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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
第28話 男の意地
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思いもよらない来客にダイチは戸惑った。
「まったく遅いんだよ! 学園だったら遅刻で罰則だぞ!」
「いや、そんなことよりどうして?」
「朝早くからすみません」
エドラが割って入ってくる。ダイチからしてみると話の分かる奴が一緒のようで少しだけ安心する。
「何の用だよ?」
「デランがぶちのめしてやるって言ってきかないんですよ」
「ぶちのめす?」
「おう、あの女を出せよ! アグライアのことを臆病者って言った落とし前をつけさせてやる!!」
「あ、あぁ……そういうことか……」
そう言われて合点がいった。
確かに昨日のエリスの無遠慮な発言で一番腹を立てていたのはデランだったし、アグライアに言いくるめられていたが、あれで納得がいってないようだったからホテルに乗り込んでくるのもまあ分かる。
「だからって、朝一番に来なくてもな~」
とはいえ、迷惑だというのがダイチの本音であった。
「おい、早くあの女出せよ!」
「わかった、わかったから落ち着け」
ダイチはなだめる。
「すみませんね」
エドラが悪びれた様子だったので、多少苛立ちは抑えられた。
「だけどよ~…‥」
エリスを起こすのは相当な覚悟が必要だった。
頭突きが来るか、キックが来るか、それこそ何が飛んでくるのがわからないのだ。
しかし、躊躇ったばかりいて待たせるのも悪い。ここは覚悟を決めてダイチはエリスの寝た部屋に踏み込んだ。
「おーい、エリス。客だぞ―……あれ?」
部屋のベッドは既に翻っており、エリスとイクミはもう起きてどこかへ行ってしまった様子だった。
「どこ行ったんだ?」
何しろこの部屋は広い。エリスとイクミが出歩いていても気づかないほどに。
ダイチはあちこち見回ってみたものの、その姿は見えない。
「あ、ダイチさん?」
「ミリアか」
ミリアが眠気眼をこすりながらやってくる。
「ダイチさん、エリスの姿が見えませんが」
「俺も探していたところなんだ」
「はあ、変ですね……」
ミリアは首を傾げる。
「リストを遅くまで見ていたみたいですけど……
あ、メッセージがあります」
「メッセージ?」
ミリアはウィンドウを開いてメッセージを確認する。
『お、ダイチかミリアか起きたか?
ゴメンな、エリスがどうしても一刻も早くマイスターに会って腕を作らせたいってきかへんのや。
せやから、もう行くわ。すまんな!』
「………………」
それを聞いて、ダイチとミリアはしばらく黙ってしまう。
「……私、置き去りにされたのでしょうか?」
「勝手に行きやがったああああああッ!!」
ダイチは声を張り上げる。
「そうですか……私、捨てられたのですね? ダイチさん、慰めてください」
「はあ? ちょっと待て、どうしてそうなる?」
ミリアはダイチに寄りかかってくる。
「私を慰めてくれる殿方はダイチさんしかおりませんから」
「そうじゃなくて!」
「ダイチ……何をしておるんじゃ?」
背後から聞こえた声に、ダイチはビクッと震える。
そこに立っていたのはフルートだった。
「ダイチ……」
また呼ばれる。
その声はフルートとは思えないぐらい低く、いつもの五歳の幼女のものではなく、それこそ千年生きた魔女が呪いをかけるようなおぞましささえ感じさせるそれであった。
――ああ、俺呪われてるんだな
こんなことを言われる謂れはまったくないのだが、こういうときにどんな言い訳をしても無駄だと観念した。
「こんの浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
その後、フルートが散々騒ぐものだから、なだめるのにかなりの時間を要した。
おかげでデランとエドラは廊下ですっかり待ちぼうけをくらわせてしまった。
(きまずいな……)
ご機嫌ななめのデランを見て、ダイチはそう思った。
「紅茶です」
ミリアがみんなに紅茶を配る。このあたりはウエイトレスの格好しているのでそれなりに様になっている。
「あ、どうも、ありがとうございます」
「フン!」
「こんなものでご機嫌を取ろうなど……」
デランとフルートは揃って不機嫌だった。
エリスとイクミはマイスターを探しに出ていってしまったのでこの部屋にはもういない。それにマイナの姿が見えないことから一緒に着いていったのだろう。
そういうわけで、今この部屋の宿泊者はダイチ、ミリア、フルートの三人しかいない。はっきりいって、ミリアの言うとおり「置き去りにされた」といってもいい。
