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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ
第84話 木星の皇族
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イクミは海賊船を降りて、ドッグを歩く。
カツカツカツ
妙に甲高い靴音を響かせて、自分に近づいてくる気配があった。
「あんたの方からくるなんて珍しいな」
イクミはその存在に向かって言う。
「そういう機会が巡ってきたからよ」
「そっか。それならしょうがないか」
イクミはあっさりとそう言うと、女性はクスリと笑う。
「首尾は順調ね」
「にしては、危なっかしいハプニングが多すぎやないか」
「それも含めてよ。彼がそういうハプニング大好きなの、知ってるでしょ」
「おお、せやせや! 今はまさに祭りの真っ最中やしな!」
「そういうことよ。ちゃんとあなたはあなたの役割を演じるのよ」
「……せやな。それであんたはどこへ?」
「――お姫様のところよ」
そう言って、外套の女性は姿を消した。
「まったくせわしないな……」
イクミは気だるげに言う。
「イクミ!」
「おう、エリスか!」
エリスやダイチ達がやってくる。
「今誰かと話してなかった?」
「ん、何のことや」
「二人分の気配を感じたから」
「そら、気のせいやろ。うちはずっと一人だったでー」
「そう……」
エリスは怪訝な顔をするが、根は素直なのでイクミの言ったことをそこまで疑っていない。
「イクミ、ブースト助かったぞ」
「おお! ダイチはん、有効活用してくれはったな! おおきに、おおきに!」
「ああ、なんとかバラバラにはならなかったよ」
「妾的には出力が今一つじゃったがな」
「そのあたりはこれから改良していくつもりや。目指すは師匠の四百パーセントや!」
イクミの目がメラメラと燃え上がる。
「あれは、止めておいた方がいいわよ」
エリスはくたびれたような様子で言う。
「エリスが止めた方がいいって、相当だな」
ダイチがそう言うと、エリスは睨んでくる。
「経験者は語る、というものですよ」
ミリアはよくわからないことを言ってくる。
レジスタンスの輸送機、南軍の艦隊が次々とブランフェール収容所のドックに入っていく。
このあたりの流れは、軌道エレベーターのときと似ている。
「さて、今後のことだが……」
収容所の隅にあるミーティングルームで、三軍の主要人物、ダイチ達、それに火星人捕虜の代表としてウィルが集まった。
「その前に、我々火星人達を救出していただき感謝します」
ウィルは一礼する。
「いえ、もとはと言えば、我々木星人同士の諍いにあなた方を巻き込んでしまったことが原因です」
「その原因について、お聞きしたいことがあります」
ウィルは挙手して問いかける。
「この戦争の発端となった領主アランツィード氏の暗殺なのですが、」
「それについては我々の方ではまったく情報を掴めていません」
ギルキスの発言にウィルは苦い顔をする。
「我々火星人はいわれのない疑いをかけられて処刑されるところだったのですが」
「まあ、だからこうして助けに参ったわけなんだがなあ」
「それについては感謝致します。ですが、我々の安全を保障していただけるのでしょうか?」
「そいつは俺が保証するぜ。俺達宇宙海賊の名に懸けてな」
「海賊が、ですか?」
ウィルはあからさまな疑心の目を向けている。
「貴様、無礼な!」
ツァニスが割って入る。
「この御方は海賊に身をやつしているが、かつて幾多の星間戦争でその名を轟かせた、」
「いや、ツァニス坊。お前は黙ってくれ」
「は、はい」
興奮気味に語るツァニスをザイアスは制する。
「キャプテン・ザイアス殿、あなたの正体についてもお聞きしたいと思っていました」
ギルキスが神妙な面持ちでそう言うと、視線はザイアスへと集中する。
「ザイアス殿の御力によって、今回の作戦は成功を収めました。ですが、あのチカラは紛れもなく皇族の証であるケラウノスでした。どういうことなのかご説明していただきたい」
問い詰められてザイアスは気だるげに髪をかく。
「面倒だが、しょうがねえかあ」
ザイアスは指をパチンと鳴らすと、バチンと雷の柱が立つ。
「見ての通り、俺は皇族だ。いや、かつての、といった方が正しいなあ。グレイルオス・ポスオール、それが俺の昔の名だ」
「グレイルオス……!」
ギルキスは驚愕に顔色を染める。
「現ジュピターの実弟ではないか!」
「ああ、そうだ。兄に知られると厄介なんでなあ、黙っていて欲しいぜ、団長さんよお」
「……軽々しく言えるものでもあるまい」
「話が早くて助かるぜ」
ザイアスはニヤリと笑う。
「そっちのお医者さんもだぜ」
不意にウィルに向けられて、彼は生唾を呑む。
「話しても誰も信じるまい」
「ま、そうだな」
「……我々は信用していいのか? 皇族であるあなたを」
ウィルはこの上なく真剣に訊く。
周囲には木星人しかおらず、その信用を問わなければ生死に関わる為、その覚悟は尋常ではないことが伺える。
「俺はもうかつての皇族。今はただの宇宙海賊だ」
それを受けてザイアスも真剣に答える。
「だが、皇族に理不尽に処刑される火星人を見捨ててはおけない。ただそれだけだ」
「………………」
ウィルは黙考する。やがて、答えを絞り出す。
「……その答えだけでは信用することはできません。ですが、我々はあなた方に頼るしか生き残る手段はありません」
