オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第65話 嵐の夜は静かに

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 拠点の屋上に立ち、木星の夜空を見上げてみる。

「やっぱ変わらねえな……」

 ダイチは感想をぼやく。
 木星の夜空は元々雲海のせいで日の光が遮られていて、照明が消えていたから暗くなった程度の変わり様しかない。

(地球みたいに、月の光や星の輝きがあるってわけじゃない……)

 代わりに雲海が夜になっても、蠢いていてまるで台風が真上にやってきているみたいだった。

(嵐にならないのが不思議なくらいだ。いや、今は嵐の真っただ中なんだな)

 さっきの会議を思い出してみる。
 この国で次の皇ジュピターの座を継ぐための領地争いが行われている。
 クリュメゾンを中心として東西南北の四国……実に五国が争い合っている。
 戦争っていうと二つの国が争うってぐらいしかイメージしたことがないダイチには想像のつかないスケールであった。
 それに立ち向かう為、レジスタンスは動いている。自分は今そのレジスタンスにいる。

「とんでもないことに巻き込まれちまったな……」

 ダイチは嘆息する。

「うむ。ここまで来たら腹をくくるしかないのう!」

 フルートが頼もしいことを言ってくれる。

「フルート?」
「エリスやミリアを助けたいのじゃろ?」

 フルートはダイチの心境を見透かした上で問いかける。

「俺は……」

 ダイチは拳を握りしめて、自分の中に浮かんだ答えを率直に答える。

「そうだ!」

 それにフルートは満足げな顔をする。

「うむ! それでこそじゃな!」
「フルートはいいのか?」

 連行されたダイチとミリアを助けたい。そんな自分の目的のためにフルートまで無理をして付き合う義理はない。

「ダイチが行きたいところが妾の行きたいところじゃ。それにエリスらを見捨ててはおけんしな」

 迷うダイチに対して、フルートは振り払ってくれるかのように答える。

「俺達だって同じだ」

 それに同調するようにデランとマイナが出てくる。

「この拠点にこもるっていうのはどうも性に合わねえしな」
「それにいけすかない木星人に一泡ふかすっていうのも爽快じゃない」
「そいつは言えてる。特にあのお姫様がな」

 デラン達は笑みを交わす。

「つーわけだ。俺達はレジスタンスに協力するぜ」
「ああ、ありがとう」
「礼なんていらねえよ」

 デランは笑って答える。

『次の目的はブランフェール収容所。連行された火星人四百名の救出だ』

 あの会議で、ギルキス団長ははっきりとそう告げていた。
 領主ファウナの命令によって、火星人はその収容所に集められ、そこで処刑されるという。それならエリスやミリアもそこにいるはずだ。
 このままだとエリスとミリアは処刑される。
 そんなことは絶対にさせない、ダイチは固く決意する。幸運にもレジスタンスとダイチの目的は一致している。
 ならば、ダイチはレジスタンスに協力する。
 その意見にデランやマイナ、フルートまで同調してくれる。
 今は戦争の真っただ中、怖くないわけじゃない。ただこれだけ揃っていればなんとかなる。根拠も無くそんな気がしてくる。

ピコン

 そんな中、着信の音が鳴る。

「誰だ?」

 こんなときにダイチにかけてくるヒトは限られている。

「エリスか!?」

 通話のウィンドウを開く。着信相手の名前を確認もせずに。

『おお、ダイチはん! 無事やったか!』
「イクミ!?」

 思いもよらない人物からだった。

「お前こそ! 連行されなかったのか!? 無事なのか!?」
『まあ、なんとか無事やな』

 慌てて心配するダイチに対してイクミは普段通り、ケロッとした態度であった。

『知り合いの個人シェルターに避難してたんや』
「個人シェルター?」
『木星のちょっとした金持ちなら大抵もってるもんらしいんやで。うちのチャット仲間のほおわがそらもう結構な金持ちでな~』
『こ、こらあ、勝手に人のハンドルネームを晒すな!』

