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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
第34話 選定に向けて
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ダイチは痛みをこらえながら校舎の廊下を歩く。
動けないミリアをおぶって、サブリナの案内で職員室に向かっているところだが、その足取りは非常に重い。ミリアは思ったより軽いのだが、それでもヒト一人の重さを背負うとパプリアにやられたところが痛む。
「それにしてもお前、義足は大丈夫なのか?」
「あ、はい。そこはベルマ先生に気遣っていただいたみたいで壊れない程度には手心を加えてもらいました」
「それでも、足を狙ったんだあの先生」
「それは弱いところを狙うのが戦いの定石ですからね」
ニコリと笑ってとんでもないことを言うミリアであった。
「だけどよ、今日みたいな戦いになったら義足じゃ厳しいんじゃないか? というか、お前の足もマイスターに見繕ってもらった方がよかったんじゃないのか?」
「ん~、そうですね……私はエリスほど足を酷使するようなことはありませんから考えたことなかったんですが、今日みたいなことがまたあったときのために予備は用意しておいた方がよかったかと思いますね」
ミリアはため息をつく。
「ですが、明日もう編入するとなるともう新しい義足を見繕う時間もないでしょう」
「それもそうだな」
「だましだましでなんとかしてみましょう。大丈夫、きっとなんとかなりますよ」
「そうか……」
「フフ、お気遣いありがとうございます」
「別に礼を言われるほどのことじゃないと思うんだが……」
「そういう恩着せがましくないところが嬉しいんですよ」
「そういうものなのか、よくわからないけど」
しかし、悪い心地はしなかった。
心なしか、背中を背負う重さが軽くなったような気がする。
「お、ダイチじゃねえか!」
デランが声を聞こえる。
そちらの方を見ると、エドラと昨日見なかった女子生徒一人と一緒のようだ。
「今日パプリアと試験だったんだろう。ボコボコにされたか?」
ニヤニヤ笑って訊くところに、ダイチはそこはかとなく悪意を感じた。
「見りゃわかるだろ」
「ごめんね、デランは遠慮が無いから」
「ああ、よく知ってるよ」
それで昨日気を失うまでやられたのだから身にしみてよくわかっている。
「んで、試験はどうだったんだ?」
「ああ、合格だってよ。見ての通りボコボコにやられたけどな」
ダイチは苦笑しながら答える。
「そっか、合格か。ま、お前なら合格するってわかってたけどな」
「あ、ああ……」
はっきりそう言われて照れくさくなる。
「パプリア先生好みの叩きがいのありそうなタイプなので」
そこへエドラが余計な一言を言ってくる。
「おい!」
エドラに言われて、ダイチは突っ込みを入れるが内心ちょっと同意する。
今思い返してみると、あの人、試験中ずっと楽しんでいたような気もする。
「………………」
そこでダイチはじぃーとこちらを見つめているメガネをかけた女子生徒に気づく。
「その娘は?」
「ああ、彼女はボク達の同級生なんですよ」
「アンシア・ファンメルです。男のヒトは珍しいもので、つい見てしまいました、すみません」
「あ、ああ、別に気にしてないからいいよ」
女子校に男子が入ってくるみたいなものだからそれは珍しいよなってダイチは思った。
「この男のヒトがあのパプリア先生を認めさせたんですか」
「そうだよ。ボクやデランも認めてるしね」
「まあ、俺に比べたらまだまだだけどな!」
デランは嫌味ったらしく言ってくるが、実際まだまだだから仕方無い。
「だけど、これで俺の調整相手ができて助かるぜ」
「あ、ああ……その話か」
合格したら、という話だったが、実際合格したので話を再び持ちかけてきたようだが、正直どうしたものかとダイチは思った。
「俺、役に立てるのか?」
正直今の実力じゃ勝負にならないし、調整相手にすら務まらないじゃないかとダイチは思っていたから断ろかとも考えていた。
「ああ、それは俺もわからねえ」
「はあ?」
ダイチにとってそれは意外な返答だった。
てっきり、何かの役に立つからそんな申し出をしたのかと思ったのに。
「ただ、なんとなくこいつとなら上手くやっていけそうだなと思ってな」
「な、なんとなくだったのか……」
「デランはそういうところあるからね。野性的というか、動物的というか」
「何も考えてないだけなんじゃないですか?」
エドラとアンシアは呆れたように言う。
「うるせい! ちゃんと考えてるに決まってるだろ!」
「はは、仲が良いな。俺よりエドラの方がよっぽど調整相手に向いてるんじゃねえか?」
「あ、ああ……それができたらな……」
デランは悔やむように言って、エドラの笑顔が苦笑いになる。
「さすがにね、対戦相手になるかもしれないから手の内はさらせないしね」
「対戦相手……?」
「エドラもワルキューレ・グラールの選手に選抜されているんですよ」
アンシアが言ってくれる。
「……マジかよ……!」
ダイチは言葉を失う。
「それは凄いことですね」
背中におんぶされているミリアも感心する。
「そういうわけで、デランは俺の調整相手ができねえんだ」
「ああ、事情はわかったよ」
「だから、俺はお前に頼んでるんだ」
「うーん、本当に俺が役に立つのか?」
「それも言ってるだろ、やってみねえとわからねえって。ただ俺はお前とだったらなんか上手くやれそうな気がするのは確かだぜ」
