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白い結婚⑶

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 下町育ちの私だからこそ骨身にしみているのだが、お貴族様が住む世界と平民が住む世界は全く違うのだ。
 下級貴族なら平民と商売の繋がりがあったり、極稀にそれが縁で結婚~とか言う話があったりもする(ただし超大金持ちの商会のお嬢さんとか超絶イケメンに限る)が、伯爵家ともなれば格が違う。
 平民からすればもはや雲の上の人。天上人だ。

 思わず気の毒そうな顔をして旦那様を見つめてしまったのだが、それに気付いた旦那様はワナワナ震えている。

「とにかく! 私には愛人はいない! 作るつもりも無い!!」
「はいはい、分かりました。そうすると、白い結婚である事は周りには悟られない方が何かといいですよね?」

 私がそう尋ねると、旦那様はふと考えてから不承不承頷いた。

「では!」

 私は旦那様が寝ていたベッドにダイブすると、シーツをぐしゃぐしゃにする。
 驚いてベッドから逃げ出した旦那様の視線が痛いが、私は気にせずシーツの海を泳ぎ続け、次に自分の親指をガリッと噛んだ。

「お、おい!?」

 そして、ぽたぽたと自らの血をシーツに垂らしていく。

「お、おま……それ…………」

 私が何の偽装をしているのかようやく気付いたのだろう。
 口を手で覆い、ボソボソと何か言っているが耳が赤い。いやだから乙女か。

「お察しの通り、滞りなく初夜が行われた様に見せる為の偽装工作です。敵を欺くにはまず味方からと申します。使用人の皆さんにも白い結婚である事はバレない方がいいかと」
「……そうか」
「これからの結婚生活ですが、人前では仲睦まじい円満夫婦を装った方がいいですか?
 それとも『必要最低限の務めは果たしている』というのが伝わる程度の仲がお望みですか?」
「……」
「旦那様?」
「…………」
「旦那様!?」
「………………」
「……ア・ナ・タ?」
「!??」

 それまで返事もせずに考え込んでいた旦那様が、くわっとこちらを向いた。

「お前、とりあえずそのおかしな声で『ア・ナ・タ』という奴をやめろ!!」
「あら。旦那様とお呼びしても返事が無いので、こう呼ばれるのが気に入ってしまわれたのかと思いましたわ」

 私がクスクスと笑うのを見て、旦那様は今にも地団駄を踏みそうな様子でこう言った。

「そんな訳があるか!……もう駄目だ話にならない! 続きは明日だ!!」

 確かに今はちゃんとした話し合いは無理そうだな。時間も時間だし。

「分かりましたわ。では、続きは寝て起きてからに致しましょう」

 それでは、と私は続きのドアから自室へ戻ろうとしたが、旦那様は私が偽装工作を施したベッドの横で途方にくれた様に立っている。

「どうされたのですか? 旦那様も自室に戻って休まれては?」

 汚れたベッドじゃ嫌だろうし、そもそもここで寝る必要も別にないし。

「不誠実な男だと……思われないだろうか」

 ボソッと呟いた旦那様の声が耳に入る。

 んんん? あー、やる事やっといて朝まで一緒にいずに新妻放り出しましたー的な?
 いやあなたやる事もやらずに新妻放り出してますがな。

 何度も言うけど最初のアレが既に不誠実極まりないのだが、そうは思わないのだろうか……。

 私にとって旦那様の言動は不可解極まりないのだが、そんな旦那様の様子を見ていると悪戯心がムクムクと湧いて来た。

「……じゃあここで、一緒に寝ますか?」

 私が試しにそう言ってみると、旦那様はみるみる真っ赤になっていく。

「寝ない!! もう! 自分の部屋で寝る!!」

 旦那様はそう絶叫すると、逃げ込む様に自室へと繋がるドアに転がり込んでいった。
 後ろから見ても分かるほど、耳まで真っ赤だった。

 うん……乙女だな。
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