オービタルエリス

jukaito

文字の大きさ
上 下
99 / 104
第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第92話 ギルキス出撃

しおりを挟む


 最後はひとりで出ていってしまったし、勝手に期待して、また気持ちを落とされるのはつらい。できるだけ楽観的な憶測はしないようにしなくっちゃ。

 昨夜の彼の言葉の一部が、脳内によみがえってくる。

『俺が、どれだけ我慢してきたと思っている』
『知らなかったか? 媚薬など飲まなくても、俺はいつでもきみに欲情している』

 まるでわたしに興味があるかのような言い方。でも、きっと女性みんなにささやいているリップサービスなのだ。だって『こういうことは、もっと心身ともに成長してからでないと』って言っていたもの。

 しかも、わたしから誘惑したのに号泣して終わるなんて、子ども扱いされても当然だ。

「そのうえ、不甲斐なくて申し訳ございませんでした」

 わたしとクリストフの間の変な空気に気づいたのか、周囲に控えているメイドたちが目を見合わせている。

 どうしよう。メイドたちは主人夫婦がまだ初夜を迎えていないという事実を知っているはずだ。これまでシーツが汚れていたこともないし、わたしの体に愛された痕跡が残っていたこともない。

 そして、昨夜なにかがあったらしいというのも薄々わかっているはず。
 情けなくて、また恥ずかしさが込み上げてくる。
 頬がかっと熱くなった。

 きっとわたしも、クリストフに負けないくらい赤くなっているだろう。
 彼もやっと周囲の目に気づいたのか、小声で話を続けた。

「きみは悪くない。いや……やっぱりきみが悪いのか?」
「え? わたくしがなんですの?」

 クリストフのつぶやきが低すぎて聞き取りづらい。

「きみが、か、かわいすぎて……なんでもない」
「はい? かかわ? 今、なんておっしゃいました?」

 さらに小さな声でブツブツと言っているので聞き直すと、クリストフはまた黙ってしまった。

 居心地の悪い沈黙が流れる。
 なんだかあまりに意思の疎通が取れなくて、どんどん悲しくなってきてしまった。
 もともとなかった食欲が完全に消え、わたしはカトラリーをテーブルに戻した。

 しばらく無言だったクリストフが、ふたたび口を開く。

「明日から王族の地方視察に同行する。ひと月ほど留守にするが、大丈夫か?」
「そういえば、明日からでしたか」

 結婚式の前から話は聞いていたけれど、わたしが準備することはなにもないと言われていたし、今日まで話題にものぼらなかったので忘れかけていた。

 クリストフの仕事は、王族を警護する近衛騎士団の騎士団長。王族の行くところには伺候しなければならない。
 とくに今回は長期の視察になるので、団長自ら指揮を取るのだろう。

 最初にその話を告げられたときは、新婚早々長期出張なんて王族も気が利かないと内心思っていたけれど、もしかしたらちょうどいいタイミングかもしれない。

(わたしもいい加減頭を冷やして、クリストフさまとの関係に向き合わなくちゃ)

 クリストフが帰ってくるまでに、今後自分がどうしていくのか態度を決めよう。
 わたしはどういう妻を目指すのか、どんな夫婦関係を築いていきたいのか。

 思えば彼と婚約できてから浮かれてばかりで、具体的な未来のことなど考えもしなかった。結婚さえすれば甘くて幸せな生活が待っていると、無邪気に信じていた。

「クリストフさまの無事のお帰りをお待ちしております」

 そんなわたしをクリストフがじっと見つめていた。
 その視線が鋭すぎて、やっぱりわたしは嫌われてしまったのかとますますつらい気持ちになったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

そんなの知らない。自分で考えれば?

ファンタジー
逆ハーレムエンドの先は? ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

因果応報以上の罰を

下菊みこと
ファンタジー
ざまぁというか行き過ぎた報復があります、ご注意下さい。 どこを取っても救いのない話。 ご都合主義の…バッドエンド?ビターエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...