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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
第31話 マイスター・ラウゼン
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「感触はどうでしょうか?」
ラミは一歩踏み出した感想を訊く。
「何も訊かないで!」
エリスは汗を流しながら言う。
「なんなの、これ!? 軽すぎるでしょ! 一歩歩くだけでハイキックかますところだったわ!!」
「はい! ですから私も転びました!」
ラミは笑顔で言う。
「歩くぐらい! 歩くぐらい!」
エリスは腰に力を入れて足を踏ん張らせる。
放っておくと飛ぶ上がって、空まで飛んでしまいそうである。
「セィッ!」
ただ歩くだけでこんなに気合を入れたのは初めてだった。
「よし、ひとまず転ばずにはすんだな!」
ラウゼンは腕を組んで満足気に言う。
「大丈夫なのかしら……?」
「とりあえず言えるのはエリスが歩いた程度で満足せえへんということだけや」
「そりゃそうでしょ」
「うちら、避難した方がええかもな」
「私はいの一番に逃げるわよ」
マイナはいざとなったとき、すぐ逃げ出せるように足に力を込める。
ドンッ!
しかし、その足を軽く浮かすほどの風圧を機体は起こす。
機体が飛び上がったのだ。
『うわああああああッ!』
『ちょ、なんなのこれ!?』
スピーカーからラミの悲鳴とエリスの困惑の声が響く。
いうまでもなくマイナは即座に避難した。
ちなみに飛び上がった先にあるのは――工房の屋根であった。
ドゴン!!
軽くステップしようかと思ったところに予想以上の軽さにエリスは驚かせ、また機体ごと身体が浮き上がりそうになりながら足だけで踏ん張りを利かせて踏みとどまる。
――腕があれば、もっとちゃんとバランスを保てるのに!
そう思わずにはいられないが、無いものをねだってもどうしようもないことはエリスだってよく知っていた。
だから、この場は足だけでなんとかする。
「わああああああああああッ!!」
隣でコンソールの操作をしていたラミはずっと悲鳴を上げている。
うるさいので、口を閉じたいが、それを行える腕が無かった。いちいち腕がないと何をするにしてもままならないとエリスは思い知らされた。
「ああ、もう!」
エリスは空中は一回転する。
ようはこの機体も身体の延長線なのだから、どうにか出来る。
「どうにか! やってみせるわよッ!」
エリスの叫びに呼応するかのように機体は足元のスラスターを吹かせて、回転する。
「ぬわぁッ!?」
軽く一回転するはずが、エリスが気合を上げすぎたせいか、はたまた機体の出力が出過ぎたせいか大回転を起こしてしまう。
「とんでもない跳ねっ返りね!」
エリスは上へ下へ宙を舞い続ける感覚に襲われながらも、機体の制御を試みる。
足のスラスターの出力が強すぎる。あと腕が無いせいか腕の操作がままならない。これでは姿勢制御が難しい。
「せ、背中のウィングで!」
ラミが狭いコックピットの中を転がりながらも、必死にエリスに伝えようとする。
「はあ、ウィングって何よ!?」
「ふかして!」
「わかんないわよ! 言ってることが!」
エリスはひとまず、コンソール画面に映っている機体のシルエットを見る。確かに背中には羽根のようなものがついている。
「ウィングってこれね、羽根があれば制御は……こう!」
エリスは背中に力を込める。
その時、背中のウィングが開く! だが、エリスには感覚でしか、それが伝わってこなくて、いまいち実感が持てなかった。
ただ機体の制御が若干楽になったようには感じた。
「これで着地なら、ええいッ!」
エリスは落下し始めた機体の姿勢をなんとか保ちつつ、両の足で着地してみせる。
その衝撃で砂塵は巻き起こり、ちょっとしたクレーターが出来上がる。
無事に着地したのを確認して、エリスはホッと一息つく。
「な、なんとかなったわね」
コックピットの座席に座る。そういえばずっと立ちっぱなしだったと今更に気づく。
「す、すごいですよ……」
ぐたりと倒れ込んだラミは言う。
「まったくとんでもない機体ね。こんなのちょっとやそっとじゃ乗りこなせないわよ」
「フフ、大丈夫ですよ。エリスさんでしたら乗りこなせますよ、私確信しましたから」
「そう言われてもね……」
そんなやり取りをして、エリスは眼下を見つめる。
「う……!」
そこで思い出す。この機体は工房の屋根を突き破って、飛び出してきたことを。
屋根を突き破ったことで工房は瓦礫が降り注いでいることだろう。
「はあ……死ぬかと思った……」
イクミが工房から顔を出す。
まあ、イクミがあの程度で死ぬわけがないというのはエリスはよく知っていたから心配していなかった。
「こらあ! 危ないところだったわよ!」
マイナがこっちに向かって走ってきて文句を言っているのが見える。
それにその向こう側にはミーファとリノスがちゃっかり工房から無事に出ていることもわかった。
「合格だッ!」
突然スピーカー越しから耳を塞ぎたくなるような大声が響く。
ああ、こんなときも腕があったらなあ、とエリスは思った。
「その気合、気に入った! わしの機体の乗り手になる資格は十分にあるぞ!」
「何を偉そうに……」
エリスはぼやくが、ラウゼンは相当上機嫌なようで止まりそうになかった。
「しかし、お前が他の星のヒトというのが気に入らんな!
