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第一章末っ子王女の婚姻

1/精霊王国オーレア

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 レオナルドは外交担当の弟と供に、友好関係を結ぶべくこの小さな国を訪れていた。
 二人の国であるサザーランド王国は、別名竜王国サザーランドとも呼ばれている。
 その名の通り竜の血を引く種族であり、身体能力に優れ普通の人間よりも長寿である。

 この世界にはいろいろな種族が、それぞれの国を持ち暮らす。
 獣人だけの国もあれば、人族だけの国、それぞれが混在する国など色々だ。
 サザーランドは人族を除くすべての種が存在し、その頂点となっているのが竜の血を持つ者であった。

 レオナルドは先祖帰りで竜の血が濃く、魔力も通常よりも強い。しかし、それゆえに力を制御する事が難しく、意図せぬ時に竜の姿に変化しまう。
 国内では問題無いが、政務には多少支障が出て来る。そのため弟であるサミュエルが、兄に付き添い外交面などを担当していた。

 今、二人が訪れているこの国は、小さいながらも豊かな自然と資源を保有しており、精霊が住む国として周辺国からは一目を置かれていた。
 人の暮らす国は数あれど、豊富な鉱山資源、大地と海からの恵もあり、何か起きてもオーレア王国は自給自足で十分な暮らしが出来る国だった。

 他国からすれば楽園のような国、それがオーレア王国。
 何故この小さな国が大きな国に飲み込まれないかというと、この国自体が精霊の加護を受け、その力に包まれているからだった。精霊はオーレア王国に邪心を持って入国する者を許さない。例え入国しようとしても、その場で見えない結界で弾かれてしまうと言われている。
 目に見えない結界に覆われた国は、他国の攻撃を一切受け付けないのだった。
 そんな楽園のような国と友好を結び、豊富な資源を取引したいと、多くの国が使者を寄こしてくる。

 竜王国サザーランドもその一つだった。
 彼らはある鉱石を溶かし混ぜた物を飲み続ける習慣があった。
 その鉱石の採掘量が近年減りつつあり、それを豊富に持つオーレア王国と友好国となり、輸入したいと願い出たのだった。
 交渉は順調に進んでおり、会議の合間にレオナルドは初めて訪れたオーレア王国の王宮庭園を、息抜きにお供も付けず散策していた。

―― ぽちゃん、ぱしゃぱしゃ。――

 何処からか水音が聞こえた気がした。
 彼は何か分からない気配に誘われるまま、水音がする方へと足を進める。
 気付けば庭園からかなり離れた林の中にいた。
 水音はまだ聞こえている。
 彼は一心不乱に林の中を進んでいく。
 そこへ近づくにつれて、今まで感じたことがない胸の苦しさが襲ってきた。
 一瞬足がふらつき、片膝を土に付ける。
 暫くして胸の苦しさが治まって来るのと同時に、今度は香しい匂いが漂ってきた。

『なんだ、この香りは……
 うっ、まさか、そんな事が!』

 彼は立ち上がると、水音の聞こえてくる場所へと向かう。
 木立を抜けた先に小さな池が見え、その池の中で小さな女の子が水遊びをしていた。
 彼は目の前の光景に息をのむ。
 
 金色の髪が水面に広がり周りでは魚たちが集まり飛び跳ね、女の子に水しぶきを浴びせている。
 それを受けて「きゃっ、きゃっ」と喜ぶ女の子。
「もう、そんなに水を掛けないでよー」
 それでも魚たちはその子を囲むように周りで飛び跳ね、尾で水面を叩き水を浴びせているのだ。

『なっ、何だ?魚たちと遊んでいるのか?』

 キラキラと輝く髪を水面に泳がせ遊ぶ姿は、まるで妖精が水の中で魚たちと戯れているように思えた。
 もどんどん強くなり、レオナルドは自分を見失いそうになる。

 その時、女の子の姿が突然水の中に消えた。

『足を滑らせたのか!』

 彼は池の淵まで走り上着と靴を脱ぎ棄て、何のためらいもなく池の中へとバシャバシャと入って行く。
 が、急に足が着かなくなり、ずっぽりと水の中に沈んでしまった。
 一瞬パニックになるが、すぐに水中で体勢を整える。
 思ったよりもこの池は深かったのだと今更のように気付いた。まだ底はある様なので深さは5メートル近くあるのかもしれない。

