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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
第26話 デラン・フーリス
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金星の街は規則正しく並び立てられていて、芸術的といってもいい。
しかし、それ以上に美しいのは道行くヒトの容姿であった。
「はあ~やはり金星人の方は美しいですわね。とても憧れます」
ミリアは頬に手を当てながらうっとりとした顔で金星人を眺める。
確かに男性も女性も端正で整った顔立ちに服越しでもわかるしなやかな身体つきをしていてそれ自体が一人一人が一種の宝石のようであった。
「む、ダイチよ。見とれておるな?」
「ち、ちげえよ。ただ綺麗だなって思っただけだ」
フルートはそれを聞いてため息をつく。
「それを見とれておるというのじゃ」
「……く!」
「まあまあ、これだけ美人がいたら見とれるのも無理ありませんよ。ところでダイチさんの好みはどなたですか?」
「え……!?」
ミリアに訊かれて、ダイチはドキリとする。
「そ、それはだな……」
ダイチは視線をそらす
「まあ、いらっしゃるのですか?」
「それは私も興味があるわね」
「お前も加わるのか、マイナ!」
「なに、ダイチお主金星人に一目惚れしおったのか! 許さんぞ、妾というものがありながら!」
「だーお前ら、うるさい!」
ダイチはついに癇癪を起こす。
「賑やかだな」
前を歩くアグライアは振り向きざまに言う。
「そういう連中なのよ」
「いや、あんたもヒトの事いえへんで」
「私も君が一番やかましいものだとばかり思ったが」
「あらそう?」
そんなやり取りをして、アグライアとエリスの目が合う。
「あの暗闇の中で、的確に敵に向い、確実に仕留めた。あれは闘争本能の成せる業だと見たが」
「さあね、私は強そうな奴に向かっていっただけよ」
「そうか」
「そんなこと言って、私と戦ってみたいの?」
エリスは単刀直入に訊く。
「……いや」
しかし、アグライアはそっけなく返す。
「君の戦いを素直に賞賛しただけだ。第一、戦おうにも……」
アグライアはエリスの肩から先に視線を移す。
「腕のことなら心配いらないわよ。足だけで倒してみせるんだから」
「エリス、それはいくらなんでも無理があるで……腕が無いんじゃ、普段の半分もチカラが出せないやろ」
「だから何? 半分以下なら半分以下で勝てばいいんじゃない」
「……無茶苦茶やな」
イクミは呆れる。
「すまん。気分を害したらウチが代わって謝るわ」
「別に気分を害したわけじゃない。ただそんなことを言われたのは初めてで、少し新鮮だと思っただけだ」
「さすが、ワルキューレ・リッター! 器がデカイな!」
イクミが褒めるが、アグライアは特に相手にしなかった。
「エリスもああいうところ見習った方がええかもな」
「冗談でしょ」
エリスがそう言うと、周囲の視線に気づく。それと同時に街中の人達がざわめきだしてきた。
「おお、アグライア様だ」
「アグライア様……」
「相変わらず美しい」
「気高き騎士を見れるなんて幸運だ」
老若男女問わず、アグライアへと寄ってくる。
「アグライア様、いつ金星にお帰りになられたのですか?」
「つい先程だが」
「ヴィーナス様のお側にいないのですか?」
「同行していられる方々は一体どなたなんですか?」
「どちらへ向かわれる御予定なのですか?」
「まあ待て……今日は大事な用があるから、その質問には答えられない」
アグライアはそんな民衆を手で制する。
「人気あるわね」
「そりゃ金星最強の騎士と呼び声が高いからな。それにアグライアは平民出やから余計に人気が高いんや」
「平民出?」
ダイチが耳慣れない言葉を訊く。
「貴族やないってことや。貴族は優れた能力の血筋やからのう。それを押しのけてのワルキューレ・リッターやからそりゃ平民の希望の星やで」
「そうなのか、あの人、そんなに凄いのか……」
ダイチはそんな人に案内をさせていることに改めて唖然とする。
「まあ、強いのは事実でしょうね」
「お前、また戦いたそうな顔してるぞ」
「だって戦いたいし」
「ひとまず腕が出来たらな」
そう言ってエリスはリストを宙に出現させる。
「あんたもちゃんと探しなさいよ」
「わかったわかった」
ダイチもリストを見てみる。正直、義手やマイスターのリストなんてみても全然わからない。
「すまない。私は急ぐものでこれで」
アグライアは民衆達に断って、ダイチのもとへ来る。
「時間を取らせた。どうも私は慕われているもので」
「それは幸せなことです」
「そう思う」
ミリアの一言に同意する。
「さて、行こうか」
「この中は歩きづらいわね」
マイナはぼやく。
道行く人達はダイチ達に不審な目を向ける。
この誇り高き騎士と同行するなんて一体どんな連中なのか。それほどの御仁なのか、とてもそうは見えないけど。などと好き放題思われているのだろうと考えると本当に歩きにくい。というよりも、早くこの場から去りたかった。
「しかし、人気なんですね」
「みなにはとても良くしてもらってると思う」
アグライアは嬉しそうに誇らしげに微笑んで言う。
「それはあんたが平民だからって聞いたけど」
「……いや、正確にはそれ以下の身分だ」
「え?」
「私は戦災孤児なのだよ」
「それは本当なのですか?」
ミリアが訊くと、アグライアは空を仰いで言い継ぐ。
「本当だ。父も母も、家族の顔ももう憶えていない……戦争で全てをなくしたことだけ憶えている」
「………………」
アグライアはそう言うと、ダイチ達は沈黙する。
「……同じね」
そんな中でエリスが言う。
「何?」
「私も親の顔は知らないわ。このミリアもイクミもよ」
「そうだったのか……。
ヴィーナス様が似ていると仰られていたが、今初めてそう思った」
「そう……珍しい話でもないと思うんだけど……そうだとすると似たもの同士ばかりね、世の中」
「それもそうだ」
アグライアは笑う。
(この二人、案外気が合うのか……いや、アグライアって人の心が広いのか……)
ダイチは密かに思った。
「――いたぁぁぁぁぁッ!!」
そこへ叫び声と共に、茶髪の少年が走り寄ってくる。
(――テロリストの仲間か!)
