直すのだから今から綺麗に真っ平らにした方がいいでしょ!」
「そんな理屈でやられてたまるものかぁぁぁぁッ!」
カナミは絶叫すると同時に魔力が高まり、錫杖の先端が砲筒へと変化する。
「ちょ、ちょっと待ちなさいカナミ! そんな大砲ぶっぱなして、引火したりなんかしたら!」
「あッ!?」
カナミはその危険に気づき、手を止める。
「それじゃ、神殺砲かんさいほうがつかえないじゃない……!」
「アハハハハハハハ、万事休すみたいだね! さあ、やっておしまい、カイガー!」
ロウソクの火が灯り、その手から離されようとしている。
「く……ッ!」
もうダメかと思った瞬間、一面を覆う光によって視界が奪われる。
「な、なに……この光……!?」
突然起きたその光は魔力によって発生したものだということをカナミは本能的に察知した。
(でも、誰が? こんな凄い魔力、あるみ社長ぐらいしか……!)
しかし、この魔力はあるみのものとは違う気がした。人間から発生する魔力というのは指紋と同じようにそれぞれ個人差があり、例えるなら色のようにはっきりと見分けがつくほどにカナミ達は感じ取ることができる。
「あるみ社長じゃないとすると、誰が……!?」
思い当たる節があるとすればひとつしかない。
「もしかして……!」
開けようとしていた瓶。あれが法具かもしれないだとすると膨大な魔力がそこから発生したとしか考えられる。そして、その瓶の方に目を向けることで、確信に至る。
(布の封が、とれて、いる……?)
瓶から光が放出されているのが目に見えて確認できた。
さらにそこから人の、それも女性の影が現れる。影はあっという間にミアの方へと飛び寄る。
すると光が消え、くっきりと敵やミアの姿を確認できるようになった。
「ミ、ミアちゃん……?」
カナミはミアに異変が起きていないか確認しようとした。
しかし、ミアはカナミに応じることなく、いきなり絵の具の沼から飛び出した。そこから左右のヨーヨーを同時に繰り出す。
「無駄よ! そんなものがカイガーに通じないことはもうわかってるでしょうが!」
テンホーの予想に反して、ヨーヨーはカイガーに向かうことなく、その左右の傍らを通り過ぎる。さらにそのヨーヨーはバウンドしあらぬ方向に転がり、壁や天井に激突しながらカイガーの周囲を駆け回る。
――糸紡ぎの結界!
普段のミアとはまったく違うトーンから発せられた魔法の言葉によって、ヨーヨーの描いた糸の軌跡は光輝き、カイガーを包囲した。
「今よ、撃ちなさい!」
そこからミアは振り返り、唐突にカナミに向かって発射を命令する。
「え、えぇッ!? さっきはダメだって!」
「今結界を作ったのよ! あの中でならどんな攻撃も外に被害が出ることはないわ!」
「け、結界? なんだかわからないけど、撃てるのなら遠慮なく撃つわよ!」
カナミは錫杖に魔力を込める。
「ちょ、待ちさない! そんなもの発射したらまずいでしょ! やめ、やめなさいよ!」
テンホーは慌てふためいている。カナミの一撃は強力かつ強烈なのである。
その一撃は神をも殺せると評する程の威力を秘めたモノであり、ゆえに常に放てるわけではなく本当に必要に迫られたときにだけ、そのチカラは解放される。
「遠慮はいらないわ! 思いっきりぶちかましなさい!」
彼女の一言によってカナミの魔力のタガが外れ、一気に錫杖へと注がれる。
「神殺砲ッ! はっしゃぁぁぁぁぁッ!!」
砲筒から魔力の洪水の如き光線が飛び出す。
その洪水はカイガーを飲み込み、さらには骨董屋までも破壊し尽くす! と思われたが、ミアが張った糸の結界が洪水の氾濫を防波堤のように食い止めた。
飲み込まれたカイガーは原型を留めることすら許されず壊され、テンホーは退却するしか手は無くなった。
「おのれ! 今度あったときはもっと芸術的にドラマチックに魅せてやるわ、覚えていなさい!」
風を巻き起こし、花びらを散らすかのように優雅に消えていった。
「そんなもん、いちいち覚えてられるか……」
消えていったテンホーに毒づいてカナミは一息つく。
神殺砲を撃った後はいつも全身に気だるい疲労感に襲われ、立っていることすらままならなくなる。本当ならこのまま倒れ込んで休みたい。
しかし、まだ仕事が残っている以上は休んでなんかいられない。今休んだらくたびれ儲けの只働きになってしまう。
「ミア、ちゃん……?」
とりあえず、カナミはミアに声をかけた。結界なんて魔法が使えるなんてカナミは知らなかった。これまで何度かミアと組んだことはあったが、ミアの魔法は攻撃一辺倒で、およそ結界なんて防御の魔法なんてまったく無かったはずだ。
それなのに、この土壇場で使った。
さっきの女性の幻影やミアの言動が今までのそれとは別人のようであったことも合わさって、何やら不気味なものを感じずにはいられなかった。
「思ったより凄かったわね。もっと強度を高めておいた方がよかったかな?」
ミアの口から出ているのに、別の人の声に聞こえた。そうなるとカナミは何から訊けばいいかわからなくなって戸惑った。そんなカナミの様子を察して、彼女は先に答える。