そのなんとなくで信用しているのか。
そういう感覚はダイチにも心当たりがあった。
エリスに背中を押されるように言われると本当に出来そうな気がする。それと似たようなものかもしれない。
(だったら、俺もやれそうかもな)
ダイチはデランに向けて言う。
「わかった。ひとまずやってみるよ」
「ああ、助かるぜ」
二人はニコリと笑顔を交わす。
「フフ、男の子っていいですね」
背中のミリアが耳元でこそばゆいことを言ったせいで台無しになったが。
その後、教官室まで行ってパプリア先生が面倒を見ていたフルートを引き取った。
「妾は心配しておったぞ!」「なんでその女をおんぶしておるのじゃ!?」「妾もおんぶしてくれぬか!」「未来の旦那は甲斐性無しじゃ!」
と廊下で騒ぎ立てるものだから大変だった。
たまに女子生徒が何事かと覗き見てくるから恥ずかしい。
「君も苦労するわね」
パプリアも愉快そうに言ってくるのだからきつい。
なんとか、フルートには今度たっぷりおんぶしてやるって言ってきかせてなだめると、一旦ホテルに帰る流れになった。
「明日からよろしくね」
去り際にパプリアはニコリとそう言ってくれたので、ダイチとミリアは揃って「よろしくお願いします」とお辞儀した。
それで学園を出るまでの間にも女子生徒と何度もすれ違った。
ただでさえデランとエドラの二人しか男子がいない学園で部外者の男子なんて珍しい上に、その男子が女子をおんぶして、幼女を引き連れているのだから目を引かずにはいられないのだろう。
ダイチにとっては恥ずかしいことこの上ない話だが。
「まあ!」と驚きの声を上げる女子がいれば、
「ひそひそ……」と何やら良からぬ噂話をする女子もいて、
「はあ……」と何故かため息をつく女子までいる。
早く校舎を出たくてたまらなかった。
ようやく出口が見えた時、ホッと安堵する。
「ごめんなさいね、ダイチさん……」
「い、いや、別になんてことないさ」
ダイチは強がりを言ってみせる。
「まったくお主の足が不自由でなかったら、引きずり落としておったところじゃ」
フルートはご機嫌ななめに言う。
「心遣いありがとうございます。よろしければ、今度ダイチさんの背中をお貸しして差し上げますわ」
「ダイチの背中は妾のものじゃ、誰にも貸し与えたりはせぬぞ!」
「俺の背中は俺のものだ!」
まったく言いたい放題だ。
「明日来るのを待ってるよ」
校門を開けてくれたフィラはニコリと笑ってそう言ってくれた。
リニアに乗って、ホテルまで着くとミリアをベッドに寝かせた後、ダイチはぐったりとソファーに横たわった。
「ありがとうございます、ダイチさん」
「お疲れ様、じゃな」
「ああ……もうこのまま寝ちまおうか」
「それはいけません! エリスやイクミに連絡をしないと」
「う、そうか……!」
このまま寝てしまおうかという誘惑を振り切って、通話のコンソールを起ち上げる。
「エリス?」
『おお、ダイチはんか!』
出てきたのはイクミだった。
『試験の結果はどうやった? 合格だったか? それとも、合格だったか!?』
イクミはダイチ達の合格を疑っていなかったようだ。
「もちろん、決まっていますわ」
ダイチとミリアは二人揃って誇らしげに告げる。
「もちろん合格さ」
『おお!』
イクミは喜びを露わにする。
『何? 二人とも合格?』
その奥にいるエリスは顔を出してくる。
「よ、よお、エリス……」
『よお、じゃないわよ。合格したんならすぐに言いなさい』
「わ、わりい」
『それでちゃんとぶちのめしてきた?』
ダイチは言葉をつまらせる。何しろぶちのめすどころか、手も足もでなかったのだから合わせる顔が無い。
『ああ、その顔は逆にぶちのめされましたってわけね』
あっさりバレた。さすがにそのあたりの察しはいい。
『そうなるじゃないかと思ってたけどね』
「ああ、俺なりに精一杯やったんだけどな」
『歯がゆいったらないわね。私に腕があったらぶちのめしてるところなんだけど』
「義手の方はどうなんだ?」
『まだ始めたばかりよ。当分は帰ってこれそうにないわね』
「ああ、そいつは都合がよかった」
ダイチは明日からエインヘリアルの寮に入ってしばらく戻ってこれそうにないことを説明した。
『確かにそれなら都合ええわな。こっちもエリスの腕が出来上がるのとフェストまで、工房にかかりっきりになりそうやし』
「では、ホテルは引き払った方がよろしいですね」
『それがええな』
ミリアの意見にイクミは同意する。
「それでもう一つ相談したいことがあるんだ」
『ん、なんや?』
「フルートのことだ」
「妾か?」
いきなり自分のことを言われてフルートは驚く。
「俺達、エインヘリアルの寮に入るからフルートはそっちで面倒見てくれねえか?」
『ああ、それは別にいいけど』
「なんでじゃ、妾はダイチに一緒におる!」
「そうもいかないんだよ。寮だからな」
「寮だからって、なんじゃ! 妾もついていくぞ」
「いや、だからそれはできないって……ミリアから何か言ってくれ」
「そうですね、規則なのでこればっかりは」
「嫌じゃ! 妾はダイチと一緒にいる!」
フルートは頑として拒む。
「フフ、ダイチさん好かれていますね」
「笑い事じゃねえぞ」
そこまで好かれているというかなつかれているのは嬉しいところなのだが、今回ばかりは素直に言うことを聞かせるにはどうしたものか。
「なあ、フルート頼む。俺達は寮に入らないといけないんだ、そこにはフルートは入れないんだ」
ダイチはできるだけなだめるように優しく言う。
「むむ、じゃったら妾も留学試験を受ければよかったのではないか」
「フルートさんの立場的にそれは難しいかと思いますが。