「信用はできないが、頼るしかないか……まあ、そうだよな。だが、一度助けたからには最後まで責任を持つのが俺の信条だ。責任を持って安全な場所まで送り届けてやるぜ」
「……感謝します」
「そういうわけだ。団長さん、ツァニス坊」
ザイアスはこの場を取り仕切るように言う。
「この火星人達は、海賊船で送り届ける」
「それは構いません。捕虜のことは南軍では処理に困る問題ですからね」
ツァニスは異存無いことを示す。
「それについては、レジスタンスも異存はありません。だが、問題はあなたの方です」
「ん、何が問題なんだ?」
「何故正体を隠して、海賊などに。ましてや我々は皇族にあだなすレジスタンスに協力を持ち掛けたのでしょうか?」
「皇族はもう関係ない。といっても、信用できないか。ただ単に火星人を助け出したかったから、って、何度も言ってるんだがな」
「それを鵜呑みに出来る程、我々は皇族を信用していません」
ギルキスがそう言い切ると、ツァニスの顔が険しくなる。
わざわざ皇族といったからには、ザイアスだけではなくツァニスも信用できないと断言されたのだ。気分がいいものではない。
ましてやは平民にそれを言われたのだから、この場で八つ裂きにされてもおかしくない。
そんな暗雲が立ち籠ってくる。
「……まあ、そうだろうな。実際、元とはいえ俺がこんな風に身を明かしてたら同盟を組んでいなかっただろうなあ」
「そうですね。皇族という先入観が勝ってしまい、同盟を組むなど考えられなかったでしょう」
「だろうな。それに皇位(おうい)継承者の決まった代の皇族なんて飾りでしかない。そこのツァニス坊やファウナにも肩入れするつもりもなかったしな」
「では、あなたは本当に火星人を救うためだけにやってきたと?」
「そういうことだ。目的はもうほぼ果たしたんだ。俺達宇宙海賊はきっぱりと手を引くぜ」
「……うむ」
ギルキスは顎に手を当て思案する。
果たして、ザイアスの発言を使用していいのか。判断に決めあぐねている。
「承知しました。それでは収容した火星人の保護をよろしくお願いします」
それを聞いてザイアスは満足そうにニヤリと笑う。
ミーティングの結論は決した。
火星人の救出という目的を果たしたこと、海賊船が同盟を抜けたことでレジスタンスと南軍の同盟は解散。ただ、表立って敵対するわけではなく、どちらが新領主ファウナの命をとれるかで競うことになった。
そして、真っ先に抜けることを表明した宇宙海賊は、船に捕虜の火星人達を収容が完了次第、クリュメゾン領域を離脱する。安全な場所で彼らを降ろして一件落着ということだ。
「何か納得がいかないわ……」
海賊船のレストルームで、エリスはそうぼやく。
「どうしてだ?」
ダイチが訊く。
ダイチ達も火星人達と同じように海賊船に乗って、安全な場所に降りる。それで思いっきり巻き込まれたこの戦争から手を引くことになる。
「私達はこのままクリュメゾンから出る。それで一件落着じゃないですか、何がご不満なんですか?」
ミリアはわかっててわざと訊く。エリスはキィっと、台を叩く勢いで反論する。
「一件落着じゃないわよ! 私、あいつに負けたままなのよ!」
「あいつ? 負けた?」
ダイチはミリアに訊く。
「ファウナです。彼女が収容所にやってきて、エリスと戦いました。それで完敗しました」
「そ、そっか、あのエリスが……!」
信じられない、と面持ちでダイチはエリスを見る。
「な、何よ……! 今度やったら絶対に負けないわよ!」
「今度、ね……今度ってあるのかしら?」
マイナが鋭い発言でさす。
「そ、それは……!」
「ああ、つまり、そういうことか」
ダイチは察する。
「このままだとリターンマッチが果たせないってわけか」
「な、何言ってんの!?」
「お前、とんでもない負けず嫌いだからな。負けっぱなしで黙ってられないんだろ?」
エリスは図星を的確に突かれて、青筋を立てる。
「ああぁぁぁぁぁッ!! むかつくわね! ダイチ、付き合いなさい! 久々にサンドバッグにしてやるわ!」
「うお、ちょっと待て!? スパーじゃないのか!? 第一ここじゃ狭すぎるだろ!」
「狭い方が逃げ場がなくていいじゃない!!」
「む、無茶苦茶だ!?」
「ええい、問答無用!!」
エリスはダイチの文字通り首根っこを掴む。
「ぎゅうおおおおおッ!?」
「うおおおおお、待つのじゃ! そう強引に引っ掴んではダイチの息の根が止まるぞおおッ!」
フルートが必死に止める。
「エリス、落ち着いてください」
ミリアは優しくエリスの手を止める。
それでダイチは解放される。
「ハァハァ、んで、結局のところ、そのファウナって奴にリターンマッチしたいんだろ?」
「――!」
エリスは睨みつけてから答える。
「そうよ!! 悪い!?」
むしろ開き直ってる。
「いや、悪いってわけじゃないんだが……」
ダイチは弱り果てる。
「そのためには、レジスタンスや南軍よりも先にファウナの元へ辿り着かなくてはなりません」
「領主ともなると、簡単にはいかんじゃろうな。相当な防衛網を敷いてるはずじゃし」
ミリアとフルートは現状を鑑みて、冷静に言う。
「……何よりも、この戦争から手を引けなくなる」
ダイチが結論を言う。
「………………」
そこまで言われて、エリスは閉口する。
納得してはいないが、そこまでわがままを押し通そうとは思っていない気持ちだった。
(ま、しょうがねえよな)
ダイチはその気持ちを察する。
(みんなの生命を危険に晒せないし、エリス達にはどうしても天王星に行かなくちゃならないんだし。だけど、中々納得はできないよな、こいつの性格からして……やっぱり、俺がサンドバッグに、いやいやいや、スパーの相手するしかないか!)
