オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第75話 呉越同舟

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 そんなこんなでミーティングは数時間に続いた。
 続く作戦概要の説明。レジスタンスの隊長や南軍の親衛隊達の意志の疎通や互いの軍の戦力確認。そんなことを話し終えるとザイアスが「解散」と号令をかける。

「ふわあああ」

 フルートはあくびをする。

「難しい話ばかりだったからな」
「というより退屈じゃったな。ザイアスの作戦とやらは面白かったが、その後のいがみあいや牽制は見るに耐えないものじゃったわ」
「……ばっさりだな」

 ダイチとしては気が気ではなく、異が痛いものであった。

「ま、子供からしてみればそうかもしれないな」

 ザイアスの物言いにフルートはムッとする。

「何を言う! 妾は千年生きておるのじゃぞ」
「おっと、そうだった。俺より年上だったな!」

 ザイアスは大げさに驚いてみせる。そんな仕草を見るとザイアスもいくらか若く見えてしまう。

「ま、長年敵対していた関係だ。簡単に手を組んで共闘ってわけにもいかねえよ」
「それでも同盟まではいったんだな」
「ああ、最悪あの場で一戦交えることになるかもとは思ったがな」
「うぅ……」

 ダイチはギルキスとツァニスが戦うところを想像してみる。
 実際に戦ったことがあって実力差を知っているギルキスとケラウノスで壮絶な戦いを繰り広げていたツァニスが戦う。それは間違いなくこの軌道エレベーターを吹き飛ばすような凄まじい戦いに違いない。
 そんな戦いにならないでよかった、と心から思う。

「そうなったら、俺が止めるがな、フフフ」

 ザイアスは自信満々に言う。

(そういえばこの人、あのマーズと互角に戦っていたんだよな……)

 ダイチは初めて会ったときのシャトルの戦いを思い出す。
 あの時、火星皇マーズと戦っていたが、シャトル全体を揺るがすほどの凄まじいものであった。あれでもまだ全然本気ではなかった、とエリスは言っていたが、今ならダイチもわかる。
 この人には、あの二人に負けないだけの力を持っている。いや、それ以上の……

「おう、ダイチ!」

 デランが呼びとめる。傍らにはユリーシャもいた。

「デラン!」
「無事で何よりだ! 正直生き残れねえかもって思ってたからな!」
「生きてるって! そりゃ、フルートやイクミにも助けられたけど……」
「私もよ!」
「あ~……」

 その声を聞いて、気まずくなる。
 そう、マイナは怒り心頭でダイチを睨んでいるのだ。

「すま、」
「よくも私を置き去りにしたわねぇぇぇぇぇッ!!」

 謝るよりも早く恨み言を投げつけられる。

「あんたらがバイクで飛び去ったあと、大変だったんだからね! でっかいマシンノイドに追いかけられるわ、道に迷うわ! 兵隊に見つかって銃をバンバン撃たれるわ、道に迷うわ! マシンノイド同士の戦いに巻き込まれて、巻き添えくらわないように思いっきり逃げて、それで道に迷って! あっちこっち逃げまくって、ようやくデラン達と会えて、ここまできたのよ! わかる、この苦労!!」
「ほとんど、道に迷ってばっかじゃねえか……」
「それぐらい大変だったってことよ!!」

 マイナはダイチへと食い下がる。

「わ、わかったよ。すまなかった……」

 ダイチはたじろぎながら謝る。

「しかし、そなたもよく無事じゃったのう」
「それはまあ足には自信あるからね」
「足って逃げ足かよ」

 デランが突っ込む。

「何よ!」

 マイナはキィと睨む。

「おう、やろうってのか」

 デランは剣に手を掛ける。

「やめなさい。いらない騒ぎを起こすのはよくないわ」

 それをユリーシャが諫める。

「マイナも落ち着くのじゃ。この通り、妾も謝る。すまなんだ」
「う……」

 思ってもみなかったフルートからの謝罪にマイナも毒気を抜かれる。

(こうしてみると、フルートの方が大人っぽいな……あいや、実際年上なんだが……)

