末っ子第三王女は竜王殿下に溺愛される【本編完結】

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第一章末っ子王女の婚姻

13/竜王国サザーランド(後)

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 二人の住まいとなる東宮は、サミュエルから「兄上に番見つかる」との先触れが届いてから直ぐに改修に入っていた。
 東宮は元々レオナルドのために作られた宮であったが、殆ど使用されていなかった。
 レオナルドは急遽庭に池を作るようにと追加で命じた。
 もちろん、水の妖精の住みかとなる池だ。

 宮が住めるようになるまでは、一月以上かかる。その間二人は王宮内にある彼の自室で過ごす事となり、リールーにはレオナルドの部屋に近い一室が与えられた。

「お荷物の荷ほどきは終わりました。後日お嫁入りの荷物が別便で届くとの事です」
「ありがとう、リールー。貴女も少し休んでね」
 リディアに労われてリールーは退出していく。
 
「おいで、リディ」
 レオナルドに手招きされて大きな窓の方へと行ってみる。
 窓の外にあるバルコニーには、直径八十センチほどのタライが置かれていた。
 どうやら侍従が妖精たちのために用意してくれたらしい。水が張られているのを確認したリディアは、鞄の中にあった例の球を取りに行く。

「ねぇ、ロロ。このタライにあの池の水を入れてしまったら、新しい池が出来た時どうするの?」
『大丈夫、リディ。池が出来たらタライの水をそのまま池に入れればいいよ』
「それだけでいいの?」
『それだけでいいのー』
 ララが目を擦りながら眠そうに言う。
「ほら、リディ。早く水を作って、ロロとララを休ませてあげよう」
「はい」

 リディアが球をそおっと水に浮かべると、段々と表面が解けてきてキラキラと光りながら水の中に広がっていく。
 二人の妖精がタライに飛び込んで、嬉しそうに泳ぎ出す。
 そうしてひと時泳ぎ回ると、ロロとララは底に沈み眠ってしまった。

「疲れていたみたいですね」
「ああ、彼らにとっては水の無い長旅だったからね」
 タライの前で膝をついて見ていたレオナルドが立ち上り、リディアを抱き上げる。
「リディも疲れているんじゃないか?晩餐まではまだ時間がある。私たちも少し休もう」
 彼はリディアを片腕に抱いたまま、窓を後ろ手で閉める。そのまま自分のベッドにリディアを寝かせると、自分も横になった。
「一緒に寝るの?」
「ああ、私たちは夫婦になるのだからね」
「そういえばお父様とお母様もご一緒に寝てた」
「だろう?だから今日から私とリディは一緒のベッドで休むんだよ」
「そっか・・・」
 リディアの意識が眠気に勝てず遠のいていく。
 レオナルドは壊れ物を抱くように、優しく自分の懐に愛おしい番を包み込む。

――良い香りだ。こんな小さな体で私の心を癒してくれる。今でさえこんなに愛らしいのに、十五の君を見たら私はどうにかなってしまいそうだよ――

 リディアの髪に口づけを落とし、レオナルドも瞳を閉じた。



 夜になり、オーレア王国との外交の成功と、王太子レオナルドの番が見つかった祝いの宴が開かれた。
 広い会場に次々と竜王国の要人たちが集まって来る。
 彼らは席に着くとまず、小さな盃でお酒ではない何かを一口飲む。
 盃を手にしたのは竜族だけで、他の獣人の席に杯は置いていない。
 気になって、レオナルドに聞くと「アダマンタイト」を粉にして、ほんの少し湯に溶かしたものだという。

「アダマンタイト」は希少で且つ非常に硬い鉱石だ。
 そんなものを飲んで大丈夫なのかと心配になるが、竜族にとっては必要不可欠なものなのだという。
 最強と言われる竜人たちにも弱みがあった。それが鱗病だ。
 竜族は、人化が進み見た目も皮膚も人族と変わらないが、竜の証を残すため体の一部に鱗が生えている。その場所はそれぞれで、竜王は右目の周り、王妃は左胸、サミュエルは背骨に添ってと、皆違う。そして彼らはその身に特徴を出しているため、竜の成体に変化する事は無い。
 レオナルドのように、竜に変化できるものは先祖返りと言われ、先代王の祖父が亡くなってから現在竜王国には彼以外に竜の姿になれる者は存在しない。自由に竜になれる彼は人化している時、体に鱗は一枚もなかった。
 余談になるが、神竜の山と言われる火山には、先祖が人化を拒んだ竜がいる。はるか昔のすがたのまま群れを作り暮らしているのだ。その竜たちも神竜の化身と言われた、祖父とレオナルドの前には跪くのであった。

