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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
プロローグ~金星行きのシャトルにて~
しおりを挟むヘクトン「火星では大活躍だったそうじゃないか。デイエスの検挙はこっちでもちょっとしたニュースになっているよ」
チャミー「ホンマか。いや実際にやったのはウチの仲間やけどな」
ほおわ「賞金首とったんかぁぁぁぁッ! なんという一攫千金! で、私に何割くれるんか」
チャミー「まあ、人には言えないぐらいの額はもらったけど、あんたには一銭だってやれんわ」
ほおわ「なんとぉぉぉぉぉッ!! 我らの友情もこれまでかぁぁぁぁッ!!」
浪速のよっしー「はいはい。いつものやつはええから。でもその賞金の使い道は決まってるんやろ?」
ロイヤルガード「その仲間の為か、チャミー?」
チャミー「せやな。それが目的でデイエスを捕まえて賞金貰ったからな」
ヘクトン「来るのか、天王星に? 歓迎するよ」
浪速のよっしー「手早いチャミーのことだから、もう天王星行きのシャトルに乗っているのかね?」
チャミー「いや、それがすぐには行けへんのや」
ヘクトン「ほう? チケットの手配ができなかったのかい? 確か火星から天王星への直行便は無かったしね。木星を経由するのが早いのだけど、あそこは最近きな臭い……」
ロイヤルガード「きな臭い……ゼウス・チャイルドの暗殺か。一人ならず二人までもその手にかかるとは思わなかったが」
チャミー「ちゃうねん。たしかに木星はきな臭いとは思うけど理由は他に理由があるんよ」
ロイヤルガード「ほう、その理由とは?」
チャミー「事情があってな……
――金星に寄ることになったんよ」
イクミはピッと前に浮かんでいるディスプレイを閉じる。
惑星と惑星を超えたチャットにより、気の合った情報仲間と色々と情報収集を行うのが日課だが、今はそこまで時間をかけなくてもいいだろうと思った。
「せっかくの旅行やしな」
今イクミ達は金星行きのシャトルに乗っている。
シャトルは火星の成層圏を抜けて、宇宙空間を航行している。ここまで来るとあとはもう金星へ着くのをゆったりと待つだけだ。
「のう、ダイチ? このシャトルは地球を通過するのか?」
「いや俺は詳しくないから、そういうことはイクミに訊いてくれ」
「んで、いきなりうちに振ってくるの堪忍してーなー。うち、疲れとるんよ。ヴァーランスの改修や金星と天王星行きのチケットの手配とか色々してたんやから」
「それで、地球は見えるのか?」
自分の言い分をまったくきかないフルートのふてぶてしさに少し呆れる。
「うんや地球が視認できるとこまで近づかんからみえんよ」
「なんじゃ……」
フルートはあからさまにがっかりする。
「まあ、そこに地球人がおるからそれで我慢するんや」
「おお、そうじゃ! ダイチは地球人じゃから地球を見てるようなものじゃな!」
「なんでそうなるんだ……? 俺はただの地球人だぞ。第一それを言ったらお前だって地球作っただろう?」
ダイチが言っているのは木星でのテロリストの拠点から脱出の際に、フルートが能力を発言させて、一瞬だけ地球に似せた天体を作り出したことだ。
「妾の記憶の奥底にある地球のイメージを映し出して作ったに過ぎんし、あれでは妾自身見ることができんからダメじゃ!」
「そうなものなのか?」
「自分の姿は自分で見ることができんということじゃ」
「そりゃそうだな」
「あれ、映像でも残せていないからな」
イクミもその時のことを思い出す。
ダイチが放り出されてから、フルートが力を発現させて、青い惑星・地球に似せた天体を作り出した。
イクミはカメラを回してみたものの、その様子は映像には一切残っていなかった。あれは一体何だったのか解析すらできなくて、イクミは密かに悔しい想いをしていたのだ。
