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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ
第85話 デラン対ユリーシャ
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「火星人の収容まであとどのくらいかかりそう?」
ユリーシャは海賊船に入っていく火星人達を眺めながら、部下の女性隊員に訊く。
「まだ四時間ほどかかるそうです。バラバラに収容されているので、救出に時間がかかってしまって……」
「そう……」
ユリーシャはまだ緊張の解れない顔つきで答える。
衛兵は投降し、占拠に成功したとはいえ、ここは敵地。あまり気を抜けない状況であった。
(それでも、あともう少し……新領主ファウナ・テウスパールさえ討ち取れば、戦いは……!)
「浮かない顔してるな」
デランはそんなユリーシャに声を掛ける。
「デラン……どうして?」
「いや、海賊船で待ってるのも退屈だからな。散歩だよ」
「散歩ね、私も気分転換したい気分よ」
「そっか。じゃあ、付き合ってくれよ」
デランは腰の剣に手を差す。
「ええ、いいわよ」
ユリーシャは笑顔で応じる。
その様子を傍から見ていたリッセルは首を傾げる。
「なんだか、色気の無いことになりましたね」
キンキンガキーン!!
収容所の広場で、金属音が鳴り響く。
デランとユリーシャの剣が、一息するたびに幾度もぶつかり合う。
「やるな!」
「そっちこそ!」
キィンキンキンキーン!!
強い。
剣を一合交える度に手の感触から全身に伝わってくる。
エインヘリアルの騎士候補生、そしてワルキューレ・グラールで戦った騎士達とも遜色ないほどの腕前だと実感する。
ちょっとでも気を抜いたら、打ち負ける。
だが、その緊張が心地良い。
キンキンガキーン!!
剣の衝撃で風が巻き起こる。
「おお!」
「すげえ!」
いつの間にか、その激しい戦いを見物するヒトが寄り集まってくる。
だが、デランとユリーシャはお互いに相手しか見えず、ただ剣を受け、放ち、止められる。
「うーん、二人だけの世界に入っちゃてるんで、これはこれはいいかもしれませんね」
リッセルは楽しそうに上のデッキから二人の戦いを眺める。
キィィィィィィィィィン!!
一段高い金属音が鳴り響く。
だんだんギアが上がっていき、剣が目にも止まらない速度で繰り出されていく。
周囲のヒト達も剣が見えず、ただ金属の光だけがレーザーのようにピカッと光っているのが見えるだけだ。
キィィィィィィィィィン!!
そして、光と光がぶつかり、火花が飛び散る。
「わあああああ!!」
それは戦いというより舞台であった。
キィンキンキンキーン!!
一合交える度に歓声も沸き起こり、興奮に包まれる。
その興奮はデランやユリーシャにも伝わってくる。
「――では、これで!」
ユリーシャの剣を振り抜く。
「ぬお!」
剣から放たれた斬撃が急激に巨大化し、デランの身体を覆うほどの大きさになった。
「でぃぃぃぃやッ! メッサァァァァァァァッ!!」
デランはとっさに銀に輝く左の手刀で受け切る。
ズドォォォォォン!!
