13 / 60
第一章末っ子王女の婚姻
13/竜王国サザーランド(後)
しおりを挟む二人の住まいとなる東宮は、サミュエルから「兄上に番見つかる」との先触れが届いてから直ぐに改修に入っていた。
東宮は元々レオナルドのために作られた宮であったが、殆ど使用されていなかった。
レオナルドは急遽庭に池を作るようにと追加で命じた。
もちろん、水の妖精の住みかとなる池だ。
宮が住めるようになるまでは、一月以上かかる。その間二人は王宮内にある彼の自室で過ごす事となり、リールーにはレオナルドの部屋に近い一室が与えられた。
「お荷物の荷ほどきは終わりました。後日お嫁入りの荷物が別便で届くとの事です」
「ありがとう、リールー。貴女も少し休んでね」
リディアに労われてリールーは退出していく。
「おいで、リディ」
レオナルドに手招きされて大きな窓の方へと行ってみる。
窓の外にあるバルコニーには、直径八十センチほどのタライが置かれていた。
どうやら侍従が妖精たちのために用意してくれたらしい。水が張られているのを確認したリディアは、鞄の中にあった例の球を取りに行く。
「ねぇ、ロロ。このタライにあの池の水を入れてしまったら、新しい池が出来た時どうするの?」
『大丈夫、リディ。池が出来たらタライの水をそのまま池に入れればいいよ』
「それだけでいいの?」
『それだけでいいのー』
ララが目を擦りながら眠そうに言う。
「ほら、リディ。早く水を作って、ロロとララを休ませてあげよう」
「はい」
リディアが球をそおっと水に浮かべると、段々と表面が解けてきてキラキラと光りながら水の中に広がっていく。
二人の妖精がタライに飛び込んで、嬉しそうに泳ぎ出す。
そうしてひと時泳ぎ回ると、ロロとララは底に沈み眠ってしまった。
「疲れていたみたいですね」
「ああ、彼らにとっては水の無い長旅だったからね」
タライの前で膝をついて見ていたレオナルドが立ち上り、リディアを抱き上げる。
「リディも疲れているんじゃないか?晩餐まではまだ時間がある。私たちも少し休もう」
彼はリディアを片腕に抱いたまま、窓を後ろ手で閉める。そのまま自分のベッドにリディアを寝かせると、自分も横になった。
「一緒に寝るの?」
「ああ、私たちは夫婦になるのだからね」
「そういえばお父様とお母様もご一緒に寝てた」
「だろう?だから今日から私とリディは一緒のベッドで休むんだよ」
「そっか・・・」
リディアの意識が眠気に勝てず遠のいていく。
レオナルドは壊れ物を抱くように、優しく自分の懐に愛おしい番を包み込む。
――良い香りだ。こんな小さな体で私の心を癒してくれる。今でさえこんなに愛らしいのに、十五の君を見たら私はどうにかなってしまいそうだよ――
リディアの髪に口づけを落とし、レオナルドも瞳を閉じた。
◆
夜になり、オーレア王国との外交の成功と、王太子レオナルドの番が見つかった祝いの宴が開かれた。
広い会場に次々と竜王国の要人たちが集まって来る。
彼らは席に着くとまず、小さな盃でお酒ではない何かを一口飲む。
盃を手にしたのは竜族だけで、他の獣人の席に杯は置いていない。
気になって、レオナルドに聞くと「アダマンタイト」を粉にして、ほんの少し湯に溶かしたものだという。
「アダマンタイト」は希少で且つ非常に硬い鉱石だ。
そんなものを飲んで大丈夫なのかと心配になるが、竜族にとっては必要不可欠なものなのだという。
最強と言われる竜人たちにも弱みがあった。それが鱗病だ。
竜族は、人化が進み見た目も皮膚も人族と変わらないが、竜の証を残すため体の一部に鱗が生えている。その場所はそれぞれで、竜王は右目の周り、王妃は左胸、サミュエルは背骨に添ってと、皆違う。そして彼らはその身に特徴を出しているため、竜の成体に変化する事は無い。
レオナルドのように、竜に変化できるものは先祖返りと言われ、先代王の祖父が亡くなってから現在竜王国には彼以外に竜の姿になれる者は存在しない。自由に竜になれる彼は人化している時、体に鱗は一枚もなかった。
余談になるが、神竜の山と言われる火山には、先祖が人化を拒んだ竜がいる。はるか昔のすがたのまま群れを作り暮らしているのだ。その竜たちも神竜の化身と言われた、祖父とレオナルドの前には跪くのであった。
話を戻そう。竜になれない彼らが鱗病に一度掛かってしまうと、証である鱗が剥がれ落ち、再生が効かなくなるのと同時に、剥がれたあとの皮膚がただれ朽ちてしまう。その部分から壊疽が広がり、竜人族にとっては、最終的には死に至る病であった。証としての竜の鱗を病魔から守り維持するために、アダマンタイトは先祖代々飲まれてきた薬湯と言って良い。
そのアダマンタイトの採掘量が近年減ってきた。採り尽くさないように、豊富に埋蔵しているオーレア王国から取り寄せようと外交が始まったのだった。