「ダイチ……」
フルートはダイチの気持ちを察したかのように声をかけてくる。
「ん、なんだ、フルート?」
「そなた、損な役回りばかり引き受けるのう」
「それを言わないでくれ……」
あまりの察しの良さに、女房役ってこんなもんなのかもしないと思ってしまう。
「お前等、賑やかにやってるじゃねえかあ」
そこへザイアスがやってくる。
「キャプテン!?」
「大げさだな、そんなに驚くこたあねえだろ」
「いや、あんた、確か団長さんや領主さんと話し合ってたんじゃないんか?」
「もう結論は出てるんだ。これ以上は無駄話だと思ってな」
「自由なんだな」
ダイチの素直な物言いに、ザイアスはニヤリと笑う。
「海賊だからな! お前もやってみるか?」
「あぁ、それはちょっと……考えないことも無いが」
憧れないわけでもないが、さすがに今すぐとなるとためらいが出る。
「ま、その気になったらで構わねえよ。帆を上げたくなったら船に乗って海へ出る。それが海賊ってもんだ」
「海? 海とは何じゃ?」
「海、か……地球にあるバカでかい水の塊のことだ」
「ふむふむ、それも見てみたいものじゃな!」
フルートは興味で目を輝かせる。
「ああ、でかいぞ。宇宙からでもバッチリ見えるからな」
「海、海ね……」
エリスも密かに興味を示したのを、ダイチは見逃さなかった。
「ねえ、連れてってよ!」
初めて火星の赤い海を目にした後、エリスが言ってきたことを思い出す。
「そう! ダイチは地球人なんだから、いつか帰るんでしょ。だったら連れてってくれてもいいじゃない!」
あの時の無邪気な少女のようなはしゃぎっぷりを見て、一瞬とはいえ心奪われてしまった。
(あの時からかも……)
ダイチは思い返して、少しだけ自分の想いに気づく。
「しかし、そなたが皇族じゃったとはのう」
一方で話題はいつの間にかザイアスの話になっていた。
「只者ではないと思っておったが」
「ま、そんなことはいいだろ。色々あったんだよ」
「色々とは何じゃ?」
「長いこと生きてたらな、色々だ」
「妾は千年生きておるが、それでも短いか?」
「何?」
これにはザイアスも少々驚く。
「ああ、そういうことかあ。お前、外の星のヒトか!」
太陽の遥か外にある天王星や海王星のことを指して外の星という。
彼らは木星人よりも寿命が遥かに長く、少女の姿にして自分よりも悠久の時を生きていることをザイアスは瞬時に理解した。さすがにヒトビトから記憶の彼方に忘れ去られた冥王星人だということまでは察することは出来なかったが。
「わ、わわあ!?」
ザイアスはフルートの頭を強引に撫でる。
「こんな小さいナリして、俺より年上か! ハハ、面白い奴だな!」
「こ、これ、やめんか! 年上は敬う者じゃぞ」
「おお、そうだな! ははははははは!!」
そうして、豪快に笑う姿は気さくなおっちゃんであった。
その豪快さは海賊と呼ぶに相応しく、とても皇族からイメージされる煌びやかなものとは程遠い。
「キャプテン、一つ訊いていいか?」
「おう? いいぜ、俺が答えられることだったらな」
ザイアスはきさくに笑う。
そのおかげでダイチは遠慮することなく訊けた。
「皇族って、一体何なんだ?」
「……ああ、そいつか」
ザイアスはパイプを取り出す。
「一言でいえばな。――木星の皇にして太陽系の支配者だと思ってる、驕り高ぶった一族だ」
「まさしく驕りじゃな」
フルートは不満そうに言う。
小さいなりをしていても、同じ皇として黙っていられないのだろう。
「そいつは他の星であれ、自分の星であれ、変わらねえさ」
「それ、ちょっとわかるわね」
エリスが同意する。
「とにかく傲慢だったわ。私達の意志なんて関係なく、処刑しようとした」
「ああ、俺も見た。皇族同士の戦いでヒトがいっぱい巻き込まれて、いっぱい死んで……!」
ダイチは言いながらその時の光景を思い出し、頭を抱える。
あまり思い出したくない惨状であった。
「ああ、こういう戦争は珍しいことじゃねえ。皇族はみんな皇の座を奪いあって、兄弟同士で争い合ってる。血で血を争う」
「キャプテンもそうなのか?」
「ああ、かつてそうだった。内に外に戦争に明け暮れてたな」
フウと、長く息をつく。
「いっぱい殺したぜ。ここの領主なんか可愛いお姫様に思えてくるぜえ」
「実際可愛らしかったですけど」
ミリアはフフッと笑う。
「処刑されかけたのによく言うわよ」
エリスは呆れる。
「ま、そんなわけだ。そんな血で血を洗う戦いには飽きちまったんだ」
「だから、海賊やってるのか」
「まあな。俺は死んだことになってるし、皇族が海賊やるなんて誰も思わねえから都合がいいんだぜ」
「死んだことになってる?」
「俺が今のジュピターの実弟だってことはさっき知ったよな」
ダイチとフルートは頷く。
「それはな、同じ母親から生まれたっていう意味だ」
「「同じ母親?」」
ダイチやフルートは揃って首を傾げる。それを見てザイアスは「ああ、そこから」かと髭をさする。