何しろ、冥皇なのですから、他の星に留学なんてできないかと」
「そうか。妾が冥皇であるばかりに……」
いや、そこは外見の問題なのではないか、とダイチは思ったが、話がややこしくなるので黙った。
「だから、冥皇であるフルートさんは学園に安易に入ってはいけないんです」
「そ、そういう事情であるならやむなしじゃな」
どうやらミリアが上手くなだめてくれたようだ。ダイチは心の中でお礼を言う。
『でも、あの二人がワルキューレ・グラールに出るなんてね』
エリスは悔しげに言う。
『腕があったら戦ってみたかったのに』
「そうか……お前だったら腕がなくても戦うか」
『そうね』
否定せずに答えて、ダイチは苦笑した。
何しろ、エリスに喧嘩を売ってきたデランの代わりに買ったのだ。きっとあの場にエリスがいたらそのまま喧嘩に突入していただろう。そうなったら、どうなっていただろう。
いくらエリスでも腕が無かったらデランに負けるんじゃないか。
腕が無いということはそれほど絶望的なハンデに思えてならない。
(それでも、エリスなら……)
根拠はないもののそう信じずにはいられなかった。単に足だけで自分を負かした少女が他のヒトに負けるなんてありえないという負け惜しみも入っているが。
「フェストとグラールが終わったら出来るんじゃないか」
『そうね。あ、でも、だったらアグライアとも戦いたいわね』
「……欲張りだな」
ダイチは思わず言う。
『そういう性分なの。あいつ、凄く強そうだし』
「そりゃ強いだろうな、金星最強の騎士って言われてるし」
そう思うと、あのパプリアよりも強いのかと考えてしまう。
自分では本気すら出せずに圧倒され続けたあの教官よりも強い。それはダイチには想像すらできない領域の強さであった。
「勝てるのか、そんなヒトと戦って?」
『さあ……でもやるからには勝つつもりでいくわよ、当然でしょ』
「そうか」
エリスは強いと改めて思えた。
勝つつもりでいくか。自分だったら、あまりの力の差にやる前から諦めていた。
少しはその考えを見習わなくちゃ、と、ダイチは拳を握りしめる。
「俺も頑張るよ、エインヘリアルの訓練でちょっとは強くなってやるよ」
それを聞いて、エリスは少し驚いたが、すぐに嬉しそうな顔をする。
『それじゃ、楽しみにしてるわよ。
――私の新しい義手の実験台にちょうどいいわ』
その発言を聞いて、ダイチはエリスにそんな宣言をしたことを後悔した。
「エリス・マーレット……火星年齢十六歳、地球年齢二五歳、身長一六ニセンチ、体重四十キロ……」
ラウゼンはエリスのデータをタイピングで打ち込んでいく。
「腕の重量は六キロだと想定して、硬度も考慮に入れてメタルボーンを土台にするのを想定する必要があるな」
「エリスは喧嘩っ早いからすぐ腕をダメにしてしまうからうんと頑丈なやつでお願いしますわ」
イクミの発言に、エリスはムッとなる。
「ヒトを乱暴者みたいに……」
「みたい?」
隣で見学していたマイナがぼやくと、エリスはキィと睨む。触らぬエリスに祟りなし、この時マイナは学習した。
「これ、前回の腕のデータなんですが」
「これは……」
「どうですか?」
「素人にしては良く出来てる」
「本当ですか!?」
「ただ、これでは耐久性に難がある」
「そ、そうですか?」
「骨格を組み替え直して、その上に加工を施せば……こうなる!」
ラウゼンはそう言いながら、組み込んだデータをイクミに見せる。
「おお! さすがはマイスター!? 是非師匠と呼ばせてください!!」
イクミはハイテンションになる。
「私らにはわけのわからない世界だね」
「……そうね」
マイナのぼやきにエリスは同意する。
ただ、エリスの場合、自分の腕が関係しているだけに見て見ぬフリしていられないのが困りものであった。
「イクミさん、私より弟子っぽいですね」
ラミはエリスのアイシングをしながら言う。なんだか羨ましそうだ。
「イクミさんもマイスターだったんですね、意外でした」
「趣味でやってたんだからモグリよ」
「趣味であれだけの腕を? それは凄いですね」
ラミは感嘆する。
「私、師匠に弟子入りしたのに全然ダメなんですよ」
「あんなじいさんに弟子入りなんて物好きね」
「ラウゼン師匠はとても腕のいいマイスターなんですよ。ちょっと偏屈ですが」
「ちょっと……?」
「とにかく負けず嫌いなんですよ。義手にしても、マシンノイドの開発にしても誰にも負けないためにあれだけの腕を身に着けたそうです」
「ふうん、負けず嫌いね……」
その発言に少しだけ親近感を憶えた。
「そんなにあのアライスタに負けたくないのね」
「はい、いつもいつもあいつにだけは負けねえ! って言いながらあの機体を組み上げていたんですよ」
「そこまで行くと病気じゃない?」
マイナが言うとラミはニコリと笑う。
「かもしれませんね」
「そこは否定してもいいんじゃない」
エリスが言う。しかし、あまりにもラミが明るく言うせいで否定的に聞こえなかった
「師匠のそういうところが好きなんですよ」
「あんたも相当変わってるわね」
「そうですね、よく言われます」
ラミはエリスの肩を撫でて器具を取り付ける。
「どうでしょうか?」
「うーん、悪くないわね。あとはここに腕がくっつけば言うこと無いんだけど……」
「あの、エリスさん? 差し出がましいようですが、質問してもよろしいでしょうか?」
「何? 遠慮せずに言ってみて?」
「再生治療はしないのですか?」
「………………」
エリスは言葉をつまらせる。
「確かに、高額のお金と高度な技術を要する治療ですが、師匠の技術力なら十分可能ですが、何故鉄製の義手にこだわるんですか?」