どうじゃ、いっそのこと金星人になってみては? そうすればわしは何の不安もなくその機体を任せられるんだが!
ん、どうだ!? その気になってみないか!?」
「うるさいわね……イクミ、黙らせてよ」
エリスはコックピットの座席でグッタリする。
「疲れた……」
「そ、そうですね。ひとまず出ましょうか」
ラミはハッチを開けて、外に出る。エリスもそれに連れられて一緒に出る。
「フフ、中々いい気合だったぞ」
外に出て、機体から降りた先にラウゼンが待ち構えているかのように立っていた。
「とんでもない機体ね、あれ。軽くステップしただけでなんで空中大回転になるわけよ?」
「ふん、それはお前が性能を引き出せていないだけの話だ」
「引き出せたらどうなるのよ?」
「敵はない」
ラウゼンは得意満面の笑みで言うが、エリスにはついていけなかった。
「いやはや、おっちゃんとは気があいそうやな」
「趣味の悪さじゃ、あんたといい勝負ね」
マイナはイクミに悪態をつく。
エリスは言われてみればイクミとラウゼンは少しばかり似ているところもあると思った。――特に、なんだかんだ言って振り回されるところとか。
「なんでもいいけど、私の腕はちゃんと見繕ってもらえるの?」
そもそも、肝心の用件がそれだった。
「腕?」
ラウゼンは首を傾げる。
ああ、やっぱり忘れられてたのねと、エリスはため息をつく。
そして、次の瞬間、溢れる憤りを思いっきり吐き出す。
「私の義手を作ってもらうのよ! そのためにここまで来たんだから!!」
ラウゼンはそれを聞いて、納得したかのようにニッと笑う。
「おお、わかってる! 腕が無かったら戦いにならんからな! わしに任せておけ、最高の腕を作ってみせるぞ!」
エリスはホッと安堵する。
ひとまずこれでマイスターに義手を見繕ってもらうという目的は果たせた。
あとは義手が出来上がれば、わざわざ金星にまでやってきた目的は達成する。――本当に義手を作ってもらえればの話だが。
「その代わり、あんたにはわしの仕上げた機体でフェストに出て優勝してもらうぜ!」
「ああ、いいわ。腕を作ってもらえるんだったら優勝だってなんだってしてやるわ」
「フフ、頼もしいな!」
「これで優勝できますね!」
「おうとも! さあ、はりきってゆくぞ!!」
「はい、師匠!」
そう言って、ラウゼンとラミは腕を突き上げる。
「こんなんで大丈夫なの?」
協力すると言った手前、機体を降りるつもりはないが、どうにも先行き不安なエリスであった。
「これは面白くなってきたわね」
「うん、興味ある」
さりげなく歩いてやってきたミーファとリノスにエリスは気づく。
「ねえ、あんた達アグライアと同じ騎士団なんでしょ」
「ええ、アグライア卿は尊敬する騎士です」
ミーファは自慢げに言う。
「だったら、アグライアに伝えてちょうだい。
――義手が出来上がったら今度こそ私と戦いなさいって」
エリスの強気な言葉を聞いてミーファは驚く。
「あなた、卿と戦うつもりなの?」
「ええ!」
「……恐れ知らずね、卿の強さを知らないのならわかるけど」
「いいえ、あいつが強いのは昨日見せつけられたから十分知ってるわ」
「それでも戦いたいの?」
「当然!」
エリスは即答する。その力強い眼差しを見て、ミーファは感心する。
「……そう、卿の強さを知って、それでも戦いたいって……
あなたも強いヒトなのね、名前は確かエリスだったわね?」
「ええ!」
「ちゃんと卿に伝えておくわ。
ただ、卿が戦いたいと思うかどうかは私にもわからないわ」
それを聞いて、エリスはつまらなそうにぼやく。
「つまらないのね、受けて立つとか言ってくれないの?」
そう言われて、ミーファは苦笑する。
「そればっかりは、私からなんとも……」
「私もみてみたい。
――あなたとアグライアが戦うところを」
リノスが興味を示す。
「リノスちゃんがそんな事を言うのは意外だったわ」
「じゃあ、たしかに伝えてね」
エリスは二人に向かって言う。
「……ええ、フェストを見れないのは残念だけど、健闘を祈るわ」
「健闘、祈る」
ミーファとリノスは去っていく。
「フェストを見れないってどういうこと?」
「忙しいちゅうこっちゃないんか」
マイナとイクミはミーファが言っていことに疑問を感じ、首を傾げる。
「あれ? 皆さんはご存知ないのですか?」
「私達は火星人よ」
ラミにエリスは言う。
「金星人にとっての常識が火星人にとっても常識とは限らないわ。現に私はフェストのことなんて全く知らなかったし」
「それもそうですね。」
ラミはそれで納得し、ディスプレイを宙に表示させる。
「テクニティス・フェストはワルキューレ・グラールと同じ日に開催するんです」
「ワルキューレ・グラール?」
「ワルキューレ・グラールは新しいワルキューレ・リッターを選定するための闘技大会です。金星中の騎士候補生が集まって激しい戦いを繰り広げる凄い大会なんですよ」
「何その楽しそうな大会!?」
エリスは目を輝かせる。
「私もそれに出る! っていうか、その大会に出た方がフェストなんかより絶対楽しいじゃない!」
「エリスらしいな。そんでワルキューレ・リッターまで上り詰めそうやな」
「私もエリスさんならそれもありそうなんですが、残念ながらグラールに出場する選手はもう決定しているみたいなんで今から飛び込みは無理みたいですよ」
