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プロローグ
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一、魔法少女はその精神も身体も少女であれ
一、魔法少女は常に自分の魔法こそ絶対である。
一、魔法少女は負けてはならない。
――株式会社魔法少女の社訓
少女は走った。
暗い路地裏。足元すら光が当たらず、水たまりを踏んで音を立ててしまった。
今日も昨日も雨は降っていない。つまり、踏んでしまったのは下水か水道が漏れてできたものかもしれない。
「なんでこんなところ走らなきゃいけないわけよ!?」
少女は大いに不満を爆発した。
「……こちらのルートが最短の距離と時間でヤツに遭遇できると割り出されたからだ」
少女の肩に乗ったネズミのぬいぐるみのような生き物が淡々と答える。
「だからってこんな3K揃った道行くことないでしょ! もー最悪よ!」
「3C? テレビ、クーラー、車が今の君の心境に何か関係あるのか?」
「あんた、いつの時代の人間よ? 臭い・汚い・気持ち悪いの3Kよ!」
「なるほど。しかし、僕は人間ではないのだが」
「そんなの言葉の綾よ、いちいち気にしないの!」
「いちいち、気にしていないから君は生きていられるわけか」
「一言余計よ」
「……次の角を右に曲がればヤツは目と鼻の先だそうだ」
「よおし、俄然やる気が湧いてきた! 待ってろよ、ボーナス!」
踏み出す足にも気合が入る。その先にさっきと同じような水たまりがあるとも知らないで。
男は息遣いが荒かった。ここまで心臓がはちきれんばかりに疾走してきたからだ。しかし、その顔は喜びに満ちていた。
「フフフ……!」
笑いがこみ上げる。今最高に気分がいい。
「何がセキュリティだ、何が警察だ! 全部出し抜いてやったぞ! 今俺が手にしているのがその証拠だぜ、ハハハハ!」
静まり返った路地裏に男の哄笑が響き渡る。
近くにはまだ追手がいるかもしれないというのに、この溢れる歓喜が止められない。
「誰も俺を捕らえることはできない!」
「それはちょっと自信過剰じゃないの!」
「なに、誰だッ!?」
突如として闇夜に問いかけられた一声に、スポットライトのような光が当たり、答えが返ってくる。
「正義とお金と借金の天使、魔法少女カナミ登場!」
現れたのはフリフリの黄色を基調とした衣装を着込んで、お寺にありそうな錫杖を象ったようなステッキを手に持った少女だった。
「………………………………」
「………………………………」
それ以降、お互いそれぞれの理由で黙り込む。そのため気まずい雰囲気がその場で流れた。
「……いきなり名乗りってどういうことよ、マニィ!?」
カナミは相変わらず肩に乗っているマニィに問いかける。
「変身シーンのことかね?」
「そうよ、あれやらないと気分がでないでしょ!」
「残念ながら今回は変身シーンのバンクに回せる予算が取れなかったそうだ」
「なんでよ!?」
「こんなギャラリーもいない場所でやっても一文の得にもならないからだ」
「一文って、気分の問題よ! あんた、お約束って言葉知ってる?」
「証文なら知っているが」
「ろ、ろくでもない……!」
不満を漏らした銃弾がカナミの頬をかすめた。
「え……!?」
放ったのは男だ。どうでもいいやり取りで歓喜の溜飲を下げられた腹いせだった。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! 撃ち殺すぞゴラァッ!」
血管が浮き出そうなほどの怒声。おまけに銃口を向けられている。普通の少女ならば、これだけで死の恐怖に晒されたことに怯え、その場にへたり込むはずだった。
「だから、どうだっていうのよ!」
だが、カナミは普通の少女ではなかった。
その啖呵とともにステッキから放った光の弾が男の銃を弾き飛ばしたのだ。
「なッ!」
「連続強盗犯・園田健人そのだけんと! 私の特別ボーナスのために、とっととお縄になりなさい!」
「と、特別? ボーナスだと!?」
「そう……君をこの場で取り抑えることで彼女には10万円の特別給与が与えられるのだ」
「余計なこと解説しなくていいわよ!」
「ふざっけんなよ!」
園田は激昂する。
「ボーナスだと? てめえのそんなもののために、捕まってたまるかよ!」
その時、園田の胸から眩い黒い光が飛び出した。
「な、なにこれ!?」
「ダークマターだ、やはり彼はネガサイドと関わりがあったようだ」
慌てふためくカナミの肩の上でマニィは目の前で起きていることを冷静に分析する。
黒い光は凄まじい風を巻き起こし、球体になったかと思った次の瞬間にはくらげの足のようなものがニョロリと生えた。
「キャッ!?」
それはカナミの手に、足にまとわりつき、絡め取る。
「ハハハ、なんだかわからねえがこいつはいいぜ!」
園田の高笑いが聞こえる。
「ち、くしょう、離れろ!」
カナミはステッキから光の弾を撃ち出すが、黒い球体は少しへこんだだけで緩まる気配がない。
これに勢いづいたのか、黒い球体はうごめき、赤い眼と口が出てきた。
クゥワァァァァァ!