「……しないじゃなくて、できないのよ」
「え?」
「何度かイクミが試してくれたんだけど、どうにもダメなのよ。私固有のエヴォリシオンのデータが不足しているみたいで、完全に腕を組み上げることができないみたいなのよ。腕部分のデータが不足しているっていうか、そのあたりはイクミが詳しいのよね」
「それならデータバンクにあるんじゃないですか。金星では毎年の定期検診の際にエヴォリシオンのデータ採取を行っているのですが、水星でも火星でも同様の制度が執り行われている」
「それはまっとうなヒトの場合よ」
「……え、ど、どういうことですか?」
「私達は身寄りのない孤児で、ずっとある施設に預けられてたのよ。それで、その施設は戦争が終わったと同時に跡形も無く消えたわ、私達の身体の一部と遺伝子データごとね」
「………………」
「別に珍しい話じゃないわ。火星じゃ戦争の影響で『データバンクに登録されなかった人間』とデータバンクから抹消された人間』がかなりいるのよ。十年以上立った今でも解決していないのよ、それは。まあ、私達の場合はその両方で定期検診すら受けさせてもらえてないのよ」
「そうだったんですか……私何も知りもしないでいい加減なことを言ってしまいました。ごめんなさい」
ラミが涙ぐみながら言う。そのせいで、エリスは罪悪感が込み上げてくる。
「別に謝って欲しくてこんなこと言ったんじゃないわ。……ただ、知って欲しかっただけよ、再生治療が出来ない身の事情を」
「そ、そうですか。確かにそういった事情なら再生治療は難しいですね。いくら師匠でもデータが無いと厳しいですものね」
「悔しいがそのとおりだな」
ラウゼンは悔しげに言う。
「まったくお前さんもややこしい事情が持ち込んできてくれたものだ」
「今更嫌になったっていうんじゃないでしょうね?」
「まさか」
エリスの問いかけにラウゼンはニヤリと笑う。どことなく子供っぽさがあって、ああ、男の子の笑い方だとエリスは思った。
「再生治療は無理だが、鉄製の義手ならオーダーメイドでとびっきりのつくってやるぜ。それでマシンノイドの操縦は十分だろ?」
ラウゼンは自信満々に言う。エリスもそれに対して力強く答える。
「ええ、十分よ。最高のものを作ってちょうだい! それで優勝してやるわ!」
「へ、言ったな!?」
「言ったわよ!」
二人とも自信満々でとても楽しそうであった。
「おおし! 一発気合入ったところで試運転だ! お前さん、こいつに乗ってみろ!」
ラウゼンはそう言って、ヒトよりも少し大きめのマシンノイドを見せる。
全長およそ三メートル七十センチ。人からみたら巨人、マシンノイドからしたら小型に分類される、いわゆるパワードスーツといったものだ。
「ツヴァンクライン、二世代前の機体だが、馬力なら現行機にも負けてねえぜ」
「これに乗ってどうしろってのよ?」
「まずは鳴らしが必要だからな。みたところ、マシンノイドの搭乗は全然慣れてないみたいだからな。別の機体でもとりあえず乗ってみないことにはこっちもデータがとれないしな」
「そういうことなら……」
エリスはあまり気乗りがしなかった。
マシンノイドに搭乗すること自体慣れてない。それもあるが前回もそのまた前回もマシンノイドに乗った自分の身体と同じ感覚で動かそうとした結果、自分の身体のようにままならなかった不快感が未だに残っている。
今度もまた上手く動かせないんじゃないか。
そんな不安が一瞬エリスの脳裏によぎって躊躇わせた。
「どうした? 怖くなったか?」
ラウゼンが煽るように言う。
「だ、誰が!」
エリスは反射的に答えて、あとは勢いでツヴァンクラインに乗る。
「GFSにお前さんのエヴォリシオンのデータは入れておいた。とりあえず歩き回って慣らすことだな」
「了解! GFS起動!」
エリスの音声に反応して、ツヴァンクラインが眠りから目を覚ましたかのように動き始める。
「まずは足を……」
エリスは普段と同じ感覚で歩こうとする。するとツヴァンクラインはそれと同じように歩いてみせる。
「おおし! まずは一歩前進だ!」
文字通りの一歩前進だ。たったそれだけだというのにラウゼンのテンションは妙に高い。
「次に二歩! 三歩! 四歩だ!!」
「うるさい! そんなに怒鳴らくてもわかってるわよ!!」
エリスも負けじと大声で言い返す。
「二歩でしょ! 三歩でしょ! そんでもって四歩!」
エリスは順調にツヴァンクラインの歩を進める。
「よおしいいぞ! 次はアトリエ一周だ!! ジェットホバーを使ってみせろ!」
「うるさいわね、ホバーでしょ!」
怒声を飛ばして、文句を言い返す。
そんな調子でどんどんエリスはツヴァンクラインを乗りこなしていく。
ランニング、ジャンプ、ストレッチ……ヒトが出来る準備運動を一通り行った。
「次はバルーンを落とせ! ラミ、出せ!」
「ラジャーです!」
ラミの合図とともにヒトの形をしたバルーンがどんどん出てくる。
「こいつをぶっとばせいいわけね?」
「そうだ! 五秒でやってみせろ!!」
「三秒でやってみせるわよ!」
言うやいなやエリスはバルーンを一つ蹴り飛ばす。それに続いて、蹴って、蹴って、バルーンを割っていく。流れるような動作で止まることを知らず、ラミが出したバルーンを全部壊す。
「タイムは!?」
ラウゼンは計測していたイクミに訊く。
「四秒!」
「大口叩いた割に大したことねえな!」
「うるさいわね! 五秒きったんだからいいでしょ!」
「そいじゃ、次行くぞ! 今度は三秒だ!」
「ええい、やってやるわよ!」
もう一度、同じ数だけのバルーンが出現する。そして、エリスはツヴィンクラインを操って割っていく。
