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第三章

8/ 精霊を信じて

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――チチチッ――

 四日目の朝、妖精宮の寝室に朝陽が差し込んで来た。

「フフフ」

 目覚めたリディアは並んで椅子に座り寝ている三人の姿を見て小さく笑った。
 彼女は自分が倒れ、生死を彷徨っていたことは知らない。
 トラフィスがいるという事は吐き気と頭痛を起こし、看病されていたのだろうぐらいにしか考えていなかったのだ。
 リディアの洩らした笑い声に気づき、最初に起きたのはレオナルドだった。

「リディ、おはよう。よく眠れたか?」
「ええ、夢を見たような気もするけど、ぐっすり眠れた」
「そうか良かった。  愛しているよ、リディ」
 優しく口づけるレオナルドにリディアも応える。

「まぁ、リディア様お目覚めですか!」
「う、がぁ?」
 飛び起きたリールーの声に起こされたトラフィスは少し寝惚けているようだ。
 起きた彼らを見てまたリディアが笑う。

「三人並んでいるって、どういう状況なの?」

「妖精妃殿は三日間熱に浮かされておられたのですよ」
「えっ?三日!……ああ私、お腹が痛くなって気持ち悪く……って、本当に三日間も寝ていたの?」
「そうでございますよ、リディア様。本当に心配いたしました」
「そうなのね、心配かけてごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げたリディアを、ベッドに腰を下ろし抱きしめるレオナルド。
「全く意識が無かったからどんな状況だったかは覚えていないだろうが、心配したぞ」
「レニー?」
「でもこうなったのも私の所為だからな。辛い思いをさせて悪かったリディ、この通りだ」
 頭を下げるレオナルドを慌てて押し上げる。
「レニーのせいでは……」
「いや、本当のことだ。原因は私の血だった。竜の血は人に合わなかったのだと、水の精霊に叱られた」
 大きなレオナルドの体がしょぼんと小さくなった気がした。
「えっ、精霊様が来たの?」
「オーレアからリディの命を救うために来てくれたのだ」
「ああ、何てこと……精霊様にまた助けていただいたのね」
 リディアは胸の前で手を組み、涙を浮かべる。

「オーレア王国の王女様たちは精霊殿の愛し子だそうですぞ」
「私たちが愛し子?」
 驚きはしたが、トラフィスの優しい笑顔にリディもつられて微笑む。

「あの血の替わりになる物を授けて下さった。だからもう、辛い思いをして血を飲まなくても良いのだ」
「精霊様が?レニーの血を飲まなくても大丈夫なの?」
「ああ、精霊殿が大丈夫だと申すのだからな」
「そうなのね」
「妖精妃殿、月に一度、私の診察を受けこちらを飲むようにとの事でした」
「分かりました。精霊様の言う通りにします」

―――キュルルル―――

「あっ!」
 お腹を押さえ真っ赤になるリディア。
「我々も腹が減った。リールー食事を頼む」
「かしこまりました」
 ふふふと笑いながらリールーが寝室を出ていく。
「私は邸に戻って、もうひと眠りさせていただきます」
「分かった」
「トラフィス様ありがとうございました」
「いえいえ、では失礼いたします」

 トラフィスも退室し、二人だけとなった。
「夕べ、リールーが体を拭いてくれたが、食事の前に髪を洗いたいだろう?風呂に入ろうか」
「ええ、入りたい」
「よし」
 レオナルドはリデアを抱き上げるとそのまま浴室へと向かった。

◇◆◇

「気持ちいい」

「そうか」
「リールーに負けないくらいレニーも髪を洗うのが上手くなったと思うの」
「なんだ、まだリールーに勝てないのか、悔しいな」
「ふふふ」
「よし、きれいになったぞ。一緒に温まろう」
「うん」

「はぁ、何かスッキリ♪」
「精霊殿の薬が効いたのだろう」
「そうなのかな」
 リディアが嬉しそうに微笑む。
 この笑顔を見ることが出来て本当に嬉しい。レオナルドは心からそう思った。

「暫くは精霊殿の秘薬を飲みながら様子を見よう」
「うん」

――ちゃぽん――

「この間、お義母様たちとお茶をした時にね」
「ああ、オディーヌも一緒の時か」
「うん。その時にお義母様が、レニーと私の子ならどんな子でも可愛いだろうって。私ね、例え黒竜の鱗が無くてもレニーとの赤ちゃんが欲しいって思ったの」
「そうか。嬉しい事を言ってくれる」

「どのくらいで器が出来るんだろうね。それからそれをいっぱいにして……うふ、楽しみだわ」
「私も楽しみだよ。リディに似ている子が良いな」
「えー、私はレニーに似て欲しいわ」
「そうか?髪は私の黒よりもリディの金が良いな」
「なら瞳は紫ね」

 湯船の中で横向きに膝の上に乗せられて口づけを交わす。
 病み上がりの体は少し痩せたように思えた。

「しっかり食べなくてはな」
「うん、お腹がペコペコよ。レニーも私の傍にいて、あまり食べていないのでしょう?」
「ミルミルがサンドイッチを差し入れてくれたが、リディが心配で喉を通らなかったからな」
「ごめんなさい」
「気にしなくて良い。それに今はこんなに美味しいものを食べられるのだから大丈夫だ」
 レオナルドはそう言うといきなりリディアの乳房を持ち上げ乳首をパクリと咥えた。

「きゃっ!何をしてるのレニー!」
  ちろっと舌を出して乳首を舐め、すぐに顔を上げてリディアの唇を奪う。
「んっ、もう!」
「うむ、どちらも美味だ」
「しらない!」

 頬を膨らませて怒るリディアだが長くは続かず、二人の笑い声が浴室に響く。
 食事の支度が出来た事を知らせに来たリールーは、浴室から聞こえる二人の楽しそうな笑い声を聞き、声を掛けるの止めて使用人棟へと戻って行った。

 二人が入浴を済ませ食堂へと向かうと、テーブルにはリールーが用意してくれた料理が並べられていた。
 三日間食事をとっていなかったリディアには、粥が用意されていた。
 少しずつそれを食べさせながら、レオナルドは水の精霊の言葉を噛み締めていた。

 自分の願いの所為で危うく番の命を奪うところだった。人族に万能薬と言われる竜の血を飲ませるのは不安ではあったが、まさか命を脅かすなどとは思いもしなかったのだ。あのままリディが死んでしまったらと思うと……
 リディが以前毒殺されかけた時の事を思い出し、体が震える。

――もしリディが命を落としていたら、私はそのままリディの亡骸を抱いて神竜の山の火口に飛び込んでしまったことだろう――

 あの時、本当にそう思った。
 今回も同じだ。リディを失って私は生きてはいけない。

 精霊は自分たちの血で作った秘薬を置いて行った。
 果たして本当に同じ効果が得られるのか。
 魔力の器を作ることが出来るのか。
 彼女の寿命を私と同じに出来るのか……
 
 確信はない。
 それでも精霊が神竜の血とは同じ効果があるというのならば信じる。
 レオナルドはリディアを助けてくれた水の精霊に感謝し、これからも見守ってくれるよう願うのだった。





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