「ジュピターの子供は数十人いるんだが、数十人もの子供が一人の母親から生まれるわけじゃねえだ。数十人の母親が数十人の子供を生むってわけだ」
「つまり、たくさんの母親からたくさんの子供が産まれるというわけですね」
ミリアは頬を赤らめて言う。
「一夫多妻制、ってやつか」
ダイチにはあまり馴染みの薄い言葉だった。
「ああ、そういうわけだ。ま、俺は母親に会ったことはないがな」
「ないのか」
「おそらくあの兄貴もな。そう言う方針なんだ」
「理解に苦しむわね」
エリスは不快感を隠さない。ザイアスはそれを承知の上で話を続ける。
「そうやって代々ジュピターの子供達は競い合ってきたんだ。数十年前は俺達の代、そして、今はツァニス坊やファウナの姫さん達だ」
「ふむ、なんとも血生臭い一族じゃ」
「そうだな。血生臭さなら太陽系一だろうな、ははは」
ザイアスは笑う。
笑い事なのかとダイチは戸惑う。
「でも、キャプテンは皇族なのに何故海賊をやってるんですか? それに死んだことになっているというのは?」
エリスが訊く。
「その話か。知りたいか?」
ザイアスは問う。
「ああ」
「ええ」
「もちろんじゃ」
ダイチ達は迷うことなく答える。
「それじゃ、今日は気分がいいから特別に話してやる」
ザイアスはニヤリと笑う。
「たくさんいる皇族の中からジュピターが選び、その座に立った時、他の皇族はどうなると思う?」
ザイアスが問いかけてから、ダイチは少し考えたがピンと来なかった。
「――皆殺しだ」
「え……?」
そのあまりにも意外で残酷な回答にダイチ達は絶句する。
「ジュピターに選ばれなかった兄弟がその子孫を利用して復讐しない為だ。兄弟だけじゃなく親戚連中まで殺し合いを始めたらそいつは地獄絵図だぜ」
兄弟の殺し合いも十分に地獄絵図だとダイチは思った。
「そんなわけでな、殺されるんだよ。ジュピターに選ばれなかった皇族はな」
「そんな……それじゃ、あのツァニスって人も……」
「ジュピターになれなければ死あるのみだ」
「………………」
ザイアスの残酷な現実を突きつける。
「まあ、生き残る方法は一つだけあるがな」
「え……? あるのか?」
ダイチは意外に思い、前のめりになる。
「嫌な予感がするわね、きっとろくなものじゃないんでしょ?」
エリスは呆れたように言うと、ザイアスはニヤリと笑う。
「ああ、当たりだ。そいつは――ジュピターの子供を産むことだ」
「「「………………」」」
今度こそ一同は絶句する。
「そ、それって、つまり……!」
フルートは顔を真っ赤にする。
「兄妹で結婚ってことぉッ!?」
エリスは大声で問いかける。
「あはははは、まあそうだな」
「笑い事じゃないわよ! なんて非常識なの!?」
(ああ、火星人にとっても兄妹結婚は非常識なのか)
ダイチは一つ利口になれた。
「とはいっても、男同士じゃ子供は産めねえからな。――危うく殺されるところだったぜ」
ザイアスは眼帯をさする。
多分あの眼帯はその『危うく殺される』場面でついたものなのかもしれない。
その仕草だけで、凄惨さを物語っているように見えた。
「ま、それで俺は死人扱いでこうして海賊をやってるわけだ」
「……そう考えると、皇族って何なのかわからなくなってくるな」
好きなだけ平民を踏みにじってきたと思ったら、兄弟同士で皇の座を争い、命懸けの戦いを繰り広げ、敗れたら死ぬ。
木星の皇族達、ダイチには理解できない世界だった。
「ま、色々あるんだよ。だが、百人の皇族がいれば百通りのヒトがいる。
俺やツァニス坊、ファウナの姫さんだけを見てこれが皇族って決めつけないようにな」
ザイアスは忠告のように言い放つ。
「……ああ」
ダイチはその精悍な顔つきに魅せられて、思わず答える。
「ま、皇族とかそういうの関係なくあいつをぶちのめさないと気が済まないけどね」
パン、とエリスは拳を打ち鳴らす。
それを見て、ザイアスはハハハ! と豪快に笑う。
カツカツカツ
妙に甲高い靴音を響かせて、自分に近づいてくる気配があった。
「あんたの方からくるなんて珍しいな」
イクミはその存在に向かって言う。
「そういう機会が巡ってきたからよ」
「そっか。それならしょうがないか」
イクミはあっさりとそう言うと、女性はクスリと笑う。
「首尾は順調ね」
「にしては、危なっかしいハプニングが多すぎやないか」
「それも含めてよ。彼がそういうハプニング大好きなの、知ってるでしょ」
「おお、せやせや! 今はまさに祭りの真っ最中やしな!」
「そういうことよ。ちゃんとあなたはあなたの役割を演じるのよ」
「……せやな。それであんたはどこへ?」
「――お姫様のところよ」
そう言って、外套の女性は姿を消した。
「まったくせわしないな……」
イクミは気だるげに言う。
「イクミ!」
「おう、エリスか!」
エリスやダイチ達がやってくる。
「今誰かと話してなかった?」