ダイチとしても憤りは一応あるのだが、今はわざわざやってきた二人への対応があるのでどうにか抑え込む。
「それで、あいつはどこ行ったんだよ?」
デランが出された紅茶に目もくれず、食って掛かる。
「それが……」
「行き先は私達も知らないんですよ。通話かけても応答がありませんし」
ミリアが代わりに答えてくれる。
「ハン! 逃げたんだな!」
デランの返答にさすがのダイチもムッとする。
「エリスはそんな奴じゃない。っていうか、今日お前が来るなんて知らなかったし、いきなりすぎるんだよ!」
「どうだか! 口だけの奴って結構いるしな!」
「それはありえないな、エリスに限って!」
ダイチは強く言い返す。
「なんで、お前がそんなこと言えるんだよ? お前彼氏か?」
「ち、ちげえよ! そんなことより、なんでお前はエリスにそんな突っかかるんだよ!」
「それはだな!」
「……アグライアを臆病者といったことがどうしても許せないそうです」
エドラが勝手に答える。
「ああ、やっぱりそういうことか」
確かにあれはエリスが言いすぎたと思うし、尊敬しているヒトがバカにされたら黙っていられないだろう。現にダイチだってエリスをバカにされて怒っている。
「エドラ、勝手に言うんじゃねえ!」
「そう言えば、デランの気持ちも少しは分かってくれると思ったから」
「余計なお節介だぜ! それで、あの女は出てこないのか!」
「俺達にもどこに行ったのかわからないんだ。わりぃな」
「やっぱり逃げ出したんじゃないか?」
「エリスはそんな奴じゃない!」
ダイチはまたカッとなる。
「だったらすぐに出せよ!」
「それが出来ないって言ってるだろ!」
「だったらやっぱり臆病者じゃないか! 口先だけの女か!」
「そんなわけねえだろ!」
「どうしてそんなこと言えるんだ!?」
だんだん二人の言い争いがヒートアップしてくる。エドラとミリアは黙って成り行きを見守った。
「俺があいつを知ってるからだ! あいつをバカにする奴は俺が許さねえ!」
「許さなかったらどうするんだ!?」
「俺がぶちのめす!」
それを聞いて、デランはニヤリと笑う。
一方のダイチは勢い任せでとんでもないことを言ってしまったと気づく。が、もう遅かった。
「だったら、俺と戦うか臆病者?」
「上等だ! やってやるよ!」
ホテルの外に出て、領内にある噴水広場までやってくる。
「ここがちょうどいいだろ」
デランは帯刀している剣を鞘から引き抜いて構える。
「ほ、本当にやるのかダイチ?」
フルートは心配して訊いてくる。
「ああ、今さら後に退けるかよ」
ダイチにだって一度言ったことは曲げられない意地はある。それにエリスに特訓をつけてもらって今の自分にどれくらいのチカラがついたのか試してみたい気持ちもあった。
――デランは強い。
喧嘩腰の態度は気に食わないが、それは事実として認めざるを得ない。
昨日の稽古でアグライアに一太刀も浴びせることもできなかったが、動きに無駄はなく、打ち込みには力強さがあった。どちらも今の自分よりも遥かに強いもので格上だと思い知らされた。
だからこそやる意味があるとダイチは思った。
レーザーブレードを引き抜いてデランと同じように構える。
「いつでもいいぜ、来いよ!」
「おう!」
ダイチは正面から斬りかかる。
小細工が出来る程、器用でも戦い慣れしているわけじゃない。だからこそ一番力を発揮できる正面からの突撃に賭けた。
カキン!
それをデランは受け止める。
「へッ!」
そして、あっさり打ち返す。
「うおっとッ!」
「その程度かよ!」
「ちっくしょう……まだまだッ!!」
めげずにダイチは打ち続ける。
キン! キン! キン!
力一杯込めるが、その全てをデランは難なく受け止める。
「でい!」
全てを受けきったデランは反撃にダイチの腹に峰打ちを打ち込む。
「ガハッ!」
ダイチはこらえきれずに倒れ込む。
まさしく昨日見たアグライアとデランの稽古の再現となった。
「勝負あったな」
「まだ……まだまだ!」
ダイチは立ち上がり、打ち込む。
「おッ!」
これにはデランも感心した。だが、それで手を緩めるほど甘くなかった。
キン! キン! キン!
ダイチの攻撃はことごとく受け止められる。
実力差があることはわかっていた。勝てないことだってわかっていた。
理屈ではわかっていても、意地で否定してしまう。
負けられない、負けられるか。
馬鹿にされたまま終われるか。
「おおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
あらん限りの声を上げて突進する。
「いいぜ、嫌いじゃないぜ、そういうの!」
デランはニヤリと笑う。しかし、攻撃にその手を緩めることはなかった。
「ガハッ!」
一撃食らって、怯んだ隙を容赦なく打ち込んでくる。
「どうしたこんなものか?」
「く、まだまだ!」
それでも、ダイチは止まらず立ち向かう。
ガキィィィィン!
