オービタルエリス

jukaito

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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス

第40話 1日目を終えて

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「いや、三位でもよくやったもんやで!」

 空元気に笑うイクミ。ぐったりとしているエリスを元気づけようと無理をしているのがマイナやラミからみても十分にわかる。

「……うるさい」

 ベッドに転がったエリスはぼやく。

「いや、いうても三位やで、三位! 十一人いる中で三位って凄いことやないか!」
「二人に負けたのよ」
「あ……」

 滑った。
 こりゃ失言だったわ、とイクミは頭をかく。

「おい、そこでボサッとしてないでとっとと手伝え!」

 ラウゼンが文句を飛ばしてくる。

「はいはい、只今いきますわ」

 イクミはハイスアウゲンの修繕の手伝いに向かう。明日のフェストのもう一つの種目・闘技に出るために。

「………………」

 エリスは今日の競走を思い返す。
 あと一撃、届いていたら……と思わずにはいられない負け方だった。
 いや、そればかりでなく、ゴール手前で追い抜かれた。
 一歩どころか二歩も届かなかった。

『悪いね、おかげで二位はいただくよ』

 あの機体……エアフォルク、といったか。明日の闘技で必ず借りを返そうとエリスは胸に誓った。
 それにしても、今日は疲れた。
 マシンノイドに搭乗して、あれだけ長時間戦ったのは初めてだったが、これほど疲れるものとは思わなかった。多分、ブーストの長時間使用も影響しているのだろう。
 感覚的にはヒートアップを使った時に近かった。
 どこか自分の身体がハイスアウゲンと一体化したかのようだった。

 しかし、その感覚には違いがあった。

 エリスはまだいけると思ったが、機体の方はもう限界だった。その違いはどこからきたのか。
 機体の出力をもっと引き出せば、もっといけたのだろうか。

「うーん……」

 エリスはベッドの上で一回転する。
 考えてもわからない。というか、こういうことは戦ってみないとわからない。
 身体は万全に動くのに機体はままならない。身体で戦った時とはまた違う歯がゆさであった。

「今日は……これのせいじゃなかった……」

 エリスは義手の感触を確かめる。
 今回は腕が壊れるようなことはなかった。あのブーストとヒートアップを使った副作用で釜茹で地獄のようになったコックピットの中でもちゃんと動いてくれた。さすがマイスターの技術力といったところか。もっとも、そのマイスターが作り上げた機体の方で限界を迎えた。

「あ~やめやめ!」

 うじうじしているのは性に合わない。
 余計なことは考えずにとっとと寝ることにした。あれやこれや深く考えてもしょうがないからこうする。

「あれ、エリスさん。寝ましたか?」

 ハイスアウゲンの整備をしながらラミはエリスの方へ目を向ける。

「ああ、そういう気持ちの切替ができるのがエリスやからな」
「サッパリとしているのですね」
「せやな。それより、こいつは骨が折れるな」

 分解仕掛けた右肩と右腹の接合をしている。
 これを明日の昼までに間に合わせなければならない。今夜は徹夜で作業することになるだろう。

「………………」

 ラウゼンは必死の形相で無言のまま、修繕作業を進めている。
 ラウゼンは右肩、イクミとラミは腹部といった分担で作業を行っている。

「おっさん、相当悔しかったんやろうな」
「そうですね」
 
「アライスタさんに負けた、というよりは自分が作った機体が操縦者より先に限界を迎えて負けた事の方が悔しいみたいで」
「まあ、エリスが存外規格外やったっていうのもあるけど」
「凄かったですね、元聖騎士とまともに打ち合っていましたよ。それどころかあと一歩のところで勝つところでしたし!」

 ラミが興奮気味になっているのとは対照的に、イクミはため息をつく。

「あと一歩……あと一歩、やったな……。
――その一歩が果てしなく遠かったけど」



「ちょいと派手にやられたものだね」

 アライスタは、ノイヘリヤとそのメイン兵装である多変形機能型マルチウェポン【レーゲンボーゲン】の損傷具合を確認してぼやく。

「おまけにあと一歩ってところまで追い詰められたし」
「そんなに言われなくてもわかってるって」

 うんざりしてきたラルリスはうんざり気味に答える。

「まあ、ラウゼンが作り上げた機体とそれに選ばれた操者ならあれぐらい食い下がっても不思議じゃないな」
「いや、あれは私の負けだったよ。機体のトラブルが無かったらトドメも刺されていた」
「あ、それは認めるんだね」
「相手と自分の力量をしっかり把握しておかなければ、足元をすくわれる。騎士時代の教訓ってやつよ」
「なるほど。立派な心がけだね」

 アライスタはそう言って再び機体の方を見る。

「しかし、変形機構がやられていなくて幸いだったな」
「取り回しにはもう少し練度が必要だと思うけどな」
「そうだね。六つの兵装を状況に応じて使い分けるなんて器用な真似が出来るのはお前さんぐらいなものだよ」
「あっちつかず、どっちつかずとよく注意されたよ、騎士時代は」
「それが今役に立っているんだ。多芸はテスターとしては大歓迎のスキルだよ」
「……しかし、剣と銃ぐらいならともかく、槍、斧、鎌、杖の六種類全部を一つの兵装にまとめるなんて無茶もいいところだよ」
「私は欲張りなんだ」

 ラルリスがぼやくとアライスタは得意顔で言う。

「つくづく、私はとんでもないマイスターに巡り合ってしまったようだね」
「マイスターなんてみんなそういうものだよ。ラウゼンだってな」
「ああ、そりゃ向こうの機体を見ていれば分かるよ。正直あっちじゃなくてよかったと思っているところだ」
「よかったよ。あれに乗りたいなんて言い出したらどうしようかとね」
「そんなクレイジーな奴だと思われていたことの方が心外だよ」

 ラルリスは苦い顔をして言う。

「類は友を呼ぶとも言うしね」

 アライスタが答えると、ラルリスはさらに苦い顔をする。

「なるほど……あんたも相当だったことを忘れていた」
「まあね」
「……今日のレースは結果的に勝ったが、明日の闘技もそう上手くいくとは思えない」
「あんたにしては珍しく弱気なこった」
「それだけ奴が追いすがってきたということよ。しかも、むかつくこと言ってきたし」
「むかつくこと?」
「思い出したら腹が立ってきた。もう休むわ」
「それがいいわね。なんだか今のあんた、負けてきたみたいな調子になってるし」
「明日までには調子、戻しておくわ」

 そう言って、ラルリスは格納庫から去っていく。

「むかつくことね……」

 実を言うと、エリスとラルリスの戦いは全てちゃんと聞いていたし、エリスの何がラルリスを苛つかせたのか、アライスタは察してわかっていた。

『あんたもね、さすが元聖騎士ね!
――でも、あいつはもっと強いんでしょ!
ワルキューレ・リッターのアグライア!』

「お前なんか眼中に無い、そうあの嬢ちゃんは言っているようなものだった。元聖騎士としちゃあ、屈辱もいいところだね、ハハ」

 それは同時に戦う機体を仕上げたマイスターに対する侮辱でもあった。

「さて、この借りは明日きっちり返さないとね!」

 アライスタは拳を打ち付けて、気合とともに傷ついたノイヘリヤの修繕と調整に取り掛かる。



 ひとまずレースを無事に終えたことで、ガウス長官は安堵の息をつく。

「いや~最後は凄かったですね! フェスト顔負けの戦いでしたね!」

 秘書の能天気さが時々羨ましくなる。

「ああいうのは闘技で見せてほしかったのだがな。しかし、伝統的に競走は
スタートとゴール地点はスタディオンであること、
チェックポイントを通過すること、
この二つしかルールが無いから、ああなるのが必然であるからな」

「追加ルールなんて無粋ですよ! 妨害あり、乱闘ありの方が面白いですからね!」

 拳をぶん回してアーリンは力説する。

「おかげで二機はリタイアして、明日の闘技には出場不可能になっている。他の機体だって損傷は激しい。果たして明日までに何機が復調できるかわかったものじゃない」
「フフ、大丈夫ですよ! 明日もきっと盛り上がりますって!」

 アーリンは根拠も無く言う。

「君の能天気さが羨ましいよ」

 ガウス長官はディスプレイに一つの不安要素を映し出す。

「こんなものを見せられてもまだそうしていられるのだから」
「困ったことになったって思うのが悪い癖なんですよ」

 アーリンは得意顔で言う。

「こんなものを明日出されたら、どんな面倒事が起きるんだろうって不安に思うより、
これで明日はどんな楽しいことが起きるんだろうって考えた方が人生楽しいですよ」
「なるほど、今後の参考にさせてもらうよ」

 ガウスはそんな会話をしながら、もう一つ映像をディスプレイに出す。

「グラールの方も大騒ぎになっているな」
「ああ、グラールも凄かったみたいですね」
「当然といえば当然だ。おかげでフェストの方はそこまで騒動にならずにすみそうで助かるのだが」
「長官、ずるい顔してますね」
「ずるい顔とはなんだね……」

 そこで通話のコールが鳴り出す。相手は∨IPだ。

『こちらの機体の搬入がようやく完了した。まもなくそちらに到着する手はずになっている』
「ええ、存じ上げております。しかし、あなたも忙しいですね」
『余計な気遣いは不愉快だ。それよりも、君は滞りなくフェストを運営することだけを考えていればいい』
「フフ、そちらこそ心遣い、感謝致します」
『心にもない世辞はやめろ。それでは明日は予定通りに』
「はい、全てはあなた様の予定通りに」

 ガウスは一礼し、そこで通話は終わる。

「プ、クハハハハハハハ!!」

 アーリンはそこでこらえていた笑いを一気に吹き出す。

「笑わないでもらおうか」
「だって! だって! 心にもない世辞ですって! あのヒト、見抜いてたわね! 長官得意のおべっか、アハハハハハ!」
「誰が得意だ、まったく。無礼な秘書だ」

 ガウスは「やれやれ」とため息をつく。

「それでも面倒事は全て私におしつけられる。まったく長官という仕事は割に合わないことばかりだ」



 目を覚ますと、そこには見慣れた顔が見えた。

「おはよう、よく眠れたか?」
「あんたは眠れなかったみたいだけど」

 エリスは嫌味を込めて言ったが、イクミは意に介さずニィと笑う。

「ああ、興奮して眠れなかったわ」
「ハイスアウゲンは万全にしておきました!」

 ラミは元気いっぱいに言う。

「そう、これで戦えるのね。ありがとう」
「いえいえ、お礼を言うのはこっちの方です!」
「お礼を言われるようなことをしていないんだけど」
「昨日の戦いに励まされましたから! 十分に優勝できる希望を見せてくれて感謝の言葉もないんですよ!」

「………………」

「どうしたんですか?」
「いや、私はただ戦いたいように戦っただけだから、そんなふうに言われたの初めてで」
「照れてるんや! エリスは案外照れ屋やからな!!」
「イ、ク、ミ~!」

 エリスはイクミの頭を掴んで、こめかみに拳を押しつける。

「あだだだだだ、きくぅー! 徹夜の頭にそれはきくぅー!」
「誰が照れ屋さんですって!」
「あたた、あんた! あたたた!」
「アハハハハハ!」

 ラミは笑う。じゃれ合う二人が微笑ましく見えたのだろう。

「ところで、じいさんは?」
「ラウゼン師匠なら、あそこでまだ作業していますよ」

 ラミはハイスアウゲンの方を指す。
 見ると、ラウゼンがディスプレイをいじりながら何かデータの調整をしているようだ。

「師匠にも思うところがあるみたいです」
「思うところ、ね……」

 また何かろくでもない調整でもしていないだろうか。
 少し不安はあるが、機体に関してはマイスターであるラウゼンに任せるしか無い。

「ほんなら朝食いこうか」

 イクミにそう言われるとエリスはお腹をさする。確かに腹ごしらえは大事だと思った。
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