この日、これを二十セット繰り返した。その度にエリスはどんどんタイムを縮めていき、最終的にジャスト一秒を記録した。
動けないミリアをおぶって、サブリナの案内で職員室に向かっているところだが、その足取りは非常に重い。ミリアは思ったより軽いのだが、それでもヒト一人の重さを背負うとパプリアにやられたところが痛む。
「それにしてもお前、義足は大丈夫なのか?」
「あ、はい。そこはベルマ先生に気遣っていただいたみたいで壊れない程度には手心を加えてもらいました」
「それでも、足を狙ったんだあの先生」
「それは弱いところを狙うのが戦いの定石ですからね」
ニコリと笑ってとんでもないことを言うミリアであった。
「だけどよ、今日みたいな戦いになったら義足じゃ厳しいんじゃないか? というか、お前の足もマイスターに見繕ってもらった方がよかったんじゃないのか?」
「ん~、そうですね……私はエリスほど足を酷使するようなことはありませんから考えたことなかったんですが、今日みたいなことがまたあったときのために予備は用意しておいた方がよかったかと思いますね」
ミリアはため息をつく。
「ですが、明日もう編入するとなるともう新しい義足を見繕う時間もないでしょう」
「それもそうだな」
「だましだましでなんとかしてみましょう。大丈夫、きっとなんとかなりますよ」
「そうか……」
「フフ、お気遣いありがとうございます」
「別に礼を言われるほどのことじゃないと思うんだが……」
「そういう恩着せがましくないところが嬉しいんですよ」
「そういうものなのか、よくわからないけど」
しかし、悪い心地はしなかった。
心なしか、背中を背負う重さが軽くなったような気がする。
「お、ダイチじゃねえか!」
デランが声を聞こえる。
そちらの方を見ると、エドラと昨日見なかった女子生徒一人と一緒のようだ。
「今日パプリアと試験だったんだろう。ボコボコにされたか?」
ニヤニヤ笑って訊くところに、ダイチはそこはかとなく悪意を感じた。
「見りゃわかるだろ」
「ごめんね、デランは遠慮が無いから」
「ああ、よく知ってるよ」
それで昨日気を失うまでやられたのだから身にしみてよくわかっている。
「んで、試験はどうだったんだ?」
「ああ、合格だってよ。見ての通りボコボコにやられたけどな」
ダイチは苦笑しながら答える。
「そっか、合格か。ま、お前なら合格するってわかってたけどな」
「あ、ああ……」
はっきりそう言われて照れくさくなる。
「パプリア先生好みの叩きがいのありそうなタイプなので」
そこへエドラが余計な一言を言ってくる。
「おい!」
エドラに言われて、ダイチは突っ込みを入れるが内心ちょっと同意する。
今思い返してみると、あの人、試験中ずっと楽しんでいたような気もする。
「………………」
そこでダイチはじぃーとこちらを見つめているメガネをかけた女子生徒に気づく。
「その娘は?」
「ああ、彼女はボク達の同級生なんですよ」
「アンシア・ファンメルです。男のヒトは珍しいもので、つい見てしまいました、すみません」
「あ、ああ、別に気にしてないからいいよ」
女子校に男子が入ってくるみたいなものだからそれは珍しいよなってダイチは思った。
「この男のヒトがあのパプリア先生を認めさせたんですか」
「そうだよ。ボクやデランも認めてるしね」
「まあ、俺に比べたらまだまだだけどな!」
デランは嫌味ったらしく言ってくるが、実際まだまだだから仕方無い。
「だけど、これで俺の調整相手ができて助かるぜ」
「あ、ああ……その話か」
合格したら、という話だったが、実際合格したので話を再び持ちかけてきたようだが、正直どうしたものかとダイチは思った。
「俺、役に立てるのか?」
正直今の実力じゃ勝負にならないし、調整相手にすら務まらないじゃないかとダイチは思っていたから断ろかとも考えていた。
「ああ、それは俺もわからねえ」
「はあ?」
ダイチにとってそれは意外な返答だった。
てっきり、何かの役に立つからそんな申し出をしたのかと思ったのに。
「ただ、なんとなくこいつとなら上手くやっていけそうだなと思ってな」
「な、なんとなくだったのか……」
「デランはそういうところあるからね。野性的というか、動物的というか」
「何も考えてないだけなんじゃないですか?」
エドラとアンシアは呆れたように言う。
「うるせい! ちゃんと考えてるに決まってるだろ!」
「はは、仲が良いな。俺よりエドラの方がよっぽど調整相手に向いてるんじゃねえか?」
「あ、ああ……それができたらな……」
デランは悔やむように言って、エドラの笑顔が苦笑いになる。
「さすがにね、対戦相手になるかもしれないから手の内はさらせないしね」
「対戦相手……?」
「エドラもワルキューレ・グラールの選手に選抜されているんですよ」
アンシアが言ってくれる。
「……マジかよ……!」
ダイチは言葉を失う。
「それは凄いことですね」
背中におんぶされているミリアも感心する。
「そういうわけで、デランは俺の調整相手ができねえんだ」
「ああ、事情はわかったよ」
「だから、俺はお前に頼んでるんだ」
「うーん、本当に俺が役に立つのか?」
「それも言ってるだろ、やってみねえとわからねえって。ただ俺はお前とだったらなんか上手くやれそうな気がするのは確かだぜ」
そのなんとなくで信用しているのか。
そういう感覚はダイチにも心当たりがあった。
エリスに背中を押されるように言われると本当に出来そうな気がする。それと似たようなものかもしれない。
(だったら、俺もやれそうかもな)
ダイチはデランに向けて言う。