ダイチのレーザーブレードとデランの剣がぶつかることで火花が舞い散る。
そこから鍔迫り合いで互いの顔を見つめる。
「くッ!」
「思ったよりいい根性してるな! 気に入ったぜ!」
「そいつはどうも! だけど、俺は負けねえ!」
「それは俺の台詞だ!」
デランが言い返すやいなや、デランが力で強引にレーザーブレードを弾き飛ばす。
「あッ!?」
「勝負あったな」
デランは得意気に刃先をダイチの顔に突きつける。
「く……!」
負けた。
一矢報いることすら出来ずに。
悔しかった。
エリスを馬鹿にされて、何も出来なかった。
力の差は歴然だということはやる前からわかっていた。
しかし、だからといって負けて悔しくないわけがなかった。
「ちくしょう……!」
「もう一勝負してみるか?」
「は?」
思っても見なかった申し出にダイチは面を喰らう。
「納得してねえようだからな、とことん付き合ってやるぜ」
「………………」
「どうした? やっぱ勝ち目ないからやめとくか?」
「誰が!」
ダイチはレーザーブレードを手にして構える。
「そうこなくちゃ!」
デランは剣を構える。
「あ~盛り上がってるところ、悪いんですけど」
そこへエドラが割って入ってくる。
「なんだよ、水差しやがって!」
「そろそろ学園に戻らないとまずいかと思いましてね」
「はあ!? そんなわけあるかよ! 第一今いいところなんだぜ!」
「無断外出」
「う……!」
エドラがそう言うと、デランはバツの悪そうな顔をする。
「昼までに戻らないと先生に大目玉だけじゃすみませんよ」
「だ、だからってな……!」
デランは躊躇っている。
ダイチにはいまいち事情が飲み込めない。ただ彼等が早く学園に戻らなければならない学生であることだけはどうにかわかった。
「よくわからないけど、帰った方がいいんじゃないのか?」
「っるせえな、だったらお前このまま終わってもいいのかよ」
「そ、それは……」
正直に言えば納得がいかなかった。
せめて勝てないまでも一太刀でも浴びせないと収まりがつかない。
「やっぱ決着つけてからじゃないとダメだな」
「それを待ってたら日が暮れますよ」
「だったらお前だけでも学園に帰ればいいじゃねえか」
「そうもいきませんよ……困りましたね」
そうは言われてもダイチだって退くに退けない。
「私一ついいこと思いつきました」
ミリアが手を叩いて言ってくる。
「それはなんでしょうか?」
エドラが訊くと、ミリアは凄く得意気に答える。
「私達がその学園についていくというのはどうでしょうか?」
騎士養成学園エインヘリアル。
その学園にはホテルからリニアカーを使うとすぐについた。
レンガのように積み立てられた鉄の段による門はいかにもな堅牢さを示している。
「ここが僕達の学園です」
「こんな学校があるんだな……」
ダイチは初めて目にするこの星の学園に新鮮さを感じた。
「騎士を養成する学園ですからね。その歴史は数千年に及ぶとか」
「す、数千!?」
「別に珍しいことじゃねえだろ、ワルキューレリッターなんかもそれと同じくらいの歴史だぜ」
「まあ、ワルキューレリッターに相応しい騎士を養成するというのがこの学園の目的ですからね」
「じゃ、じゃあ、昨日のアグライアってヒトもこの学園の出身なのか?」
「ええ、彼女は僕達の先輩にあたります」
「ミーファもな。たまに学園にも顔を出すんだよ」
「ミーファ先輩でしょ。まったくデランは失礼なんだから」
「あのヒト、大人しいから全然先輩って感じがしねえんだよな。あ~あとステファーもそうだっただろ」
「だから、ステファー先輩でしょ」
「俺、あいつ嫌いだからな」
「ステファー……そんな名前のヒトには会ってないな」
ダイチは思い出してみる。
昨日会ったのはアグライア、レダ、ミーファ、デメトリアの四人。
「ワルキューレリッターは現在六人いらっしゃるんですよ。
私達が会っていないのは、二人。
アグライア様と同じ学年のステファー・エインリア様
歴代最年少でワルキューレリッター入りしたリノス・アリスシア様です」
「ああ、そうなのか」
「というか、何故お主、あやつらには様づけするのじゃ?」
「目標とする金星人の中でもさらに尊敬すべきワルキューレリッターの方々ですもの、当然のことじゃありませんか」
「妾も尊敬すべき皇ではないか……」
「残念ながら皇は尊敬できても、フルートさんは尊敬できませんね」
「なんじゃと無礼ではないか!」
「お前ら静かにしてくれ」
ダイチは頭を悩まされて二人の相手をしてる余裕がなかった。
「ああ、あまり騒がしくしないでください。今入校の許可をとってきますから」
エドラはそう言って、門番をしている女性に話しかけてくる。
「おはようございます、フィラ」
「エドラ、また抜け出したのか」
「デランがどうしてもって言って聞かなくてですね」
「またかい」
フィラと呼ばれた門番の女性は面倒そうにデランの方を見る。
「すぐ戻ってきたから大目に見てもらえませんか」
「いちいち取り締まらなきゃならないこっちの身にもなってくれないか」
「すみません」
「減点は覚悟しておくんだね」
「処罰でないのなら甘んじて受けます」
「デランには昼食抜きの処罰は必要かもしれないけどね」
「フィラ、それはないぜ!」
デランは文句を張り上げる。
「そうすればちょっとは大人しくなるだろう。パプリア先生にはそう進言しておくよ」
「勘弁してくれ! 昼メシ抜かれたら力が出ねえんだ!」
「だったら二度と無断外出しないことだね」
「昨日はちゃんと外出届出しただろ」
「昨日は昨日、今日は今日さ」
「ケチ!」
フィラはデランの相手をしていられないとばかりにエドラの方を見る。
「ところで、あの連中は?」
「ああ、彼等は入校希望者ですよ」
「……金星人には見えないけど、それに子供と、男もいるじゃないか」