「……ええ! くうぅ、もうちょっと早く金星に来てれば……!」
エリスは大いに悔しがる。
「だったら、フェストで優勝してやればよかろう!」
そんなエリスにラウゼンは提案する。
「……フェスト、ね」
しかし、エリスはあまり気乗りしなかった。
何しろさっき乗ったばかりなのだが、いかんせん乗りこなせる気がまったくしない跳ねっ返りだったのだ。
こんなので戦わなくちゃならないのは足枷をつけられているといってもいい。それで満足のいく戦いが出来るとは到底思えなかった。
「――と、まあこんなわけがあったわけや」
長々と続いたイクミの話はここでようやく終わる。
口を挟むヒマすら与えないまま話し続けたイクミもさすがに疲れたのか、ミリアが入れてくれた冷えてしまった紅茶を口に含んで一息つく。
「それ本当の話なのか?」
ダイチは訊く。
フェストに出るマイスター、エリスでも持て余すようなマシンノイド、ワルキューレ・リッターの二人との遭遇……どれもダイチにとっては現実離れした出来事ばかりでイクミがでっち上げた作り話に思えて仕方がなかったからだ。
「おう、全部本当の話や! ノンフィクションやで!」
「私も一緒にいたから、イクミが嘘を言ってないのはわかるわ」
「マイナさんが言うなら嘘じゃないみたいですね」
「信用ないな、うちって」
イクミは不満言いたげにぼやく。
「でも、エリスがフェストに出るって意外だな。てっきり面倒だからって断るかと思いましたのに」
「まあ、それは乗りかかった船っていうのもあるからな」
「案外面白がっているのかもしれませんよ」
ミリアは全部察しているかのように言う。
「話を聞く限り、そのマシンノイドはエリスみたいな跳ねっ返りだそうですからね。自分が乗っても壊れないモノなら乗りこなしてみたいという気持ちも少しはあるのではないでしょうか」
「どうせ、うちのマシンノイドは乗ったらすぐに壊れるような粗悪品やからな」
イクミはさっきの不満と合わせてふてくされたかのように言う。
「しかし、うちとしてもあのマシンノイドとか色々マイスターから技術を盗むチャンスでもあるしな。うん! ちょうどええな!」
「イクミはゲンキンだな……」
「それが彼女のいいところです。ですが、これでエリスの義手の目処も立ったということですね」
「ああ、そんな話もしてたな」
「これで何の遠慮もなくエインヘリアルの試験を受けることができますね」
「お前、遠慮なんてしてたのか?」
ダイチは訊いてみるが、ミリアは微笑むだけであった。
ヴィーナスの宮殿でアグライアはレダに呼び止められる。
「アグライア、これが先日襲撃したテロリスト達の調査の結果です」
「ありがとうございます」
レダはコンソールを操作して、アグライアはそのデータを受け取る。
「ファーデン、これが私と戦った爪男か」
「本名ではブラム・ファウラーというそうよ」
「ファーデンはコードネームなのですね」
「そうですね、狙撃手のフェルンもコードネームだそうで、エルファリア・セイファートというそうよ」
「よくここまでの調査ができましたね。境界先の情報規制は厳しいというのに」
彼等テロリストが木星との国境を超えてやってきた――境界先の金星人とわかってから、身辺調査は困難を極めるものとアグライアは予想していた。
国境は基本、木星政府の監視下に置かれているため、金星政府の高官にあたるワルキューレ・リッターといえどもいくつもの手続きを取らないと超えることが出来ない。その上、一旦中に入ってしまうと連絡すら取り合えないため、情報収集は一苦労どころではないことになっているせいだ。
「こちらにも独自の情報網があるということよ。だけど、彼等を裏で動かしていた黒幕はまだ何もわかっていない」
「ファーデンにフェルン、か……あれだけの強者が、ヴィーナス様暗殺という凶行に走らされた経緯、是非とも知りたいのだが」
「焦りは禁物です……だけど、彼等がワルキューレ・グラールに行動を起こす可能性は高いとふんでいます」
「……古来よりワルキューレ・グラールはヴィーナス様による天覧試合とされています。暗殺するには都合が良すぎます」
「ですが、古来よりの伝統のため、中止にするわけにはいかない」
「テロに臆したとあっては、ヴィーナスの沽券は地に落ちますからね。そのために我々がいます」
「模範解答ね、頼りにしているわ。私は引き続き調査を続けるわ」
「はい、私もレダ卿のことを頼りにしています」
「フフ、優秀な後輩に頼りにされているのであれば応えなければならないわね」
レダはそう言って立ち去る。
一人残ったアグライアは再びリストに出現させて、彼等の顔を確認する。
フェルン――あの暗闇の中でヴィーナスの頭を正確に狙い、撃った。もし反応が遅れていたら、ヴィーナスの頭は射抜かれて、即死していただろう。それだけ凄腕だったということなのは容易に予想がつく。
ファーデン――あの男の爪と腰に帯びた聖剣【ノートゥング】と数度とはいえ、まともにぶつかりあったことはまだ記憶に残っている。進化遺伝子エヴォリシオンによって、男性の金星人は先天的に身体能力が女性と逆転してしまっているだけに、聖剣と正面切って打ち合える男性の金星人は男性の正騎士の中でもそうはいない。それだけにそこまで積み上げた修練と執念は想像を絶するものがある。
一体何が彼等を駆り立てたのか。