思わず耳を塞ぎたくなる甲高い音を発した。
「うわぁッ!?」
次の瞬間、カナミの身体は浮く。黒い球体の手に持ち上げられたのだ。
「え、ちょ、これって、まさか!?」
「その通り」と言わんばかりに、カナミごと手を振り下ろした。
おろした先はちょうど水たまりだっため、水しぶきが巻き上がり、狭い路地裏に降り注ぐ。
「う、う、ぐぅ……」
叩き付けられた衝撃で、カナミは倒れ伏した。
身体中が痛い。だけど、立てないわけじゃない。
本当に立てない原因は今倒れている場所にあった。
「き、きたない……それにくさい……」
カナミが落ちた先は水たまりであった。
それも雨でできたものではない。おそらく下水道の漏れでできた掃き溜めのような水たまりなのだ。
痛みや濡れるだけでも十分すぎるほど苦痛だというのに、そこに汚れと臭いまでついてきては悲痛までもともなった惨めな気分にさせられた。
「ハハハ、こいつはいいぜ! 無様だな、嬢ちゃん!」
園田の耳触りな高笑いがそれを助長させた。
「いい絵になってるぜ! 正義の味方気取ってるよりよっぽどお似合いだぜ!」
「く、くそ……!」
なんとか汚水につかった腕に力を込めて、カナミは立ち上がる。
泣きたかった。どうしてこんな理不尽な目に合わなければならないのか。
「なんで、こんな面倒なことになるわけよ……? 私は、ただボーナスが欲しかっただけなのに……!」
「危険リスクが無ければ収入ゲインは得られないということだ」
カナミの肩から降りたマニィがどこまでも冷静に返答する。
「そんなことで納得できるかぁぁぁぁぁッ!!」
この理不尽な状況に怒りのあまり、カナミは絶叫した。
その時、カナミの手に持っていたステッキが光に包まれた。
光はすぐに消え、現れたのは大砲だった。
「な、なにぃッ!?」
園田は驚愕した。その砲口が自分に向けられたとき、本能的に察したのだ。
あれは人に向けていいモノではない、と。
「彼女は不幸や苦痛を感じるほど、魔力が高まるのでね。今はまさに最高のシチュエーションというわけだ」
抑揚のない声でマニィは説明する。まるでこうなることがわかっていたかのような口調だ。
「神殺砲!」
カナミがその砲門の名前を告げると、砲口に光が満ちる。
「うわあッ!? ちょっと待てコラァッ! そんなもん、人に向けて撃つなんて魔法少女がしていいもんじゃねえぜッ!」
「お前は人じゃない、私のボーナスだッ!」
咆哮にも似た叫びとともに光は発射される。
光は球体もろとも園田を飲み込んだ。
そこまで高くないビルの一フロアを間借りした中の一室。きちんと清掃された室内は清楚さを保ちつつ、きちりと配置されたデスクは厳格な雰囲気を併せ持った、まさしくオフィスだ。
そんな仕事をする場に相応しくないテレビの音声が流れている。
「昨夜方、○○銀行にて連続強盗犯・園田健人が現れました。彼は銀行員を脅しつけて現金二千万を強奪し、逃亡。駆けつけた警官らが追いかけていたところ、近隣の建物を爆破したようです。しかし、その爆破に彼自身も巻き込まれ、倒れていたところを確保した模様です」
テレビの音声はここで途切れる。窓際に陣取っている部長席に居座る男性・鯖戸仔魔さばとこうまが消したからだ。
「……今回もご苦労だったね、かなみ君」
鯖戸は「も」のところをやたら強調して言う。
「はあ……どうも」
男性の前だというのにかなみは大きなため息をつく。
「君のおかげで連続強盗犯は逮捕された。本来ならばここで特別給与を与えたいところだが、そうはいかない。というのも、君が起こした被害だ」
「あうぅ……」
鯖戸は、デスクで小型の電卓を叩くマニィに視線を移す。
「全壊が二件、半壊が四件あります。今回の必要経費を差し引いても、被害総額はまかないきれません」
「うむ。というわけだ」
「と、ということは、ですね。つまり、あの、その……ボーナスは、どうなるの!?」
身振り手振りで必死さを伝えるかなみに、鯖戸は執行人のように容赦なく告げる。
「無しだ」
ガタン! ギロチンが落ちた音が確かに聞こえた。