「まあ、それは大目に見てくださいよ」
エドラはウインクする。
「エドラがそう言うんなら……パプリア先生に掛け合ってみるさ」
フィラはそう言って、ディスプレイを目の前に出現させる。
「お前、また色目使いやがったな」
「いいじゃないか。おかげで昼食が食べられる」
デランは「ずるいな……」とぼやく。
「いいそうだよ。私にも会わせるのが条件だとさ」
「ありがとうございます」
「さ、入りなさい」
門がドンと開く。
そびえ立ち、何者も寄せ付けない意志さえ感じる大きな門がドンと轟音を立てて開く様は圧巻であった。
「なんか、こっちに来てから見上げてばっかだな」
「妾もダイチを見る時はいつも見上げてばっかじゃぞ」
「それはフォローなのか、フルート?」
そんなことを言いながら開いた門をくぐった。
くぐったばかりのダイチ達を出迎えたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だった。
「綺麗ですね、こういう学園に通ってみたかったです」
「あんたなら似合うじゃないか」
「フフ、そうですね」
デランに言われて、ミリアは上機嫌に答える。
「ですが、それはかないそうにないので残念でなりません」
「え、どうして?」
「ここの入学条件、知らねえのか?」
デランにそう言われてもダイチとフルートは知らない。
「――ただ一つ『金星人であること』ですよ」
「あ……」
ダイチはミリアに思わず同情してしまう。
どんなに願っても、ミリアは火星人であり、どうあがいても変えられようのない事実だった。――自分が地球人であることと同じように。
「まあ、他にも色々厳しい試験はありますがね」
「にゅ、入学試験か」
「ああ、嫌なこと思い出されるな……」
デランは当時のことを思い出してゲンナリとする。
「デランは入学試験のとき、パプリア先生にボコボコにされましたからね」
「っるせえ! 今の俺だったらあんな奴、ぶっ倒して……」
「あんな奴、ね?」
不意に山のような女性が目の前に現れた。
「うわああああッ!?」
デランは驚きのあまり、叫び声を上げる。
「先生、おはようございます」
エドラはそれが当たり前の光景のように挨拶する。
「おはよう、また無断外出をしたようね」
「デランがどうしてもときかなくてですね」
「それは仕方ないわね。デランには昼食を与えないよう学食のコックに伝えておいたわ」
「そこまでするかぁッ! ちくしょう!!」
デランは吠え立てるが、先生と呼ばれた女性はそよ風のように聞き流してしまう。
「なんだか、昼食抜きが一番堪える罰みたいですね」
「ああ、俺も飯抜きはきついぞ」
「私もそうですね、半分カットでも死んでしまいそうです」
ミリアはそう言ったが、ダイチはお前の半分って俺達の三食分ぐらいじゃないかと心の中で突っ込みを入れた。
「ところで、彼等が希望者ですか?」
「はい、デランが気に入りましてね」
「いや、俺は別に!」
「そうか、なるほどねえ……」
パプリアはダイチの方を見てくる。
教官と呼ばれたパプリアは桃色の髪を三つ編みに纏めて腰まで伸ばしている。それが顔を揺らす度に動物の尻尾のように揺れていて可愛らしい。
(長いな)
パプリアの背はニメートルあるからその腰までとなるとミリアの身長と同じくらいあるかもしれない。
まずその長いおさげ髪に目がいったが、その端正な顔立ちはとても金星人らしく美人であった。
「ダイチよ、お主見とれてばかりではないか?」
「い、いや、それはだな!」
「まあまあ、美しい女性を目にすると見とれてしまうのは男性の性ですよ」
「むむ、今にみておれよ。妾も金星人などに負けぬ美人になってみせるからな!」
「それは何百年後の話だ……」
「愉快な方々ね。他の星からの旅行者と聞いていたけど、こうして会ってみると新鮮ね」
パプリアはフフッと笑う。
「初めまして、私はここで戦技教師としてこの子達を指導しているフラン・パプリアです。」
パプリアは丁寧に挨拶してくれる。
「これはどうもご丁寧に。私はミリア・パルサー、火星人です」
「ダイチ、か、火星人です」
「フルートじゃ」
「紹介ありがとうございます。ゆっくり我が校を見学していってね」
「いや、それよりも大事なことがあるんだ」
「大事なこと?」
「俺はこいつと決着をつけないといけないんだ」
デランはそう言ってダイチを指差す。
「決着?」
「僕の目にはもう勝負はついていたように見えましたが」
「まだだろ、あいつは負けを認めちゃいないからな」
「ああ、そうだな」
デランのギラついた物言いに、ダイチは触発される。
「ここでなら思いっきりやれるぜ。お前もチカラ持ってるんなら思う存分使えよ」
「あ、ああ!」
ダイチは戸惑いながらも勢いに流されて答えてしまう。
「すっかりやる気になってるみたいね」
「すみません。学園に戻れば少しは落ち着くかと思ったんですが」
「エドラ、嘘はよしなさい。あのデランが学園の外だろうが中だろうが大人しくなるようなヒトですか」
「バレてましたか」
エドラは照れ顔でごまかす。
「どうせ戦うのなら思う存分やるといいでしょう。せっかくですから闘技場を使いましょう」
「いいのか先生?」
デランが訊く。
「ここでやったら庭師になんて言い訳をするつもりなの? それに私も他の星のヒトの戦いには興味がありますから」
パプリアはダイチに期待の眼差しを向ける。
(う、やばいな……)
ダイチはそれをプレッシャーに感じた。
何しろ、ここはどうみても由緒正しい歴史ある騎士養成学園で、パプリアはその戦技指導をしているそうだからかなり強いことは容易に想像がつく。
そんなヒトの期待に応えられるような実力も自信もダイチにはまったくなかった。
(だけど、一度とことんやってやるって決めたんだから……!)