アグライアはそれが知りたかった。それを知ればヴィーナスと自分は今後の指針になるかもしれないと思えたからだ。
「……アグライア卿、今よろしいでしょうか?」
「ミーファか」
そこへミーファが声をかけてくる。
「そんなに畏まらなくてもいいといつも言っているのだが」
「いえ、尊敬すべき先輩には常に敬意を払うべきですから」
「私は尊敬に値する騎士になれたかどうかの自覚はないのだがな」
「謙遜ですね」
アグライアはディスプレイを閉じる。
「それで何か用か?」
「いえ、大したことじゃないんですが…‥伝言を頼まれましてね」
「伝言? ワルキューレ・リッターのお前を遣いにするということはヴィーナス様の!」
アグライアの予想で、なにやら大事になりそうだったのでミーファは慌てて言う。
「あ、いえ、違います。昨日アグライア卿が護衛したエリスという女性からです」
「エリス? 昨日会った火星人か。彼女がどうかしたのか?」
「――義手が出来上がったら戦いたい、と言ってたわ」
「……そうか」
アグライアは平淡に答える。
「興味ないのですか」
「いや、昨日も戦いたいと言われてな」
「ああ、そういうことですか」
「しかし、あなたがわざわざ伝言役を引き受けるとは思わなかった」
「そうですね、正直彼女の面の皮は相当厚いと思いました」
「私も人のことは言えないがな。平民、それも戦災孤児に過ぎなかった私が皇の宮殿で幅を利かせている。伝統ある貴族の方々はさぞ忌々しく思っていることだろうな」
「そんな……私も伝統ある貴族の一員ですが、忌々しいなんて思ったことは一度足りともありませんよ」
「そうか……そうであるなら嬉しい」
アグライアは微笑む。
「それに貴族がどうであれ、アグライア卿のワルキューレ・リッターとしての地位は自らの力で手に入れたものですから」
「……そうだな、それだけは私の誇りだ。デメトリア卿から頂いたこの聖剣【ノートゥング】に恥じない騎士になることが今の私の目標だ」
「素晴らしいお考えです。私もそんなあなたを目標として精進します」
「私を目標にしなくてもよいのだが……精進するのはいいことだと思うが」
アグライアは苦笑する。
「ああ、そうそうエリスの話なのですが、彼女フェストに出場するそうですよ」
「フェスト? テクニティス・フェストか?」
「ええ、ラウゼンの作成したマシンノイドの操縦者として、ですね」
「ラウゼン……? すまないがマイスターに関しては疎くてな。ラウゼンのマシンノイドと言われてもピンと来ないのだが」
アグライアは困った顔をする。
そんな顔をするときはいつもの毅然とした顔から少女のような幼さと可愛げを含んだ顔になるのでミーファは密かにお気に入りにしていた。
「マイスター・ラウゼン。職人街ヒュンドラでも腕前だけなら一、ニを争うといわれています。優勝候補といってもいいと思いますよ」
「そうか、それは興味あるが……フェストとワルキューレ・グラールは同日の開催であるから見物にはいけないな。それだけの腕前のマイスターが作り上げた機体ならば是非見てみたいものなのだが……」
「なんでもセアマキアに成りうる機体に仕上げると意気込んでるそうですよ」
「セアマキア……ブリュンヒルデやオルトリンデに並ぶ程の機体か……」
アグライアの脳裏には自らに与えられたセアマキアと称されるマシンノイドを思い浮かべる。
ブリュンヒルデ・ズィルバー――古来から金星最高のマシンノイド『セアマキア』の称号を冠する一機にして、アグライアと同じく聖剣【ノートゥング】を持つ聖剣機。そして、アグライアの愛機でもある。
あの機体には金星の長き歴史に渡って引き継がれてきた伝統と誇りによって形作られている。
初めてそのコックピットの座についた時、得も言われぬ感動でこの身が打ち震えたことを今でも憶えている。
凄腕のマイスターがあの機体に並ぶ程のモノを、と意気込んで作る機体。興味が嫌がおうにもわいてくる。
「見物に行けないのが残念だが……我等は我等の責務を全うしなければな」
「はい。それはそれとして、フェストの記録映像をしっかり回してもらえるように手配はしておきますね」
「頼む」
「お安い御用ですよ」
ミーファは得意げに言う。尊敬するアグライアに頼み事をされるのが嬉しくてたまらないのだ。
「テクニティス・フェスト……ズィルバーに並ぶ機体か……」
アグライアは呟く。
そのマイスターや機体、フェストへの興味がしばらく頭から離れなかった。
ラミは一歩踏み出した感想を訊く。
「何も訊かないで!」
エリスは汗を流しながら言う。
「なんなの、これ!? 軽すぎるでしょ! 一歩歩くだけでハイキックかますところだったわ!!」
「はい! ですから私も転びました!」
ラミは笑顔で言う。
「歩くぐらい! 歩くぐらい!」
エリスは腰に力を入れて足を踏ん張らせる。
放っておくと飛ぶ上がって、空まで飛んでしまいそうである。
「セィッ!」
ただ歩くだけでこんなに気合を入れたのは初めてだった。
「よし、ひとまず転ばずにはすんだな!」
ラウゼンは腕を組んで満足気に言う。
「大丈夫なのかしら……?」
「とりあえず言えるのはエリスが歩いた程度で満足せえへんということだけや」
「そりゃそうでしょ」
「うちら、避難した方がええかもな」
「私はいの一番に逃げるわよ」
マイナはいざとなったとき、すぐ逃げ出せるように足に力を込める。
ドンッ!
しかし、その足を軽く浮かすほどの風圧を機体は起こす。
機体が飛び上がったのだ。
『うわああああああッ!』
『ちょ、なんなのこれ!?』
スピーカーからラミの悲鳴とエリスの困惑の声が響く。
いうまでもなくマイナは即座に避難した。
ちなみに飛び上がった先にあるのは――工房の屋根であった。
ドゴン!!
軽くステップしようかと思ったところに予想以上の軽さにエリスは驚かせ、また機体ごと身体が浮き上がりそうになりながら足だけで踏ん張りを利かせて踏みとどまる。
――腕があれば、もっとちゃんとバランスを保てるのに!
そう思わずにはいられないが、無いものをねだってもどうしようもないことはエリスだってよく知っていた。
だから、この場は足だけでなんとかする。
「わああああああああああッ!!」
隣でコンソールの操作をしていたラミはずっと悲鳴を上げている。
うるさいので、口を閉じたいが、それを行える腕が無かった。いちいち腕がないと何をするにしてもままならないとエリスは思い知らされた。
「ああ、もう!」
エリスは空中は一回転する。
ようはこの機体も身体の延長線なのだから、どうにか出来る。
「どうにか! やってみせるわよッ!」
エリスの叫びに呼応するかのように機体は足元のスラスターを吹かせて、回転する。
「ぬわぁッ!?」
軽く一回転するはずが、エリスが気合を上げすぎたせいか、はたまた機体の出力が出過ぎたせいか大回転を起こしてしまう。
「とんでもない跳ねっ返りね!」
エリスは上へ下へ宙を舞い続ける感覚に襲われながらも、機体の制御を試みる。
足のスラスターの出力が強すぎる。あと腕が無いせいか腕の操作がままならない。これでは姿勢制御が難しい。
「せ、背中のウィングで!」
ラミが狭いコックピットの中を転がりながらも、必死にエリスに伝えようとする。
「はあ、ウィングって何よ!?」
「ふかして!」
「わかんないわよ! 言ってることが!」
エリスはひとまず、コンソール画面に映っている機体のシルエットを見る。確かに背中には羽根のようなものがついている。
「ウィングってこれね、羽根があれば制御は……こう!」
エリスは背中に力を込める。
その時、背中のウィングが開く! だが、エリスには感覚でしか、それが伝わってこなくて、いまいち実感が持てなかった。
ただ機体の制御が若干楽になったようには感じた。
「これで着地なら、ええいッ!」
エリスは落下し始めた機体の姿勢をなんとか保ちつつ、両の足で着地してみせる。
その衝撃で砂塵は巻き起こり、ちょっとしたクレーターが出来上がる。
無事に着地したのを確認して、エリスはホッと一息つく。
「な、なんとかなったわね」
コックピットの座席に座る。そういえばずっと立ちっぱなしだったと今更に気づく。
「す、すごいですよ……」
ぐたりと倒れ込んだラミは言う。
「まったくとんでもない機体ね。こんなのちょっとやそっとじゃ乗りこなせないわよ」
「フフ、大丈夫ですよ。エリスさんでしたら乗りこなせますよ、私確信しましたから」
「そう言われてもね……」
そんなやり取りをして、エリスは眼下を見つめる。
「う……!」
そこで思い出す。この機体は工房の屋根を突き破って、飛び出してきたことを。
屋根を突き破ったことで工房は瓦礫が降り注いでいることだろう。
「はあ……死ぬかと思った……」
イクミが工房から顔を出す。
まあ、イクミがあの程度で死ぬわけがないというのはエリスはよく知っていたから心配していなかった。
「こらあ! 危ないところだったわよ!」
マイナがこっちに向かって走ってきて文句を言っているのが見える。
それにその向こう側にはミーファとリノスがちゃっかり工房から無事に出ていることもわかった。
「合格だッ!」
突然スピーカー越しから耳を塞ぎたくなるような大声が響く。
ああ、こんなときも腕があったらなあ、とエリスは思った。
「その気合、気に入った! わしの機体の乗り手になる資格は十分にあるぞ!」
「何を偉そうに……」
エリスはぼやくが、ラウゼンは相当上機嫌なようで止まりそうになかった。
「しかし、お前が他の星のヒトというのが気に入らんな!