アマダンタイトは、拳大五つで国中の竜人たちの一年分を賄えるという。
その交渉は纏まり、オーレア王国から年に一度、その大きさのアダマンタイト三個を譲り受ける約束を取り付けた。
オーレア王はサザーランドから提示された金額の半分の額で良いと答え、その代わりに年に一度の王女リディアの里帰りを条件に出したのだった。
この外交でアダマンタイトの確保は約束された。それ以上に大きな成果とされたのが、「王太子の番」である。
世継ぎである王太子レオナルドには、二十歳になっても番が現れていなかった。
諦めて世継ぎだけでも、という声にも耳を傾けない王太子に、大臣たちの要望で離宮という名の後宮が作られた。
そのうえ、レオナルドの気持ちを無視し、離宮入りした姫たちと一度は閨を共にしなければならないと義務付けられてしまう。一人でもスペアとして黒竜の子が出来れば、いくらでも番が現れるのを待っていて良いと言われ、彼は仕方なく彼女たちの元へと渡る。しかし、誰に対してもそれ以降のお渡りはなかった。諦めて離宮を去る姫もいる中、五年経った今、離宮に留まる姫は十五人となっていた。皆の思惑は叶わず、レオナルドに見染められ身籠り、妃に昇格できる者はいなかった。
馬車の中でのサミュエルの話から、レオナルドが離宮に上がった姫たち全員と決まり事とはいえ、肌を重ねたと思っていたリディアだったが、実のところ違っていた。
離宮が出来、三年目を迎えた時にレオナルドは渡りを止めると宣言して、それを貫いてきた。離宮を廃止するようにも訴えて来たが、それは周りが許さず叶わなかった。
この二年の間にも数人の姫が入宮してきているが、宣言通り一切姫たちに手を触れずに来た。それでも彼女たちは、番が見つからなければ、自分たちにもチャンスがあるとそこに留まり、お互いにけん制し合っていたのだった。
【王太子に番現る】この慶事は離宮にもすぐに伝えられた。
チャンスを狙っていた姫君たちの心中は穏やかではなくなる。
この宴に十五人の姫たちも呼ばれ席を連ねているが、王太子に抱かれて登場した人族の小さな王女に、彼女たちの嫉妬する視線が集まっていたのは言うまでも無い。
竜王ダグラスが王太子レオナルドの番となったリディアを、妖精妃として紹介するとその愛らしい容姿に殆どの者が心を射られて、うっとりと眺めていた。
王太子に片手で抱かれる番の肩には、城内で決して見る事ない妖精が二体フワフワと浮いている。
妖精の姿は全ての者が見える訳ではなかった。
レオナルドを含めその姿が見える者と、ただキラキラした光にしか見えていない者、そして何となく何かがいるように感じる者とに分かれていた。
その存在が分かる者達は、歓喜し涙ぐむ者さえいたのである。
「竜族を恐れず妖精までお連れになるなんて、やはりレオナルド様の番様は特別なのでしょうか?」
「わたくしには光しか分かりませんわ」
姫たちの中には妖精たちの姿が見えたのが半数で、残りの半数はただ光が漂っているようにしか見えていなかった。
「いくら番に年齢は関係ないとはいえ、あんな子供だなんて」
「あたくしは愛らしい王女様と思いますわ。竜王様が妖精妃と名付けられたのも頷けます。もう諦めて実家に帰るべきかしら」
「でも、あのお年ではレオナルド様との閨は無理でございましょう?殿下は何年お待ちになるおつもりでしょうか」
様々な言葉が姫たちの間で交わされていたが、彼はそれを一切無視し、膝の上に座らせているリディアだけを見、愛でていた。
「ご覧になって、レオナルド様のお顔。いつも冷たい表情の殿下とは別人ですわ」
「番とはそれ程の者なのでしょうか」
離宮の姫たちの気持ちはどこかに置き去りにされたまま、王太子が番を娶る事が出来た喜びに沸いた宴は幕を閉じた。
9
お気に入りに追加
3,173
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】これでよろしいかしら?
ここ
恋愛
ルイーザはただの平民だった。
大人になったら、幼馴染のライトと結婚し、畑を耕し、子どもを育てる。
そんな未来が当たり前だった。
しかし、ルイーザは普通ではなかった。
あまりの魅力に貴族の養女となり、
領主の花嫁になることに。
しかし、そこで止まらないのが、
ルイーザの運命なのだった。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。
キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。
離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、
窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる