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第二章リディア

6/ お披露目と嫉妬

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 待ちに待ったお披露目の日がやって来た。

 朝からリディアの周りは大忙しである。
 レオナルドに贈られたドレスは純白だが、真珠の粉を魔法で練り込んであるので光の加減でキラキラと輝いている。
 その上を覆うように彼の瞳にある薄い紫色のオーガンジーの布でふわりと覆われていた。
 装飾品はシンプルだがネックレスの中央にはリディアの瞳の色である大粒のアクアマリンが飾られていた。
「何だか花嫁さんみたい」
「そうか?この国では人族のような派手な婚姻式は行わないからな。丁度良いだろう?それに、リディは十五のデビュタントもしていないだろう?だから白のドレスにしたのだ」
「そうだった、デビュタントなんて六才児の体では……。嬉しいです。それにこのオーガンジー、レニーの瞳の色に包まれている感じ」
「ああ、私の瞳に移っているのはリディだけだからな」

「さぁ、行こうか」
「はい」
 レオナルドはリディアの手を取ると、薄い手袋の上から口づけを落とした。

 大広間の扉の前に立つとダグラス竜王陛下の大きな声が聞こえて来た。
「王太子妃である愛らしい妖精妃は、三年程前に突然妖精に導かれ、水の妖精の国へと連れていかれた。彼女は妖精たちに因って五才児の体になる様魔法が掛けられた」
 会場からどよめきが聞こえてくる。

「皆が見た妖精妃の幼い姿は仮の姿であり、実際は十五才の少女である。そして少しずつ本来に姿に戻りつつある」
 どういう事だと顔を見合わせる竜人族と獣人族の人々。

「そして、婚姻を済ませ妖精宮で蜜月を過ごしている間に、精霊の加護によりリディアは現在十才の体を取り戻した」
――おおおーーー!――
「今ここに、改めて美しい己の姿を取り戻しつつある妃を紹介する。レオナルド、リディア入るが良い」

 重厚な扉が開く、竜王陛下の正面から敷かれた絨毯の先に二人の姿が現れた。
 黒髪の神竜の化身と言われる麗しき王太子レオナルド。
 その腕に抱かれているのは、王太子の瞳の色に包まれたプラチナブロンドの少女リディア。
 確かに体は成長しているが、以前のあどけなさに神秘的な美しさが加わり、その姿は名の通り妖精としか思えない
 人々の間、絨毯の上を竜王に向かい進んで行く二人の周りには二体の妖精が光の花をまき散らしながら飛んでいる。まさに、精霊と妖精に愛されし者なのだ。
 誰しもがその神々しい姿を見て言葉を失い、溜息を洩らした。
 時間をかけてゆっくりと自分の前まで進んできた二人に、竜王ダグラスは厳つい顔ながらも微笑んでおり、隣にいる王妃アメリアはハンカチを手に涙ぐんでいる。
 竜王を前にしてレオナルドの腕から降ろされたリディアは、微笑む陛下に向かい優雅なカーテシーをとる。それは十才のレディと言うよりも洗練された淑女の礼と言って良いほど優雅に見えた。
 レオナルドにエスコートされながらひな壇に上がる。陛下とレオナルドの間に入り正面を向くと来場者に向けて、もう一度スカートを摘み腰を落とした。
 会場からは歓声と拍手が巻き起こる。

「我が妃リディアは本来なら十五才の乙女である。完全には戻っていないが、私にとってこれ以上ない喜びとなった。皆にこの気持ちを伝えたく、今日ここに集まってもらった」
 レオナルドがリディアの顔を見ると彼女は小さく頷いた。

「リディアにございます。幼児の姿で嫁いで参りました私ですが、妖精の魔法が解け三月の間にこの姿に戻ることが出来ました。皆様には突然このような姿に変わり、脅かせてしまった事を申し訳なく思っております。そして、王太子妃としてこうしてレオナルド様の横に立てるようになりました事を大変うれしく思っております」
 堂々と前を見据えた王太子妃の声は、鈴を転がす様に心地よくホールに響いた。

「どうだ、妖精妃の美しさは。まだ少女の姿ではではあるが、皆二人の事を暖かく見守ってくれ。では宴に入るぞ!今宵は竜人、獣人、人族にとって目出度き日じゃ。楽しんで行ってくれ!」
 竜王が片手を挙げると歓喜が怒涛のように会場内に沸き起こった。