「わかった。ひとまずやってみるよ」
「ああ、助かるぜ」
二人はニコリと笑顔を交わす。
「フフ、男の子っていいですね」
背中のミリアが耳元でこそばゆいことを言ったせいで台無しになったが。
その後、教官室まで行ってパプリア先生が面倒を見ていたフルートを引き取った。
「妾は心配しておったぞ!」「なんでその女をおんぶしておるのじゃ!?」「妾もおんぶしてくれぬか!」「未来の旦那は甲斐性無しじゃ!」
と廊下で騒ぎ立てるものだから大変だった。
たまに女子生徒が何事かと覗き見てくるから恥ずかしい。
「君も苦労するわね」
パプリアも愉快そうに言ってくるのだからきつい。
なんとか、フルートには今度たっぷりおんぶしてやるって言ってきかせてなだめると、一旦ホテルに帰る流れになった。
「明日からよろしくね」
去り際にパプリアはニコリとそう言ってくれたので、ダイチとミリアは揃って「よろしくお願いします」とお辞儀した。
それで学園を出るまでの間にも女子生徒と何度もすれ違った。
ただでさえデランとエドラの二人しか男子がいない学園で部外者の男子なんて珍しい上に、その男子が女子をおんぶして、幼女を引き連れているのだから目を引かずにはいられないのだろう。
ダイチにとっては恥ずかしいことこの上ない話だが。
「まあ!」と驚きの声を上げる女子がいれば、
「ひそひそ……」と何やら良からぬ噂話をする女子もいて、
「はあ……」と何故かため息をつく女子までいる。
早く校舎を出たくてたまらなかった。
ようやく出口が見えた時、ホッと安堵する。
「ごめんなさいね、ダイチさん……」
「い、いや、別になんてことないさ」
ダイチは強がりを言ってみせる。
「まったくお主の足が不自由でなかったら、引きずり落としておったところじゃ」
フルートはご機嫌ななめに言う。
「心遣いありがとうございます。よろしければ、今度ダイチさんの背中をお貸しして差し上げますわ」
「ダイチの背中は妾のものじゃ、誰にも貸し与えたりはせぬぞ!」
「俺の背中は俺のものだ!」
まったく言いたい放題だ。
「明日来るのを待ってるよ」
校門を開けてくれたフィラはニコリと笑ってそう言ってくれた。
リニアに乗って、ホテルまで着くとミリアをベッドに寝かせた後、ダイチはぐったりとソファーに横たわった。
「ありがとうございます、ダイチさん」
「お疲れ様、じゃな」
「ああ……もうこのまま寝ちまおうか」
「それはいけません! エリスやイクミに連絡をしないと」
「う、そうか……!」
このまま寝てしまおうかという誘惑を振り切って、通話のコンソールを起ち上げる。
「エリス?」
『おお、ダイチはんか!』
出てきたのはイクミだった。
『試験の結果はどうやった? 合格だったか? それとも、合格だったか!?』
イクミはダイチ達の合格を疑っていなかったようだ。
「もちろん、決まっていますわ」
ダイチとミリアは二人揃って誇らしげに告げる。
「もちろん合格さ」
『おお!』
イクミは喜びを露わにする。
『何? 二人とも合格?』
その奥にいるエリスは顔を出してくる。
「よ、よお、エリス……」
『よお、じゃないわよ。合格したんならすぐに言いなさい』
「わ、わりい」
『それでちゃんとぶちのめしてきた?』
ダイチは言葉をつまらせる。何しろぶちのめすどころか、手も足もでなかったのだから合わせる顔が無い。
『ああ、その顔は逆にぶちのめされましたってわけね』
あっさりバレた。さすがにそのあたりの察しはいい。
『そうなるじゃないかと思ってたけどね』
「ああ、俺なりに精一杯やったんだけどな」
『歯がゆいったらないわね。私に腕があったらぶちのめしてるところなんだけど』
「義手の方はどうなんだ?」
『まだ始めたばかりよ。当分は帰ってこれそうにないわね』
「ああ、そいつは都合がよかった」
ダイチは明日からエインヘリアルの寮に入ってしばらく戻ってこれそうにないことを説明した。
『確かにそれなら都合ええわな。こっちもエリスの腕が出来上がるのとフェストまで、工房にかかりっきりになりそうやし』
「では、ホテルは引き払った方がよろしいですね」
『それがええな』
ミリアの意見にイクミは同意する。
「それでもう一つ相談したいことがあるんだ」
『ん、なんや?』
「フルートのことだ」
「妾か?」
いきなり自分のことを言われてフルートは驚く。
「俺達、エインヘリアルの寮に入るからフルートはそっちで面倒見てくれねえか?」
『ああ、それは別にいいけど』
「なんでじゃ、妾はダイチに一緒におる!」
「そうもいかないんだよ。寮だからな」
「寮だからって、なんじゃ! 妾もついていくぞ」
「いや、だからそれはできないって……ミリアから何か言ってくれ」
「そうですね、規則なのでこればっかりは」
「嫌じゃ! 妾はダイチと一緒にいる!」
フルートは頑として拒む。
「フフ、ダイチさん好かれていますね」
「笑い事じゃねえぞ」
そこまで好かれているというかなつかれているのは嬉しいところなのだが、今回ばかりは素直に言うことを聞かせるにはどうしたものか。
「なあ、フルート頼む。俺達は寮に入らないといけないんだ、そこにはフルートは入れないんだ」
ダイチはできるだけなだめるように優しく言う。
「むむ、じゃったら妾も留学試験を受ければよかったのではないか」
「フルートさんの立場的にそれは難しいかと思いますが。
何しろ、冥皇なのですから、他の星に留学なんてできないかと」
「そうか。妾が冥皇であるばかりに……」
いや、そこは外見の問題なのではないか、とダイチは思ったが、話がややこしくなるので黙った。
「だから、冥皇であるフルートさんは学園に安易に入ってはいけないんです」