二つの斬撃が激しくぶつかり、相殺される。
「とっておきのエールエペだったんだけど、防がれてしまうなんてね」
「いや、俺もとっておきだったんだ」
お互いにとっておきを使いきったので、これで戦いは終了ということになる。
パチパチパチパチ
観戦していたヒト達から拍手喝采が沸き起こる。
「お、なんだなんだ!? なんでこんなにヒトがいっぱいいるんだ!?」
「いつの間に……」
「気づいてなかったんですかね」
リッセルはやれやれと言いたげにやってくる。
「リッセル、見てたの?」
「最初から見守らせていただきましたよ」
「見守るって、別に俺はとってくおうとしたわけじゃないんだが」
「いえ、そこはとってくわなきゃだめですよ~」
「はあ?」
デランとユリーシャは互いに顔を見合わせる。
「星と星の隔たりはアステロイドベルト並みです」
「わけがわからないわ……」
「まったくだ」とデランは頷く。
そうして、熱狂の中をかきわけてデラン達三人は格納庫を歩く。
「ありがとう、デラン。いい気分転換になったわ」
「ああ、俺もだ。サンキューな」
「しかし、惜しいわね」
「惜しい?」
「今回の戦い、あなたに随分と助けられたから。正式にレジスタンスに加わって欲しかったわ」
「そうか……」
正直デランもユリーシャと別れるのは惜しいと考えてしまった。
レジスタンスの戦いは、それだけ高揚するものであったし、木星人に対しての考えを改める機会にもなった。
ユリーシャもレジスタンスの一番隊の連中も気を許せる、いい奴等だ。
一緒に戦ってもいい。そう思う。
「俺もそうしてもいいかと思うんだが……」
だけど、デランが金星を旅立った目的は、太陽系の星々を回ってその目で見て経験を積むことだ。
その目的と合致しているのはダイチ達の方であり、今行動を共にするべきなのはそちらだ。
「すまねえ」
「謝るのはこっちの方よ。無理を言って」
「無理かよ……絶対負けられない戦いなんだろ?」
「ええ……!」
ユリーシャは真剣な眼差しで答える。
「私達が南軍よりも早く新領主を討ち取れば、この国の皇族支配は終わる。そうすれば私達平民は身勝手な戦争の犠牲を強いることはなくなる」
「私達の悲願ですものね」
「ええ」
リッセルとユリーシャは改めて決意を固める。デランはその様を見て、少し羨ましく思った。
「頑張れよ、俺も応援してるからな」
「ありがとう、デラン」
「私としては、二人を応援したいのですがね」
リッセルが何を言っているのか、相変わらずわからなかった。
ギルキスはブリッジのスクリーンで自軍の戦力を確認していた。
「やはり厳しいですね」
カラハはそうもらし、ギルキスは眉間に皺を寄せる。
「わかっていたことだ」
「特に一番隊は最前線での連戦で、疲労が濃い」
「だが、その結果もたらした勝利によって士気は高い」
「では、彼女達は……」
「布陣に変更は無い」
「ですが、穴は大きいですよ」
「承知の上だ」
ギルキスはスクリーンの枠外近くにある戦力のリストから、ザイアスの名前を削除する。
「やはり、彼らには留まって欲しかったですね」
「仕方あるまい。彼がただの海賊であったならよかったのだが……」
ザイアスが「自分は皇族だ」と打ち明ける前、宇宙海賊をレジスタンスの戦力として正式に引き入れる話が持ち上がっていたし、収容所の攻略が無事完了した暁には是が非でも加わってもらうよう交渉するつもりだった。
それが、ザイアスが自身の身分を明かしたことで立ち消えた。
海賊といった無法者がレジスタンスが加わることは、いくらかの抵抗があるもののそういった無法者を引き入れた前例はある為、拒否を示す者はいない。
しかし、彼が皇族であるなら話は変わってくる。
そもそも、レジスタンスは皇族の支配体制の打倒を掲げている武装兵団であって、皇族に反発する者達が集まっている。かつての、とはいえ皇族の加入を認める者などいない。
もし、領主を討ち取ったとしても、それは新たな皇族の領主の誕生でしかないのだから。それに皇族に対して強い憎しみを抱いている者も多い。
そんな事情もあって、ザイアスを始めとする宇宙海賊の加入は見送らざるをえなかった。
あてにしていた戦力がなくなったことに対する落胆はある。
「……今更ぼやいたところで仕方あるまい」
ギルキスは諦めをつけて、思考を切り替える。
「我々は我々が出来得る限りの戦力で戦うしかない」
「そうですね。疲弊しているとはいえ、士気は高いです」
「それは……南軍にもいえることだな?」
「はい」
カラハは首肯する。
同盟を組んだとはいえ、軌道エレベーターを占拠し、ブランフェール収容所も占拠できた。
連戦連勝という事実は兵の士気を高めてくれる。
このまま領主打倒も果たせるのでは、そういう気持ちが突き動かしてくれるのだ。
「南軍と直接事を交えることが無くなったのが、僥倖かもしれない」
ふとそんな部下達の前では言えないような本音まで漏らす。
「確かにそうかもしれません」
カラハも同意する。
四国の軍を相手取れるほどの軍事戦力を保有しているクリュメゾンに対して、レジスタンスの純粋な戦力は一国にも劣る。それだけに他の国との戦いは極力避けなければならない。
南軍の領主ツァニスは、「一度は同盟を組んだよしみ」と今ここで直接戦うことを選ばなかった。
「純粋でまっすぐで、それだけに皇族らしい男だった」
ギルキスは彼をそう評し、カラハも否定しなかった。
ピピピピピピピピピピ!!