一瞬、ダイチはそう思った。
港でヴィーナス暗殺を阻止した自分達、あるいはワルキューレ・リッターのアグライアの生命を狙うということは十分に考えられることだった。
ダイチは咄嗟に、胸元に携帯していたレーザーブレードを引き抜いて身構える。
「ああ、すまない」
ここでアグライアが謝ってきた。
「え? え……?」
ダイチとしてはあまりにも予想外の事態で困惑した。
「敵かテロリストの仲間かと思ったのだろう。違うのだ、あれは私の身内だ」
「あ、あぁ……そうなんですか……」
ダイチはホッと一安心する。
「ダイチは慌てん坊じゃな」
「うるせえ」
ダイチはフルートに文句を言う。
「ま、敵だったらあんな大声出して追いかけてくるなんてマヌケもいいところだしね」
「エリス、お前気づいてたのか」
「当たり前でしょ、まあ敵だったら敵でも別によかったし」
「別にって……生命狙われてるかもしれねえってのに……」
エリスの肝の大きさに呆れた。
「まあ、これがエリスですから慣れるしかありませんよ」
「……いやお前も凄いよ」
ミリアがフォローを入れるが、ダイチの慰めにならなかった。
「まったく、帰ってくるなら帰ってくるで早く連絡入れろよな!」
それで件の駆け寄ってきた少年はアグライアに文句を言う。
「すまない。ヴィーナス様の生命が狙われたのでな」
「ああ、それならニュースで見たぜ! だからこうして来たんだろうが!」
「……ニュースになってるのか!」
ダイチは驚く。
「当たり前やろ、皇の生命が直接狙われたんやから大事件やで」
「あぁ、そうだな……」
改めて考えると確かにそれは大事だと思えた。
(そりゃ総理大臣が殺されかけたら、ニュースになるよな……それが星で一番偉い人だったら、なおさらか……)
しかし、自分達がその大事件の当事者になっていることに未だに実感が持てないでいる。
狙われたヴィーナスが無事でいること、こちらにも怪我人がでなかったこと。それらがダイチの胸の中であくまで『ちょっとした事件』程度の認識にとどめていた。それは間違いだと思わされる。
「だから、急いで来たんだけど、なんかホテルに向かったって聞いたから!」
「それで学園を抜け出してきたのか」
「ちゃんと外出届は出してきた!」
「出したのはボクだけどね」
ぼやいたのはもう一人の金髪の少年だった。
その少年はおよそ金星人らしい整った顔立ちで、落ち着いた物腰から育ちの良さが容易に想像できる。
「私達を追いかけてきたのか、デラン?」
「当たり前だろ! 金星帰ってきたら真っ先に一勝負するって約束だろ!」
デランと呼ばれた一人の金星は剣を引き抜いて切っ先をアグライアに向ける。
「フフッ、忘れていない。だが、私にもヴィーナス様から承った任務があるから後だ」
「待ちきれねえよ!」
デランは強く言い返す。
「まるで駄々っ子じゃな」
子供の姿にして千歳のフルートが言う。
「まあ、気持ちはわからなくはないけど」
「だったら、エリスいうてやれ」
「何をよ?」
「案内はあとでええから、一勝負見させてくれって」
「……あ~なるほど」
エリスは納得して、アグライアへ歩み寄る。
「一勝負ぐらいならいいんじゃない」
「しかし……」
「別に私達も急ぐってわけじゃないし、それにあんたの戦いも見てみたいしちょうどいいのよ」
そこまで言われてアグライアは目を伏せる。
しかし、すぐに目を開けて再度確認する。
「いいのだな?」
「もちろん」
エリスは即答する。
「わかった。デラン、一勝負しよう」
「そうでなくっちゃあな!」
「ただ、ここでは迷惑がかかる。公園の広場に移動する」
「おう!」
デランは威勢よく応える。
「すまない、少し時間を取らせる」
「ま、見物料ってことで差し引きゼロね」
「見世物になるとは思えないがな」
エリスの失礼な一言に、アグライアは苦笑して返す。
「初めまして、エドラ・カシスです。あっちがデラン・フーリスです」
金髪の美少年・エドラは友人のデラン共々紹介する。
「ボク達はエインヘリアル学園の生徒なんです」
「エイン、へりある……?」
ダイチはその名前を知らなかった。
その様子に、エドラは眉をひそめる。
「エインヘリアルを知らない……田舎の方ですか?」
「エドラ、彼等は火星の旅行者だ。エインヘリアルについては知らないだろう」
「ああ、そうでしたか。すみません」
「なんだ、エインヘリアルも知らない」
「田舎、者……!」
マイナがその単語に激しく反応する。
「マイナさん、落ち着いてください」
「あいつ、ぶっ飛ばしていいかしら?」
「それは一勝負のあとに提案してみろ」
ダイチは言ってみると、意外にもマイナは頷いてやる気満々の態度を見せる。
――こりゃ迂闊にマイナの前で田舎者とか言えねえな。
「宇宙は広いということだ。金星では知らぬ者はない事でも、火星では知られてないこともな」
「そんなもんか?」