「ん、何のことや」
「二人分の気配を感じたから」
「そら、気のせいやろ。うちはずっと一人だったでー」
「そう……」
エリスは怪訝な顔をするが、根は素直なのでイクミの言ったことをそこまで疑っていない。
「イクミ、ブースト助かったぞ」
「おお! ダイチはん、有効活用してくれはったな! おおきに、おおきに!」
「ああ、なんとかバラバラにはならなかったよ」
「妾的には出力が今一つじゃったがな」
「そのあたりはこれから改良していくつもりや。目指すは師匠の四百パーセントや!」
イクミの目がメラメラと燃え上がる。
「あれは、止めておいた方がいいわよ」
エリスはくたびれたような様子で言う。
「エリスが止めた方がいいって、相当だな」
ダイチがそう言うと、エリスは睨んでくる。
「経験者は語る、というものですよ」
ミリアはよくわからないことを言ってくる。
レジスタンスの輸送機、南軍の艦隊が次々とブランフェール収容所のドックに入っていく。
このあたりの流れは、軌道エレベーターのときと似ている。
「さて、今後のことだが……」
収容所の隅にあるミーティングルームで、三軍の主要人物、ダイチ達、それに火星人捕虜の代表としてウィルが集まった。
「その前に、我々火星人達を救出していただき感謝します」
ウィルは一礼する。
「いえ、もとはと言えば、我々木星人同士の諍いにあなた方を巻き込んでしまったことが原因です」
「その原因について、お聞きしたいことがあります」
ウィルは挙手して問いかける。
「この戦争の発端となった領主アランツィード氏の暗殺なのですが、」
「それについては我々の方ではまったく情報を掴めていません」
ギルキスの発言にウィルは苦い顔をする。
「我々火星人はいわれのない疑いをかけられて処刑されるところだったのですが」
「まあ、だからこうして助けに参ったわけなんだがなあ」
「それについては感謝致します。ですが、我々の安全を保障していただけるのでしょうか?」
「そいつは俺が保証するぜ。俺達宇宙海賊の名に懸けてな」
「海賊が、ですか?」
ウィルはあからさまな疑心の目を向けている。
「貴様、無礼な!」
ツァニスが割って入る。
「この御方は海賊に身をやつしているが、かつて幾多の星間戦争でその名を轟かせた、」
「いや、ツァニス坊。お前は黙ってくれ」
「は、はい」
興奮気味に語るツァニスをザイアスは制する。
「キャプテン・ザイアス殿、あなたの正体についてもお聞きしたいと思っていました」
ギルキスが神妙な面持ちでそう言うと、視線はザイアスへと集中する。
「ザイアス殿の御力によって、今回の作戦は成功を収めました。ですが、あのチカラは紛れもなく皇族の証であるケラウノスでした。どういうことなのかご説明していただきたい」
問い詰められてザイアスは気だるげに髪をかく。
「面倒だが、しょうがねえかあ」
ザイアスは指をパチンと鳴らすと、バチンと雷の柱が立つ。
「見ての通り、俺は皇族だ。いや、かつての、といった方が正しいなあ。グレイルオス・ポスオール、それが俺の昔の名だ」
「グレイルオス……!」
ギルキスは驚愕に顔色を染める。
「現ジュピターの実弟ではないか!」
「ああ、そうだ。兄に知られると厄介なんでなあ、黙っていて欲しいぜ、団長さんよお」
「……軽々しく言えるものでもあるまい」
「話が早くて助かるぜ」
ザイアスはニヤリと笑う。
「そっちのお医者さんもだぜ」
不意にウィルに向けられて、彼は生唾を呑む。
「話しても誰も信じるまい」
「ま、そうだな」
「……我々は信用していいのか? 皇族であるあなたを」
ウィルはこの上なく真剣に訊く。
周囲には木星人しかおらず、その信用を問わなければ生死に関わる為、その覚悟は尋常ではないことが伺える。
「俺はもうかつての皇族。今はただの宇宙海賊だ」
それを受けてザイアスも真剣に答える。
「だが、皇族に理不尽に処刑される火星人を見捨ててはおけない。ただそれだけだ」
「………………」
ウィルは黙考する。やがて、答えを絞り出す。
「……その答えだけでは信用することはできません。ですが、我々はあなた方に頼るしか生き残る手段はありません」
「信用はできないが、頼るしかないか……まあ、そうだよな。だが、一度助けたからには最後まで責任を持つのが俺の信条だ。責任を持って安全な場所まで送り届けてやるぜ」
「……感謝します」
「そういうわけだ。団長さん、ツァニス坊」
ザイアスはこの場を取り仕切るように言う。
「この火星人達は、海賊船で送り届ける」
「それは構いません。捕虜のことは南軍では処理に困る問題ですからね」
ツァニスは異存無いことを示す。
「それについては、レジスタンスも異存はありません。だが、問題はあなたの方です」
「ん、何が問題なんだ?」
「何故正体を隠して、海賊などに。ましてや我々は皇族にあだなすレジスタンスに協力を持ち掛けたのでしょうか?」