そんな折、緊急事態のアラートが唐突に鳴り響く。
時間は少し巻き戻る。
ミーティングルームでの話も一段落つき、ザイアスはこれ以上話すことは無いと決め込み、収容所のレストルームを出て行った。
「グレイルオス様!」
それをツァニスは呼び止めた。
「……ツァニス坊」
ザイアスは足を止めて、振り向く。
「その名前は捨てた。何度も言わせるな」
「ですが、俺にとってあなたは……!」
「デューブロンテ。雷神の剛腕を振るう英雄か」
「そうです! 前星間戦争で一時的にとはいえ肩を並べた栄誉! 今でもこの胸にあります!!」
ツァニスは両目を存分に輝かせて、ザイアスへ言う。
「その栄誉はお前だけのものだ。捨てろとは言わない。
――だが、俺はその栄誉を捨てた。それだけだ」
ザイアスはそれだけ言って、再びマントを翻す。
「何故ですか!? ジュピターの座に選ばれなかったからですか!? それならば今一度ジュピターの座を狙えば!!」
「俺はジュピターの座に興味は無い。狙うならお前が狙え」
「ならば、その力を俺に貸していただけませんか!? あなた様のチカラさえあれば、このクリュメゾンどころかジュピターの座とて容易くつかめます!」
「俺がお前の下にか? 面白い冗談だな」
「冗談じゃありません! 俺は本気ですよ!」
「………………」
ザイアスは射貫くような視線で返す。
「本気で言ってるのなら、なおのことだ」
「――!」
「他人のチカラをあてにしてるような奴が皇になれると思うなよ」
「…………………」
ツァニスは気圧される。
「一人でやってみせろ。そうしなければ生き残れないぞ」
「……グレイルオス様」
「二度とその名前で呼ぶんじゃねえぞ」
ツァニスは絶句し、その姿を見てザイアスは歩き去っていく。
「………………」
ツァニスはザイアスが放った言葉を思い返して物思いにふける。
「ツァニス様」
テラトに呼びかけられて、我に返る。
「ああ、なんだ?」
「いえ、戦力の確認が完了しましたので報告をと、思いまして」
「そうか……」
「戦力は、メランノトス出立と比較して八十五パーセントに低下しています」
「そうか……いや、その程度で済んでいるのは僥倖といえるな。これだけの戦力拠点を手に入れているのだから」
「はい。僕もそう思います」
「このままの勢いで俺はクリュメゾンをとる。そして、必ずジュピターになる!」
ツァニスははっきりとそう口にする。
「……我々も御力になります」
「そうか……」
テラトに対して、そう答えてザイアスの言葉を思い出す。
――一人でやってみせろ。そうしなければ生き残れないぞ
つまり、テラトや国の軍事力を頼りにしてはいけないのではないか。そう思ってしまった。
(そういうことなのですが、グレイルオス様?)
ツァニスは心の中で問いかける。
ピピピピピピピピピピ!!
その時、非常警報のアラートが鳴り響く。
「何事だ!?」
南軍の兵士が走ってやってくる。
「西軍です! アルマン・ジェマリヌフ率いる西軍が攻め込んできました!」
「何!?」
ピコーン!