そのため、フルートにもう一度できないかと頼んでみたが、まだ力の制御ができないため、小惑星の規模の天体を作り出すことはできないと言われた。
そこをなんとかとひと押ししてみたが、下手をすると火星に小惑星をぶつけて滅ぼすかもしれないと言われては引き下がるしか無かった。さすがに惑星の命運まで賭ける度胸は持ち合わせていない。
「じゃから、地球が見れなくて残念じゃな」
「そうか……」
ダイチは感慨深げに言う。
ダイチにとっても地球は故郷だから見たいはずだと、イクミは思うがこの様子から見るとそうではないらしい。
そもそもどうやって地球から火星にやってこられたのか非情に気になるところなのだが、本人はわからないと言うのだからどうしようもない。
「わからない、わからないことだらけやな……」
思わずぼやきたくなる。
もっとも、だからこそ知りたくなるわけなのだが。
「さあエリス、もっと物欲しそうな目をして、あーんしてください!」
「そんな目、できるかー!」
あっちの方も飽きずによくやるものだと感心する。
両腕が無くなったエリスは自分で食事をとることが出来ないため、ミリアがスプーンを使って食べさせてやらないとダメなのだが、ミリアがそんな状況でからかわないはずがない。
というわけで、ミリアが散々お預けさせて食べさせないのだから、エリスとしてはたまったものじゃない。
普通だったらエリスがいつ爆発しないかヒヤヒヤものだが、そこは長年一緒に住んでいることもあって安心してみていられる。
特にミリアはエリスのご機嫌に関しては物凄く敏いから、爆発するかしないかのギリギリのところで食べさせてやっているのには感心する。
ダイチはそんな様子を見て、エリスをからかって何が楽しいのだろうかと疑問を口にしていたが、それには少し同意してしまう。まあ見ていて飽きない二人ではある。
「………………」
そんな各々の様子を見ている中、一人落ち着かないマイナの姿が目に止まる。
「どうかしたんか?」
声をかけてみる。
「あ、いや!」
「そんな焦らといても墜落なんてせえへんて」
「べ、別に墜落を気にしてるわけじゃないわ!」
滅茶苦茶気にしてるなーと、イクミは思った。
「なんや、惑星間旅行は初めてか?」
「そんなわけないでしょ、二度目よ!」
「ああ、木星まで行って帰られなくなったときが初めてか」
「あうう……!」
マイナは秘密をバレたときのようにオドオドする。とはいってもこのぐらいのことはみんな知っていることなので今更だ。
「まあ、これであんたも水星に帰れるんやからよかったな」
金星と水星は距離が近いこともあってシャトルの便も多い。
水星人であるマイナは、一旦金星に行ってから、水星に帰ることにしていた。
「うぅ……すまない、この借りはいつか必ず返す」
「何言うてるんや? このまま帰すわけあらへんやろ」
「はあ?」
マイナは豆鉄砲を食らったかのような顔をする。
「あんたの水星行きのチケットまで手配してへんちゅうことや」
「はあああッ!? ちょっと待て! チケットを手配するように頼んだはずよ!」
「頼んだけど、了承したわけやないで」
「それじゃ、詐欺じゃないの!」
「人聞き悪いこと言わんといてーな」
「くうう……それでは私は天王星まで一緒に行かなければならないのか」
「せやな。一つよろしく頼むわ」
イクミが笑顔で言う。
「し、仕方が無いわね……まあ、ちょうどいい機会だ。今を逃したら二度と水星を出る機会は無いかもしれないからね」
「ああ……」
さすがにそこまで言われるとイクミも少しだけ悪い気がする。
水星人の寿命は短い。
マイナはこの中にいる誰よりも見た目が大人だが、誰よりも幼い。反対に、この中で誰よりも見た目が幼い冥王星人のフルートは、誰よりも年上という奇妙なことになっている。
そこで改めて考えさせられるのは、水星人の寿命は、太陽系のヒトの中で最も短い。地球で言う一年が彼らにとって、およそ6年に相当する。