「今ちょっとこの娘の身体を借りているわ。緊急事態だったものね」
「じゃ、じゃあ、あなたは……」
「私はチトセ。正確に言うとチトセの人格をした魔力なんだけどね」
「チトセ? 人格……?」
「昔ね……戦争中に、この瓶を守るために私は魔法を施したのよ。誰も開けないように暗示をかける魔法とそれでも開けようとする人を止めるために人格を埋め込んで力づくでねじ伏せる魔法の二つをね」
「そんな魔法があるなんて……それに、さっきの結界の魔法は……?」
「ああ、あれは得意なのよ私。まあ、今の私じゃこの娘の身体を借りてようやく出来る芸当だけどね」
「あなたは一体何者なの? あの瓶に何が入ってるの? そこまでして守りたい物って何?」
二重の魔法をかけた。そこまでして彼女が守ろうとした物が何なのか、カナミには見当がつかなかった。
「うーん、本当は秘密なんだけど。特別に教えてあげるわ。あれはね……」
ミアの身体を借りたチトセは躊躇いがちにふと囁くように言った。
「……お酒よ」
「え?」
彼女が何を言ったのか一瞬理解できず、もう一度訊いた。
「だから、お・さ・け・よ」
「な、お、おお、お酒?」
「そうよ」
「なんでお酒なんか、瓶に?」
「あの瓶はお酒を溜めておくためのものよ」
「そう言われてみれば……酒瓶に似ているかも……」
「あれにはかなり高級なお酒が入っていてね。本当ならすぐに飲みたかったんだけど、ほら私って魔法少女じゃない、お酒は飲めないのよ」
「まあ、それはそうね……魔法少女が飲酒ってちょっとどうかと思うし……」
「でしょでしょ! だから、私が成人するまで大事にとっておいたのよ、誰にも開けられないように魔法を施してね」
「そこまでいいものなの、あのお酒?」
「あなたの給料が軽く吹っ飛ぶくらいはあるわ」
「す、すごッ!? っていうか、なんであなたが私の給料知ってるの!?」
「え、そ、それは……まあ、色々あるのよ! それよりもこの瓶を守れてよかったわ」
「もしかして、あのロウソクの火で燃えるからそれを阻止するために出てきたの?」
「当たり前よ! アルコールはよく燃えるからね、消し炭にならなくてよかったわ」
「はあ……」
それだったら、最初から手伝ってくれてもよかったんじゃないかと思うし、お酒の良さをわからないカナミにとってそこまでして守るべきようなモノなのか少々疑問があり、ただただ頷くしかなかった。
「それにしても、あなたいい筋しているわね。たしか、カナミちゃんって言ったわね」
「そ、そうだけど」
「そろそろ、魔法の効力が消えるからもう瓶を守ることが出来ないから、あなたに譲ることにしたわ」
「え、あ、あの瓶を……でも、あれはおじいさんが……」
「ええ、元の持ち主がいいって言ってるんだから大丈夫よ!」
チトセはそう言うと、ミアの身体から光がこぼれ、その光がさっきの女性の影の形になる。緑色の髪に日本兵のような衣装を着込んだ、よく見るとカナミよりも少し歳が上くらいの少女だった。言うまでもなく彼女がチトセだろう。
「それじゃ、お別れね。でもあなたとはまたどこかで会えそうな気がするわ」
チトセが微笑んでそう言うと、身体が透けていき、すぐに消えていった。
**********
「今回の報酬は無しってどういうことよ!」
バンと鯖戸の机を叩いて、かなみは抗議した。これはデジャブかと肩から見下ろしていたマニィは思っていたことだろう。
「そりゃ、君が持ち帰った瓶が法具じゃなかったからだよ。言ったよね、この案件は『法具の回収』だって。君は宝具を回収できなかった。つまり仕事を達成することはできなかった。よって、報酬はないってことだよ」
鯖戸は丁寧に説明したが、それが余計にかなみの神経を逆撫でした。
「そんなんで納得できるかぁぁぁぁッ! 報酬払え、払わないと訴えてやる!」
「いや、訴えられると下手をすると営業停止で、君の月給さえも支払うことも出来なくなるよ」
「う、そ、それは……! って、私が訴えたぐらいで営業停止になるか! どうせあの手この手でもみ消すんでしょ!」
「ああ、バレていたか。そこまでわかっているなら社長に直談判してみるのはどうかな?」
「あ、あるみ社長にじ、直談判……?」
さすがにそれには抵抗があった。何しろ、あるみ社長は鯖戸よりも強引に話をまとめる上に、一旦取り決めると拒否権なくうんと言わせるだけの威圧感がある。
しかし、話がまったく通じないわけではなく、報酬に関しては鯖戸よりは正当に支払ってくれている人物なだけにやってみる価値は十分にあるともいえた。
「よし、やってみるわ! それで社長はどこにいるの?」
「もう社長室に帰っているはずだけど」
「わかったわ、いくわよみあちゃん!」
「私は別に報酬なんてどうでもいいけど……」
「そんなわけにもいかないでしょ、ほらほら!」
「わ!? 手、引っ張るな!」
かなみはみあに強引に手を引っ張って隣の社長に殴り込みをかける。