そこへ通話ウィンドウが強制的に開かれる。
『南国領主ツァニス・ダイクリアへ告げる。
私は西国領主アルマンジェマリヌフ。互いの国の指揮権を懸けて、貴公へ一騎打ちを申し込む!』
そう一方的に告げられた。
だが、ツァニスには受けて立つ以外の選択肢は頭の中に無かった。
緊急事態のアラートを受けて、ダイチ達は海賊船のブリッジへ駆け込む。
「おう、お前等も来たか」
ザイアスは歓迎してくる。
「一体何があったんだ?」
「一騎打ちの決闘だ」
「決闘? 誰と誰が?」
「ツァニス坊と、アルマン・ジェマリヌフだ」
「アルマン? アルマンって、北の領主か!」
「そうだな」
ダイチの脳裏に、宇宙港での北と西の一騎打ちを思い出す。
「私達が捕まっているうちに、ややこしいことになってるわね」
「エリスの頭では理解できないほどに、ですね」
「なんですって!」
「まあまあ」
ダイチが仲裁する。
「おお、なんだかお馴染みの光景や!」
イクミが大いに喜ぶ。実際ダイチも少々なつかしさを感じていた。
「ツァニスと港で戦っていた領主が戦うのか」
デランが言う。
「ええ、西の領主アルマン・ジェマリヌフよ」
ユリーシャは敵意をむき出しにして答える。
「なんだって、いきなり一騎打ちなんだ?」
「うーん、わかりませんねえ」
「おそらく、南軍の戦力を取り込むつもりなんでしょうね」
「取り込む?」
「東軍を打ち破り、レジスタンスと宇宙海賊を同盟に引き入れた南軍の戦力を、領主のツァニスを一騎打ちで倒して、戦力の疲弊を防いだ上でそのチカラといただこうという魂胆なのかもしれないわ」
ユリーシャが説明する。
「海賊とレジスタンスとはもう同盟ではなくなったとも知らないで」
カラハとギルキスも同様の見解を示す。
「それもそうでしょう。つい先ほど、我々のうちだけで決まったことなのですから」
「領主アルマンの決断と行動が早かったことが幸いか」
「このまま共倒れしてくれれば、これからの戦いは楽になりますが」
「果たして、そう都合よく事が運ぶかどうか」
ギルキスは目を閉じて、思案する。
「各隊長に待機指示を。緊急事態に備えてな」
『いい判断だ、さすがレジスタンス団長だぜえ』
ザイアスがいきなり通話をかけてくる。
「キャプテンザイアス、こんなときになんです?」
『こっちは火星人の収容で手一杯なんでな。動けないってことを伝えたくてな』
「そうですか……ならば、我々としても海賊船の守りにつこう」
『恩に着るぜ、ギルキス団長さんよお!』
ザイアスは親指を立てる。
それだけ見ると親しみが持てる船乗りといった印象であった。やはり、同盟の継続をもちかけるべきか、と考えてしまうほどに。
「さて、始まりますよ」
カラハがそう言うと、ギルキスはスクリーンを見る。
収容所の闘技場に、ツァニスが駆る【ヴィラージュ・オール】とアルマンが駆る【アルジャン・デュシス】が相対する。
ユリーシャは海賊船に入っていく火星人達を眺めながら、部下の女性隊員に訊く。
「まだ四時間ほどかかるそうです。バラバラに収容されているので、救出に時間がかかってしまって……」
「そう……」
ユリーシャはまだ緊張の解れない顔つきで答える。
衛兵は投降し、占拠に成功したとはいえ、ここは敵地。あまり気を抜けない状況であった。
(それでも、あともう少し……新領主ファウナ・テウスパールさえ討ち取れば、戦いは……!)
「浮かない顔してるな」
デランはそんなユリーシャに声を掛ける。
「デラン……どうして?」
「いや、海賊船で待ってるのも退屈だからな。散歩だよ」
「散歩ね、私も気分転換したい気分よ」
「そっか。じゃあ、付き合ってくれよ」
デランは腰の剣に手を差す。
「ええ、いいわよ」
ユリーシャは笑顔で応じる。
その様子を傍から見ていたリッセルは首を傾げる。
「なんだか、色気の無いことになりましたね」
キンキンガキーン!!
収容所の広場で、金属音が鳴り響く。
デランとユリーシャの剣が、一息するたびに幾度もぶつかり合う。
「やるな!」
「そっちこそ!」
キィンキンキンキーン!!
強い。
剣を一合交える度に手の感触から全身に伝わってくる。
エインヘリアルの騎士候補生、そしてワルキューレ・グラールで戦った騎士達とも遜色ないほどの腕前だと実感する。
ちょっとでも気を抜いたら、打ち負ける。
だが、その緊張が心地良い。
キンキンガキーン!!
剣の衝撃で風が巻き起こる。
「おお!」
「すげえ!」
いつの間にか、その激しい戦いを見物するヒトが寄り集まってくる。
だが、デランとユリーシャはお互いに相手しか見えず、ただ剣を受け、放ち、止められる。
「うーん、二人だけの世界に入っちゃてるんで、これはこれはいいかもしれませんね」
リッセルは楽しそうに上のデッキから二人の戦いを眺める。
キィィィィィィィィィン!!
