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最終章
3/ 希望
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竜のお山から王都へ帰ってきて暫くの時が過ぎた。
リディアの月のものが終わったので、精霊の秘薬を飲みにトラフィスの元へ向かう。
「ここだけの話、竜の秘薬は飲み辛かったの。でも、精霊様の秘薬はスプーン一杯だけど飲み易いし爽やかな柑橘系の香りがするから好きよ」
「そうでございますか。きっと長く飲まれる物なので精霊様が飲み易くしてくださったのかもしれませんね」
笑顔で答えるリールーにリディアもこくりと頷いて微笑み返す。
「私の寿命もレニーに合わせられるらしいけど……例えばよ、レニーが最長で三百歳まで生きるとして、あと二百七十四年よ。私も同じだけ生きることになるでしょう?知っている人は誰もいなくなってしまうわ」
リディアはレニーと一緒にそれだけ長く生きるという事の意味を考えていた。
自分たちに黒竜の子が出来なければ、弟王子のサミュエルに作って貰い養子に迎えることになる。
そしてその子に王位を譲り、その子の子が成人を迎えたら自分たちはそれを見届け竜山へ行く。
それでもまだ、隠居し余生を生きる時間の方が長いのだ。
どれだけの人を見送らなければならないのだろうか……そして自分たちの最後を見送ってくれるのは野生の竜たちしかいないのだ。
「リディア様」
「ん、なに?」
「朗報がございます」
「えっ?」
「私の存在をお忘れですか?」
「リールーの?」
「はい、私はハーフエルフでございます」
「えっ、ああ、うん。もちろん知っているわよ」
リディアはリールーの言わんとしている事に気付かず首をかしげる。
「私の父はエルフです。いつまでも容姿が変わらないので年齢を聞いた時『あー、何歳だったかな?覚えてないけど、もう何代も国王が変わるのは見てきているよ』と答えたのです。まだまだ生きると思われます。母は人族なので私はそこまでとは思いますが、竜族の寿命よりは長いと確信している次第でございます」
「えっ、ということは周りの人たちがいなくなってもリールーは……
リールーはまだいるのね。私と一緒にいてくれるのね!」
「はい、殿下がお許しくださる限りお傍で仕えさせていただきます」
「うれしいわ、うれしいわリールー。ありがとう!」
リディアは彼女の手を取り涙ぐんだ。
レニーは番の私ともちろんずっと一緒にいてくれるのは分かっている。でもそれ以外に一緒にいてくれる人がいるなんて思ってみなかった。
一人ではないと知り、心の底から安堵するリディアであった。
◇◆◇
診察室で精霊の秘薬を飲んだリディアに、トラフィスが寝台に行くよう指示をする。
「妖精妃殿、魔力を流し器の成長を確認いたしますぞ」
「はい。お願いします、先生」
寝台の上に仰向けになったリディアのおなかに手を当て、トラフィスが魔力を流し器の確認をしていく。
じっと目を瞑り魔力の流れで下腹部の中を探る。
「おお、もう半分以上器が出来ておりますな。やはり精霊殿の秘薬は人族である妖精妃殿の体に合っているのでしょう。まだ小さな器ですが少しずレオ殿の魔力も感じられます」
「まぁ、本当ですか!」
「私は医者ですぞ、真の事しか申しません」
そう言いながらトラフィスは声を上げて笑った。
――ああ、もう少ししたら器が出来るのね。二人の子を授かる準備が整うんだわ。
早くレニーにも知らせてあげたい。
自分の下腹部を摩りながらリディアは一刻も早くレオナルドの元へ駆けていきたいと思った。
「リディア様、廊下は走ってはなりません!」
リールーの控えめな声がレオナルドの執務室に向かう廊下に響く。
ドレスのスカートを摘み上げながら廊下を小走りに駆けていく妖精妃の姿に居合わせた者たちが目を見開いて驚き、慌てて頭を下げる。
その後をリールーとドラフトが追いかけていく。
周り者たちは何事かと思いながら下げた頭を元に戻すと、頬を紅潮させ走り去るリディアの姿を呆然と見送っていたのだった。
「レニー、聞いて!」
いきなり部屋に入って来たリディアに驚き、椅子から立ち上がったレオナルドの胸に愛しい番が飛び込んできた。
「どうしたのだ、リディ?」
ぎゅっと抱き付いたリディアは顔だけ上に向け、涙目でレオナルドのアイスブルーの瞳を見つめる。
「私の番の瞳に涙を浮かばせるとは、何事だ!?」
レオナルドは愛しい妻の大きな瞳から零れ落ちた涙を親指で拭い眉を顰める。
「レニー、聞いて、これはうれし涙よ」
「うれし涙?」
「ええ、今ね。トラフィス先生のところへ行ってきたの。そしたらね、器が半分以上出来ているって!」