 どうにも地球人の五歳児並の身体でしかないフルートの見た目と実際の年齢は一致しない。それだけじゃなく雰囲気や性格もそうなのだが。

「にぎやかだな、うちといい勝負だ」

 ザイアスは言う。

「あんたんとこのリピートも騒がしいからな」
「それをお前が言うか、イクミ」

 ダイチは呆れる。

「キャプテン・ザイアス……」

 ユリーシャが畏まった口調でザイアスへ敬礼する。

「おう!」
「私はレジスタンス一番隊隊長ユリーシャ・シャルマークです」
「お前さんが同行者か」
「はい。この度、あなたの海賊船へ同乗させてもらいます」
「よろしくな、可愛い嬢ちゃんなら大歓迎だ」
「は、はあ……」

 ユリーシャは戸惑う。

「ユリーシャちゃんに手出しはダメですよお」

 そこへリッセルが会話に入ってくる。
「おっと、レディへのエスコートは心得てるつもりだ。んで、あんたは?」
「私はリッセルです。一番隊の軍医を務めています」
「ああ、そういうことか。白衣の嬢ちゃんも大歓迎だぜ」
「はい、歓迎されます」
「リッセルさん、あっという間にキャプテンと気が合いましたね」

 二人のやり取りを見てダイチは言う。

「え、ええ……」

 これにはユリーシャも戸惑う。
 作戦ミーティングの結果、海賊船単独で最前線へ奇襲をかけるわけにはいかないというギルキスの意見から、一番隊も同行させることになった。そして、レジスタンスから同行者が出るというなら当然南軍からも同行者を出すという話になり、

「グレイルオス様!」

 ツァニスが意気揚々とやってくる。

「ツァニスか。俺をその名前で呼ぶな」

 ザイアスの顔から笑みが消え、釘を刺すような視線を向ける。

「あ、す、すみません、つい」

 ツァニスはその視線に気圧される。

(あのヒト、さっきまであんなに凄い戦いをしてた領主なのに……)

 完全にザイアスを敬っている。これではどちらが領主かわからない。

(グレイルオス様……それって、キャプテンのことなのか……)

 その名前が何を示しているのか、ダイチにはまったく知らない。

「お前が同行を願い出るとはな……」
「あなた様と肩を並べる機会、逃したくありませんでしたから!」
「そうか……こちらとしては戦力が大きくて助かる」

 ザイアスはそんなことを言う。

「だが、俺の指示には従ってもらうぞ」
「はい!」
「とりあえず、仲良くしようや」

 ザイアスはツァニスへ手を差し出す。

「よろしくお願いします!」

 ツァニスはその手を握り返す。

「あれが……南の領主ツァニス・ダイクリア……」

 ユリーシャは呆気にとられる。

「大分イメージと違いますね」

 リッセルがこの場にいる面々の気持ちを代弁する。
 そんなツァニスはザイアスと一緒にいたダイチ達へと関心を移した。

「お前達も宇宙海賊か」
「いや、俺達は、」
「俺は領主だが、同じ戦列に入る以上、よろしく頼むぜ」

 ダイチは答える前にツァニスが陽気に言う。

「なんだ、こいつ……?」

 デランは言う。

「………………」

 ユリーシャはそんなツァニスを睨む。
「ユリーシャちゃん、落ち着いて」
「わかってるわ」

 そんなやりとりしていると、ツァニスの方からユリーシャへ声を掛ける。

「お前が同列するレジスタンスか?」
「ええ、一番隊隊長を務めるユリーシャ・シャルマークです」
「ツァニス・ダイクリアだ。お前の戦いぶりは空からも良く見えた。共に戦うことを頼もしく思う」
「は、はあ……」