「そ、そういう事情であるならやむなしじゃな」
どうやらミリアが上手くなだめてくれたようだ。ダイチは心の中でお礼を言う。
『でも、あの二人がワルキューレ・グラールに出るなんてね』
エリスは悔しげに言う。
『腕があったら戦ってみたかったのに』
「そうか……お前だったら腕がなくても戦うか」
『そうね』
否定せずに答えて、ダイチは苦笑した。
何しろ、エリスに喧嘩を売ってきたデランの代わりに買ったのだ。きっとあの場にエリスがいたらそのまま喧嘩に突入していただろう。そうなったら、どうなっていただろう。
いくらエリスでも腕が無かったらデランに負けるんじゃないか。
腕が無いということはそれほど絶望的なハンデに思えてならない。
(それでも、エリスなら……)
根拠はないもののそう信じずにはいられなかった。単に足だけで自分を負かした少女が他のヒトに負けるなんてありえないという負け惜しみも入っているが。
「フェストとグラールが終わったら出来るんじゃないか」
『そうね。あ、でも、だったらアグライアとも戦いたいわね』
「……欲張りだな」
ダイチは思わず言う。
『そういう性分なの。あいつ、凄く強そうだし』
「そりゃ強いだろうな、金星最強の騎士って言われてるし」
そう思うと、あのパプリアよりも強いのかと考えてしまう。
自分では本気すら出せずに圧倒され続けたあの教官よりも強い。それはダイチには想像すらできない領域の強さであった。
「勝てるのか、そんなヒトと戦って?」
『さあ……でもやるからには勝つつもりでいくわよ、当然でしょ』
「そうか」
エリスは強いと改めて思えた。
勝つつもりでいくか。自分だったら、あまりの力の差にやる前から諦めていた。
少しはその考えを見習わなくちゃ、と、ダイチは拳を握りしめる。
「俺も頑張るよ、エインヘリアルの訓練でちょっとは強くなってやるよ」
それを聞いて、エリスは少し驚いたが、すぐに嬉しそうな顔をする。
『それじゃ、楽しみにしてるわよ。
――私の新しい義手の実験台にちょうどいいわ』
その発言を聞いて、ダイチはエリスにそんな宣言をしたことを後悔した。
「エリス・マーレット……火星年齢十六歳、地球年齢二五歳、身長一六ニセンチ、体重四十キロ……」
ラウゼンはエリスのデータをタイピングで打ち込んでいく。
「腕の重量は六キロだと想定して、硬度も考慮に入れてメタルボーンを土台にするのを想定する必要があるな」
「エリスは喧嘩っ早いからすぐ腕をダメにしてしまうからうんと頑丈なやつでお願いしますわ」
イクミの発言に、エリスはムッとなる。
「ヒトを乱暴者みたいに……」
「みたい?」
隣で見学していたマイナがぼやくと、エリスはキィと睨む。触らぬエリスに祟りなし、この時マイナは学習した。
「これ、前回の腕のデータなんですが」
「これは……」
「どうですか?」
「素人にしては良く出来てる」
「本当ですか!?」
「ただ、これでは耐久性に難がある」
「そ、そうですか?」
「骨格を組み替え直して、その上に加工を施せば……こうなる!」
ラウゼンはそう言いながら、組み込んだデータをイクミに見せる。
「おお! さすがはマイスター!? 是非師匠と呼ばせてください!!」
イクミはハイテンションになる。
「私らにはわけのわからない世界だね」
「……そうね」
マイナのぼやきにエリスは同意する。
ただ、エリスの場合、自分の腕が関係しているだけに見て見ぬフリしていられないのが困りものであった。
「イクミさん、私より弟子っぽいですね」
ラミはエリスのアイシングをしながら言う。なんだか羨ましそうだ。
「イクミさんもマイスターだったんですね、意外でした」
「趣味でやってたんだからモグリよ」
「趣味であれだけの腕を? それは凄いですね」
ラミは感嘆する。
「私、師匠に弟子入りしたのに全然ダメなんですよ」
「あんなじいさんに弟子入りなんて物好きね」
「ラウゼン師匠はとても腕のいいマイスターなんですよ。ちょっと偏屈ですが」
「ちょっと……?」
「とにかく負けず嫌いなんですよ。義手にしても、マシンノイドの開発にしても誰にも負けないためにあれだけの腕を身に着けたそうです」
「ふうん、負けず嫌いね……」
その発言に少しだけ親近感を憶えた。
「そんなにあのアライスタに負けたくないのね」
「はい、いつもいつもあいつにだけは負けねえ! って言いながらあの機体を組み上げていたんですよ」
「そこまで行くと病気じゃない?」
マイナが言うとラミはニコリと笑う。
「かもしれませんね」
「そこは否定してもいいんじゃない」
エリスが言う。しかし、あまりにもラミが明るく言うせいで否定的に聞こえなかった
「師匠のそういうところが好きなんですよ」
「あんたも相当変わってるわね」
「そうですね、よく言われます」
ラミはエリスの肩を撫でて器具を取り付ける。
「どうでしょうか?」
「うーん、悪くないわね。あとはここに腕がくっつけば言うこと無いんだけど……」
「あの、エリスさん? 差し出がましいようですが、質問してもよろしいでしょうか?」
「何? 遠慮せずに言ってみて?」
「再生治療はしないのですか?」
「………………」
エリスは言葉をつまらせる。
「確かに、高額のお金と高度な技術を要する治療ですが、師匠の技術力なら十分可能ですが、何故鉄製の義手にこだわるんですか?」
「……しないじゃなくて、できないのよ」
「え?」
「何度かイクミが試してくれたんだけど、どうにもダメなのよ。私固有のエヴォリシオンのデータが不足しているみたいで、完全に腕を組み上げることができないみたいなのよ。腕部分のデータが不足しているっていうか、そのあたりはイクミが詳しいのよね」