「いや、ウチは知ってるで」
普段から情報通を自称しているイクミは得意顔で言う。
「エインヘリアル学園……騎士やワルキューレ・リッター候補を養成するための四つの学園のうちの一つ。確かアグライアはんもそこの出身やな?」
「ああ、よく知ってるな」
アグライアは感心したようだった。
「いつの間に調べたんだ?」
ダイチは疑問に思った。車を降りてからイクミが端末を操作して情報を引き出すような素振りをあまり見られなかったからだ。
「さあ、イクミの情報源って私達にもよくわからないから」
「頭にコンピュータチップでも埋め込んでるのでは、って思う時がありますね」
ミリアの嫌味ともとれる冗談にダイチは苦笑した。
「彼等は私の後輩になるわけだ。こうしてたまに稽古と称して一勝負設けているのだ」
「いつもデランが負けてばかりだけどね」
「うるせえな! お前だって一度も勝ってねえだろ」
「そりゃ簡単に勝てるとは思ってないさ。」
エドラはにこやかにデランの物言いを受け流す。
「だけど、いつもボク達の相手をしてくれるアグライアさんは本当に優しいよね」
「別に私は優しいわけではない。こないだもつい本気を出してしまって腕を怪我させてしまったではないか」
「あんなの怪我のうちに入るかよ!」
デランは否定する。そして腕を見せて、もう傷が残っていないことを証明してみせる。
「ほら、この通りもうなんともないぜ」
「それはよかった。これで遠慮なくやれるというものだ」
「望むところだぜ! 手加減したら勝ってやるからな!」
デランがそう言うと、アグライアは微笑む。
公園の広場は綺麗な円形をしており、稽古をするにはもってこいの場所であった。
アグライアとデランはその円形の中心、ダイチ達は端っこで見届けることにした。
「デランはかなり強いですよ」
エドラは自分のことのように、誇らしげに言う。
「何しろ彼は学園の男子で一番強いですからね。もっとも男子はボクと彼しかいませんが」
「え、二人!?」
ダイチはその事実に驚かされる。
「ってことは他はみんな女子なのか?」
「ええ、そうですよ」
エドラは当たり前のように応える。
「ああ、ダイチさんは知らなかったんですね。金星の騎士というのはほぼ女性なのですよ」
ミリアが補足する。
「じょ、女性って……みんな女子なのか?」
「はい。男性もいないこともないのですが、女性に比べたら大した数もいませんし、位も高いとはいえません」
「そういえば……これまで会ってきたワルキューレ・リッターのヒト達も全員女だったような……」
ダイチは思い出す。
今いるアグライアはいわずもがな女性だし、宇宙港で別れたレダも、宮殿で会ったデメトリアも、ミーファも全員女性だった。
「そうですね、現状ワルキューレ・リッターの六人は全て女性だと聞いています」
「ああ、そうですよ。何しろワルキューレ・リッターは歴史上男性が入ったことは一度もありませんから」
「一度も?」
「はい、一度もありません」
エドラは念押しのように言う。
「男は入れないとかそういう決まりなのか?」」
「いえ、そういう決まりというわけじゃありません。ただ金星人の女性と男性では能力に差があるんですよ」
「能力に差が?」
「それは、アグライア卿とデランの戦いを見ればわかると思いますよ」
そう言ってエドラは、広場の中央に立つ二人へ視線へ移す。ダイチもそれにつられて二人を見る。
アグライアとデランは剣を引き抜いて、互いに突き立て合っている。
「どこからでもこい、デラン」
「言われなくても!」
デランの返事が開始の合図となって、剣を振りかぶってアグライアへと迫る。
「でいッ!」
デランの渾身の一撃をアグライアは難なく受け止める。
「甘い!」
反撃に剣を一振りかざす。
デランをこれをかわして、一旦後退する。しかし、すぐに体勢を立て直してまた突撃する。アグライアはこれをいなす。
「今度はこちらからだ」
アグライアがそう言うと、攻守が逆転する。
アグライアの目にも留まらぬ剣戟をデランは必死に弾いてはかわす。デランは隙を見て反撃をしようとするもアグライアの猛攻をかわすので精一杯であった。
「強い……!」
まだまだ余裕を見せるアグライアを見て、ダイチは言う。
「確かに強いですが、デランが黙ってこのままやられるわけがありませんよ」
エドラがそう言うと、デランは後退して機会を窺う。
「どうした? 様子見はやめか?」
「ああ、全力で行くぜ!」
デランは左腕をかざす。すると左腕は剣の刃のように鋭く輝く。
「あれは……!」
「デランの能力、ハルトアルム。金星でも一般的な身体の一部を金属のように硬質化させる能力です」
「まるで、剣みたいだな」
「そうですね。デランの場合、あれはまさに最強の剣です」
エドラがそう言うと、デランが仕掛ける。
渾身の一振りでアグライアに斬りかかかる。アグライアはこれを剣を構えて受けようとする。
ガキン!