一段高い金属音が鳴り響く。
だんだんギアが上がっていき、剣が目にも止まらない速度で繰り出されていく。
周囲のヒト達も剣が見えず、ただ金属の光だけがレーザーのようにピカッと光っているのが見えるだけだ。
キィィィィィィィィィン!!
そして、光と光がぶつかり、火花が飛び散る。
「わあああああ!!」
それは戦いというより舞台であった。
キィンキンキンキーン!!
一合交える度に歓声も沸き起こり、興奮に包まれる。
その興奮はデランやユリーシャにも伝わってくる。
「――では、これで!」
ユリーシャの剣を振り抜く。
「ぬお!」
剣から放たれた斬撃が急激に巨大化し、デランの身体を覆うほどの大きさになった。
「でぃぃぃぃやッ! メッサァァァァァァァッ!!」
デランはとっさに銀に輝く左の手刀で受け切る。
ズドォォォォォン!!
二つの斬撃が激しくぶつかり、相殺される。
「とっておきのエールエペだったんだけど、防がれてしまうなんてね」
「いや、俺もとっておきだったんだ」
お互いにとっておきを使いきったので、これで戦いは終了ということになる。
パチパチパチパチ
観戦していたヒト達から拍手喝采が沸き起こる。
「お、なんだなんだ!? なんでこんなにヒトがいっぱいいるんだ!?」
「いつの間に……」
「気づいてなかったんですかね」
リッセルはやれやれと言いたげにやってくる。
「リッセル、見てたの?」
「最初から見守らせていただきましたよ」
「見守るって、別に俺はとってくおうとしたわけじゃないんだが」
「いえ、そこはとってくわなきゃだめですよ~」
「はあ?」
デランとユリーシャは互いに顔を見合わせる。
「星と星の隔たりはアステロイドベルト並みです」
「わけがわからないわ……」
「まったくだ」とデランは頷く。
そうして、熱狂の中をかきわけてデラン達三人は格納庫を歩く。
「ありがとう、デラン。いい気分転換になったわ」
「ああ、俺もだ。サンキューな」
「しかし、惜しいわね」
「惜しい?」
「今回の戦い、あなたに随分と助けられたから。正式にレジスタンスに加わって欲しかったわ」
「そうか……」
正直デランもユリーシャと別れるのは惜しいと考えてしまった。
レジスタンスの戦いは、それだけ高揚するものであったし、木星人に対しての考えを改める機会にもなった。
ユリーシャもレジスタンスの一番隊の連中も気を許せる、いい奴等だ。
一緒に戦ってもいい。そう思う。
「俺もそうしてもいいかと思うんだが……」
だけど、デランが金星を旅立った目的は、太陽系の星々を回ってその目で見て経験を積むことだ。
その目的と合致しているのはダイチ達の方であり、今行動を共にするべきなのはそちらだ。
「すまねえ」
「謝るのはこっちの方よ。無理を言って」
「無理かよ……絶対負けられない戦いなんだろ?」
「ええ……!」
ユリーシャは真剣な眼差しで答える。
「私達が南軍よりも早く新領主を討ち取れば、この国の皇族支配は終わる。そうすれば私達平民は身勝手な戦争の犠牲を強いることはなくなる」
「私達の悲願ですものね」
「ええ」
リッセルとユリーシャは改めて決意を固める。デランはその様を見て、少し羨ましく思った。
「頑張れよ、俺も応援してるからな」
「ありがとう、デラン」
「私としては、二人を応援したいのですがね」
リッセルが何を言っているのか、相変わらずわからなかった。
ギルキスはブリッジのスクリーンで自軍の戦力を確認していた。
「やはり厳しいですね」
カラハはそうもらし、ギルキスは眉間に皺を寄せる。
「わかっていたことだ」
「特に一番隊は最前線での連戦で、疲労が濃い」
「だが、その結果もたらした勝利によって士気は高い」
「では、彼女達は……」
「布陣に変更は無い」
「ですが、穴は大きいですよ」
「承知の上だ」
ギルキスはスクリーンの枠外近くにある戦力のリストから、ザイアスの名前を削除する。
「やはり、彼らには留まって欲しかったですね」
「仕方あるまい。彼がただの海賊であったならよかったのだが……」
ザイアスが「自分は皇族だ」と打ち明ける前、宇宙海賊をレジスタンスの戦力として正式に引き入れる話が持ち上がっていたし、収容所の攻略が無事完了した暁には是が非でも加わってもらうよう交渉するつもりだった。
それが、ザイアスが自身の身分を明かしたことで立ち消えた。
海賊といった無法者がレジスタンスが加わることは、いくらかの抵抗があるもののそういった無法者を引き入れた前例はある為、拒否を示す者はいない。