「あるみ社長ッ! 今回の報酬について話があります!」
社長室に飛び込んだかなみに、みあは「別にどうでもいいけど」と密かに言った。
「ありゃ、かなみちゃんにみあちゃんじゃない!」
そこで待っていたのはいつも以上に声高なあるみと顔を真っ赤にしてうずくまっている翠華だった。
「しゃ、社長!? 何やってるんですかッ!?」
「いやあ、かなみちゃんが持ち帰ってくれたお酒があんまり私を誘惑してね、せっかくだから晩酌でもしようかと思ったのよぉ!」
「思ったのよぉ、じゃありませんよ! まだ営業中でしょ! ああ、翠華さんも飲んだんですか!?」
「ん、うぅ~ん……かなみ、さ~ん……」
翠華はいきなりかなみにもたれかかった。
「す、翠華さん!? 社長に飲まされたんですよね? だ、大丈夫ですか!?」
ついさっき、チトセから魔法少女は飲酒がどうこう言ったことが脳裏に浮かんだ。
「そんなことより、かなみさん? 私ね、ずっと前から言いたかったことがあるの」
普段の落ち着いた口調とは違うトーンと真っ赤な顔で、翠華はもう酔っ払っていることが直感的にわかる。
「な、なんですか?」
しかし、翠華は年齢でも仕事の上でも先輩だから無視するわけにはいかない。
「かなみさんみたいに、不幸でみじめったらしい娘は他にはいないわ~」
「ひ、ひどい……そんな言い方あんまりじゃないですか、翠華さん……!」
「だ・か・ら~♪」
翠華はギュッとかなみを抱きしめる。
「む、むぐ……」
あまりの力の入れ様に、かなみは身動きが取れない上に息苦しさまで感じた。
「私が守ってあ・げ・る! 私から離れないでね、これからはずっと一緒よ~」
「す、すす、すいか、さん……く、くるし、くるし……くるしい……!」
かなみはもがこうとするが、翠華の酔っ払いとは思えない力に声を出すだけで精一杯だ。
「お、相撲か! いいぞいいぞ、もっとやれ!」
「えへへ、もっとやっちゃう♪」
さらにあるみが煽るものだから、翠華はすっかりその気になっている。
「み、みあ、ちゃん……た、たすけ……」
「私は面倒事は嫌よ」
唯一の救いだったみあにあっさりと見捨てられる。
「じゃあ、みあちゃんも一杯どうかしら?」
「むぐッ!?」
そんなみあにあるみが不意打ちでおちょこに入った酒を無理矢理飲ませる。
「む、むう~、おいしいじゃない!」
酒をごくりと飲んでしまったみあは顔を赤らめて、恍惚な笑みを浮かべる。
「え、ちょ、社長なにやってんのよ!?」
「えぇ~、だってこんないいお酒、みんなで飲まないと勿体無いじゃない?」
「勿体無いとかそういう問題じゃなくて、私達未成年よ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ~あとであの手この手でもみ消しておくから!」
あるみは手を振って、陽気に笑う。その様は完全に酔っ払いのそれである。
「何があの手この手ですか!? いえ、そんなことよりも、たすけて、ください……!」
「な~に、かなみちゃんだけ飲ませてもらえないのはずるいって? そんなことないわよ、かなみちゃんには特別報酬でタップリと飲ませてあげるから」
「そ、そんなこと、いってま……! って何なんですか、その盃は!?」
「かなみちゃん、報酬が欲しかったのよね? は~い、これが特別報酬よ~♪」
「ちょ、ちょ、まって!? グビグプクバァー!?」
口に無理矢理お酒を注がれて、その勢いのままに飲み干していくとかなみは天にも昇る心地よい感覚に包まれ、これまでの苦労や不満が一気に押し流されていった。
**********
翌日の昼休み、かなみは相変わらずグッタリと机に突っ伏していた。その原因は先日と全く異なるが。
(か、完全に二日酔いよ……朝から頭がギンギンする……覚えてろよ、社長……!)
恨み言が心のうちに溜めて、今はぐっすりと休みたい気分だった。
「おい、また例の魔法少女、アップされてたぞ」
(え……?)
不意に聞こえてきた男子の会話で眠りに入ろうとしていた頭がそっちの会話に向かっていった。
「マジか、二日連続じゃねえか」
「それがよ、変なんだよその動画」
「変って何が変なんだよ?」
「いや、あの動画さ。魔法少女の幼女の方ばっかり移していてさ……カナミの方はとどめさしているっぽいんだけどそっちに映り込んでいるだけで出番がほとんどないんだよ。まるで素人だぜ、投稿した奴は」
「つーか、あのサイトに投稿してるのってだいたい素人だろ」
「それもそうだな、ハハハハ」
かなみは笑って聞き流すことができなかった。
(変ね……動画の編集はちゃんとラビィがプロ並みに仕上げているからちゃんと私も出ているはずなのに……『素人』、『ミアちゃんばっかり映っている』……?)
その二つの言葉で自然とあの骨董屋の店主であるおじいさんの顔が思い浮かんだ。しかし、確かあの人はみあが勢いあまって気絶させてしまったはずだ。しかし、もし気絶したフリをして密かに撮影なんかしていたのだとしたら……
(まさか、まさかね……?)