これをデランの一撃が剣ごと弾き飛ばす。
「……く!」
アグライアの顔が衝撃に歪む。
「やったか!」
「――その程度で!!」
即座にアグライアは剣を持ち直して、反撃する。
「グハッ!」
今の一撃に全てを懸けていたため、反撃をまともにくらって片膝をつく。
それで勝負ありのようだ。
「フッ、まだまだだな」
「ちくしょう、今度こそうまくいくと思ったのに……!」
「その一本調子は個人的に嫌いではないのだが、単調すぎるな」
「とはいっても、フェイントとか器用なことは俺には出来ないしな」
「昔の私もそんなことを言っていたよ」
「おおし! じゃあ、もう一本だ!」
「いや、さすがにそれはダメだ」
アグライアはダイチ達に視線を移す。
「そろそろ、案内に戻らなければな。そのあとはヴィーナス様の警護だ」
「なんだよ!」
「次の稽古までに精進を重ねることだな」
「おう!」
そんなやり取りをしているうちに、ダイチ達は広場の中央に集まる。
「待たせてしまってすまない」
「い、いえ、いいです! いいもの見せてもらいましたから!」
ダイチは恐縮する。
「さすが、ワルキューレ・リッターですね」
「せやな。そっちのあんちゃんもよく頑張った方やけど」
イクミにそう言われて、デランはムッとする。
「あんた、あれで全然本気を出していなかったわね」
エリスは真剣な眼差しで言う。
それは獲物を見つけて品定めをするかのような猛獣のものであった。今の戦いに触発されて戦意を掻き立てられたのだろう。
「ああ、稽古だからな」
「いいえ、そうじゃないでしょ。――出す必要の無い相手だったからでしょ?」
「何が言いたい?」
アグライアとエリスの間に険悪な空気が流れる。
(こ、こいつ……!)
ダイチはエリスを止めようかと思ったが、そんなことを言える雰囲気ではない気がした。
「――出す必要のある相手と戦ってみるってのはどう?」
「つまり、お前か?」
エリスは笑って肯定の意志を示す。
「私としてはあんたが戦ってくれるんならホテルへの案内なんてどうだっていいわ」
「面白い申し出だが……断る!」
「なッ!?」
「こんなところで私闘をするつもりはないし、それにお前には腕がない」
「これぐらいハンデよ!」
「ハンデを出さなければならないほど私とお前に実力差があるとは思えないが」
「そう言うんだったら確かめてみなさいよ!」
「……断る」
アグライアはあっさりと言い放つ。
「そんなに私と戦うのが怖いの!? 臆病なわけ!?」
エリスは我慢できなくなって、アグライアに一気に詰め寄る。
「そんなわけあるかぁッ!」
エリスの激昂にデランが反応する。
「アグライアはそんな奴じゃねえ! お前なんか怖いわけねえだろ!」
「なんですって!」
エリスとデランが睨み合う。
「え、エリス……そのぐらいにしたらどうだ?」
さすがに見かねたダイチは止めに入る。
「デランもそうだよ」
ありがたいことにエドラもデランを止めてくれる。
「ダイチは黙ってて!」
「いや、さすがに噛みつきすぎだろ。第一お前には腕が無いだろ、キックだけで戦いになるのかよ」
「あんたまでそんなこと言うの!? キックだけでも勝てないくせに!」
「う……! そこを突かれると痛いな……」
ダイチは頭を抱える。しかし、ここで食い下がると、アグライアやエドラに迷惑がかかると思い、立ち直って言い返そうとする。
「だけどよ、さっきの戦いを見る限り、アグライアは俺なんかの何十倍も強いじゃねえか」
「何百倍ね」
「う……! わかってんじゃねえか!」
言い返せないのが少し悔しかった。
「それなら戦うのも失礼ってもんじゃねえのか?」
「わかってないわね、強いからこそ戦いたいんじゃないの」
「ああ、お前はそういう奴だったな」
ダイチは納得する。
「でもよ、相手が戦わないっていうんならしょうがないんじゃないか」
「だから言ってるじゃない、臆病者だって!」
「なんだと!?」
デランはまたその言葉に反応する。
「よさないか、デラン」
アグライアはこれを諌める。
「だけどよ、あいつらがアグライアのことを臆病者だって!」
「別に何と言われても構わない」
「プライドとかないのかよ!?」
デランが言ったことに対して、アグライアはフッと微笑む。
「元より私にはそういうプライドはない。
――だが、ワルキューレ・リッターとしてのプライドならある。そのプライドを汚すような輩ならばいかなる時でも相手をする」
「私は汚していないっていうの?」
「そうだな。不思議なものだが、お前からはわずかに敬意のようなものを感じる。口は汚いがな」
「ああ、そりゃあんたもあの騎士達も強そうだったからね。ちょっとぐらい挑発しないと相手してくれそうになかったから」
「フッ、それは残念だったな」
アグライアは笑って受け流す。
その姿にデランは納得がいかなかった。
「なんで、臆病者って言われて笑ってられるんだよ……!」
しかし、それ以上に美しいのは道行くヒトの容姿であった。
「はあ~やはり金星人の方は美しいですわね。とても憧れます」
ミリアは頬に手を当てながらうっとりとした顔で金星人を眺める。
確かに男性も女性も端正で整った顔立ちに服越しでもわかるしなやかな身体つきをしていてそれ自体が一人一人が一種の宝石のようであった。
「む、ダイチよ。見とれておるな?」
「ち、ちげえよ。ただ綺麗だなって思っただけだ」
フルートはそれを聞いてため息をつく。