どうじゃ、いっそのこと金星人になってみては? そうすればわしは何の不安もなくその機体を任せられるんだが!
ん、どうだ!? その気になってみないか!?」
「うるさいわね……イクミ、黙らせてよ」
エリスはコックピットの座席でグッタリする。
「疲れた……」
「そ、そうですね。ひとまず出ましょうか」
ラミはハッチを開けて、外に出る。エリスもそれに連れられて一緒に出る。
「フフ、中々いい気合だったぞ」
外に出て、機体から降りた先にラウゼンが待ち構えているかのように立っていた。
「とんでもない機体ね、あれ。軽くステップしただけでなんで空中大回転になるわけよ?」
「ふん、それはお前が性能を引き出せていないだけの話だ」
「引き出せたらどうなるのよ?」
「敵はない」
ラウゼンは得意満面の笑みで言うが、エリスにはついていけなかった。
「いやはや、おっちゃんとは気があいそうやな」
「趣味の悪さじゃ、あんたといい勝負ね」
マイナはイクミに悪態をつく。
エリスは言われてみればイクミとラウゼンは少しばかり似ているところもあると思った。――特に、なんだかんだ言って振り回されるところとか。
「なんでもいいけど、私の腕はちゃんと見繕ってもらえるの?」
そもそも、肝心の用件がそれだった。
「腕?」
ラウゼンは首を傾げる。
ああ、やっぱり忘れられてたのねと、エリスはため息をつく。
そして、次の瞬間、溢れる憤りを思いっきり吐き出す。
「私の義手を作ってもらうのよ! そのためにここまで来たんだから!!」
ラウゼンはそれを聞いて、納得したかのようにニッと笑う。
「おお、わかってる! 腕が無かったら戦いにならんからな! わしに任せておけ、最高の腕を作ってみせるぞ!」
エリスはホッと安堵する。
ひとまずこれでマイスターに義手を見繕ってもらうという目的は果たせた。
あとは義手が出来上がれば、わざわざ金星にまでやってきた目的は達成する。――本当に義手を作ってもらえればの話だが。
「その代わり、あんたにはわしの仕上げた機体でフェストに出て優勝してもらうぜ!」
「ああ、いいわ。腕を作ってもらえるんだったら優勝だってなんだってしてやるわ」
「フフ、頼もしいな!」
「これで優勝できますね!」
「おうとも! さあ、はりきってゆくぞ!!」
「はい、師匠!」
そう言って、ラウゼンとラミは腕を突き上げる。
「こんなんで大丈夫なの?」
協力すると言った手前、機体を降りるつもりはないが、どうにも先行き不安なエリスであった。
「これは面白くなってきたわね」
「うん、興味ある」
さりげなく歩いてやってきたミーファとリノスにエリスは気づく。
「ねえ、あんた達アグライアと同じ騎士団なんでしょ」
「ええ、アグライア卿は尊敬する騎士です」
ミーファは自慢げに言う。
「だったら、アグライアに伝えてちょうだい。
――義手が出来上がったら今度こそ私と戦いなさいって」
エリスの強気な言葉を聞いてミーファは驚く。
「あなた、卿と戦うつもりなの?」
「ええ!」
「……恐れ知らずね、卿の強さを知らないのならわかるけど」
「いいえ、あいつが強いのは昨日見せつけられたから十分知ってるわ」
「それでも戦いたいの?」
「当然!」
エリスは即答する。その力強い眼差しを見て、ミーファは感心する。
「……そう、卿の強さを知って、それでも戦いたいって……
あなたも強いヒトなのね、名前は確かエリスだったわね?」
「ええ!」
「ちゃんと卿に伝えておくわ。
ただ、卿が戦いたいと思うかどうかは私にもわからないわ」
それを聞いて、エリスはつまらなそうにぼやく。
「つまらないのね、受けて立つとか言ってくれないの?」
そう言われて、ミーファは苦笑する。
「そればっかりは、私からなんとも……」
「私もみてみたい。
――あなたとアグライアが戦うところを」
リノスが興味を示す。
「リノスちゃんがそんな事を言うのは意外だったわ」
「じゃあ、たしかに伝えてね」
エリスは二人に向かって言う。
「……ええ、フェストを見れないのは残念だけど、健闘を祈るわ」
「健闘、祈る」
ミーファとリノスは去っていく。
「フェストを見れないってどういうこと?」
「忙しいちゅうこっちゃないんか」
マイナとイクミはミーファが言っていことに疑問を感じ、首を傾げる。
「あれ? 皆さんはご存知ないのですか?」
「私達は火星人よ」
ラミにエリスは言う。
「金星人にとっての常識が火星人にとっても常識とは限らないわ。現に私はフェストのことなんて全く知らなかったし」
「それもそうですね。」
ラミはそれで納得し、ディスプレイを宙に表示させる。
「テクニティス・フェストはワルキューレ・グラールと同じ日に開催するんです」
「ワルキューレ・グラール?」
「ワルキューレ・グラールは新しいワルキューレ・リッターを選定するための闘技大会です。金星中の騎士候補生が集まって激しい戦いを繰り広げる凄い大会なんですよ」
「何その楽しそうな大会!?」
エリスは目を輝かせる。
「私もそれに出る! っていうか、その大会に出た方がフェストなんかより絶対楽しいじゃない!」