そこまで考えてそれよりも、今はじっくりと休みたいと思うかなみであった。
「ホントにそうよ!」
かなみは大いにむくれる。
倒れたおじいさんはいきなり起き上がり、何事もなかったかのように笑うのだから困る。その起き上がり方がまたギロッと目を開けて、グイッと起き上がるものだから心臓に悪い。
「大体いきなりみあちゃんと結婚しようだなんて、どうかしてるわよ」
「いやいや、愛さえあれば問題ないんじゃよ」
「問題ありすぎよ! 第一、あたしはあんたなんて妖怪変態ジジイとしか思っていないんだからね!」
「ホッホホホホ、そんな風にはっきりと言われたのは初めてじゃ。惚れてしまうぞ」
「う……! なんとかしてよ、かなみ!」
「どうして、私が?」
「こういう貧乏くじはあんたの役目でしょ!」
「……みあちゃん、たまにはひいてみるのもいいわよ貧乏くじ」
みあからの発言に憂鬱になりつつも納得せざるを得ない自分の立場に、かなみはため息を交えつつ返した。
「はあ、来るんじゃなかった……」
「そうだ、おじいさん。あの瓶は何なの?」
「おお、あの瓶か。あの瓶はのう……」
そう言って、おじいさんは頭を傾け、ヒゲを触りながらおもむろに続ける。
「わしにもわからんのじゃ」
「はあ? あんたんとこの商品でしょ! 自分とこのモノぐらいしっかりわかっていないとダメじゃない!」
さすが玩具メーカーの社長令嬢だな、とこの時かなみは素直に感心した。
「いや、あれは貰い物でな。持ち主はもうとっくに死んどるが」
「じゃあ、あの瓶の中には何があるのかわからないの?」
「うむ、確認したことがない」
「そんな怪しい物を店においているなんて、神経疑うわね」
「ホッホホホホ、まともな神経の持ち主じゃったらこんな骨董屋やっておらんよ!」
「自分で言っちゃう、フツー?」
「だからフツーじゃないんでしょ、クソジジイ」
「みあちゃん、口悪いよ」
「みあちゃんの言葉はみな天使の声じゃわ」
「ああ、こういうのを変態じいさんというのか」
「……あんたは黙ってなさい」
かなみはマニィを引っ込める。
「それで、その……あの瓶は誰から貰ったものなの?」
「古い古い知り合いじゃよ。あれはたしか戦後の頃じゃったか」
「戦後ッ!?」
「言うたじゃろ、わしは八十八じゃって」
「あ、うん、そうだったね……」
こんな怪しいおじいさんの言葉はあんまり信用できないというのが二人の本音だ
「戦後の頃に疎開しておった親戚から、自分の手には余るから預かって欲しいと言われてな」
「手に余るって……あの瓶が?」
「何やらいわくがあるのを感じてな。あれを開けようと思ったことは何度もあったのじゃが、どうにもいざ開けようとすると開ける気が失せてしまうのじゃ」
「それは妙な話ね。それが一年や二年ならともかく、五十年以上もそれで開けないなんて」
「フツー、ありえないよね。このクソジジイはフツーじゃないけど」
「女の子はフツーじゃないジジイに魅力を感じたりするものじゃないかね、みあちゃん?」
「ジジイに魅力なんて微塵も感じないわよ。話を進めなさいよ、クソジジイ」
「ホッホホホホ、話はそれで終わりじゃよ」
「……使えないわね、結局何もわかってないじゃない」
「そうともいうのう、ホッホホホホ」
(罵倒されているのに、なんで笑っていられるのかしら……?)
何を言われても飄々としているおじいさんに意外な懐の深さを感じるかなみだった。
「それで、あれに何が入っているのかわからないわけね」
「うむ、そうじゃな。何しろ中を見たことがないんじゃしな」
「ふうん……」
どうやら、みあは『中に何が入っているかわからない』、『いわくつき』という点で件の瓶に興味を示したようだ。
「中、見てみたいわね」
「みあちゃんの頼みなら断れんな」
「ダメだ、言われても開けるけどね」
イタズラっ子の微笑みを浮かべてみあは瓶に向かう。
「うむ、みあちゃんは天使じゃのう」
(ああ、でも変態ね……)
(異論を挟む余地がない)
そんな心の声でやり取りをしているうちにみあは瓶の封に手を置く。
「うーん……」
手を止めて、首を傾げる。
「やっぱ、やーめた」
「ええ? 開けるんじゃなかったの?」
「なんか、どうでもよくなっちゃった」
「どうでも、よく……」
いくらみあが気まぐれといっても一旦興味を向けたものに対して、いきなり興味を無くすことはない。
――あれを開けようと思ったことは何度もあったのじゃが、どうにもいざ開けようとすると開ける気が失せてしまうのじゃ。
(何かある、のかな……?)
怪しい骨董屋に胡散臭いおじいさん、戦後からの貰いもので何やらいわくがある要素はかなり取り揃っている。
(まさか、本当に法具なんじゃ……?)
そう思うと、自然と足が瓶へと向かう。
布をかぶせた簡素な封は、いざ上から見ると風が吹いただけで取れてしまいそうな脆さを感じさせる。こんなものが本当に五十年以上の間も開けられたことがないのだろうか?
「おじいさん、本当に開けてもいいの?」
「おお、本当にいいぞ。そんな大したものは入っておらんじゃろうからな」
何を根拠に言っているのか。やはり色々と胡散臭いおじいさんだ。
ともかく、持ち主の許可を貰ったのだから堂々と開けられる。
「それなら、遠慮はいらないわよね。じゃあさっさと開けましょうか!」
一声入れて、かなみは瓶に手をつける。
「ん?」
思ったよりも手触りは滑らかなのは意外だ。まるで、毎日磨かれているような感触だ。だけど、そんなことよりも何か、言い知れぬ違和感が湧き上がってくる。
「こ、これは……!」
「魔力反応、ビンゴだね……」
「ビンゴって……? これって法具なの……?」
「いや、これはちょっと違うかもしれない」
「違うってどういうこと……? 魔力が宿っているなら法具なんじゃないの?」
「どうにも上手く魔力が測定できない。この布が魔力の漏洩を防いでいるのかもしれない」
「これ、どう見てもただの布じゃないの?」
「そう思うのならとってみるといい?」
「さっきからしようしようと思っているんだけど、何故かする気が起きないのよ」
「それこそ、この布にかけられた魔法だ。とはいっても、人の心に暗示かける催眠術のような初歩的な魔法だ。ただ五十年以上も効力が続いているところから見ると余程強力なものだけど」
「じゃあ、どうやって中身を確かめるのよ?」
「魔力には魔力で対抗すればいい。開きたい、と強く念じれば打ち破れるはずだ」
「そ、そう、それじゃ……!」
かなみは念じた。魔法を使うときのようなイメージをしっかりと脳裏に思い描く。
――私はこの布を開けて、封を切る!