「皇族はもう関係ない。といっても、信用できないか。ただ単に火星人を助け出したかったから、って、何度も言ってるんだがな」
「それを鵜呑みに出来る程、我々は皇族を信用していません」
ギルキスがそう言い切ると、ツァニスの顔が険しくなる。
わざわざ皇族といったからには、ザイアスだけではなくツァニスも信用できないと断言されたのだ。気分がいいものではない。
ましてやは平民にそれを言われたのだから、この場で八つ裂きにされてもおかしくない。
そんな暗雲が立ち籠ってくる。
「……まあ、そうだろうな。実際、元とはいえ俺がこんな風に身を明かしてたら同盟を組んでいなかっただろうなあ」
「そうですね。皇族という先入観が勝ってしまい、同盟を組むなど考えられなかったでしょう」
「だろうな。それに皇位(おうい)継承者の決まった代の皇族なんて飾りでしかない。そこのツァニス坊やファウナにも肩入れするつもりもなかったしな」
「では、あなたは本当に火星人を救うためだけにやってきたと?」
「そういうことだ。目的はもうほぼ果たしたんだ。俺達宇宙海賊はきっぱりと手を引くぜ」
「……うむ」
ギルキスは顎に手を当て思案する。
果たして、ザイアスの発言を使用していいのか。判断に決めあぐねている。
「承知しました。それでは収容した火星人の保護をよろしくお願いします」
それを聞いてザイアスは満足そうにニヤリと笑う。
ミーティングの結論は決した。
火星人の救出という目的を果たしたこと、海賊船が同盟を抜けたことでレジスタンスと南軍の同盟は解散。ただ、表立って敵対するわけではなく、どちらが新領主ファウナの命をとれるかで競うことになった。
そして、真っ先に抜けることを表明した宇宙海賊は、船に捕虜の火星人達を収容が完了次第、クリュメゾン領域を離脱する。安全な場所で彼らを降ろして一件落着ということだ。
「何か納得がいかないわ……」
海賊船のレストルームで、エリスはそうぼやく。
「どうしてだ?」
ダイチが訊く。
ダイチ達も火星人達と同じように海賊船に乗って、安全な場所に降りる。それで思いっきり巻き込まれたこの戦争から手を引くことになる。
「私達はこのままクリュメゾンから出る。それで一件落着じゃないですか、何がご不満なんですか?」
ミリアはわかっててわざと訊く。エリスはキィっと、台を叩く勢いで反論する。
「一件落着じゃないわよ! 私、あいつに負けたままなのよ!」
「あいつ? 負けた?」
ダイチはミリアに訊く。
「ファウナです。彼女が収容所にやってきて、エリスと戦いました。それで完敗しました」
「そ、そっか、あのエリスが……!」
信じられない、と面持ちでダイチはエリスを見る。
「な、何よ……! 今度やったら絶対に負けないわよ!」
「今度、ね……今度ってあるのかしら?」
マイナが鋭い発言でさす。
「そ、それは……!」
「ああ、つまり、そういうことか」
ダイチは察する。
「このままだとリターンマッチが果たせないってわけか」
「な、何言ってんの!?」
「お前、とんでもない負けず嫌いだからな。負けっぱなしで黙ってられないんだろ?」
エリスは図星を的確に突かれて、青筋を立てる。
「ああぁぁぁぁぁッ!! むかつくわね! ダイチ、付き合いなさい! 久々にサンドバッグにしてやるわ!」
「うお、ちょっと待て!? スパーじゃないのか!? 第一ここじゃ狭すぎるだろ!」
「狭い方が逃げ場がなくていいじゃない!!」
「む、無茶苦茶だ!?」
「ええい、問答無用!!」
エリスはダイチの文字通り首根っこを掴む。
「ぎゅうおおおおおッ!?」
「うおおおおお、待つのじゃ! そう強引に引っ掴んではダイチの息の根が止まるぞおおッ!」
フルートが必死に止める。
「エリス、落ち着いてください」
ミリアは優しくエリスの手を止める。
それでダイチは解放される。
「ハァハァ、んで、結局のところ、そのファウナって奴にリターンマッチしたいんだろ?」
「――!」
エリスは睨みつけてから答える。
「そうよ!! 悪い!?」
むしろ開き直ってる。
「いや、悪いってわけじゃないんだが……」
ダイチは弱り果てる。
「そのためには、レジスタンスや南軍よりも先にファウナの元へ辿り着かなくてはなりません」
「領主ともなると、簡単にはいかんじゃろうな。相当な防衛網を敷いてるはずじゃし」
ミリアとフルートは現状を鑑みて、冷静に言う。
「……何よりも、この戦争から手を引けなくなる」
ダイチが結論を言う。
「………………」
そこまで言われて、エリスは閉口する。
納得してはいないが、そこまでわがままを押し通そうとは思っていない気持ちだった。
(ま、しょうがねえよな)
ダイチはその気持ちを察する。
(みんなの生命を危険に晒せないし、エリス達にはどうしても天王星に行かなくちゃならないんだし。だけど、中々納得はできないよな、こいつの性格からして……やっぱり、俺がサンドバッグに、いやいやいや、スパーの相手するしかないか!)