ダイチはそう自分に言い聞かせて奮い立たせる。
「意地を見せてください」
そんなダイチにミリアは耳打ちしてそう言った。
「私としてもエリスを臆病者と罵った男を許しておけませんので」
「……だったら他人任せにするなよ」
「仇討ちは一番信頼する殿方にお任せする主義なので」
「仇討ちっていう言うほどのものか?」
だけど、「一番信頼する殿方」とお世辞でも言われたことが少しだけ嬉しかった。
それが実力も自信も無いダイチを奮い立たせてくれた。
「まあ、俺にできることっていったら一つしかねえか……
――一つ意地でも見せますか……!」
「まったく遅いんだよ! 学園だったら遅刻で罰則だぞ!」
「いや、そんなことよりどうして?」
「朝早くからすみません」
エドラが割って入ってくる。ダイチからしてみると話の分かる奴が一緒のようで少しだけ安心する。
「何の用だよ?」
「デランがぶちのめしてやるって言ってきかないんですよ」
「ぶちのめす?」
「おう、あの女を出せよ! アグライアのことを臆病者って言った落とし前をつけさせてやる!!」
「あ、あぁ……そういうことか……」
そう言われて合点がいった。
確かに昨日のエリスの無遠慮な発言で一番腹を立てていたのはデランだったし、アグライアに言いくるめられていたが、あれで納得がいってないようだったからホテルに乗り込んでくるのもまあ分かる。
「だからって、朝一番に来なくてもな~」
とはいえ、迷惑だというのがダイチの本音であった。
「おい、早くあの女出せよ!」
「わかった、わかったから落ち着け」
ダイチはなだめる。
「すみませんね」
エドラが悪びれた様子だったので、多少苛立ちは抑えられた。
「だけどよ~…‥」
エリスを起こすのは相当な覚悟が必要だった。
頭突きが来るか、キックが来るか、それこそ何が飛んでくるのがわからないのだ。
しかし、躊躇ったばかりいて待たせるのも悪い。ここは覚悟を決めてダイチはエリスの寝た部屋に踏み込んだ。
「おーい、エリス。客だぞ―……あれ?」
部屋のベッドは既に翻っており、エリスとイクミはもう起きてどこかへ行ってしまった様子だった。
「どこ行ったんだ?」
何しろこの部屋は広い。エリスとイクミが出歩いていても気づかないほどに。
ダイチはあちこち見回ってみたものの、その姿は見えない。
「あ、ダイチさん?」
「ミリアか」
ミリアが眠気眼をこすりながらやってくる。
「ダイチさん、エリスの姿が見えませんが」
「俺も探していたところなんだ」
「はあ、変ですね……」
ミリアは首を傾げる。
「リストを遅くまで見ていたみたいですけど……
あ、メッセージがあります」
「メッセージ?」
ミリアはウィンドウを開いてメッセージを確認する。
『お、ダイチかミリアか起きたか?
ゴメンな、エリスがどうしても一刻も早くマイスターに会って腕を作らせたいってきかへんのや。
せやから、もう行くわ。すまんな!』
「………………」
それを聞いて、ダイチとミリアはしばらく黙ってしまう。
「……私、置き去りにされたのでしょうか?」
「勝手に行きやがったああああああッ!!」
ダイチは声を張り上げる。
「そうですか……私、捨てられたのですね? ダイチさん、慰めてください」
「はあ? ちょっと待て、どうしてそうなる?」
ミリアはダイチに寄りかかってくる。
「私を慰めてくれる殿方はダイチさんしかおりませんから」
「そうじゃなくて!」
「ダイチ……何をしておるんじゃ?」
背後から聞こえた声に、ダイチはビクッと震える。
そこに立っていたのはフルートだった。
「ダイチ……」
また呼ばれる。
その声はフルートとは思えないぐらい低く、いつもの五歳の幼女のものではなく、それこそ千年生きた魔女が呪いをかけるようなおぞましささえ感じさせるそれであった。
――ああ、俺呪われてるんだな
こんなことを言われる謂れはまったくないのだが、こういうときにどんな言い訳をしても無駄だと観念した。
「こんの浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
その後、フルートが散々騒ぐものだから、なだめるのにかなりの時間を要した。
おかげでデランとエドラは廊下ですっかり待ちぼうけをくらわせてしまった。
(きまずいな……)
ご機嫌ななめのデランを見て、ダイチはそう思った。
「紅茶です」
ミリアがみんなに紅茶を配る。このあたりはウエイトレスの格好しているのでそれなりに様になっている。
「あ、どうも、ありがとうございます」
「フン!」
「こんなものでご機嫌を取ろうなど……」
デランとフルートは揃って不機嫌だった。
エリスとイクミはマイスターを探しに出ていってしまったのでこの部屋にはもういない。それにマイナの姿が見えないことから一緒に着いていったのだろう。
そういうわけで、今この部屋の宿泊者はダイチ、ミリア、フルートの三人しかいない。はっきりいって、ミリアの言うとおり「置き去りにされた」といってもいい。