すると、さっきまで感じていた違和感が消え、ポケットの中にあるハンカチをとるかのようにスゥと布に触れられた。
(開ける……!)
そう確信した瞬間に異変が起きた。
「お邪魔するわよ!」
突然、扉を蹴破って着物を着込んだ女性が入ってきた。
「はあッ!?」
本当にいきなりだった上に、その女性とは顔見知りだった。
「お邪魔するわよ! 店主はいないのかしら?」
「うへぇッ!?」
みあは顔を隠す。見つかると色々面倒だと思ったからだ。
「店主ならわしじゃが……」
「ああ、おじいさん! 最近やたらとご老人に縁があるわね!」
女性は芝居がかった大げさな仕草で天を仰ぐ。おそらく自分に酔っているせいだろう。そのおかげで、かなみの存在には気づいていないようだ。
「これも天の采配、と言ったところかしら? 運命、感じない、おじいさん♪」
「あ、ああ……」
おじいさんは女性を見据える。
女性は奇抜な言動こそしているが、その容姿ははっきり言って美人だった。艶やかな黒髪に整った顔立ち、そして着物も女性はきっちりと着こなしている。時代劇のお姫様がそのまま飛び出してきたと言ってもいい。
しかし、おじいさんは一息ついてから告げた
「いや、ババアに運命などかんじんわ」
「お前が言うな、ジジイッ!!」
思わずみあはハリセンでおじいさんをぶっ叩いた。なお、そのハリセンはどこから持ち出したのかは訊いてはいけない。
「はひぃッ!?」
おじいさんは衝撃とともに天にも昇るかのような笑顔とともに悲鳴を上げ、起き上がることはなかった。
「いや、本当に天に昇ったらダメよ!」
「どこにツッコミを入れてるのさ?」
「あ、貴方達はッ!?」
これではさすがに女性の方も二人の存在に気づいてしまう。
「なんで貴方達がここに!?」
「そっちこそ、なんでお前がこんな汚くてホコリまみれで胡散臭い骨董屋に来てるのよ!?」
みあは負けじと訊き返す。質問のカウンターパンチで、こちらの目的を告げることなく、向こう側の目的を聞き出そうというのがみあの狙いだ。
「自分で言っておいて気がつかないかしら?」
「え、何が?」
「汚くてホコリまみれで胡散臭い……まさに悪の秘密基地に相応しいシチュエーションが揃っているわッ!?」
「……そ、そうか、そういうことだったのねッ!?」
「それで納得するの、みあちゃん!? っていうか、秘密基地ってバラしちゃってるわよね、もう秘密じゃないじゃん!」
かなみの指摘に、女性はハッとする。
「ぬうぅ……そこに気づくとは……!」
女性はうずくまり、呪いの言葉を吐くように言う。
「さすがは我が宿敵ね!」
「あんたがアホなだけでしょ、ババア!」
みあは先程のおじいさんの発言を借りて罵る。
「ぬうぅ……私が最も言われたくない言葉を平然と言ってのけるとは……万死に値する!」
女性は大きく手を広げる。その動作は着物の裾もあいまって、ヒラヒラとまるで舞のようである。
「やる気ね!」
「もとより、そのつもり! この悪運の愛人テンホーによる、ここより秘密基地を築き、それを足がかりにして我がネガサイドによる世界征服を成し遂げる、壮大な秘密を知ってしまったからには生かしては帰さぬ!」
「自分から秘密バラしてるんじゃない!」
「これから死ぬ人間が全て知ったところで問題はないわ! 秘密を知る者は即抹殺! それが鉄則!」
「無茶苦茶な鉄則ね! まあ、それが悪の組織らしいけど」
「感心してる場合じゃないでしょ、やるよみあちゃん」
「あんたに言われるまでもないわ!」
かなみとみあはコインを取り出し、高らかに魔法の言葉を紡ぐ。
「マジカルワークス!」
コインから溢れ出る光に二人は包み込まれる。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
おなじみの口上とともに、二人の魔法少女が姿を現す。
「いでよ、ダークマター!」
テンホーの手から黒い球が出現し、それがひとりでに壁際に飾ってある油絵に張り付き、絵の具のように溶け込んでいく。
「その名も芸術怪人カイガーっていうのはどうかしら?」
黒い球が溶け込んだ油絵は額縁から飛び出してキャンバスから泥のような手足をはやした怪人へと変貌した。
「最低のセンスね。三流の画家もいいところよ!」
そう言ってミアはヨーヨーを取り出す。
「ビッグ・ワインダー!」
右手からのなぎ払いでヨーヨーをカイガーにぶち当てる!
「ッ!?」
しかし、パチャリとカイガーの右手に沼のようにはまりこんでしまい、勢いが完全に殺されてしまった。
「なんなの、気持ち悪い!」
「絵の具の腕で、攻撃を吸収したの!?」
「そんな簡単に吸収されて、たまるかぁぁぁぁぁッ!!」
今度は左手からヨーヨーを繰り出す。
しかし、それさえもカイガーは左で受け止めてみせる。
「あー! もうサイアクよ!」
「こうなったら、魔法弾で撃ち抜いてやるわ!」
カナミは錫杖から魔力で生み出された弾丸を撃ち出す!