「そして、今月の給料からも引いておくことにする」
さらに身を斬られたかのような斬撃音まで聞こえてきた。
「そ、そんな……! 減給までされたら、私はどう生活していけばいいのッ!?」
「そこまでは面倒見切れないさ」
「無責任よ! それなら今すぐにでもこんな会社やめてやる!」
かなみはドンと勢いよく机を叩く。鯖戸はそこでニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう……では、この会社をやめたところで君に行くアテはあるのかい?」
「ぬ!」
「ツテもない。コネもない。ただの14歳の少女が一億円もの借金を即座に返せると?」
「うぐぐ……!」
返す言葉も思いつかず一歩後退する。
「加えて完済を待たずして退社した場合、君の身柄は黒服の方々に拘束されるのもわかっているよね?」
「あうぅ……!」
何一つ言い返せず、かなみは頭を沈みこませる。
「……わかったわよ! 借金が返し終わるまでこの会社にいてあげる! でもね、完済したらすぐにやめてやるわ、覚えておきなさい!」
沈み込んだ分だけ、その反動は大きかった。名乗り向上よりも気合の入った啖呵を鯖戸の前できってみせた。
「まるで三流悪党のセリフだ」
しかし、鯖戸はそれを笑って受け流す。
ここは株式会社魔法少女。人知れず世の悪と戦う魔法少女を従業員に従え、ビジネスを展開する会社である。
魔法少女カナミこと結城かなみもその社員であり、愛と正義と給料のために今日も元気に労働するのであった。
一、魔法少女は常に自分の魔法こそ絶対である。
一、魔法少女は負けてはならない。
――株式会社魔法少女の社訓
少女は走った。
暗い路地裏。足元すら光が当たらず、水たまりを踏んで音を立ててしまった。
今日も昨日も雨は降っていない。つまり、踏んでしまったのは下水か水道が漏れてできたものかもしれない。
「なんでこんなところ走らなきゃいけないわけよ!?」
少女は大いに不満を爆発した。
「……こちらのルートが最短の距離と時間でヤツに遭遇できると割り出されたからだ」
少女の肩に乗ったネズミのぬいぐるみのような生き物が淡々と答える。
「だからってこんな3K揃った道行くことないでしょ! もー最悪よ!」
「3C? テレビ、クーラー、車が今の君の心境に何か関係あるのか?」
「あんた、いつの時代の人間よ? 臭い・汚い・気持ち悪いの3Kよ!」
「なるほど。しかし、僕は人間ではないのだが」
「そんなの言葉の綾よ、いちいち気にしないの!」
「いちいち、気にしていないから君は生きていられるわけか」
「一言余計よ」
「……次の角を右に曲がればヤツは目と鼻の先だそうだ」
「よおし、俄然やる気が湧いてきた! 待ってろよ、ボーナス!」
踏み出す足にも気合が入る。その先にさっきと同じような水たまりがあるとも知らないで。
男は息遣いが荒かった。ここまで心臓がはちきれんばかりに疾走してきたからだ。しかし、その顔は喜びに満ちていた。
「フフフ……!」
笑いがこみ上げる。今最高に気分がいい。
「何がセキュリティだ、何が警察だ! 全部出し抜いてやったぞ! 今俺が手にしているのがその証拠だぜ、ハハハハ!」
静まり返った路地裏に男の哄笑が響き渡る。
近くにはまだ追手がいるかもしれないというのに、この溢れる歓喜が止められない。
「誰も俺を捕らえることはできない!」
「それはちょっと自信過剰じゃないの!」
「なに、誰だッ!?」
突如として闇夜に問いかけられた一声に、スポットライトのような光が当たり、答えが返ってくる。
「正義とお金と借金の天使、魔法少女カナミ登場!」
現れたのはフリフリの黄色を基調とした衣装を着込んで、お寺にありそうな錫杖を象ったようなステッキを手に持った少女だった。
「………………………………」
「………………………………」
それ以降、お互いそれぞれの理由で黙り込む。そのため気まずい雰囲気がその場で流れた。
「……いきなり名乗りってどういうことよ、マニィ!?」
カナミは相変わらず肩に乗っているマニィに問いかける。