「それでは、私達はこれで」
 レオナルドがリディアをヒョイと抱きあげる。
「きゃっ、レニー様!」
「まだこれから宴があるのよ、レニー。番ちゃんともう少し一緒にいさせてくれても良いじゃない」
 王妃が抱かれたリディアの手を握って離そうとしない。
「母上、私はお披露目だけと申した筈です」
「そんな事言わずに、もう少しいいではないかレニー」
 竜王までが縋るように懇願している。
「駄目です。明日からは王宮の私室に連れてきますので、そちらに会いにくれば宜しいではないですか」
「だってー」
 脇ではサミュエルと婚約者のオディーヌが笑っている。
 ひな壇の上ではこんな遣り取りがなされており、皆からは仲の良い王家の姿としか見られていなかった。
 レオナルドはリディアを抱いたまま大股で会場を後にする。
 その後をドラフトを含めた数人の護衛が追って行った。



「下ろしてレニー」
 リディは取敢えず王宮の私室に戻ると言うレオナルドの足を止めた。
 そこは私室の真下にある、あの庭だった。
「少し風に当たりたいからベンチで休んで行きましょうよ」
「ここでか?」
「ええ、今咲いているバラの香りが凄く良いの」
「私にはバラよりも、リディから匂う香りの方が良いけどな」
「もっ、レニーったら。私はそんな臭くないわ!」
「ぷっ、臭い訳があるものか。私にだけに分かる素晴らしい香りだからな」
 そう言いながらリディアを抱いたままベンチに腰を下ろす。

「気持ちいい♪」
 すっかり日が落ちて昼間の熱気が消えつつある空気に、そよぐ風が頬を撫で金色の髪を攫って行く。
「これからは何処にでもリディを連れ行ける」
「妖精宮に閉じこもっていなくていいのね?」
「ああ、そうだよ。でもこの上の私室以外は、私の隣にいる事が条件だけどな」
 レオナルドが頭上のバルコニーを指で指す。
「ううん、そんなの構わないわ。ねえ、お城の外にも行ける?」
「行ける。公務で視察もあるからな。本当は人目に晒したくないが、リディの喜ぶ顔が見れるなら我慢するとしよう」
「ありがとう、レニー」
 リディアはレオナルドの首に回した手を自分の方に引き寄せて、軽く口づける。
 最近自分から口づけてくれるようになったリディアに、彼の番に対する本能が疼いてしまう。
 そしてついお返しにと、何度も口づけをしてリディアに怒られてしまうのだ。
 

「レオナルド殿下」
 二人の世界を邪魔する声に顔を向けると、ホールにも来ていた二人の竜姫が護衛を付け立っていた。
 すっと、ドラフトがベンチの脇に寄る。

「青龍姫と赤竜姫か」
「ごきげんよう妖精妃様。素晴らしいお披露目でしたわ」

 二人に挨拶され彼の膝の上で戸惑うリディアを、レオナルドの腕がしっかりと支えている。
「ありがとうございます」

「そのようなお姿を隠されていたとは驚きですわ。あの幼子が、経った四つ程でこの様に麗しく変わるなんて、まるで詐欺の様ですわね。本当に驚かされましたわ。」
 マゼンダの言葉に心が痛む。
「決して隠していた訳ではありません。今まで戻る方法が分からなかっただけで……」
「リディ、細かく説明してやる必要はない。先ほどの陛下の話を聞いておれば分かる事だろう?」
「で、でも」
 優しい眼差しで番を見て頬にキスをするレオナルドを見て、苛立ちを隠せなかったシアン。
「何なんですの!」
 思わず手に持っていた扇をリディアに向けて投げつけてしまう。
「きゃっ!「何を!」」
 刹那、扇はドラフトの剣の鞘で叩き落された。
 自分のとった行動にシアン本人も驚き見る見るうちに青ざめていく。

「あっ、あたくし……なんてことを」
「シアン姫!」

 驚いたマゼンダが声を上げるが、一歩たりとも動くことが出来ずに立ち竦んだままだ。
 彼女たちの前には座ったまま番であるリディアを庇い、抱きながらこちらを見据える瞳があった。
 彼の瞳は赤く揺れている。
 体からはバチバチと火花を散らす様に魔力が出ていた。
 その恐ろしさに二人ともわなわなと震え、腰を落としそうになるのを護衛達が支える。
 シアンに至っては意識を失い掛けていた。

「連れて行け!そして部屋に監禁して置け。今宵はまだ宴が続く。ここで騒ぎを起こしたくはない。報告は明日私が直接陛下にする故え、お前たちは口を閉ざして置け」
 体から漏れ出す魔力を纏いながらレオナルドが低い声で護衛に命令をする。
「はっ」
 それぞれの護衛達は二人の姫を抱きかかえ、支えるようにして足早に離宮へと去って行った。


_______________________________________

 可愛らしい十才の妖精妃に皆さん夢中です。
 レオナルドは何故シアンたちの前で嫉妬煽る様なキスをしてしまったのか。
 それは番に関しては周りの誰も気にしないという竜の性でありまして、決して態と二人の姫に見せびらかしたのではない……と思いたい。




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