しかし、カイガーはその魔法弾を受け止める。
「うそッ!?」
「これは思ったよりも掘り出し物だったかしら?」
テンホーは上機嫌で、二人を嘲笑う。
「カナミ、なんとかしなさいよ!」
「なんとかって言われても!」
「いつもの火事場のバカ魔力はどうしたのよ!?」
カナミはミアが言うようにこういった危機的状況になると、とてつもない力を発揮するのだが、カナミ自身で制御出来ているわけではない。つまり、どうしたと言われてもどうすることもできないというのが実状だ。
「あ、あれは……あの……」
こうして、カナミは返答に困る有様になってしまう。
「反撃よ、カイガー! お前の力を思う存分振るいなさい!」
それが敵の反撃を許す隙を生んでしまう。
カイガーは両拳を振り上げる。
バチンと腐敗しかけている天井を打ち破り、その勢いのままに振り下ろされる。そこから生み出される泥のような絵の具が波となって二人を飲み込む。
「キャアッ!?」
「ああ、もう! 泥じゃないの、これじゃ!」
底なし沼にはまったかのように、思うように身体が動かなくなってしまう。
おまけに絵の具の青赤黄色といった様々な色が衣装にこびりついて、鮮やかでありながらも歪な配色となってしまっている。はっきりいって失敗作といってもいいシルエットだ。
鏡があったら、絶対に見たくないほど屈辱的なことになっているだろうことは自分でも容易に想像がつくかなみとみあであった。
「いいザマね! でも、本番はこれからよ!」
テンホーがそう言うとカイガーはどこからか持ち出したロウソクを掲げている。
そのロウソクを見ると自然と火を連想させられた。
「ま、まさか……!」
「そう! 油絵ってよく燃えるんじゃないの!?」
テンホーは高揚した顔でそう告げて手先から魔法で火を灯す。
「じょ、冗談じゃないわよ!? そんなもの点火したら、こんな古い骨董屋なんて一発で灰になっちゃうじゃないッ!?」
「どうせ、建て直すのだから今から綺麗に真っ平らにした方がいいでしょ!」
「そんな理屈でやられてたまるものかぁぁぁぁッ!」
カナミは絶叫すると同時に魔力が高まり、錫杖の先端が砲筒へと変化する。
「ちょ、ちょっと待ちなさいカナミ! そんな大砲ぶっぱなして、引火したりなんかしたら!」
「あッ!?」
カナミはその危険に気づき、手を止める。
「それじゃ、神殺砲かんさいほうがつかえないじゃない……!」
「アハハハハハハハ、万事休すみたいだね! さあ、やっておしまい、カイガー!」
ロウソクの火が灯り、その手から離されようとしている。
「く……ッ!」
もうダメかと思った瞬間、一面を覆う光によって視界が奪われる。
「な、なに……この光……!?」
突然起きたその光は魔力によって発生したものだということをカナミは本能的に察知した。
(でも、誰が? こんな凄い魔力、あるみ社長ぐらいしか……!)
しかし、この魔力はあるみのものとは違う気がした。人間から発生する魔力というのは指紋と同じようにそれぞれ個人差があり、例えるなら色のようにはっきりと見分けがつくほどにカナミ達は感じ取ることができる。
「あるみ社長じゃないとすると、誰が……!?」
思い当たる節があるとすればひとつしかない。
「もしかして……!」
開けようとしていた瓶。あれが法具かもしれないだとすると膨大な魔力がそこから発生したとしか考えられる。そして、その瓶の方に目を向けることで、確信に至る。
(布の封が、とれて、いる……?)
瓶から光が放出されているのが目に見えて確認できた。
さらにそこから人の、それも女性の影が現れる。影はあっという間にミアの方へと飛び寄る。
すると光が消え、くっきりと敵やミアの姿を確認できるようになった。
「ミ、ミアちゃん……?」
カナミはミアに異変が起きていないか確認しようとした。
しかし、ミアはカナミに応じることなく、いきなり絵の具の沼から飛び出した。そこから左右のヨーヨーを同時に繰り出す。
「無駄よ! そんなものがカイガーに通じないことはもうわかってるでしょうが!」
テンホーの予想に反して、ヨーヨーはカイガーに向かうことなく、その左右の傍らを通り過ぎる。さらにそのヨーヨーはバウンドしあらぬ方向に転がり、壁や天井に激突しながらカイガーの周囲を駆け回る。
――糸紡ぎの結界!