「変身シーンのことかね?」
「そうよ、あれやらないと気分がでないでしょ!」
「残念ながら今回は変身シーンのバンクに回せる予算が取れなかったそうだ」
「なんでよ!?」
「こんなギャラリーもいない場所でやっても一文の得にもならないからだ」
「一文って、気分の問題よ! あんた、お約束って言葉知ってる?」
「証文なら知っているが」
「ろ、ろくでもない……!」
不満を漏らした銃弾がカナミの頬をかすめた。
「え……!?」
放ったのは男だ。どうでもいいやり取りで歓喜の溜飲を下げられた腹いせだった。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! 撃ち殺すぞゴラァッ!」
血管が浮き出そうなほどの怒声。おまけに銃口を向けられている。普通の少女ならば、これだけで死の恐怖に晒されたことに怯え、その場にへたり込むはずだった。
「だから、どうだっていうのよ!」
だが、カナミは普通の少女ではなかった。
その啖呵とともにステッキから放った光の弾が男の銃を弾き飛ばしたのだ。
「なッ!」
「連続強盗犯・園田健人そのだけんと! 私の特別ボーナスのために、とっととお縄になりなさい!」
「と、特別? ボーナスだと!?」
「そう……君をこの場で取り抑えることで彼女には10万円の特別給与が与えられるのだ」
「余計なこと解説しなくていいわよ!」
「ふざっけんなよ!」
園田は激昂する。
「ボーナスだと? てめえのそんなもののために、捕まってたまるかよ!」
その時、園田の胸から眩い黒い光が飛び出した。
「な、なにこれ!?」
「ダークマターだ、やはり彼はネガサイドと関わりがあったようだ」
慌てふためくカナミの肩の上でマニィは目の前で起きていることを冷静に分析する。
黒い光は凄まじい風を巻き起こし、球体になったかと思った次の瞬間にはくらげの足のようなものがニョロリと生えた。
「キャッ!?」
それはカナミの手に、足にまとわりつき、絡め取る。
「ハハハ、なんだかわからねえがこいつはいいぜ!」
園田の高笑いが聞こえる。
「ち、くしょう、離れろ!」
カナミはステッキから光の弾を撃ち出すが、黒い球体は少しへこんだだけで緩まる気配がない。
これに勢いづいたのか、黒い球体はうごめき、赤い眼と口が出てきた。
クゥワァァァァァ!
思わず耳を塞ぎたくなる甲高い音を発した。
「うわぁッ!?」
次の瞬間、カナミの身体は浮く。黒い球体の手に持ち上げられたのだ。
「え、ちょ、これって、まさか!?」
「その通り」と言わんばかりに、カナミごと手を振り下ろした。
おろした先はちょうど水たまりだっため、水しぶきが巻き上がり、狭い路地裏に降り注ぐ。
「う、う、ぐぅ……」
叩き付けられた衝撃で、カナミは倒れ伏した。
身体中が痛い。だけど、立てないわけじゃない。
本当に立てない原因は今倒れている場所にあった。
「き、きたない……それにくさい……」
カナミが落ちた先は水たまりであった。
それも雨でできたものではない。おそらく下水道の漏れでできた掃き溜めのような水たまりなのだ。
痛みや濡れるだけでも十分すぎるほど苦痛だというのに、そこに汚れと臭いまでついてきては悲痛までもともなった惨めな気分にさせられた。
「ハハハ、こいつはいいぜ! 無様だな、嬢ちゃん!」
園田の耳触りな高笑いがそれを助長させた。
「いい絵になってるぜ! 正義の味方気取ってるよりよっぽどお似合いだぜ!」
「く、くそ……!」
なんとか汚水につかった腕に力を込めて、カナミは立ち上がる。
泣きたかった。どうしてこんな理不尽な目に合わなければならないのか。
「なんで、こんな面倒なことになるわけよ……? 私は、ただボーナスが欲しかっただけなのに……!」
「危険リスクが無ければ収入ゲインは得られないということだ」
カナミの肩から降りたマニィがどこまでも冷静に返答する。
「そんなことで納得できるかぁぁぁぁぁッ!!」
この理不尽な状況に怒りのあまり、カナミは絶叫した。