 思ってもみなかった賛辞に、ユリーシャは戸惑う。

「おお、これは!」」

 リッセルは両手を合わせ、デランへ耳打ちする。

「デラン君、ライバル出現かもですよ」
「ライバル? 何の事だ」

 デランは疑問符を浮かべる。

「おう、お前もレジスタンスで戦ってた奴だな」

 ツァニスはデランへ声を掛ける。

「ああ、そうだが」
「うちの軍にも欲しいくらいの戦力だと思ったぜ。次の戦いでもよろしく頼むぜ」
「ああ」

 デランは戸惑う。

「……アングレスとは違うんだな」

 ツァニスとのやり取りで、デランは思わず呟く。

「アングレス?」

 ツァニスはそれを聞き取る。

「ああ、アングレスか! あいつも凄い奴だったな!」
「アングレスを知ってるのか?」
「何しろ、兄弟だからな。金星に送られることになっちまったのはちょっと残念だったけどな」
「……残念?」
「金星からじゃ領地を取りづらいからな。事実上ジュピターの後継争いから脱落したようなもんだぜ」
「………………」

 デランは沈黙する。

――この雷が、俺が皇になる証だ!
――貴様のような平民ごときが、騎士ごときが、俺の進路を阻むことは許されない!

 脳裏に、アングレスが言っていたことがよぎる。
 その言動からアングレスは自分が皇になることを諦めていたとは到底思えない。

「お前は、アングレスと会ったことがあるのか?」
「あ、ああ……」

 デランは戸惑いながら答える。

「そうか。俺も会いたいもんだぜ」

 ツァニスは朗らかに言う。

「ツァニス様、それ以上金星人と戯れるのはおやめください」

 後方に控えていた親衛隊が諫める。

「硬いことを言うな。それにこいつらの力はお前等より上かもしれんからな」
「そんなことはありませんぬ」

 親衛隊の大男がムッとする。

「聞き捨てなりませんね」

 それに合わせて、もう一人の親衛隊の男が銃へ手にかける。

「へ、おもしれえじゃねえか! お前等みたいなお高くとまってるような奴らは大嫌いなんでな!」
「お、おい……デラン、やめろよ」

 ダイチは制止に入る。

「俺達は味方なんだ。味方同士で争っている場合かよ」

 親衛隊の方にも呼びかける。

「味方……?」

 ダイチのその言葉を嘲笑するように言う。

「どうだか……」

 そんな声まで聞こえてくる。
 そして、なおも双方の睨み合いは続く。はっきりいって、共闘も何もあったものじゃない。

(こんなんで大丈夫か……エリス達を助けられるのか……)

 ダイチの不安は目下それであった。

「こういう状況ってなんて言ったか……」

 そういえば、こんな状況にピタリと当てはまる言葉があったような気がする。

「妾は博識じゃからな。知っておるぞ」

 フルートは得意気に言う。

「たしか、オエツ同舟どうしゅうじゃったか」
「オエツもらしてどうするんだよ、船酔いみたいだな……あ、そうか、呉越同舟ごえつどうしゅうだった」

 地球にいた頃、そんな故事成語があったことを習ったのを思い出す。

「ほうほう、そういうのか」

 フルートは関心を寄せる。

「えっと、たしか呉と越って国の人が同じ舟に乗り合わせて嵐が来たから協力して乗り越えるってことが由来だったな」
「まさに今の状況がそれじゃな」
「ああ、たしかに……」

 そう考えると今の状況はまさに昔の歴史として伝え聞いたものと同じで、自分がその渦中にいるなんて実感が湧いてくる。

(俺はただ必死こいてやってるだけなのにな)

 ダイチは心中でぼやく。

「まあ、昔の人も協力し合って嵐を乗り越えたっていうし、俺達も力を合わせて乗り越えられたらいいな」
「そうじゃな」

 とりあえず前向きに考えるようにする。
 そうでもしないと、不安で塗りつぶされそうになるからだ。
 この船に乗り合わせた因縁は、それほど根深いものだとダイチは感じた。
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