「それを見とれておるというのじゃ」
「……く!」
「まあまあ、これだけ美人がいたら見とれるのも無理ありませんよ。ところでダイチさんの好みはどなたですか?」
「え……!?」
ミリアに訊かれて、ダイチはドキリとする。
「そ、それはだな……」
ダイチは視線をそらす
「まあ、いらっしゃるのですか?」
「それは私も興味があるわね」
「お前も加わるのか、マイナ!」
「なに、ダイチお主金星人に一目惚れしおったのか! 許さんぞ、妾というものがありながら!」
「だーお前ら、うるさい!」
ダイチはついに癇癪を起こす。
「賑やかだな」
前を歩くアグライアは振り向きざまに言う。
「そういう連中なのよ」
「いや、あんたもヒトの事いえへんで」
「私も君が一番やかましいものだとばかり思ったが」
「あらそう?」
そんなやり取りをして、アグライアとエリスの目が合う。
「あの暗闇の中で、的確に敵に向い、確実に仕留めた。あれは闘争本能の成せる業だと見たが」
「さあね、私は強そうな奴に向かっていっただけよ」
「そうか」
「そんなこと言って、私と戦ってみたいの?」
エリスは単刀直入に訊く。
「……いや」
しかし、アグライアはそっけなく返す。
「君の戦いを素直に賞賛しただけだ。第一、戦おうにも……」
アグライアはエリスの肩から先に視線を移す。
「腕のことなら心配いらないわよ。足だけで倒してみせるんだから」
「エリス、それはいくらなんでも無理があるで……腕が無いんじゃ、普段の半分もチカラが出せないやろ」
「だから何? 半分以下なら半分以下で勝てばいいんじゃない」
「……無茶苦茶やな」
イクミは呆れる。
「すまん。気分を害したらウチが代わって謝るわ」
「別に気分を害したわけじゃない。ただそんなことを言われたのは初めてで、少し新鮮だと思っただけだ」
「さすが、ワルキューレ・リッター! 器がデカイな!」
イクミが褒めるが、アグライアは特に相手にしなかった。
「エリスもああいうところ見習った方がええかもな」
「冗談でしょ」
エリスがそう言うと、周囲の視線に気づく。それと同時に街中の人達がざわめきだしてきた。
「おお、アグライア様だ」
「アグライア様……」
「相変わらず美しい」
「気高き騎士を見れるなんて幸運だ」
老若男女問わず、アグライアへと寄ってくる。
「アグライア様、いつ金星にお帰りになられたのですか?」
「つい先程だが」
「ヴィーナス様のお側にいないのですか?」
「同行していられる方々は一体どなたなんですか?」
「どちらへ向かわれる御予定なのですか?」
「まあ待て……今日は大事な用があるから、その質問には答えられない」
アグライアはそんな民衆を手で制する。
「人気あるわね」
「そりゃ金星最強の騎士と呼び声が高いからな。それにアグライアは平民出やから余計に人気が高いんや」
「平民出?」
ダイチが耳慣れない言葉を訊く。
「貴族やないってことや。貴族は優れた能力の血筋やからのう。それを押しのけてのワルキューレ・リッターやからそりゃ平民の希望の星やで」
「そうなのか、あの人、そんなに凄いのか……」
ダイチはそんな人に案内をさせていることに改めて唖然とする。
「まあ、強いのは事実でしょうね」
「お前、また戦いたそうな顔してるぞ」
「だって戦いたいし」
「ひとまず腕が出来たらな」
そう言ってエリスはリストを宙に出現させる。
「あんたもちゃんと探しなさいよ」
「わかったわかった」
ダイチもリストを見てみる。正直、義手やマイスターのリストなんてみても全然わからない。
「すまない。私は急ぐものでこれで」
アグライアは民衆達に断って、ダイチのもとへ来る。
「時間を取らせた。どうも私は慕われているもので」
「それは幸せなことです」
「そう思う」
ミリアの一言に同意する。
「さて、行こうか」
「この中は歩きづらいわね」
マイナはぼやく。
道行く人達はダイチ達に不審な目を向ける。
この誇り高き騎士と同行するなんて一体どんな連中なのか。それほどの御仁なのか、とてもそうは見えないけど。などと好き放題思われているのだろうと考えると本当に歩きにくい。というよりも、早くこの場から去りたかった。
「しかし、人気なんですね」
「みなにはとても良くしてもらってると思う」
アグライアは嬉しそうに誇らしげに微笑んで言う。
「それはあんたが平民だからって聞いたけど」
「……いや、正確にはそれ以下の身分だ」
「え?」
「私は戦災孤児なのだよ」
「それは本当なのですか?」
ミリアが訊くと、アグライアは空を仰いで言い継ぐ。
「本当だ。父も母も、家族の顔ももう憶えていない……戦争で全てをなくしたことだけ憶えている」
「………………」
アグライアはそう言うと、ダイチ達は沈黙する。
「……同じね」
そんな中でエリスが言う。
「何?」
「私も親の顔は知らないわ。このミリアもイクミもよ」
「そうだったのか……。
ヴィーナス様が似ていると仰られていたが、今初めてそう思った」
「そう……珍しい話でもないと思うんだけど……そうだとすると似たもの同士ばかりね、世の中」
「それもそうだ」
アグライアは笑う。
(この二人、案外気が合うのか……いや、アグライアって人の心が広いのか……)
ダイチは密かに思った。
「――いたぁぁぁぁぁッ!!」
そこへ叫び声と共に、茶髪の少年が走り寄ってくる。
(――テロリストの仲間か!)