『えっ、ならばあの子は?』

 ふと気づくと目の前に女の子の姿が現れた。
 彼女は手足をゆらゆらと動かし、水中で自由に動きながら近づいて来た。
 そして目を見開いてレオナルドを見た後、彼の大な手を掴んで水面へと引いていく。
 彼はただ自分の手を掴み上へと泳いでいく、幼女の姿を眺めていた。

 「ぷっはーーー!」

 水面に顔を出し、大きく息を吐く幼女。
 レオナルドもまた同じように息を吐き、大きく息を吸い呼吸を整える。

「ちょっとあなた、服を着たまま池に入るなんて、頭がおかしいの?」
「えっ!げほっ」
 そう言いながら幼女は浅瀬の方へと、レオナルドの事を引っ張って行く。
 彼女の言う浅瀬とは水面から50センチほどの深さにある一枚岩の事だった。
「とにかくすわろっ」
 幼女が先に岩に上がり座ったので、レオナルドもそれに習った。
 岩に座ると丁度幼女の胸辺りに水面がある。最初に見たのはこの状態だったのかと思いながら、透き通る水の中を見ると、二人の足元には魚たちが沢山寄って来ていた。
「君は……」
「わたしはリディアよ。あなたは?」
「ああ、私はレオナルドだ」
「レオナルド……様?は、今この国に来ている竜王国の人?」
「レオナルドだけでよい。竜王国……ああ、君の言う通り竜王国といわれてるサザーランド王国から来たんだ。良く分かったね」
「うん、ここでは見ない目の色をしているし、おっきな魔力も感じるから。じゃぁ、竜になれる?」

――良く分かったな。目の色は兎も角、魔力の事まで……

「ああ、時々なるよ」
「すごーい!」
 瞳を輝かせながら女の子は手の平を合わせた。
「あっ、でもなんで池に?急に泳ぎたくなっちゃったのかしら?」
「い、いや、君……リディアが溺れたのかと思って、助けに入ったんだが」
「ぷっ。私が溺れる訳なんてないわ」
「ああ、そのようだな。慌てて損をしたよ」
 レオナルドが深呼吸をする。

――やはり、この香りはリディアという子の香りだ。このまま抱きしめて、腕の中に閉じ込めてしまいたい

「リディアは一人でここへ?」
「うん、でもうすぐリールーが迎えに来るわ」
「リールー?」
「リディの侍女さん」
「リディ、君の愛称かな?私もそう呼んで良いかい?」
「うん、いいわよ。じゃぁ、レオナルド様の事はレオ?って呼んでいい?」
「嬉しいよ、リディ。私の事は……レニーと」
 何故かレオナルドは親しい人に通常呼ばれている「レオ」ではなく、家族間だけの愛称を言ってしまう。
 彼はリディアの小さな手を取り軽く口づけた。
 リディアが驚く様子もないことから、貴族の子女だと思われた。

――まさかこんな幼い子が自分の……だとは――

 しかし、この香りは否定のしようもない事実だ。
 隣に座るシュミーズ姿の愛らしい幼女リディにどんどん惹かれていく自分がいる。

「で、リールーというのはリディの侍女なんだね」
「うん、怖くて優しいの」
「そうか、君にとって良い侍女なんだな」
「もちろんよ、あのね、リディがよその国にお嫁に行っても、一緒に付いて来てくれるって」
「それならどこへ行っても安心だな」
「ええ、そうなの。心強いわ」

――ん、何だ違和感は?――

「リディはいくつなのかな?」
「レディに年を聞くなんて失礼だけど、レニーはお友達になったから教えてあげる。六才よ」
「そうか、まだ六才なのに池で一人で水遊びは危険ではないのか?」
「心配しないで、池の水もお魚たちもお友達ですもの」

――やはり変だ、時折六才の幼女とは思えない言葉使いになっているようなが気がするのだが―― 
 
「リディア様ー」

 林の方から女性の声が聞こえて来た。
「リールー、ここよー」
 声を聴いて二人で立ち上り振り向くと、年のころは十七、八と思われる少女が駆け寄ってきて、二人の姿を見ると驚いたように足を止める。