「エリスらしいな。そんでワルキューレ・リッターまで上り詰めそうやな」
「私もエリスさんならそれもありそうなんですが、残念ながらグラールに出場する選手はもう決定しているみたいなんで今から飛び込みは無理みたいですよ」
「……ええ! くうぅ、もうちょっと早く金星に来てれば……!」
エリスは大いに悔しがる。
「だったら、フェストで優勝してやればよかろう!」
そんなエリスにラウゼンは提案する。
「……フェスト、ね」
しかし、エリスはあまり気乗りしなかった。
何しろさっき乗ったばかりなのだが、いかんせん乗りこなせる気がまったくしない跳ねっ返りだったのだ。
こんなので戦わなくちゃならないのは足枷をつけられているといってもいい。それで満足のいく戦いが出来るとは到底思えなかった。
「――と、まあこんなわけがあったわけや」
長々と続いたイクミの話はここでようやく終わる。
口を挟むヒマすら与えないまま話し続けたイクミもさすがに疲れたのか、ミリアが入れてくれた冷えてしまった紅茶を口に含んで一息つく。
「それ本当の話なのか?」
ダイチは訊く。
フェストに出るマイスター、エリスでも持て余すようなマシンノイド、ワルキューレ・リッターの二人との遭遇……どれもダイチにとっては現実離れした出来事ばかりでイクミがでっち上げた作り話に思えて仕方がなかったからだ。
「おう、全部本当の話や! ノンフィクションやで!」
「私も一緒にいたから、イクミが嘘を言ってないのはわかるわ」
「マイナさんが言うなら嘘じゃないみたいですね」
「信用ないな、うちって」
イクミは不満言いたげにぼやく。
「でも、エリスがフェストに出るって意外だな。てっきり面倒だからって断るかと思いましたのに」
「まあ、それは乗りかかった船っていうのもあるからな」
「案外面白がっているのかもしれませんよ」
ミリアは全部察しているかのように言う。
「話を聞く限り、そのマシンノイドはエリスみたいな跳ねっ返りだそうですからね。自分が乗っても壊れないモノなら乗りこなしてみたいという気持ちも少しはあるのではないでしょうか」
「どうせ、うちのマシンノイドは乗ったらすぐに壊れるような粗悪品やからな」
イクミはさっきの不満と合わせてふてくされたかのように言う。
「しかし、うちとしてもあのマシンノイドとか色々マイスターから技術を盗むチャンスでもあるしな。うん! ちょうどええな!」
「イクミはゲンキンだな……」
「それが彼女のいいところです。ですが、これでエリスの義手の目処も立ったということですね」
「ああ、そんな話もしてたな」
「これで何の遠慮もなくエインヘリアルの試験を受けることができますね」
「お前、遠慮なんてしてたのか?」
ダイチは訊いてみるが、ミリアは微笑むだけであった。
ヴィーナスの宮殿でアグライアはレダに呼び止められる。
「アグライア、これが先日襲撃したテロリスト達の調査の結果です」
「ありがとうございます」
レダはコンソールを操作して、アグライアはそのデータを受け取る。
「ファーデン、これが私と戦った爪男か」
「本名ではブラム・ファウラーというそうよ」
「ファーデンはコードネームなのですね」
「そうですね、狙撃手のフェルンもコードネームだそうで、エルファリア・セイファートというそうよ」
「よくここまでの調査ができましたね。境界先の情報規制は厳しいというのに」
彼等テロリストが木星との国境を超えてやってきた――境界先の金星人とわかってから、身辺調査は困難を極めるものとアグライアは予想していた。
国境は基本、木星政府の監視下に置かれているため、金星政府の高官にあたるワルキューレ・リッターといえどもいくつもの手続きを取らないと超えることが出来ない。その上、一旦中に入ってしまうと連絡すら取り合えないため、情報収集は一苦労どころではないことになっているせいだ。
「こちらにも独自の情報網があるということよ。だけど、彼等を裏で動かしていた黒幕はまだ何もわかっていない」
「ファーデンにフェルン、か……あれだけの強者が、ヴィーナス様暗殺という凶行に走らされた経緯、是非とも知りたいのだが」
「焦りは禁物です……だけど、彼等がワルキューレ・グラールに行動を起こす可能性は高いとふんでいます」
「……古来よりワルキューレ・グラールはヴィーナス様による天覧試合とされています。暗殺するには都合が良すぎます」
「ですが、古来よりの伝統のため、中止にするわけにはいかない」
「テロに臆したとあっては、ヴィーナスの沽券は地に落ちますからね。そのために我々がいます」
「模範解答ね、頼りにしているわ。私は引き続き調査を続けるわ」
「はい、私もレダ卿のことを頼りにしています」
「フフ、優秀な後輩に頼りにされているのであれば応えなければならないわね」
レダはそう言って立ち去る。
一人残ったアグライアは再びリストに出現させて、彼等の顔を確認する。
フェルン――あの暗闇の中でヴィーナスの頭を正確に狙い、撃った。もし反応が遅れていたら、ヴィーナスの頭は射抜かれて、即死していただろう。それだけ凄腕だったということなのは容易に予想がつく。
