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昨日の敵は、今日の何?

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「ハッ、もう……ハァ、しつこい……!」

 森に入れば何とかなるかと思ったが甘かった。
 ほとんどの魔導士と騎士は精霊トリオが食い止めてくれたみたいだけれど、さっき私の手を捻りあげたあの騎士がしつこく私を追って来ている。

 時折イルノが攻撃を仕掛けてくれているお陰で何とか逃げられているけれど、ドレス姿の私と鍛えた騎士では走るスピードが全く違う。
 捕まるのは時間の問題だ。

 —— しまっ……!?

 見通しの悪い森の中。足元にある木の根に気が付く事が出来なかった私は、つまずきそのまま前のめりに転がる様に派手に転んでしまった。

 私が転んだ事に気が付いた騎士は余裕を感じたのか少しスピードを緩めて迫って来る。


 —— くっ、私は転んでもタダでは起きんぞ!


 私は転がったまま、手元にあった土をかき集めた。


 —— これを騎士の顔面めがけて投げつけて、一瞬でもひるんだらだ!


 淑女のする事では決してないが、もはや手段を選んではいられない。たとえ攻撃が成功しても私は心に傷を負う事になるだろうが、この秘密は墓まで持っていく所存だ。

 頭をフル回転させてクリティカルヒットの軌道を描きながら、近寄って来た騎士に振り向きざまに思いっきり土を投げ付けた。

「ぐあぁぁあっ!?」

 何故かスパークした土が顔面に直撃し、顔を押さえた騎士がのたうち回る。


「マジか! 土つよ!?」

「そんな訳ないでしょ!?」


 土の秘めたるポテンシャルに触れ、驚きを隠しきれない私に前方から突っ込みが入る。


 —— ?
 なんかどっかで聞いた事のある声だな?


 恐る恐る顔を上げると、風にひらめく魔導士のローブの裾が目に入った。

 一瞬王女殿下かとも思ったけど、ローブの色が違う。そのままユルユル目線を上げると、今度は肩で揺れる銀色の髪……。


「……クリス、ティーナ?」


 そう、今まさに私の目の前に立っているのはかつての私の義妹、元公爵令嬢のクリスティーナだった。
 手には魔導士の杖。
 さっき私を助けてくれたのはクリスティーナの魔法だったらしい。


 ……マジか。


「今は、ただのティナよ」

 何とも決まり悪そうに呟くと、クリスティーナは杖を手に何かブツブツと呪文を唱える。
 するとまた地面から蔦の様な植物が伸びて来て、騎士をグルグル巻きにしてしまった。


 え、凄っ!
 クリスティーナって魔法使えたの!?


 ……ていうか、何でクリスティーナがこんな所に!?


 思わず口をあんぐり開けて見上げていると、クリスティーナに呆れた様に見下ろされた。

「仮にも伯爵夫人がいつまで地面に寝っ転がってるのよ。私に手でも貸して欲しいわけ?」
「断る!!」

 私は慌ててスクッと立ち上がると、ドレスに付いた土を払った。

「…………」
「…………」

「……じゃあ、そう言う事で……」
「ちょっと!!」

 森の奥へそのまましれっと進んで行こうとした私をクリスティーナが制止する。

「反対よ! そっちに行ったらますます森の奥へ入るわよ!?」
「分かってるわよ。人を探してるの」

 王女殿下には大変申し訳ないが、ここまで来たからにはもう進む一択だ。今、アウストブルク側に戻っても恐らく状況は混乱しきっているだろう。

 そして、反乱分子が複数混ざっていたのが分かった以上、騎士団と魔導士団の内部調査をしない事には森の捜索なんて出来る訳がない。

 つまり、向こうに戻ったら、私は絶対お城へ連れて帰られる。
 旦那様を、探せなくなるのだ。


『アナ、ジーン、こっち!』
「よし来た!」
「ちょっと、おね……もうっ!!」

 先導してくれるイルノについて森の奥へ進もうとしたら、慌ててクリスティーナが騎士を縛ったまま木に吊し上げはじめた。
 
 ……え、過激ぃ。

「クリスティーナ、いい趣味してるね……」

 私が引き気味に言うと、クリスティーナは凄い勢いでこちらをグリンっと振り返った。

「違うわよ!? このまま縛って地面に転がしてたら、魔狼のエサになっちゃうでしょう!?」

 テキパキと蔦を木に結ぶクリスティーナは、以前とはまるで別人の様だった。
 こんな所で再会する日が来るなんて夢にも思わなかったけど、今の様子を見る限り、やはり逞しく生きていたみたいだね。

 まさかアウストブルクで魔導士になってたとは思わなかったけど……。


『『『アナーーーー!!』』』
「フォス! クンツ! カイヤ!!」

 私が何となくクリスティーナの作業が終わるのを待っていると、精霊トリオが凄い勢いで飛んで来た。

『無事でよかったよー! 大丈夫だった!?』

 真っ先に飛んで来たフォスが、私に飛びつく。
 元気そうな精霊トリオの姿を見て、私もホッとした。

「私は大丈夫よ! みんなも平気?」
『僕たちは、よゆうよゆうー!』
『対人戦の効率化については、大分検討の余地がありそうだけどね』

 追いついて来たクンツとカイヤがそう言う。

『カーミラに、アナは絶対一人でも奥に進もうとするはずだから、急いで追いかけてって言われたんだー!』

 ……バレてた。

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