ダイチとしても憤りは一応あるのだが、今はわざわざやってきた二人への対応があるのでどうにか抑え込む。
「それで、あいつはどこ行ったんだよ?」
デランが出された紅茶に目もくれず、食って掛かる。
「それが……」
「行き先は私達も知らないんですよ。通話かけても応答がありませんし」
ミリアが代わりに答えてくれる。
「ハン! 逃げたんだな!」
デランの返答にさすがのダイチもムッとする。
「エリスはそんな奴じゃない。っていうか、今日お前が来るなんて知らなかったし、いきなりすぎるんだよ!」
「どうだか! 口だけの奴って結構いるしな!」
「それはありえないな、エリスに限って!」
ダイチは強く言い返す。
「なんで、お前がそんなこと言えるんだよ? お前彼氏か?」
「ち、ちげえよ! そんなことより、なんでお前はエリスにそんな突っかかるんだよ!」
「それはだな!」
「……アグライアを臆病者といったことがどうしても許せないそうです」
エドラが勝手に答える。
「ああ、やっぱりそういうことか」
確かにあれはエリスが言いすぎたと思うし、尊敬しているヒトがバカにされたら黙っていられないだろう。現にダイチだってエリスをバカにされて怒っている。
「エドラ、勝手に言うんじゃねえ!」
「そう言えば、デランの気持ちも少しは分かってくれると思ったから」
「余計なお節介だぜ! それで、あの女は出てこないのか!」
「俺達にもどこに行ったのかわからないんだ。わりぃな」
「やっぱり逃げ出したんじゃないか?」
「エリスはそんな奴じゃない!」
ダイチはまたカッとなる。
「だったらすぐに出せよ!」
「それが出来ないって言ってるだろ!」
「だったらやっぱり臆病者じゃないか! 口先だけの女か!」
「そんなわけねえだろ!」
「どうしてそんなこと言えるんだ!?」
だんだん二人の言い争いがヒートアップしてくる。エドラとミリアは黙って成り行きを見守った。
「俺があいつを知ってるからだ! あいつをバカにする奴は俺が許さねえ!」
「許さなかったらどうするんだ!?」
「俺がぶちのめす!」
それを聞いて、デランはニヤリと笑う。
一方のダイチは勢い任せでとんでもないことを言ってしまったと気づく。が、もう遅かった。
「だったら、俺と戦うか臆病者?」
「上等だ! やってやるよ!」
ホテルの外に出て、領内にある噴水広場までやってくる。
「ここがちょうどいいだろ」
デランは帯刀している剣を鞘から引き抜いて構える。
「ほ、本当にやるのかダイチ?」
フルートは心配して訊いてくる。
「ああ、今さら後に退けるかよ」
ダイチにだって一度言ったことは曲げられない意地はある。それにエリスに特訓をつけてもらって今の自分にどれくらいのチカラがついたのか試してみたい気持ちもあった。
――デランは強い。
喧嘩腰の態度は気に食わないが、それは事実として認めざるを得ない。
昨日の稽古でアグライアに一太刀も浴びせることもできなかったが、動きに無駄はなく、打ち込みには力強さがあった。どちらも今の自分よりも遥かに強いもので格上だと思い知らされた。
だからこそやる意味があるとダイチは思った。
レーザーブレードを引き抜いてデランと同じように構える。
「いつでもいいぜ、来いよ!」
「おう!」
ダイチは正面から斬りかかる。
小細工が出来る程、器用でも戦い慣れしているわけじゃない。だからこそ一番力を発揮できる正面からの突撃に賭けた。
カキン!
それをデランは受け止める。
「へッ!」
そして、あっさり打ち返す。
「うおっとッ!」
「その程度かよ!」
「ちっくしょう……まだまだッ!!」
めげずにダイチは打ち続ける。
キン! キン! キン!
力一杯込めるが、その全てをデランは難なく受け止める。
「でい!」
全てを受けきったデランは反撃にダイチの腹に峰打ちを打ち込む。
「ガハッ!」
ダイチはこらえきれずに倒れ込む。
まさしく昨日見たアグライアとデランの稽古の再現となった。
「勝負あったな」
「まだ……まだまだ!」
ダイチは立ち上がり、打ち込む。
「おッ!」
これにはデランも感心した。だが、それで手を緩めるほど甘くなかった。
キン! キン! キン!
ダイチの攻撃はことごとく受け止められる。
実力差があることはわかっていた。勝てないことだってわかっていた。
理屈ではわかっていても、意地で否定してしまう。
負けられない、負けられるか。
馬鹿にされたまま終われるか。
「おおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
あらん限りの声を上げて突進する。
「いいぜ、嫌いじゃないぜ、そういうの!」
デランはニヤリと笑う。しかし、攻撃にその手を緩めることはなかった。
「ガハッ!」
一撃食らって、怯んだ隙を容赦なく打ち込んでくる。
「どうしたこんなものか?」
「く、まだまだ!」
それでも、ダイチは止まらず立ち向かう。
ガキィィィィン!