普段のミアとはまったく違うトーンから発せられた魔法の言葉によって、ヨーヨーの描いた糸の軌跡は光輝き、カイガーを包囲した。
「今よ、撃ちなさい!」
そこからミアは振り返り、唐突にカナミに向かって発射を命令する。
「え、えぇッ!? さっきはダメだって!」
「今結界を作ったのよ! あの中でならどんな攻撃も外に被害が出ることはないわ!」
「け、結界? なんだかわからないけど、撃てるのなら遠慮なく撃つわよ!」
カナミは錫杖に魔力を込める。
「ちょ、待ちさない! そんなもの発射したらまずいでしょ! やめ、やめなさいよ!」
テンホーは慌てふためいている。カナミの一撃は強力かつ強烈なのである。
その一撃は神をも殺せると評する程の威力を秘めたモノであり、ゆえに常に放てるわけではなく本当に必要に迫られたときにだけ、そのチカラは解放される。
「遠慮はいらないわ! 思いっきりぶちかましなさい!」
彼女の一言によってカナミの魔力のタガが外れ、一気に錫杖へと注がれる。
「神殺砲ッ! はっしゃぁぁぁぁぁッ!!」
砲筒から魔力の洪水の如き光線が飛び出す。
その洪水はカイガーを飲み込み、さらには骨董屋までも破壊し尽くす! と思われたが、ミアが張った糸の結界が洪水の氾濫を防波堤のように食い止めた。
飲み込まれたカイガーは原型を留めることすら許されず壊され、テンホーは退却するしか手は無くなった。
「おのれ! 今度あったときはもっと芸術的にドラマチックに魅せてやるわ、覚えていなさい!」
風を巻き起こし、花びらを散らすかのように優雅に消えていった。
「そんなもん、いちいち覚えてられるか……」
消えていったテンホーに毒づいてカナミは一息つく。
神殺砲を撃った後はいつも全身に気だるい疲労感に襲われ、立っていることすらままならなくなる。本当ならこのまま倒れ込んで休みたい。
しかし、まだ仕事が残っている以上は休んでなんかいられない。今休んだらくたびれ儲けの只働きになってしまう。
「ミア、ちゃん……?」
とりあえず、カナミはミアに声をかけた。結界なんて魔法が使えるなんてカナミは知らなかった。これまで何度かミアと組んだことはあったが、ミアの魔法は攻撃一辺倒で、およそ結界なんて防御の魔法なんてまったく無かったはずだ。
それなのに、この土壇場で使った。
さっきの女性の幻影やミアの言動が今までのそれとは別人のようであったことも合わさって、何やら不気味なものを感じずにはいられなかった。
「思ったより凄かったわね。もっと強度を高めておいた方がよかったかな?」
ミアの口から出ているのに、別の人の声に聞こえた。そうなるとカナミは何から訊けばいいかわからなくなって戸惑った。そんなカナミの様子を察して、彼女は先に答える。
「今ちょっとこの娘の身体を借りているわ。緊急事態だったものね」
「じゃ、じゃあ、あなたは……」
「私はチトセ。正確に言うとチトセの人格をした魔力なんだけどね」
「チトセ? 人格……?」
「昔ね……戦争中に、この瓶を守るために私は魔法を施したのよ。誰も開けないように暗示をかける魔法とそれでも開けようとする人を止めるために人格を埋め込んで力づくでねじ伏せる魔法の二つをね」
「そんな魔法があるなんて……それに、さっきの結界の魔法は……?」
「ああ、あれは得意なのよ私。まあ、今の私じゃこの娘の身体を借りてようやく出来る芸当だけどね」
「あなたは一体何者なの? あの瓶に何が入ってるの? そこまでして守りたい物って何?」
二重の魔法をかけた。そこまでして彼女が守ろうとした物が何なのか、カナミには見当がつかなかった。
「うーん、本当は秘密なんだけど。特別に教えてあげるわ。あれはね……」
ミアの身体を借りたチトセは躊躇いがちにふと囁くように言った。
「……お酒よ」
「え?」
彼女が何を言ったのか一瞬理解できず、もう一度訊いた。
「だから、お・さ・け・よ」
「な、お、おお、お酒?」
「そうよ」
「なんでお酒なんか、瓶に?」
「あの瓶はお酒を溜めておくためのものよ」
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「あれにはかなり高級なお酒が入っていてね。本当ならすぐに飲みたかったんだけど、ほら私って魔法少女じゃない、お酒は飲めないのよ」
「まあ、それはそうね……魔法少女が飲酒ってちょっとどうかと思うし……」
「でしょでしょ! だから、私が成人するまで大事にとっておいたのよ、誰にも開けられないように魔法を施してね」
「そこまでいいものなの、あのお酒?」
「あなたの給料が軽く吹っ飛ぶくらいはあるわ」
「す、すごッ!? っていうか、なんであなたが私の給料知ってるの!?」
「え、そ、それは……まあ、色々あるのよ! それよりもこの瓶を守れてよかったわ」
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「そろそろ、魔法の効力が消えるからもう瓶を守ることが出来ないから、あなたに譲ることにしたわ」
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「ええ、元の持ち主がいいって言ってるんだから大丈夫よ!」
チトセはそう言うと、ミアの身体から光がこぼれ、その光がさっきの女性の影の形になる。緑色の髪に日本兵のような衣装を着込んだ、よく見るとカナミよりも少し歳が上くらいの少女だった。言うまでもなく彼女がチトセだろう。
「それじゃ、お別れね。でもあなたとはまたどこかで会えそうな気がするわ」
チトセが微笑んでそう言うと、身体が透けていき、すぐに消えていった。
**********
「今回の報酬は無しってどういうことよ!」
バンと鯖戸の机を叩いて、かなみは抗議した。これはデジャブかと肩から見下ろしていたマニィは思っていたことだろう。
「そりゃ、君が持ち帰った瓶が法具じゃなかったからだよ。言ったよね、この案件は『法具の回収』だって。君は宝具を回収できなかった。つまり仕事を達成することはできなかった。よって、報酬はないってことだよ」
鯖戸は丁寧に説明したが、それが余計にかなみの神経を逆撫でした。
「そんなんで納得できるかぁぁぁぁッ! 報酬払え、払わないと訴えてやる!」