 イクミの奥からおどおどした眼鏡の少年が顔を出す。

『まったく巧妙に隠しておいた私の住所を、は、はく、ハッキングを駆使して、しらしら調べ上げるなんて……!』
「ああ、昨日の話ね……」

 マイナは得心がいったように言う。

『いやあ、せっかく木星まできたからオフで会いたいと思ってな。こいつは人見知りが激しくて全然会おうとしてくれなれなくてな。宇宙海賊はんに協力して、住所を割り出してもらおうと逃げられる前にエアカーすっ飛ばしてきたんや! いやーそしたらこの騒動やろ? さっそく個人シェルターを使わせてもらったちゅうわけや!』
『た、たかだかだか私に会うためだけに、やりすぎすぎだ!』
『だ、大体(だいたい)たい、勝手に上がり込んできて図々ずうしいぞ』
『またまた~、ウチと将来を誓い合った仲やないか!』
『しょ、しょ将来など、なになにも!?』

 ウィンドウ越しに仲良さげなやり取りが目に入ってくる。

「あ~なんだかんだいって無事でいてくれてよかったよ」

 それがダイチの本音であった。
 警察に連行されていたり、戦争に巻き込まれていたりしたらどうしようかと心配していただけに。今のいつもと変わらない様子に心から安堵する。

『おお、そっちこそな。港が消滅したって情報が入って心配しとったとこや』
「ああ、レジスタンスの人達に助けてもらってな」
『レジスタンス、やと……?』

 イクミの瞳がギラリと燃える。

『なんやウチがおらんうちに面白いことになってるやないか。詳しく事情説明してえな』

 それを聞いて、ダイチはつい「しまった」と思ってしまう。
 イクミの好奇心を刺激して、何か良からぬ事を考えてしまいそうだから。とはいえ、話さないわけにもいかない。
 ダイチはイクミに話す。
 イクミとの約束通り港に行って警察が押し寄せてきた。連行されかけたが、そこへレジスタンスが来た。彼等に守られながら港を脱出しようとした。
 だが、直後に戦争が始まった。
 北と西のクリュメゾンの領地を巡る戦争。それに巻き込まれた。
 なんとか脱出して、レジスタンスの拠点にまで連れて来てもらい、次の作戦目的まで話してくれた。

『なるほどな……』

 イクミはずっと食い入るように聞いていて、一通り話し終えるとすうっと深呼吸する。
 ダイチの方も話すうちに、なんて突拍子もなく現実離れした話なんだろうと思っていた。
 これが自分が本当に体験したことなのか。もしかしたらこの話は映画か何かの物語で自分はその中の登場人物の一人でしかないんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。

『いやはや!いやはや、やで!!』

 そして、イクミはダイチの予想通り、いやそれ以上に興奮しだす。

『そんなとんでも面白いことに巻き込まれてたんやな! ああ、ほおわに会ってる場合やなかったわ!』
『なんだと!?』
「別に面白くねえよ」

 文字通り一歩間違えたら生命を落とすところだったのだ。あの港で吹き飛ばされた人達のように。

「エリスとミリアが連行されている。お前何か知ってないか?」
『ああ、ブランフェール収容所やな。一応ハッキングして情報収集はしてるけど……かなり固いで、あそこ』
「わかってるけど、やるしかないだろ」
『せやな。いや、ダイチはんも頼もしくなったわ』
「そうか……?」

 イクミに言われるとからかわれているのでは、と思ってしまう。

『そういうダイチはんやったら、心おきなく頼めるわ~、いや~こんなこともあろうかと思って、準備しといてよかったわ~』
「なんだよ、準備って?」
『待ってな、今からデータを送るから』

カタカタカタカタ……!

 イクミのタイピングする音が聞こえてくる。

ピコン!