ダイチのレーザーブレードとデランの剣がぶつかることで火花が舞い散る。
そこから鍔迫り合いで互いの顔を見つめる。
「くッ!」
「思ったよりいい根性してるな! 気に入ったぜ!」
「そいつはどうも! だけど、俺は負けねえ!」
「それは俺の台詞だ!」
デランが言い返すやいなや、デランが力で強引にレーザーブレードを弾き飛ばす。
「あッ!?」
「勝負あったな」
デランは得意気に刃先をダイチの顔に突きつける。
「く……!」
負けた。
一矢報いることすら出来ずに。
悔しかった。
エリスを馬鹿にされて、何も出来なかった。
力の差は歴然だということはやる前からわかっていた。
しかし、だからといって負けて悔しくないわけがなかった。
「ちくしょう……!」
「もう一勝負してみるか?」
「は?」
思っても見なかった申し出にダイチは面を喰らう。
「納得してねえようだからな、とことん付き合ってやるぜ」
「………………」
「どうした? やっぱ勝ち目ないからやめとくか?」
「誰が!」
ダイチはレーザーブレードを手にして構える。
「そうこなくちゃ!」
デランは剣を構える。
「あ~盛り上がってるところ、悪いんですけど」
そこへエドラが割って入ってくる。
「なんだよ、水差しやがって!」
「そろそろ学園に戻らないとまずいかと思いましてね」
「はあ!? そんなわけあるかよ! 第一今いいところなんだぜ!」
「無断外出」
「う……!」
エドラがそう言うと、デランはバツの悪そうな顔をする。
「昼までに戻らないと先生に大目玉だけじゃすみませんよ」
「だ、だからってな……!」
デランは躊躇っている。
ダイチにはいまいち事情が飲み込めない。ただ彼等が早く学園に戻らなければならない学生であることだけはどうにかわかった。
「よくわからないけど、帰った方がいいんじゃないのか?」
「っるせえな、だったらお前このまま終わってもいいのかよ」
「そ、それは……」
正直に言えば納得がいかなかった。
せめて勝てないまでも一太刀でも浴びせないと収まりがつかない。
「やっぱ決着つけてからじゃないとダメだな」
「それを待ってたら日が暮れますよ」
「だったらお前だけでも学園に帰ればいいじゃねえか」
「そうもいきませんよ……困りましたね」
そうは言われてもダイチだって退くに退けない。
「私一ついいこと思いつきました」
ミリアが手を叩いて言ってくる。
「それはなんでしょうか?」
エドラが訊くと、ミリアは凄く得意気に答える。
「私達がその学園についていくというのはどうでしょうか?」
騎士養成学園エインヘリアル。
その学園にはホテルからリニアカーを使うとすぐについた。
レンガのように積み立てられた鉄の段による門はいかにもな堅牢さを示している。
「ここが僕達の学園です」
「こんな学校があるんだな……」
ダイチは初めて目にするこの星の学園に新鮮さを感じた。
「騎士を養成する学園ですからね。その歴史は数千年に及ぶとか」
「す、数千!?」
「別に珍しいことじゃねえだろ、ワルキューレリッターなんかもそれと同じくらいの歴史だぜ」
「まあ、ワルキューレリッターに相応しい騎士を養成するというのがこの学園の目的ですからね」
「じゃ、じゃあ、昨日のアグライアってヒトもこの学園の出身なのか?」
「ええ、彼女は僕達の先輩にあたります」
「ミーファもな。たまに学園にも顔を出すんだよ」
「ミーファ先輩でしょ。まったくデランは失礼なんだから」
「あのヒト、大人しいから全然先輩って感じがしねえんだよな。あ~あとステファーもそうだっただろ」
「だから、ステファー先輩でしょ」
「俺、あいつ嫌いだからな」
「ステファー……そんな名前のヒトには会ってないな」
ダイチは思い出してみる。
昨日会ったのはアグライア、レダ、ミーファ、デメトリアの四人。
「ワルキューレリッターは現在六人いらっしゃるんですよ。
私達が会っていないのは、二人。
アグライア様と同じ学年のステファー・エインリア様
歴代最年少でワルキューレリッター入りしたリノス・アリスシア様です」
「ああ、そうなのか」
「というか、何故お主、あやつらには様づけするのじゃ?」
「目標とする金星人の中でもさらに尊敬すべきワルキューレリッターの方々ですもの、当然のことじゃありませんか」
「妾も尊敬すべき皇ではないか……」
「残念ながら皇は尊敬できても、フルートさんは尊敬できませんね」
「なんじゃと無礼ではないか!」
「お前ら静かにしてくれ」
ダイチは頭を悩まされて二人の相手をしてる余裕がなかった。
「ああ、あまり騒がしくしないでください。今入校の許可をとってきますから」
エドラはそう言って、門番をしている女性に話しかけてくる。
「おはようございます、フィラ」
「エドラ、また抜け出したのか」
「デランがどうしてもって言って聞かなくてですね」
「またかい」
フィラと呼ばれた門番の女性は面倒そうにデランの方を見る。
「すぐ戻ってきたから大目に見てもらえませんか」
「いちいち取り締まらなきゃならないこっちの身にもなってくれないか」
「すみません」
「減点は覚悟しておくんだね」
「処罰でないのなら甘んじて受けます」
「デランには昼食抜きの処罰は必要かもしれないけどね」
「フィラ、それはないぜ!」
デランは文句を張り上げる。
「そうすればちょっとは大人しくなるだろう。パプリア先生にはそう進言しておくよ」
「勘弁してくれ! 昼メシ抜かれたら力が出ねえんだ!」
「だったら二度と無断外出しないことだね」
「昨日はちゃんと外出届出しただろ」
「昨日は昨日、今日は今日さ」
「ケチ!」
フィラはデランの相手をしていられないとばかりにエドラの方を見る。
「ところで、あの連中は?」
「ああ、彼等は入校希望者ですよ」
「……金星人には見えないけど、それに子供と、男もいるじゃないか」
「まあ、それは大目に見てくださいよ」
エドラはウインクする。
「エドラがそう言うんなら……パプリア先生に掛け合ってみるさ」
フィラはそう言って、ディスプレイを目の前に出現させる。
「お前、また色目使いやがったな」
「いいじゃないか。おかげで昼食が食べられる」
デランは「ずるいな……」とぼやく。