リディアの報告に険しい顔をしていたレナルドの表情が見る見るうちに柔らかくなっていくのを、部屋にいたファビアンは見て安堵し、開け放れたままの扉から廊下に出て静かに閉じる。
廊下には侍女のリールーと護衛のドラフトが待機していた。
三人は何も語らずお互いに微笑み合う。
「そうか器が、半分ほど出来ているのか」
「ええ、そうなの。レニーの魔力も私の体の中にしっかりと感じると先生が」
「ああ、リディ。ありがとう、こんなに嬉しいことは無いよ」
レオナルドは自分との子を成す事を望み、準備が出来つつあることをこれ程嬉しそうに知らせに来てくれたリディアがいつも以上に愛おしく感じてしまい、顔中に口づけを落としていく。
「この分だと思ったよりも早く、セルジオ様とレニア様にひ孫を見せてあげられるかもしれないわ」
竜の山で祖父と祖母から聞いた言葉がずっとリディアの胸の中に残っているのだろう。
二人には長く生きて貰いたいし、レニーとの子供も見て欲しいと心から願っていたのだった。
「あはは、リディは気が早いな。器が出来それが満たされるまでまだまだ時間が掛かるぞ」
「分かってるわ。でも、お二人はもう少ししたら自ら生を終えようとなさっていたのよ。でも私たちの子供を見たいと言ってくれたんですもの」
「ああ、そうだったな。ひ孫を背に乗せたいとも爺様は言っていたな」
「ええ、そうよ」
「そうか、なら私ももっと励まなければならないな」
「えっ?」
「えって、器を作るためには私の魔力と精が不可欠であろう?」
「それはそうなんだけど、うっ……」
おもむろにレオナルドに唇を奪われ、一瞬息が止まる。
「月のものが終わってトラフィスのところへ行ってきたのであろう?ならもう執務はやめてリディと寝台で睦み合いたい」
「そ、それは……でもまだ外は明るい……し」
しどろもどろになるリディアを見てレオナルドは苦笑する。
「夫婦が愛し合うのに昼も夜も関係ないぞ、リディ」
「で、でも。ほら、ちゃんとお仕事しないとファビも困っちゃうでしょう?」
「ファビなどどうでも良いが、くくくっ、では今は少しだけリディを堪能するとして夜は覚悟して置く事だな」
「…………」
レオナルドはリディアを抱き上げるとそのままソファの上にどかりと腰を下ろし、室内を遮音する結界を張る。
暫くの間何度も口づけを交わす。
結果、きわどい所まで弄ばれてしまったリディアであった。
**********
※次回の更新は火曜日の夜になります。
リディアの月のものが終わったので、精霊の秘薬を飲みにトラフィスの元へ向かう。
「ここだけの話、竜の秘薬は飲み辛かったの。でも、精霊様の秘薬はスプーン一杯だけど飲み易いし爽やかな柑橘系の香りがするから好きよ」
「そうでございますか。きっと長く飲まれる物なので精霊様が飲み易くしてくださったのかもしれませんね」
笑顔で答えるリールーにリディアもこくりと頷いて微笑み返す。
「私の寿命もレニーに合わせられるらしいけど……例えばよ、レニーが最長で三百歳まで生きるとして、あと二百七十四年よ。私も同じだけ生きることになるでしょう?知っている人は誰もいなくなってしまうわ」
リディアはレニーと一緒にそれだけ長く生きるという事の意味を考えていた。
自分たちに黒竜の子が出来なければ、弟王子のサミュエルに作って貰い養子に迎えることになる。
そしてその子に王位を譲り、その子の子が成人を迎えたら自分たちはそれを見届け竜山へ行く。
それでもまだ、隠居し余生を生きる時間の方が長いのだ。
どれだけの人を見送らなければならないのだろうか……そして自分たちの最後を見送ってくれるのは野生の竜たちしかいないのだ。
「リディア様」
「ん、なに?」
「朗報がございます」
「えっ?」
「私の存在をお忘れですか?」
「リールーの?」
「はい、私はハーフエルフでございます」
「えっ、ああ、うん。もちろん知っているわよ」
リディアはリールーの言わんとしている事に気付かず首をかしげる。
「私の父はエルフです。いつまでも容姿が変わらないので年齢を聞いた時『あー、何歳だったかな?覚えてないけど、もう何代も国王が変わるのは見てきているよ』と答えたのです。まだまだ生きると思われます。母は人族なので私はそこまでとは思いますが、竜族の寿命よりは長いと確信している次第でございます」
「えっ、ということは周りの人たちがいなくなってもリールーは……
リールーはまだいるのね。私と一緒にいてくれるのね!」
「はい、殿下がお許しくださる限りお傍で仕えさせていただきます」
「うれしいわ、うれしいわリールー。ありがとう!」
リディアは彼女の手を取り涙ぐんだ。