 まもなくして、ダイチのウィンドウに地図のデータが送られてくる。ある地点が赤いポイントが明滅している。

「軌道エレベーター?」

 そこはつい昨日行ってきたばかりの雲海を貫く軌道エレベーターであった。

『そや、ここに向かって欲しいんや』
「向かう? ここに何があるっていうんだよ?」

 ダイチは昨日見に行った宇宙港やそこから見える雲海の絶景を思い出す。

『――うちが用意したチカラや』



 桃髪の少女は稲妻を放つ。

「ぐッ!」

 どんなに素早く動いても、追いかけてくる。そして、捕らえられる。

「その腕でなければ、もっといい勝負が出来たでしょうに。少々惜しいです」

 哀れみとも同情ともとれる少女の台詞が胸を打つ。

「同情だったらいらないわよ!」

 エリスは咆えた。
 この腕は、本当の自分の腕じゃない。そんなことはわかりきっている。
 だからといって言い訳なんてしない。
 今この瞬間に持てる力を全て使ってこその勝負。そこにハンデなんてものはあっても、戦い抜いて勝たなければならない。

「がぁぁぁぁぁぁッ!!」

 持てる力を全て使って勝つ。
 どんな敵にでも。たとえ、神の雷をまとうジュピター一族であっても。

「負けられない。私は負けられないのよ!!」

 弱くて、何の力もないせいで負けた。
 自分は腕を奪われ、ミリアは足を奪われた。他にも多くの孤児達が殺された。
 しかし、勝負に容赦は無く、神の雷は振り下ろされる。



「ああ!」

 エリスはシーツを翻して、起き上がる。

「おお、起きたか。思ったより回復力あるじゃないか」

 見知らぬ白衣の男性が自分を見てニヤリと微笑んでいた。

「あんた、誰?」
「ソロン。ここで医者をやってるんだ」
「医者? ああ、そういう恰好してるわね」
「話が早いな。お前さん、姫様の雷をくらったんだ。普通だったら即死。よくてもしばらくは動けない」
「つぅ!」

 エリスはさっそく身体を動かそうとしたが痛みが走って動かせなかった。

「しばらく動けないって言っただろう?」
「しばらくってどのくらい?」
「それはお前さんの回復力次第だろうな。意識を取り戻すのにももっと時間がかかると思っていたからな」
「そっか……」

 エリスはベッドに床につく。

「そう。それが一番の回復方法だ」

 ソロンはフフッと笑う。

「おお、起きたか」

 これまた見知らぬ男が入ってくる。

「あんたは?」
「ウィル。火星人の医者だ」
「……うさんくさい」

 エリスは第一印象を素直に言う。

「ハハ、素直なお嬢ちゃんだ」

 ウィルは苦笑交じりに返す。

「ま、お嬢ちゃんよりそっちのお嬢ちゃんが重傷ぽっかたからな」
「そっちのお嬢ちゃん?」

 エリスは隣のベッドを見る。

「ミリア……」

 そこに寝ていたのはミリアであった。落ち着いた寝息を立てている。

「そっちのお嬢ちゃん。あんたをかばってな」
「……!」

 それを聞いて、エリスは歯噛みする。

「それで私は生きているのね……!」

 自分が意識を失った後のことがなんとなく想像がついた。

「ああ、そのお嬢ちゃんのおかげだ。もう一撃受けてたらやばかっただろうな」

 ソロンにそう言われて、シーツを握りしめる。だが、身体が痺れて思うように力が入らない。

「くそ……!」
「悔しいのかい?」

 ウィルが訊く。

「あったりまえでしょ……!」
「相手は神の雷を操るジュピターでもか?」
「そんなの関係ないわよ! たとえ相手が皇だったとしても! 本物の神様だったとしても!」

 エリスは問いかけたウィルへ睨み返す。

「……なんとも」

 ウィルは感心する。

「凄まじい闘志ですな。ある人を思い出す」
「そんなことどうだっていいわよ!」

 エリスは布団をかぶってそっぽ向く。

「……聞いて欲しいことがある、エリス君。そのまま黙って聞いてくれ」

 ウィルはそっと小声で囁く。

「我々は明後日処刑される」
「………………」
「ただ、我々はこのまま大人しく殺されるつもりはない。協力して欲しい」
「――!」

 エリスはわずかに反応する。

「返事は君の回復を待ってからでもいい。じゃあ」

 ウィルは立ち上がる。

「それじゃあ、私は他の火星人を見ておきます」

 そう言って去っていく。

(……このまま大人しく殺されるつもりはない、ね……それは私もよ……!)

 心の中で彼の言葉を思い出し、同意する。
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