「いいそうだよ。私にも会わせるのが条件だとさ」
「ありがとうございます」
「さ、入りなさい」
門がドンと開く。
そびえ立ち、何者も寄せ付けない意志さえ感じる大きな門がドンと轟音を立てて開く様は圧巻であった。
「なんか、こっちに来てから見上げてばっかだな」
「妾もダイチを見る時はいつも見上げてばっかじゃぞ」
「それはフォローなのか、フルート?」
そんなことを言いながら開いた門をくぐった。
くぐったばかりのダイチ達を出迎えたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だった。
「綺麗ですね、こういう学園に通ってみたかったです」
「あんたなら似合うじゃないか」
「フフ、そうですね」
デランに言われて、ミリアは上機嫌に答える。
「ですが、それはかないそうにないので残念でなりません」
「え、どうして?」
「ここの入学条件、知らねえのか?」
デランにそう言われてもダイチとフルートは知らない。
「――ただ一つ『金星人であること』ですよ」
「あ……」
ダイチはミリアに思わず同情してしまう。
どんなに願っても、ミリアは火星人であり、どうあがいても変えられようのない事実だった。――自分が地球人であることと同じように。
「まあ、他にも色々厳しい試験はありますがね」
「にゅ、入学試験か」
「ああ、嫌なこと思い出されるな……」
デランは当時のことを思い出してゲンナリとする。
「デランは入学試験のとき、パプリア先生にボコボコにされましたからね」
「っるせえ! 今の俺だったらあんな奴、ぶっ倒して……」
「あんな奴、ね?」
不意に山のような女性が目の前に現れた。
「うわああああッ!?」
デランは驚きのあまり、叫び声を上げる。
「先生、おはようございます」
エドラはそれが当たり前の光景のように挨拶する。
「おはよう、また無断外出をしたようね」
「デランがどうしてもときかなくてですね」
「それは仕方ないわね。デランには昼食を与えないよう学食のコックに伝えておいたわ」
「そこまでするかぁッ! ちくしょう!!」
デランは吠え立てるが、先生と呼ばれた女性はそよ風のように聞き流してしまう。
「なんだか、昼食抜きが一番堪える罰みたいですね」
「ああ、俺も飯抜きはきついぞ」
「私もそうですね、半分カットでも死んでしまいそうです」
ミリアはそう言ったが、ダイチはお前の半分って俺達の三食分ぐらいじゃないかと心の中で突っ込みを入れた。
「ところで、彼等が希望者ですか?」
「はい、デランが気に入りましてね」
「いや、俺は別に!」
「そうか、なるほどねえ……」
パプリアはダイチの方を見てくる。
教官と呼ばれたパプリアは桃色の髪を三つ編みに纏めて腰まで伸ばしている。それが顔を揺らす度に動物の尻尾のように揺れていて可愛らしい。
(長いな)
パプリアの背はニメートルあるからその腰までとなるとミリアの身長と同じくらいあるかもしれない。
まずその長いおさげ髪に目がいったが、その端正な顔立ちはとても金星人らしく美人であった。
「ダイチよ、お主見とれてばかりではないか?」
「い、いや、それはだな!」
「まあまあ、美しい女性を目にすると見とれてしまうのは男性の性ですよ」
「むむ、今にみておれよ。妾も金星人などに負けぬ美人になってみせるからな!」
「それは何百年後の話だ……」
「愉快な方々ね。他の星からの旅行者と聞いていたけど、こうして会ってみると新鮮ね」
パプリアはフフッと笑う。
「初めまして、私はここで戦技教師としてこの子達を指導しているフラン・パプリアです。」
パプリアは丁寧に挨拶してくれる。
「これはどうもご丁寧に。私はミリア・パルサー、火星人です」
「ダイチ、か、火星人です」
「フルートじゃ」
「紹介ありがとうございます。ゆっくり我が校を見学していってね」
「いや、それよりも大事なことがあるんだ」
「大事なこと?」
「俺はこいつと決着をつけないといけないんだ」
デランはそう言ってダイチを指差す。
「決着?」
「僕の目にはもう勝負はついていたように見えましたが」
「まだだろ、あいつは負けを認めちゃいないからな」
「ああ、そうだな」
デランのギラついた物言いに、ダイチは触発される。
「ここでなら思いっきりやれるぜ。お前もチカラ持ってるんなら思う存分使えよ」
「あ、ああ!」
ダイチは戸惑いながらも勢いに流されて答えてしまう。
「すっかりやる気になってるみたいね」
「すみません。学園に戻れば少しは落ち着くかと思ったんですが」
「エドラ、嘘はよしなさい。あのデランが学園の外だろうが中だろうが大人しくなるようなヒトですか」
「バレてましたか」
エドラは照れ顔でごまかす。
「どうせ戦うのなら思う存分やるといいでしょう。せっかくですから闘技場を使いましょう」
「いいのか先生?」
デランが訊く。
「ここでやったら庭師になんて言い訳をするつもりなの? それに私も他の星のヒトの戦いには興味がありますから」
パプリアはダイチに期待の眼差しを向ける。
(う、やばいな……)
ダイチはそれをプレッシャーに感じた。
何しろ、ここはどうみても由緒正しい歴史ある騎士養成学園で、パプリアはその戦技指導をしているそうだからかなり強いことは容易に想像がつく。
そんなヒトの期待に応えられるような実力も自信もダイチにはまったくなかった。
(だけど、一度とことんやってやるって決めたんだから……!)
ダイチはそう自分に言い聞かせて奮い立たせる。
「意地を見せてください」
そんなダイチにミリアは耳打ちしてそう言った。
「私としてもエリスを臆病者と罵った男を許しておけませんので」
「……だったら他人任せにするなよ」
「仇討ちは一番信頼する殿方にお任せする主義なので」
「仇討ちっていう言うほどのものか?」
だけど、「一番信頼する殿方」とお世辞でも言われたことが少しだけ嬉しかった。
それが実力も自信も無いダイチを奮い立たせてくれた。
「まあ、俺にできることっていったら一つしかねえか……
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