一瞬、ダイチはそう思った。
港でヴィーナス暗殺を阻止した自分達、あるいはワルキューレ・リッターのアグライアの生命を狙うということは十分に考えられることだった。
ダイチは咄嗟に、胸元に携帯していたレーザーブレードを引き抜いて身構える。
「ああ、すまない」
ここでアグライアが謝ってきた。
「え? え……?」
ダイチとしてはあまりにも予想外の事態で困惑した。
「敵かテロリストの仲間かと思ったのだろう。違うのだ、あれは私の身内だ」
「あ、あぁ……そうなんですか……」
ダイチはホッと一安心する。
「ダイチは慌てん坊じゃな」
「うるせえ」
ダイチはフルートに文句を言う。
「ま、敵だったらあんな大声出して追いかけてくるなんてマヌケもいいところだしね」
「エリス、お前気づいてたのか」
「当たり前でしょ、まあ敵だったら敵でも別によかったし」
「別にって……生命狙われてるかもしれねえってのに……」
エリスの肝の大きさに呆れた。
「まあ、これがエリスですから慣れるしかありませんよ」
「……いやお前も凄いよ」
ミリアがフォローを入れるが、ダイチの慰めにならなかった。
「まったく、帰ってくるなら帰ってくるで早く連絡入れろよな!」
それで件の駆け寄ってきた少年はアグライアに文句を言う。
「すまない。ヴィーナス様の生命が狙われたのでな」
「ああ、それならニュースで見たぜ! だからこうして来たんだろうが!」
「……ニュースになってるのか!」
ダイチは驚く。
「当たり前やろ、皇の生命が直接狙われたんやから大事件やで」
「あぁ、そうだな……」
改めて考えると確かにそれは大事だと思えた。
(そりゃ総理大臣が殺されかけたら、ニュースになるよな……それが星で一番偉い人だったら、なおさらか……)
しかし、自分達がその大事件の当事者になっていることに未だに実感が持てないでいる。
狙われたヴィーナスが無事でいること、こちらにも怪我人がでなかったこと。それらがダイチの胸の中であくまで『ちょっとした事件』程度の認識にとどめていた。それは間違いだと思わされる。
「だから、急いで来たんだけど、なんかホテルに向かったって聞いたから!」
「それで学園を抜け出してきたのか」
「ちゃんと外出届は出してきた!」
「出したのはボクだけどね」
ぼやいたのはもう一人の金髪の少年だった。
その少年はおよそ金星人らしい整った顔立ちで、落ち着いた物腰から育ちの良さが容易に想像できる。
「私達を追いかけてきたのか、デラン?」
「当たり前だろ! 金星帰ってきたら真っ先に一勝負するって約束だろ!」
デランと呼ばれた一人の金星は剣を引き抜いて切っ先をアグライアに向ける。
「フフッ、忘れていない。だが、私にもヴィーナス様から承った任務があるから後だ」
「待ちきれねえよ!」
デランは強く言い返す。
「まるで駄々っ子じゃな」
子供の姿にして千歳のフルートが言う。
「まあ、気持ちはわからなくはないけど」
「だったら、エリスいうてやれ」
「何をよ?」
「案内はあとでええから、一勝負見させてくれって」
「……あ~なるほど」
エリスは納得して、アグライアへ歩み寄る。
「一勝負ぐらいならいいんじゃない」
「しかし……」
「別に私達も急ぐってわけじゃないし、それにあんたの戦いも見てみたいしちょうどいいのよ」
そこまで言われてアグライアは目を伏せる。
しかし、すぐに目を開けて再度確認する。
「いいのだな?」
「もちろん」
エリスは即答する。
「わかった。デラン、一勝負しよう」
「そうでなくっちゃあな!」
「ただ、ここでは迷惑がかかる。公園の広場に移動する」
「おう!」
デランは威勢よく応える。
「すまない、少し時間を取らせる」
「ま、見物料ってことで差し引きゼロね」
「見世物になるとは思えないがな」
エリスの失礼な一言に、アグライアは苦笑して返す。
「初めまして、エドラ・カシスです。あっちがデラン・フーリスです」
金髪の美少年・エドラは友人のデラン共々紹介する。
「ボク達はエインヘリアル学園の生徒なんです」
「エイン、へりある……?」
ダイチはその名前を知らなかった。
その様子に、エドラは眉をひそめる。
「エインヘリアルを知らない……田舎の方ですか?」
「エドラ、彼等は火星の旅行者だ。エインヘリアルについては知らないだろう」
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「なんだ、エインヘリアルも知らない」
「田舎、者……!」
マイナがその単語に激しく反応する。
「マイナさん、落ち着いてください」
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「それは一勝負のあとに提案してみろ」
ダイチは言ってみると、意外にもマイナは頷いてやる気満々の態度を見せる。
――こりゃ迂闊にマイナの前で田舎者とか言えねえな。
「宇宙は広いということだ。金星では知らぬ者はない事でも、火星では知られてないこともな」