「いや、訴えられると下手をすると営業停止で、君の月給さえも支払うことも出来なくなるよ」
「う、そ、それは……! って、私が訴えたぐらいで営業停止になるか! どうせあの手この手でもみ消すんでしょ!」
「ああ、バレていたか。そこまでわかっているなら社長に直談判してみるのはどうかな?」
「あ、あるみ社長にじ、直談判……?」
さすがにそれには抵抗があった。何しろ、あるみ社長は鯖戸よりも強引に話をまとめる上に、一旦取り決めると拒否権なくうんと言わせるだけの威圧感がある。
しかし、話がまったく通じないわけではなく、報酬に関しては鯖戸よりは正当に支払ってくれている人物なだけにやってみる価値は十分にあるともいえた。
「よし、やってみるわ! それで社長はどこにいるの?」
「もう社長室に帰っているはずだけど」
「わかったわ、いくわよみあちゃん!」
「私は別に報酬なんてどうでもいいけど……」
「そんなわけにもいかないでしょ、ほらほら!」
「わ!? 手、引っ張るな!」
かなみはみあに強引に手を引っ張って隣の社長に殴り込みをかける。
「あるみ社長ッ! 今回の報酬について話があります!」
社長室に飛び込んだかなみに、みあは「別にどうでもいいけど」と密かに言った。
「ありゃ、かなみちゃんにみあちゃんじゃない!」
そこで待っていたのはいつも以上に声高なあるみと顔を真っ赤にしてうずくまっている翠華だった。
「しゃ、社長!? 何やってるんですかッ!?」
「いやあ、かなみちゃんが持ち帰ってくれたお酒があんまり私を誘惑してね、せっかくだから晩酌でもしようかと思ったのよぉ!」
「思ったのよぉ、じゃありませんよ! まだ営業中でしょ! ああ、翠華さんも飲んだんですか!?」
「ん、うぅ~ん……かなみ、さ~ん……」
翠華はいきなりかなみにもたれかかった。
「す、翠華さん!? 社長に飲まされたんですよね? だ、大丈夫ですか!?」
ついさっき、チトセから魔法少女は飲酒がどうこう言ったことが脳裏に浮かんだ。
「そんなことより、かなみさん? 私ね、ずっと前から言いたかったことがあるの」
普段の落ち着いた口調とは違うトーンと真っ赤な顔で、翠華はもう酔っ払っていることが直感的にわかる。
「な、なんですか?」
しかし、翠華は年齢でも仕事の上でも先輩だから無視するわけにはいかない。
「かなみさんみたいに、不幸でみじめったらしい娘は他にはいないわ~」
「ひ、ひどい……そんな言い方あんまりじゃないですか、翠華さん……!」
「だ・か・ら~♪」
翠華はギュッとかなみを抱きしめる。
「む、むぐ……」
あまりの力の入れ様に、かなみは身動きが取れない上に息苦しさまで感じた。
「私が守ってあ・げ・る! 私から離れないでね、これからはずっと一緒よ~」
「す、すす、すいか、さん……く、くるし、くるし……くるしい……!」
かなみはもがこうとするが、翠華の酔っ払いとは思えない力に声を出すだけで精一杯だ。
「お、相撲か! いいぞいいぞ、もっとやれ!」
「えへへ、もっとやっちゃう♪」
さらにあるみが煽るものだから、翠華はすっかりその気になっている。
「み、みあ、ちゃん……た、たすけ……」
「私は面倒事は嫌よ」
唯一の救いだったみあにあっさりと見捨てられる。
「じゃあ、みあちゃんも一杯どうかしら?」
「むぐッ!?」
そんなみあにあるみが不意打ちでおちょこに入った酒を無理矢理飲ませる。
「む、むう~、おいしいじゃない!」
酒をごくりと飲んでしまったみあは顔を赤らめて、恍惚な笑みを浮かべる。
「え、ちょ、社長なにやってんのよ!?」
「えぇ~、だってこんないいお酒、みんなで飲まないと勿体無いじゃない?」
「勿体無いとかそういう問題じゃなくて、私達未成年よ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ~あとであの手この手でもみ消しておくから!」
あるみは手を振って、陽気に笑う。その様は完全に酔っ払いのそれである。
「何があの手この手ですか!? いえ、そんなことよりも、たすけて、ください……!」
「な~に、かなみちゃんだけ飲ませてもらえないのはずるいって? そんなことないわよ、かなみちゃんには特別報酬でタップリと飲ませてあげるから」
「そ、そんなこと、いってま……! って何なんですか、その盃は!?」
「かなみちゃん、報酬が欲しかったのよね? は~い、これが特別報酬よ~♪」
「ちょ、ちょ、まって!? グビグプクバァー!?」
口に無理矢理お酒を注がれて、その勢いのままに飲み干していくとかなみは天にも昇る心地よい感覚に包まれ、これまでの苦労や不満が一気に押し流されていった。
**********
翌日の昼休み、かなみは相変わらずグッタリと机に突っ伏していた。その原因は先日と全く異なるが。
(か、完全に二日酔いよ……朝から頭がギンギンする……覚えてろよ、社長……!)
恨み言が心のうちに溜めて、今はぐっすりと休みたい気分だった。
「おい、また例の魔法少女、アップされてたぞ」
(え……?)
不意に聞こえてきた男子の会話で眠りに入ろうとしていた頭がそっちの会話に向かっていった。
「マジか、二日連続じゃねえか」
「それがよ、変なんだよその動画」
「変って何が変なんだよ?」
「いや、あの動画さ。魔法少女の幼女の方ばっかり移していてさ……カナミの方はとどめさしているっぽいんだけどそっちに映り込んでいるだけで出番がほとんどないんだよ。まるで素人だぜ、投稿した奴は」
「つーか、あのサイトに投稿してるのってだいたい素人だろ」
「それもそうだな、ハハハハ」
かなみは笑って聞き流すことができなかった。
(変ね……動画の編集はちゃんとラビィがプロ並みに仕上げているからちゃんと私も出ているはずなのに……『素人』、『ミアちゃんばっかり映っている』……?)
その二つの言葉で自然とあの骨董屋の店主であるおじいさんの顔が思い浮かんだ。しかし、確かあの人はみあが勢いあまって気絶させてしまったはずだ。しかし、もし気絶したフリをして密かに撮影なんかしていたのだとしたら……
(まさか、まさかね……?)
そこまで考えてそれよりも、今はじっくりと休みたいと思うかなみであった。
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