「王女様に何を!」
 彼女は太腿のガーターベルトに仕込んでいた、ナイフを取り出して構えた。
「王女?」
「王女様から離れなさい!」
 リールーと呼ばれた少女の目は王女を護ろうとする殺気に満ちていた。
「いや、待ってくれ。私は怪しいものではない」
「信じられません、貴男の周りには魔力を感じます」
「おや、君には分かるんだね?」
「レニー、あのね。リールーはエルフの血が混ざってるから分かるの。
 リールー、レニーは悪い人ではないわ。私が池で溺れたんだと思って、助けに入ってくれたの」

「えっ!?」
 リールーが脱力するの分かった。

「さ、さようでしたか。大変失礼いたしました。しかし、この城内ではお見受けしないお顔でしたので」
「仕方ないよ。私はサザーランド王国の者だからね」
 レオナルドは切れ長の目を細めて微笑んだ。
「なんと、使団のお方とは存ぜず、ご無礼いたしました」
 リールーはナイフをしまうと深々と頭を下げた。
「いや、いいよ。それよりこのような姿で、水遊びをしていたリディが王女というのは本当かい?」
「……はい」
 
 彼は隣に立つ小さなリディを見下ろした。
 リディはそんな彼を見上げ子供らしくない笑みを浮かべると、レオナルドから少しだけ距離を置く。そして、シュミーズの端を掴み腰を落とした。

「オーレア王国第三王女、リディア・クロス・オーレアにございます。以後お見知りおきを」
 ずぶ濡れのシュミーズ以外は、完璧な挨拶だったことにレオナルドは驚いたが、その後に声を立てて笑った。

「これは失礼いたしました。私はサザーランド王国、レオナルド・ドラゴ・サザーランドにございます。このような場にて、第三王女にお会いできるとは思ってもおりませんでした故、失礼がありました事をお詫びいたします」
 レオナルドも胸に手を当て頭を垂れた。

「あ、あの、レオナルド・ドラゴ・サザーランド様という事は、王太子殿下であらせられますか? あぁ、なんてことでしょう。姫様もそんなお姿で優雅にご挨拶をされていらっしゃる場合ではございません。
 ああ、どういたしましょう。その・・・おふたりとも濡れたままではお風邪を召されてしまわれます」
 リールーの言葉に二人は各々の濡れ鼠の様な姿を見、顔を見合わせて笑った。
「可愛いリディ王女が風邪をひいては大変だ。戻りましょう」
「はい」
「あっ、リディア様、最初にドレスのままで水に入られましたね?」
 脱いで置いたワンピースドレスを手に取ったリールーが、リディアの方を振り返る。
「ごめんなさい。だって、池のお友達が早くって呼ぶから……」
「仕方ありませんね。でもそのお姿のままでは馬に乗れませんわ」

 どうやら侍女は馬でここまで迎えに来たようだ。

「濡れた服を着る訳にもいかないだろう。ならこれを羽織って」
 レオナルドは自分が池に入る前に脱いだ上着で、リディアの身体を包み込んだ。
「ふふふ、レニーのお洋服おっきい!リディ蓑虫みたいよ、リールー」
「リディア様ったら……サザーランド王太子殿下、申し訳ございません」
「レオナルドで構わないよ。寒くはないか?リディ」
「はい、レニー」
 レオナルドはリディアを抱き上げ、馬がいるという方へ歩いて行く。
 その姿に何か分からないが、二人の周りに暖かい光を感じた侍女リールー。
「レオナルド様、リディア様と先に馬でお帰り下さい。庭園の出口で侍従のアロンが待って居りますので」
「君は歩いていくのか?」
「私は慣れております。お気になさらず、リディア様の事を宜しくお願い致します」

 レオナルドはリールーに言われた通りに、リディアを抱えながら馬で庭園の出口まで戻って行く。
 リディアは彼の上着に包まれ、背中にはぬくもりを感じウトウトしていた。
 彼もまた、リディアの香りに少し酔いながら、馬を進めた。

 待っていた侍従は驚いていたが、リディアの説明を受け、すぐに湯あみの準備を整えるようメイドたちに指示を出したのでした。




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※お読み下さりありがとうございます。本日は2話続けて投稿いたします。
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