「そんなもんか?」
「いや、ウチは知ってるで」
普段から情報通を自称しているイクミは得意顔で言う。
「エインヘリアル学園……騎士やワルキューレ・リッター候補を養成するための四つの学園のうちの一つ。確かアグライアはんもそこの出身やな?」
「ああ、よく知ってるな」
アグライアは感心したようだった。
「いつの間に調べたんだ?」
ダイチは疑問に思った。車を降りてからイクミが端末を操作して情報を引き出すような素振りをあまり見られなかったからだ。
「さあ、イクミの情報源って私達にもよくわからないから」
「頭にコンピュータチップでも埋め込んでるのでは、って思う時がありますね」
ミリアの嫌味ともとれる冗談にダイチは苦笑した。
「彼等は私の後輩になるわけだ。こうしてたまに稽古と称して一勝負設けているのだ」
「いつもデランが負けてばかりだけどね」
「うるせえな! お前だって一度も勝ってねえだろ」
「そりゃ簡単に勝てるとは思ってないさ。」
エドラはにこやかにデランの物言いを受け流す。
「だけど、いつもボク達の相手をしてくれるアグライアさんは本当に優しいよね」
「別に私は優しいわけではない。こないだもつい本気を出してしまって腕を怪我させてしまったではないか」
「あんなの怪我のうちに入るかよ!」
デランは否定する。そして腕を見せて、もう傷が残っていないことを証明してみせる。
「ほら、この通りもうなんともないぜ」
「それはよかった。これで遠慮なくやれるというものだ」
「望むところだぜ! 手加減したら勝ってやるからな!」
デランがそう言うと、アグライアは微笑む。
公園の広場は綺麗な円形をしており、稽古をするにはもってこいの場所であった。
アグライアとデランはその円形の中心、ダイチ達は端っこで見届けることにした。
「デランはかなり強いですよ」
エドラは自分のことのように、誇らしげに言う。
「何しろ彼は学園の男子で一番強いですからね。もっとも男子はボクと彼しかいませんが」
「え、二人!?」
ダイチはその事実に驚かされる。
「ってことは他はみんな女子なのか?」
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エドラは当たり前のように応える。
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ミリアが補足する。
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「そういえば……これまで会ってきたワルキューレ・リッターのヒト達も全員女だったような……」
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「そうですね、現状ワルキューレ・リッターの六人は全て女性だと聞いています」
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「いえ、そういう決まりというわけじゃありません。ただ金星人の女性と男性では能力に差があるんですよ」
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「それは、アグライア卿とデランの戦いを見ればわかると思いますよ」
そう言ってエドラは、広場の中央に立つ二人へ視線へ移す。ダイチもそれにつられて二人を見る。
アグライアとデランは剣を引き抜いて、互いに突き立て合っている。
「どこからでもこい、デラン」
「言われなくても!」
デランの返事が開始の合図となって、剣を振りかぶってアグライアへと迫る。
「でいッ!」
デランの渾身の一撃をアグライアは難なく受け止める。
「甘い!」
反撃に剣を一振りかざす。
デランをこれをかわして、一旦後退する。しかし、すぐに体勢を立て直してまた突撃する。アグライアはこれをいなす。
「今度はこちらからだ」
アグライアがそう言うと、攻守が逆転する。
アグライアの目にも留まらぬ剣戟をデランは必死に弾いてはかわす。デランは隙を見て反撃をしようとするもアグライアの猛攻をかわすので精一杯であった。
「強い……!」
まだまだ余裕を見せるアグライアを見て、ダイチは言う。
「確かに強いですが、デランが黙ってこのままやられるわけがありませんよ」
エドラがそう言うと、デランは後退して機会を窺う。
「どうした? 様子見はやめか?」
「ああ、全力で行くぜ!」
デランは左腕をかざす。すると左腕は剣の刃のように鋭く輝く。
「あれは……!」
「デランの能力、ハルトアルム。金星でも一般的な身体の一部を金属のように硬質化させる能力です」
「まるで、剣みたいだな」
「そうですね。デランの場合、あれはまさに最強の剣です」
エドラがそう言うと、デランが仕掛ける。
渾身の一振りでアグライアに斬りかかかる。アグライアはこれを剣を構えて受けようとする。
ガキン!