 話を戻そう。竜になれない彼らが鱗病に一度掛かってしまうと、証である鱗が剥がれ落ち、再生が効かなくなるのと同時に、剥がれたあとの皮膚がただれ朽ちてしまう。その部分から壊疽が広がり、竜人族にとっては、最終的には死に至る病であった。証としての竜の鱗を病魔から守り維持するために、アダマンタイトは先祖代々飲まれてきた薬湯と言って良い。
 そのアダマンタイトの採掘量が近年減ってきた。採り尽くさないように、豊富に埋蔵しているオーレア王国から取り寄せようと外交が始まったのだった。
 アマダンタイトは、拳大五つで国中の竜人たちの一年分を賄えるという。
 その交渉は纏まり、オーレア王国から年に一度、その大きさのアダマンタイト三個を譲り受ける約束を取り付けた。
 オーレア王はサザーランドから提示された金額の半分の額で良いと答え、その代わりに年に一度の王女リディアの里帰りを条件に出したのだった。

 この外交でアダマンタイトの確保は約束された。それ以上に大きな成果とされたのが、「王太子の番」である。
 世継ぎである王太子レオナルドには、二十歳になっても番が現れていなかった。
 諦めて世継ぎだけでも、という声にも耳を傾けない王太子に、大臣たちの要望で離宮という名の後宮が作られた。
 そのうえ、レオナルドの気持ちを無視し、離宮入りした姫たちと一度は閨を共にしなければならないと義務付けられてしまう。一人でもスペアとして黒竜の子が出来れば、いくらでも番が現れるのを待っていて良いと言われ、彼は仕方なく彼女たちの元へと渡る。しかし、誰に対してもそれ以降のお渡りはなかった。諦めて離宮を去る姫もいる中、五年経った今、離宮に留まる姫は十五人となっていた。皆の思惑は叶わず、レオナルドに見染められ身籠り、妃に昇格できる者はいなかった。

 馬車の中でのサミュエルの話から、レオナルドが離宮に上がった姫たち全員と決まり事とはいえ、肌を重ねたと思っていたリディアだったが、実のところ違っていた。
 離宮が出来、三年目を迎えた時にレオナルドは渡りを止めると宣言して、それを貫いてきた。離宮を廃止するようにも訴えて来たが、それは周りが許さず叶わなかった。
 この二年の間にも数人の姫が入宮してきているが、宣言通り一切姫たちに手を触れずに来た。それでも彼女たちは、番が見つからなければ、自分たちにもチャンスがあるとそこに留まり、お互いにけん制し合っていたのだった。

【王太子に番現る】この慶事は離宮にもすぐに伝えられた。
 チャンスを狙っていた姫君たちの心中は穏やかではなくなる。
 この宴に十五人の姫たちも呼ばれ席を連ねているが、王太子に抱かれて登場した人族の小さな王女に、彼女たちの嫉妬する視線が集まっていたのは言うまでも無い。

 竜王ダグラスが王太子レオナルドの番となったリディアを、妖精妃として紹介するとその愛らしい容姿に殆どの者が心を射られて、うっとりと眺めていた。
 王太子に片手で抱かれる番の肩には、城内で決して見る事ない妖精が二体フワフワと浮いている。
 妖精の姿は全ての者が見える訳ではなかった。
 レオナルドを含めその姿が見える者と、ただキラキラした光にしか見えていない者、そして何となく何かがいるように感じる者とに分かれていた。
 その存在が分かる者達は、歓喜し涙ぐむ者さえいたのである。

「竜族を恐れず妖精までお連れになるなんて、やはりレオナルド様の番様は特別なのでしょうか?」
「わたくしには光しか分かりませんわ」
 姫たちの中には妖精たちの姿が見えたのが半数で、残りの半数はただ光が漂っているようにしか見えていなかった。
「いくら番に年齢は関係ないとはいえ、あんな子供だなんて」
「あたくしは愛らしい王女様と思いますわ。竜王様が妖精妃と名付けられたのも頷けます。もう諦めて実家に帰るべきかしら」
「でも、あのお年ではレオナルド様との閨は無理でございましょう?殿下は何年お待ちになるおつもりでしょうか」
 様々な言葉が姫たちの間で交わされていたが、彼はそれを一切無視し、膝の上に座らせているリディアだけを見、愛でていた。
「ご覧になって、レオナルド様のお顔。いつも冷たい表情の殿下とは別人ですわ」
「番とはそれ程の者なのでしょうか」

 離宮の姫たちの気持ちはどこかに置き去りにされたまま、王太子が番を娶る事が出来た喜びに沸いた宴は幕を閉じた。



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