ファーデン――あの男の爪と腰に帯びた聖剣【ノートゥング】と数度とはいえ、まともにぶつかりあったことはまだ記憶に残っている。進化遺伝子エヴォリシオンによって、男性の金星人は先天的に身体能力が女性と逆転してしまっているだけに、聖剣と正面切って打ち合える男性の金星人は男性の正騎士の中でもそうはいない。それだけにそこまで積み上げた修練と執念は想像を絶するものがある。
一体何が彼等を駆り立てたのか。
アグライアはそれが知りたかった。それを知ればヴィーナスと自分は今後の指針になるかもしれないと思えたからだ。
「……アグライア卿、今よろしいでしょうか?」
「ミーファか」
そこへミーファが声をかけてくる。
「そんなに畏まらなくてもいいといつも言っているのだが」
「いえ、尊敬すべき先輩には常に敬意を払うべきですから」
「私は尊敬に値する騎士になれたかどうかの自覚はないのだがな」
「謙遜ですね」
アグライアはディスプレイを閉じる。
「それで何か用か?」
「いえ、大したことじゃないんですが…‥伝言を頼まれましてね」
「伝言? ワルキューレ・リッターのお前を遣いにするということはヴィーナス様の!」
アグライアの予想で、なにやら大事になりそうだったのでミーファは慌てて言う。
「あ、いえ、違います。昨日アグライア卿が護衛したエリスという女性からです」
「エリス? 昨日会った火星人か。彼女がどうかしたのか?」
「――義手が出来上がったら戦いたい、と言ってたわ」
「……そうか」
アグライアは平淡に答える。
「興味ないのですか」
「いや、昨日も戦いたいと言われてな」
「ああ、そういうことですか」
「しかし、あなたがわざわざ伝言役を引き受けるとは思わなかった」
「そうですね、正直彼女の面の皮は相当厚いと思いました」
「私も人のことは言えないがな。平民、それも戦災孤児に過ぎなかった私が皇の宮殿で幅を利かせている。伝統ある貴族の方々はさぞ忌々しく思っていることだろうな」
「そんな……私も伝統ある貴族の一員ですが、忌々しいなんて思ったことは一度足りともありませんよ」
「そうか……そうであるなら嬉しい」
アグライアは微笑む。
「それに貴族がどうであれ、アグライア卿のワルキューレ・リッターとしての地位は自らの力で手に入れたものですから」
「……そうだな、それだけは私の誇りだ。デメトリア卿から頂いたこの聖剣【ノートゥング】に恥じない騎士になることが今の私の目標だ」
「素晴らしいお考えです。私もそんなあなたを目標として精進します」
「私を目標にしなくてもよいのだが……精進するのはいいことだと思うが」
アグライアは苦笑する。
「ああ、そうそうエリスの話なのですが、彼女フェストに出場するそうですよ」
「フェスト? テクニティス・フェストか?」
「ええ、ラウゼンの作成したマシンノイドの操縦者として、ですね」
「ラウゼン……? すまないがマイスターに関しては疎くてな。ラウゼンのマシンノイドと言われてもピンと来ないのだが」
アグライアは困った顔をする。
そんな顔をするときはいつもの毅然とした顔から少女のような幼さと可愛げを含んだ顔になるのでミーファは密かにお気に入りにしていた。
「マイスター・ラウゼン。職人街ヒュンドラでも腕前だけなら一、ニを争うといわれています。優勝候補といってもいいと思いますよ」
「そうか、それは興味あるが……フェストとワルキューレ・グラールは同日の開催であるから見物にはいけないな。それだけの腕前のマイスターが作り上げた機体ならば是非見てみたいものなのだが……」
「なんでもセアマキアに成りうる機体に仕上げると意気込んでるそうですよ」
「セアマキア……ブリュンヒルデやオルトリンデに並ぶ程の機体か……」
アグライアの脳裏には自らに与えられたセアマキアと称されるマシンノイドを思い浮かべる。
ブリュンヒルデ・ズィルバー――古来から金星最高のマシンノイド『セアマキア』の称号を冠する一機にして、アグライアと同じく聖剣【ノートゥング】を持つ聖剣機。そして、アグライアの愛機でもある。
あの機体には金星の長き歴史に渡って引き継がれてきた伝統と誇りによって形作られている。
初めてそのコックピットの座についた時、得も言われぬ感動でこの身が打ち震えたことを今でも憶えている。
凄腕のマイスターがあの機体に並ぶ程のモノを、と意気込んで作る機体。興味が嫌がおうにもわいてくる。
「見物に行けないのが残念だが……我等は我等の責務を全うしなければな」
「はい。それはそれとして、フェストの記録映像をしっかり回してもらえるように手配はしておきますね」
「頼む」
「お安い御用ですよ」
ミーファは得意げに言う。尊敬するアグライアに頼み事をされるのが嬉しくてたまらないのだ。
「テクニティス・フェスト……ズィルバーに並ぶ機体か……」
アグライアは呟く。
そのマイスターや機体、フェストへの興味がしばらく頭から離れなかった。
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