しかし、彼が皇族であるなら話は変わってくる。
そもそも、レジスタンスは皇族の支配体制の打倒を掲げている武装兵団であって、皇族に反発する者達が集まっている。かつての、とはいえ皇族の加入を認める者などいない。
もし、領主を討ち取ったとしても、それは新たな皇族の領主の誕生でしかないのだから。それに皇族に対して強い憎しみを抱いている者も多い。
そんな事情もあって、ザイアスを始めとする宇宙海賊の加入は見送らざるをえなかった。
あてにしていた戦力がなくなったことに対する落胆はある。
「……今更ぼやいたところで仕方あるまい」
ギルキスは諦めをつけて、思考を切り替える。
「我々は我々が出来得る限りの戦力で戦うしかない」
「そうですね。疲弊しているとはいえ、士気は高いです」
「それは……南軍にもいえることだな?」
「はい」
カラハは首肯する。
同盟を組んだとはいえ、軌道エレベーターを占拠し、ブランフェール収容所も占拠できた。
連戦連勝という事実は兵の士気を高めてくれる。
このまま領主打倒も果たせるのでは、そういう気持ちが突き動かしてくれるのだ。
「南軍と直接事を交えることが無くなったのが、僥倖かもしれない」
ふとそんな部下達の前では言えないような本音まで漏らす。
「確かにそうかもしれません」
カラハも同意する。
四国の軍を相手取れるほどの軍事戦力を保有しているクリュメゾンに対して、レジスタンスの純粋な戦力は一国にも劣る。それだけに他の国との戦いは極力避けなければならない。
南軍の領主ツァニスは、「一度は同盟を組んだよしみ」と今ここで直接戦うことを選ばなかった。
「純粋でまっすぐで、それだけに皇族らしい男だった」
ギルキスは彼をそう評し、カラハも否定しなかった。
ピピピピピピピピピピ!!
そんな折、緊急事態のアラートが唐突に鳴り響く。
時間は少し巻き戻る。
ミーティングルームでの話も一段落つき、ザイアスはこれ以上話すことは無いと決め込み、収容所のレストルームを出て行った。
「グレイルオス様!」
それをツァニスは呼び止めた。
「……ツァニス坊」
ザイアスは足を止めて、振り向く。
「その名前は捨てた。何度も言わせるな」
「ですが、俺にとってあなたは……!」
「デューブロンテ。雷神の剛腕を振るう英雄か」
「そうです! 前星間戦争で一時的にとはいえ肩を並べた栄誉! 今でもこの胸にあります!!」
ツァニスは両目を存分に輝かせて、ザイアスへ言う。
「その栄誉はお前だけのものだ。捨てろとは言わない。
――だが、俺はその栄誉を捨てた。それだけだ」
ザイアスはそれだけ言って、再びマントを翻す。
「何故ですか!? ジュピターの座に選ばれなかったからですか!? それならば今一度ジュピターの座を狙えば!!」
「俺はジュピターの座に興味は無い。狙うならお前が狙え」
「ならば、その力を俺に貸していただけませんか!? あなた様のチカラさえあれば、このクリュメゾンどころかジュピターの座とて容易くつかめます!」
「俺がお前の下にか? 面白い冗談だな」
「冗談じゃありません! 俺は本気ですよ!」
「………………」
ザイアスは射貫くような視線で返す。
「本気で言ってるのなら、なおのことだ」
「――!」
「他人のチカラをあてにしてるような奴が皇になれると思うなよ」
「…………………」
ツァニスは気圧される。
「一人でやってみせろ。そうしなければ生き残れないぞ」
「……グレイルオス様」
「二度とその名前で呼ぶんじゃねえぞ」
ツァニスは絶句し、その姿を見てザイアスは歩き去っていく。
「………………」
ツァニスはザイアスが放った言葉を思い返して物思いにふける。
「ツァニス様」
テラトに呼びかけられて、我に返る。
「ああ、なんだ?」
「いえ、戦力の確認が完了しましたので報告をと、思いまして」
「そうか……」
「戦力は、メランノトス出立と比較して八十五パーセントに低下しています」
「そうか……いや、その程度で済んでいるのは僥倖といえるな。これだけの戦力拠点を手に入れているのだから」
「はい。僕もそう思います」
「このままの勢いで俺はクリュメゾンをとる。そして、必ずジュピターになる!」
ツァニスははっきりとそう口にする。
「……我々も御力になります」
「そうか……」
テラトに対して、そう答えてザイアスの言葉を思い出す。
――一人でやってみせろ。そうしなければ生き残れないぞ
つまり、テラトや国の軍事力を頼りにしてはいけないのではないか。そう思ってしまった。
(そういうことなのですが、グレイルオス様?)