その時、カナミの手に持っていたステッキが光に包まれた。
光はすぐに消え、現れたのは大砲だった。
「な、なにぃッ!?」
園田は驚愕した。その砲口が自分に向けられたとき、本能的に察したのだ。
あれは人に向けていいモノではない、と。
「彼女は不幸や苦痛を感じるほど、魔力が高まるのでね。今はまさに最高のシチュエーションというわけだ」
抑揚のない声でマニィは説明する。まるでこうなることがわかっていたかのような口調だ。
「神殺砲!」
カナミがその砲門の名前を告げると、砲口に光が満ちる。
「うわあッ!? ちょっと待てコラァッ! そんなもん、人に向けて撃つなんて魔法少女がしていいもんじゃねえぜッ!」
「お前は人じゃない、私のボーナスだッ!」
咆哮にも似た叫びとともに光は発射される。
光は球体もろとも園田を飲み込んだ。
そこまで高くないビルの一フロアを間借りした中の一室。きちんと清掃された室内は清楚さを保ちつつ、きちりと配置されたデスクは厳格な雰囲気を併せ持った、まさしくオフィスだ。
そんな仕事をする場に相応しくないテレビの音声が流れている。
「昨夜方、○○銀行にて連続強盗犯・園田健人が現れました。彼は銀行員を脅しつけて現金二千万を強奪し、逃亡。駆けつけた警官らが追いかけていたところ、近隣の建物を爆破したようです。しかし、その爆破に彼自身も巻き込まれ、倒れていたところを確保した模様です」
テレビの音声はここで途切れる。窓際に陣取っている部長席に居座る男性・鯖戸仔魔さばとこうまが消したからだ。
「……今回もご苦労だったね、かなみ君」
鯖戸は「も」のところをやたら強調して言う。
「はあ……どうも」
男性の前だというのにかなみは大きなため息をつく。
「君のおかげで連続強盗犯は逮捕された。本来ならばここで特別給与を与えたいところだが、そうはいかない。というのも、君が起こした被害だ」
「あうぅ……」
鯖戸は、デスクで小型の電卓を叩くマニィに視線を移す。
「全壊が二件、半壊が四件あります。今回の必要経費を差し引いても、被害総額はまかないきれません」
「うむ。というわけだ」
「と、ということは、ですね。つまり、あの、その……ボーナスは、どうなるの!?」
身振り手振りで必死さを伝えるかなみに、鯖戸は執行人のように容赦なく告げる。
「無しだ」
ガタン! ギロチンが落ちた音が確かに聞こえた。
「そして、今月の給料からも引いておくことにする」
さらに身を斬られたかのような斬撃音まで聞こえてきた。
「そ、そんな……! 減給までされたら、私はどう生活していけばいいのッ!?」
「そこまでは面倒見切れないさ」
「無責任よ! それなら今すぐにでもこんな会社やめてやる!」
かなみはドンと勢いよく机を叩く。鯖戸はそこでニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう……では、この会社をやめたところで君に行くアテはあるのかい?」
「ぬ!」
「ツテもない。コネもない。ただの14歳の少女が一億円もの借金を即座に返せると?」
「うぐぐ……!」
返す言葉も思いつかず一歩後退する。
「加えて完済を待たずして退社した場合、君の身柄は黒服の方々に拘束されるのもわかっているよね?」
「あうぅ……!」
何一つ言い返せず、かなみは頭を沈みこませる。
「……わかったわよ! 借金が返し終わるまでこの会社にいてあげる! でもね、完済したらすぐにやめてやるわ、覚えておきなさい!」
沈み込んだ分だけ、その反動は大きかった。名乗り向上よりも気合の入った啖呵を鯖戸の前できってみせた。
「まるで三流悪党のセリフだ」
しかし、鯖戸はそれを笑って受け流す。
ここは株式会社魔法少女。人知れず世の悪と戦う魔法少女を従業員に従え、ビジネスを展開する会社である。
魔法少女カナミこと結城かなみもその社員であり、愛と正義と給料のために今日も元気に労働するのであった。
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