「ダイチ……」
フルートはダイチの気持ちを察したかのように声をかけてくる。
「ん、なんだ、フルート?」
「そなた、損な役回りばかり引き受けるのう」
「それを言わないでくれ……」
あまりの察しの良さに、女房役ってこんなもんなのかもしないと思ってしまう。
「お前等、賑やかにやってるじゃねえかあ」
そこへザイアスがやってくる。
「キャプテン!?」
「大げさだな、そんなに驚くこたあねえだろ」
「いや、あんた、確か団長さんや領主さんと話し合ってたんじゃないんか?」
「もう結論は出てるんだ。これ以上は無駄話だと思ってな」
「自由なんだな」
ダイチの素直な物言いに、ザイアスはニヤリと笑う。
「海賊だからな! お前もやってみるか?」
「あぁ、それはちょっと……考えないことも無いが」
憧れないわけでもないが、さすがに今すぐとなるとためらいが出る。
「ま、その気になったらで構わねえよ。帆を上げたくなったら船に乗って海へ出る。それが海賊ってもんだ」
「海? 海とは何じゃ?」
「海、か……地球にあるバカでかい水の塊のことだ」
「ふむふむ、それも見てみたいものじゃな!」
フルートは興味で目を輝かせる。
「ああ、でかいぞ。宇宙からでもバッチリ見えるからな」
「海、海ね……」
エリスも密かに興味を示したのを、ダイチは見逃さなかった。
「ねえ、連れてってよ!」
初めて火星の赤い海を目にした後、エリスが言ってきたことを思い出す。
「そう! ダイチは地球人なんだから、いつか帰るんでしょ。だったら連れてってくれてもいいじゃない!」
あの時の無邪気な少女のようなはしゃぎっぷりを見て、一瞬とはいえ心奪われてしまった。
(あの時からかも……)
ダイチは思い返して、少しだけ自分の想いに気づく。
「しかし、そなたが皇族じゃったとはのう」
一方で話題はいつの間にかザイアスの話になっていた。
「只者ではないと思っておったが」
「ま、そんなことはいいだろ。色々あったんだよ」
「色々とは何じゃ?」
「長いこと生きてたらな、色々だ」
「妾は千年生きておるが、それでも短いか?」
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これにはザイアスも少々驚く。
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太陽の遥か外にある天王星や海王星のことを指して外の星という。
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「わ、わわあ!?」
ザイアスはフルートの頭を強引に撫でる。
「こんな小さいナリして、俺より年上か! ハハ、面白い奴だな!」
「こ、これ、やめんか! 年上は敬う者じゃぞ」
「おお、そうだな! ははははははは!!」
そうして、豪快に笑う姿は気さくなおっちゃんであった。
その豪快さは海賊と呼ぶに相応しく、とても皇族からイメージされる煌びやかなものとは程遠い。
「キャプテン、一つ訊いていいか?」
「おう? いいぜ、俺が答えられることだったらな」
ザイアスはきさくに笑う。
そのおかげでダイチは遠慮することなく訊けた。
「皇族って、一体何なんだ?」
「……ああ、そいつか」
ザイアスはパイプを取り出す。
「一言でいえばな。――木星の皇にして太陽系の支配者だと思ってる、驕り高ぶった一族だ」
「まさしく驕りじゃな」
フルートは不満そうに言う。
小さいなりをしていても、同じ皇として黙っていられないのだろう。
「そいつは他の星であれ、自分の星であれ、変わらねえさ」
「それ、ちょっとわかるわね」
エリスが同意する。
「とにかく傲慢だったわ。私達の意志なんて関係なく、処刑しようとした」
「ああ、俺も見た。皇族同士の戦いでヒトがいっぱい巻き込まれて、いっぱい死んで……!」
ダイチは言いながらその時の光景を思い出し、頭を抱える。
あまり思い出したくない惨状であった。
「ああ、こういう戦争は珍しいことじゃねえ。皇族はみんな皇の座を奪いあって、兄弟同士で争い合ってる。血で血を争う」
「キャプテンもそうなのか?」
「ああ、かつてそうだった。内に外に戦争に明け暮れてたな」
フウと、長く息をつく。
「いっぱい殺したぜ。ここの領主なんか可愛いお姫様に思えてくるぜえ」
「実際可愛らしかったですけど」
ミリアはフフッと笑う。
「処刑されかけたのによく言うわよ」
エリスは呆れる。
「ま、そんなわけだ。そんな血で血を洗う戦いには飽きちまったんだ」