レニーは番の私ともちろんずっと一緒にいてくれるのは分かっている。でもそれ以外に一緒にいてくれる人がいるなんて思ってみなかった。
一人ではないと知り、心の底から安堵するリディアであった。
◇◆◇
診察室で精霊の秘薬を飲んだリディアに、トラフィスが寝台に行くよう指示をする。
「妖精妃殿、魔力を流し器の成長を確認いたしますぞ」
「はい。お願いします、先生」
寝台の上に仰向けになったリディアのおなかに手を当て、トラフィスが魔力を流し器の確認をしていく。
じっと目を瞑り魔力の流れで下腹部の中を探る。
「おお、もう半分以上器が出来ておりますな。やはり精霊殿の秘薬は人族である妖精妃殿の体に合っているのでしょう。まだ小さな器ですが少しずレオ殿の魔力も感じられます」
「まぁ、本当ですか!」
「私は医者ですぞ、真の事しか申しません」
そう言いながらトラフィスは声を上げて笑った。
――ああ、もう少ししたら器が出来るのね。二人の子を授かる準備が整うんだわ。
早くレニーにも知らせてあげたい。
自分の下腹部を摩りながらリディアは一刻も早くレオナルドの元へ駆けていきたいと思った。
「リディア様、廊下は走ってはなりません!」
リールーの控えめな声がレオナルドの執務室に向かう廊下に響く。
ドレスのスカートを摘み上げながら廊下を小走りに駆けていく妖精妃の姿に居合わせた者たちが目を見開いて驚き、慌てて頭を下げる。
その後をリールーとドラフトが追いかけていく。
周り者たちは何事かと思いながら下げた頭を元に戻すと、頬を紅潮させ走り去るリディアの姿を呆然と見送っていたのだった。
「レニー、聞いて!」
いきなり部屋に入って来たリディアに驚き、椅子から立ち上がったレオナルドの胸に愛しい番が飛び込んできた。
「どうしたのだ、リディ?」
ぎゅっと抱き付いたリディアは顔だけ上に向け、涙目でレオナルドのアイスブルーの瞳を見つめる。
「私の番の瞳に涙を浮かばせるとは、何事だ!?」
レオナルドは愛しい妻の大きな瞳から零れ落ちた涙を親指で拭い眉を顰める。
「レニー、聞いて、これはうれし涙よ」
「うれし涙?」
「ええ、今ね。トラフィス先生のところへ行ってきたの。そしたらね、器が半分以上出来ているって!」
リディアの報告に険しい顔をしていたレナルドの表情が見る見るうちに柔らかくなっていくのを、部屋にいたファビアンは見て安堵し、開け放れたままの扉から廊下に出て静かに閉じる。
廊下には侍女のリールーと護衛のドラフトが待機していた。
三人は何も語らずお互いに微笑み合う。
「そうか器が、半分ほど出来ているのか」
「ええ、そうなの。レニーの魔力も私の体の中にしっかりと感じると先生が」
「ああ、リディ。ありがとう、こんなに嬉しいことは無いよ」
レオナルドは自分との子を成す事を望み、準備が出来つつあることをこれ程嬉しそうに知らせに来てくれたリディアがいつも以上に愛おしく感じてしまい、顔中に口づけを落としていく。
「この分だと思ったよりも早く、セルジオ様とレニア様にひ孫を見せてあげられるかもしれないわ」
竜の山で祖父と祖母から聞いた言葉がずっとリディアの胸の中に残っているのだろう。
二人には長く生きて貰いたいし、レニーとの子供も見て欲しいと心から願っていたのだった。
「あはは、リディは気が早いな。器が出来それが満たされるまでまだまだ時間が掛かるぞ」
「分かってるわ。でも、お二人はもう少ししたら自ら生を終えようとなさっていたのよ。でも私たちの子供を見たいと言ってくれたんですもの」
「ああ、そうだったな。ひ孫を背に乗せたいとも爺様は言っていたな」
「ええ、そうよ」
「そうか、なら私ももっと励まなければならないな」
「えっ?」
「えって、器を作るためには私の魔力と精が不可欠であろう?」
「それはそうなんだけど、うっ……」
おもむろにレオナルドに唇を奪われ、一瞬息が止まる。
「月のものが終わってトラフィスのところへ行ってきたのであろう?ならもう執務はやめてリディと寝台で睦み合いたい」
「そ、それは……でもまだ外は明るい……し」
しどろもどろになるリディアを見てレオナルドは苦笑する。
「夫婦が愛し合うのに昼も夜も関係ないぞ、リディ」
「で、でも。ほら、ちゃんとお仕事しないとファビも困っちゃうでしょう?」
「ファビなどどうでも良いが、くくくっ、では今は少しだけリディを堪能するとして夜は覚悟して置く事だな」
「…………」
レオナルドはリディアを抱き上げるとそのままソファの上にどかりと腰を下ろし、室内を遮音する結界を張る。
暫くの間何度も口づけを交わす。
結果、きわどい所まで弄ばれてしまったリディアであった。
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