これをデランの一撃が剣ごと弾き飛ばす。
「……く!」
アグライアの顔が衝撃に歪む。
「やったか!」
「――その程度で!!」
即座にアグライアは剣を持ち直して、反撃する。
「グハッ!」
今の一撃に全てを懸けていたため、反撃をまともにくらって片膝をつく。
それで勝負ありのようだ。
「フッ、まだまだだな」
「ちくしょう、今度こそうまくいくと思ったのに……!」
「その一本調子は個人的に嫌いではないのだが、単調すぎるな」
「とはいっても、フェイントとか器用なことは俺には出来ないしな」
「昔の私もそんなことを言っていたよ」
「おおし! じゃあ、もう一本だ!」
「いや、さすがにそれはダメだ」
アグライアはダイチ達に視線を移す。
「そろそろ、案内に戻らなければな。そのあとはヴィーナス様の警護だ」
「なんだよ!」
「次の稽古までに精進を重ねることだな」
「おう!」
そんなやり取りをしているうちに、ダイチ達は広場の中央に集まる。
「待たせてしまってすまない」
「い、いえ、いいです! いいもの見せてもらいましたから!」
ダイチは恐縮する。
「さすが、ワルキューレ・リッターですね」
「せやな。そっちのあんちゃんもよく頑張った方やけど」
イクミにそう言われて、デランはムッとする。
「あんた、あれで全然本気を出していなかったわね」
エリスは真剣な眼差しで言う。
それは獲物を見つけて品定めをするかのような猛獣のものであった。今の戦いに触発されて戦意を掻き立てられたのだろう。
「ああ、稽古だからな」
「いいえ、そうじゃないでしょ。――出す必要の無い相手だったからでしょ?」
「何が言いたい?」
アグライアとエリスの間に険悪な空気が流れる。
(こ、こいつ……!)
ダイチはエリスを止めようかと思ったが、そんなことを言える雰囲気ではない気がした。
「――出す必要のある相手と戦ってみるってのはどう?」
「つまり、お前か?」
エリスは笑って肯定の意志を示す。
「私としてはあんたが戦ってくれるんならホテルへの案内なんてどうだっていいわ」
「面白い申し出だが……断る!」
「なッ!?」
「こんなところで私闘をするつもりはないし、それにお前には腕がない」
「これぐらいハンデよ!」
「ハンデを出さなければならないほど私とお前に実力差があるとは思えないが」
「そう言うんだったら確かめてみなさいよ!」
「……断る」
アグライアはあっさりと言い放つ。
「そんなに私と戦うのが怖いの!? 臆病なわけ!?」
エリスは我慢できなくなって、アグライアに一気に詰め寄る。
「そんなわけあるかぁッ!」
エリスの激昂にデランが反応する。
「アグライアはそんな奴じゃねえ! お前なんか怖いわけねえだろ!」
「なんですって!」
エリスとデランが睨み合う。
「え、エリス……そのぐらいにしたらどうだ?」
さすがに見かねたダイチは止めに入る。
「デランもそうだよ」
ありがたいことにエドラもデランを止めてくれる。
「ダイチは黙ってて!」
「いや、さすがに噛みつきすぎだろ。第一お前には腕が無いだろ、キックだけで戦いになるのかよ」
「あんたまでそんなこと言うの!? キックだけでも勝てないくせに!」
「う……! そこを突かれると痛いな……」
ダイチは頭を抱える。しかし、ここで食い下がると、アグライアやエドラに迷惑がかかると思い、立ち直って言い返そうとする。
「だけどよ、さっきの戦いを見る限り、アグライアは俺なんかの何十倍も強いじゃねえか」
「何百倍ね」
「う……! わかってんじゃねえか!」
言い返せないのが少し悔しかった。
「それなら戦うのも失礼ってもんじゃねえのか?」
「わかってないわね、強いからこそ戦いたいんじゃないの」
「ああ、お前はそういう奴だったな」
ダイチは納得する。
「でもよ、相手が戦わないっていうんならしょうがないんじゃないか」
「だから言ってるじゃない、臆病者だって!」
「なんだと!?」
デランはまたその言葉に反応する。
「よさないか、デラン」
アグライアはこれを諌める。
「だけどよ、あいつらがアグライアのことを臆病者だって!」
「別に何と言われても構わない」
「プライドとかないのかよ!?」
デランが言ったことに対して、アグライアはフッと微笑む。
「元より私にはそういうプライドはない。
――だが、ワルキューレ・リッターとしてのプライドならある。そのプライドを汚すような輩ならばいかなる時でも相手をする」
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「ああ、そりゃあんたもあの騎士達も強そうだったからね。ちょっとぐらい挑発しないと相手してくれそうになかったから」
「フッ、それは残念だったな」
アグライアは笑って受け流す。
その姿にデランは納得がいかなかった。
「なんで、臆病者って言われて笑ってられるんだよ……!」
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