ツァニスは心の中で問いかける。
ピピピピピピピピピピ!!
その時、非常警報のアラートが鳴り響く。
「何事だ!?」
南軍の兵士が走ってやってくる。
「西軍です! アルマン・ジェマリヌフ率いる西軍が攻め込んできました!」
「何!?」
ピコーン!
そこへ通話ウィンドウが強制的に開かれる。
『南国領主ツァニス・ダイクリアへ告げる。
私は西国領主アルマンジェマリヌフ。互いの国の指揮権を懸けて、貴公へ一騎打ちを申し込む!』
そう一方的に告げられた。
だが、ツァニスには受けて立つ以外の選択肢は頭の中に無かった。
緊急事態のアラートを受けて、ダイチ達は海賊船のブリッジへ駆け込む。
「おう、お前等も来たか」
ザイアスは歓迎してくる。
「一体何があったんだ?」
「一騎打ちの決闘だ」
「決闘? 誰と誰が?」
「ツァニス坊と、アルマン・ジェマリヌフだ」
「アルマン? アルマンって、北の領主か!」
「そうだな」
ダイチの脳裏に、宇宙港での北と西の一騎打ちを思い出す。
「私達が捕まっているうちに、ややこしいことになってるわね」
「エリスの頭では理解できないほどに、ですね」
「なんですって!」
「まあまあ」
ダイチが仲裁する。
「おお、なんだかお馴染みの光景や!」
イクミが大いに喜ぶ。実際ダイチも少々なつかしさを感じていた。
「ツァニスと港で戦っていた領主が戦うのか」
デランが言う。
「ええ、西の領主アルマン・ジェマリヌフよ」
ユリーシャは敵意をむき出しにして答える。
「なんだって、いきなり一騎打ちなんだ?」
「うーん、わかりませんねえ」
「おそらく、南軍の戦力を取り込むつもりなんでしょうね」
「取り込む?」
「東軍を打ち破り、レジスタンスと宇宙海賊を同盟に引き入れた南軍の戦力を、領主のツァニスを一騎打ちで倒して、戦力の疲弊を防いだ上でそのチカラといただこうという魂胆なのかもしれないわ」
ユリーシャが説明する。
「海賊とレジスタンスとはもう同盟ではなくなったとも知らないで」
カラハとギルキスも同様の見解を示す。
「それもそうでしょう。つい先ほど、我々のうちだけで決まったことなのですから」
「領主アルマンの決断と行動が早かったことが幸いか」
「このまま共倒れしてくれれば、これからの戦いは楽になりますが」
「果たして、そう都合よく事が運ぶかどうか」
ギルキスは目を閉じて、思案する。
「各隊長に待機指示を。緊急事態に備えてな」
『いい判断だ、さすがレジスタンス団長だぜえ』
ザイアスがいきなり通話をかけてくる。
「キャプテンザイアス、こんなときになんです?」
『こっちは火星人の収容で手一杯なんでな。動けないってことを伝えたくてな』
「そうですか……ならば、我々としても海賊船の守りにつこう」
『恩に着るぜ、ギルキス団長さんよお!』
ザイアスは親指を立てる。
それだけ見ると親しみが持てる船乗りといった印象であった。やはり、同盟の継続をもちかけるべきか、と考えてしまうほどに。
「さて、始まりますよ」
カラハがそう言うと、ギルキスはスクリーンを見る。
収容所の闘技場に、ツァニスが駆る【ヴィラージュ・オール】とアルマンが駆る【アルジャン・デュシス】が相対する。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。
それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。
※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。
※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。
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