そのため、マイナの言う、二度と水星を出る機会は無いかもしれない。というのは残り少ない一生を水星で暮らしていくうちに終えてしかもしれないということ。
果たして、マイナは自分よりも何倍も生きられる火星人や冥王星人を見てどう思っているのだろうか。
「この機会だ。せっかくの旅行を楽しむわね」
しかし、そう言ったマイナにはイクミが考えているような暗さは一切無かった。
「せやな!」
だから、イクミも笑顔で答える。
「あ~!」
そこに水を差すようにエリスの唸り声が聞こえてくる。
「どうですか、おいしいですか?」
「おいしいも何も、あんたのせいで不愉快よ!」
「うーん、それは困りましたね。
あ、そうだ。ダイチさんにやってもらうのはどうでしょうか?」
「俺かよ!?」
急に自分に振られるとは思わなかったダイチは面食らう。
「たまにやってみたそうな顔をしていましたので」
「してねえ!」
「大丈夫です。猛獣を手なづけてみる感覚でやれば簡単にできますから」
「私は猛獣か!?」
「たしかにかみついてきそうだな」
「そこは否定しなさいよ!」
「普段の行いというやつじゃな」
フルートの発言にダイチとミリアは同意する。
「あんた達ねえ……! 義手が出来たら憶えてなさいよ。あとダイチはあとで蹴り殺す!」
「やっべ……これ以上怒らせたらマジで殺される」
「じゃあ、ご機嫌取りですね」
そう言って、ミリアは嬉々とした態度でスープの皿をダイチに差し出す。
「うぅ……」
ダイチはスープとエリスを交互に見やる。
苛立ちで歯軋りを立てているエリスは猛獣そのもので、スプーンどころか手ごと噛みつかれそうだ。
「しょうがねえな」
「言っておくけど、こんなことしても手心は加えないから」
「それはどうも。腕が治ったらサンドバックにされないことだけを祈るよ」
「それはあんたの心がけ次第ね」
「心がけねえ……」
ダイチはため息を付いて、スプーンを差し出す。
「いつまで、こんな不自由なのよ?」
エリスはぼやく。
「もう少しの辛抱や。金星についたらすぐ腕のいいマイスターに見繕ってもらうから。腕だけにな、ハハハハ!」
イクミの冗談のせいで、エリスの怒りは急激に冷めた。
「本当に……大丈夫なんでしょうね?」
それと共に不安まで込み上げてきた。
果たして、無事に質のいい義手を着けてもらえるのだろうか。
ダイチ達が乗っているのは金星行きのシャトルであった。
天王星の指名手配犯デイエス・グラフラーを捕らえたことで多額の賞金が貰えた。
その金を天王星行へ行く旅費にあてても十分お釣りがくるほどであったので、
一度エリスの義手を見繕ってもらうために、金星に行くことにした。
金星は金属の採掘・加工が太陽系で最も盛んな惑星であり、それにともなってマイスターと呼ばれる腕利きの職人も多い。当然、それにともなって金属で出来ている義手を作成する義肢装具士のマイスターもいる。
金星に行って彼らにエリスの新しい義手の作成を依頼する。それが目的の金星旅行であった。
当初エリスはすぐにでも天王星に行くべきだと反対した。
何故ならそこにエリスの本当の両腕の手がかりがそこにあるのかもしれないし、そこで本当の両腕を取り戻せるのなら、その義手は無駄になる。というのがエリスの主張だった。
しかし、天王星に行くまでに両腕が無いと何かと不便だし、天王星についたとしても両腕どころか、その手がかりすら掴めるか確証もない。
それに何より旅客機にわけのわからない生物を積み込むような輩が絡むのなら穏便に済むはずがない。何しろエリスから両腕を、ミリアから足を切り落とした張本人なのだから。
――そんな奴にもし会って、ぶん殴れなかったら困るやろ?
この一言がエリスの金星行きを決意させる決め手になった。
しかし、イクミは別の誰かが真っ先にぶん殴られないか心配になってきたのであった。
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