「だから、海賊やってるのか」
「まあな。俺は死んだことになってるし、皇族が海賊やるなんて誰も思わねえから都合がいいんだぜ」
「死んだことになってる?」
「俺が今のジュピターの実弟だってことはさっき知ったよな」
ダイチとフルートは頷く。
「それはな、同じ母親から生まれたっていう意味だ」
「「同じ母親?」」
ダイチやフルートは揃って首を傾げる。それを見てザイアスは「ああ、そこから」かと髭をさする。
「ジュピターの子供は数十人いるんだが、数十人もの子供が一人の母親から生まれるわけじゃねえだ。数十人の母親が数十人の子供を生むってわけだ」
「つまり、たくさんの母親からたくさんの子供が産まれるというわけですね」
ミリアは頬を赤らめて言う。
「一夫多妻制、ってやつか」
ダイチにはあまり馴染みの薄い言葉だった。
「ああ、そういうわけだ。ま、俺は母親に会ったことはないがな」
「ないのか」
「おそらくあの兄貴もな。そう言う方針なんだ」
「理解に苦しむわね」
エリスは不快感を隠さない。ザイアスはそれを承知の上で話を続ける。
「そうやって代々ジュピターの子供達は競い合ってきたんだ。数十年前は俺達の代、そして、今はツァニス坊やファウナの姫さん達だ」
「ふむ、なんとも血生臭い一族じゃ」
「そうだな。血生臭さなら太陽系一だろうな、ははは」
ザイアスは笑う。
笑い事なのかとダイチは戸惑う。
「でも、キャプテンは皇族なのに何故海賊をやってるんですか? それに死んだことになっているというのは?」
エリスが訊く。
「その話か。知りたいか?」
ザイアスは問う。
「ああ」
「ええ」
「もちろんじゃ」
ダイチ達は迷うことなく答える。
「それじゃ、今日は気分がいいから特別に話してやる」
ザイアスはニヤリと笑う。
「たくさんいる皇族の中からジュピターが選び、その座に立った時、他の皇族はどうなると思う?」
ザイアスが問いかけてから、ダイチは少し考えたがピンと来なかった。
「――皆殺しだ」
「え……?」
そのあまりにも意外で残酷な回答にダイチ達は絶句する。
「ジュピターに選ばれなかった兄弟がその子孫を利用して復讐しない為だ。兄弟だけじゃなく親戚連中まで殺し合いを始めたらそいつは地獄絵図だぜ」
兄弟の殺し合いも十分に地獄絵図だとダイチは思った。
「そんなわけでな、殺されるんだよ。ジュピターに選ばれなかった皇族はな」
「そんな……それじゃ、あのツァニスって人も……」
「ジュピターになれなければ死あるのみだ」
「………………」
ザイアスの残酷な現実を突きつける。
「まあ、生き残る方法は一つだけあるがな」
「え……? あるのか?」
ダイチは意外に思い、前のめりになる。
「嫌な予感がするわね、きっとろくなものじゃないんでしょ?」
エリスは呆れたように言うと、ザイアスはニヤリと笑う。
「ああ、当たりだ。そいつは――ジュピターの子供を産むことだ」
「「「………………」」」
今度こそ一同は絶句する。
「そ、それって、つまり……!」
フルートは顔を真っ赤にする。
「兄妹で結婚ってことぉッ!?」
エリスは大声で問いかける。
「あはははは、まあそうだな」
「笑い事じゃないわよ! なんて非常識なの!?」
(ああ、火星人にとっても兄妹結婚は非常識なのか)
ダイチは一つ利口になれた。
「とはいっても、男同士じゃ子供は産めねえからな。――危うく殺されるところだったぜ」
ザイアスは眼帯をさする。
多分あの眼帯はその『危うく殺される』場面でついたものなのかもしれない。
その仕草だけで、凄惨さを物語っているように見えた。
「ま、それで俺は死人扱いでこうして海賊をやってるわけだ」
「……そう考えると、皇族って何なのかわからなくなってくるな」
好きなだけ平民を踏みにじってきたと思ったら、兄弟同士で皇の座を争い、命懸けの戦いを繰り広げ、敗れたら死ぬ。
木星の皇族達、ダイチには理解できない世界だった。
「ま、色々あるんだよ。だが、百人の皇族がいれば百通りのヒトがいる。
俺やツァニス坊、ファウナの姫さんだけを見てこれが皇族って決めつけないようにな」
ザイアスは忠告のように言い放つ。
「……ああ」
ダイチはその精悍な顔つきに魅せられて、思わず答える。
「ま、皇族とかそういうの関係なくあいつをぶちのめさないと気が済まないけどね」
パン、とエリスは拳を打ち鳴らす。
それを見て、ザイアスはハハハ! と豪快に笑う。
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