「それならデータバンクにあるんじゃないですか。金星では毎年の定期検診の際にエヴォリシオンのデータ採取を行っているのですが、水星でも火星でも同様の制度が執り行われている」
「それはまっとうなヒトの場合よ」
「……え、ど、どういうことですか?」
「私達は身寄りのない孤児で、ずっとある施設に預けられてたのよ。それで、その施設は戦争が終わったと同時に跡形も無く消えたわ、私達の身体の一部と遺伝子データごとね」
「………………」
「別に珍しい話じゃないわ。火星じゃ戦争の影響で『データバンクに登録されなかった人間』とデータバンクから抹消された人間』がかなりいるのよ。十年以上立った今でも解決していないのよ、それは。まあ、私達の場合はその両方で定期検診すら受けさせてもらえてないのよ」
「そうだったんですか……私何も知りもしないでいい加減なことを言ってしまいました。ごめんなさい」
ラミが涙ぐみながら言う。そのせいで、エリスは罪悪感が込み上げてくる。
「別に謝って欲しくてこんなこと言ったんじゃないわ。……ただ、知って欲しかっただけよ、再生治療が出来ない身の事情を」
「そ、そうですか。確かにそういった事情なら再生治療は難しいですね。いくら師匠でもデータが無いと厳しいですものね」
「悔しいがそのとおりだな」
ラウゼンは悔しげに言う。
「まったくお前さんもややこしい事情が持ち込んできてくれたものだ」
「今更嫌になったっていうんじゃないでしょうね?」
「まさか」
エリスの問いかけにラウゼンはニヤリと笑う。どことなく子供っぽさがあって、ああ、男の子の笑い方だとエリスは思った。
「再生治療は無理だが、鉄製の義手ならオーダーメイドでとびっきりのつくってやるぜ。それでマシンノイドの操縦は十分だろ?」
ラウゼンは自信満々に言う。エリスもそれに対して力強く答える。
「ええ、十分よ。最高のものを作ってちょうだい! それで優勝してやるわ!」
「へ、言ったな!?」
「言ったわよ!」
二人とも自信満々でとても楽しそうであった。
「おおし! 一発気合入ったところで試運転だ! お前さん、こいつに乗ってみろ!」
ラウゼンはそう言って、ヒトよりも少し大きめのマシンノイドを見せる。
全長およそ三メートル七十センチ。人からみたら巨人、マシンノイドからしたら小型に分類される、いわゆるパワードスーツといったものだ。
「ツヴァンクライン、二世代前の機体だが、馬力なら現行機にも負けてねえぜ」
「これに乗ってどうしろってのよ?」
「まずは鳴らしが必要だからな。みたところ、マシンノイドの搭乗は全然慣れてないみたいだからな。別の機体でもとりあえず乗ってみないことにはこっちもデータがとれないしな」
「そういうことなら……」
エリスはあまり気乗りがしなかった。
マシンノイドに搭乗すること自体慣れてない。それもあるが前回もそのまた前回もマシンノイドに乗った自分の身体と同じ感覚で動かそうとした結果、自分の身体のようにままならなかった不快感が未だに残っている。
今度もまた上手く動かせないんじゃないか。
そんな不安が一瞬エリスの脳裏によぎって躊躇わせた。
「どうした? 怖くなったか?」
ラウゼンが煽るように言う。
「だ、誰が!」
エリスは反射的に答えて、あとは勢いでツヴァンクラインに乗る。
「GFSにお前さんのエヴォリシオンのデータは入れておいた。とりあえず歩き回って慣らすことだな」
「了解! GFS起動!」
エリスの音声に反応して、ツヴァンクラインが眠りから目を覚ましたかのように動き始める。
「まずは足を……」
エリスは普段と同じ感覚で歩こうとする。するとツヴァンクラインはそれと同じように歩いてみせる。
「おおし! まずは一歩前進だ!」
文字通りの一歩前進だ。たったそれだけだというのにラウゼンのテンションは妙に高い。
「次に二歩! 三歩! 四歩だ!!」
「うるさい! そんなに怒鳴らくてもわかってるわよ!!」
エリスも負けじと大声で言い返す。
「二歩でしょ! 三歩でしょ! そんでもって四歩!」
エリスは順調にツヴァンクラインの歩を進める。
「よおしいいぞ! 次はアトリエ一周だ!! ジェットホバーを使ってみせろ!」
「うるさいわね、ホバーでしょ!」
怒声を飛ばして、文句を言い返す。
そんな調子でどんどんエリスはツヴァンクラインを乗りこなしていく。
ランニング、ジャンプ、ストレッチ……ヒトが出来る準備運動を一通り行った。
「次はバルーンを落とせ! ラミ、出せ!」
「ラジャーです!」
ラミの合図とともにヒトの形をしたバルーンがどんどん出てくる。
「こいつをぶっとばせいいわけね?」
「そうだ! 五秒でやってみせろ!!」
「三秒でやってみせるわよ!」
言うやいなやエリスはバルーンを一つ蹴り飛ばす。それに続いて、蹴って、蹴って、バルーンを割っていく。流れるような動作で止まることを知らず、ラミが出したバルーンを全部壊す。
「タイムは!?」
ラウゼンは計測していたイクミに訊く。
「四秒!」
「大口叩いた割に大したことねえな!」
「うるさいわね! 五秒きったんだからいいでしょ!」
「そいじゃ、次行くぞ! 今度は三秒だ!」
「ええい、やってやるわよ!」
もう一度、同じ数だけのバルーンが出現する。そして、エリスはツヴィンクラインを操って割っていく。
この日、これを二十セット繰り返した。その度にエリスはどんどんタイムを縮めていき、最終的にジャスト一秒を記録した。
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